10-29 特異研 『後編』
「と、勢いよく発足宣言をしましたが、実際にはどのように動かれますか」
ずるり、と。深々と腰かけていたカタリナがずり落ちた。眼鏡の奥の瞳は呆れた様にモランヌを見つめる。
「何だい。てっきり君が主導権を握るのかと思ったが、いきなり他人任せかい」
「その通りですが、何か。特異研の舵取りはレイさんが、研究の船頭は貴女が、私はそれらが上手く進む様に実務を。この役割分担に何か間違いでも?」
「いいや、了承したよ、航海士さん。それじゃ、まずは確認だ、レイ君。君は『七帝』の魂が肥大化した現象の解明を望むんだね」
念を押すようなカタリナにレイは頷いた。
世界救済明確な手段は思いつかず、ましてや『七帝』を直接倒す事なんて出来やしない。だからこそ、謎を解明して直接倒す以外の方法を探るのが、今の所打てる最善手だと判断した。
「よし。ならば話は早い。君、ちょっと『七帝』を生きたまま捕獲して来てくれないか」
「……はぁ?」
まるで、近所の商店で夕飯の材料を買ってきてくれと言ったかのような気軽さで、カタリナはそら恐ろしい事を口走った。一瞬、レイの思考に空白が生まれた。
再起動を始めた脳は、処理しきれなかった言葉の意味を再検証して、それが事実であることを理解すると同時に叫んでしまう。
「冗談じゃない! 何て無茶苦茶な事を言うんだ、アンタは!?」
レイが直接知る『七帝』は全部で四人。
『守護者』サファ、『魔王』フィーニス、『勇者』ジグムント、『機械乙女』ポラリス。どれもが一騎当千、いや一騎当万に匹敵する怪物ばかりだ。それを倒すどころか、生きて捕獲しろというのがどれだけ難しい事か。砂丘に落とした針を見つける方が何十倍も容易い。
驚き叫んだレイに対して、発言した当の本人はいたって涼しげな顔だった。
「そんなに驚くことかい。研究とは観察と検証と推測の積み重ねだよ。『七帝』の謎を解くなら、『七帝』を持って来なくちゃ話にならないね」
「だからって、そんな。アイツらを生かして捕まえろなんて無茶苦茶だろ」
「そうかしら。旧『七帝』ならともかく、今の『七帝』は『龍王』や『魔王』を除けば大体が穏健派よ。知性があって、会話が通じるなら条件さえそろえば、力を貸してくれるかもしれないでしょ」
「……そんな関単に言われても」
事もなげに言われてしまい、レイは脱力する。確かに、彼女の言う通り『七帝』の謎を解くには『七帝』の魂を直接調べる必要がある。そのために生きて捕獲するのは筋が通った要求だ。
だからといって、それが可能かどうかは別の話だ。
「『機械乙女』なら、魔法工学の兵器を起動すれば勝手にやって来るでしょ。あれが暴れて力を使い果たした所を狙って捕縛すれば良いじゃない。研究素材としてもそそるしね」
「どういうことなんでしょうか、博士?」
「だって、無機物に魂が宿った珍しい事例だよ。天才と言われた男、ノーザンが最後に生み出した兵器は、如何にして魂を獲得するに至ったのか。研究者として興味の惹かれる題材じゃない」
そのためならば、地形が大きく様変わりする事など気にしないのだろう。眼鏡の奥にある瞳は、隠しきれない邪悪さを覗かせていた。
もっとも、頼まれた側は頭を抱えたくなる問題だ。『七帝』の中で人語を介して、ある程度の意思疎通が出来て、こちらよりの人物といえばサファぐらいだが、彼とカタリナを引き合わせるのは絶対に悪手だ。サファ自身がカタリナの事をどう思っているのかは知らないが、六将軍に良い感情は抱いていないのは間違いない。その魔人に体を預けて検査をお願いした所で、首を縦に振るはずが無い。
かといって、他の者達も一癖二癖では足りないぐらいの難物揃いだ。どうやって接触するのかすら見当も付かない。
悩むレイを放置してカタリナは要求を続けた。
「まあ、それとは別に比較対象も欲しいわね。健常な魂の情報を収集して統計を取り、平均的な魂の容量を算出するわ。『七帝』の魂が、その平均からどれだけ逸脱しているのか。仮に平均以下の部分はあるのか。そういった検証も行いたい」
「分かりました。そちらの方は私が手配します。どれだけの数が必要となりますか」
「そうね……手始めに一万人ぐらいかしら。老若男女、人間種、獣人種、できるだけ満遍なく。細かい人数の調整は貴女に一任するわ。後は、その数値を集めて分析できる人材と、整理閲覧保管が出来る空間も欲しいわね。この研修室から近い場所だと助かるわ」
「分かりました。空いている場所があるならそこを。無ければ研究棟を増設します」
さらりと増築が提案され、カタリナも驚くことなく受け入れた。それだけ本気と言う事なのだろう。
「とにかく、この研究を進めるにあたって『七帝』の魂は絶対に必要よ。ワタシの希望としては『機械乙女』、あるいは古代種の龍が一頭、『龍王』黒龍よ。でも『七帝』ならどれでもいいわね。それこそ、『正体不明』でも、ね」
最後は冗談のつもりなのか、レイにウィンクを送った。
今後の必要な事を纏め終えたモランヌが紅茶を飲み切って席を立った。
「それでは博士。私は人員の手配と研究施設の手配。それと魂の情報を採取するための募集などを行います。作業に進展がありましたら、こちらにお邪魔します。博士も何か希望などがありましたら、お手数ですが評議会館までお知らせください」
「構わないわよ。何しろ、念願の秘書が手に入ったから遠慮なく使うつもりだもの」
「では、私はこれで。レイさんはどうしますか。一緒に戻られますか?」
問いかけに、レイはカタリナの方を見て、そして視線を横に滑らした。奥の部屋で息を殺しながら話を聞いている存在を見つめ、首を横に振った。
「そうですか。それではまた後日。本日は失礼いたします」
深々と頭を下げた彼女は、モンスターの標本などを足で避けながら、帰路へと着いた。
残されたレイにカタリナは唇を緩ませた。
「それで? 君は残って何の用なのかい? さては、シーちゃんからワタシに乗り換える気なんだね。そいつはいけないよ、ああ、いけないよ。いくらワタシが超絶美麗で永遠の若さを持っているかといって、欲情してはいけない。ましてやその年で母娘揃って頂こうなんて、とんだ変態野郎だね、君は!」
「とんでもない偏見をされたな」
くねくねと身を捩るカタリナに頭痛すらする。大体、カタリナの外見は二十歳そこそこの、下手をすれば十代後半とも取れる若さだ。
正直、シアラと並ぶと親子というよりも姉妹と言われた方がしっくりとくる。そうやって新ためて見れば、髪の色や瞳の色はともかく、顔の造形や、体つきもよく似ている。特にある部分が―――。
「―――ねえ、レイ君。なにやら良からぬ事を考えていないかい。喧嘩を売ってるなら、買ってあげるよ」
「スイマセン。もう二度と考えませんので」
にこやかな笑顔に底知れない恐怖を感じて、レイは頭を下げた。カタリナはため息を吐くと、ペタペタと自分の胸を触った。
「いいもん、いいもん。あの人はこれで十分だって言ってくれたし。ああ、でもシーちゃんには悪いことしたかな。あの子もそんなに大きくなれないだろうしね。そう、思わないかい」
レイは質問に答えない。答えれば最後、言質を取られたとして後々面倒な事になるという確信があった。それよりも気になる事の方があった。
後ろから感じる濃厚な殺気。比例するように部屋の温度が下がったように感じる。
振り返れば、いつの間にかトンファーを構えたキョウコツが仁王立ちしていた。
「久しぶりだな、《ミクリヤ》のレイ。息災そうで何よりだ。……あのまま毒で死ねばよかったのに」
「そっちこそ、この季節の川遊びは大変だったろ。風邪は引かなかったか? ガシャクラの孫娘」
「……キョウコツだ。その呼び方は不快だ」
「別に、君の名前に何か興味は無いよ。あるのは唯一つ、何でここに居るんだ」
レティを狙い、蒸気船内で襲って来たキョウコツがハザム川に落ちたのは、ヨシツネが確認している。あの状況下で助かるには誰かの協力が必要だ。
レイは背後で笑っているだろ協力者へとふり向いた。予想通り、唇を歪ませて頬杖を突いたカタリナは、
「御明察。彼女はワタシが拾い上げて、此処まで連れてきたんだよ。感動の再会さ! 涙を流して喜ぶ場面じゃないか」
どこか道化師めいた口調で煽るが、レイは何も返さずにキョウコツを睨んだ。いつでも動けるように、重心だけは前に動かし、彼女の出方を探る。
「貴女の思惑がどうであれ、こいつは僕の敵だ。そんな奴に再会して喜ぶ理由なんて無い。それで、キョウコツ。君はまだレティを狙っているのか。彼女を帝国に連れ帰るのを諦めていないのか。返答次第では……」
それ以上の言葉は告げなくとも伝わった。レイから立ち上る闘気が濃くなるにつれて、部屋の空気は鉄火場めいた様相へと変化した。負傷した左手に包帯で無理やりトンファーを固定した痛々しい姿だが、キョウコツから戦意は消えていない。
だが、それは途端に霧散した。
キョウコツが構えを解いたのだ。
「止めだ。馬鹿々々しい。お前の顔を見て、多少はその気になったが、私一人でどうにかできる気がしない」
仕掛けるタイミングを外されてしまい、戸惑ってしまう。
「……急にどうしたんだ。そんな事を言って僕の油断を誘う気なのか」
「勝手に勘違いしていろ。私はもう、お前たちに付き纏うつもりはない。信用するかどうかは好きにしろ」
言うなり、トンファーを仕舞ってしまう。どうやら、本当に戦う意欲が消えたのだろう。顔から険しさが消えていく。
「良いのか? レティを連れて行かないと、依頼人の信用を失うんじゃないか」
あまりの変貌ぶりに、レイが気を使う始末だ。その対応がおかしかったのか、キョウコツは鼻で笑った。
「はっ。邪魔をしたお前に言われる事じゃないな。……どうせ、あの時点で見限られたさ。部下は殆どが自害して、任務は失敗。今頃本国じゃ、一族の舵取りで争っているか、粛清されているかのどちらからだ。今更戻った所で、晒される首が一つ増えるのが落ちだ。それなら、一族の事を忘れて好きに生きるのがよっぽどマシじゃないか」
「前向きな発言だね、キョウちゃん。ワタシはそういうの、大好きだよ。出ていく分のお金が溜まるまではよろしくね」
ひらひらと手を振るカタリナにレイはどういうつもりなんだと頭を悩ませる。あの時点で、彼女を助ける意味は何も無い。元々、ジョゼフィーヌ経由で毒を渡したという接点しか二人には無かったはずだ。それなのに、影を使ってまで助けたのは何か目的があっての事だろう。
仮にキョウコツ自身に価値があるとしたら、それはやはり自分に変身した力だろう。短時間だったが、姿形は間違いなく自分だった。幻術ではなく、自分の体をそのように作り替える力は使い道があるのかもしれない。
あるいは、
「何も考えていないのか」
「おやおや。随分と酷い事を言うじゃないか。それってキョウちゃんの事かい。それともワタシの事かい」
どうやら考えていた事が口から零れていたようだ。レイは仕方ないと頭を掻いてカタリナの方に向いた。
「貴女の事ですよ、ナタリカ博士。いや、カタリナ。今回のようにキョウコツを助けた事も、『魔王』と敵対した事もそうです。貴女の目的が僕には分からない、って何の音だよ」
どたん、と。背後で重い物が落ちる音がして振り返れば、キョウコツが床に尻餅をついていた。
「何やってるの、お前。そんな所で転んで」
「いや……いやいやいや! お前こそ、何でそんなに平然としているんだ? いま、自分が何て言ったか忘れたのか!?」
「何って、カタリナって。……ああ、もしかして。知らなかったのか、お前?」
合点がいったとばかりにレイが尋ねると、キョウコツは首が吹き飛ぶほどの勢いで上下に動かした。
「それで、こっちは教えてない、と」
対照的に、カタリナは優雅に一度頷いた。両者の反応を見て、レイは一言。
「まあ、そう言う事だから。この事はあんまり他人に話すなよ」
「どういう事だ、それは!? もっときちんと説明しろ!!」
今にも噛み付きそうな勢いだが、いかんせん腰が抜けた状態で吼えられても恐ろしくは無い。レイは面倒だと思いつつも答える。
「この人のナタリカは偽名だ。本名はカタリナ・マールム。実は魔人種で、元六将軍の一人だ」
改めて口にすると、非常識な話だなと思うが事実なので仕方ない。キョウコツは信じられないという表情でカタリナを見ていると、彼女は眼鏡を外した。
途端に、室内を先程までとは比べらない威圧で包まれた。レイですら身動きが取れない中、キョウコツが意識を繋げたのは奇跡に近い。
今にも気絶しそうな少女に向けて、眼鏡を戻したカタリナが微笑んだ。
「改めてよろしくね、キョウちゃん。おいたをしたらお仕置きだぞ」
「……は、はい」
恐らく後悔の気持ちで胸中は嵐の如く乱れているはずだ。生き延びたと思った場所は更なる地獄だったのだから当然だ。
しかし、キョウコツに対して憐憫の情は抱かず、レイは改めてカタリナに質問を投げかけた。
「貴女がした行動の意味が分からない。利用価値の低い彼女を助けたり、勝利を目前としていた『魔王』から力を奪うなんて。あれが無ければ『勇者』に負けなかったかもしれないのに。どうして六将軍を裏切ったんですか」
カタリナは困った様に眉尻を下げた。その仕草は駄々をこねる子供にどう説明をするのか悩む母親のようでもある。
「そうだね。どうしてか、と聞かれれば答えは簡単さ。そうした方が面白いと。こうなったら面白いと、そう思った瞬間には実行してしまう性なんだよ、ワタシは。ディオニュシウスが人格を発露させてワタシに襲い掛かった時も、彼を魔人にすれば面白いんじゃないかと思い付きで行動したんだ」
「それじゃ、フィーニスの計画を止めたのも、そうした方が面白いからって事ですか」
だとしたら、フィーニスが哀れにすら思える。自身の抱いた救済計画を、よりにもよって娘の嗜好一つでとん挫せられたのだ。ゲオルギウスの肩を持つつもりはないが、怒りのあまりに暴走した男の気持ちも理解できる。
だが、カタリナはどこか遠くを見つめつつ、
「あの時はちょっと違うかな。お父様の計画を止めたのは、あれが間違っていると分かっていたからよ」
「間違っている? 世界を魔界に作り替えて、魔人種たちだけの世界に変える事がですか」
邪魔な種族を淘汰し、世界を根本から作り替える大規模な惑星改造。実現していれば、もしかしたら『七帝』すら駆逐できたかもしれない計画だ。それは淘汰される側からすれば受け入れ難く、抗うのは当然だが、魔人であるカタリナが間違っているというのは何か違和感があった。
計画が成功していれば、六将軍たちはこの世を統べる『魔王』の傍で栄華を得られたはずだ。
「ああ、確かに楽園だったろう。空は暗闇が包み込み、吸う空気は濁り、弱い生物では生き延びる事すら出来ない世界。でもね、本当にそうだと思うかい?」
「……何を、言っているんですか?」
「魔人種だけの楽園なんて、本当に出来たと思うのかい?」
元六将軍の口から出たとは思えない一言にレイが絶句していると続けて、
「君は、六将軍と共に魔人種が一緒に居る所を見た事はあるかい?」
読んで下さって、ありがとうございます。




