10-48 水晶の森
距離感のつかめない漆黒の空間。光は一切なく、自分が目を開けているのかさえ自信がない。ただ、傍に誰かの息遣いだけが聞こえてくる。そんな色を無慈悲なまでに塗りつぶした真っ黒な空間に果たしてどれだけいたのか。一秒だろうか、一分だろうか、それとも一時間か、あるいは一日。そんな疑問が脳裏をよぎった瞬間、世界が一気に色づいた。
黒の世界から色のある世界に放り出され、色彩が情報となっても網膜を刺激する。そんな状況でも龍刀を手にしているのは、冒険者として鍛えられた結果なのだろう。
数秒掛けて、光に順応した視界がもたらしたのは、迷宮の薄暗い広間の風景だった。
だが、それは先ほどまでいた場所とは違っていた。
触れれば簡単に砕けそうな水晶がところ狭しと生えており、時折巨大な木のように天井にまで伸びている。さながら、水晶の森と呼ぶべきか。
「……これも迷宮なのか。凄い綺麗な場所だな」
自然と出た言葉に、返事があった。
『その通りだよ。ここはラビリンス中央七階にある、セーフティーゾーンさ。ここにモンスターは出現しない、安全地帯だ』
仲間とは別の柔らかい女の声。ここ最近、聞く機会があったから、すぐさま顔が頭に浮かんだ。レイがそちらへと振り返るのと、全員が反応するのは同時だった。
『おっと、やめたまえよ、君たち。このキョウちゃんは、見かけからは想像もつかない超絶秘儀を隠し持った天才でね。時代が時代なら、拳一つで天下を取れるんだ。それこそ、神様に挑んで全滅した君たち程度が束になっても勝てっこないんだ。多少の知恵があるならやめておくのが賢明と言えよう』
「ちょっと黙ってくれませんかね! この状況で挑発なんてしたら、私死んでしまいます!」
必死の形相で両手を上げるのはキョウコツだった。予想した人物とは違うことにいぶかしむと、答えが彼女の口から告げられる。
『いやいや、これでもキョウちゃんの事を信頼しているんだよ。君ならこの状況を潜り抜けるだけの力がある、といいなぁって。そしたら、私が色々と楽ができるだろ』
「いいなぁって時点で信頼じゃなくて願望じゃないですか!」
『あははは、面白い反応するね、君は』
「おか……カタリナの声がその口から聞こえるのは、なんの嫌がらせかしら。腹話術なら素晴らしいわよ。才能の無い誘拐業なんかやめても、大道芸でも食べていけるわね。でも、その眼帯は客のウケが悪いわよ。そんな、気持ちの悪い目玉が浮かんでいるのなんて」
シアラが杖を構えたまま、不愉快そうに顔を歪める。彼女の言う通り、キョウコツの喉奥からカタリナの声がしているように聞こえた。そればかりか、彼女の顔を半分覆う黒い眼帯には金色の瞳が浮かんでいる。
釣りのウキのようにぷかぷかと浮かぶそれは、ぎょろぎょろと激しく動く。まるで誰かの意思があるかのようだ。
『元気だね。あんな風にぼろ負けした後なのに。それとも時間が巻き戻ったことで全部忘れちゃったのかな』
カタリナの指摘に、レイの記憶はフラッシュバックした。自分は眼前に現れたクロノスを回避するために自殺をしようとしたが、歯車で出来た首を嵌められ、一瞬の隙を突かれ距離を詰められてしまった。ところが、気が付けばその事が無かったかのようになっていた。
その直前に感じた酩酊感は、時間を巻き戻した時特有の感覚に似ていた。
「……間違いない。僕は覚えている。あの時、クロノスが僕に嵌めた首輪の感触も、彼女の吐息も、全部覚えている。でも、今は首輪が無いって事は、時間が巻き戻ったのか。いったい、何が起きたんだ。誰か今の状況を説明してくれないか」
「色々と話したいことはあるけど……その前に確認させて。あの瞬間、この女の足元から伸びた影に飲み込まれたわよね。その時、クロノス様がどうなったか、見た人はいるかしら?」
シアラの質問に全員がそれとなく視線を合わせる。一瞬の出来事だっただけに、レイもきちんと見ていない。
その中で自信があったヨシツネが口を開く。
「拙者が見た限りでは、影に飲み込まれたのは間違いありません」
「そう、ワタシと同じね。それで、カタリナ、あの影は貴女がやったことで間違いないわよね」
『いやいや、あれこそキョーちゃんの七秘奥義が一つなのさ』
「この状況でふざけないでちょうだい」
『心に余裕がないね。まあ、あんなひどい目に合えば余裕の一つも二つも吹っ飛ぶか。うん、あれはワタシが生み出した転移の影さ。そして、君の聞きたがっていることも答えよう。クロノスはまだ影に飲み込まれているよ』
「そう……意識とかはあるかしら?」
『君にとっては悲しむべき事だろうが、意識はある。相変わらず狂っているが、健康その物さ。ただ、シーちゃんの懸念している、時戻しに関しては大丈夫だろうね。権能を発動する余裕すら無さそうだ』
「……その言葉、信じてもいいのかしら」
『お好きにどうぞ。ワタシはワタシの見たままの事を言っているだけさ』
シアラは金色黒色の瞳で、同じ色の瞳を睨む。この場に居ないカタリナの胸の内までは探れないが、何かしらの答えを出したのか息を吐いた。
「……どちらにしても、信じる以外選択肢は無さそうよね。なら、腹の探り合いよりも情報のすり合わせをしましょう。……まずは主様が時を止められた瞬間からね」
「……そんなことが起きたなんて」
脱力のあまり、呟きにすら力が無く地面へと落ちるかのようだった。
草のように足元に生えている水晶を砕くと顔を出した地面も、同じ色の水晶で出来ていた。そこに腰を掛けて、リザ達はレイが時間停止された事を、そしてそこから何が起きたのか順番に話した。
レイ抜きで始まった戦いは、当初の計画通り進んでいた。精霊を召喚する事で、上位存在をこちらに傾けさせ、絶対の守りを一部とはいえ剥がした。そしてメインで戦うエトネのサポートにリザ達が付き、シアラが《アンダンテ・フィールド》を発動する時間を稼ぐ。全員の必死な健闘が実り、旧式超級魔法は成功した。
クロノスは時の牢獄へと落とされ、勝利した―――かのように思えた。
時の牢獄に落とされたクロノスは恐るべき力を、権能を行使した。
時を巻き戻す権能、時戻し。不可逆の時間は巻き戻り、気が付くとレイが時間停止を浴びた直後だった。
時を操る神ならば、ある意味使えて当然の権能。しかし、実際に使われてみれば想像以上に厄介だった。
「クロノス様が使う時戻しは二種類よ。大きな時戻しと、小さな時戻し。クロノス様は二種類の時戻しを使い分けることで、自分にとって都合のいい未来を確定していったわ」
「あれは、言ってしまえば《トライ&エラー》と《グレートディバイド》の併用です。それもレイ様と違い死をきっかけとしない、完全な時戻しです」
たとえるなら、今のクロノスは博打において好きな目が出せるサイコロを手に入れたようなものだ。六が欲しいなら、六が出るまで投げ続けられる。六が出ても勝てない時は、さらに時間を巻き戻して、どうやったら勝てるのかを何度でもやり直せる。
「これまで、お兄ちゃんの力で戻ってきたから、その凄さは理解できていたけど、相手が使ってくるとこんなにも厄介だったなんてね」
「然り。拙者は初めて味わうでござるが、時戻しとは厄介な権能でござる。どれだけ手管を変えても、それを知られ対処される。虫の手足をもぐように、勝ちの筋を一つずつ潰されました」
悔しそうに言うヨシツネにレイは仕方ないと慰めた。
時を戻すというのは、使い方次第で万能の力となる。
それに対抗するには人の力では無力だ。
ただし、リザ達の話を聞く限りでは、微妙な違和感がしこりのように残っていた。
「記憶が雑然としているでござるが……拙者が死んだのはシアラ殿とリザ殿が瀕死になってから……で相違ないでござるか?」
「うん、その次は私だったよ」
クロノスはレイを死なせないために、戦奴隷契約を結んでいる三人の誰かが死んだ場合、時を巻き戻してやり直ししていた。そのため、記憶が入り乱れ、最後の方は誰が無事だったのかあやふやになっていた。
レティがこめかみに指を押し当て、記憶を整理して言うと、一同の視線は最後に残ったはずのエトネに向いた。
「それじゃ、エトネが最後にやられたってことでいいのかな」
そうだとエトネは頷いた。
「ちょっと待ってください。エトネがやられたとしたら、その後はどうなったのですか。こうして私たちが無事な状態で戻ったというのは、時戻しが発動したからですよね」
「それは間違いないわよ。そして、それは主様の《トライ&エラー》じゃない。クロノス様の時戻しよ」
「不可解でござるな。なぜ、あの者が今更のように時を戻す必要があるので。せっかく、邪魔な存在を排除できたというのに。何か、ご存知ですか」
「うん、しってるよ」
「知っているでござるか、そうでござろう。……ん? 知っているのでござるか!」
「本当なの、それ!」
にわかに騒がしくなるシアラたちに、エトネはこくりとうなずいた。
「どうしようもなくなったときに、コウエンちゃんがあらわれて、たすけてくれたの」
「……何だって?」
二度と聞くことのない名前を聞かされ、レイの思考が真っ白になる。
「……いま、誰が現れたって、言った」
絞り出す声は掠れていた。リザたちも驚きに硬直していた。その中でエトネは繰り返した。
「コウエンちゃんだよ」
「エトネ、本当にコウエン様が、その私たちを助けたのですか。誰かを見間違えたのではなく……そもそも、コウエン様とお会いしたことは」
「まちがいないもん。あのこえに、あのひとみのいろは、コウエンちゃんだよ!」
「……どう、思いますか、シアラ。コウエン様が私達を助けるために現れるなんて、そんな事があり得ると思いますか?」
「あり得ない、って断言したいけど、おちびの様子だと嘘を吐いている感じじゃないわよね」
リザとシアラは声をひそめながら言葉を交わす。
「クロノス様が時戻しを使ったのは間違いないわよ。同時に、全滅していたワタシ達を誰かが助けてくれたのも間違いないわね。問題は、それが誰なのかって事よ。アンタ、覚えてない?」
「申し訳ありませんが、覚えていません。カタリナ殿が助けてくれた、という事はありませんか」
青い瞳が、一団から離れた場所で腰かけるキョウコツへと向いた。彼女の体を介して、カタリナがデバガメをしていたのは既に周知の事実だ。
「あの人がワタシたちを……考えにくいわね。そんな殊勝な事をする人に思えないわ。あの状況で、影を使って割り込んできたのだって、違和感だらけの行動よ」
「……なら、やはり、コウエン様が。ですが、コウエン様とはレイ様の精神世界に宿った、肉体なき存在ではないのですか。それが蘇った上に、肉体を持つなんて」
信じられないというリザに、シアラも同意した。
コウエンはレイの精神世界に存在していた、肉体のない思念体だ。それが自分たちを助けるなど、ありえない。だが、エトネが嘘を吐くような子でないのは確かだ。
「本当にコウエンちゃんが助けに来たの。でも、お兄ちゃんの中から消えたんだよね」
「……ああ、間違いない。彼女は僕に力を託して、消えてしまった。……でも、うん。本当に彼女が蘇って僕らを助けてくれたのだったら、それは凄く嬉しいことだ」
苛烈にして鮮烈な火の粉となって消えたコウエン。その喪失は、いまもレイの心に傷となって残っている。できることなら、もう一度会いたいと、そう思ってしまう。
「呵々。なんだ、お主。そんなに妾に会いたいのか。女々しい所は変わらんな」
「うるさいな、ほっといてくれよ。……不思議だな、なんだかあの無駄に偉そうなコウエンの声が聞こえてきたよ。幻聴かな」
「……違うわよ。ワタシにもはっきりと聞こえたわ」
顔を見合わせたレイとシアラは、そろって声のしたほうを振り返った。それはエトネが下げている鞄の中からした。
「小娘が早々にばらしてしまうから、登場する機を逸してしまったが、この際それは目をつぶってやろう」
またしても鞄の中からコウエンの声がした。聞き違えることはない、彼女の声だ。
モンスターの卵を温めているはずの鞄が、内側から押されて形を変える。同時に何か硬い物が砕けていく音もした。
そして、鞄の留め具がちぎれ、中から赤色の液体が飛び出した。
粘液性のあるそれは、ぱっと見た限りでは赤い色のスライムのようだった。ところが、水晶の上に着地すると、褐色の足が生え、のっぺりとした肢体となり、鮮やかな紅蓮の頭髪が流れていく。くるりと振り返ると、整った顔立ちには野性味あふれる笑みが浮かび、八重歯が牙のように突き出ていた。
「久方ぶりだな、レイ。そして、レイの取り巻きの小娘たちに新顔。妾こそが、赤龍の記憶を引き継ぎし存在、コウエン、ここに復活じゃ!」
堂々と宣言する姿は、まさしく在りし日の彼女だった。
溢れる闘気は凄烈で、一点の曇りもない。
疑う余地もなく、コウエンがそこに居た。
「コウエン……なのか」
「呵々。妾を誰と見紛う。それともしばし会わないうちに、妾の顔を忘れてしまったのか」
「……本当に、本当にコウエンなのか」
「……くどいぞ、貴様。頭からかじってやろうか」
苛立ちが混じる紅蓮の瞳は縦に裂け、龍の威圧を放っている。
「この圧力、あの時の赤龍並ね。本当に古代種の龍を継いだ存在ってわけ」
「でも、待ってください。コウエン様はレイ様を助ける代わりに消えたのでは。それに、先ほどの赤いスライムは」
「ふむ。悠長に話している時があるかどうかわからんが、とりあえず答えてやる……しかし、ほれ、レイ。何か妾に言うことがあるんじゃないのか?」
そういって首を傾ける少女に、レイは仕方ないと笑った。
「……おかえり、コウエン。君が返ってきてくれて、僕は嬉しいよ」
素直な気持ちを言葉にすると、コウエンはにんまりと笑った。
「でも、全裸はやめて。僕の趣味だと思われたら本気で困る。何か服を着てくれないかな」
「つまり、今の君はディオニュシウスの残した卵から誕生したモンスターなのか」
エトネが気絶してから繰り広げられた戦いを語ったコウエンは、鷹揚に頷いた。彼女の今の姿は、チューブトップの形状をした布切れと、細い足の根元までしかないホットパンツを履いた、非常に身軽な姿だ。あぐらを汲んだ状態だと床に広がってしまう紅蓮の髪をレティが三つ編みに結んでいる最中だ。
「ディオニュシウスは色々なモンスターに変身できる力を持っていた。コウエンもその力を使えるわけか」
「そうなるな。この見た目は粘液を変化して定着している。衣服にしても、妾にしてみれば布ではなく皮の一部じゃな」
そういって、極僅かな面積しか隠していない布切れを裂くと、布の切れ端が赤い粘液に変化した。彼女が身に着けている衣服は、彼女が生み出した物だ。そのまま、小さな手は粘液に崩れたかと思うと、爬虫類の腕のように変化した。
「……古代種の六龍がモンスターに転生って、色々と問題ないかしら」
古代種の六龍は、エルドラドの根幹を司る一つだ。それがこれまでレイたちに力を貸していたこと自体、エルドラドの常識からするとあり得ない事だが、モンスターに転生したとなれば大騒ぎだ。
シアラが世界の行く末が気になりだすと、コウエンが少し違うと訂正を入れた。
「今の妾は、こやつの中で誕生したコウエンという人格と記憶を引き継いだモンスターに過ぎん。赤龍の魂自体は、すでに御霊へ上り、再生の時を待っている」
「とすると、赤龍殿は赤龍ではない、ということでしょうか」
「そうなるな。だから、妾を呼ぶときはコウエンと呼べ、新顔」
「だとしても、なんで消えていくはずのコウエン様がモンスターの卵に宿ったのよ。それも人造モンスターの力ってことなのかしら」
『その質問に関しては、ワタシが答えて上げよう、シーちゃん』
その声は近くにあった水晶から響く。そちらを向けば、黒い影が張り付き、カタリナの声を飛ばしていた。キョウコツを遠ざけていたが、盗み聞きをされていたのは間違いない。
「……そうね。これに関しては、ワタシよりも貴女のほうが絶対詳しいはずね」
カタリナはディオニュシウス誕生に大きく関わっている。人造モンスターへの転生についても、何か分かっているはずだ。
『ありがと、シーちゃん。さて、六将軍第六席ディオニュソスは、君たちも知っている通りキマイラスライムというモンスターが魔人になった存在だ。どうして彼がそうなったのかというと、人造モンスターの中で唯一、彼だけが人格を得たのさ』
「他の人造モンスターは人格を手に入れられなかったのか」
『その通り。器は完成したけど、魂は完成しなかった。それでも、あらゆるモンスターの遺伝子を組み込み発現した彼らは、素材取りや、モンスターの解剖実験に役立ったよ。そんな状況下でディオは目覚めた。死への恐怖から人格を形成し、魂を獲得した……と本人は思い込んでいる』
「……どういう意味なんだ」
『君だって知っているだろ。魂の数は、総量は基本的に増えも減りもしないんだ。それなのにどこも減っていないのに増えていく奴がいるから、世界は崩壊する。ディオを含めた人造モンスターたちには、ワタシたちが別の存在から抽出した魂を組み込んであったんだ』
魂を組み込んだと簡単に言うが、それを成すのにどれだけの技術が必要なのか、レイには見当もつかない。ただ、その言葉の端々に感じるのは、拭いきれない血生臭さだ。
「……その魂って、誰の魂なの」
『聞かないほうが、幸せなこともあるよ、お嬢ちゃん』
レティの問いかけに煙に巻くような答え。
その答えがすべてを物語っていた。
『ディオニュシウスが人格を得たのは、死への恐怖や、それに対する理不尽もあっただろうが、組み込んだ魂が正常に働いた、という面もある。一方で、ディオの残した卵に魂が宿るかどうか。ワタシは、魂は宿らないと考えている』
「魂が宿らない? でも、現実としてコウエンがキマイラスライムとして転生しているじゃないか」
『キマイラスライムは自然界の法則を、世界の法則を逸脱した存在だよ。そこに魂が自然に宿るなんてあり得ない。これは推測だけどね、そこのコウエンなる人格が宿る前は、キマイラスライムの卵に魂は入っていなかったと思うよ。肉体だけはあり、生命活動をする、ただそれだけの塊が誕生するはずだった。ところが、君たちがそれに戦奴隷の契約を結んだから話が変わってしまったんだ』
「え? エトネのせいなの」
『ああ、誤解しないでくれ、エーちゃん。君は悪くない。むしろ、君が面白い事をしてくれたから、こんな事態になったんだ。契約が結ばれた事で、魂の通る道が開いた。本来なら、レイ君の精神世界で消え去るはずのコウエンは、パーティー契約と戦奴隷契約を伝う事でキマイラスライムに宿ってしまったのさ』
それはか細い一本の道筋だったのだろう。レイとエトネの間に結ばれたパーティー契約は、経験値の分配を行う、倒したモンスターの魂を分配するトンネルだ。そして戦奴隷契約は魂に結び付く契約。それらが一本の道となって、レイの中から消えようとしたコウエンを救った。
こうなる事を予見していた訳ではない。ただ、これまでの選択してきたことが彼女の命を繋いだという事実に頬が緩んだ。
『さらに詳しい事が知りたいなら、一度ワタシの研究所に来ると良い。隅から隅まで調べ尽くしてあげるよ』
「戯け。貴様に触れられぐらいなら、舌を噛んでやるわ」
牙をむき出しに威嚇するコウエンに、影越しでもくすくすと笑う姿が容易に想像できた。
「でも、コウエン様の復活は間違いなく吉報よ。クロノス様を止める手段が一つ増えたわ」
「そうですね。時戻しを使われた時は、打つ手が無くなったと思いましたが、これならばまだ戦えます」
クロノスの時戻しすら圧倒したコウエンの参加は《ミクリヤ》を鼓舞する。シアラが睨んだ通り、神に近い存在を召喚する事で、神によって傾いた場の均衡を取り戻せるなら、コウエンと《ミヅハノメ》が揃えば効果は一気に増すはずだ。
ところが、そんな希望に水を差すようにコウエンが口を開いた。
「盛り上がっておるようじゃが、妾は次の戦いに参戦できん」
「えっ!? 何で!?」
思わず叫んでしまうレイに、コウエンは更なる衝撃発言を下した。
「それと其方ら。あまり悠長な事をしている余裕はないぞ。このままだと、四年半という時間を待たずに、この世界が滅んでしまうぞ」
読んで下さって、ありがとうございます。




