9-15 異常行動
街道の端で誰の邪魔にならない様に治療を行うミエリッキを睨むレイだったが、裾を引っ張られて瞬きを繰り返した。
「どうかしたの、おにいちゃん?」
心配そうに見つめるエトネに何でもないと返した。やはり、彼女はミエリッキの言葉を聞いていなかったようだ。
―――「どうして」
エトネに救われた彼女が零した呟きは、耳に焼きついたように離れない。懐疑、動揺、嫌悪、自嘲、様々な感情が短い一言に凝縮され、拭い去るには重すぎた。
(どうして……助けてくれたの? いや、違うな。あれは助けてもらった事に戸惑っている様子じゃない。どうして、助けた? 助けられたことに怒りを抱いてはいるけど、それも微妙に違うんだよな)
どうしての後に続く言葉は何だろうと考えるも、明確な答えは出ず。ともかく、ミエリッキがエトネに対して何かしら含む物を持っているのは間違いなかった。
すると、集団から獣人種が一人近づいた。
先程現れるのと同時に警告を放った警備隊の男だ。
黒毛の豹が直立したような姿の男は、自分をウンババと名乗った。
「警備隊の分隊を率いています。冒険者レイ。改めて、この度はブレイブサラマンダー討伐にご助力頂き、代表して感謝を」
「いえ。冒険者としてもモンスターが暴れているならば見過ごせません。……それにしても、ここは思っていたよりも危険な土地なんですね」
解体作業中のブレイブサラマンダーを眺めつつ、
「あのモンスターは、別の土地の迷宮、その上層部のボスとして戦いました。そんな個体が、地上にまで進出しているなんて」
「誤解しないでいただきたい。普段なら、これほど上位のモンスターが地表に、ましてや人の生存圏に近づくことは、スタンピードでもない限りはあり得ません。ここ半月ほど、モンスターの行動が妙に活発になり、こんな上級モンスターでさえこんな所まで出没するようになったのです」
その説明はミエリッキが口にしていたのと同じだ。
隊長は表情を厳しくしたまま言葉を続けた。
「いま、部隊を幾つか分けて、近隣の集落に安全確認と警告をしに走らせているのですが、どうにも嫌な予感がしまして」
それが引き金のように警備隊が俄かに騒がしくなる。部下の異変に気が付いたウンババは失礼すると辞してからそちらへと向かった。
去っていくウンババに気が付いたリザが不思議そうに、
「どうかされたのですか、レイ様。随分と、騒がしいようですが」
「さあね。よく分からないが、どうやら思っていたよりも状況が悪いかもしれない。急いで関所を抜け―――」
「―――《ミクリヤ》のレイ殿。しばし、しばしお待ちいただきたい!」
自分の言葉を掻き消す必死な声に、レイは嫌な予感が的中したと呻いた。振り返ればウンババが黒い毛並みでも分かるほど青ざめた表情をしていた。
「問題が発生しました。その解決に貴方がたのお力をお借りしたい。勿論、報酬は出します」
「……それってやっぱり、モンスター絡みですか」
「ええ。この付近にある集落が、モンスターの一団に占拠されてしまいました」
レイは自分の勘が正しかったと思い知った。
「詳しい報告はこの者から。説明して差し上げろ」
場所を関所内の一室に移したレイ達は、そこでウンババと同じ警備隊の人間から話を聞く事になった。関所を中心とした一帯を表す地図を囲みながら、状況説明は始まった。
「ここから馬で半日は掛かる猫人族の集落が、中級から上級の、合わせて五十体近いモンスターの集団に占拠されていました」
報告に室内に集まった獣人種から信じられないとばかりの呟きが囁かれた。
「被害は? 住民はどうなっている」
「生存者と接触する事は出来ませんでした。……集落の彼方此方に戦ったと思しき男衆の……死体が……すいません」
偵察した男の目から大粒の涙が落ちた。それだけで、そこで何が起きていたのか容易に察せられる。男は涙を甲で拭うと話を続けた。
「遠くから見た限りでは、女子供の死体は見つかりません。おそらく、付近の山に逃げ込んだか、あるいは地下壕に隠れているのかもしれません」
「地下壕というのは、各集落にある非常時用の逃げ込む場所です。何かあれば、助けが来るまでの間そこで過ごすのがこの国の決まりです」
ウンババが注釈を入れると、偵察した男へと質問をした。
「モンスターが村を占拠していると言ったが、奴らは移動するつもりは無いのか」
「無い……と予想されます。丁度、農作物の収穫期だったので食糧庫には唸る様に食料が備蓄されています。男衆を倒した事で、あそこは安全だとモンスター共は思っているのかもしれません」
男の説明に、レイはあれ、と違和感を抱く。それを見過ごさなかったウンババが声を掛けた。
「レイ殿、何かお気づきになられたのでしたら、仰ってください。今は、冒険者としての貴方がたの知恵を借りたいのです」
食い入るような視線が四方八方から飛ぶ中、レイは言い難そうに尋ねた。
「いま、モンスター共って言ったけど、集落を占拠しているのは同じ種類のモンスターじゃないんですか」
「はい、その通りです。少なくとも、四種類ほどのモンスターが集落を縄張りとしています」
その答えにリザもどういう事だと訝しむ声を上げた。
本来、地上に進出したモンスターは同種以外を敵とみなす。自分たちが定めた縄張りを犯す物は容赦なく攻撃し、あるいは捕食する弱肉強食を理として生きる。これは冒険者の常識だ。
その常識と照らし合わせると、集落を占拠したモンスター達の行動は異様に映る。
「モンスターの異常行動って聞くと、スタンピードが思いつくけど」
「スタンピードなら、人を求めて次の集落に移動しています。そこを占領するなんて、そんな高度な知能はありません。まるで、誰かに操られているような」
何気なく呟いたリザの一言に、レイとシアラの顔色が変わった。モンスターを操ると言えば、心当たりがあった。
六将軍第四席クリストフォロス。
シュウ王国を襲ったスタンピードの際に、モンスターを操っていた魔人は、首都近郊にある都市を襲撃し、そこを一時的な拠点として使っていた。スタンピードが終わった後、その都市に足を踏み入れた者を待っていたのは、モンスターの孵化する寸前の卵だった。
状況としてはその時に酷似している。
まさかクリストフォロスの攻撃かと気色ばむレイだったが、意外な所から否定の声が入った。
『レイ。其方の考えていることとは、今回の事は無縁じゃ』
その声はレイの脳に直接送りこまれた。幼くとも、悠久の時間を感じさせる風格をした声は、龍刀に宿るコウエンの物だ。
心象世界で繋がるレイとは思うだけで言葉を交わせる。同じようにしてレイはコウエンに問いかけた。
(どういうことなんだ。これはクリストフォロスが関わっていることじゃないのか)
『然り。ただ、全くの無関係という訳ではない。詳しい説明は後でしてやるから、意識を外に向けろ』
「―――イ殿、レイ殿!」
「っ、はい!」
ウンババの呼びかけに大きな声で返事をしてしまった。
「大丈夫ですか。どれだけ呼びかけても返事が無いので、何か、問題でも?」
「大丈夫です。それよりも、貴方がたは僕らに何を手伝ってほしいのですか」
核心を突いた質問にウンババの表情が変わった。
「集落からモンスターを追い払う程度ですか。それともモンスターを一匹残らず駆逐して欲しいのですか」
両者は地下壕に残る村人を救うという点では同じだが、過程が大きく違う。
それを承知しているのか、ウンババは後者ですと答えた。
「追い払ったモンスターが戻って来る可能性があります。もしくは、別の集落を襲う可能性もあります。危険な芽は早めに摘むに限ります。理想は全滅ですが、限りなく全滅に近い状態まで追い込んでもらいたいです」
過激な発言だが、それが正しいのは集まった者にも伝わった。
「今から他の区境に居る警備隊へと助力を願っても、到着するまでに時間がかかります。その間に生き残った村人が襲われるかもしれません。ですから、一刻も早く助ける為に、どうか協力をお願いします」
そう、正面から頼まれた時点で、レイが断る理由は無かった。
かくして、警備隊の一部である二十人の兵士と、旅人である《ミクリヤ》とその案内人ミエリッキ。総勢に二十六名の急造部隊は出発した。
「レイ様の性格からして助けに行くのを断わる事は無い、と思っていましたが、今回はえらく乗り気の様子でしたけど。何かありましたか」
馬と馬車の列ならば夕暮れ時までには集落の近くに到着すると言う事で移動を開始した急造部隊。先を行く警備隊の馬列を追いかけるキュイの手綱を握るのはリザだった。御者台にはレイが詰めていた。
並んで座っていると、リザが風に乗せて尋ねてきた。レイは顔の向きを変えずに、前方で馬を走らせているミエリッキを見つめた。彼女の馬はブレイブサラマンダーに燃やされたため、新しい馬を関所で支給された。
「基本的にはモンスターに襲われた人を助けたい、って言う気持ちがあるけど、もう一つは旅の人数を増やす事であの人が妙な行動に出るのを防ぎたいんだ」
「あの人……ミエリッキ様の事ですね。彼女について、何か分かったのですか」
レイは頬杖を突きながら、先程から引っかかる言葉を繰り返した。
「どうして……彼女はエトネに助けられた時に、そんな事を言っていたんだ。エトネは気が付いてないけどね」
「どうして、どうして、どうして……その後は何と?」
質問にレイは肩を竦めた。そこが分かれば苦労はしない。
「とにかく、二人の見立ては間違っていない。あの人は、エトネに対して複雑な感情を抱いている。それが直接的な行動に繋がるかどうかは不明だけど、こうして大所帯で行動していれば不用意に動かないだろ」
「なるほど。それにここで恩を売れば、何か問題が起きた時でも、上手く切り抜けられるかもしれませんね」
異郷の地。ましてや閉鎖的な風土の国家だ。問題が起きた時、案内人と旅人の証言ならどちらを重要視するのか、あまり考えたくない。一応、デゼルト国やシュウ王国の要人と繋がりがあるとはいえ、彼らが介入するまでに時間と手間が必要だ。
その間に状況が悪化してしまう可能性は否めなかった。
「そういうこと。……そういえば、コウエン。さっきの話、皆に聞こえるようにしてくれないか」
レイが龍刀を抜き放って尋ねると、紅蓮の刀身に灼眼が写りこむ。コウエンが覗きながら、
『ふむ。モンスターの異常行動についてだな』
「そうだ。君はあれをクリストフォロスの仕業じゃないとしたけど、心当たりがあるのか」
魔人の名前が出た事で馬車内の空気は切り詰めた物と変わる。後ろで警戒をしていたシアラ達も耳を此方に向けているのが雰囲気で伝わった。
『然り。今回のようなモンスターの異常行動は身に覚えがあるのだ。あれは三百年よりも前の事。似た行動が、一部の地域だけでなく世界中で確認されたのだ』
「三百年前というと、もしかして暗黒期の頃ですか」
「暗黒期って事は、人龍戦役や人魔戦役の頃か? それじゃ、今回の原因は」
『『七帝』が一角、『龍王』黒龍。あれが地上に顕現したからじゃろう』
いまだ相対した事は無い怪物の名が出て、緊張からか知らずの内にレイの喉が鳴る。
魔人達がデゼルト国で起こした動乱の最終目的である『龍王』。それが復活したから、この状況が起きたというのなら、なるほどクリストフォロスに関係のある事だ。
しかし、何故黒龍が現れたからモンスターが逸脱した行動に出るのかまでは分からなかった。その疑問にコウエンは答えた。
『黒龍はこの世の命ある物を全て憎んでおる。それこそ人や自然のみならず、モンスターでさえ、その範疇に入っておる。モンスターは知性低き生物ゆえ、己の生存を脅かす存在に敏感だ。死なぬ為に、奴らは定められた決まりを無視した行動を取るようになる』
「命ある者を全て憎む。世界を支える古代種の龍が、世界を滅ぼしたがるなんて。よほどの事があったんだろうな」
コウエンは古代種が六龍の一つ、赤龍の記憶を引き継ぐ。そのため、人龍戦役はおろか、無神時代が始まるよりもはるか前の頃から覚えている。黒龍がそうなった経緯を知っていると踏んで尋ねた。
だが、彼女は期待した答えはくれなかった。
『それを妾の口から語るのは不可能だ。……それよりも、心せよ。黒龍が顕現したことは、全てのモンスターの知る所となった。この異常行動はこの地以外でも起きているだろう。聡い者は、遠からず真相に辿り着く。黒龍復活を知れば、世界は動くぞ。良くも、悪くもな』
そんな予言めいた忠告を残してコウエンは刀身から姿を消した。馬車の中には鉛のような重々しい空気だけが置き去りとされた。
黒龍が明確に世界を破壊しようとするのなら、それを黙ってみていられるほど人は悠長では無い。
いずれ来る世界崩壊に対して行動している人々は大勢いる。そのうちの一人であるシュウ王国の『鍛冶王』テオドール・ヴィーランドは、世界の危機を救うべく国の垣根を越えた連合軍を結成するべきだと唱えた。
その際に、旗頭としてレイにも参加して欲しいと要請された。
その場では無理だと答えたが、あの男がその程度で諦めるとは到底思えない。コウエンの言う通り、黒龍討伐に世界が動き始めれば、自分は否応も無くそこに巻き込まれる。
(嫌だ、と拒絶するにはこの世界に深く関わり過ぎたな。……古代種の龍が一頭、黒龍か)
相対していない怪物と共に思い出すのは同列の赤龍と黄龍だ。
人を超越した怪物達は、一応は人の手で倒された。テオドールはともかく、サファは完全に人の領域を越えてはいるが、それでも幾つかの幸運が重なり倒せる相手だった。
だが、黒龍は違う。
人龍戦役。それは人と龍が激突した戦争だ。
この戦いの時、『正体不明』を除く七帝たちは一堂に会し、一つの戦場でぶつかったそうだ。謎の存在である『魔術師』と『機械乙女』ことポラリスはともかくとしても、『勇者』、『守護者』、『魔王』の三人は間違いなく人類の側に立ったはずだ。
あの三人を持ってしても、『龍王』黒龍は倒せなかった。
それが全てを物語っていた。特に、『魔王』フィーニスは娘の裏切りや『勇者』との激突前だから全盛期の筈。それなのに勝てず、古代種の龍達は黒龍を世界の狭間と呼ばれる場所に飛ばして封印した。
(このまま行けば、多分、連合軍は成立する。その時、巻き込まれてしまったら、黒龍と戦う可能性がある。……そう考えると、やっぱりエトネとは此処で別れた方が。……でも、この国だって安全とは言い難い。黒龍のせいでモンスターが異常行動を取り始めたのなら、やっぱり一緒に居た方が)
脳が上手く回らない。まるで錆びついたメリーゴーランドが回る様に、脳は軋み、気持ちは落ちていく。自然とため息すら出ていた。
レイの不調を隣で手綱を握るリザは感じ取った。
彼女はレイの耳元へと口を近づけた。
「どうか、されましたか」
肌を触れていないというのに、リザの体温が感じられ、耳に吐息が掛かるとこそばゆくなる。レイは動揺のあまり、考え事を隠す余裕を無くした。
「いや、その。この状況でエトネと別れるのは、危険じゃないかなって、思って」
「と、言いますと?」
「……この国が安全なら、この先の事を考えれば、ここで彼女と別れるべきだ。でも、この国が危険なら一緒に居た方が、いいんじゃないかなって。……リザは、どう思う」
問いかけにリザは品の良い顎に指先を当て、数秒思案した所で、
「分かりません」
と、短く言い切った。聞きようによっては突き放す内容に、レイは面喰ってしまう。
「そりゃ、そうだけどさ。もっと、こう、何かないのか」
シアラは共に旅を続ける事を望み、レティは逆に離別を口にした。だというのに、リザの言い方は冷たくも聞こえる。
「レイ様のお心が広く、お優しい事は存じております。ですが、この情勢下において、絶対に安全という場所はありません。どちらを選んでも、身の危険は付き纏います。ですから、どちらが正しいのか、どちらを選ぶのか、という問いに明確な答えは無いと判断します」
鋭く切り込むような意見だが、正鵠を射る。こうなった以上、世界中が危険なのは変わりなのだ。
「貴方に仕える身として願うのは、後悔なき選択。ただ、それだけです」
リザが最後に付け足した一言が、深くレイの心に刻み込まれた。
夕暮れ時。紅葉に色づいた山々が夕日に照らされ更に燃えるような朱に染まった頃、混成部隊は予定通り猫人族集落に到着した。
集落から離れた場所に拠点を構築し、そこから隊長など主だった者数人で、偵察した男の道案内で集落の様子を窺う事になった。
草木を極力踏まない様に、息を潜めながら集落へと近づくにつれ、全員が異様な匂いを感じ取っていた。それはむせ返るような獣臭と、鉄錆の如き血が混じった匂いだ。
「ここから集落が一望できます」
男の案内で辿り着いた場所から集落を見下ろせば、凄惨なる現場が目に入った。
三方を山に囲まれた集落は農地よりも一段上に民家が点在している。平時ならば夕食の準備が始まる頃だ。炊煙が幾つも昇っているはずだが、代わりに血しぶきが広がっていた。
「……こいつは、酷いな」
単眼鏡を覗いたレイは、見えてしまった光景を端的に表現した。それ以上の言葉は不要だった。
民家を我が物顔で占領している小型の猿のようなモンスターや、三つの目を持つ虎の形をしたモンスターは人らしき肉片をなめ尽くすようにしゃぶっていた。
他にも数種類のモンスターが集落の中をひしめき合い、迷宮の如き混沌とした地獄が形成されていた。
余りの光景に隊長達も絶句してしいると、冷静に状況を分析していたエトネがポツリと呟いた。
「かず、おおい」
「そうだね。聞いていたよりも倍の数は居るよ、これ。種類もざっと確認しただけでも五か六は居るね」
エトネの言う通り、集落を占拠しているモンスターの群れは偵察した男の報告よりも、数も種類も多かった。
それを聞いて慌てて単眼鏡で確認すると、男は引きつった声で、
「……増えてます。俺が偵察した時よりも、増えています!」
と、震えながら告げた。
「どういう事だ。数が増えたのなら、卵から孵化した可能性もあるが、種類が増えたとなると」
「まあ、普通に考えて別の群れと合流したんでしょう。もしくは呼びこんだかな」
「そんな馬鹿な! モンスターが他のモンスターを呼び込むなんて、そんな事が、あるはずが」
狼狽するウンババだが、現実は変わらない。どうにか受け入れたのか、あるいは心が折れたのか。百体近いモンスターの数を前にへたり込むと、呆然とした様子で、
「これは応援が必要だ。私達だけでは、どうにもならない。戦力差が激しすぎる」
と、力無く呟いた。それに警備隊の面々は同意した。
不用意に飛び込めば死ぬしかない。そんな冷静な考えを下せる余裕があるのは喜ばしいが、状況はそれを許さないだろう。
レイは隊長の方を向いた。
「駄目です。ここで手を打たないと、あの群れは更に勢力を拡大します。応援を呼んだとして、それが来るのは何時ですか? 明日ですか? 明後日ですか。その頃には、この群れは更に膨らんでいます」
その言葉に警備隊の者達は一斉に顔を青ざめた。レイの言葉は決して誇張ではない。事実として、偵察から二日と経たずに、元の群れの倍に膨れ上がったのだ。
これを放置していれば、行きつく先は小規模なスタンピード。辺り一帯は壊滅状態になるだろう。
「今なら、まだ間に合うはずです。僕らが先陣を切ります。一気呵成に数を減らせば、後は皆さんで取り囲んで殲滅できるはず」
「しかし……それは貴方がたを最も危険な目に遭わせてしまうぞ」
ウンババの視線はレイの正気を疑っていた。モンスターの群れのど真ん中に飛び込むのは、彼らの常識から外れていた。しかし、レイからしてみれば勝算のある戦い方だった。
何より、この程度の敵に怯んでいるようでは駄目なのだ。
目を瞑ればいつでも思い出せる。
デゼルト国でフィーニスの憎悪に飲み込まれる直前、武器を交わしたゲオルギウスから感じた圧倒的な強さ。それは幾重にも積み重なった堅牢な城を前にしたような、途轍もない重厚さを感じた。
ネーデで遭遇した時は何が何だか、それこそ相手の強さを推し量る事すら出来ずに終わった。こうして経験を積み、それなりの相手と鎬を削り、死線を越えたからこそ相手との実力差を肌で感じられるようになった。
もっとも、感じられるようになっただけで、天と地、いや地表と月ほどの差があのは否定できない。それを埋めるためにも、一つでも多くの戦いを求めていた。
「やりましょう。集落の地下に避難している人たちが無事だとしても、どれぐらい持つのか。彼らを救うためにも、戦いましょう」
その言葉に、男たちは覚悟を決めて頷いた。
読んで下さって、ありがとうございます。




