10-33 幽霊の正体Ⅲ
『紅蓮の旅団』の読みは完全に外れた。
報告のあった区画を中心に可能な限り範囲を広げて探索した結果、空振りに終わった。それどころか、カーティスの構成した情報網に、次々と被害にあったと報告が飛び込んできた。
それはベースキャンプよりも下の階層だったり、あるいは別の階層だったり。被害にも差があり、そこに規則性は無い。
まさに無差別。
誰一人として、首謀者の影すら見つけられない。
「『姿なき存在の呼び声』ってのは言い得て妙ですね。本当に、姿だけは誰にも掴ませない。誰にも気づかれない。ただ、異変と被害者だけを生んでいきます」
一度合流して作戦を練り直す事になった時、ロータスはポツリと呟いていた。
結局、新しい作戦は危険の伴う人海戦術となった。三人一組の班を作り、上層部の階層をまんべんなくカバー。定期的に連絡を取り合い、異変を確認するというやり方になった。大所帯の『紅蓮の旅団』だから可能となった作戦であり、遂に『姿なき存在の呼び声』の影を踏むことに成功した。それは最初の被害が報告されてから、実に36時間が経過した頃だった。
上層部九階層。一人の男が疾走する。ごつごつとした岩肌を草原のように駆ける姿は躍動感にあふれ、男の戦士としての技量を窺わせる。
『拳士』カーティスは一人で迷宮の広間を走っていた。理由は簡単だ。付近を探索中の『紅蓮の旅団』メンバーから連絡が途絶えたのだ。定時連絡が無いと魔法を経由して知らされたカーティスは、一人で確認の為に行動していた。
彼の脳内では二つの可能性があった。一つは『姿なき存在の呼び声』によって行動不能に陥っている可能性。もう一つが、モンスターやあるいは別の要因によって怪我を負った場合。後者だと、完全な損失だ。異変の手がかりも得られずに負傷者を出せば、程度に寄るが治療から装備の修繕、見舞金なども出さなくてはいけない。そんな風に考えてしまう自分に呆れながらも、カーティスは端から端まで迷宮を走り、仲間の姿を探す。
道中に襲い来るモンスターなぞ、彼の力量からすると文字通り歯牙にもかけない。二つ名の拳を振るうまでも無く、進行を妨げるモンスターだけを体当たりで潰していく。
そうして九階層のほとんどの区画を回るが、仲間の姿は見つからなかった。残るは階層の一番端にある、地底湖だけだ。
事前に現在のラビリンスの構造は調べてある。それを頭に叩き込んだカーティスだからこうして単独での調査を任されている。
カーティスは地底湖に続く広間へと足を踏み入れ―――。
―――声を聞いた。
『レイ……レイ……貴方に……会いたい』
途端、体の奥底に刃を突き立てられたような悪寒に苛まれる。踏み出した足から力が抜けそうになるのを、懸命に堪える。胸元に吊るした装飾品が微かに輝き、悪寒を吹き飛ばそうと働いてくれなければ、そのまま倒れこんでいたかもしれない。
腰に吊るしたポーションを一口流し込むと、ようやく精神汚染への対抗が完成した。
「こいつが、例の声か。声って言うよりも、こりゃ思念か。聞こえ方も《伝声》じゃなくて、《思念同調》に近いな。音じゃないんだから、分厚い岩盤も何のその、どこまでも飛ばせる訳か。とにかく、連絡を入れないとな」
一人で呟くと、カーティスは魔法でロータスを呼びだした。涼やかなエルフの声が、耳元で囁くように聞こえた。
『カーティスですか。定時連絡が途絶えた班は見つかりましたか』
「まだ見つかっていませんが、居ると推測される場所付近で声が聞こえました。場合によっちゃ、俺も連絡が途絶えるかもしれないんで、応援をお願いします」
『……分かりました。場所を教えて下さい』
カーティスが自分の脱落すらも想定した状況に、ロータスの声に真剣さが増す。カーティスは自分の位置と、これから探索する場所を説明した。
『すぐに増援を送ります。くれぐれも、慎重な行動をお願いします。……気を付けて』
「ええ、俺も病院のベッドはご免ですからね」
軽口に微かに笑い声が返り、魔法は切れた。カーティスは装備の確認を終えると、通路へと入っていく。
それまでとは違い、慎重な足取り。鋭い眼は、異変を逃さないように注意を払っている。その間も、レイを呼ぶ声は頭の中で反響していたが、装備品とポーションのお蔭でどうにか耐えられていた。
だが、通路を抜けて広間へと達した瞬間、声は一段と強さを増した。どうしようもない圧力を感じ、意識が握りつぶされそうになる。カーティスはポーションを半分ほど一気に飲み、自分の頬を張って耐える。
『レイ、ああ、レイ。貴方は、どこに。貴方は、誰なの。貴方は無事で、無事でいますか?』
変化が一つあった。それまではレイの部分が強調され、あとは雑音のように聞こえた『姿なき存在の呼び声』が、鮮明になったのだ。ともすれば、その声の息づかいすらも感じられる。これが何を意味するのか想像して、カーティスは唾を飲み込んだ。
広間の奥へと続く通路を意識しながら、全体を見渡すと、いくつかの影が倒れているのに気づいた。急いで駆け寄ると、それが探していた冒険者の姿だと分かった。
「おい、お前ら。しっかりしろ、生きてるのか!?」
声を掛けるも反応は無い。嫌な予感に焦るカーティスは、仲間の傍で膝を折り、呼吸や脈拍を確かめた。反応は弱いが生きている。三人とも外傷も無い。
「となると、これは声にやられて衰弱状態か。無理もない。こんな声にやられちゃな……マジかよ」
カーティスが驚愕したのは、薄暗い迷宮の床に転がっているのが、探していた冒険者だけでなかったからだ。鋭い牙が特徴のサーベルウルフに空を飛ぶ厄介なジャイアントバッドといったモンスターも転がっている。
『姿なき存在の呼び声』はモンスターにも効果を及ぼしていた。
驚くべき新事実だが、それに構っている余裕も無い。カーティスは三人を運び出そうとする。一人を肩で担ぎ、残りの二人を片手で掴む。体格の良いカーティスであっても無茶な芸当だが、精神力で強化した体には容易いこと……のはずだった。
「ぐぅうう! こいつは、拙いな。汚染はこうなるのか」
苦悶の声が食いしばった歯から漏れる。体から精神力が凄まじい勢いで消費されて行く。このままでは精神力切れもあり得る。
『姿なき存在の呼び声』が削るのは、人の精神力だった。
『レイ、レイ、レイ。貴方を助けたい、守りたい、謝りたい。どこに、どこに、どこにいるの。ああ、会いたい』
「どんだけ熱を上げてやがるんだ、この女はよ! レイの奴もとんだ女に引っかかったな!」
声の強さが増して、悪寒は更に酷くなる。
どこか情熱的なようでいて、死んだばかりの腸のような生暖かさを持つ、吐き気を催す声を聞き続ければ、精神も病むだろうと納得してしまう。
カーティスは一歩、一歩と仲間を抱えて歩く。通路に飛び込み、それこそ今にも倒れそうなほど弱々しい足取りのまま、どうにか通路を渡り切った。
視界は霞み、思考は鈍い。それでも微かに映る影に、カーティスはしまったと思う。仲間を助けたいがあまり、急いで行動したが、こちら側が無事かどうか不明だ。声が弱いからモンスターが居る可能性を失念していた。
「やらせねぇよ、絶対に家族はやらせねぇ!」
カーティスは背負っていた仲間を落し、拳に力を込めて影へと放つ。いつもの半分も出ていない一撃は、あっさりと受け止められた。岩のように固く頑丈で、びくともしない人間の手だ。
知っている男の手に、カーティスの視界から靄が消えていく。そこに居たのは、この世で最も信頼できる男の姿だった。
「……団長、ですか?」
「おうよ。よく頑張ったな、カーティス」
「……これが、俺の体験した全てです」
応援として来たのはオルドやロータスを始めとした上位陣六人と補佐数名だ。カーティスが必死の思いで連れ帰った仲間は補佐が治療を施している。
「声では無く思念か。だとしたら、耳栓は使えないな」
「地味に効果を期待していた道具でしたが、残念ですね」
「全くだな。だが、カーティス。ご苦労だった。お前の得た情報は十分に役立つ」
労いの言葉を掛けると、カーティスは僅かに頭を下げた。それが限界なのだろう。
「お前は体力が戻るまでここで待機していろ。お前らもだ。奥を探索するのは、俺達六人だけだ」
そういって、オルドは順番に仲間の顔を見た。いつも行動を共にする『紅蓮の旅団』副団長にしてオルド班副長のロータス。古馴染で馬の合うベルドランドと彼の副長であるシナトベ。獣人種と人間種のハーフであるエスラと彼女の副長。この六人がクランにおけるもっとも戦闘力のある六人だ。
全員が二つ名持ち、B級以上の冒険者。
オルドは最大火力を投入して一気に片を付けるつもりだ。
「全員聞け」
巨体には似つかわしくない静かな声。それがオルドの本気を表していると気心の知れた仲間達は瞬時に察した。それだけ危険な状況を覚悟しているのだと。
「カーティスほどの奴が精神汚染で苦しむのは、俺にしても想定外だ。おそらく、近づくほどに精神汚染は強まっていく。最悪、この六人にでも耐えきれない恐れがある。だから、どうにもならんと思ったら、自発的に戻れ。じゃないと足手まといだ」
厳しい言い方だが、誰も動じない。オルドの言う事はもっともであり、それだけの敵を想定していれば動けない仲間など邪魔なだけだ。
「精神耐性を強化する道具は持ったな。ポーションを服用後、突入する。準備は良いな」
「今更出来てませんなんて言う馬鹿はいねえよ」
代表するようにベルドランドが答えた。その頼もしさにオルドは満足すると、最後の確認を済ませる
「物資的にも疲労的にも、限界は近い。ここが空振りだった場合は、やり方を見直す意味も含めて、一度態勢を立て直しに地上へと戻る。カーティスは俺達が戻って来なかったら、撤収準備にかかれ」
それは悲観した未来を予言した訳ではない。ただ、起こり得る事態を想定したリーダーとしての備えだ。カーティスが頷くのを確認すると、オルドを先頭に六人は通路へと向かった。
途端に襲い来る声に、一瞬眉をひそめたが、カーティスの助言があったから直ぐに対処が出来た。
ポーションから口を離したベルドランドが耳に指を突っ込む。
「おお、本当だ。耳を塞いでいるのに、声が聞こえてくるぞ。こいつは不思議だな」
「呑気なやつね。まあ、耳の良い私にしてみれば助かる話だけどね」
「あ? なんか言っているのかお前? 全然聞こえないぞ」
「あはっ、そのまま鼓膜をぶち破って脳みそを引きずり出してやろうかしら」
クランきっての武闘派である二人の緊張感を欠いた話を周りは聞き流しながら、一行は通路を進む。広間へと出ると、声は強まり、倒れたモンスターが広間に転がっている。
「これほどとは。どうしますか、この先を探索するにしても現在の装備では耐えきれるかどうか不明です。ここは一度退くべきかと」
意見を具申するロータスを無視して、オルドは前に出た。
『レイ、レイ、レイ。どこ、どこ、どこにいるの。貴方に、貴方に会いたい。会って、話したい。話したいことがあるの』
声の主は正気じゃないとロータスは感じた。声の旋律は美しいのに、含まれる感情や温度はどこか歪で空虚。際限なく膨らむ感情を無理やり絞り出しているような苦しさを伴っている。
そんな声に向けて、斧を地面に叩きつけたオルドは、地底湖へと続く通路を睨んで―――吼えた。
「ぎゃあぎゃあ五月蠅いぞ、てめぇ! ちったぁ黙りやがれ!!」
それを声と呼ぶには荒々しい音の爆弾だった。
閉鎖空間にオルドの叫びが反響する。まるで力ある攻撃のように浴びた者の体を揺らしていく。ロータスですら、一瞬だが気が遠くなる威力だ。
「な……何しやがるんですか団長! 私達を殺す気ですか!? というかエスラ、エスラ!」
隣で音の直撃を浴びた親友が立ったまま気絶をしていた。兎人族の血が濃い彼女にとって、鋭い聴覚は武器にも弱点にもなる。必死に揺さぶり、意識を取り戻した。
「い、一瞬。昔に死んだ両親の声が聞こえたような。あれは幻だったのかしら」
呻くエスラから視線を逸らして周りを見ると、副長二人も膝を折っているのは『姿なき存在の呼び声』のせいか、オルドのせいなのかは不明だ。ただ一人、ふざけて耳を塞いでいたベルドランドは平然と構えていた。
「ベルドランド。貴方から何か言ってやってください!」
「そうカリカリしなさんな、ロータス。よく注意を払え。何か気づかないか?」
どういう意味だと訝しむと、ロータスは気づいた。先程まで脳の奥底に焼き鏝のように押し付ける声が聞こえない。
「オルドは筋肉だけが取り柄の禿げと言われているが、伊達に禿げていない奴だぞ」
「禿げは関係ないだろ、禿げは!」
オルドは肩越しに文句を言うと、再び正面の通路へ、その先に居るだろう存在に語りかける。
「どうやら言葉を解せる存在らしいな! 俺は『紅蓮の旅団』団長、『岩壁』のオルドだ! お前は何者だ!?」
誰何の声に応じるのは、先程までと同じ『姿なき存在の呼び声』だった。
しかし、その質は違う。
『私は……私は、ダレ?』
短い数音。それなのに受ける圧力は違っていた。先程までの、熱に浮かされたような呼びかけとは違う、狙いを絞った様な声にロータスは溜まらず膝を折った。
彼女だけでなく、エスラや副長も崩れ落ちた。
折らなかったのは二人だけだ。仁王立ちして立ち尽くすベルドランドとオルド。二人は顔に深い皺を作るだけで耐えたのだ。
『私は、私は、レイを、彼を探す。そう、探しているの、あの人を、助けなきゃ、レイ、レイ、レイ、レイ』
再び不明瞭な音の羅列になっていく。オルドは賭けに出た。
「俺は、レイという人物を知っている!」
静寂が辺りを包み込む。ただしそれは、膨張して破裂寸前の風船を前にしたような緊張が伴う静寂だ。対応を間違えれば、一気に爆発する。
「アンタと話がしたい! だが、アンタの思念は俺達に響く! だから、そっちに行くまで、何もしないでくれるか。それが約束できるなら、レイに付いて知っている事を話す!」
声が迷宮を震わした。返答は無かった。それが了承という意味なのだろう。
事実、それまでオルド達を襲っていた声はピタリと止んだ。嵐の中にある目に飛び込んだような奇妙な静けさの中、ロータスたちは立ち上がる。
「賭けに勝った、と言っていいのかどうかは早計だな。とにかく、時間は稼げた。カーティスに連絡を入れろ」
「ほいほいっと。相手が言葉を理解できるだけの知能があって助かったな。もっとも、あの喋り方じゃ知性は感じられんが……オルド、余計な客だ」
ベルドランドの警告にオルドが目を細めて周囲を睨む。『姿なき存在の声』が止んで解放されたのはオルドたちだけじゃなかった。声によって倒れ伏していたモンスターたちがよろよろと立ち上がる。彼らは自分たちに何が起きたのか理解できなくとも、攻撃を受けたのだけは知っている。黄色く濁った瞳で、怒りをぶちまける相手を探した。
本来の正常な精神なら、絶対に挑もうとしない怪物に向けて、モンスターは絶叫を上げた。
「グリーンインプに、サーベルウルフ。空を飛ぶジャイアントバッドの群れ。全部合わせりゃ三十は居るが、どれも雑魚ばっかりじゃねえか」
ラビリンスの特徴の一つにモンスターの多種性が上げられる。かつて、老境の域に達した『冒険王』は、この地に広がる迷宮を指して、
「ここは全ての迷宮を内包している」
と、言葉を残した。その通りで、この迷宮は古今東西全ての迷宮の特徴を内包していた。アリの巣状のプレーンな形から、真下へと螺旋が伸びていくタイプや、地下水に沈殿したタイプや、地下世界のような広々とした領域など様々な顔を持つ。同時にモンスターも何百という種類が生息していた。
とはいえ、彼らの前に立ちふさがるモンスターはどれも下級ばかり。一人で片が付くとオルドは判断した。
「ベルドランド。お前に任せる。好きに暴れろ」
「言われるまでもねえよ。それが俺の流儀だ!」
金属の兜を下ろして吼える『破砕』。男は自分に向かってくるモンスターの群れへと逆に突撃した。あっという間に接触する両者。その激突は、より質量の大きい存在に軍配があがった。
サーベルウルフの牙が折れ柔らかな皮膚に食い込む。グリーンインプの顔が鎧の形に合わせてへこむ。ベルドランドが纏う鎧は、平均的な男性と同じ重さだ。それを軽々と操るだけでも男の力量を窺わせるが、ベルドランドに言わせれば鎧は武器の一部である。
鋼鉄の塊が、怯むモンスターの顎に突き刺さる。金棒を肩に担いだ、単なる膝蹴りだが、重量のある鎧の一撃はそれだけで致命傷となる。
彼がモンスターの群れにその身を投げ出す度に、モンスターの体は砕けて散る。
男が金棒を振るうたびに、モンスターの体は破れて千切れる。
それゆえ付いた二つ名が『破砕』。
人間大の金属の塊が強靭な力を持って動くだけで、破壊の嵐が辺りを吹き飛ばす。
僅か数分で惨劇だけが残された。肉塊が転がり、惨劇の中央に立つ男は副長の生み出す水で返り血を洗い流した。
「相変わらず美醜感覚が壊れているとしか思えない戦い方よね」
「ああん。何寝ぼけたこと言ってんだ。戦いに美しいとかあんのか?」
「あるに決まってるでしょ。そうね、丁度いいのが来たわ」
呆れた顔を一転して、獰猛な笑みを浮かべるエスラ。彼女の視線は、先程までオルドが睨んでいた通路だ。そこから現れたのはオークだった。肥大化した肉の固まりは血に染まっていた。
何があったのかは容易に想像できる。三つ繋がった広間。一番奥に地底湖があり、自分たちが居るのは一番手前。だとすれば間の広間はどうなっていたのか。
ここと同じ状況なら、冒険者とモンスターが一緒になって倒れていたはずだ。
「その血が誰の物、なんて野暮な事は聞かないわ。ただ、落とし前だけは付けさせてもらうわよ」
静かにエスラが呟くと、彼女の姿はそこから消えていた。オークが戦闘本能を露わに警戒した時には、すでに遅かった。
伸びた首に一筋の血が走ると、ずるりと首は滑った。地面に着くより前に、エスラが伸ばした手の中に吸い込まれるように落ちた。
二十メーチルはあったはずの距離を、彼女は一瞬で踏破。オークの体は首を切られてなお、それを知らないように一歩、二歩と歩いたのだ。
俊足と鋭い斬撃を併せ持つエスラ。その上に彼女は魔法を用いた戦闘を得意とする。つまり、これでもまだ本気ではないのだ。
ベルドランドが不愉快そうに鼻を鳴らすと、エスラの後ろに近づく影を発見した。通路の奥からまだオークが現れたのだ。
警告の声より前に、空気を裂く音がした。
エスラは首を僅かに傾け、飛んできた矢を躱した。
矢は真っ直ぐにモンスターの目を射抜き、柔らかな眼底から脳へと達した。
「流石は『弓姫』。腕前は全く落ちていないわね」
称賛の言葉にロータスは何も返さない。ただ、通路の奥から現れるモンスターに厳しい視線を向けていた。
「あの返り血。向こうに居た冒険者はもう」
そこから先は何も言えずに俯いた。すると、オルドが副団長の背中を叩く。ばしんという強い音に、彼女の背は伸びた。
「顔を上げろ。仇を取る。いまはそれぐらいしか出来ねえ」
「……はい、了解です」
「よし。全員、強行突破だ! 道を塞ぐ奴らは全員、吹き飛ばしちまえ!!」
獣じみた叫びに、怪物達が応じた。
かすかに聞こえる絶叫が人なのか獣かすら曖昧だ。
広々とした空間を満たすのは地下水が溜まって出来た湖。透き通った輝きはこの世ならざる美しさがあった。そんな湖の上に、それは腰を下ろしていた。水面に沈むことなく、長い髪は濡れない。
あり得ざる光景に何ら興味を示さず、青髪の女は呟いた。
「レイ、レイ。ああ、私は貴方を早く、会いたい。会って、そして……救いたい」
その切実な思いは誰にも拾われることなく水面へと沈んで行った。
読んで下さって、ありがとうございます。




