10-8 容疑者拘束
耳をつんざく警報音に合わせて、けたたましい足音がしたか思えば、扉が乱暴に開かれた。
予想に反して、飛び込んできたのは隣室で控えていたメイドや屈強な男たちではなく、蒸気船のあちこちで見かけた警備の者達だ。
彼らは室内に飛び込むと中をぐるりと見渡し、喉から血を流した死体と、赤く染まった絨毯。そしてその傍に佇むレイを見て、怒気を露わにした。
「貴様! これは貴様がやったのか!」
「違う、僕じゃない! 僕が来た時には―――」
「―――違う。こいつだ、こいつがやったんだ!」
咄嗟に否定の言葉を放つも、直後に別の言葉が被せてきた。唯一の生き残りが、必死の形相で叫ぶ。
飛び込んできた警備達は、視線だけで意思の疎通を図ると、よりにもよってレイの方を怪しいと睨んだ。証言だけでなく、衣服に付着した血痕を見て判断したのだ。
これは、生存者が暴れた時に、彼の手に着いた血が移っただけだとは信じてもらえまい。
「待て、僕が来た時にはこの人達は既に死んでいたんだ。それに僕は武器を持っていない!」
「黙れ! 無駄な抵抗はするな。暴れればそれだけ不利になるぞ」
言葉による弁明は無駄だった。彼らは頭からこちらを犯人、ないしは最重要容疑者と思い込んでいた。
じりじりとにじり寄る警備兵。彼らを力づくで黙らせるのは容易だろう。
こちらは素手で、あちらは完全武装しているが、互いの実力はその程度では埋められないほど開いていた。この場を暴力で切り抜ける事は可能だ。しかし、それをするのは完全な悪手だ。
錯乱しているとはいえ、自分を犯人だと名指しする証人が居て、犯行現場から警備を振り切って逃走したとなれば弁解の余地は無い。それにここは川の上だ。船が岸に着くまでは何処へも行けない。
どうすることも出来ないと考えて、レイは両手を頭の後ろで組んで膝を突いた。記憶にある逮捕される時のポーズだ。それが抵抗しないという意思表示だと伝わったのか、警備達は肩の力を抜いて、レイの後ろに回る。手首を縄で縛り、武器などを持っていないのか確認しながら、もう一人は唯一の生存者へと駆け寄った。
「大丈夫ですか。貴方も怪我をしていますね。隣の部屋で治療をしますが、動けますか」
「あいつだ、あいつが会長を殺したんだ。あいつが、あいつが全部やったんだ」
「……分かりました。とにかく、隣の部屋へ」
ぶつぶつと、壊れたカセットのように繰り返す生存者は、そのまま隣室へと連れていかれた。入れ替わるように新しい人物が警備を連れて入ってきた。
髭を蓄えた壮年の男性は、室内の状況を見て雷に打たれたように身を震わせた。
「……これは、どういう状況なのだ。現場に踏み込んだのは誰だ?」
「自分であります、主任」
「説明をしろ」
「はっ。特等客室のある階層を巡回中、警報音を聞き、私と相棒が駆け付けた時には既に死体があり、その傍に居たこちらの人物を確保いたしました。同様に室内に居りました、先程の人物が彼の犯行だと証言しておりました」
「ふむ。……君は、記憶違いでなければ《ミクリヤ》のレイ殿ではないか」
「僕の事を知っているんですか」
初対面だというのに名前を言い当てられ、男に対して不審を抱く。
「失礼。私は船内の警備主任で、乗船名簿から君の名前と、船員たちから特徴を聞いていたんだ。何しろ、有名人だからね。……そんな君が、何故ジムカンタ商会の会長たちを殺す事に」
「それは違います。僕がここに来た時には、彼らは死んでいました。僕は無実だ」
きっぱりと潔白を主張すると、警備主任は一度頷いた。
「ふむ。詳しい状況などは隣室で聞こう。ここはこれより封鎖して、調査に入らなければならないからな」
言葉と共に、新しい警備が続々と部屋に入ってくる。
レイは両脇を警備に掴まれながら無理やり立たせられた。そして殺害現場から隣の部屋へと連れていかれた。先に移動していた生存者は傷の手当てをし、警備の人間達が忙しくなく行き交う中、レイはこの場に居るべき者達が居ない事に気づいた。
「あの、こっちの部屋に控えていた人たちは何処に? 部屋から追い出されたのですか」
自分を呼んだメイドや屈強な男達ならば、自分の潔白を証言してくれると思い尋ねた。ところが警備の人間は不思議そうに首を傾げた。
「こっちの部屋は、私たちが押し入った時には無人だったぞ」
「……何ですって? メイドも、誰も居なかったんですか」
「あ、ああ。誰も居なかったぞ。さ、ここに座れ」
適当な椅子に押し込められ、左右を固められる。正面には質問役と、調書を取る警備達が揃った。
即興ではあるが、取調室の完成だ。
レイは聞かれるがまま全てに答えた。
午前中に現れた侍従長から、会長が昼食会に招きたいと誘われ、それを了承。時間になるとメイドが三等客室まで降りてきて、彼女と共にこの部屋まで来た事。そして、隣室へと一人で通されて会長たちの死体と一人の生存者と遭遇した事までを。
警備達はあくまでも第三者の立場から、公平に判断しようと一歩距離を置いた姿勢で話を聞き、不明瞭な点や、あるいは矛盾が無いかと質問を投げかけてくるが、レイはそれらを淀みなく答えた。
一通りの聞き取りが終わると、隣室での調査も終わったのか警備主任が此方の部屋に来た。
「聞き取りは終わったのか。……そうか、ご苦労。そっちもか。それと周辺の目撃情報は。よし、では情報を精査するぞ」
部下たちを集めて部屋の隅で話し合いを始めた。
時折聞こえてくる言葉の切れ端を追いかけようと意識を集中するも、状況は分からなかった。そうこうしているうちに、警備主任よりも一回り年上の男性が部屋へと現れた。
その人物には見覚えがあった。乗船前の挨拶をしていた船長だ。
「船長。いらしたのですか」
「うむ。状況を聞かせてくれないか。本当に会長は死んでいるのか」
「はい、残念ながら。いま、調査結果が出ましたので……お聞きになりますか?」
船長が頷くと、警備主任はレイの方へと真っ直ぐに近づく。その瞳には、ハッキリとした侮蔑の色が込められていた。まるで、犯罪者を見るかのように。
「冒険者レイ。こちらが行った調査の結果、極めて遺憾ながら君が犯人である可能性が高いという結論になった」
「……何ですって?」
あまりにも見当違いな発言にレイは怒りが込み上げてくる。いわれのない罪で、犯罪者扱いされてはたまらない。
「僕は無実だ。それとも、僕が殺したという証拠でもあるのか」
「直接的な証拠は無い。だが、状況証拠と目撃者がある」
警備主任は一拍開けると、隣室を指差した。
「死体の損傷を見た。鋭利な刃物で喉を一突き。犯行に使われたと思しきナイフは現場から発見された」
「それに僕の指紋でも着いていたんですか」
「指紋? ……ともかく、会長や侍従長は別にしても、護衛らは引退したとはいえD級冒険者。そんな人間を一撃で仕留められる人物は、部下が踏み込んだ時点では一人しかいない」
「待ってくれ。僕以外にも、あの部屋には人が居た。彼がそうだ」
怪我の治療は済んだが、消耗したからか横になって動かなくなっている生存者を指差す。だが、警備主任は固い表情で首を横に振った。
「彼は会長所有の労働奴隷だ。奴隷紋があるため主を殺す事は出来ない。第二に彼の目撃証言がある。部屋に招かれた君が、皆をあっという間に殺し、自分をも殺そうとしたと。だが、君は何故か彼を殺さなかった。殴って意識を奪うだけに留めたそうだね」
「そんな、それだけの証拠で僕を犯人扱いするんですか。だったら、僕を案内したメイドたちを探してください。彼女たちなら、何か知っているはずだ」
「それなんだが、乗員名簿を確認しても、そんな人物は乗っていない」
半ば予想していた内容だけに、レイは唇を固く結んだ。黙っていると、警備主任は続けた。
「会長と共に乗船していたのは、生き残った彼と、隣室で死んでいる者、そして三等客室に押し込められている奴隷達だけだ。君が証言するメイドや屈強な男たちは、含まれていない。……申し訳ないが、君の証言を信じるに足る確証はないのだ」
現状、反論できる材料は無かった。捜査技術が未発達のエルドラドにおいて、目撃証言と状況証拠をひっくり返せるような物的証拠は発見され難い。だが、真実を明るみにする最強の手段は存在していた。
「なら、審判官をお願いします。僕は自分が無実だと分かっています。それを証明してみせます」
審判官の特殊な瞳は、相手が嘘を吐いているかどうかを見極められる。ある意味、この存在が居るからこそ、エルドラドの捜査技術は進歩しないのかもしれない。
この世界に名探偵は必要ないのだ。
だが、レイにとっての希望は遠かった。
「そのつもりではあるのだが、この船に審判官は居ない。そこで、君を拘束させてもらう。これは船内の治安を守るための措置であるため、任意では無く強制である」
警備主任が部下から手錠を受け取る。それは警官が使う様な簡素な物ではなく、前腕までを覆う長くて重たそうな鋼鉄の手錠だった。
「これは魔道具、弱体縛錠。高位冒険者用の手錠だ。嵌めている間は能力値が低下する。これを付けて、岸に付き、審判官に君が無実かどうか確かめてもらう。それで構わないかな」
「はい。問題ありません」
レイが答えると、両腕を後ろで組まされ、弱体縛錠を嵌められる。途端に、自分の体から力が抜けていく。目を瞑り、ステータスを確認すれば能力値が十分の一まで減っていた。
「それと、奴隷契約書を提出してもらう」
「……なんですって」
予測していなかった要求に戸惑うと、警備主任は続けた。
「君が所有している奴隷を一時的に拘束させてもらう。奴隷契約を交わした相手が、君の命令を受けて船内で犯罪行為や、あるいは君の奪取に向かうかもしれないからな。さあ、出してくれ」
ここに来て、レイはこの状況を仕組んだ者の意図を理解した。
明らかに、これは罠だった。自分に殺人の容疑を掛け、拘束させる。
その狙いは、これだった。己の不明に歯噛みするも、どうする事も出来なかった。
三等客用の食堂は賑わっていた。声が反響し、粗末なスープの匂いが満たされる中、リザ達は早々に食事を終えていた。ただし、ヨシツネは除く。
「いいな、お兄ちゃん。きっと、美味しい物を一杯食べているんだろうな」
レティが羨ましそうに言うと、エトネがよだれを飲み込む。二人のやりとりにシアラは呆れた様子で言う。
「何言ってんだか。脂ぎったおじさんと二人きりで、ドロドロとした話し合いが付くのよ。何食ったかなんて覚えてらんないわよ。……どうかしたの、リザ?」
隣に居た少女の様子に気づき不思議そうに尋ねた。リザは青い瞳に警戒の色を乗せて、食堂の入り口を睨んでいた。
「いえ。先程から彼方が騒がしくて。何か、あったのでしょうか」
言われてみれば、確かに警備の人間が多く集まっていた。そして何より、自分たちの方を見ているようにシアラは感じた。
その予想は正しく、彼らは真っ直ぐにシアラ達の方へと歩み寄った。
「失礼。冒険者レイの所有物である戦奴隷、エリザベート、レティシア、シアラは君達で相違ないな」
「ええ、間違っていなくってよ」
高圧的な物言いに、シアラは神経を研ぎ澄ませながら答えた。こういう場面で、戦奴隷の部分を声高にしてくる時は、何かしらの意味があるはずだ。
「君たちの主であるレイは、船内で起きた犯罪行為に加担した可能性があり、拘束されることになった。ついては、彼の所有物である戦奴隷達も、船内保安の観点から拘束させてもらう」
「な、何ですって! レイ様が、拘束された? どういう事ですか!?」
椅子を蹴とばして立ち上がるリザ。あまりの剣幕に、高圧的だった警備兵すらもたじろぐ。その手が聖剣の柄に向かう寸前、白い手が止めに入った。
シアラだ。表情は冷静のまま、リザに抑えるように呟いた。
「ですが、レイ様が」
「気持ちは分かるけど、ここで暴れたら、それだけ主様の迷惑になるわよ。ここは押さえてちょうだい」
でも、と続けようとしたが、触れた指先が自分の肌に強く食い込むのを感じてリザは言葉を飲み込んだ。シアラもまた動揺しているのだ。それをおくびにも出さず、気丈に振る舞っていた。
「仲間が失礼しましたわ。それで、詳しくお話を伺いたいわ。主様は一体、何の罪で拘束されているのかしら」
「申し訳ないが、それを語る権限は私には無い。私は、君達を可及的速やかに、かつ、穏便に拘束しなければならない」
「……嫌だと言ったら」
「……主の立場を悪くするだけだと助言しよう」
駆け引きも、交渉をする余裕も無い。一方的な通告による拘束。これ以上の情報は得られないと判断したシアラは肩を竦めた。
「確認だけど、拘束するのはワタシ達戦奴隷だけなのよね。この子や、こっちは?」
「《ミクリヤ》の他の仲間について特段指示は無い。だが、君等の行動如何で、仲間の身が危うくなると言う事は自覚しておくべきだ」
暗に、面倒事は起こすなと釘を刺してきた。だが、それならば好都合だ。
シアラは無抵抗を表す動作として、立ち上がり両腕を後ろに回した。リザ達もそれにならって立ち上がると、一瞬だが警備の注意が散漫となる。その隙を突いて、ヨシツネに耳打ちをした。
「主様の元に行って。何があったのか事情を聞きに行って。アンタなら、主様が何処で拘束されていようが侵入できるでしょ」
指示に対してヨシツネは小さく頷いた。
その間に、リザ、レティと縄を掛けられていく。食堂中の視線が自分たちに集まり、何事かと小声が交わされる。中にはこの状況を楽しんでいる声も聞こえた。
有名人が転落する姿を見るのは、さぞや甘美なのだろう。
「それで、ワタシ達は一カ所に集められて拘束されるのかしら?」
「いいや、違う。共謀して何かをされては困るからな。拘束は個別で行う」
縄の固さを確認した警備の言葉に、全員の顔色が一斉に変わる。この状況が、誰かの悪意による物なのは明白だ。
その目的が、仮にレティならば相手にとって都合の良い状況が出来上がってしまった。
なぜなら、レイが拘束され、レティは仲間から引き離されてしまうのだ。
これ以上、動きやすい状況はない。
更新再開です。
読んで下さって、ありがとうございます。




