10-2 新参者の実力
吐く息が白くなった。
辺りの風景も簡素になっていき、どこか寂しさを感じるようになった。
冬の訪れだとばかりに、寒風が首筋を撫でていく。
「ここら辺は中央大陸の南西部だけど、雪って積もるのかな」
「雪ですか。そうですね。北部ほどではありませんが、例年積もりますね。それも何日か続きますし、日差しも弱くなるので場所によっては中々溶けにくいです」
薪探しに苦労しつつ、ふと思った疑問を隣に居たリザに尋ねると、彼女は慣れた様に説明を始めた。
「雪が積もれば移動はおろか、野営も困難になります。食料になる動物も少ないですし、モンスターも寒さに弱い個体は縄張りから出てきません。南方大陸や、東方、西方大陸の南ならそこまでではありませんが、中央大陸では冬季の移動はお勧めできません」
「そうなると物流は止まるし、人の往来も減少するよね。僕らみたいな冒険者は受け入れにくくなるんだろうな」
「そうですね。この時期になると物価が上がり始めます。商工ギルドや領主が真面目ならば、物価の上昇を抑えようとしますが、そうでない街は過ごしにくくなるはずです。その点、学術都市ならば問題は無いはずです。街の規模が大きいですから、自然と物価は安定します。それにあの街は冒険者を育成する為に誕生した街ですから、よそ者も受け入れるでしょう」
「ちょっと主様、リザ! いつまで薪拾いやってるのよ! 早く戻って来ないと、ワタシが何時までも炎を出してないといけないでしょう!」
遠くから聞こえてきたシアラの怒り声にレイ達は首を竦め、大急ぎで野営地に戻る。そこには《ミクリヤ》のメンバーが待っていた。
「遅い! 早くたき火が出来るように組んで頂戴!」
唇を尖らせて怒るシアラだが、それも仕方ないこと。なぜなら彼女は《ファイア》の魔法を維持して鍋を下から熱していたのだ。
つるを持って固定しているのはエトネで、味の調節をしているのはレティだ。即興の調理場と呼べば聞こえはいいが、腹ばいになって地面に寝転んでいるシアラには厳しい状況だ。
「待っていてください。いま、やりますから」
「早くしてよ。お腹から冷気が伝わって寒いんだから」
怒り声にも力が失われていく。リザはレイが持っていた木切れも使い、慣れた手際でたき火の準備を終えた。その間、レイは石を積んで鍋が置けるかまどを作る。
旅を初めて半年。随分と慣れたものだと自画自賛したくなる。
エトネが鍋をそちらに移し、シアラが炎を薪に飛ばせば、これで完成だ。
十分熱せられたスープが湯気を上げている。
「ううう。寒い、寒い、寒い。主様、抱き締めて暖めて下さらないかしら」
ぶるぶると震えていたシアラが、何を思ったのかしなを作りレイに凭れかかろうとする。だが、その目的を邪魔するようにリザが高速で移動して間に入る。
「ちょっと。精神力を使って移動なんてズルいじゃない」
目を吊り上げて文句を言うシアラにリザはすまし顔を浮かべた。
「何のことでしょうか? それよりも暖まりたいのなら、キュイ!」
呼びかけにうたた寝をしていた巨大な鳥が起き上がる。
「キュイ。こちらに来てシアラを暖めてさしあげなさい」
女にしか世話されないニチョウは分かったとばかりに翼を広げてシアラを抱き込んだ。
「ちょ、リザ、そうじゃなくて、ワタシは、ワタシは……はにゃあ」
一瞬だが抵抗したシアラだが、ふかふかの羽毛に加えてキュイの高い体温に包まれ緩み切った顔を晒した。そのまま羽毛に埋もれていく。
「……あんなのを見てしまうとちょっと飛び込みたいなって思うんだけど。君達は毎晩、あいつに寄りかかって眠っているんだよな」
「うん。すっごい寝心地良いよ。残念だね、お兄ちゃん。キュイは男の人が駄目だからね」
調理中のレティがくすくすと笑いながら言う。
レイは肩を落として、
「そうなんだよね。君達が羨ましいよ。毛布を重ね着しているけど、夜は寒くて寒くて」
「それはお辛いでしょう。で、ですから、その。私が―――」
「―――さむいなら、エトネたちといっしょにねる?」
「あはは。好意だけ有り難く受け取っておくよ。ところで、リザ。何か言おうとしたかい?」
「いえ! な、何でもありません!」
毅然と言い放つも、耳まで赤くしたリザにレイは首を傾げた。
そんな和気あいあいとした《ミクリヤ》一行だが、それを遠くから監視している者達が居た。
その集団はレイ達の野営地から三百メーチルは離れた場所に居た。数はおよそ二十。どれも風体は怪しく、暴力的な匂いを感じさせる。
地面に体を伏せて単眼鏡でレイ達を監視している一人が、そのまま口を開く。
「親分。白髪まじりのガキが戻ってきました。情報通り全員ですぜ」
どっしりと構えていた男は部下の報告に膝を打った。
「良し。なら、確認だ。まずは馬上隊。先鋒はてめぇらだ。弓を使って、足を潰せ。狙いはニチョウや馬車だ。それから魔法使い。紫がかった黒髪の小娘を狙え」
馬に乗った男たちや、杖を持ったフードの男が作戦に頷く。続いて武器を持った徒歩に命令を飛ばした。
「てめえらは新式魔法を使いながら、相手を分断しろ。ガキとはいえ、相手は二つ名持ち。最初の襲撃からでも態勢を立て直すかもしれねえ。そうなったら、こっちの方が分は悪い。魔法を連発して立て直す時間を削りな」
親分の命令に男どもは頷いた。
粗野な風貌だが、下した作戦は常道から外れていない。
相手の足と飛び道具を封じ、向うの攻撃が届かない距離から一方的に攻撃しつつ距離を詰めて、消耗した所を叩く。
レイ達が見晴らしの良い場所を野営地にした事も、彼らにとっては幸運だった。なだらかな斜面から近づくことで高所が取れ、こうして姿を隠して近づき奇襲のタイミングを計る事が出来た。
一連の淀みない動きから、この一団が手練れであることは明白だ。対人戦闘の回数が少なく、更には奇襲という条件が重なれば高位冒険者であるレイ達とて手酷くやられる可能性はあった。
―――だが、今の彼らには新しい仲間がいた。
馬上した部下たちが斜面に躍り出る直前。
親分の背後。
誰も、なにも無かった空間に影が現れた。
それは正しく影と呼ぶにふさわしい、黒と見間違うほど濃い紺の装束に身を包んでいた。
音も無く、誰にも気づかれずに親分の背後を取る。
そして無警戒の親分の膝裏を足で押した。人体の構造上、膝を裏側から押されれば地面へと倒れこむ。親分にしてみれば、地面が起き上がった様に見えただろう。そのまま倒れた男の背中を足で押さえつけながら、影は次の行動に出た。
懐から取り出したのは、極小の針だ。それを馬へと投げた。
鋭くも小さな針は誰にも気づかれずに馬の尻へと突き刺さり、痛みに驚いた馬たちは体を震わした。当然、馬上していた者達は振り落とされた。
全員の視線がそちらに向く。自分たちの親分が何者かに拘束されている事に気づかず、落馬した仲間や暴れる馬に意識が集中した。
一気に騒がしくなった集団。誰もが混乱を納めようと動くが、それがかえって混乱を引き起こす。その慌ただしい場所を、影はするり、するりと泳いでいく。
ある者は目を突かれ、ある者は長布で首を絞められ、ある者は地面へと投げ飛ばされて。
僅か数分の出来事だ。
膝を蹴られ、頭を打った衝撃で朦朧としていた親分が顔を上げた時には、彼の仲間は一人残らず倒れていた。
「な、な、何だ、これはっ―――っ!?」
狼狽する親分だが、背後に圧し掛かる人の重さと首筋に当たる冷たい鋼の感触に押し黙った。
誰かが背後に居る。
疑う余地なく、そいつがこれをしたのだ。
「動かないでもらうでござる。主殿の命ゆえ、命までは取らぬ……が、こちらの言う事を聞かぬようなら、分かっているでござろう」
「て、てめぇ。誰だ? 俺達と同じ、同業者か!?」
「否でござる。拙者は《ミクリヤ》の者でござる」
「嘘だ! 俺は知っているんだぞ! 《ミクリヤ》は五人しかいねえ筈だ。六人目が居るはずねえ」
その言葉に、影は淡々と返した。
「そうは言われても、拙者は《ミクリヤ》に所属しているれっきとした冒険者でござるからな。いわゆる新参者ではございますが」
そう言って、影は―――ヨシツネは親分の意識を奪った。
「お帰りー。ちょうど、食事も準備が終わったよ」
斜面を馬で降りてくるヨシツネをレイは出迎えた。後ろでは絨毯が広げられ、その上に食事が並べられていた。
「報告いたします。追跡していた野盗の集団二十人は全て無力化。武器などを取り上げた上で、丘の向こう側で拘束しております」
レイの足元で膝を突くヨシツネ。その姿は忍者装束では無く、エルドラドで普通に使われている衣服だ。
男心をくすぐるが、忍者装束は目立つため、カプリコルを出て直ぐに彼の服を用意した。それでも戦闘時には忍者装束が動きやすいらしい。一瞬で着替えるのは特撮の変身に似ていた。
「それとご指示通りに頭目と思しき男を確保しました。如何致しますか?」
彼が目線を向けると、馬の後ろで両手両足を縛られた男が居た。ぴくりとも動かないが気を失っているだけのようで、うめき声を上げた。
「少し話を聞きたい。目を覚ますまで待とうか」
「いえ。でしたら、拙者にお任せを」
言うなりヨシツネは男を引きずり落とし、そのまま背中に手をあて、気合を込めるようにおした。
途端、男は息を吹き返したように咳き込んだ。
「がはっ、がは、げほ。……てめぇ、『緋星』のレイか!」
親分は気絶から目を覚ましたばかりなのに目の前に立つレイを睨む。その胆力には素直に恐れ入る。
「そうだよ。……ねえ、初対面だよね。何で、僕の名前を知っているんだ? そもそも、君たちは何者なんだよ」
質問に対して親分はにやりと笑った。
「名前だけじゃねえ。てめぇの武器や戦い方。仲間の数や能力だって俺達は知っている。何故なら、ここ数日付けていたんだからな」
拘束されてもなお、優位な立場を取ろうとしているのか。レイ達を怯えさせようとしているのかとっておきの秘密を明かしたが、どういう訳かレイ達の反応は鈍かった。
ヨシツネと目を合わせると、
「いや、それは知ってたから。君達が数日つけ回していたのを」
その言葉に、親分は狼狽しつつ叫んだ。
「何だって!? そんな馬鹿な話があるか。俺達は気づかれないように注意深くしていたはずだぞ」
「残念だけど、うちのエトネは君たちが近づいてきたのを直ぐに感じ取ったよ。だから、僕らはこうして待ち伏せをしたんだから」
レイ達が野盗の追跡に気づいていたのは事実だ。エトネの優れた嗅覚が、不穏な気配を察知した。その時に直ぐに対応できなかったのは、周りに普通の旅人などが多く居たからだ。下手に戦い始めて彼らを巻き込む訳には行かない。
そこで追跡に気づかないふりをしつつ、旅人たちから離れ、こんな遮蔽物も無い開けた場所まで誘い込んだ。
その間、馬車の中から動かずに隠れていたヨシツネは、彼の特殊技能によって小さくなり野盗たちに近づき背後から奇襲を掛けてもらった。
結果は御覧の通りだ。
自分たちが罠に嵌った事をようやく悟った親分はがっくりとうなだれた。
「俺の負けだ。殺しな」
「やだよ、そんな面倒な事。それよりも聞きたいことがあるんだ。……君達、なんで僕らを追いかけていたんだ。それも、僕らが《ミクリヤ》と知っていてた。誰かの命令なのか」
色々な事情や、騒動に首を突っ込んだお蔭で敵が増えたレイ達にとって、自分たちを追いかける存在は無視できない。わざわざヨシツネに一人で戦ってもらったのも、相手から情報を得るために生かして捕らえるためだ。
その問いかけに親分は首を横に振った。そして口元を歪ませつつ告げた。
「知らないのか。お前の首には賞金が掛かってんだよ」
読んで下さって、ありがとうございます。




