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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第10章 世界の中心
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10-6 研究者

 声を掛けてきたのは体格よりも一回り大きい白衣を着た女性だった。裾が甲板に触れところどころほつれているが、気にしたそぶりは見せない。見た目も拘らないのか、腰まである長髪があちこちてんでバラバラに跳ねているのを無理やり纏めていた。


 寒空の下、上掛けが白衣一つでは寒いのではないかと思っていると、予想通り、くしゃみをひとつした。


「へっくしゅん。いや、失礼。三等客室は人が多くて落ち着かなくてね。気分転換と新鮮な空気を吸いに上まで来たんだが、思った以上に寒くて」


 ずれた眼鏡を直しながら女性は笑みを作る。


「はじめまして。ワタシは学術都市生体研究部門に所属しているナタリカという者だ、などと口で言っても信じてはもらえないかな」


 レイ達が緊張した面持ちで見つめていたからか、ナタリカは困った風に肩を竦めた。エトネは卵を鞄に戻し、レイはレティを背中に隠しつつ、口を開いた。


「いえ、急に話しかけられて驚いただけです。ナタリカさん、でしたか。生体研究とはいったい、どのような事を研究しているのですか」


「学術都市が都市丸ごと学び舎なのは知っているかな。あそこは学問の都であると同時に、研究者たちが集まる、知識の先端なのさ。魔法工学だけでなく、鉱石、自然などの部門もある。その中の一つに生体、生物の研究部門があり、ワタシはそこに在籍しているのさ。そして、専門にしているのはモンスターなんだよ。世界が生む謎に満ちた生物。ワタシは彼らの秘密を解き明かす探究の従なのさ」


 そこまで説明されて、彼女が話しかけてきた理由が分かった。


 デゼルト国でモンスターの卵を見つけた時、それが珍しく、研究が進んでいないと説明を受けていた。自分たちの話を聞いて、研究者魂に火が付いたのだろう。


 眼鏡の奥にある茶色の瞳を爛々と輝かせる女性に、レイは面倒だとは思いつつもエトネを振り返った。


「もしかしたら、この人に見せたらこの卵がどんなモンスターなのか分かるかもしれない。だからモンスターの卵を見せても()()()かな」


 投げかけた言葉には二つの意味がある。言葉の表面通りの意味と、この人物は安全な人物なのかどうかという裏の意味だ。


 両方を瞬時に察したエトネは、だいじょうぶだよ、とレイに返した。


 エトネの鼻や感覚を持ってすれば、ナタリカが危険人物なのかどうか、そして付近に怪しい動きをしている人物が居るかどうかは判別できる。彼女の太鼓判を受けて、レイはナタリカに首を振った。


「ありがとう! ありがとう、ありがとう。いやー、楽しみだな」


 興奮した面持ちでレイの手を握って上下に振る。あまりの興奮ぶりに、レイは少しだけ気後れしていた。


 そして、エトネが鞄の口を開けたまま、ナタリカの足元に置くと、彼女の視線は吸い込まれるようにそちらへと向いた。


「ふんふん。白地に青と……紅。二色の斑模様なんて、こんなの初めて見たよ」


 心底驚いたと言わんばかりの呟きに、レイ達もそうなのかと驚いた。


「この卵、どこで手に入れたのか聞いてもいいかな」


「デゼルト国です。ただ、ニチョウが拾った卵なので、どんなモンスターの卵なのか分からなくて。それで、専門家の意見を聞ければと思って……でも、初めて見るんですか?」


「うん。普通、模様の色は一色なんだが、こいつはハッキリと別々の色だね」


「あのね、べにいろは、あとからふえたんだよ」


「そうなのかい? それも初めて聞く現象だね。ちょっと持ち上げてもいいかな」


 ナタリカは聞くなり返事を待たずに卵を鞄から取り出す。そして上から下、顔で卵を舐めるようにして観察を続ける。


「卵の色や模様は、中で生まれようとしているモンスターの種類を示しているんだ。君の話通りなら、最初は白地に青の斑なんだろ。だったら、この卵は間違いなくスライムだ」


「スライム……ですか」


 告げられた正体にレイは難しい顔をした。スライムと聞くと、色々と思い出してしまう。レッサーデーモンに並んで、妙に因縁のあるモンスターだ。


「ただし、後から紅色の斑が増えたというのは気になるね。まるで花のような形だ。こんなの見た事ないし、聞いた事も無い。いったい、どんなスライムが生まれてくるのだろう。……ねえ、時に相談だけど、この卵をワタシに売ってくれないかな」


「売る、ですって?」


 思いがけない相談にレイは聞き返してしまう。


「そう。これは貴重な研究対象になるかもしれない。いや、例え生まれてきたモンスターが普通のスライムだったとしても、ただでさえモンスターに関する研究は遅々として進んでいない。ひとつでも多くの検体は必要なんだ。今すぐとは言わなくてもいい。おそらく、これと奴隷契約を結んでいるんだろ? だから、それを外す為には学術都市で正規の手順を踏む必要がある。だから、それまでに決めて―――」


「―――や、です」


 一方的にまくし立てるナタリカの言葉を遮ったのはエトネだった。彼女は卵を奪い取ると、大急ぎで鞄に詰めて抱きかかえた。まるで、我が子を守る母親のように。


「このこは、だれにも、あげません」


「いや……君にではなく、そちらの……そういえば名前を聞いていなかったね」


「これは、失礼しました。冒険者のレイと申します」


「ワタシの悪い癖でね。研究に関する事を優先するあまり、細かい所を見落としてしまう。それでレイ君、君が見た所、リーダーのようだが。その卵を売ってくれないかな」


 改めて出された申し出にレイが答える前に、服の裾がぎゅっと掴まれる。誰が掴んでいるかなんて、見なくても分かる。


「スイマセン。こいつを手放すつもりはありません」


 その答えに、エトネは顔を輝かせた。


「……どうしてもかい?」


「どうしてもです」


「……これでも多少の蓄えはあるよ」


「金銭の問題ではありません」


「……かーらーの?」


「しつこいですよ、貴女」


 流石に諦めの悪い態度に、レイも言葉に険が混じるとナタリカは全身でため息を吐いた。


「はぁーーー、仕方ないなぁ。諦めるとするか」


 欄干に凭れかかり、全身で落胆を表現する彼女に、エトネは後ろめたくなったのか、あのと声を掛けた。


「エトネたちも、がくじゅつとしにいきます。もし、そのときにうまれたら、みせにいくよ」


「本当かい!? 本当に、本当に、本当なのかい。約束できるかい!」


 一転して、舞い上がらんばかりに喜ぶナタリカ。感情の落差が激しすぎて、エトネが停止していた。自分が安易に口にした内容に、大丈夫だったのかとレイを見上げた。


 こうなったら仕方ない。冬ごもりの間、どこを宿にするか決めていないが、このままでは自分たちを探して都市の中をひっくり返しかねない勢いだ。


「約束します。これが孵化したら、貴女の所に見せに来ますよ。ただし、解剖とか実験とか、危ない事はさせませんから」


「それでもいいとも! ちょっと待っててくれ、いま研究所の住所を伝えよう」


 言うなり、彼女は白衣の裾を捲り上げ、それを千切った。呆気に取られていると、懐にあった鉛筆で住所を走り書きする。


 それをレイの手の中に押し込めると、彼女は再びくしゃみをした。


「へっくしゅん! こりゃいかん。流石にこれ以上ここにいると、風邪を引きかねない。それじゃ、ワタシは下に戻るとするよ。それじゃ、レイ君。絶対に約束を守ってくれよ。じゃないと、こちらから会いに行くかもしれないからね!」


 そう言って、彼女は甲板を上機嫌に立ち去っていた。今にも歌いそうな程の背中を見つめつつ、レイは疲れた声を出した。


「なんだか嵐みたいな人だったな。それにしても、よかったのかい。あんな事を言いだして。もしかしたら、生まれたモンスターに変な事をするかもしれないよ」


 脅す訳ではないが、それでも注意するに越した事は無い。


 エトネは鞄を強く抱きしめて、


「だいじょうぶだもん。ちゃんと、エトネがみてる。……だから、いつうまれてきても、だいじょうぶだよ」


 そう、自分の抱きかかえている卵へと語りかけた。まさに、我が子を慈しむ様に。


 すると、それに応えるように卵が揺れたのだ。明らかに中で生命が生きている。その事にレイ達三人は顔を見合わせて、嬉しさのあまり笑いあった。


「ちょっと、主様。今の人は何者だったのよ」


「何か、言い争いをしていたようですが、大丈夫ですか」


 甲板の反対側からリザ達は遅れてやってきた。彼女たちも、ナタリカの接近には気づいていたが、彼女の接近に合わせて何か仕掛ける別働隊を警戒して動けなかったのだ。


 付近に警戒の眼差しを送る二人に、レイは何があったのかを説明した。


「モンスターを研究する方ですか。それは面白そうな人物との面識を得ましたね」


「面白い、かな。随分と感情が突飛な人ではあったけど」


「モンスターの研究をしている方なら、モンスターの素材などをギルドの価格よりも高値で購入して下さる可能性があります。それだけじゃなく、モンスターへの効果的な攻撃手段や、生態についても把握しているはず。それらの知識は、迷宮へ潜る時に役立つかもしれません」


 リザの考えになるほどとレイは頷いた。感情は抜きにしても、研究者との繋がりは大切にするべきだろう。一方で、あの人と継続的に付き合っていくのは体力と精神力を大きく削るだろうなと覚悟しなくてはいけない。


 そのままリザは動いた卵へと視線を向け、エトネやレティと共にどんなのが生まれてくるのだろうかと雑談する。レイはその輪に加わらず、凍り付いたように動かないシアラが気になった。


 彼女は、レイが渡したナタリカの走り書きを握ったまま硬直していた。


 顔色はいつもよりも白く、いまにも倒れそうだ。それは、冒険者たちに囲まれて脱出する時の演技とは違う、本当の白さだ。


「どうかしたのか。そのメモに何かあるのか?」


 尋ねるも、彼女は応えようとはせず、呆然と呟いた。


「この字。……似てるわ。ナタリカ、ですって。偽名にしてはあまりにも雑よ。でも、本当にそうなの?」


「シアラ、シアラ!」


 名前を呼んで肩を揺さぶって、ようやく彼女は正気を取り戻した。


「シアラ、どうかしたのか。あのナタリカという人を知っているのか」


「知っている。いいえ、知らないわ。知らない、わよ。……ねえ、主様。その人の目は何色だった」


「瞳の色。たしか、茶色だったと思うが」


 記憶を引っ張り出して、眼鏡の奥にあった色を思い出す。シアラはその答えを聞いて、気持ちを切り替えるように自分の両頬を叩いた。


「うん。もう大丈夫。多分、ワタシの勘違い。それより、そろそろ上も寒くなって来たわ」


 彼女の言う通りだ。日は沈み始め、空に星が昇っている。まもなく夜が来る。


「そうだね。流石に中に入るとするか」


 レイの提案に全員が賛成と返した。







 三等客室に戻ると、視線がレイ達を射抜く。どうやら不在の間に自分たちの事は広く知れ渡ってしまったようだ。


 荷物と場所取りの為に残っていたヨシツネと合流すると、一人、また一人とレイ達の元に客が訪れる。それは冒険者だったり、あるいは商人だったり、神官だったり、職人も居た。彼らの目的は、名前を上げている新進気鋭の冒険者と繋がりを持ちたいと言う事だった。


 ある者は《ミクリヤ》に加入する条件は何だと尋ね、ある者は出資を持ちかけたり、ある者は逆に出資を頼んで来たり、ある者は武器や防具の提供を申し出た。


 流石に、乗船直後のように取り囲んでという事は無かったが、人の列は夜になっても、朝になっても終わりは見えなかった。三等客室だけでなく、上の客室まで話が伝わっているようで二日目になると身なりの良い人たちが姿を見せるようになっていた。


 その老人は、その中で最も仕立ての良い燕尾服を着ていた。


読んで下さって、ありがとうございます。

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