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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第10章 世界の中心
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10-4 蒸気船 『前編』

 吹きつける風は氷山から流れてきたのではないかと思うほど冷たく、歯の根が合わない。防具の上からコートを羽織りどうにか耐えていられる。


 辺りを見渡せば、似たような人々で船着き場はごった返していた。開けた場所に、申し訳程度のたき火が置かれ、天井や壁のある建物は人で一杯だ。


「これが学術都市へ向かう最後の難所、世界最大の川幅と言われているハザム川か」


 曇り空と相まって、薄黒く見える川。表面上は静かだが言いしれない迫力がある。なにしろ、対岸が微かにしか見えないほど巨大な川だ。それこそ海のようでもある。


「はい。人魔戦役の折、『勇者』と『魔王』が全力でぶつかった結果、中央大陸の中心部は吹き飛び、巨大な湾が大陸の中心に誕生しました。ここも本来なら陸地だったのですが、衝撃で割れた部分に大量の水が流れ込み、以来外海と内陸湾を繋いでいます」


「ここに来るまで話だけは聞いていたけど、とんでもなくデカいわね」


 人魔戦役の終わりごろから氷漬けにされたシアラにとってもこの川は初体験だ。エトネと一緒に素直に驚いていた。


「渡るための手段は船だけなのは本当なんだね」


「これだけの巨大な川に橋を架けるのは二つの意味で難しいと聞きます。一つはこの川、見た目は穏やかですが内陸湾と外海の潮流がぶつかり合い、見た目からは想像もできないほど荒れています。落ちたら、まず助からないと言われています。そのせいで建設計画は何度もとん挫したと聞きます」


「川の流れは見た目からでは予想も付きませぬからな。それで、エリザベート殿。もう一つの理由は?」


 暗い色を基調とした普段着を纏うヨシツネが尋ねると、それまで流ちょうに説明していたリザが言葉に詰まらせた。不自然に生まれる沈黙。それを破ったのはリザの静かな声だった。


「……もう一つはこの海域に、そんな激しい潮流を物ともしない大型モンスターが出没しやすいと言う事が上げられます」


 海の中にもモンスターは居る。


 海底の奥深くに迷宮があり、放置されている事で迷宮は常にスタンピードを発生させ、モンスターがあふれ出している。そのため、この世界では貴重な火薬や魔法使いなどは船の防衛に使われている。


「もっとも川幅の狭いこの付近を繋いでるのが……ああ、見えました。あの船です」


 船着き場周辺で最も大きな建物。川に向けて半分突きだしているのは、あそこが船の整備場なのだろう。そこからゆっくりと白い煙を上げながら鋼鉄の船が岸を舐めるように進んでいく。


「すごい。おやまみたいにおおきいよ、おにいちゃん」


「そうだね。あれが、蒸気船か。今まで見てきた船の中でもひときわ大きいな」


 ガレー船や帆船が主流のエルドラドにおいて珍しい、鋼鉄製の船がゆっくりと接舷する様は威容も相まってか迫力があった。シアラもまた、初めて見る船に目を丸くして驚いていた。


「何と見事な戦船。あれが話に聞く魔法工学の道具というものですか」


 古風な言葉を使うヨシツネ。彼は一週目のエルドラドが崩壊したのに巻き込まれ、数奇な運命を辿って二週目のエルドラドに漂着した。そのため、この時間軸で誕生した魔法工学は知らなかった。


 そんな彼に、リザは解説を続けた。


「機関部に使われている構造がそうだと聞いています。元々、鉄で出来た船というのは『冒険王』が残した宿題の一つで、それを学術都市の研究者達が努力の末に完成させたのです」


『冒険王』エイリークは日本人だったころに得た知識などをレポート形式で纏めていた。レイが持つ龍刀も、日本刀の打ち方を纏めたレシピが『鍛冶王』の手に渡り再現されて誕生した経緯があった。


 おそらく、蒸気船もその一つなのだろう。


「へんなの。ほがないのに、すすんでいるよ」


 これまでの旅で見てきた船は風を動力とする帆船だ。中には、巨大なオールを使って無理やり漕ぐという荒業もあるが、どれも基本的には風が無ければ動けない。だが、船着き場へと入っていく蒸気船は巨人に引っ張られているかのように川を昇っている。


「蒸気船って事は水を熱して生み出した蒸気を動力としているんだろうな。プロペラや外輪をそれで回しているんだよ」


「蒸気って、湯気の事だよね。それでなんであんなおっきな船が動くの?」


 レティとエトネが揃ってレイを見上げて答えを知りたそうにする。レイは御厨玲の中にある知識を噛み砕いて二人に説明した。


「やかんで湯を作ると、注ぎ口から湯気が勢いよく出るだろ。あれをもっと細くして、長く強く出し続けると物が動く力になるんだ。風車とか、水車を想像すると分かりやすいかな。風や水の代わりに蒸気で回るそれらと、水を掻いて進む部品を繋げて動かしているんだよ」


 レイの説明に二人はほほーと頷いた。本当に理解できたのかまでは分からないなと肩を竦めると、自分をじっと見つめるシアラと目が合った。


「どうかしたの」


「いいえ。今の説明、分かりやすかったわ。それも、御厨玲の記憶にあったのかしら」


 まあね、とレイが肯定すると彼女は金色黒色の瞳で探りを入れるように見つめた。その視線の意味をレイは理解していた。


 御厨玲。


 それが自分に植えつけられた記憶の名前だ。彼は現代日本で普通に生まれ、普通に生き、普通に死んだ。その一生における二十歳ごろまでの部分を、レイは自分の記憶だと思いこまされ、エルドラドへと送り込まれた。


 カプリコルでヨシツネと邂逅したことによって、その暗示は解けた。御厨玲が、どのように生きて、死んで、そしてどうなったのか。それらは全てレイの中にある。


 旅の途中、御厨玲の記憶を引き出しては何か手掛かりになる情報は無いかと取り組んでいたが、結果は芳しくない。


 御厨玲がただの一般人だと言う事しか分からなかった。


「レイ様。そろそろ私達も行きましょう。乗船が始まりました」


 リザに促されて、レイはそうだねと頷いた。動き出した人ごみへと飲まれていく。学術都市へ向かう手段はこの船しか無く、そのため一度に大勢の乗客が、蒸気船へと押し込まれる。既に乗船手続きを済ませてあるレイ達は、三等客室の列に並んだ。


 蒸気船の内部は客室に差があり、特等から一等、二等、三等となっている。


 三等客室は無料の代わりに大部屋となっており、床に雑魚寝する事になる。


 レイ達はそれを選んだ。


 カプリコルで得たモンスターの魔石や死骸は、出国してから直ぐに売りに出してお金はあるのだが、幾つかの事情から節制が必要になっていた。


 理由の一つはヨシツネの加入が上げられる。彼の持つ特殊ユニーク技能スキルは代償としてカロリーを多く求めるのだ。単純計算で、レイの三倍は食べなければ死にはしなくとも動けなくなってしまう。旅の間にリザやレティがせっせと作っていた保存食も大分減ってしまった。


 エンゲル係数が大幅に上昇した《ミクリヤ》にとって余計な出費は厳禁である。


「なかなか乗船できないね」


 列が進まない事にぼやくレティにそうだねと返して蒸気船を見上げれば、何やら大荷物を幾つも運んでいく団体を目にした。労働奴隷と思しき者達が、木箱を大量に運んでいく。それを監督するのは背中に棒でも差してあるかのように真っ直ぐに伸ばした燕尾服姿の老人だ。


「どこかの商会が金に物を言わせて荷物を優先的に積ませているのでしょうね。あれが終わるまでは私達は入れませんね」


「早くしてちょうだいよ。こっちは寒いんだからさ」


 シアラが体を小刻みに揺らしながら文句を付けるも、レイ達が乗船できたのはそれから一時間後の事だった。


 人と物資を飲み込んだ巨大な船はゆっくりと向きを変えて動き出す。それはあたかも鈍色に輝く巨大な棺桶の如き姿だった。








 蒸気船クレラモートはエルドラドにおいて初めての蒸気機関を内包した船である。


 川幅が最も短い部分でも百シロメーチルあるハザム川を渡り切るのに三日ほど必要とするが、それでも画期的であり驚異的だとリザは語った。


 その間の安全は万全で、船の下部に特殊な魔法工学の道具が取りつけているらしく、水性モンスターは嫌がって襲ってこない。学術都市がこの船を完成させてから二百年近く経つが、一度たりともモンスターに襲われた事は無いそうだ。


 これが一般に普及すれば、海運は大きな変革を迎える。風に大きく左右される帆船よりも安定して、大容量を運べ、ちょっとやそっとの衝撃に耐えられる鋼鉄の船は誰もが欲しいと思うだろう。だが、学術都市は自分たちが生み出した技術を独占し、秘匿していた。


 その目的は金銭では無い。


 川を渡る定期船も乗るだけなら無償で運行していることからそれが分かる。


 彼らは作れるかどうかを確かめているだけだ。


 研究者が思いついたアイディアを技術者が実現できるかどうか試して、それが上手くいけばそれで十分なのだ。


 作ったものが世界に与える影響が大きいのを知っているからこそ、作れた物を独占し秘匿し、誰にも渡さずに自分たちの物として持っている。魔法工学が良くも悪くも世界を乱した事を受けての結果なのだろうが、それは世界を停滞させていると周りは批判していた。


 しかし、学術都市はどこ吹く風。それらをすべて無視して、独自の技術を開発しているという。


 キュイを馬房に押し込め、馬車を小さくしたレイ達は蒸気船の下も下にある三等客室にて腰を下ろしていた。四角く繰り抜かれた空間に、大勢が密集している。この区画は人が荷物のように押し込められていた。


 絨毯を広げてある程度の空間を確保したレイ達は思い思いに時間を過ごしていた。


 レティとエトネは一緒になって船内の探索に出ていってしまったのをリザが慌てて追いかけていき、ふきっさらしの中で鼻まで赤くしたシアラは毛布を何重にも体に巻いて転がっている。ぱっとみ、何かの生物にも見えてしまう。


 そしてレイとヨシツネは盤を挟んで向かい合っていた。


 ぱちり、と。駒の音がして、指先を離す。敵陣に飛び込んだ歩が、金へと成った。


「ふむ。しからば、こちらから攻めさせてもらいまする」


 自陣へと切りこまれていながら、ヨシツネは守ろうとはせずに、むしろ逆に攻めた。反対側にて出番を待っていた香車が、盤の縁に沿って駆け抜けた。沈着な振る舞いとは裏腹に、意外と攻撃的な男だとレイは評価した。


「飽きないわね、アンタたちも。ショウギだったかしら」


 ぬくぬくという擬音が付きそうなシアラがあきれ顔で呟いた。


 エルドラドに向うの文化を持ち込んだ『冒険王』エイリークこと安城琢磨だが、将棋はあまり流行らなかったようで、ヨシツネが馬車の中で引きこもっていた時に作った駒を珍しそうに見ていた。


 一応はルールを知っているレイは、こうして暇な時間ができればヨシツネと打ち合っていた。実力はヨシツネの方が上で、そろそろ駒落ちをお願いしないと勝負にならないかもしれない。


 次の手はどうするべきかと悩んでいると、ふと視線を感じて顔を上げた。


 視線の主と目が合うと、慌てた様子で顔を逸らされた。年若い―――といってもレイよりも年上だが―――冒険者の一団だ。


「あの者らですか。先程から主殿を見ている様子でしたが、害はないと判断してましたが……対処しますか」


 言葉の終わりを低くしたヨシツネに駄目だと返した。


「周りの視線は仕方ないと割り切る。それよりも、周りに人が大勢いる方が手も出しにくいだろ。だから、騒ぎは厳禁だ」


 三等客室を選んだ理由は節約だけではない。


 野盗のように、自分に懸けられた賞金目当ての有象無象が行動しにくい状況を作るためでもある。個室を取った場合、逆に周りに人が居ない分、派手な行動を相手に許してしまう。いくらなんでも、川の上で攻撃してくるような不届き者はいないと思いたいが、念には念を入れて。


 すると、ヨシツネが懐へと手を伸ばした。ピリピリとした気迫に、レイもシアラも身構えた。


「あの、すいません」


 後ろからの声に、レイは一度呼吸を整えてから振り向いた。そこに居たのは、先程の冒険者集団の一人だ。彼の向こう側には、仲間らしき人物も並んでいる。


 皆、目を輝かせて自分を見ているのが不気味だった。


「えっと、何でしょうか」


 敵かもしれないと最大限の警戒をする。既に、ヨシツネもシアラも隠してあるナイフや杖を取り出し、いつでも動けるように身構えていた。


 冒険者の少年は何事かと決意したようにつばを飲み込み、


「失礼ですけど、《ミクリヤ》所属の『緋星』のレイさんですか!?」


 と、叫んだ。大部屋は少年の声で反響し、周りがなんだ、なんだと騒めきだした。


 自分のした事に全く気付かないまま、少年はじっとレイを見つめた。そこには恨みつらみや、賞金への欲で濁った色は無い。むしろ、清流の如き清々しさがあった。


 それに違和感を抱きつつ、そうだとレイが返すと少年は破顔した。


 そして、後ろ手に隠していた物を取り出して、


「あの、サインを下さい!」


 仲間と共に一斉に頭を下げつつ出されたのは、無地に近い羊皮紙だった。


読んで下さって、ありがとうございます。

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