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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第9章 故郷
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9-35 ミクリヤレポートⅢ

 真実だと思っていた物が、オセロの駒のようにくるり、くるりと裏返っていく。何が本当の事なのか、それを確かめる術を持たない自分は、大荒れの海を漂流する小舟のようだ。


 しんじつへの羅針盤を無くした、沈没寸前の船だ。


「13神が本当は12神だとして、どの神が偽神なのか分からない以上、打てる手は無いに等しいわね。アンタが神について、もう少し知っていてくれたら、話は早いのに」


 残寝そうに言われて、ヨシツネはすまなそうに頭を下げた。


「面目ない。拙者の仕えていた主君の国が、光の神ヘリオスなる神を崇めていたのは聞き及んではいたが、それ以外の神についてはとんと」


 ヨシツネが居た時代は、今のようにエルドラドに神々が直接介入できる時代。それならば、神への信仰が篤く、盛んだと思い込んでいた。ところが、実際は違うようだ。


「神との対話が可能な分、一柱の神とより親密となり、他の神との交流は皆無となっておりました。それに、対話が出来るとはいえ相手は神。それこそ国の中枢や、重要人物でも無ければ言葉を交わす事も出来ません。拙者のような身分の者にとって神とは、居て当たり前の存在でした。いちいち、他の神を覚えているようなのは、神職でもなければおりませぬ」


「ヨシツネさまの時代は、無神時代から更に千三百年。それだけ長い時間があれば、神への信仰にも変化が起きるかもね」


 宗教の歴史を知るレティの言葉に納得する。正直、ヨシツネが覚えていてくれればと思ってしまうが、知らないのなら仕方ない。それよりも、一度に大量の情報を得た事で、脳が悲鳴を上げ始めた。既にエトネはぼんやりとした顔で空を見上げていた。


「……話が複雑になってきましたね」


 次々と明らかになる驚愕の真実は、精神を削る劇薬に似ていた。消耗が激しいのか、青い瞳に疲れを浮かべていた。


 気が付けば、寂寥とした森を夕暮れが染めていく。どこか、龍刀の炎を想起させる色に、コウエンを喪った痛みが胸を襲った。それを抱えつつ、レイは、自分の鞄から手製のノートを取り出した。


 表題は、ミクリヤレポート。


 旅の間に得た情報や、思いついた推測を纏めた物だ。絡み合った糸を解す為にも、レイはこれまでの議論で判明した事実と疑問と可能性を文字に落とし込める。


「まず、確実に言える事は、僕が御厨玲で無かった事と、本物の御厨玲は『招かれた者』としてエルドラドに来ている事。この二つは確実だろう」


 箇条書きの部分に強調する為に波線を引く。自分の主観ではあるが、ここが疑念の始まりだ。


「ここで疑問なのは、『本物の御厨玲』が何者として転生したのかという点よね。主様の記憶に、それは無かった。それと、13神、あるいは12神の誰が御厨玲をこの世に招いたのか」


「そうだね。そして、何者かは彼の記憶を僕に植えつけ、神々の記憶などを改竄した、言ってしまえば黒幕が存在する。この黒幕は一人、ないしは複数居ると仮定しよう。そのうちの一人に、『本物の御厨玲』が居る可能性は高い」


 黒幕。


 その二文字を目にすると、言葉に出来ない感情が腹の底から湧いてくる。自分を操り、縛りつけ、この世界で何かをさせようとしている。消して表舞台に出ようとしないのは、暗い沼地で獲物を待つ捕食者に似た不気味さがあった。


 自分が来たせいで、運命が狂った人は大勢いるはずだ。その人たちの無念の怨嗟が自分を通っていく。


 許せない、許してはいけない。


 許せるはずがない。


「おにいちゃん? だいじょうぶ? おなかいたいの?」


 知らずに鉛筆を固く握りしめていた。エトネが心配そうにするのを何でもないと言い繕い、作業に戻った。


 すると、レティが可愛らしい眉の間に皺を作りながら、


「神さま達の記憶が改ざんされているとして、『本物の御厨玲』を呼び出した神さまも記憶を改竄されているのかな。それとも、その方は改ざんをされてないのかな」


「どちらとも言えないな。仮に後者だとしたら、その神も黒幕の一人だと言える。だから、黒幕は複数の可能性もあるんだ」


 言いながら、鉛筆を走らせる。黒幕候補の欄に、『本物の御厨玲』の後に、『御厨玲を召喚した神』と記した。


「そして、もう一つ。ヨシツネの言う通り、エルドラドを管理する神が13神ではなく、12神だとしたら、二周目げんざいのエルドラドにおいて神へと成った者が居る。そいつは恐ろしい事に、人々の認識のみならず、無神時代よりも前の歴史的証拠などを改ざんして、初めから神の数は13だったとして、何食わぬ顔でその列に収まっている。こいつも、黒幕の一人として記しておこうと思うけど、どうかな」


 レイの問いかけに、反対意見は無かった。


 黒幕の欄に記された三人目は、『神へと至った者』だ。


「黒幕の一連の行動には共通点がある。それは記憶や認識などの改竄だ。僕に御厨玲の記憶を植えつけたり、他の神に自分も昔から存在していた神だと誤認させている。……そんな芸当が出来るかもしれない存在は一人しかいない」


 レイは黒幕の欄に、その名前を知る。


 否、名は知らない。顔も、性別も、年齢も、人なのかどうかすら知らない。


 一つだけ知っているのは、そいつこそが終わりのきっかけを生み出したと言う事だ。


 記されたのは一言。


正体不明アンノウン』。


「『七帝』最後の一角にして、神すら正体を掴めなかった。こいつが黒幕の中に居るのか、あるいは他の候補がそうなのかもしれない」


『本物の御厨玲』、『彼を呼んだ神』、『神へと至った者』、『正体不明アンノウン』。


 この中に、自分をこの状況へと追いやり、世界を混乱させ破滅へと導く黒幕が居るのだ。


 不思議な事に、名前を見つめているだけなのに、圧迫感で胸が押しつぶされそうになる。薄布の向こうで隠れて、全てを操っている存在への畏怖とでも言うのだろうか。


(今は、そこで笑っていろ。全部が思い通りに進んでいると、高みの見物でも決め込んでいろ。だけど、いつか。いつか必ず、お前らを引きずり出して、全部の責任を取らしてやる。―――覚悟していろよ)


 自分だけでなく、多くの者の運命を弄ぶ存在へと挑戦状を叩きつける。


 瞳に炎を宿し、レイは固く誓った。


「状況は整理できたけど、八方塞がりよね。相手の目的は不明、所在も不明だったり、あるいは神の領域だったりして手出しできない。どこから手を着ければいいのかしら」


 考え込むシアラの声に、レイは現実へと戻された。確かに、それが問題だ。


 元から情報不足の『正体不明アンノウン』はともかくとしても、残りの三人の内、二人は神だ。既に地上に残された神々の記述は改ざんされているため、神に着いて調べたところで、それが正しい情報なのかという猜疑心が付き纏う。


 残った人物は一人しかいない。


「だとしたら、調べるのは残った一人だ。『本物の御厨玲』。彼が十三人の『招かれた者』の一人なら、この時間軸のエルドラドに存在したのは間違いないはずだ。彼が誰に転生したのか、あるいは転移したのか調べて、辿って行けば、何か分かるはずだ」


 現状、正体が判明している『招かれた者』は自分を含めて八名。


『冒険王』エイリーク、『魔王』フィーニス、『勇者』ジグムントの三人はエルドラドに来る前の来歴が判明しているため除外。


『英雄』イーフェ、『賢者』ウィルヘルミナ、『科学者』ノーザン、『聖騎士』イカロスの四人は此方での活躍は知っているが、来歴に関しては不明だ。特に、ノーザンは魔法工学の道具に対するセンスや命名からして、日本人である可能性は非常に高い。ともかく、この四人は保留だ。


 そして、未だに名前すら知らない五名については―――、とそこまで考えてレイはあれ、と声を上げた。


「どうかされましたか」


「いや。ちょっと気になったんだ。……『神へと至った者』も、『招かれた者』を呼んだって事はあるかな?」


 レイの疑問にリザとシアラは顔を見合わせた。その発想は、彼女らの中に無かったようで、三色の瞳に思案の影が射し込んだ。


「それは……十分にありえます。自身に疑いを向けられないように、『神へと至った者』が誰かを招いた。……それが『本物の御厨玲』と言う事もあり得ます」


「逆に、記憶や認識を自在に操れるとしたら、『招かれた者』は主様の時点で十二人全て呼ばれている、という風に改ざんしている可能性もあるわね」


 二人の意見はどちらも等しく可能性があった。


 とはいえ、調べるべきなのは『招かれた者』であるのは間違いない。


「まずは、僕を除いた『招かれた者』を調べよう。特に、いまだに名前も知らない五人を念頭に、『科学者』、『英雄』、『賢者』、『聖騎士』の四人がエルドラドに来る前は誰だったのか。どんな世界からきたのかを知る必要がある」


「そうですね。現状、調べられる人物というのはそれぐらいしかありませんね」


「それはどうでござろうか」


 否定の声は外野から飛んだ。ヨシツネはレイ達の議論を一つ離れた場所で窺っていたが、何か思う所があるから口を挟んだようだ。


 リザは否定されて気分を害したのか、あるいはまだヨシツネに対して警戒心を抱いているのか語気を強めつつ尋ねた。


「どう、とはどういう意味でしょうか」


「話を聞いている限りでは、敵方の中に記録などを作り替える者が居るようで。だとしたら、『本物の御厨玲』なる人物の記録を改竄されているのでは」


「む。……それは、そうかもしれませんね」


 ヨシツネの鋭い指摘にレイ達は沈黙した。黒幕の中に記憶や認識を改竄できる相手が居る以上、これから先は手に入れた情報が偽物だと疑ってかかる必要がある。


 記憶と認識の改竄。それがどの程度の規模で、どれだけ自由に扱えるかは不明だが、こと情報戦となれば最強に近い能力だ。


 これは想像以上に厄介だ。


「……それでも、全くの無駄にはならないはずだ。クロノスは僕の事を最後の『招かれた者』だと言っていた。つまり、既に『招かれた者』の内に『本物の御厨玲』は居て、それを改竄したとしても、代役カバーストーリが必要になるはずだ」


「『本物の御厨玲』の代わりに、誰かが『招かれた者』として世界に記されたと」


「ああ、そうだ。そこを足掛かりに調べていくしかない。学術都市は調査にうってつけだ。何しろ、あらゆる叡智が集まる場所なんだろ。だったら、昔に活躍した誰かの足跡を辿る事も出来るはずだ」


「そうね。それと並行して、聖域がどこにあるのかを調べましょう。あそこだったら、クロノス様に直接話をする事も可能でしょ」


「聖域というのは何の事で?」


 ヨシツネが首を傾げると、レティが答えを教えた。


「聖域ってのは、この無神時代において神さまとお話が出来る場所の事なんだよ。でも使えるのはご主人さまのような『招かれた者』だけなんだ。知らないの?」


「拙者の時は、そのような場所は知らされておりませぬ」


「多分だけど、遊技場だったころは、神様と『招かれた者』が接触するのを禁止していたんじゃないかしら。世界を俯瞰で見る、文字通り神の視点を遊戯に持ち込んだら興ざめでしょ」


 その可能性は十分に考えられる。ヨシツネが聖域を知っていれば、話は早かったのにと肩を落としていると、空を見るのも飽きたのか、何かを考え込んでいるエトネが目に飛び込んだ。


「エトネ。長々と話をして、疲れたかな」


 レイの問いかけにエトネは首を横に振った。なら、どうかしたのかと重ねて問うと、彼女は萌黄色の瞳でレイをじっと見つめた。


 無垢その物の瞳に見つめられて、レイは何故か心に影を宿した。


「どう、したんだ。エトネ」


「うんっとね。ひとつ、わかんないことがあるの」


「分かんないことだらけでしょ。ワタシだってそうなんだから、気にするんじゃないわよ」


「うん。……でも」


 シアラにフォローされるも、やはりどうしても納得できないのか、エトネはレイを見つめたまま、躊躇うことなく言葉を発した。


「おにいちゃんは、なにものなの?」


 飾り気も迂遠な言い回しも無い、真っ直ぐな言葉。それだけに、彼女の放った言葉はゲオルギウスの槍をも超えた。


 傍で様子を見ていたリザやシアラが天を仰ぎみて嘆息した。


「ちょ、ちょっとエトネ! それは……その……ああ、もう!」


 レティは声を荒げるも、それ以上言葉が出なかったのかもどかしそうに首を振る。


「怖れ知らずのアンタの妹よりも凄いのが身内に居たわね」


「ええ。……一番聞きたいことでしたが、レイ様が触れようとしないからあえて黙っていたのですが。……幼いというのは厄介ですね。疑問に躊躇しようとしません」


 リザとシアラが囁き合うのを余所に、レイはエトネが純粋だからこそ発してしまった言葉に衝撃を受けていた。


 自分が何者なのか。


 それに対する明確な答えは、自分の中に存在していない。


 御厨玲としての記憶が植えつけられた物であると判明した以上、レイとしての証は、彼女らと過ごした旅の記憶だ。だが、エトネが尋ねているのはそれよりも前だ。


 御厨玲としての記憶を植えつけられるよりも前の、レイと名乗るよりも前の自分は―――はたして誰なのだろうか。


「部外者が口を挟むのもどうかと思ったのだが、拙者も同意見でござる。おなご衆が触れないのは気を使っているからだろうと推測できたが、レイ殿が何も言わなかったので、何かあるので?」


「……いや。単純に、僕自身がそれと向き合うのが怖いんだろうな。自分が何なのか調べて、とんでもない秘密が出てくるのを、無意識に恐れていた。だから、考えようとしなかったんだ」


 しかし、向き合わない訳には行かない。


 自分が御厨玲ではないと分かった以上、自分が誰なのかを、何者なのか知ることから逃げてはいけない。


「『招かれた者』を調べるよりも、もっと重要な情報源がここにあったなんて。……黒幕が、僕に暗示を掛けたのは、僕が『本物の御厨玲』じゃないと知るのを防ぐためよりも、僕が何者なのかを知られては不味いからなのかもしれない。だから、僕の元々あった記憶にも手を加えているんだ。思い出せる記憶は、断片的で、酷く不鮮明だ」


「断片的にしか思い出せないのですか?」


 リザの問いかけに、レイは頷いた。


 レイとしてクロノス達の前で目覚めるよりもずっと前。


 思い出せた記憶は草臥れたビデオを再生するように、映像は所々が黒く潰され、シーンが飛んでいる。それでも分かった事は幾つかある。


 自身の心象風景と全く同じの、命なき大地。


 時間の流れすら曖昧になるまで続いた孤独。


 死ぬことすらできず、存在するだけの地獄。


 そこに現れたのが、フードを被った謎の人物。


 彼は言った。


「―――今日から、君が御厨玲だ。そこで記憶は途切れるんだ。後はクロノスの前で目を覚ます所まで飛ぶ」


 レイが思い出せた記憶をできる限り説明し終えると、シアラは細い顎に指を当てて考え込む仕草をした。


「君が……その言い方だと、間違いなく『本物の御厨玲』を知っているわね」


「そのフードの人物がそうなのか、あるいは知っているだけの別人なのか。そこまでは流石に判断できませんね」


「そうね。大体、赤灼けた空に草木も生えない乾いた大地が延々と広がっている場所、ってのがどこなのよ。エルドラドなのか、それとも別の空間とか、あるいは世界とか。他に情報は無いの?」


「残念ながら、無い。影法師か、コウエンなら別かもしれないけど、影法師が素直に教えてくれるはずがないし……コウエンは……もう」


 失った者の名にリザ達も沈んだ表情を浮かべた。手にある龍刀はどこか冷たさを孕んでいた。


「……いつまでも落ち込んでいたら、彼女に蹴り飛ばされるな。とにかく、方針を纏めよう。学術都市に向かうというのは変わらないけど、調べる内容が変わった。……いや、旅の目的が変わったと言うべきかな」


 ほんの僅かな間に、自身の中で真実だと盲信していた事が偽りだと発覚し、正気を揺さぶられる出来事の連続に自嘲気味に呟いてしまう。


 それでも、前を向かなくてはいけない。コウエンの最期の言葉通り、諦めなければ敗北はありえない。


「元の世界に戻るという目的は、一度棚上げだ。僕は誰なのか。誰が黒幕なのか。その目的は何なのか。それらを調べるために学術都市へと向かおう。それが《ミクリヤ》の方針だ」


 レイが言い放つと、少女達は頷いた。しかし、リザだけが何かを言いたそうに口を開きかけた。


「どうかしたかな。何か、問題でも」


「問題、という訳ではありませんが。……《ミクリヤ》という名前を使い続けるつもりなのですか。この名は、御厨玲として付けた名前ですから、その、お辛いのでは?」


 気遣いを見せるリザに、レイは嬉しく思いつつ大丈夫だと返した。


「初めはそうだった。御厨玲である、と宣伝する為にそう名付けた。確かに、僕は御厨玲じゃなかったけど、でも、もう《ミクリヤ》のレイだ。だから、名前は変えないよ」


 偽りの名だったかもしれないが、この仲間達を表す名前となっている。愛着も湧いているため変える気は無かった。


 それよりも、もう一つの問題を片付けない訳には行かなかった。


 レイは視線を傍観者のままのヨシツネに向けた。


 いつの間にか長布で顔の下半分を隠した青年は、泰然とした様子で構えていた。


「さて、ヨシツネ。なんだか、随分とほったらかしで悪かった」


「いえ。拙者の事などお気になさらず。貴殿の方が大変だ」


「そういう訳にもいかないよ。……正直、自分が御厨玲じゃないと知って、『招かれた者いせかいじん』なのかすら分からなくなった分、君に対して親近感を抱いている」


 それまであった彼を突き動かしていた故郷への思いは、他者の記憶を元にした偽りの感情だ。無慈悲な真実と向き合い、自分に帰るべき場所なんて無いと知った時に襲いかかった絶望は計り知れなかった。


 世界全てから拒絶されたような孤独。


 コウエンが引き戻してくれなければ、自我は絶望したまま沈んで消えただろう。


 こうして彼と対峙して思うのは、ヨシツネも同様の物を感じているのかもしれない事だ。転生して、第二の人生を歩んでいたはずの彼は、理解が及ばない内に何もかもを失い、この時間軸のエルドラドに迷い込んだ。彼を知る者は誰一人としておらず、ここは彼の良く知っているエルドラドでは無い。


 その状況を自分と似ているとレイは感じたのだ。


「どうだろう。しばらくの間、僕らと行動を共にするのは」


 レイの申し出にヨシツネは瞳を微かに揺らした。


 刃の下に心と書いて忍び。感情を押し殺すのはお手の物なのかもしれない。


「主様なら言うと思ったけど……一応確認しておくわよ。本気なの? コイツを連れて行くのは結構危険よ」


 シアラが渋い顔を隠そうともせずに言う。彼女の言う危険の意味は理解していた。


 ヨシツネが、この時期に、この国に出現したのは、まったくの偶然なのか。


 もしかすると、彼は黒幕が送り込んだ刺客という可能性もある。本人が覚えていなくとも、記憶を改竄する奴らだ。その事実を自我の奥底に忍ばせて、必要になったら自分の思い通りに動かせるように仕込んでいるかもしれない。


 リザも言葉には出さないが、消極的な反対を雰囲気に出していた。レティは様子見のようで、黙って成り行きを眺めている。


 そんな中で、意外にも賛成をしたのはエトネだ。


「エトネも、そうしたほうが、いいとおもう」


 手を伸ばして、ハッキリと口に出した事に、シアラは意外そうな表情をした。


「おちび。どういう風の吹きまわしかしら」


「このひとも、いくばしょがない。おやも、ともだちも、なかももいない。それは、すごく、すごくさびしいのを、エトネはしってるよ」


 ここにも故郷かえるばしょを無くした者が居た。彼女はシアラの手を取って、懇願した。


「だめ、かな?」


 うるんだ瞳に見つめられて、シアラは思いっきり瞼を瞑り、そして大きな、大きなため息を吐き出した。


「……仕方ないわね」


「やったぁ!」


 シアラが折れて喜ぶエトネを、レティは戦慄と共に見つめていた。


「やるねぇ、エトネ。ミストラルさま直伝の、四十八式篭絡術、女の涙を同性相手に使うなんて。これはあたしもうかうかしてられないよ」


「そんな技、さっさと忘れてくれ」


 レイは一蹴すると、ヨシツネに対して向き直った。忍者は瞑想するように目を瞑っていたが、何かを決心したようにゆっくりと開いた。


「……心残りがあります」


 ぼつりと、呟かれた言葉にレイ達は耳を傾けた。


「拙者を拾い、育て、隠密として目を掛けてくれた主君。あの方の為に、拙者は二度目の人生を捧げようと考えておりました。あの方と、奥方と、五人の御息女に。ですが、全てはあの黒い光に飲み込まれ、消えてしまいました。この世界を管理する神は、時を巻き戻したのでしたな」


 レイはそうだと返した。


「ならば、この時間軸であのご家族が誕生している確率は、白浜の砂粒よりも小さいでしょう。拙者は仕えるべき主を失ったはぐれ者でござる。……ならばこそ、そうした者へと復讐する念がこみ上げてきます」


 髪色と同じ、暗くも艶やかな瞳に静かな闘志が宿る。彼もまた、奪われた者だ。


「レイ殿と拙者は、もしかすると敵が同じかもしれませぬ。その上、一飯の恩義もあります。迷惑でなければ、是非、同道の許しを請いたい」


 固く握られた拳を地面に置いて、頭を深々と下げた。レイは彼に向かって頭を上げてくれと頼んだ。


「勿論だ。此方こそ、よろしくお願いします」


「忝い。ならば、これより目的を果たすまでの一時、レイ殿の事は主殿あるじどのと呼ばせてもらいます。主君はあの方ただ一人ゆえ、ご容赦を」


「呼び方は好きにして構わないよ。それじゃ、片付けも終わったら撤収して……やるべき事をやらなくちゃね」


 レイの言葉に不思議そうにする一同に、彼は呆れつつも告げた。


「ヨシツネの食料泥棒騒動だよ。忘れたのか、君達。とりあえず、謝りに行かないとね」


読んでくださって、ありがとうございます。

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