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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第10章 世界の中心
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10-32 幽霊の正体Ⅱ

 偽りの明りが洞窟の中を照らす。


 ここは太陽から遠く離れた地底世界。太陽の温もりなんて望めない迷宮。その代りに天井から顔を覗かせる鉱石が自ら放つ光で、闇は隅へと追いやられていた。


 モンスターが跳梁跋扈する危険地帯だというのに、その一角にあったのは陣地だ。大勢が同時に寝泊まりできるテントが固まり、食料や物資が詰まった箱が積まれ冒険者が交代で見張りをする。一団の中に秩序と役割が決められていて、各々が機能的に動いている。あたかも滑らかな車輪の動きのように、集団が一個の生き物のように統率されていた。


 大迷宮ラビリンス上層部五階。その一角に『紅蓮の旅団』のベースキャンプはあった。


 元々、彼らがこの迷宮を、そしてこの地を冬ごもりの場所に選んだのは個々人のレベルアップの他に連携の強化があった。


 オルドを中心とした組織構造の『紅蓮の旅団』は、平時は三つの班に分かれて、それぞれ別個に活動する。活動中に怪我をして再起不能になったり、あるいは死んでしまい欠員が出る場合もある。逆に人数が増えると言う事もある。アマツマラのスタンピードで、多くの冒険者が犠牲になった。パーティーを維持できずソロに戻る者も居り、それでも冒険者稼業を続けなくてはいけないなどの事情を持っている者から優先的に、オルドは仲間に入れた。


 そのため、いまの『紅蓮の旅団』は全体の力量や連携、戦術の理解度などが低下している。一言で言えば、チームとして未熟なのだ。


 加えて、長く同じ班で、同じ顔だけで固めていると慣れが生まれてしまう。慣れとは恐ろしい物で、どれだけ気を付けていても夏の虫のように湧き、致命的な時に限って顔を出す。そのため、一年に一度、冬ごもりの時期に集まり班の再編をするのが『紅蓮の旅団』の伝統だった。


 全体的にモンスターのレベルが低い階層で寝食を共にし、クランの戦闘方針や戦術、陣形などを再確認しながら班の新しい人選などを行うのだ。


 初回である今回の目的はレベルアップで無いため、比較的危険度の少ない場所を選び陣地を構築したが、そこに緩み切った空気などは無い。


 尻の青そうな者からレベルが八十を超える冒険者まで、緊張を顔に浮かべていた。これはオルドの檄によって委縮しているからではなく、急きょ発令されたクエストに関係していた。


「迷宮内に響く謎の声を調査、か。随分と面倒なクエストを引きやがったな、オルドの奴も」


 天幕の中、重装甲の鎧を見事に着こなし、平然と団長を呼び捨てにする男は、『破砕』ベルトランド。オルドと同年代のB級冒険者であり、班の一つを任されている男だ。


 彼はオルドを除けば『紅蓮の旅団』の最古参だ。元々、オルドの妻でファルナの母だった初代団長の頃からクランに在籍し、彼女が死にオルドがクランを引き継いだ時も離れなかった。クランが最も厳しかった頃を知り、オルドと共に迷宮で名を上げた古強者だ。


 人数が増え、全員で纏まって行動するのは効率が悪くなり二つに分けると決まった時は、満場一致で班長に選ばれたほど全員からの信頼は厚い。


 そんな男の対面に座る女が、机に体を預けながら気だるげに同意した。


「そうよね。何処に居るのか、どんな存在なのか不明なのを相手に探索なんて。昼夜問わず警戒しろってことじゃない。そんなの気が休まる暇も無いじゃない」


 ぱたぱたと頭の兎耳が揺れる。兎人ハーゼ族と人間族のハーフである彼女は、親から受け継いだ二つの力を上手く融合させた。長い耳は遠くの物音まで拾い上げ、スピードに関しては他の追随を許さず、精神力が豊富だったこともあり、優れた魔法戦士が誕生した。二つ名である《首狩》は、まさに彼女の戦う姿を正確に表していた。


 彼女もまた、『紅蓮の旅団』の班を預かるB級冒険者だ。


「いくら娘の事があるからって、ギルドのご機嫌取りなんて迷惑な話よね」


「いや、ファルナの事は心配だ。聖都まで馬を潰せば十日で到着するし、ちょっと行って連れ戻せばいいんだ」


「ああ、忘れてた。親馬鹿はこっちにも居たんだっけ。ファルナも可哀そうにね。あんな筋肉達磨が実父ってだけでも悲惨なのに、もう一人筋肉ゴリラが父親面するなんて。そりゃ、嫌になって今頃反抗期になるのも仕方ないわよね」


「むう。やはり年頃の娘は繊細だな。あれか? 貴様にもあったのか? お父さんのパンツと一緒に洗濯しないでよ、って時期が」


「残念だけど、それを迎える前に、父親は蒸発しちゃったからね。比喩でも何でもなくね。あと反抗期発言は冗談だから。それぐらい理解できる脳みそも、筋肉で埋め尽くされたの」


「そうか。それはすまない事を聞いた。なら、俺の事をパパと呼んでくれて構わないぞ」


「あっははは。娘が居なくなって頭にウジ虫でも湧いたの? しかも親友の娘でしょ、ファルナは」


「何を言うか。アイツは『紅蓮の旅団』の娘だ。そして『紅蓮の旅団』は全員が家族である。ゆえに、俺の娘といっても過言ではない。いまもこうして瞼を瞑れば、初めてはいはいをしだした時や母親の形見である連星を手に入れた時の笑顔がまざまざと蘇ってくるぞ」


「うっわ。正直に言わせてもらうけど、アンタ病院行った方が良いわよ。鉄格子付きの、人里から隔離されたところ。何なら紹介状と入院代ぐらいは出してあげるから、世の中とお別れして来なさいよ」


 エスラの毒舌も何のその。ベルトランドは何やら感動したように目頭を揉んでいた。


 そんな二人を前に、オルドは頭痛がしたとばかりに頭を抱えていた。


「なんで、うちの班長はこう、問題児ばかりなんだ。ちったぁ協調性とか社会性とか、そういうのを磨いてこい」


「自分を棚に上げて何を言っているんだか。これでも外面はきちんとしているので、ご心配なく、この禿げ」


「エスラの厚化粧には負けるが、俺とて班を預かる身だ。それ相応の礼節は弁えているつもりだ。大体、貴様も大概の問題児だと言う事を自覚しているのか。この禿げ」


「禿げじゃねえよ! 剃っているだけだ!!」


 怒号は天幕の外まで響き渡る。外の警護をしていた冒険者たちは、もう慣れたとばかりに驚きもしなかった。


 彼ら三人が天幕で集まっているのは単純に暇だからだ。


 班長にはそれぞれ副長が付く。オルドにとってロータスがそうだ。この場に居ない副長三人はそれぞれ警護主任、指導教官、座学教師に分かれてメンバーを交代で見ている。


『紅蓮の旅団』における連携の取り方や、互いの技能スキルや特徴の把握をしつつ、それを実地で特訓し、休憩を挟んで陣地の警備をこなしている。その間、副長たちがメンバーとじかに接し、性格や相性などを分析して班決めの資料を作成するのだ。


 その間、オルド達はとにかく暇を持て余していた。この階層になると、A級、B級冒険者が武器を振るだけでモンスターはそそくさと逃げてしまう。経験値稼ぎどころか、モンスターが怯えて近寄って来さえしなくなる。それでは訓練にならない。こうして陣地に留まっているのが、一番効率の良い使い方と言えた。


「まあ、真面目に話をさせてもらうと、このクエスト。骨が折れるのは間違いないぞ」


 妄想のファルナを封印したベルトランドに、エスラも同意するのは癪だがと前置きしてから頷いた。


「人がやっているのか、モンスターがやっているのか知らないけど、誰も姿を見ていないんでしょ。だとしたら考えられのは二つ。透明化の手段を持っているのか、力の有効範囲が広いかのどちらか」


「前者ならともかく、後者だと発生源の特定が困難な上に近づくと威力が増す恐れがある。俺達ならまだしも、下の連中を使って人海戦術を取るなら相応の被害を覚悟する事になるぞ」


「それぐらい言われなくても分かっているに決まってるだろ。だから、人数分以上の抵抗力上昇のポーションに、装備品を用意させたんだ。これだけあれば、どうにか耐えられるだろう」


 対抗手段は揃えたと言うオルドに二人は渋い顔をした。その気持ちはオルドにも理解できた。


 精神にダメージを与える攻撃は、意外と種類がある。例えばブラックバウンドの遠吠えを聞くと、不安を増幅される。人が生来持つ不安が膨らむと、動きが鈍くなり、判断が遅くなり、末期になれば戦闘への意思も挫けてしまう。同様の効果をもたらす《ヒステリーサウンド》という魔法がある。対象に直接当てる事で、精神的に混乱させる魔法だ。


 これらは尾を引く場合があり、最悪はトラウマとなって冒険者をリタイアする理由になる。


「ギルドが纏めた資料を見たが、声が掠れて微かにしか聞こえなかった奴らでも、まだ残響が残っているように感じているのだろう。それがはっきりと音になって聞こえるほどになると、精神に疾患を抱えて帰還している。今も病院のベッドだ。こいつの言葉じゃないが、それこそ鉄格子付きの病院に送り込まないといけないほど憔悴しきった奴も居るそうじゃないか」


「……何が言いたいんだ、ベルトランド」


「簡単な話だ。家族を危険にさらしてまで、このクエストを受ける価値はあったのか?」


 ぎろり、と。上位冒険者の視線がぶつかり、天幕の空気が薄くなる。二人から放たれる闘気に押し出されているのだ。エスラは睨みあう男たちを前に、面倒だと腕を枕にだらけた。


 止めるつもりはない。やるなら、勝手にやれと言わんばかりの態度だ。


 無言のにらみ合いは永遠に続くかと思われたが、突然飛び込んできた影に邪魔される。


 入って来たのはカーティスだ。


「団長! 声が聞こえると騒ぎになっています!」


 彼には数名の仲間と共に隊から離れて偵察と情報収集に行かせていた。同じように潜っている冒険者たちと渡りをつけ、何か不審な女の声が聞こえたら教えてほしいと情報網を構築させていた。この手の作業をさせるなら、カーティスが最も上手くやる。


「場所は何処だ!?」


「ここから二つ上がった西の方角です。地図を!」


 言うなり、机に地図が置かれた。事前に上層部の10階層までは全部の広間と通路を地図に書き起こしてある。モンスターの分布から、迷宮特有のトラップの場所まで網羅されている。そこにカーティスは目撃情報を記す。


「最初はここです。この地点で休憩を取っていた冒険者の一人が声を聴いて、不調を訴えました。その後、この場所を訪れた冒険者にも不調が発生して、複数人が同じ証言をしています。声は移動を続け、不規則な動きをしています」


 調べた目撃証言を記して行き、それらを円で囲む。


「おそらく、この範囲のどこかに声を出している存在が居るはずです」


「ちょっと待ってよ、カーティス。その視点は平面すぎるわ」


 異を唱えたのはエスラだ。かつてはオルドの下で偵察を担っていた彼女はある可能性を口にした。


「声がしたから犯人も同じ階層に居るとは限らないでしょ。ここは迷宮。上にも下にも階層はあるのよ」


「確かに。それはあり得ますね。それじゃあ、上下の階層も含めると」


 カーティスは階段を軸に地図を重ね、可能性のある広間や通路などを線で囲っていく。オルドは彼に命令を下した。


「カーティス。魔法で実地研修中の奴らを連れもどせ。疲労の抜けている奴らを優先して、最低限の人員を陣地防御に回して、残りをエスラと共に索敵班を作れ。指揮はエスラに任せる」


 了解と固い声色と気の抜けた声色で返ってくる。二人が出ていき、残された二人は自然とにらみ合う。先程までの光景と全く一緒だ。


「答えを聞いていないぞ、オルド」


「答えるまでも無い。俺は、こうする事が最善だと判断してやっているだけだ。その選択に不満があるならいつでも抜けろ」


 それは挑発とも取れる言葉だった。ベルトランドの周囲に轟く闘気が一段と高まり、今にも戦いが始まりそうな空気は突如として消え去った。


「やめだ、やめだ。どうやら、色々と覚悟を決めちまったようだ。なら、俺がとやかく言うのは筋じゃねえな」


 そういうと、男は立ち上がると拳を軽く握り、オルドの胸を叩いた。


「お前が前からクランやギルドよりも、何かデカい事に巻き込まれて、考える立場にあるのは知っている。だが、忘れるなよ。此処に居る奴らは、そんなお前を助けたくて集まった、どうしようもないバカで、かけがえの無い宝物だと言う事を」


「そんな事、てめぇに言われるまでも無い」


「なら、それでよしだ。俺も、ちぃとばかり手伝ってくるぞ」


 そのまま天幕を後にする、最も古い戦友にオルドは黙って頭を下げた。


 彼を含めたクランのメンバー全員には世界崩壊の事も、レイが『招かれた者』であることも話していない。それは副団長として傍に置いているロータスも知らない事実だ。


 若かりし頃、親交のあるテオドールや師匠である統括長から打ち明けられ、いつか現れるだろう『招かれた者』を助けられる人間になるように修練を積んできた。


 それがいま、実際にレイを前にして、来るべき時が来たという感慨と、こんな子供に全てを背負わせる事への不甲斐なさや後悔を感じていた。


 家族は大切だ。


 だが、同時にレイを本当の意味での救世主にする事も大事だ。


 今回の一件も早急に片付けなければ、レイが動くことになるかもしれない。それはまずいと、オルドの戦士としての勘が囁いていた。


 この勘が囁いたのは、過去に二度。


 妻が死ぬことになる迷宮に潜った時と、班を得たファルナを見送った時だ。


読んで下さって、ありがとうございます。

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