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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第9章 故郷
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9-21 狩人の一族

「さて、何もない所でございますが、お寛ぎください」


 そう言って、庵の戸を開けた大長に従ってレイ達は中へと上がる。


 言葉通り庵の中はがらんとしていて、生活感が無い。部屋の中央に囲炉裏があり、火を落としているのか冷たい空気が室内に沈殿していた。


 エルドラドでは珍しく、履物を脱ぎ、床の上に腰を掛けた。大長が炭に火を入れると、爆ぜると音と共に温もりが部屋の中に充満していく。


 だが、暖かくなる部屋の温度とは裏腹に、レイ達の間に漂うのは気まずい雰囲気だ。特にエトネが見るからに憔悴しきっていた。この庵に来る道中も、すれ違った人たちから容赦のない弾劾の言葉や侮蔑の視線をぶつけられ、その度に彼女は頭を下げ、か細い声で謝っていた。


 もっとも、煮えたぎる油のような怒りをぶちまけている側に、彼女の声は届かない。


 ほとんど逃げるようにしてこの庵へと辿り着いた。


 ミエリッキとは途中で別れた。大長の命令だ。彼女が居れば、冷静な話し合いが出来ないという判断だったが、本人は不満そうにしていたが最終的には引き下がった。


「粗茶です。……改めまして、自己紹介を。儂はホスロー地区の狼人ヴォルフ族集落の大長を務めております、ザングと申します。もっとも、大長とは名ばかりの肩書、実権は息子に引き継がせておりますが」


「ご丁寧な挨拶、恐縮です。《ミクリヤ》所属、『緋星』のレイと申します。こっちは、仲間のエリザベート、レティシア、シアラとなります」


「ほほう。生憎と、とんと外界の事には疎いのですが、二つ名持ちとなれば、相当な名うての冒険者ではありませんかな」


「いえいえ。まだ駆け出しの冒険者。二つ名も偶々拝命したに過ぎない、若輩者です」


「御謙遜なされるな。この老体、多少なりとも人を見る目は養っております。こうして膝を突き合しているだけでも、強者特有の空気を感じますわ」


 ほほほ、とひとしきり笑うのに、レイも曖昧な笑みを返した。腹の底は見えないが、ミエリッキや集落の人々と違い話をするつもりはありそうだ。


 すると、大長はエトネの方を伺いながら、


「それで、レイ殿。この子にはエス二ア殿が一緒におったはずですが、彼女はどうなったかご存知ですか?」


「……実は、エトネの母親も旅の途中で亡くなりました。故郷の森でモンスターに殺されて」


「なんと! そうでありましたか」


 大長は神への祈りを素早く唱え、軽く黙とうをしてエス二アの死を悼んでくれた。レイは老婆に、エトネとの出会いから、エルフの集落で起きた事、そして彼女の希望を叶えるために此処まで旅をしてきた事を話した。


 全てをゆっくりと頷きながら聞いていた大長は、気難しそうに腕を組んだ。


「父母が暮らしていた山に戻りたい……ですか。平時ならば、そう難しい話ではありませんが、集落がこの状態ですからな」


 予想通りというべきか、難色を示した。


 レイは一瞬だがエトネの方を気にしつつも、彼女を傷つける事になる質問をした。


「……この集落で起きた地滑りはエトネ母娘のせいだと、貴方はお考えですか」


 表面上は和やかな空気が、一瞬で緊迫した物へと変貌した。だが、質問をぶつけられた大長は表情を変えることなく、


「難しい質問ですな。無関係、と断じられるだけの材料はありません。あの山火事が無くとも、今年の長雨は何かしらの水害があったかもしれませぬ。ですが、あの山火事があったから、このような事態を招いたと否定するだけの材料も無い事は事実ですな」


「仰ることは分かります。確かに、エトネ達母娘が居たからこそ、山火事が起きたのは間違いありません。ですが、山火事を起こしたのは闇ギルドの奴隷商人。彼女は被害者だ」


「ご尤も。ですが、当の奴隷商人等はタノと刺し違え全滅。その時点で死者となってしまえば、彼らに責任を問うのは難しかったです。むしろ、これ以上この母娘に居られることで、報復やあるいは新しい問題が起きる事の方を恐れて、我らは石を投げつけるように追い立てました」


「だとしても、その後に長雨が降るのは、これは自然の気まぐれ、天災です。その責任を、こんな小さい子一人に負わせようとするのは、あまりにも酷すぎます」


「レイ殿の言い分も道理ですが、それを納得するにはいささか被害が甚大でした。押しつぶされた家屋の中には大勢の同胞が。彼らは今も、あの土の下に埋まっております。その者らを思う無念、憤り、苦しみ。どこかにはけ口が無ければ、民が疲弊してしまいます」


 生き残った人々の心理的ストレスを緩和する為に、エトネ達母娘がやり玉と挙げられたのだろう。間接的な原因として想像しやすく、この地に戻って来る事が無いため、どれだけ足蹴に言っても問題は無かったのだろう。


 ところが、憎悪のはけ口が現れてしまったからこそ、彼らもどうすれば良いのか分からずにあのような残酷な対応になってしまった。


 理屈は分かるが、感情では決して納得できる話ではない。


「なら、この地に暮らしていた人として、何より民を纏める責任ある一人として、こうなる事を予想していなかったのですか。予想よりも長い雨にで、地滑りが起きると考えて、何か手を打っていれば、こうはならなかった。貴方がたに非はありませんか」


「そう言われては返す言葉もありませんな。実権を譲ったとはいえ、その非を十二分に受け止めております。……ですが、貧しい集落には、土木工事をするだけの人足を雇う金も、魔法使いを招くだけの伝手もございません。農作業の傍らに、細々とした対応をするので精一杯。それも焼け石に水。震災は、予想をはるかに超えてしまいました」


 大自然の驚異が、人の予想を超える事はままある。その時の無力感、絶望感、そしてそこから生まれる虚しさなどは人の生きる気力を削ぐ。立ち上がらせるためのカンフル剤として、エトネ達は選ばれてしまった。


 大長も、その自覚はあるのだろう。神妙な顔をしたまま、


「儂個人としては、エトネとエス二ア殿に全ての非があるとは思わない。じゃが、大長として、お主らの非を求めない訳にもいかんのじゃ」


「……それじゃ、やはり」


「うむ。申し訳ないが、お主の移住を認める訳には行かん。……もっとも、最終的な判断を下すのは儂では無く息子だろうが、同じ事を言うだろう」


 あの土砂崩れを見た瞬間から半ば予想できた回答だが、エトネには衝撃を持って告げられた。これで彼女は、母の故郷から拒絶され、父と、そして自分の故郷からも拒絶された。


 世界のどこにも自分の居場所が無くなってしまった。


 膝に置いたエトネの手が、白くなるほど固く握られた。萌黄色の瞳は涙で満たされていく。


「理由としては心情的な物もあるが、もう一つ。これだけの打撃を負い、未だに復興にも取り掛かれん以上、儂らもこの地を離れる覚悟をしなくてはいけないのじゃ」


「集落が無くなる、と言う事ですか」


「そうなりますな。国が支援を打ち切る前に、他地区の同族と協議を繰り返しておりますが、やはりここで一からやり直すよりも、別の集落に移住する方が手間はかからんでしょう」


「魔法とかであの土砂をどかす事は出来ないのか、シアラ」


 魔法の専門家である彼女に尋ねるも、秀麗な顔を悲しげに曇らせて首を横に振った。


「できなくはないけど、それを誰も望まないわ。あそこの下に仲間の遺体があるのなら、下手に魔法で巻き込むのを誰も歓迎しないわ」


 言われて、その気持ちが理解できる。


 仮に、道を塞ぐ土砂があり、その下に遺体があるとして、道を復旧する為に知りつつもショベルカーでどかしてダンプで運んで土を余所に捨てると聞けば、誰もが良い顔をしない。


 それと似た話なのだろう。


「移住は出来ずとも、しばらくの滞在は認めよう。お主にとって久方ぶりの故郷。父の墓もあの山にあるのだろう。挨拶をして、心を落ち着かせるのが良かろう」


「……ありがとう……ございます」


 それだけを言って、エトネはふらりと立ち上がった。どことなく虚ろな表情をした彼女を止める事は出来ず、そのまま外へと出て行ってしまった。


「……って、ちょっと待ちなさい、おちび!」


「今のエトネを一人で行かせるのは、問題があります」


 一拍遅れて、レイ達は不味いと騒いだ。集落の人々は、大長ほど理性的ではない。もしかしたら、ミエリッキのように凶行に走る者が居るかもしれないし、あるいは、彼女が懲りずに何かを仕掛けるかもしれない。


 普段の彼女ならば、ミエリッキを含めた一般人相手に危険な目に遭うはずがないが、今は憔悴しきっているはず。自責の念も抱いている。どんな事になるのか、予想がつかない。


 一人で出歩かせる訳には行かない。


「待つんだ、エトネ!」


 叫び、彼女の後を追いかけようとしたレイだが、大長の声が彼を引き留めた。


「お待ちくだされ、レイ殿。少々、お話をしたいのですが」


「えっ? でも」


 大長の穏やかな表情と、開いたままの戸を交互に見ていると、リザが助け舟を出してくれた。


「ここは私達が。レイ様は此方に残っていてください」


 言うなり、三人は飛び出していった。後に残ったのは、レイと大長の二人だけだ。


 大長は自分の飲む茶が空になって新しいのを注ぐと、その味わいに吐息を零し、呟いた。


「しかし、驚きましたな」


 上げた腰を下ろし、どういう事だと思い首を傾げると、


「いやエトネの事です。ほんの数か月前までは、多少は腕の立つ狩人程度の幼子が、あのように責めたてられても立派な振る舞いをする冒険者になるとは。亡き父母に代わり、礼を述べさせてもらいます」


「……僕は何もしていません。エトネが旅を通じて、色んな人の背中から学んだんです」


 これはレイの素直な心境だ。自分は彼女に特別何かを教えた事も、してあげたつもりは無い。ただ、共に旅をしてきた、リザやレティ、シアラにダリーシャス、それにサファやローラン、ミストラル、ラシードといった、生きている限り精一杯力を尽くそうとする人たちとの出会いが、きっといい影響を与えたのだろう。


 それは同時に、旅をしてきたレイにとっての財産だ。


 宝物でもある。


「いやいや。やはり、それは貴殿のような方に出会えたからでしょうな。やはり、旅は人を成長させる。タノもそうして成長しました」


 どこか懐かしそうにエトネの父の名を口にした老人に、レイはふと思った事を口にした。


「あの、もしかしてエトネの父親とは、個人的な関係でもあるのでしょうか」


「ほう。なぜ、そう思われたのですかな」


「勘です。エトネの父親の名を口にした時の貴方の様子や、それに山火事の責任は母娘にあるかと聞いた時、貴方は二人を庇いたいという心情を感じました」


 自分の稚拙な推理を聞いた大長は一瞬だが呆気にとられた表情をした。その反応に間違えたかと思うよりも前に、相好を崩した。


「これはしたり。中々の慧眼ですな。まさにその通りです」


「それじゃ、もしかして本当に」


 自分の推理が当たっていたのかと驚きつつ聞き返すと、大長は頷いた。


「儂は、タノとミエリッキの面倒を見てきた者ですわ」


 ただし、と老婆は先を急ごうとするレイを止めた。


「ただし、正確に言うのならば、あの二人はこの里全体で面倒を見てきた子供たち、と言う事になりますな。少々、長い話になりますが宜しいかな」


「是非、お願いします」


 分かりましたと返した老人は、視線をレイから外し、まるで過去へと向ける様に遠くを見つめた。








 あの二人の両親は、たいそう腕の良い狩人でしてね。父方は、集落で代々狩人をしていた一族。母親は、その弟子の一人、と言う事になります。それゆえ、そんな両親を父母にもつタノとミエリッキも狩人になるだろう。将来、集落を背負う人間になるだろうと期待されておりました。


 というのも、あの山。そう、エトネ達が暮らしておった山を越えると、深い谷があるのですが、そこに迷宮があるのですよ。あまりにも険しく切り立った谷底。普段から人は入らない為、スタンピードが発生しやすい場所で。ええ、そうなると地上を目指したモンスターで、谷底は満たされ、それは酷い有様。その時期が来ると、モンスターたちの遠吠えと金切り声が隣の地区まで届きそうな程ですわ。


 そのような事もあり、山からモンスターが降りてくる可能性があるため、集落では狩人が山の番人として期待されておりました。


 ところが、タノ兄妹が幼い頃、狩人一族は全滅してしまいました。


 不幸な出来事、としか申せませぬな。狩人の手では余りあるモンスターの軍勢に、為す術無くやられてしまったのです。幼すぎたために、家に残されていた二人は無事だったのが不幸中の幸いかと。


 二人の両親、そして狩人総出で時間を稼いだお蔭で警備隊が間に合い、モンスターは撃破されましたが、残ったのは幼い子供二人だけでした。


 この集落では子供は財産という考えがありまして、幼い兄妹は集落全体で育てられたのです。一応、保護者として引き取ったのは長であった夫でした。ちなみにそのような子供が、その時には五人程おりましたので、今更二人増えても、という気持ちでしたな。


 二人は集落の皆に育てられ、大きく成長し、立派な若者になりました。


 そんなある日、タノが言い出したのです。


 自分は冒険者になって、色々な経験を積みたい、と。


 田舎の狩人だけでは集落を守り切るのは難しい。もっと自分を鍛えて、父母の分も、そして育ててもらった恩返しがしたいと彼は言ったのです。


 儂らはその心意気に感銘を受けて、彼を旅立たせました。反対していたのは妹のミエリッキだけでしたな。幼いころから共に成長していた兄が、自分から離れるのが辛くて、あの子は集落を離れる案内人に就いたのかもしれません。


 時が流れ、季節が何度か巡った頃。タノは戻ってきました。


 儂らが見送った時の、まだ青臭さの抜けていない青年は、立派な男となって帰ってきたのです。……横には、エルフの女人、エス二ア殿を連れて。


 これには集落が大騒ぎとなりました。何しろ、伝説の彼方に消えたエルフを嫁に取るとは。儂ら夫婦なんぞ、こんなに美しい人が居るのかと腰を抜かしてしまいましたわ。ははは!


 ……などと、笑いごとで済ませられれば良かったのですが。残念ながら、国が長い事閉鎖的な政策を取っていると、そこに住む民も似たような考えを持つのでしょうか。異邦人を受け入れるだけの土壌が、度量がここには無かったのです。


 エス二ア殿は正式な移住許可証を持っていたにもかかわらず、集落の多くの者が、彼女の移住に反対したのです。その声は日増しに大きくなり、長の力では抑えきれなくなりました。


 身の危険を感じたのでしょうな。あの夫婦は、山を住む場所と決め、そこに移り住みました。


 タノに、この地を離れる事も勧めましたが、あれはあれで頑固なところがありましてな。受けた恩を返す事も無く、離れるなんてとんでもない。体が動く限りは、集落を守り続ける、と息巻いておりました。エス二ア殿も中々の変わり者、タノがしたいようにするのに付き合う。山での暮らしも、森での暮らしも、そんなに変わらないと笑っておりました。


 それは仲睦まじい夫婦でしたな。


 山に移り住んだ後は、タノは時折仕留めた物を持っては、山を降り、物々交換をするようになりました。


 その時に娘が生まれた事を。エトネと名付けた事を知りました。







 大長は長々と喋った渇きを癒すように茶を啜った。そして、後悔の念を滲ませながら、


「儂らが、もっとあの家族を受け入れてやれれば。このような事にはならなかったのかもしれません。……もっとも、今更な話ですが」


読んで下さって、ありがとうございます。

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