9-36 一寸法師
「―――と、まあ、そういう経緯でして。食料を失敬したのは止むに止まれぬ事情なんです」
貸し与えられた庵に、呆気にとられた狼人族の顔が並ぶ。大長と青年団代表代理のムワイ、そして案内人のミエリッキを前に、緊張した面持ちで正座するのはヨシツネだった。
彼を伴い集落へと戻った時、警戒心を露わにする村人を押しのけて彼らとの会合の場を作ったレイは、食料泥棒は不幸な行き違いのせいだと説得に掛かった。
「ふむ。何とも驚きましたな。内陸湾を航海中に、誤って転落して、どうにかこの国の岸辺に打ち上げられた。一命を取り止めたはいいが、形はどうあれ不法入国。ここがカプリコルだと気づいて、身を隠しつつ移動していたが、空腹に耐えかねてこっそりと食糧庫に侵入。せめてもの詫びにと金を置いてきたかったが、手持ちは流されてしまい、残っていたのが古銭だけ。仕方なく、それを置いていったという訳ですか」
「その通りなんです、大長。彼は決して、食料を盗もうとしていた訳じゃないんです。その証拠に、古銭を置いたのは代金を支払う意思があるからです」
力強く訴えるが、彼らに語った内容の大半が真っ赤な嘘である。
真実は、船から転落してカプリコルに漂着したのではなく、一週目のエルドラドから流れてこの時間軸に辿り着いた。
不法入国が発覚するのを恐れたのではなく、獣人種を知らないから人目を避けていた。
置いていった貨幣は、古銭では無くこの時間軸では誕生していない国のお金だ。ある意味、未来のお金以上に価値が無い。
他の人はともかくとしても、集落の中で唯一親切にしてくれた大長に嘘を吐くのは心苦しい。だからといって、馬鹿正直に全てを話した所で、信じてもらえるはずがない。全力のゲオルギウスの刺突を躱す方が、まだ可能性はある。
嘘も方便。別段、全部が嘘という訳ではない。彼が失敬した食料分の代金を置いて行こうとしたのは事実だ。
「それはそれは。大変な苦労をなさったようで。命あるのは、13神のご加護かもしれませんな」
人の良い大長は、レイの作り話を信じてくれた。ヨシツネの拳に皺だらけの手を乗せて、安心させるように言う。一方で、ムワイやミエリッキは顔に信じ難いと書いてあった。
「信じ難い話だ」
実際に口にしたのはムワイだ。大長の息子の代わりに青年団を取り仕切る男は、先の騒動でヨシツネが使った毒煙にやられて気絶していた。その事を怨みに思っているのか、厳しい視線を向けた。
「どうも、胡散臭い。お前たちに都合のいい話のように聞こえる」
室内の空気が緊張した物へと変化する。ムワイと同じなのか、ミエリッキも眼光を鋭くしてレイ達を見つめた。応じる彼らも、自然と身構えてしまう。
だが、それも長くは続かなかった。
ぱしんと、乾いた音が響き、レイ達は軽く驚いた。
ヨシツネの手を掴んでいた大長が、ムワイの額を手で叩いたのだ。
「こりゃ、ムワイ! お前さん、何時から人を疑うようになったんだい」
「いや、しかし、大長」
「しかしも案山子もありゃせんわ」
大長に叩かれたことで強面が一瞬にして溶けてしまった。途端、室内の空気から険悪な物が蒸発した。
ムワイも、気が削がれたのか。頭を面倒だと掻くと、仕切り直すように咳払いをした。
「うぉっほん。……まあ、此方としては、アンタらの事情なんか知りたくもないし、詮索するつもりも無い。食料泥棒が捕まり、被害にあった分をきちんと支払うって言うなら、これ以上事を荒立てるつもりはない」
言って、ミエリッキに視線を向けた。この場において役人である彼女の立場としてはどうなのだと尋ねていた。
「……入国管理局としての意見を述べさせてもらうなら、不慮の事故によって入国した場合は、正規の手続きを経て再入国となります。ですが、そちらの方が経緯はどうあれ、食料を盗み、この集落において薬物を用いて住民を昏倒させたのは事実。それらの事を考えれば、慰謝料を支払った上で国外追放と一年間の入国禁止が妥当かと」
「まあ、そんな所だよな。再犯の意思も無いのなら、収監して強制労働まではいくまい」
大長とムワイ、そしてシアラの三人が彼女の下した判断に同意を示すように頷いた。
罰が覚悟していた内容よりも軽い物だった事にレイは内心胸をなで下ろした。
当初、ヨシツネを集落の人の前に出すのは危険だとリザとシアラは反対した。彼がした行為を重く判断されれば禁固刑もあり得た。ただでさえ、彼の身元はこの時間軸に無いのだ。下手に探られれば、レイにまで疑いの目が向けられかねない。
かといって、国の官吏に歯向かえば、事態は大きくなり、収拾がつかない恐れがあった。それならば、このまま捕まえる事が出来なかったと報告して、ヨシツネには一人で国境の壁を越えて貰った方が穏便に済む。
しかし、レイはそれを良しとしなかった。
理由の一つとして、審判官の問題があった。この先、ヨシツネが審判官の前で犯罪行為の有無を聞かれて、今回の事が露呈した場合、遡って責任問題になるかもしれない。それに、腕の立つ食料泥棒が未だに潜伏していると思い警備隊がこの辺りに集中して、警備の手薄の場所が出来てしまったら、猫人族の集落と同じ事が起きるかもしれない。
それは余計な悲劇を生む。
例え、本人に止まれぬ事情があったとしても、した行為の責任はきちんと清算するべきだ。
そう考えたレイは二人の意見を退け、こうして会合の場を設けた。レイはミエリッキに対して二つの袋を用意した。
「これらは、なんでしょうか」
「慰謝料です。左の袋にはこの集落で彼が失敬した食料の代金と、ムワイさんを始め数人を昏倒させた分が含まれています。その隣は、彼がここを除く七つの集落で盗んだとされる分の代金です。こっちは七等分してください」
「お前が肩代わりをするのか。随分と、物好きな奴だな。縁も所縁もないんだろ」
ムワイが呆れたとばかりに言うが、縁はある。
世界崩壊から逃れ狭間の世界に囚われていた彼が脱出できたのは、間接的にはレイ達に責任があり、落ちてきた場所がこの国だったのも《トライ&エラー》による因果を重ねた結果かもしれない。
どちらにしても、関わると決めた以上は、最後までも責任を持つべきだとレイは考えた。
ミエリッキが中身を確認して、
「これだけあれば、十分でしょう。政府の方から、これが行き渡るように手はずを整えます」
「それで、お願いします。そして、これとは別に、此方を納めて下さい」
レイが懐から取り出したのは、一枚の小切手だ。額面を見た大長が血相を変えた。なぜならその額は、集落が納める事になる税の数年分に当たるのだ。
「レイ殿。これは、何なのでしょうか」
「《ミクリヤ》から、この集落への見舞金です。この先、何かと苦労するでしょうから、その足しにでもお使いください」
言葉に嘘は無い。ただ、本心を余すことなく説明している訳ではない。
集落が甚大な被害を受けて、存続するかどうかの瀬戸際。これから先、何かと入用になるだろうと見越して、この小切手を差し出した。額面は、《ミクリヤ》の残りの財産の半分を超えている。ゲオルギウスの血をテオドールに売った時の代金も残り僅かだ。
まさに身銭を切る行為は、彼らを助けたいという気持ちからではない。
エトネの為だ。
将来、この地に戻ってくることを誓っている彼女が、少しでも受け入れやすくなるならばと考えての行動だ。札束で殴っているような後味の悪さはあるが、この際無視をする。
「おい、冒険者。まさか、この金を払ったから、何もかも遺恨を流せと言うつもりはないだろうな」
横から覗きこんで、額面の大きさに反発心を抱いたのか、ムワイの瞳に険が宿った。野獣めいた威圧をレイは正面から受け止めた。
「そんな事は一言も口にしていないでしょう。金を積み上げて解決する内容なら、そうするつもりですが、これはそうじゃない。違いますか?」
「なら、この額は何だ。はっきり言って、気持ちが悪いぞ。お前にとっては、ただの仲間。なのに、こんな金額をポンと出すのか」
「出すさ。だって、僕にとって、それだけ大切なんだから。貴方がたの境遇が哀れになったから差し出すんじゃなくて、エトネの故郷だから、復興の足しにして欲しいと出すんです」
臆面もなく、恥ずかしさすらなく言ってのけたレイに、ムワイは目を丸くした。そして、腹の底で爆弾が作動したのかと思うほど笑い出した。
「ははははは! 何とも、変な奴だ。だが、悪くない。……大長、受け取りましょう」
「ムワイ。貴方、この者達から金を受け取るつもりなんですか。こんな忌子の仲間の金なんて、汚らわしい!」
ミエリッキが激昂するも、ムワイは同胞の軽蔑を軽く受け流して、
「金は金だ。汚い手段で集めた、犯罪の金なら受け取れないが、そうじゃないだろ。この坊主の言う通り、この先集落を存続させるにしても、バラバラになるにしても、纏まった金は必要だ。実際、長はそのための資金繰りも兼ねて奔走しているんだ」
汚い物を見つめるようにするミエリッキとは対照的に、ムワイはあっけらかんと、何でもない風に小切手を掴んだ。
「俺は有り難く受け取るべきだと考える。大長、貴女の判断を聞きたい」
「……儂は、ここのまとめ役を降りた身じゃ。長の役目は息子に、その息子が不在の時の判断はムワイ。お前さんがするべきだ。儂は何にも言わんぞ」
それは事実上の黙認だった。この答えにショックを受けたのか、ミエリッキは傷ついたように息を呑み、
「大長! ……失礼します!」
と、足早に庵を飛び出してしまった。勢いよくしまった引き戸が庵を震わした。彼女の怒りを表していた。逆に静かになった庵に大長のため息が響く。
「申し訳ありませんな。あの子は昔から頑固と申しますか、いささか潔癖症のきらいがありまして。幼くして父母を亡くした反動なのでしょう。正しくあれ、里の為に為る事をしろと自分に言い聞かせており、エトネや皆様に対する態度は、そのせいでしょう」
「いささかってもんじゃないでしょ、あれは。おちびに対して、完璧に殺意をこじらせてるじゃない」
ぼそりと呟いたシアラをリザが窘めたが、彼女の言う通りだ。
いまだに、彼女の中にある殺意は萎えず、言動の端々にそれを感じていた。
「……兄との仲が良かった分、色々と思う所があるんだろうな。さて、御一同。悪いが、アンタらが集落をうろついていると、やはり周りがざわついてしまう。出立は明日と聞いたが、今晩は庵からなるべく出ないでくれ。特に、お前さん方はな」
ムワイが指差したのはエトネとヨシツネだ。彼らの立場は、集落の中で微妙な事になっている。
片や集落を壊滅させた忌子で、片や青年団や冒険者を一蹴した凄腕の食料泥棒だ。集落の人々には刺激が強いだろう。
「一応、俺の方からこの金の事と、食料泥棒に関する件は片が着いたと皆に知らせるつもりだ。それでも、やはりアンタらが表を歩いてるのは、な。だから今夜はここで篭っていてくれ。食事も運ばせる」
少々過敏かもしれないが、ムワイの説明は納得できる。レイとしても、余計なトラブルは避けたい。
「それでいいかな、二人とも」
「エトネ、だいじょうぶ」「主殿の御采配に」
「よし。それで、食事に何か希望はあるか。といっても、大したもんは出ないがな」
すると、ヨシツネが目を輝かせながら、
「米を所望します!」
と、叫んだ。
あまりの大声に、庵の壁は震え、大長は魂が抜けた様にびっくりした顔をした。周囲の反応にヨシツネは何事も無かったように居住まいを正すが、耳が赤いのを見逃さない。
「ぶはははは! 相当、うちの米が気に入ったようだな。なら、待ってな。山盛りで持って来てやるぞ」
ムワイの言葉は嘘では無かった。
しばらくして、庵に運ばれた食事は山のように握られたおにぎりだった。付け合わせは大根などの漬物だった。
初日は野菜のスープにパンだったのに比べれば、量はあるが、見た目では劣っていると言えなくも無い。それを気にしたのか、給仕に来た大長は、
「もう少し、食料に余裕があれば色々と足せたのですが。ただの塩むすびで、何とも侘しい限りで恐縮ですな」
と、恥ずかしそうにしていた。
どうやら、初日に米料理が出てこなかったのは、外部からの来訪者に出せる水準の料理を作れないという見栄が原因だった。今夜は此方からリクエストをしたから出てきた。
「いえいえ。十分、御馳走ですよ」
お世辞では無い。冒険者家業をしていると豪華絢爛な、贅を尽くした料理よりも、量が多く取れる方が喜ばしい。リザ達も山と積まれたおにぎりに嬉しそうにしていた。注文を出したヨシツネなどは端正な顔が崩れそうになるのを必死に堪えつつ、視線はおにぎりへと向いていた。
「それでしたら、助かります。それでは、ごゆるりと」
大長が出ていき、いただきますの合唱が終わるやいなや、ヨシツネは手を伸ばした。右手におにぎり、左手におにぎり。取られまいと確保しているのだろうか。あっという間に一つを食べきると、次のおにぎりへと取りかかった。
「……なんていうか、凄い食いっぷりね。これなら、食糧庫に忍び込むのも、仕方ないわね」
シアラが少量の嫌味を混ぜると、ヨシツネはすまなそうに目を伏せた。もっとも、手におにぎり、口内におにぎりは変わらない。それを飲み込んでから、彼はしゃべり出した。
「申し訳ござらん。ただ、何分拙者の特殊技能は効果の代償として腹が空いてしまうので。極端な話、一日食べなければ、死ぬこともあり得るのです」
「変な代償を要求するんだね。ご主人さまのとは大違いだ」
その通りだ。これまでに自分以外の特殊技能を幾つか知ったが、その中でも食事を取るのが代償というのは初めてだった。
「もし、問題が無ければ、その技能がどういうのか教えてくれないか。それと、君の戦い方を。これから先、一緒に戦うのに、知っておきたい」
『招かれた者』のみならず、特殊技能を保有している者は、あまりその力を語りたがらない。とはいえ、この先旅をしていくのに、相手の事を何も知らないのでは、いざという時に困る。
ヨシツネは食事の手を止めると逡巡する様子も無く、
「畏まりました。主殿に我が技、お預けします」
と、述べると自分の長布を手に取った。
「拙者の戦い方は、基本は隠密でござる。正面からの打ち合いを避け、毒や罠を用いて相手を弱らせ仕留めまする。それが駄目だったときは、この長布と小太刀を用いた近接戦闘となります」
口元を隠す長布は、あの夜と同じように一人でに動き出した。
「それが君の特殊技能なのか。さしずめ念動力と言う事かな」
「念動力? 分かりかねますが、これは能動的技能、《天ノ羽衣》でござる。首元に巻いた長布限定ではありますが、自在に動かし、高所から滑空も出来ますし、これこの通り」
まるで自分のもう一つの腕のように長布を動かすと、ヨシツネの体が浮きあがった。
「嘘でしょ。浮遊まで出来るの!」
驚くシアラだったが、エトネがちがうよ、と否定した。
「ぬののはじから、いとがのびてるよ」
彼女の言う通り、長布の両端から糸が伸びて壁に突き刺さっていた。それだけでなく、糸は体にも巻き付き、天井へと伸びている。おそらく、精神力を流し込んで、糸の張力を強化しているのだろう。
「体をもちあげているのですか。……あの時、小瓶が倒れたのはこれが原因ですか」
「その通りでござる。そして、これが拙者の特殊技能でござる。刮目願いたい。是よりは、種も仕掛けも御座いまする!」
言葉と共に、くるりと中で回ると、不思議な現象が起きた。なんと、ヨシツネの体が縮んでいくのだ。来ている衣服共々、ぐんぐんと。まるで雛馬車と同じだ。
ほんの数秒で、彼の姿は庵から消えてしまった。
ただし、居なくなったわけではない。
目を凝らせば、米粒と同じ大きさになったヨシツネが床で手を振っているのが見えた。
「凄いな。これは大したもんだよ」
素直に感嘆すると、ヨシツネは先程の逆回しのように巨大化してみせた。
「名を、《ジャックス・スプラット》。自身の大きさを自在に変化させることが出来る力でござる。これを使えば、如何なる場所にも潜入できると自負しております」
一見すると地味な能力だが、彼の特性と相まって非常に有用な力だ。例えば、どれだけ堅牢な施設でも、扉の隙間や、床の小さな穴などに潜り籠めてしまう。
「食糧庫に忍び込んだのも、その力なの」
「そうでござる。拙者は、《動物ノ友》という技能も持っておるので、小動物ならばある程度操る事が出来ます」
小動物というフレーズに、何かを思い出しそうになると、先んじてエトネが呟いた。
「モモンガ」
「そうか。あの時、食糧庫の下をモモンガが潜り抜けた。もしかして、操っていたのは」
「拙者でござる。あの背にしがみ付き、力を借りて床から侵入したのです」
自分たちと青年団の警備を簡単に掻い潜れる訳だ。
「もっとも、レイ殿たちの冒険者なる稼業は、モンスター退治が多いとエリザベート殿から伺いました。正直、モンスター相手に、人相手に研鑽を積んできた拙者がどこまで通じるのかは分かりかねますが、この身が尽きるまで、お供させて頂きます」
レイの前で膝を突き、ヨシツネは誓いを立てた。リザやシアラは何かを言いたそうにしているが、レティやエトネ、そしてレイは彼を歓迎するように笑った。
《ミクリヤ》に新しい仲間が加わった瞬間だ。
そして、夜は静かに通り過ぎて、出発の朝を迎えた。それは、レイが体験した事の無い、冷ややかな空気の中だった。
読んでくださって、ありがとうございます。




