10-3 賞金首
「賞金が、僕に掛けられたのか。ということは、僕は賞金首ってことか」
賞金とはファンタジーらしい用語ではあるが、日本でも普通に使われる言葉である。その場合は二つの意味がある。
一つは特定の成果に対する報奨金として払われるケース。そしてもう一つが重要犯罪の逃亡犯などを発見あるいは手掛かりとなる情報を得た人物に支払われるケースだ。
しかし、今回の場合はもっと暴力的な意味合いだろうとレイは予測した。
その通りだと言わんばかりに親分は下卑た笑みと共に言う。
「そうだぜ。死亡が確認されれば、報酬百万ガルス。それがお前の命の値段だ」
かつて、ゲオルギウスの心臓の血が小瓶一つ分で、五百五十万ガルスで売れた。その五分の一となると喜ぶべきなのか嘆くべきなのかは分からない。
だが、話を聞いていたシアラが振り返り、形の良い眉の間に皺を作った。
「結構な額じゃない。欲を掻いた奴らが動いても不思議じゃないわ」
「そうですね。……答えなさい。誰がそれだけの金額をレイ様に懸けたのですか」
精霊剣を抜き放ち、親分へと向けるも、囚われの身でありながら男は笑みを深くするだけで答えようとしなかった。絶体絶命の状況でありながら、そのふてぶてしさ。レイはリザの肩を掴んで下がらせると、膝を折って親分と目線を合わせた。
「情報をくれさえすれば、命は取らないよ」
その言葉に、親分は内心でやはりな、と笑った。事前に得た情報で、《ミクリヤ》のリーダーは殺しを好んでいないと知っていた。それゆえの、この強気の態度だった。
しかし、レイは穏やかな表情のまま続けた。
「でも、五体満足で返すつもりはないよ」
「……へ?」
「だってそうだろ。僕らを追いかけて、後ろから襲おうとした危ない人なんだ。無傷で解放したら、また襲ってくるかもしれない。そんな風に考えたら怖くて怖くて。だから、両手足を折って、曲がったまま治療させてもらうよ。知ってるかい? 骨の角がずれて繋がると、周りの筋肉や血管、神経を痛めてしまうから、もう一度折らなくちゃいけないんだよ」
耳元で囁くと、それは親分の鼓膜を通じて脳へと染み込んでいく。息は荒くなり、いつの間にかヨシツネの手には金づちが。レティの手には杖があった。
「でも、それも君の心持しだいだ。知っている事を全て話してくれたら、そこまではしないと約束しよう」
ごくり、と。親分は自分の飲み込んだ唾が大きく聞こえた。
「ほ、本当だよな。本当に無事に解放してくれるんだよな」
必死になって確認するも、レイは話を聞いていないように、
「5、4、3」
と、数字を刻む。親分は耐えきれないとばかりに叫んだ。
「闇ギルドだよ! 闇ギルドの情報網で、お前に賞金が懸かった事が回って来たんだ。一緒に、仲間の情報も入っていた!」
叫ぶと肩で息を吐く親分の様子は鬼気迫り、嘘を吐く余裕は無いように見えた。ヨシツネを見れば、彼も同意見なのか頷いた。
この強迫紛いの寸劇はヨシツネの提案である。情報を収集するにしても、相手が素直に本当のことを言うかどうかわからない。だから、相手を脅して怖がらせて、素の反応を引き出すべきだと。情報戦のプロらしい考え方だ。
「僕らがこの辺りを通ると知っていたのか」
「ああ、そうだよ。お前らが海を渡って、カプリコルを通り学術都市へと向かう事までしっかりと書いてあった。ああ、でも、こっちの男の事は書いてなかったな」
親分は恨めしそうにヨシツネを見つめた。
「それと、誰が賞金を懸けたのかは俺も知らねえ」
「本当でしょうね」
シアラの金色黒色の瞳に睨まれ、親分は焦った様に続けた。
「本当だって! 賞金を誰が懸けたなんて、もっと上の人間じゃなきゃ分かりようがねえ」
「なら、どうやって僕を殺したと証明して賞金を貰うつもりなんだ」
「一番手っ取り早いのは頭を持って闇ギルドの人間と接触する事だが、それが出来なけりゃプレートとか、あるいはそいつが持っている武器とかだな。それも駄目なら、自己申告だ。闇ギルドにも審判官は居るんだぜ」
審判官は嘘を吐いているかどうかを確かめる事が出来る。嘘発見器に掛けて、真実かどうかを確かめるのだろう。
「さあ、これで全部だ。知っている事は話したんだから解放してくれよ」
親分はこちらの気が変わる前にと懇願する。
不明な点は多いが、どうして野盗に付け狙われたかという理由は得られた。これ以上の情報を親分から得る事は出来そうにも無かった。
レイは視線でどうするのかと訴えるヨシツネに小さく頷いた。
途端、彼の細い腕が親分の首に蛇のように絡みつき、そのまま締め上げた。
意識を失った男を見下ろして、レイは視線を上げた。
「とりあえず、食事にしようか」
「ふざけんな! クソガキが!! こんな事していいと思っているのか。てめぇには人間の良心ってものが無いのか!?」
再び意識を取り戻した親分は、これまでの人生でも一、二を争う声で叫んだ。それ以外、彼に取れる手段は無い。何故なら首から下は地面に埋まっているからだ。
首だけが生えた状態であらん限りの罵詈雑言を吐く。
「何が『緋星』だ。どんな英雄様も一皮むけば残虐な本性があるじゃねえか。俺達と何が違うって……おい、こら、止めろ。口を塞ぐ、むぐー」
あまりにも聞き苦しいためヨシツネが男の口に布を押し込め塞いだ。
レイは親分の前に立ち、呆れた様子で、
「いやいや。金目当てで人の命を奪おうとしたあんたに良心だのと説教はされたくないよ。命を奪うのは寝覚めが悪いからしないけど、アンタらに追いかけられるのも面倒だからこうさせてもらうよ」
言って、用意した立札を生首の横に並べた。そこにはエルドラド共通文字で、
『この者、善良な者の命を不当に奪おうとした悪人なり。兵士以外は近づくべからず』
と、記されていた。
「運が良ければ兵士に捕まって助かるだろうし、悪ければ死ぬかもしれないけど、その時は運が悪かったと諦めてくれ」
「むがーーー!!」
何となくではあるが、親分の言いたいことは目を見ればわかる。レイはそれを無視して馬車へと乗り込むと、ゆっくりと動き出した。見る見るうちに親分の生首が遠ざかっていった。
「それでシアラ。ちゃんと時限式の魔法は作動するのかい」
「あら。ワタシの腕を疑ってるのかしら。もちろん、指示通りに二十四時間後に土が捲れてあいつは解放されるようになっているわ」
「そうか。一度酷い目を見れば僕らを追いかける気も失せるはずだろうけど、それでも来るようなら今度は覚悟しなくちゃいけないな」
それは周りに言うというよりも、自身に言い聞かせているようであった。
レイは幌を閉じるとさて、と一同を見渡した。
いま、キュイの手綱を握っているのはエトネとレティだ。レイはエトネに尋ねた。
「付近で僕らを追いかけている気配はするかい」
エトネは得意の鼻をひくつかせて、だいじょうぶと返した。彼女の感知力は信頼できる。しばらくは大丈夫だろう。
リザとシアラと向き合って座ると、ヨシツネがその背後に控えた。一瞬リザは彼の方を鋭く見つめた。それはまるで睨んでいるようでもあったが、ほんの一瞬の事でレイは見間違いかと思った。
「それじゃ、今回の事を整理しようか。まず、僕に賞金が懸かった事だけど、これって普通の事なのか」
『招かれた者』であるためエルドラドの常識に疎いレイはいつものようにリザとシアラに尋ねた。シアラは答えを持たないようで、隣の少女へと視線を振る。
「そうですね。珍しい事ではありますが、あり得る事です。高名な冒険者というのは、多くの方から慕われ尊敬されますが、一方で誰かの不利益を生んでいる可能性もあります。仕事の邪魔をされた、獲物の横取りをされた、怨恨、因縁がある。そういった事が発端となって闇ギルド内で賞金が掛けられることはあります」
闇ギルドの奴隷商人を主としていただけに、その方面の知識は十分にあった。レイは更に話を聞くべく質問を投げかけた。
「それじゃ、今回の場合はどうしてだと思う。僕を怨んでの行動なのかな」
そう尋ねる少年の顔色は冴えない。エルドラドに来てからトラブルに巻き込まれ続け、辛うじて生き延びていった結果名前が売れたに過ぎない。その過程で見も知らぬ誰かから恨みを買っているとなれば気持ちのいい話ではない。
そんな主を察してリザは言葉を選んだ。
「そう……ですね。レイ様のこれまでを振り返ると、闇ギルドの人間と関わったのは二回。私や妹の元主の件と、南方大陸から中央大陸を渡る航海の途中。あそこで遭遇した海賊らも、一応は闇ギルドの人間です」
「あの時ワタシたちが倒した海賊たちが賞金を懸けたってこと? なんだかかっこ悪いわね」
「ですが、それだと金額が大きすぎます。……複数の依頼主が居る、となると説明が付きますが」
百万ガルスという高額な賞金が、海賊たちとは結びつかなかった。
するとレイは余計に難しそうな顔をして、
「レティの関係で賞金を掛けられたって事はあるかな」
と、囁くような声で二人に問いかけた。それを予期していた二人は同じく囁くような声で返す。
「それもあり得ると思うわ。でも、それだと謎の部分もあるの」
「ええ。賞金を《ミクリヤ》全体では無くレイ様一人に絞っている事が分かりません。あの子を狙っているのなら、あの子も対象に含めるはずです」
キュイの手綱を握るレティは、その幼い身からは想像もできないほどの因果を背負っている。
それゆえ、彼女を利用したい勢力、あるいは排除したい勢力が何時現れてもおかしくは無かった。
今回の賞金が、それに関係した出来事なのかとレイは考えていた。だが二人は違うと睨むが、一人輪に加わらず話を聞いていた者が動いた。
「あの、拙者も一言よろしいか」
「もちろんだ。何か気づいた事があれば言ってくれ」
行動を共にするヨシツネにはレティの事情をある程度話している。レティには大きな秘密があり、それゆえ命を狙われやすい。ジグムントの事や、帝国の事はぼかした最低限の情報だが、ヨシツネも何かあると察してそれ以上は尋ねてこなかった。
「賞金を懸けたのが、レティ殿を狙った者の仕業なら、これはいわゆる車がかりの行ではござらんか」
「車がかりって、あの波状攻撃の事か」
レイの解説に、リザとシアラは何か気づいたのか感嘆の声を上げた。
「つまりですな。主殿に高額の賞金を懸ける事で、不特定多数の人間を呼び寄せ、適当にぶつけて消耗させていくと言う事です。自分の存在を気取られず、賞金につられた使い捨ての駒で戦力を削り、本命の一撃を叩きこむ」
「それはあり得るわね。戦力を削れなくても、高額の賞金首となれば闇ギルドの連中がワタシ達を探す。そうなれば自然と情報が集まってしまい、何処に隠れていても見つかってしまうわ」
「嫌がらせと情報収集を兼ねた策略と言う事ですか。……この性質が悪そうな手は、あの人を思い出してしまいますね」
リザが名前を直接示さず、濁した相手が誰なのか直ぐに分かった。
暴力的とも言える魅力を振りまくウージアの女帝、ジョゼフィーヌ。
彼女ならば闇ギルドに連絡を付け、高額の賞金を懸ける事も出来る。
「財力と情報網だけなら一つの国ぐらいはある女帝と事を構える事になるのか。でも、彼女は帝国から嫁に出されたんだろ」
「ですが、繋がりは断たれていないとみるべきでしょう。現にウージアを作る際にも帝国から資金援助を受けています。帝国の未来の為に……というのは考えにくいですが、帝国との力関係から一応手を貸していると見た方が良いでしょう」
敵対者の一端を掴めたと思ったとたん、それが予想を上回る大物にレイ達はこの先の旅路に不安を抱かずにはいられない。
何時、次の追っ手か、あるいは賞金目当ての敵が現れるのか分からないのだ。
「しばらくは防戦だね。学術都市にさえ着ければ、向うも手出しは難しくなるんだろ」
「そうですね。あそこはギルドの本拠地。ここに手を出す事は、世界中のギルドを敵に回すのと同じ事です」
「だとしたら、最大の難所はその手前って事になるわね」
そういって、シアラが取り出した地図にレイ達は視線を落とした。
学術都市へと至る道程。それを阻む様に巨大な河が行く手を遮っていた。
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