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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第10章 世界の中心
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10-18 繁栄の賢者

 部屋は余計な装飾品などは置かれず、きちんと整頓され、機能的に使われているのが窺われる。使用者の人柄をここから読み取るとしたら、己を律し品行方正に務めている人物なのだろう。


 それは身なりにも表れていた。


 黒を基調としたアカデミックガウンを羽織り、頭の上にはちょこんと帽子が乗っている。その姿は名門大学で講義する老教授のような佇まいだ。


「私が『三賢』が一人、繁栄を司る、学術都市運営評議会学長のグラッセと申します。初めまして、『緋星』のレイ殿」


 椅子から立ち上がり、胸に手を当て、頭を下げたゴリラ―――大猩々(ゴリラ)族は和らげな声で自己紹介をした。


 後ろから小突かれたレイが同じように頭を下げた。


「こちらこそ、急な面会に応じて貰い恐縮です。《ミクリヤ》所属『緋星』のレイです。こちらは仲間の一人、シアラと言います」


 紹介を受けた彼女はスカートの裾を掴んで、小さく一礼をする。その気品ある仕草にグラッセは目を細めた。


「とんでもありません。私としても、新進気鋭の冒険者と誼を結ぶ機会は歓迎します。何より、マクスウェル殿の紹介状を持っている方を無下には扱えません。心より、歓迎申し上げよう」


「そう仰っていただけて嬉しく思います。これが、『三賢』マクスウェルから頂いた紹介状です」


 懐に用意した紹介状を取り出すと、グラッセはモランヌに視線を向けた。秘書は慣れた様に紹介状を受け取り、学長の前へと置いた。彼は引き出しから取り出したルーペで紹介状に押された刻印を見つめた。


「……間違いありませんな。これは流浪の賢者の指輪です。懐かしい、あの方はお元気にされていますか」


 尋ねられると思いだすのは、デゼルト動乱で死力を尽くした結果、何週間も寝込んでいた姿だ。もっともデゼルト国を離れる時には回復していた為、元気だったと答えた。


「そうですか。あの方にお会いしたのは私が繁栄の賢者に着いた日と、十年前にふらりと帰郷された時の二度だけなので、あまりお話しする機会が持てず。……っと、これは失礼。客人を立たせてお待たせしてしまい。さあ、どうぞお掛けください。そちらのお嬢さんも、どうぞ」


 学長室の中央には向き合って座れるソファーとテーブルがあった。その片側にレイ達を指差すと、自身も反対側に座ろうと回った。


 向かい合って座るレイ達とグラッセの前にモランヌが用意した紅茶が置かれた。


 琥珀色の液体から湯気が昇り、同時に漂う香りが旅の疲れを解していく。紅茶を入れた彼女に礼を述べつつ一口飲んだ。


「いつもありがとう、モランヌ。すまないが、彼等とだけにしてほしい。君には応接室に残った方たちの世話を頼めるかな」


「畏まりました学長。それでは失礼いたします」


 丁寧な所作で退室したモランヌ。これで人払いは済んだ。


「さて、すまないが紹介状の中身を検めても構わないかな」


 レイがもちろんと返すと、グラッセは用意したペーパーナイフで封を切る。そして取り出した一通の書状に視線を落とした。


 マクスウェルが記した中身をレイは知らないが、どうやら長くは綴っていなかったようで、一読したグラッセが短く息を吐く。


「ふむ。……どうやらマクスウェル殿から深く信頼されているようですな」


「と、仰いますと?」


 問いかけに返って来たのは言葉ではなく、読んでいた書状だった。そこにはエルドラド共通文字で短く、


『この者、大変世話になったゆえ、学術都市滞在中は便宜を図りたく希う。詳しくは当人より聞かれたし』


 と、署名入りで書かれていた。あまりにも短く、投げやりな内容のように見えるが、実際はマクスウェルの気遣いが絶妙なバランスで込められていた。


 レイを取り巻く事情は、同じ賢者が相手でも軽々に話す訳には行かない。ましてや証拠として残る文書などは厳禁だ。帝国から狙われていることや『招かれた者』であることを伏せつつ便宜の打診を計り、どこまでの情報を開示するかはレイに一任している。


 一行程度の文面に全てが揃っていた。


「詳しく書かないのは、書けない事情があるのだろう。同時に、君ならば悪用しないという確信があるから、多くを記していないと推察できたが……違うかな」


「そうだとしたら、大変光栄です。……学長は僕について、どれだけ知っているでしょうか」


「む? そうだね、君が大変有望な冒険者と言う事だね。懇意にしている冒険者が君の事を知っていて、話を聞かせてもらった。ネーデで遭遇したゲオルギウスとの戦いや、ウージアで暗躍する工作員を撃退した事や、アマツマラでの活躍、最近ではデゼルト国で起きた動乱にてあの『勇者』から生き延びたそうだね。それで興味を持ってね、君達の事はギルドを通じて調べさせてもらった。その結論からすると、ネーデにて冒険者登録をする以前の君の痕跡を発見する事は出来なかった。まるで、その瞬間まで君という存在がこの世には居なかったかのように……ね」


 持って回った言い方にレイは確信する。


 自分が『招かれた者』だというのをこの人物は知っている。


 ネーデの出来事や、アマツマラのスタンピードなどは調べれば情報を得る事は可能だろう。だが、ウージアでの一件は行動を共にしていた人達以外からは知りようが無い。そして、その思い当たる人物は自分が『招かれた者』だと知っている人物だ。


 同時に、グラッセは此方を気づかってかその事実を口にしない思慮深い人物だと理解した。


 シアラの方を窺うと、金色黒色の瞳が大丈夫だと訴えていた。


 レイは紅茶を一口飲むと、あっさりと認めた。


「お気づきの通りでしょうが、僕は『招かれた者』の一人。僕を送り込んだのは時を司る神、クロノス様です」


 やはり、驚きは表情に浮かばない。知っていたとばかりに頷いた彼に言葉を続ける。


「そして、僕の仲間の一人は、帝国皇帝の血が混じっています。先のデゼルト動乱で帝国を離れて活動したジグムントを止める事に成功しました」


 正面のグラッセが唸るのを見て、レイは一本取ったなと場違いな事を思ってしまう。動揺した精神を立て直す為か、紅茶に口を付けたグラッセは、驚いたなと零した。


「噂には多少聞いていた。投入された『勇者』ジグムントが命令に反した動きをして撤退したと。数百年もの長き時間を縛られた死者も、ついに壊れたのかと想像していたが、皇帝と同程度の権限を持つ者が現れたと言う事か。帝室の人間からすると脅威だろうな」


「その通りです。事実、蒸気船内で帝室から派遣されたと思しき部隊から攻撃を受けました」


「報告は受け取っている。随分と派手な立ち回りをしたようだね」


 ちらりと机の方を嘆息まじりに見つめたのは、報告書があるからだろうか。思わず、レイもシアラも首を竦めてしまう。


 レティを守るためとはいえ、特等客室に大穴を開けてしまった。家具も傷つき、調度品も波間に消えた。ジムカンタ商会を狙った破壊工作だと偽り、緊急事態だったとごり押しした結果、賠償金などは払わずに船を降りた事を思いだした。


「なに、気にする事は無い。今回の騒動はジムカンタ商会会長を狙った何者かの犯行、という筋書きが一番問題ない決着でね。あちらにしても、攻撃を受けた事で敵対勢力の仕業だと主張できるからと進んで修繕費を出してくれたよ。今更、君達を狙った攻撃だと訂正される方が面倒だ」


 どうやら、この問題は此処に来る前に決着が着いていたようだ。レイとしてはどれだけ請求されるのだろうかと冷たい汗を流しただけに、助かったと息を吐いた。


「それで、私に便宜を図って欲しいとの事だったが、どのような事を望むかね。いやしくも、『三賢』の名を継いでいる身としては、『招かれた者』である君を全面的に支援する事もやぶさかではない。しかし、帝国から君達を守ってほしいといわれると、正直難しいと答えさせてもらおう」


 学術都市は、初めこそはギルドによる支援を受けて成長していた。だが、魔法工学の完成と道具の普及に目を付けた各国からの支援を受け入れるようになり、更なる発展と共に様々な勢力の介入を許すようになった。


 現在は、大小入り乱れる組織や勢力がにらみ合う混沌とした状況が、逆にどの勢力も簡単には動けないというこう着状態へと発展していた。帝国と物理的に近い学術都市ではあるが、下手に動いて学術都市と敵対するような事は望まないだろう。この都市に居る限り、レティを狙って軽々に動かないはず。


 裏を返せば、それだけの覚悟を決めて動き出した場合はどうする事も出来ないとグラッセは語った。


「学術都市と縁を切るというのは、此処で量産される魔法工学の道具を手放す事と同義だ。それを覚悟した相手に、私の力では大したことは出来ない。期待しないでくれ」


「いえ、お気持ちだけで十分です。僕らが学長にお願いしたいのは、滞在中の行動にある程度の便宜を図って欲しいだけです」


「というと? 具体的にはどのような事を望んでいるのかな」


 レイは横目でシアラの方を窺うと、彼女が待っていましたとばかりに口を開いた。


「ワタクシ共は、その特殊な事情から帝室、ないしは帝国の人間から狙われる危険性を有しております。そのため、何時、如何なる敵から狙われるかもしれませんので、学術都市に滞在中はどこかに屋敷を購入したいのです。付いては、その許可と、出来ましたら信頼できる商人の仲介をお願いしたいのです」


 屋敷か、と呟いたグラッセの反応をレイはじっと観察する。顎に手を当て考え込む仕草からは、好意的な感触を得られた。


 普通、冬ごもりの間だけ学術都市に滞在する冒険者は宿を借りる。規模によってまちまちだが、例えば十人程度のパーティーは二部屋から三部屋を貸し切りにし、中規模以上のクランはワンフロアを押さえ、大手クランとなれば宿を貸し切りにする。そうする事で快適に過ごすのだ。


 だが、レイ達の場合は事情が違う。レティを狙う敵が存在する状況で、不特定多数の人間が出入りする空間で暮らすのは危険すぎる。今回、ジムカンタ商会が利用されたように、傍に居るだけの無関係の人間を巻き込む恐れがある。


 それに、レイ達は冬の間だけを学術都市に滞在する訳ではない。


 自身の謎に繋がるヒントや、魂の奥底に巣くうフィーニスの存在、それに世界崩壊を回避する術など、知りたいことや試したいことは山のようにある。その間、ずっと宿代を払い続けると出費も馬鹿にならない。


 そこで出た結論が屋敷だ。


 屋敷といっても、庭付きの貴族風の屋敷を望んでいるのではない。とにかく、襲撃があった時に無関係の人を巻き込まず、尚且つ反撃に出られるような罠や、秘密の抜け道を仕掛けられる自前の拠点が欲しかった。


 とはいえ、根無し草の旅人である冒険者がいきなり屋敷を購入するのはハードルが高い。必要な手続きや申請もあるはずだ。それらを学長に融通してもらう腹積もりだ。


「宜しい。君達の希望もあることだろうし、幾つか候補の物件や、業者を紹介しよう。他にもあるかな」


「ありがとうございます。お言葉に甘えて、もう一つ。実はこの傷についてです」


 言って、レイは左目下の傷を指で触る。彼はフィーニスと遭遇した際に、体に仕掛けられた魔人化の事をグラッセに打ち明けた。


「なるほど。話に聞く所の、マクスウェル殿の身に起きた刻印と同様の呪いのようだ。それをどうしたいのかな」


「可能な事なら除去を。それが駄目でも、もっとちゃんとした封印などを施したいです。マクスウェルから伺いましたが、学術都市では魂に関する研究もあるとか。その専門家を紹介して欲しいのです。それと、文殿に収められた蔵書の閲覧許可を」


 グラッセには説明しなかったが、もう一つ、魂の専門家を紹介して欲しい理由はある。


 自分に施された『黒幕』による暗示。


 御厨玲という人間の記憶を植えつけられた自分は何者なのか。


 謎を解く手掛かりは一つだけ。


 それは魂が異常だという事だ。


 赤龍の魂を引き継いだコウエンですら、取りこめば拒絶反応で苦しむ異常な魂。そこに何かしらの手掛かりがあるかもしれない。


 それに、魂は世界崩壊を招く原因でもある。『七帝』と呼ばれる存在が何故魂の急激な肥大化が起きるのか。


 これまでは、学術都市で調べようと考えていたのは帰還方法だったが、今では魂について調べる事が優先となっていた。


 話を聞き終えたグラッセが顎を掻きながら意外な人物の名前を口にした。


「そう言う事なら、優秀な研究者を紹介しよう。学術都市生体研究の第一人者であるナタリカという女性だ。彼女ならば、君の力に為るだろう」


「―――っ!? ナ、ナタリカさんですか?」


 予想外の人物の名前に狼狽えていると、視界の隅でシアラが固く手を握るのを捉えた。


「そうだ。モンスターの生態を主に研究しているが、彼女の本来の専門は魂だ。モンスターの方を研究しているのも、御霊が生み出す世界の淀みを解明するという意味合いもあってのこと……もしかして、どこかで会ったかな? 彼女は生態調査の一環で、都市を離れる事が多いからね」


 レイの戸惑いが伝わったのか、探りを入れるグラッセ。果たして彼は知っているのだろうか。彼女の本当の名前がカタリナであり、六将軍の一人だったことを。


 すると、レイが判断を下すよりも前にシアラが口を開いた。


「学長様。実は、彼女の事でお話ししたいことがございます」


「ほう、何かな」


「ワタシの名はシアラ・マールム。お気づきかもしれませんが、魔人種の血を引き、祖父は『魔王』フィーニス・マールム。母はカタリナ・マールムです」


 自らの秘密を打ち明けたシアラだったが、グラッセは驚くことなく頷き先を促した。どうやら、シアラの素性を知っていた様だ。


「ここに来る前の蒸気船内にて、既にナタリカ博士とはお会いしました。ですが、その名は偽り。彼女こそはワタシの母にして、『魔王』の娘、カタリナ・マールムだったと判明しました。本人の自白も取れました」


 言い切ると、じっと目の前の男の反応を待った。驚き慌てふためくのか、あるいは騙されたと嘆くのか、逆に優秀な研究者にあらぬ疑いを掛けてと怒りだすのか。ところが意外な事に、グラッセは瞳を細める程度だった。


 その態度から、一つの可能性に気づいた。


「もしかして、ご存知でしたか。彼女がカタリナだと」


「一応はね。あまりにもふざけた偽名に、卓越した知識。怪しむ点は幾つもあったが、確信は得られなかったが……やはり、カタリナ・マールムだったか」


 納得いったとばかりに頷くグラッセだったが、おかしな態度だ。現状を理解しているのか甚だ疑問に思えてしまう。例えるなら、いつ爆発するか分からない危険物の傍でくつろぐような、危機感の無さに眉を顰めてしまった。


「それで、真実を知ってどうするのですか?」


「どう、とは?」


「呼び出して真実かどうか尋ねるとか、この街から出ていくように命令するとか、冒険者を雇って攻撃するとか。学長としてどうなさるつもりですか」


 よもや聞き返されるとは思っていなかったレイは思いついたことを端から口にした。


 しかしグラッセは薄く微笑むと首を横に振った。


「特には、何もしないつもりだ」


「なんですって? 正気ですか? 相手は魔人なんですよ。身分を隠して、潜入している危険人物に何もしないなんて!」


 咎めるような口調になってしまうが、仕方なかった。六将軍が、ゲオルギウスやクリストフォロスがした事でどれだけの被害が生まれたのか、この目で見てきた。それを放置するとは、都市の長として間違っていると憤っていた。


 しかし、グラッセは動じることなく堂々と諭すように口を開いた。


「確かに、彼女がカタリナ・マールムだとしたら、名前を偽り、身分を隠して潜入している事になる。だからといって彼女が危険人物だと断定は出来まい」


「な、何故ですか。彼女は魔人で、元とはいえ六将軍なんですよ」


「そうだとも。人魔戦役において、六将軍達は歩く災厄とまで呼ばれた。だが、一方でカタリナが名を世に知らしめた功績は何だと思う?」


 グラッセが口にした功績という響きがレイには理解できなかった。


 罪ならば納得できるが、功績となれば、まるで人類に役立ったかのような言いなのだ。


 押し黙ってしまうレイにグラッセが自ら回答を告げた。


「彼女が居なければ、『魔王』による環境変化、魔界化は全世界を覆っていただろう。しかし、彼女がフィーニスの力を削いだことで、その規模は縮小されたと、そうは言えないかな」


「それは……そう、かもしれません。ですがっ!」


「詭弁だと思うかな。しかし事実でもある。彼女が居なければ、今頃は魔人種以外は死滅していたかもしれないのだ。そんな英雄的行為の結果、彼女は同族から蛇蝎の如く憎まれ、人からも六将軍と言う事で距離を置かれている。いまさら、彼女が何処かの組織に入って、情報を得ようと暗躍している可能性は低いだろう」


「ですが、彼女は幼いマクスウェルたちを誘拐して、人体実験を行った。多くの子供が犠牲になった。これは悪だ!」


「そうかもしれない。一方で、彼女の人体実験を生き延びたマクスウェル殿は、その経験があったからこそ、知を欲し学術都市へと誘われ、遂には『三賢』の一端を担う傑物になったとはいえないかね」


 事実は一つであったとしても、それが与える影響は一つとは限らない。誰かにとっての悪が、誰かにとっての善となりえる事は頭で理解できたとしても、感情で認める事など出来ない。例え、マクスウェルという存在が居なければ、黄龍を倒せなかったとしても、それは彼の身に起きた悲劇を許容する事だ。


「期待した答えでなくてすまないね。私は繁栄の賢者。この学術都市に有用な人材なら、例えどれだけの人格破綻者でも、非道な悪であっても手元に残す。そう、決めているのだよ。その点、彼女は魂の分野において替えの効かない研究者である以上、排除などはしない。それに、六将軍が研究者として席を置くのは珍しい事ではない」


 どういう意味だと首を傾げたレイに、グラッセは不思議そうに返した。


「おや? マクスウェル殿から聞いていないのかね。流浪の賢者マクスウェル。繁栄の賢者グラッセ。そして残った『三賢』の一人、探究の賢者は六将軍第一席エラスムスなのだよ」


読んで下さって、ありがとうございます。

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