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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第10章 世界の中心
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10-31 幽霊の正体Ⅰ

「整備に出した装備とか道具の一式を受け取って三人でギルドに寄ったの。学術都市の迷宮が初めての私達でもやれそうなクエストを確認しておこうと思ってね。そうしたら、ギルドが騒がしくて。職員を捕まえて話を聞いたら、昨日、『紅蓮の旅団』が迷宮から帰還したけど、誰も彼もがボロボロで、特に団長が最も酷い怪我をして生死不明だって。それで入院したって話で持ちきりだったの」


 カタリナの所から帰宅するなり、嬉しくないニュースを聞かされたレイは、天井を仰ぐ。そして、沈んだ声でシアラに尋ねた。


「……運び込まれた病院が何処かは聞いたかい」


「ええ。お見舞いに行くの?」


「まあね。向こうにしたら、ふざけんなって話かもしれないけど、これが『姿なき存在の呼び声(ゴーストボイス)』に関係して全滅したのなら、僕のせいだ」


「それは違うよ、ご主人さま。『紅蓮の旅団』が壊滅した事に、ご主人さまの責任だなんて、誰も思わないよ。クランの人たちだって、そう言うよ」


 メイド服姿のレティの慰めにレイは優しく微笑むだけで同意しなかった。


 仲間達には、迷宮で発生しているという『姿なき存在の呼び声(ゴーストボイス)』の事は教えてあった。それがレイという人物を探し、冒険者に被害を出している。自分が迷宮に入る事で、事態が悪化する可能性がある内は、迷宮へ潜るのは控えようと決めていた。


 もしも、オルド達が『姿なき存在の呼び声(ゴーストボイス)』と接触して全滅したなら、それに責任を感じない訳には行かない。


「どちらにしても、情報が欲しい。シアラの話しだと、オルドたちが戻って来たのは昨日なんだろ。だとしたら、ギルドに行っても詳しい情報は手に入らないだろうから、直接病院に行って、話を聞かせてもらおう」


「分かったわよ。でも、全員で行くのは向こうにも迷惑よ。人数は絞って行きましょう」


 シアラの忠告に従い、レイはリザとエトネの二人を連れてオルド達が入院しているという病院へと向かった。


 路面魔車を乗り継いで辿り着いた病院は、冒険者御用達の広々とした空間を確保した大きな病院だった。緑が多く、癒しと安らぎを感じさせる。その中を突っ切って建物へと入れば、冒険者らしき人々でロビーは埋まっていた。


「……病院が賑わっている、というのは決して良い事では無いのでしょうね。負傷した者は半分ですが、残りは付き添いにも見えません」


 この中に知り合いは居ないかと探すリザの瞳は、今も血が包帯から滲む冒険者や、魔物の毒で苦しむ者などに混じって、外傷はないのに顔を青ざめて座り込んだり、意識を失って仲間に担がれて行く者を捉えた。


 レイは近くで小走りする看護師へと話しかけた。


「忙しい中、すみません。こちらに入院しているというオルドや『紅蓮の旅団』の方々に面会したいのですが」


 尋ねながら、面会謝絶ならどうするべきかと考える。やはり、強行突破か、人目に付かないように忍び込むか。そんな事を考えていると、受付と短いやり取りを済ませた看護師が戻ってきた。


「『紅蓮の旅団』の方々は四階に集中して入院されています。団長のオルド殿は角部屋ですが、くれぐれも静かにしてくださいね」


 予想よりも呆気なく許可が降りたのを不思議に思わず、レイは謝意もそこそこに階段へと向かった。目的の階へと到着すると、休憩室らしき椅子とテーブルが並んだ場所に、知り合いの顔を見つけた。


 左腕をギブスで固定して包帯で吊るし、顔の一部を包帯で隠しているが、黒色の毛並みで直ぐに誰か分かる。


「カーティスさん!」


 名前を呼ばれた男は持っていた紙から顔を上げる。彼以外にも、椅子には『紅蓮の旅団』の冒険者が座っていて、レイ達の登場に驚いたり、喜んだりしていた。


「おう、レイじゃないか。それにリザにエトネも。そんなに慌てた様子でどうしたんだ、いったい」


「どうしたもこうしたもありませんよ。聞きましたよ、オルドや皆が大怪我して担ぎ込まれたって。生死不明だって。だから、急いで駆けつけたんですよ!」


「おいおい、揺らすな。こっちも十分に怪我人だから、怪我に響くだろう!」


 混乱のあまりカーティスの折れた腕を掴んでゆするレイ。リザがレイの体を引っ張って引き剥がした。


「落ち着いて下さい、レイ様。心配なのは分かりますが、私達が慌てたからといって、状況が良くなるとは限りません。それで、カーティス様。他の方々は」


「おう、団長を含めて全員生きてるぜ。……というか、どこでそんなデマが流れているんだ」


「ギルドです。シアラ達が寄った時にはそのような話で持ちきりだったと」


「ははん。そりゃ、あれだ。俺達が迷宮を出る前に離れた奴らが、ある事ない事言いふらしたのに尾ひれが着いたんだな。それで話がこんなに早く大げさになったんだ」


 世界が異なっていても人間はゴシップが好きだ。名前の知られた有名な存在の失墜や失敗となれば、その広まり方は火よりも早く、大火と成りやすい。真実など何処かへ置き去りにされ、真偽が不明な煙だけが広まっていく。


 シアラがギルドで聞いた話も、そうやって広まった大げさな話なのかもしれない。


 カーティスは席を立つと、廊下へと進み、一番奥の部屋を指した。


「団長はあの奥の部屋だ。でも、面会するのはちょっと待ってほしい。いま、統括長がいらして詳しい事情を聞き取りしている最中で、っと。どうやら終わったようだな」


 奥の部屋がタイミング良く開くと廊下に複数の影が吐き出された。


 全員がギルドの制服を着こんだ職員だが、一人だけ遠目でも違うと分かる。服だけじゃない。纏う雰囲気からして、異質だ。距離があるというのに、此処まで届く重圧。修羅場に慣れたレイ達でも自然と体が身構えてしまう。特に、気配に敏感なエトネは尻尾を逆立てて警戒していた。


「……凄い、強い人です。何者ですか、あの人」


 小声でカーティスに尋ねると、彼も小声で返した。


「オーギュスター・クロイライン冒険者部門統括長だ。学術都市がギルドの総本部であるから事実上、冒険者ギルドの長だな。同時に、世界に三人しかいないS級冒険者の一人だ」


「え? それじゃ、ローランさんと同じ」


「ああ、そうだ。テオドール陛下と同時期にS級に昇格して、以来ギルド統括長という重要な立場に居ながらも今も現役の冒険者として活躍なされている方だ。そして、うちの団長の師匠に当たる」


 廊下の奥から歩いてくる男は周りと同じ制服を身に着けているが、布の下にある肉体がどれだけの密度の筋肉なのか見ずとも分かるほど盛り上がっている。刻まれた皺に混じり傷跡がくっきりと浮かび、肩で風を切る歩く姿は老人とは思えない。白髪を後ろで纏めて流す男の双眸は、刃のように強烈だ。


 男の部下らしき職員に指示を出しながら歩いていると、レイ達の前を通り過ぎようとした。


 だが、その歩みが止まる。


「待て、そこの小僧」


 声というには野太く、自然が作る天然の轟音に近い。レイよりも頭二つも三つも大きな男は、顔を前に固定したまま、視線だけをレイに合わせた。


「黒髪に白髪まじり。……貴様が《ミクリヤ》のレイか」


「はい。初めまして統括長。僕が―――」


 続くはずの挨拶は、男が伸ばした掌に押しとどめられた。顔の前に差し出された掌は、いくたびの戦いを潜り抜けて分厚くなり、指を失った代わりに作り物が嵌っている。


「挨拶は不要だ。グラッセ学長から学術都市入りしているのは聞いている。貴様、これからオルドの小僧を見舞うのか」


 あのオルドを小僧呼ばわりしたのに違和感は無い。


「はい、その通りです」


「宜しい。ならば、その後にギルド会館へ来い。ギルドより、貴様ら《ミクリヤ》へクエストを発令する。拒否は認めない」


 それは一方的な通告だった。レイが何かを言い返すよりも前にオーギュスター統括長は部下を連れて階段を降りて行った。後に残されたのは、何が何だかさっぱりだと困惑するレイ達と、どこか気づかわしそうに彼らを見つめるカーティスだけだ。


「……こいつは面倒な事になったな。とりあえず、来客も帰った事だし、団長の所に行くか」


 カーティスが取り成してくれて、ようやくレイ達も歩きだした。


 統括長が出てきた部屋の前でノックをすると野太い声で入りなと返事があった。


「カーティス、入ります。団長、レイが見舞いに来てくれましたよ」


「ん、そうなのか」


 部屋は相部屋だった。六つのベッドの内、一つだけ空だ。その一番奥のベッドに丸まって胡坐をかいている巨体が、顔を上げる。


 体の至る所に包帯が巻かれ、消毒液や薬草などの独特の匂いが混ざりあっている病院でも一際強い匂いを発している。だが、酷い重傷や手の施しようも無いという悲観的な空気は無かった。


 むしろ、背を丸めて肩を落としている姿は説教を受けた子供のようで、どこか哀切を誘う。


「悪いな、わざわざ此処まで足を運ばせて。……それにしても、昨日の今日で来るなんて随分と早いな。カーティス、お前が知らせたのか」


「違いますよ。どうやら俺達、ギルドじゃ壊滅した上で団長は生死不明の重傷って事になってるそうですよ」


 空だったベッドに腰かけると、カーティスが笑えるでしょうと付け加えた。すると、他のベッドからゲラゲラと笑い声が上がる。


「なんだそりゃ? 話がデカくなってやがるな。まあ、確かに。俺とかは危ない状況だったが、迷宮内で応急手当てをして、あとは自己回復まかせだ」


 包帯でがっちり固めているからか動きは鈍いが、それでも自分の胸を叩く力強さは、今にも戦闘を始められそうなほど勇ましい。


「無事そうで良かったです。屋敷に残した皆も、ほっとしますよ」


 どうやら、杞憂だったと胸をなで下ろすレイに、一転してオルドが質問を投げかけた。


「もしかしてだけどよ、統括長と会ったか」


 視線は扉の方を向き、どこか反応を確かめるような声色に引っかかりを覚えるが、レイはそうだと答えた。


「そうか。……師匠、ああ、あの人、俺の師匠なんだが、なんか言ってたか?」


「なにか、というか。オルドの見舞いが終わったらギルドの方に来いと。クエストを依頼したいと言われました」


 答えにオルドが一段とどんよりとした空気を出した。いつもは見上げるほどに大きな巨体がベッドの上で丸くなるのは不思議な光景だ。


「そうかぁ。そうなるよな。……お前、いま時間はあるか」


「え、ええ。一応ありますよ」


「そうか。なら、ちょっと付き合え。ここの上に屋上があって、そこなら落ち着いて話が出来る」







 扉を開けると灰色雲から雪が落ちてくる。夜空に浮かぶのが青い月だったりするエルドラドでも雪は白い。


「雪が降ってりゃ、誰もこないだろうな。その分、寒くて溜まらんが」


 入院着の上にコートを羽織ったオルドが誰も居ない屋上を歩いていく。薄く積もった雪の上に足跡が増えていった。


 リザ達はこの場に居ない。彼女たちはオルドの雰囲気から席を外してくれた。入院の手配や各方面に連絡などで忙しいカーティスの補佐を買って出た。


 残念ながら屋上にはベンチなど無く、レイとオルドは柵に持たれながら街並みを見下ろす。エルドラドの中でも異端な学術都市を見下ろしていると、ふと思い出した事があった。ウージアの街で起きたレティ誘拐事件。あれが終わった時もこうして二人で屋上に出ていた。


「そういや、前にもこんな事がったな」


 レイが思い出した事をオルドも思い出していた。


「そうですね。あの時は、僕が初めて人を殺して、悩んでいた時でした」


「そうだ、そうだ。お前、まだ悩んでいるか?」


「夢に見るような事は無いですけど、それでも人を殺すのは抵抗がありますね。それに……僕の為に誰かが死ぬのはもっと嫌だ。自分が死ぬよりもずっと、ずっと」


 一瞬、脳裏に浮かんだ女性の事をレイは押し込める。いまは思い出話も後悔を懺悔する場でも無い。


「それで、何があったんですか。A級冒険者の貴方を、そこまで追い詰める存在と出くわしたんですよね。どんな化け物と戦ったんですか」


 オルドがこうして屋上に連れてきたのは、何か話したいことがあってのはず。そして周りに聞かれたくないのが、自身の為では無くレイの為なのも簡単に察せられる。オルドは仕方ないなと呟くと、重たい口を開いた。


「お前の察している通り、俺達をぶちのめしたのは『姿なき存在の呼び声(ゴーストボイス)』だ。正確には、この幽霊騒動の黒幕だな」


「それじゃ、やっぱり。実体を持った誰かの仕業だったんですね。それって人間なんですか。それともモンスターなんですか」


 学術都市の地下に広がる大迷宮、ラビリンス。そこで声だけは聞こえる怪奇現象。声を聞いた冒険者は精神に異変を来たし、最悪日常生活が送れないほど衰弱してしまう。


 問題なのは、その何者かがレイと呼んでいる事だ。果たして自分と関係しているのか、それを知りたかった。


 オルドは一瞬躊躇した後、


「どちらも違うな」


 と、答えた。


 その回答は、レイの予想と外れていた。人間の仕業でないならばモンスターというのは迷宮という場所を考えればあり得る話だ。モンスターの叫び声が、掠れてレイという意味のある音に聞こえただけではないかとシアラは推測していた。


 だが、両方違うというのは意味が分からなかった。


「それじゃ、精霊が実体化したんですか」


「精霊でも無い。……迷宮に潜った俺達は『姿なき存在の呼び声(ゴーストボイス)』が発生したと知ると、包囲網を作って声の主を追い込んだ。道具やポーションで抵抗力を強化して、上位のメンバーだけで正体を確認しに行った。そこに居たのは、見た目は細っこい女だ。触れれば折れるような、脆い、とても美しい女。だが、誰もそんな事を気にしている余裕は無かった。……その女の髪は……青かったんだよ」


 オルドの言葉に全身の血が引いていくのが分かる。


 青色。


 それはエルドラドにおいて神聖な色とされている。天に輝く月がそう見えるからだけでなく、この世界を守護し管理する至上の存在と同じ色だからだ。それゆえ、青色の瞳は吉兆の証とされ、持って生まれた赤子は大切に育てられる。


 だが、青色の髪は違う。それを許されるのは、この世でも一握りの存在だけだ。


神々の遊戯場エルドラド』を守護し管理し―――運営する13柱の神にしか許されない色だ。


読んでくださって、ありがとうございます。

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