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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第9章 故郷
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9-29 御厨玲 『前編』

 聞いているだけで心の奥底を、素手で掻きまわされる。耳障りな、錆びた歯車を回すような声は、どこか嬉しそうに弾んでいた。


「ぎゃははは。あれだけ嫌っていたくせに、最近は俺に会いたがってたようじゃないか。悪いな。これでも人気者なんで、お前だけに構っている暇なんかないんだよ」


「……相変わらず、不快な声だな。……ここは、何処なんだ」


 影法師を探そうとして、辺りを見渡せば、そこはいつもの心象世界とは違っていた。赤灼けた空の代わりに、光を放たない暗い空が延々と蓋をしている。足元は乾いてひび割れた大地では無く、薄く張った水面が何処までも広がっている。仄暗く、まるで井戸の底に落ちたような場所だった。


 酷く陰鬱な場所だ。


「おいおい。ここも、れっきとしたお前の精神世界さ。そこを陰鬱なんて、自虐的じゃねえか。自分を甚振って、楽しむ趣味があるなんてなぁ。文字通り、新しい世界の扉を開いたのか?」


「人の考えている事を読むな。……ここも、僕の心の中だって言うのか」


「おうとも。お前さんの心の奥深く。地の底よりも深く、井戸の中よりも昏く、光も射し込まない闇の中。ここで俺は生まれたのさ」


「影法師! 隠れていないで出てこい!」


 叫び声は広大な空間で霞んでいく。重苦しい闇しかないこの場所で、人の形をした黒い影を見つけるのは至難の業だ。


 だが、声は意外なほど近くからした。


「こっちだぜ、レイ。俺は、最初からここに居る」


 声がしたのは背後。レイが振り返り、水面に浮かぶ影を見つめると、それが笑ったのだ。


 あっという間に影は起き上がると、人の形を作り、レイの前に立った。


「お前と俺は、決して離れられない。いつだって、お前の傍に居るんだぜ」


 影法師は馴れ馴れしく肩に手を伸ばそうとした。その手をレイは弾いた。


「戯言は止めろ。……さっさと本題に入れ」


「本題? 何の事だ」


「恍けるな! こうして話し合いの場を設けたのは、お前の方だろ!」


 突如として意識だけを引きずり込まれ、訳の分からない場所に放り出されたのは影法師の仕業だと、頭から考えていた。フィーニスの憎悪を取りこみ、謎の行動をする影法師が、遂に動き出したのだと覚悟していた。


 しかし、予想に反して影は肩を竦めて、


「まさか。今回ばかりは俺の仕業じゃない。こう見えて、俺は公平な男だ。紳士的と言ってもいい。お前に何かする時は、ちゃんと上層まで出向いてやるよ」


「……そんな話を信じろというのか」


「信じるも信じないのも好きにしな。言ったろ? 俺はそんなに暇じゃないんだ」


 影法師でないとするなら、考えられる可能性はもう一つ。


「お前じゃないのなら、まさかフィーニスの憎悪か?」


 レイの心象世界に影響を与えられる存在は全部で三つ。龍刀に宿るコウエンと、レイの罪悪感が生み出した影法師、そしてフィーニスが植えつけた彼の憎悪だ。


 現在、フィーニスの憎悪は影法師によって取りこまれ、どのような状態なのか不明なままだ。ただ、完全に消滅していないのは間違いない。いまだに、夜になれば言葉の形にならない怨嗟が体の内側で木霊していた。


 それに苦しめられ、精神が疲弊しているのを自覚していた。


「フィーニスの人格は、まだ消化しきれてないからな。寝苦しいなら、俺が子守唄でもやってやろうか」


 茶化す影法師をレイは睨んだ。途端、道化師のような存在は怖い怖いと言って距離を取った。


 どうやら、本当に影法師の仕業では無い様だ。ならば、これ以上ここに居る必要はない。


「影法師。お前とはきちんと話を付けたいが、今は外でヨシツネたちを待たしている。だから、お前は後回しだ。ここから出る手段を教えろ」


 告げたレイに対して、影法師はのっぺらぼうの顔に笑みの切れ込みを作る。どこか、人を馬鹿にしたようなそれに、レイの心は苛立ってしまう。


「なんだ、その反応は。何が面白いんだ」


「いやいや。これが面白くなければ、何が面白いんだって話さ」


 影法師の言葉は、掴む事の出来ない霧のように、得体が知れない。しかし、ここを詳しく知っているのは奴だけだと言い聞かせながらレイは辛抱強く繰り返した。


「いいから、早く教えろ。ここからどうやって出ればいいんだ」


「元の場所に戻るのは簡単さ。でも、今はお勧めしないな」


「どういう意味だ。何で止めるんだ」


「だって、なあ。―――お前、死ぬぞ」


 ぞわり、と。


 端的突きつけられた死という単語に、心臓が強く脈打つ。飾り気のない一言だけに、それは妙に重く感じられた。


「それは……脅しているつもりなのか」


 何故か、喉が乾く。


 あり得ない事だ。ここは精神の世界。飢えや渇きは肉体だからこそ起きる現象なのだ。だというのに、喉が張り付き、腹の底が石を飲み込んだように重いのは、精神が影法師の言葉に影響を受けている事になる。


「脅す? とんでもない。これ混じりっ気無しの善意さ。お前を心配して、俺は助言しているんだよ。だって、お前、自分じゃ気づいてないだろうがな……砕けそうだぜ」


「砕けるだと。お前、何を言って―――何だ、これは」


 影法師の指さす方を、自分の体を見たレイは絶句した。何故なら、影法師の言う通り、自身の体に無数のひびが入っていたのだ。まるで、年月や何かが原因で劣化した建物の外観のように今にも砕け散りそうなほど危い。ひび割れは、表面だけでなく、体の内部にも及んでいる。下手に動けば、あっという間に崩れてしまう。


「これは、何が、どうなって」


 混乱するレイに向かって影法師が諭すように言う。


「まずは落ち着きな。じゃないと、お前さん、本当にここで死ぬぞ」


 再び出た死という言葉。その重さに、レイは思わず息を呑んだ。


「ここは魂の領域。精神の世界。ここでこうして会話しているのは、互いの自我が具現化しているからだ。その自我が砕け散れば、それは精神の死だ。《トライ&エラー》が発動するなんて甘い事、考えるなよ。あれは肉体の死にしか反応しないからな」


 影法師の言葉は、レイの混乱した頭に冷水を浴びせる効果があった。


 悔しいが、影法師の言葉には説得力がある。レイは渋々ながら影法師の言葉を信じ、心を落ち着かせた。呼吸を数度繰り返すだけで、体の奥で重石のように圧し掛かっていた不安が和らいだ。


 そうなると、自身の状態を確認する余裕が出来る。自身の心象世界に来ると、防具などは消えて、その下に着込んでいる衣服が表に出ている。今回もそうなのだが、その表面には幾つものひびが地図に描かれた道路のように走っていた。それは胴体だけでなく、腕や足にも伸びている。この分では顔にも伸びているだろう。


 ひび割れた体に痛みは無い。


 レイは確認の為にひびの中に指を入れようとした。しかし、ひびに触れるないなや、全身を貫く悪寒と共に、ひびが広がった。慌てて指をひっこめると、広がりは止まった。


「好奇心、猫をも殺すって言うだろ。先人の言葉にはちゃんと意味があるんだぜ」


「うるさい、黙れ。……これはどういう事なんだ」


「黙れ、って言っておきながら質問とか。我ながらどういう思考回路をしているんだ」


 呆れた口調の影法師を一睨みすると、人の形をした影は降参とばかりに腕を上げた。


「教えてやるよ。お前さんは、自我が崩壊しかけているんだよ」


「自我が……崩壊だと」


 予想していない回答に戸惑う。だが、影法師はレイの理解など待たずに、お構いなしに続けた。


「お前の心象世界。その最奥に居ても、俺はお前の状況が手に取るようにわかった。あの時、お前は何気なく言っただろが、あれは本来ならあり得ない発言だったんだ。そのせいで、お前に掛かっていた暗示が暴走。自我を崩壊させる段階まで来てしまったって訳だ」


「暗示だと。そんなのいつ掛けられたんだ!? いったい、誰にやられたんだ!!」


 身に覚えのない事に記憶を遡らせる。だが、影法師はそんなレイの考えを呼んだ上で無駄と言った。


「無駄だぜ。お前という人格が誕生した瞬間から、その暗示は発動してるんだ。思い出す事なんて出来っこない」


「何を馬鹿な事を言ってるんだ。生まれた時から、暗示を掛けられるなんて、そんな事ありえない。日本で生まれた時から―――っ!」


 口にした途端、頭の中に靄が掛かる。思考が白色の渦に飲み込まれてしまう。


 同時に、体に走るひびが音を立てた。


 これ以上、踏み込めば本当に戻れなくなる。レイは本能でそれを悟るも、影法師はレイに、さらに先へ行けとばかりに囁いた。


「レイ。お前は初めから間違えてるんだよ。思い出してみな。お前はここに来る前、何と言った。何を思った」


 影法師の言葉を道標として、記憶を辿る。ほどなく、その場面は思い浮かんだ。


 リザに白米を懐かしいと思うかと尋ねられ、それに対して―――。


『―――いや、まったく思わなかったな』


 声は自分から発せられた訳では無かった。暗闇が支配する空間に、色が生まれた。なにも無かった空間に、突如として現れたのは一枚の絵。それはレイの視点から見たリザとの会話を再生していた。


「こいつは便利だ。自分と向き合うのに、これほど役立つ物はねえな」


「自分と向き合う。何の為に、そんな事を」


「必要な事だからさ。何故なら、お前さんはここまでだ」


 影法師の一言に、再び心臓が強く鼓動を刻む。それに耐えられない体はひびを走らせた。輪郭しかない顔に三日月のような口を張り付けた影法師は面白がるように言う。


「お前の自我は暗示に耐えられなくなっている。本来なら、暗示はお前に真実を悟らせないために、意識を逸らすだけの役割だった。正解に辿り着こうとすると、そっと行き先を変える。そんな最低限の干渉しかしない。でも、お前が何百という死を耐えてしまい、自我が強固になった。暗示に抗い始めたんだ。そうはさせるかと暗示も強固になっていき、互いは拮抗していたが、ある時、一つの転機があった。……フィーニスの憎悪だ」


「僕が聖印を刻みつけられたのが、重要なのか」


「そうさ。あれは、お前の精神を弱らせる毒だ。そうする事で、意思を屈服させ、お前を魔人にしようとした。結果的には失敗したが、強固になったはずの自我は毒によって穴だらけのスポンジになり、強力になった暗示だけが残されてしまった。憎悪による怨嗟が、自我を瀕死に追い込み、止めに強力になった暗示によって、お前の自我は崩壊寸前だ。今は、自我が自分の心象世界に逃げ込んだから無事だが、表に出れば再び発動する。かといって、ここで待っていても崩壊は止まらない」


 例えるなら、水の中に逃げ込んだようなものだ。水面に浮かべば殺され、かといって水の中に居続ければ窒息死する。どちらを選んでも待っているのは死だ。早いか遅いかの違い。


 ぱん、という乾いた音が闇の空間に広がった。影法師は掌を合わせて、虫を磨り潰すように擦り合わせた。


「ここはお前にとって行き止まりさ。戻る事も、残る事も出来ない袋小路。だからこそ、お前は自分と向き合うべきなんだよ」


 何故なら、と影法師は続けた。


「ここからお前は生まれたんだ。この闇こそ、お前の揺りかごさ、レイ」


 あり得ないと否定するはずの言葉は喉で詰まった。影法師の言葉は、まるで首を真綿で絞めるように、じわじわと追い詰められた。顔の無い影の筈なのに、洞穴の如き瞳に睨まれているような錯覚を味わっていた。


 どうしてだか、影法師の言葉を嘘だと思えない、否定できない自分が居た。


 沈黙するレイに代わり、影法師は話を進めた。


「それじゃ、まずは振り返ろうじゃないか。御厨玲の記憶を、な」


「僕の……記憶?」


 どういう意味だと考えるよりも前に、闇の中に映像が浮かぶ。それは見覚えのある大人たちの姿だ。


 最後に見た時よりも若々しい男女が、自分の顔を覗き込もうとする。どちらも笑顔で、それに対して伸ばした手は驚くほど小さかった。


「これは、赤ん坊のころの御厨玲だな。この映像に映っているのが、両親だな。ふふん、幸せそうな光景じゃないか。平凡だが、それゆえかけがえのない幸せだ。今だからこそ分かる、ってやつだな」


「何が言いたいんだ、お前は。こんなのを振り返らせて何がしたいんだ」


「焦るなよ。全部見れば、分かるはずさ。そら、次の映像が始まるぞ」


 影法師の言葉通りに、新しい映像が赤ん坊のころの映像の隣に出現した。


 晴れた空に満開の桜が掛かり、温かな日差しに目を細めている。周りにはエトネと同じぐらいの少年少女が着飾って集まっている。映像が何時の頃なのか、直ぐに分かった。


 小学校の入学式だ。見覚えのある顔がちらほらと視界の隅を横切っていく。


 それを皮切りに幾つもの映像が同時に再生されていく。


 運動会、遠足、夏休み、授業参観、バザー。


 印象に残っているイベントもあれば、日常の何気ないワンシーンを切り取ったような映像も流れている。それらは正に、御厨玲の半生だ。


「どうだい。これらを見て、どう思うんだ」


 様々な色を発する映像を浴びて、影法師の体はペンキを出鱈目に塗ったペイントアートのようになっていた。


「どうって、言われても。僕の記憶を再現しているだけだろ」


 その答えは影法師にとって期待外れなのか、大仰に肩を竦めて映像の方へと体を向けた。


 いつの間にか、無数の映像は小学校時代を終えて、中学、そして高校時代へと突入していた。


 今でも親交のある友人の顔が頻繁に出ていき、両親の顔もコマ送りのように年老いて行く。


 そして、卒業式を迎えると、すぐさま大学の入学式へと入った。


 となれば、残りは少ない。


 直にあの瞬間へと辿り着くのだろうか。


 果たして、レイの予想通りに、夥しい映像の数は減っていき、遂には一つとなった。


 アスファルトの路面は雨粒に濡れ、大きく蛇行した車のタイヤ痕が残る。傾いた視界を埋めていくように、血が広がっていた。


 クロノスが転移した事によって起きた事故の瞬間の映像をもって、御厨玲の記憶は終わる。


 ふっ、と。ロウソクの火を息で消したように最後の記憶は消えた。後に残るのはどこまで広がる闇の世界だ。


「それで?」


「それで? それでとは随分な言い方だな」


「いい加減にしろ、影法師。お前は、僕の記憶を引きずり出して、何を証明したいんだ」


 影法師へと詰め寄りたいが、体のあちこちにひびが走っている。動いた拍子に足が崩れる恐れがあった。


 それを知ってか知らずか、影法師は視界の届く範囲でで、尚且つ手の届かないギリギリの距離で佇んでいた。


「うーん、ここまで鈍いとは思わなかった。案外、暗示なんかなくても気が付かなかったんじゃないのか、これ」


 腕組みをして、レイを小馬鹿にした態度を取る。レイは目を吊り上げ、


「影法師、答えろ! この茶番は何なんだ!」


 と、叫んだ。


「茶番か。どちらかと言えば、喜劇だぞ、これは」


 酷薄さすら滲ませた声で呟くと、影法師は指を鳴らした。すると、彼の背後の空間を埋め尽くすように、幾つもの映像が流れた。それは、先程まで上映していた御厨玲の記憶だ。


「なあ、レイ。お前に尋ねたいことがあるんだ。正直に答えてくれよ」


 影法師は一拍置くと、レイに対して告げた。


「この映像を見て、何を思ったんだ?」


「何を……だと」


「ああ、そうさ。ほら、見てみな。あれは家族で行った温泉旅行じゃないか。山道を延々と揺らされて車酔いしたんだよな。あっちのは、受験の合格発表を見に行った時のだな。ネットでも見れるのに、わざわざ現地に行くなんて、度胸があるな。あれは、中学の時に、クラスの集まりで行った遊園地か。ちょっと好きだった子の名前、ちゃんと覚えているか」


 影法師は無数に再現される映像の一つ一つを懐かしそうに語りかける。レイはその都度、記憶を頭の中で思い出していた。記憶と、再現される映像に齟齬は無い。どれこれも正しい記憶だ。


「―――それだけか?」


 声は耳元で聞こえた。いつの間にか、影法師はレイの横に立ち、耳元で囁いていた。


「それだけなのか。この記憶を前にして、正しいかどうか、まるで問題の答えが合っているかどうかを確かめる程度にしか思えないのか」


「……ああ、そうだ。それ以外に、何かあるのか」


 答えに偽りはない。レイは本心からそう告げると、影法師は体をくの字に折り曲げた。


 耳朶を震わすのは、歯車が軋む音に似た声だ。


 それが笑い声だと気づくのに、時間を少しばかり必要とした。


「ぎゃはははははははははははははははははははははははは! やっぱり、コイツは喜劇だ。最高に最悪なで最低な、喜劇じゃないか!!」


 狂った哄笑は闇の空へと吸い込まれていき、影法師は突如として体を仰け反らせた。そのまま水面に倒れこむと、溶けるようにして消えた。


 かと思えば、次の瞬間には映像の前に姿を現していた。


「それが答えだ! それがお前だ、レイ! お前は、この記憶を前にして、それが正しい記憶かどうかを確かめるしか思わない!」


 それはどこか、レイを糾弾するかのような叫びだった。影法師は己の中にある怒りをぶちまけるように、記憶の映像を叩いた。映像は乱れ、砂嵐に切り替わった。


「これは! お前の帰りたがっている世界なんだぞ! 馬鹿のように、元の世界に戻る、日本に戻ると口にしておきながら、お前はこの記憶を一瞬でも、懐かしいと思わないのか!? ここに帰りたいと、願わないのか!!」


 びしり、と。体の中で音がしたが、気にする余裕はない。影法師の言葉が、刃となってレイを貫いた。それは、彼が無意識に逸らしていた―――事実だ。


「家族の、友人の、平和だったころの記憶を前に、一瞬でも喜びを抱いたか。ここに居ない現実に悲しみを抱いたか。いいや、お前は何も思っていないはずだ!」


「……違う」


「違わない! 俺はお前から生まれた。お前の思考なんて、嫌でも流れ込んでくるんだよ。いつだってそうさ。お前が、リザやレティ達を前にして元の世界に戻ると口にした時、お前はこの記憶の中に戻りたいなんて、全く思っていない。なあ、教えてくれよ。お前は何処に戻りたがっていたんだ?」


「……違う、違う」


「いい加減に気づけ! お前はここに流れた映像を前にしても、故郷の味を口にしても、それらを懐かしいと思わない。何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――」


「違う、違う、違う!」


「―――()()()()()()()()()


「違うと言っているだろ!!」


 頭の中が荒れ狂う暴風に掻き乱される。思考が纏まらず、息が苦しい。


 元の世界に戻りたいという欲求の根源である記憶。それが御厨玲の物であって、自分の物では無い。


 訳の分からない理屈なのに、どうしてだか否定できない。それは頭の中を侵食しようとする靄のせいなのか、それとも真実から目を逸らそうとしているからなのか。


 すると、砂嵐となっていた映像に変化が起きた。暗闇の世界を切り裂くように色が付くが、それは今のレイにとって太陽に触れるような苦痛を味合わせる。


 映像は、どこかの病室を映し出している。白い、清潔感のある室内に、左右には音を出す機械が並ぶ。そこから伸びた管が、自分の体の至る所に伸びていた。


 作業をしていた看護師が、こちらの頭上へとと手を伸ばす際に、視界の端で信じ難い物が映った。


 小さな机の上に置かれた日めくりカレンダー。そこに記されている日付は、事故に遭った日よりも後を指していた。


読んでくださって、ありがとうございます。

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