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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第10章 世界の中心
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10-7 昼食会

「御歓談の途中、失礼いたします」


 慇懃ながら尊大な態度を隠そうともしない声が第三客室を震わしたのは、二日目の十時頃だった。その日も朝食を終えたばかりのレイ達に多くの人間が挨拶をしに来ていた。まるで神社に初詣する参拝客の様だと思いつつ、レイはそれらを捌いていると、列に割り込む者がいた。


 屈強な男たちを両側に従わせて、先程の言葉を発したのは、細面の老人だ。衣服は、三等客室では絶対にお目にかかれない高級品で、先程からしきりに埃を落としている。


「此方に、《ミクリヤ》所属の『緋星』のレイ殿が居ると聞きましたが、どちらがそうなのでしょうか?」


 男の質問に自然と全員の視線がレイへと集まる。すると、男は嘲笑を口の端に乗せた。ほんの一瞬だが、それを見逃すほどレイ達はボンクラでは無い。


 老人の態度にリザやエトネはムッとした。


 大方、自分が若いから侮ったのだろうとレイは予測した。


「これはこれは。水の都で起きた伝染病を根絶させ、デゼルト国の動乱において新王を支え続けた新星が、まさかこれほどお若い方とは存知あげませんでした。いや、伝聞とはあやふやな物。実物を見なければ分からない事もありますな」


 口調は丁寧だが、表面だけだ。言葉の裏には、


「こんな若造が本当に噂の冒険者なのか。どうやら噂話が大げさに広まっただけだな」


 と、本音がしっかりと伝わってくる。男のそんな態度にリザのみならずシアラも青筋を立てるのを横目で捉えたレイは、口早に男の先を促した。


「それで? 僕が『緋星』のレイだったら、貴方はどこのどちら様でしょうか」


「失礼。名乗りが遅れました。私、ジムカンタ商会は会長、ヴァイナス・ジムカンタ様の侍従長を務めております」


 一礼と共に告げられた名前に心当たりは無かった。素早く目配せをすれば、リザが耳打ちをしてくれた。


「中央大陸の穀物を牛耳っている商会です。会長ともなれば、そこの長ですね」


「貴族とかじゃなくて、商人なのか」


「ええ。ですが、中央大陸は都市国家群。貴族の数も力も少なく、ここでは商人が幅を利かせています。特に大商会の会長ともなれば、その力は絶大です」


 そんな権力者が何の用なのかと訝しんでいると、侍従長は咳払いをして意識を自分へと向けさせた。


「宜しいかな。我が主は、貴方の業績を……真実かどうかはさておき、いたく気に入っていおります。その人物が船に乗っていると知り、是非昼食を一緒に取りたいと申されたのです。ついては本日、主の客室まで御足労願いませんか?」


 話を盗み聞きしていた周囲が騒ぐ中、レイは質問をする。


「それは僕だけでしょうか。それとも仲間達も同席しても構いませんか」


 すると、侍従長は眉の間に深い皺を作り、不快を隠そうともせずに言い放った。


「申し訳ありませんが、主は貴方とだけの会食を望んでおります。それに、主の前に奴隷を連れて行くなど、到底容認できません」


 蔑視の視線がリザ達に投げかけられた。レイはむっとなり、断ろうとするも肩に置かれた手で制される。リザが大丈夫と口の動きだけで伝えてきた。


「……分かりました。その申し出、お受けします」


 レイの返事に、侍従長は最初から承諾するだろうと思っていたのか驚くことなく、淡々と頭を下げた。


「御快諾、誠に有り難く存じます。では、主にその旨をお知らせします。後程、使いの者を送りますので、支度の程をしてお待ちくださいませ」


 そう言って、侍従長は背筋を伸ばして客室を出ていった。彼とお付きの者達が消えた途端、周りは騒めき、レイ達は音の洪水に飲み込まれた。


「おいおい。ジムカンタ商会といえば、この辺りでも五本の指に入る大商会じゃねえか。そこのお偉いさんと差しで食事なんて、滅多にないぜ」「そうだぞ。これで気に入られれば、専属契約を交わせるかもしれねぇ。支援者になってくれるかもしれないだろ」「夢がある話だよな。なあ、《ミクリヤ》って新規加入は受け付けてねえのか」「うちと、業務提携しないか。取り分はそっちが多めでも構わないぜ」


 地面に落ちた砂糖に群がる蟻のように、色めき立った冒険者たちに囲まれてしまう。逃げ場も無い中、シアラが声を鋭くして周囲を圧倒した。


「皆様方、お静かにしてくださいませんか! ワタシ共としても、急なお話に驚いていて。少々身内だけで話をする機会を下さいませ」


 理知的な喋り方に金色黒色の瞳から放たれる強い視線が、周りの興奮に水を差す。彼らも冷静になったのか、それぞれの場所へと戻っていく。それでも視線や耳はレイ達へと集中しているのは明らかだ。


 ようやく静かになったことで、レイ達は顔を突き合わせて話し合いを始めた。


「ごめん。勝手に承諾しちゃった」


「それは構わないわよ。むしろ、昼食会は受けておいた方が遺恨を残さずに済んだから、悪くない判断よ」


 シアラに保障されて、自分の判断は間違っていなかったと胸をなで下ろした。


「それにしても、お兄ちゃんも色んな人に目を付けられるようになったね。ジムカンタ商会なんて、本当に大商会の一つだもん」


「それだけの功績を上げたと誇るべきなのでしょうが……いささか面倒でもありますが」


 リザの言う通りだ。デゼルト国でも様々な人間が自分と接触しようとしていたのをレイは思い出した。ローランも、いずれはお偉方と出会う機会は増えていくと警告していたのが現実味を帯びてきた。


「して、主殿。食事に招かれたのは良いでござるが、どのようになさるおつもりで?」


 ヨシツネの問いかけにレイは腕を組んでしまう。


「相手が本当に食事だけをするために誘ってくれた……と言う事は無いかな」


「その可能性は低いかと」「たぶん違うよ」「そんなわけないでしょ」「無いでございましょうな」


 四人から一斉に言われてしまい、そうだよなと天を仰ぐ。最も見上げて飛び込んでくるのは鉄の天井だ。


「わざわざ呼ぶって事は、主様に興味を持っているのは間違いないはずよ。つまり、主様に利用価値を見出していると言う事」


「ならば考えられるのは、支援者に名乗りを上げるか、あるいは何かしらの依頼がある、という可能性がございましょう」


「依頼か。それって聞いた時点で断ることは出来るかな」


「……厳しいかと。ジムカンタ殿がどのような御仁なのかは皆目見当も付きませんが、それでも立場が上だと自覚している方は揃って、自身の頼みを断わられるとは考えておりませぬ。どちらにしても、拒否した時点で関係が悪化するのは必然かと」


 面倒な事になったとレイは頭を掻いた。


 支援を申し出されたとしても、何かしらの依頼を申し込まれたとしても、どちらも今のレイ達には面倒事に変わりない。


 目前に迫った冬の間、学術都市に篭って自分たちを鍛え直そうと決めた。それ以外にも調べる事や、やっておくべき事は山のようにある。時間はいくらあっても足りないぐらいだ。それが第三者の意思で乱されるのはいい迷惑だ。


「冒険者の支援って、どんな事があるかな。金は出しても、口は出さないって都合が良い話は無いかな」


「無いと思うよ。前にファルナお姉ちゃんが話してくれたけど、『紅蓮の旅団』の支援者の中には、無理難題を言ってくる人が居るんだって。本当なら断りたいけど、クランが苦しかった時も支援してくれた人だからって、オルドさまは頼まれごとを引き受けるんだって」


 冒険者を支援する者は、大抵金を出すのと引き換えに何かしらの成果を要求する。


 例えば、自分の商品を運搬する際の警護を優先してもらう。魔石を売った際の金額の何割かを貰う。迷宮探索で出た宝物の優先的な買取権利などなど。


 それらは契約という鎖で支援者と冒険者を結ぶ。


「契約を結びさえしなければ問題は無いよね」


「そうですね。問題は断る際の理由ですが……ここは仕方ありません。シュウ王国のテオドール王の名を出しては如何でしょうか」


「『鍛冶王』の名前を? どうしてだい」


「西方大陸の雄、テオドール陛下の庇護を受けているといえば、たとえジムカンタ商会が無理難題をぶつけてきても穏便に断る事が出来ます。それだけの力を持ったお方なのです」


「良い手ね。それで行きましょう」


 リザのアイディアを名案だとばかりにシアラは手を打ったが、レイは駄目だと首を横に振った。


「待ってくれ。勝手に陛下の名前を出しちゃ、まずいと思うんだが」


「なら、庇護では無くて、面識があるとか、良くしてもらっていると言葉を濁したらどうかな。相手に、自分はテオドール陛下とちゃんとした繋がりがあると思わせれば、手を引くよ。流石に『鍛冶王』と事を構える気はないだろうしね」


 大丈夫だと太鼓判を押すレティに、レイはそういう物なのかと納得する。


 今回は虎の威ではなく、()の威を借りる事になった。








 それからしばらくして、レイを迎えに女性が三等客室まで降りてきた。


 薄紫色の頭髪をツインテールにして纏めたメイドだ。


「侍従長より派遣された使いの者です。《ミクリヤ》のレイ様ですね。お時間となりましたが、支度は出来ておりますか」


 丁寧な物腰のメイドにレイは大丈夫だと返した。


 レイの格好はいつもと少し違っていた。


 目上の人間に昼食会に呼ばれたのだから、武器防具などは外し、持っている衣服の中で上等かつ痛みが少ないシャツを選び、乗船していた商人からタイを購入した。こざっぱりとした見た目は最低限の礼を失していないはずだ。


 メイドも、レイを上から下まで見つめて、問題ないと判断した。


「それではご案内します」


 言って、客室を出ようとする。レイは仲間達へと振り返った。


「それじゃ、みんな。ちょっと行ってくるよ」


「気を付けてください。相手は老獪な商人。どんな手練巧断を使ってくるか分かりません。警戒しすぎるに越した事は―――」「―――ちょっとリザ。その辺にしておきなさい。今にも付いていくと言い出しかねないわね、アンタは」


 ぐいぐいと迫るリザの首元を掴んだシアラはあきれ顔を浮かべていた。


「良いなー。昼食会ってことは美味しい物とか出るんだろうな。……器を渡すから、持ち帰って来てよ」


「じゅるり」


 気楽に振る舞うのは此方の緊張を和らげるためだろう。そんなレティの言葉にエトネはよだれを飲み込んだ。


 すると、ヨシツネが素早く近づいて耳打ちをした。


「本当に宜しいのですか。拙者が小さくなって同行する事も可能かと」


 武器も防具も持ち込めない状況。相手が自分に危害を加えるという可能性が無きにしも非ずとリザとヨシツネは言い出した。そこで、小さくなれるヨシツネを懐に入れて一緒に行くという案も出たが、それをレイは退けた。


「相手が僕だけを指名した以上、それをこちらから理由も無く破るのは、発覚した時に不利になってしまう。護衛に、そういった技能スキル持ちが居るかもしれないだろ」


「……了承いたしました。御身にお気を付けてくださいませ」


 ようやく納得してくれたヨシツネが下がり、レイも客室を後にした。


 特等客室があるのは船の上層階。三等客室からは長い階段を昇る必要がある。


 もっとも、この程度の距離で息を切らせることはないのだが、前を歩くメイドは、その細い見た目とは裏腹に軽快な足取りで昇っていくのに軽く驚いた。


 目的の階に着くと、メイドは迷わずに廊下を進む。


 上流階級向けの客室だけに、廊下にまで絨毯が敷き詰められ、微かに鼻をくすぐるのは花の香り。パイプからは音楽まで聞こえてくると、入れたり尽くせたりだ。


「こちらでございます、レイ様」


 メイドは足を止めると、扉を開いた。半歩後ろに下がり、レイに先に入るように促した。


 失礼、と断わりを入れてから中に入ると、そこは豪奢な部屋だった。徹底的なまでに華美に彩られた室内は、装飾過多で眩暈すらしそうだ。


 室内に居たのは屈強な男が数人で、呼び出した会長らしき人物はおろか、侍従長も居ない。


「こちらはスイートルームとなっております。会食は隣の部屋で行われます」


 言われて納得する。ここは客の対応や歓談する為の部屋であって食事には向かない。


 護衛と思しき男が室内にある扉を手で示す。


「ここからはレイ様一人でお入りください。中で主がお待ちしております」


 そういって、彼らはレイの後ろへと回った。客人を気づかっての振る舞いなのだろうが、レイとしては退路を断たれた気分だ。


 覚悟を決めて扉を開けた。


 だが、予想に反して中はまた無人だった。


 ナイフやフォークを並べたテーブルが置かれ、今にも食事を始められるようにと準備は整っているのに、どこにも主賓は居なかった。


 どういう事だと中へ踏み込むと―――。


 ―――胃を掴まれるような悪寒を感じた。


 自分が、底なし沼に足を踏み入れたような、足元の床が抜け落ちたような、手遅れになったという実感だけが勘となって襲いかかる。


 間違いなく、これは罠だ。


 これまでの経験から、理屈ではない部分が理解を示した。


 同時に花の香りでも誤魔化し切れない、嗅ぎ慣れた鉄錆に似た匂いが鼻孔の粘膜に付着した。


 血の匂いだ。


 レイは思考を戦闘へと切り替えると、状況を判断する為に当りを注意深く見渡す。


 狭い室内にはさして多くの家具は無い。入って右手側がダイニングルームとなっており、反対側は足の低いソファが並んでいる。その向こう側に手が伸びているのを発見した。


 回りこんでみれば、そこに死体はあった。


 老境の域に達した、肥満体型の男性が壮絶な死に顔を晒して倒れていた。


 喉をナイフで一突きか、血が絨毯に染み込んでいる。仕立ての良いスーツを着ているところから、おそらく、この人物が会長なのだろう。


 予想外なのは、死体が一つでは無く複数ある事だ。


「これは侍従長に……護衛かな」


 先程、三等客室まで自分を呼びに来た侍従長や、武器を携帯した青年たちが死体となって転がっていた。どちらも喉を一突きされている。護衛の武器は鞘に収まったままだ。彼らを殺した人物は相当の腕利きのようだ。


 複数の死体を前に落ち着いていられるのが、これまでの経験があったからだとしたら嫌な成長だと自嘲する。これ以上ここに居たらあらぬ疑いを掛けられてしまうと分かりつつも、一つでも多くの手がかりを得ようと視線は部屋の全体へと向いてしまう。


 血が道のように繋がっている。おそらく引きずった痕跡なのだろう。そちらの方へと視線を向けていくと、部屋の片隅もう一つ、誰かが倒れているのに気づいた。


 そちらに近づくと、微かな呻き声が聞こえてきた。


 生きている。


 冒険者のようには見えない粗末な衣服や細い体型、そして何より、手の甲に刻まれた物が彼の身分を示す。彼は労働奴隷だ。


 ひっくり返せば、男は顔面を殴られた痣はあるものの、それ以外に目立った外傷はない。どうやら気絶しているようだ。


「おい、おい! しっかりしろ。ここで何があった」


 唯一の生存者で、尚且つ目撃者かもしれない男の頬を張ると、目が薄らと開いた。


 何度か瞬きをしていくうちに、意識はハッキリとしたのだろう。


 レイの顔を見て―――絶叫を上げた。


「うわああああ! は、離せ、離せ!」


 拳を振り回し、駄々をこねる子供のように床を転がる男。あまりの反応にレイは呆然としてしまう。


「……恐怖で錯乱しているのか。大丈夫だ。僕はアンタに危害を加える気はない」


 そう言って、落ち着かせようとするも、男は必死の形相で後ずさった。


「そんなの信じられるか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


「……はぁ?」


 叩きつけるように言われた内容に戸惑っていると、耳をつんざく警報が鳴り響いた。


 それはさながら、この舞台劇の幕を開ける開幕のベルのようだった。


読んで下さって、ありがとうございます。


誠に申し訳ありませんが諸事情により、二回ほど投稿をお休みさせてもらいます。

次回の更新は3月2日を予定しております。

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