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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第10章 世界の中心
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10-30 影法師の謎

 じわりと黒い沼地のようなものが心の中に生まれる。カタリナの言葉が嫌な想像を頭の中で生み出す。仮にそうだとしたら、彼女の言うとおりだったとしたら、という言葉が浮かんでは消えていく。


 あり得ないと一蹴しようにも、そう言えるだけの確信が無い。


「そんな……バカなことがあるはずが……。だってフィーニスは()()()としたはずだ。なのに、そんなことが」


「清らかな川に魚は住めない。どんなことも極端過ぎればすぎるほど過激になる。お父様は性急すぎた、そして夢想家だった。夢を夢のままで止めておくのが魔人種にとって最善だったのを最後の瞬間まで気が付けなかったという話さ」


「……貴女の言うことを、そのまま信じることなんて出来ません」


「別に信じてもらわなくても構わないさ。いずれ、魔界に行き、その眼で確かめると良い。一人の夢想家が夢見た楽園に、果たして何人が入れたのか。それで用件は全部かしら」


 問いかけにレイは押し黙った。


 モランヌと一緒に帰らなかった理由の一つはキョウコツが此処に居る目的だったが、此処に来た理由は別にある。


 自分の魂に込められた秘密と、フィーニスの憎悪を切り離すという二点を魂の専門家たるカタリナに相談するのが第一の目的だった。


 しかし、それを彼女に相談するのを躊躇ってしまう。


 彼女は敵か味方かという区分で分ければ、味方では無いと断言できる。だが、敵かというとこれまた違う。


 カタリナ本人は自分たちに何ら手を出してはいないのだ。


 キョウコツに毒を渡してはいるが、その狙いが自分たちだったとは知らない。同じく水の都を混乱させ、レティやエトネにまで被害を及ぼした《アニマ・フォール》を作ってはいるが、使用したのはエレオノールだ。そして、シアラの住んでいた平和な島が滅んだ原因ではあるが、実行したのはゲオルギウスなのだ。


 どれも、彼女が直接手を下したとは言い難い。


 一つだけハッキリと断言できる事は、彼女が混沌を齎す存在だと言う事のみ。


 彼女に相談するというのは、何時起爆するか不明な爆弾を飲み込むような危険な行為に思えてしまう。しかし、彼女以外に頼れる存在が居ないのも事実だった。


 レイは苦悶の末、彼女に対しての評価を下した。


 人格は最悪だが、能力は確か、という評価だ。


「……なにやら愉快な評価をわたしにくれている気配がするわね」


 どうやら娘同様心を読めるらしい。


「貴女が魂について詳しい専門家なら、それを見込んで二つ尋ねたいことがある。一つは、僕の中に宿るフィーニスの憎悪を除去したい。もう一つは……僕の魂を調べてほしい」


「ふむ。面白そうな話だね。詳しく聞かせてもらおうか」


 偽りの瞳に、爛々とした輝きを隠そうともせずに言う。






 レイは自分の置かれた状況をかいつまんで説明した。


 フィーニスの憎悪に一度は飲み込まれながらも、リザ達の呼びかけや影法師などの協力もあって脱出。魂を蝕み侵食していた憎悪を逆に押しとどめる事に成功したが、それでもなお憎悪の声が聞こえて夜は薬なしで満足に眠れていない事を。


 そして自分が何者かに別人の記憶を植えつけられ、どこの誰かも分からない存在であり、その謎の手がかりが自分の魂にあると言う事を。


 話を黙って聞いていたカタリナは、一度椅子を軋ませてから口を開いた。


「ところどころ、説明をぼかしたようだけど、その点については流させてもらうよ。大まかではあったが、概要は掴めた。そして結論から言うと、どちらもワタシなら力になれると言う事さ」


 力強い言葉だが喜ぶことはできない。これが他の誰かから言われたなら、手放しで喜べただろう。だが、相手はカタリナだ。


「今の話を聞いて、貴女以外に力に為ってくれそうな研究者は居ませんか」


「そこまでワタシが嫌なのかい! 少しだけ泣きそうになってくるよ。……そっちの質問に関しては居ないと断言しよう。これは別段嫌がらせでも偽りを述べている訳でも無い。単に、魂の研究なんて狭くて使い道が限定的な研究をしている変人が少なくて、その中で最も有能なのがワタシという事さ。こればかりは学長に尋ねても同じ答えだろうね」


 予想はしていたが、ため息が出てしまう。


 マクスウェルはこの事を知っていたのだろうか。いや、知っていたなら学術都市で研究者を探すようになんて助言はしなかったはずだ。おそらく、カタリナがこの街に潜伏している事実だって知らないはずだ。


「とはいえ、一つ目の問題。お父様の憎悪を切り離すというのは中々難儀な話だ。魂というのは時間が経つにつれて癒着が進行する。君が聖印を刻まれてから半年と経っていないとはいえ、一度は飲み込まれかけたのなら、大分進行が進んでいるはずだ。……本来ならね」


「本来なら……今の状態は魔人へと至る過程では正常じゃないと言う事ですか」


「その通りさ。原因は、もう分かっているだろ」


 カタリナはレイの瞳を見つめる。その中に居るであろう存在に向けて、呼びかけた。


「影法師。君の罪悪感から生まれた人格。それはよくある事さ。自分の仕出かした罪の意識や、生き延びた事への罪悪感に心が耐えきれなくなって別人格を生みだして、そいつに重荷を押し付けると言う事は。だけどそれは人格だ。魂魄を繋げる糸に過ぎない存在が、どうしてお父様の、『魔王』の憎悪を受け止める事が出来たのか、そちらの方がよっぽど不思議ね」


 探るような視線に、レイは思わず目を逸らした。


 自分の罪悪感から生み出された影法師。口を開けばこちらを嘲るような事ばかりをぶつけて、飄々とした掴みどころのない厄介な存在。だが、考えてみると奴は人格という以上の、何か得体の知れない存在のように振る舞っている。


 今更ながらに、自分の中に存在する何者かに恐怖に近い感情を抱く。


「話を聞いていると、別人格というよりも別人というか、別存在のような。とにかく重要なのは、お父様の憎悪を取りこんだことで影法師が侵食されているのなら、影法師ごと切り離す事になるわ。そうなったとき、君と影法師が分離するように此方から手助けをする。でもそれは、互いに張り付いた肉を引き千切る行為。君自身にも相応の危険がある事は承知して欲しい」


 魂の切除がどういった事をするのかは想像すら出来ないが、カタリナの真剣な空気がそれだけ危険度の高い行為だと伝えていた。


 だがそれぐらいは承知の上だ。


 フィーニスの憎悪を除去する為なら、肉も骨も断つ覚悟だ。


「よろしい。さて、もう一つの問題だが、こればかりは調べてみないと何とも言いようがないね。それに、お父様の憎悪がどれだけ侵食しているのかも、調べてみないと。影法師と君の関係性を探るためにも君を調査したいから、協力しておくれよ」


「調査って、何をするんですか。まさか、ここにある器具を使うんですか」


 スプラッタハウスのような部屋に転がる、拷問器具に似た道具を指差しながら確認すると、カタリナはくふふ、とくぐもった笑いを零した。


「ご希望とあらば使うのは吝かじゃないが、今回は出番なしだ。欲しいのは君の血さ」


「血で、魂を調べる事ができるんですか」


「魂とはどこに宿るのか。思考する脳か、鼓動を刻む心臓か。答えは数百年前に出ているのさ。全身だ。この体の隅々まで魂で満たされている。その中で最も純度が高いのは血液なのさ。だから、ちょっとばかり採血にご協力を」


 いつの間にかゴムと注射器を取り出したカタリナ。空の注射器を前に、レイは観念したようにシャツの袖を捲る。


 カタリナは慣れた手つきで上腕の半ばをゴムで縛り、浮き出た血管めがけて針を差し込む。一瞬、ちくりとしたがそれだけだ。


「ちなみに、血管に空気を送り込むとどうなるか知っているかしら」


「本当に笑えない冗談はやめてくださいませんかね!」


 失敬、失敬とお座なりな謝罪をしつつも作業の手は止まらない。シリンダーが一本血で溜まると、彼女は二本目三本目と交換していく。ほんの一分にも満たない時間で、レイの血が溜まった瓶が五本並べられる。


「とりあえずはこの位あれば調査できるかな。はい、お疲れ。傷口は抑えておかないと内出血になるからね」


 まるで病院の看護師のような口ぶりだ。レイの血を別室へと運ぶと、彼女はそうだったと思いだす。


「結果が出るまでに数日は掛かるけど、出たら何処に報せに行けばいいのかしら。宿は何処を抑えたの?」


「いえ、宿は出て屋敷を購入したので、そちらに伝えて欲しいです」


「あら、屋敷なんて買ったの。それじゃ、随分とこっちに長居するつもりなの。どこに住んでいるのかしら。遊びに行ってもいい?」


 住所を知られる危険性が脳裏を過るが、この人物に隠し事はあまり意味を成さないだろう。下手に教えないと、逆にトラブルが起きるかもしれないと諦めた。


 レイが住所を教えると、カタリナの顔から感情が抜け落ちた。何の脈絡も無しに唐突に現れた彼女の異変に、レイの方が驚いてしまう。


「……もしかして、屋敷自体が魔道具のあそこかい?」


「その反応からすると、やっぱりあの屋敷は貴女が魔道具化したのか」


 何者かによって魔道具となっていた屋敷。レイとシアラはこれにカタリナが絡んでいるのではと推測していた。ところが、カタリナはどこか複雑そうに笑うとそれを否定した。


「違うわよ。あの屋敷はワタシじゃない。あれはお父様の持ち物だった所さ」


「お父様って、フィーニスが!?」


 今度はレイが驚く番だった。まさか、フィーニスがあの小さな屋敷に住んでいたとは予想もしていない答えだった。


 カタリナは椅子に深く腰掛けると、愉快そうに過去を語る。


「人魔戦役が始まるよりずっと前、お父様はこの街に留学していたのさ。あれでも将来は魔人種の指導者になる存在だったから、いわゆる帝王学を学ぶためにね。その補佐と護衛の為にそれぞれやって来たのがクリストフォロスとゲオルギウス。同じように留学していたのがエラスムスさ」


「……六将軍があの家で暮らしていたのかよ」


 元第一席と面識はないが、フィーニスとゲオルギウスとクリストフォロスの三人が和気あいあいと暮らす光景を想像して眩暈がした。おそらく、この世のどんな地獄よりも悍ましいだろう。同時に、あの屋敷が数百年も経過していて健在で、強固な力で守られている理由が分かった。


「その頃は、お父様以外は魔人へと至っていないはずだよ。それでもゲオルギウスは王家親衛隊の次期隊長として。クリストフォロスは将来の軍師として。エラスムスは魔人種の中で神童扱いでね。見聞を広める事は一族の役に立つはずだからと送り出されたようだよ。慧眼だったね。事実として、彼は留学中にその知性が認められて『三賢』の一人に選ばれたのだから」


「それじゃ、あの屋敷を魔道具とした魔人種の血は」


「間違いなく、今言った四人の血は混じっているだろうね。他にも大勢の血が混じっているはずだけど、シーちゃんは祖父の存在を感じたんじゃないかな。くふふ、どれだけ忌み嫌っても、血の繋がりは断ちきれないね」


 楽しげに呟くカタリナと違い、レイはこの事実を皆に語るべきなのかどうか悩んでしまう。


「まあ、了解したよ。検査結果が出たらキョウちゃんを伝言に遣わせるから。そしたら、またおいで。その時に君の魂に関して、詳しい話が出来るはずだから、楽しみにしていてくれよ」







 レイは目的を終えたと判断して研究地区を後にした。時刻は昼を大分過ぎていた。


 カタリナと対峙している時は欠片も感じなかった空腹が意識を端から蝕む。


 どこかの食堂に入って昼食を取ろうかと思ったが、家に帰ればリザ達が待っている。もしかしたら、律儀な彼女たちの事だから昼食を取らずに待っているかもしれない。


 自分だけが昼食を取っていったら、非難轟々だろう。真っ直ぐに帰らなくては。


 そんな風に考えてくすりと笑ってしまい、周りから不審な目で見られてしまう。


 家があり、帰りを待ってくれる人が居るという事実が、今のレイにとっては何よりも嬉しいのだ。自然と歩幅は広くなり、最後には駆け足気味になった。上位冒険者の駆け足は疾風のようで、それでいて人や物にぶつからず、するすると進む様は不気味ですらあった。


 我が家の前に着いた時、レイは扉を開けた。通路では無く応接間の方の玄関を開けると、そこにはリザやレティの他にシアラやエトネがソファに腰かけていた。


「ああ、シアラ達も戻って来たんだ。お疲れ様だったね。なにか、ギルドで面白いクエストとか貼ってあったかな」


 一瞬、レイは先程までカタリナの所に居た事実をどう説明しようかと頭を巡らせたが、美麗な顔を青ざめさせたシアラの口から出た一言に思考が吹き飛んだ。


「大変よ、主様! 迷宮に潜っていた『紅蓮の旅団』が壊滅したって。今、ギルドは大騒ぎになってるの!」


読んで下さって、ありがとうございます。

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