10-16 学術都市 『前編』
「あれが、学術都市。大きいな。今まで見てきた都市のなかでも一際大きいぞ」
思わず感嘆の声が零れた。斜面を越える馬車や人の列の向こうに、学術都市はあった。
威風堂々とした佇まいのシュウ王国首都アマツマラや、風光明媚な趣のあるデゼルト国首都オーマットらと違い、世界中の叡智が集まる都を一言で表すなら、混沌。
開けた平野を埋め尽くさんとする建物の群れに、突き出た刃のような塔の数々。蛇が茂みを掻き分けるように幾つもの城壁が築かれ、入り乱れている。とてもじゃないが、理知的な研究者が集まる街のようには見えなかった。
まるで、子供が目に付いた物を片っ端から拾い上げて組み立てた、謎のオブジェのような街だ。
「随分と入り組んだ作りになっているでござるな。あれでは纏まった数の兵はうごかしにくそうですな。それに、あれだけ広大な土地となれば、守るにも一苦労の筈」
レイと同じように馬車の前方から都市を俯瞰で眺めたヨシツネに、リザが口を開いた。
「攻められる心配がないのでしょう。学術都市は冒険者や商人、職人らを束ねるギルドが直接運営をしている国です。ここに手を出すと言う事は、世界中にあるギルドの支局、そして冒険者等を敵に回す事になります。それに北には法王庁の本拠地聖都。南は鎖国を貫くカプリコル。東西は海と敵対する隣国が存在しないのもあって、防衛に予算を回さないのでしょう」
リザの推測にヨシツネはなるほどと頷いた。いつの間にやら、ヨシツネに対するリザの態度が軟化している。自分が毒で苦しんでいる時に、何かあったのだろうかとレイは察した。
すると、街の一部がぼんっと爆発した。比喩でも何でもなく、爆音が空気を叩き、丸まった黒煙が上がる。
火事だろうかと呟いたレイに、カタリナが違うと思うよと後ろから言う。両手両足を縛られているというのに、器用に立ち上がって同じ光景を眺めていると、
「あれは魔法研究の区画だから、火事というよりも魔法の失敗だろうね」
「随分と冷静に分析しているんだね。ここまで聞こえるって事は随分と規模は大きいはずだよ」
「そうかもしれないけど、あれぐらいの爆発はよくある事でね。君達が学術都市に滞在するなら覚えておくと良い。あの街は、居住区、商業区、工業区の他に研究区ってのがあってね。主に魔法や魔法工学に関する危ない実験が日夜行われているんだよ。一応、隔離地域だから分厚い城壁が築かれているけど下手に近づくと、それに巻き込まれるよ」
カタリナの言葉が嘘ではないように、立て続けに爆音が二度、三度と起きる。しかし、都市の方から悲鳴などは聞こえてこない。まるで日常風景のように、黒煙は収まっていた。
「いまから、あの都市に行くのか」
「……今更だけど、引き返す?」
レティの気遣いにレイは首を横に振った。
「それこそ今更だ。エトネ、キュイの進路はそのままで」
「うん、わかった、それで、おにいちゃん。このまま、みんながすすんでいるもんに、むかえばいいのかな」
「それが良いだろうね。他の門は住人専用や、出口のみとか、資材の搬入口だから使えないしね」
質問に答えたのは住人であるカタリナだった。彼女は暇そうに欠伸を噛み殺しつつ、
「それで、ワタシは何時までこうしてなくちゃいけないのかな。残念だけど、縄で縛られてロウソクとか鞭とかで喜ぶ性癖じゃないんだよね。だから君の内なる欲求にこたえる事は出来ないんだ。心からお詫びしよう」
「なに真剣に申し訳なさそうに謝ってんだ。……貴女が本当に学術都市の研究者だと分かったら解放しますよ」
「それは、反対です。この方は間違いなく、六将軍カタリナ。そんな危険人物を解放するなんて、危険すぎます。むしろ、これは絶好の好機ではありませんか」
今にも切りかかりそうな雰囲気を漂わせるリザ。
彼女の言う事にも一理ある。人類と敵対した怪物級が、進んで力を封印し、こうして拘束されているのだ。こんな機会は二度と無いかもしれない。
だが、一方で彼女を積極的に殺せない理由もあるのだ。
「僕だって解放したくない。でも、仕方ないだろ。本当にナタリカという名前で学術都市に在籍しているなら、これ以上拘束する事も、もちろん傷つける事だって出来ない」
現状、彼女がカタリナであるという証明は出来ない。仮に、研究者ナタリカに暴力を振るったとなったら、レイ達は逮捕される恐れがある。これから滞在するつもりだった学術都市で刑務所暮らしは遠慮したい。
「でも、それが嘘なら、この場で彼女を倒す。皆もそのつもりで居てくれよ」
レイの声はどうしても上擦ってしまう。いくら力を封印しているとはいえ、相手は六将軍の一人。遥か高みに位置する怪物だ。それと自分たちだけで戦おうという無謀さに体が強張ってしまう。
緊張が仲間に伝わったのか、彼女たちも覚悟を決めた様に頷いた。
ところがである。
「あれ、ナタリカ博士じゃないですか。今度はまた、何をしでかしてこんな事になっているんですか?」
入国審査の為と門番が馬車の中を覗いた際に上げた気軽な声色に、折角固めた覚悟がしぼんでしまった。顔見知りなのか、カタリナは参ったなとぼやきつつ、
「恥ずかしい所を見られてしまったよ。部長には黙っててくれよ」
「分かってますって。えっと、プレートを拝見。……《ミクリヤ》のレイ殿と、その後一行ですね」
手にした紙にさらさらと記入していく門番に、レイは確認を取った。
「彼女の事はご存知なんですね」
「え? ええ、まあ。学術都市で働く研究者って、大概が都の外に出ないんですよ。研究は室内、あるいは壁の中で完結しちゃって。でも、彼女みたいなモンスターを専門にする方は、都市の外まで学術調査に赴くので、自分のような門番でも顔を覚える機会があるんですよ」
「そーそー。これでワタシの身元は確認できただろう。だから、この縄を解いてくれよ」
勝ち誇った顔で膝だけで器用に近づくカタリナをレイは無視した。そしてある事を思いだして門番にちょっと待ってほしいと告げた。
鞄の中に大切に保管していた羊皮紙を取り出すと、それを門番に渡す。
なんだと訝しむ門番だったが、封に押された刻印を見て表情を一変させた。
「これは……『三賢』が一人。流浪のマクスウェル様の刻印! も、申し訳ありませんが、上の者と相談してまいりますので、こちらでお待ちください!」
羊皮紙を返すなり、凄まじい勢いで走り出した門番。
レイが差し出したのは、デゼルト国でマクスウェルから貰った紹介状だ。
「マクスウェル、マクスウェル、マクスウェル。どっかで聞いた名前ね」
どこかしらと首を傾げるカタリナにレイは呆れと怒りが胸の内で交錯するのを感じた。それはそのまま声に乗る。
「信じられない。忘れたのか。アンタが刻印を刻んだ少年の一人だよ」
『三賢』のマクスウェルは、見た目はレイと同じぐらいの少年だ。しかし、実際の年齢は老人と呼ぶに相応しい。これは若作りをしている訳でも、そういった種族だからでも無い。
まだ、彼の年が見た目よりも下だったころに誘拐されとある実験を施された。犯人は誰であろう、傍で縛られている女性だ。
六将軍から追放されたカタリナは元同僚に対抗する為に仲間を増やそうとしたのか、あるいは別の目的から子供たちを誘拐して、刻印を打ち込んだ。それはフィーニスが自らの魂を植えつける聖印と同じ、人を魔人へと変貌させる実験だ。
自分のした悪行を指摘され、得心いったとばかりに頷いた。
「そういえば、そんな事もあったね。うん、思い出した。そうか、あの時の成功作、彼が『三賢』の一人になっていたなんて。くふふ、世界は面白しいわね」
「どこがだ。こんなものを、五歳の子供に植えつけたんだろ。それも彼以外に多くの子供を攫って、死なせたんだろ!」
「間違ってないな。うん、確かにそうしたのはワタシだ。……それで? 君はそれを知って、ワタシに何を言いたいんだい」
平坦な声には何の感情も込められていない。眼鏡の向こうにある瞳は、狂った色で濁っている。
「謝罪をすればいいのかい? 反省をすればいいのかい? 後悔をすればいいのかい? 贖罪をすればいいのかい? 自害すればいいのかい? 残念ながら、それを君が要求する資格なんて無い。君は当事者じゃないんだ。むしろ、ワタシという存在を建設的に扱うべきだろうね」
いうなり、彼女はひらりと馬車から降りた。あまりにも普通に降りた為、レイ達にしてみれば意表を突かれた形だ。縄で腕を拘束されている奇異な姿のまま、城門を潜ろうとしていた。
「ま、待て! 逃げるつもりか?」
「逃げる? まさか! さっきも言っただろう。ワタシは君の悩みを解決できる手段を持っている。大人になれよ、レイ君。どうするのが、一番得なのか。その気になったら研究所へおいで。美味しいコーヒーでも入れてあげるよ! それと、シーちゃんによろしくと伝えてくれないかな!」
そう言って、彼女は雑踏に紛れていった。あまりにも自然に、怪物と恐れられた六将軍と思えないほど静かに人ごみへと紛れた。
「追いかけて捕縛しましょうか」
馬車の縁に足を掛けたリザが尋ねるが、レイは力なく首を横に振った。
「……いや、止めておこう。今の時点で僕らが生きているのは彼女の気まぐれだ。これ以上刺激して、本気になった方が厄介だ。悔しいけど、今は見逃すしかない」
カタリナが姿を消してから三十分ほどが経過した。
その頃にはシアラも目を覚ましていた。母親の姿が無い事に気づき、彼女が街の中へと消えていったことを知ると。何とも複雑そうな表情を浮かべた。
「……変ね。あれだけ嫌っていたのに、憎んでいたのに、こうして会ってみると嬉しかったり、恥ずかしかったり、頭がおかしくなるぐらい殺したくなったり。でも居なくなると、寂しかったり、ほっとしている自分が居るわ」
「心が定まらないのも無理ありません。怨敵を前にして、心が乱れないという方が無理でしょう」
かつて、異世界人というだけでレイに向けて剣を振るったリザが、過去の己を恥ながら慰めた。
そして、自分たちに近づく人影に気づいてレイに注意を促した。
門番に案内されてきたのは、妙齢の美人だ。金髪をお団子状に纏め、浅黒い肌を包む衣服は、ギルドの制服に似ていた。
視線がレイへと固定されると軽く会釈をする。傍に先程の門番が控えているところを見るとどうやら、彼女が上の人物らしい。レイが馬車から降りるのと、美女が立ち止まるのは一緒だった。
「お待たせして申し訳ありません。《ミクリヤ》のレイ様ですね。御噂はかねがね。年若いとお聞きしていましたが、本当にお若くていらっしゃるのですね。私、学術都市運営評議会学長付き秘書のモランヌと申します」
「《ミクリヤ》所属のレイです。こっちは仲間達です。そして、これが『三賢』マクスウェルから頂いた紹介状となります」
門番にも見せた羊皮紙を再度出すと、モランヌは懐からルーペを取り出して、封の刻印をじっと見つめた。美術品を鑑定するような緊張感は数秒で溶けた。
「失礼。確かに流浪の賢者、マクスウェル殿の刻印です。あて名は学長ですね」
「はい、デゼルト国で共に行動をした際に、彼から頂きました。学術都市に逗留すると伝えると、これを持って行けと。……迷惑でしたか」
「いえ。『三賢』はこの街における絶対的存在。それゆえ、彼らは軽々に判断しません。それだけの事をする価値があると、そう判断されたはずです。……ただ、学長は評議会で緊急議題に取りかかっている最中でして、面会までいましばらく時間がかかります。宜しければ、その間は都市の観光などは如何でしょうか。私が案内を務めますが」
「そうですね……それではお願いします」
リザ達に視線で確認を取るが、反対意見は出なかった。モランヌはもう一度深々とお辞儀をした。
一歩、学術都市へと足を踏み入れれば、そこは別世界だった。
他都市で見られたような様々な種族の人間達が入り混じっているという中身は同じだが、入れ物が全く違っていた。
頭上を小型の船が飛び交い、掲げられた表示板には一人でに文字が浮かび上がって情報を発信し、車輪の付いた箱が馬も無しに走り出す。視界に飛び込んでくる魔法工学の道具は、外で見てきた物とは比べ物にならない。
驚きのあまり、魂まで抜け落ちたかのように呆然とするレイに、モランヌがくすりと笑った。そして、慌てた様に手をパタパタと横に振った。
「し、失礼しました。学術都市に初めてお越しになった方は、皆さま同じような反応をなさるので、つい」
後ろを振り返れば、リザ達も同様に、いや自分以上に驚いている様子だった。そこには怯えも混じっているが仕方ない。建造物などはまだ他の都市同様に煉瓦や木材などで組み立てられているが、使われている魔法工学の道具の数々は異常な技術だ。中世のジオラマに近代の小物が混じっているような違和感だ。
彼女らからすれば異形の街だろう。
「本来、学術都市に初めて来訪された方には講習を受けてもらうのですが、今回は私が簡易的に行わさせていただきます。まず、都市内での移動は全て公共機関をお使いください。所有されている馬車や馬などは馬房にて預けてもらいます」
彼女が指したのは、入ってきた門の横にある馬屋だ。ずらりと並んだ馬たちの中にはキュイと同じニチョウも居る。
「公共機関は全て無料で乗車できます。ご希望の方には有料で特別な乗り物をご用意しております」
特別というのは、おそらく道を走る馬車だろう。鋼鉄製のそれは、御者台に人は居るが、轢いているのは馬では無い。箱型の乗車席の後ろにエンジンらしき物体が取りつけられていて、それが振動と共に唸り出すと車輪が回り出した。
速度はそれほどでもないが、あれは自動車に近い。
レイ達は言われた通りキュイを馬屋に預け、馬車を小さくして懐に仕舞う。
「ちょうど、路面魔車が来ましたね。自動魔車もご用意できますが、この人数を一度に乗せるほどの大きさはございませんが、如何致しますか」
「いえ、皆一緒に行動したいので、路面魔車でお願いします」
畏まりました、と告げたモランヌに続いて、正門前に停車した路面魔車へと乗り込む。
煉瓦で舗装された路面に軌条がはめ込まれ、その上を車輪が進む。長方形の箱型の車内が三つ繋がっている姿は、路面電車に酷似していた。これもまた、馬などは使わず魔法工学の力で動いている。
「都市内部に路線が複数あり、全体を網羅しています。どこかご希望の場所などはありますか?」
「でしたら、まずはギルドまでお願いします」
それは冒険者としての習性と言えた。都市に着いたらまずはギルド。
プレートの更新のみならず、魔石や採取したモンスターの素材の換金、それに冒険者宛のメッセージを預かっている場合もあるのだ。個人連絡用として魔水晶を持っているとはいえ、誰かが《ミクリヤ》にメッセージを送っているという可能性は否定できない。
「でしたら、この路線を進んで行けばギルド前で停車します。混雑した車内で恐縮ですが、このまま講習の続きを行いたいと思います」
その言葉通り、簡略化された講習はギルドに到着するまで続いた。もっとも、大体の事は他の都市でも入国される際に警告されるような内容だった。
重要な点は二点。
一つは、許可なき魔法工学の道具の持ち出しを禁じている事。
もう一つが、許可なく研究区へと入る事。
この二点さえ守れれば、ほとんど問題ないとモランヌは説明した。
そして幾つかの停留所を通り過ぎて、街の中心近くまで来たところで、車掌がギルド前とアナウンスしながら路面魔車は停車した。
「着きました。ここが学術都市のギルド。言ってしまえば、ギルドの総本山と呼ぶべき場所にあたります」
どこか誇らしげなモランヌだが、それも納得できる。
レイ達の前にあったギルドの建物は、これまで見てきたどのギルドよりも巨大で、荘厳な雰囲気に包まれていた。どこかの貴族の邸宅か、あるいは地方領主の城だと言われても納得できる規模だ。
「ギルドの前進にあたる、冒険者相互組合のあった跡地に、現在のギルド総本部が設立されました。ここには、冒険者部門のみならず、商人、職人の部門があり、文字通り全ての情報が収集、蓄積され発信されます」
だからだろうか。冒険者のみならず、商人風の男や、職人、貴族などの人々が多く出入りしている。そんな中をモランヌは流れに逆らいつつ、中へと入っていく。
中は外と同じほど広々とした空間だった。光を多く取り入れた天窓に、神聖さを演出する宗教画に像など、ギルドの財力を誇示していた。
「冒険者部門は……あちらのようですね」
彼女が指し示した方向に、見慣れたギルドの制服を纏った職員が居て、ようやくレイはほっと一息入れられた。
受付へと並ぶと、職員が向こうから声を掛けてきた。どうやらモランヌの事を知っているようだ。
「これはモランヌ殿。冒険者部門総括長なら現在会議中の筈ですが」
「いえ、そういった件で来たわけではありません。こちらの方々をご案内している最中です」
「そうでしたか。ようこそいらっしゃいました。学術都市ギルドへ。何かご用命ですか」
途端に営業トークへと切り替わる職員に、レイも慣れた様にプレートを提示した。
「《ミクリヤ》のレイと申します。プレートの更新と、パーティー宛にメッセージなど―――」
無いか確認したい、と続くはずだった言葉は職員の反応に止められてしまう。
貼りつけたような営業スマイルが掻き消え、彼は驚いたような、恐れるような、何とも表現しづらい形相でレイを見つめていた。
「レイ……貴方は、レイと……仰るのですか?」
あまりにも奇妙な質問にレイはどう答えるのが正解なのか分からなかった。
読んで下さって、ありがとうございます。




