9-14 案内人
自らをミエリッキと名乗った狼人族の案内人は、軽装鎧を装着し、背中に弓、左右の腰に二本のナイフ、そしてエトネと同じ腕に直接付けて使うクロスボウを装備していた。
鋭い眼差しに、レイよりも背丈が頭二つ、三つ大きい分威圧感を放っているが、女性らしい体つきをしている。背後に旅支度を背負った馬が佇む。
「初めまして。《ミクリヤ》のリーダーを務めています、レイと申します」
挨拶と一緒に頭を下げるとミエリッキはにこりともせず、不愛想ながらも頭を下げた。レイは気にせずに仲間の紹介へと移った。
「こっちが一緒に旅をする、エリザベート、レティシア、シアラ、そしてエトネです」
名を呼ばれ順番に挨拶の言葉を述べていくと、一瞬だがミエリッキの表情が曇ったように思えた。しかし、それはほんの一瞬の事で、見間違いかもしれなかった。
「……旅程課から発行された旅の予定表を。此方に発行された物と齟齬が無いか確認をさせてもらいます」
固い、感情を極力排した事務的な言葉にレイは言われた通りに予定表を出した。彼女は自前の予定表と比べて、レイに確認を取った。
「旅の目的は大きく二つ。一つは移住希望者をホスロー地区にある狼人族集落まで連れていく事。それが済み次第、西に抜けて出国で間違いありませんね。……ちなみに、移住希望者は」
「この子です」
レイはエトネの方を示した。ミエリッキは無遠慮な視線で、彼女を頭の上から爪先までを見下ろし、その上で緑髪から突き出た長耳へと注視した。
「……エルフとの雑種のようですが、母親……両親はどうしたのですか」
「どちらも亡くなりました。父親がこれから向かう集落出身で、近辺の山に住んでいたのですが死んでしまい、母親と共に国を出たのですが、その母親も。頼る伝手を無くして、こうして戻って来たんです」
「……なるほど、そうなのですか」
答えに納得したのか、ミエリッキは一度目を瞑ると、己の役割に忠実となる。
「それでは、これより出国までの間、私が貴方がたを道案内致します。道中、指示には従ってもらいます」
高圧的な物言いにシアラが若干だが不服そうな声を上げると、慌ててリザが口を塞いだ。レイは二人のやり取りを誤魔化すように頷いた。
「では、当面の予定を確認いたします。予定表通りに進むことが出来ましたら、二日後には区堺の関所に到着。次の日には街へと到着する予定です。それまでの物資は、自前で用意してもらうのですが」
そこで言葉を区切ったミエリッキは視線を彷徨わせた。
「申請書ではニチョウと馬車による移動とありましたが、馬車はどうなさったのですか」
キュイが自由そうにしているのを不思議に思ったのか、あるいは書類に不備があったのかと訝しみながら尋ねてきた。
「ああ、すいません。いま、馬車を出しますね」
「はぁ? 馬車を、出すとは」
疑問符を浮かべる案内人を放置して、レイはコートの中で文字通り小さくなっていた雛馬車を地面に置いた。慣れたリザ達は距離を取って、レイは決められた言葉を告げた。
「《エクスペンジョン》」
途端、雛馬車はおとぎ話の魔法でも掛けられたようにぐんぐんと大きくなっていた。ミエリッキを含めた通行人が呆気に取られている前で、雛馬車は普通の馬車と何ら遜色のない大きさまで膨れ上がった。
このエルフ謹製の特別な馬車には二つの仕掛けがある。こうして大きさを普通の馬車から手乗り人形ぐらいまで自由に変えられ、内部は魔法陣によって空間が拡張されているため見た目以上に広々としている。
ディオニュシウスとの戦いの際に壊された馬車を一週間足らずで直してくれたサファには重ね重ね感謝だ。
「皆、荷物を積み込んで、キュイと繋げておいてくれ。それとミエリッキさん」
「……なんでしょうか、レイ殿」
呆けていた案内人は名を呼ばれて役人としての顔を取り戻した。レイは視線を彼女の馬へと向けた。
「この馬車、見た目以上に荷物が積み込めるんですけど、そちらの荷物も預かりましょうか」
レイの申し出をミエリッキは固辞した。
「いえ、お構いなく。自分の荷物は自分で管理するのが旅の鉄則。旅の期間、私の物資や寝床などは自分で調達しますので、問題ありません」
それは役人としては当然の返答なのかもしれないが、レイにはそれ以上に自分たちとなれ合うつもりは無いと固く拒絶する意思を感じた。
準備が整っているのを確認すると、ミエリッキは馬の背に跨り、レイに告げた。
「では、出発いたしましょう。道中では私の後ろを。何か問題がありましたら、声を掛けてください」
そう言って、彼女は街道に続く街の出口へと馬を回した。後に続く形でキュイが引く馬車がレイの横に着いた。御者台に居るのはレティだ。
レイが乗りこむのを確認して馬車の速度が増すと、代わりにリザとシアラが顔を寄せた。
二人に距離を詰められたレイは、何か仕出かしただろうかと自分の行いを振り返ったが、彼女たちの目的は違った。
「ねえ、主様。気が付いた?」
「ええっと、何のことだ」
「案内人の事です。彼女、エトネの事を尋ねる時に、母親の事を先に尋ねていました」
リザの指摘にそういえばと記憶が蘇った。
直ぐに訂正していたが、はっきりと母親の方を先に尋ねていた。
「でも、それがどうしたんだ」
「おかしいと思わない。なんで、あの流れで母親だけを聞こうとしたのよ。獣人種の血筋がどっちなんて、おちびの容姿からじゃ分からないわよ。でも、あの女はおちびの母親をまず聞いてきた」
「それは……確かに変だけど、二人は何が気になっているんだ」
レイの問いかけに二人は互いの顔を見合ってから、自分たちが感じたミエリッキへの印象を語る。
「彼女のエトネを見る目が気になるんです。どこか仄暗い水の底を思わせる。あれは、初対面の人間を前にした、とは思えません」
「ワタシも同感よ。特に、主様が紹介していた時、あの人凄い顔をしてたわ。ほんの一瞬だから、見間違いかと思ったけど、リザも似たような印象だって言うから気になったの」
二人とも過酷な環境で生き抜いてきただけに、他者からの好悪に対して敏感だ。その二人が言うのだから、勘違いという訳ではないだろう。
ミエリッキに対する二人の不信がレイにも伝染する。
先を行くミエリッキの背を見つめるが、今の段階では何もできない。
「……二人とも。とりあえず、彼女はこの国の役人だ。手を出せば、こっちが国外退去もありえる。とりあえず、エトネと距離を取りつつ、相手を観察しよう。不必要に踏み込むのは厳禁だ」
状況を掻き乱さない、最低限の対応だとは承知しているが、それ以上の事をするには余りにも情報が不足し、何よりこちらの立場が弱い。ともかく様子を見るしかないと決めたレイに、二人は不安の色を隠せずに頷いた。
「ねえねえ、ミエリッキさま。ミエリッキさまは狼人族だけど、もしかしてホスロー地区の集落出身なの?」
(レティさん!? いきなり踏み込んだ質問しないでくださりますか!)
動揺からおかしな言葉遣いをするレイ。リザも、口に含んでいた水を噴き出しそうになった。
出発して早々。街を離れて街道を進んでいると、レティがキュイから距離を取りつつ先を進むミエリッキに声を掛けた。
怖れ知らずの行為だが、考えてみれば彼女にミエリッキの不審な様子などは説明していなかった。口止めするのを忘れていたのだ。
慌ててレティの口を塞ごうとするも、それをシアラに止められた。
「もう遅いわよ! こっちが怪しげな行動とったら、勘付かれて、向うが警戒しちゃうわよ」
「ここは静かにやり過ごしましょう。……我が妹ながら、なんというか、申し訳ありません」
三人が固唾を呑む中、予想に反してミエリッキは柔軟な対応をした。馬の速度を緩め、馬車と並走する形を取った。
「その通りです。案内人は基本的に自分の生家を中心とした区域を担当しますので、ホスローまでの道程は慣れております。……ですが、どうしてそのように思われたのですか」
「だって、エトネと尻尾の色とか形が似ているんだもの」
言われて、三人の視線が馬車の中から景色を眺めるエトネへと集中した。服の切れ目から飛び出した尾は、ミエリッキのと同じく短く白い。
「同じ種族でも体の特徴が似ているのって、それって血が近い証なんだって聞いた事があるの。だから、もしかしたらそうなんじゃないかなって」
そうなのかとリザ達に確かめればその通りだと返って来た。
ミエリッキがエトネの父と同じ集落出身ならば、エトネの事を知っていても不思議ではない。しかし、そんなそぶりを表面上はしなかった。
(していない、というよりも出さない様に気を張っているのが正しいかな。……やっぱり、怪しい人だな。これ以上、下手に深入りするのは危険かもしれない)
そう判断したレイが御者台へと割り込むと、並走するミエリッキに尋ねた。
「この辺りの治安ってどうなんですか。中央大陸は迷宮が多いと聞いたんですが、モンスターの活動も活発なんですか」
「治安に関しては警備隊が組まれ、定期的に街道周辺の掃討を行っているのである程度は安全です。ですが……」
「ですが……何かあるんですか」
「ええ。私自身はまだ目撃していないのですが、ここ半月ほどの間にモンスターの活動が活発になり、より上位のモンスターの目撃例が報告され始めています。まだ、街道付近に現れた問い事はありませんが、注意をお願いします」
閉鎖的な風習が根強い国家といえど、モンスターの脅威は他と変わらない。レイ達は言葉を交わさずとも、警戒を強める。
そして、事が起きたのは翌日の事。
区境の関所に到着する直前だった。
進行方向の街道を塞ぐように鎧を着込んだ獣人種達が隊列を組んでいた。遠目からでも、異様な雰囲気なのは伝わって来た。
先を進んでいたミエリッキがすぐさま異変に気が付いた。
「妙ですね。あれは関所の部隊。それがここで道を塞ぐなんて」
「何か、問題があったんでしょうか」
「かもしれません。レイ殿たちは此処で待機を。私が行って、状況を確かめます」
言うなり、馬を走らせたミエリッキを見送ると、レイ達も警戒の為に馬車を降りた。いつでも馬車を走らせるようにレティを残して、四方を固めているとエトネが鋭く、
「おにいちゃん。モンスターがいどうしてる。……これって……まちがいない、こっちに―――」
「―――馬車に戻って下さい! 上級モンスターがこの先の関所に現れ、攻撃を仕掛けました。一度は逃走しましたが、まだ付近に潜伏している可能性が!」
事情を聴きだしたミエリッキが焦りながら叫ぶのと、レイが木々の隙間から迫る紅蓮の残滓を目撃したのは、ほとんど同時だった。
木を吹き飛ばしながら、巨体に見合わない俊敏さで森を駆け抜けたのは、上級モンスターのブレイブサラマンダーだ。背中から炎を吹きだすトカゲは、しかし記憶にある時よりも弱々しい姿だ。長く太い尾は切断され、右足はどす黒く変色し、獰猛な顔には斧が置き土産のように突き刺さっていた。
どうやら手負い、それも重傷の様子だ。もっとも、手負いの虎が恐ろしいというように、モンスターも瀕死の方が抵抗は激しくなる。
満身創痍のブレイブサラマンダーはレイ達とミエリッキを阻むように着地した。そして、狙いをミエリッキの方に絞った。
特段、何かしらの理由があった訳ではないだろう。単にどちらが近いかというぐらいの違いしかない。だからといって、狙われた側は納得して食べられるわけには行かない。
大きく裂けた口から炎が渦を巻くのを見た瞬間、ミエリッキは馬上から跳び降りた。
間一髪。
渦巻く炎は彼女の馬を飲み込んだが、ミエリッキは無事だった。地面に滑る様に着地をすれば、背負った弓を前へと向けた。矢を番い、三射。引き絞られた矢は狙いを違わずブレイブサラマンダーの目に突き刺さった。
モンスターの口から炎では無く悲鳴が上がる。しかし、それは悲痛に塗れた悲鳴というよりも、怒りを吐き出すような悲鳴だった。
片目を塞がれたブレイブサラマンダーは残ったもう一つの目でミエリッキを見据えた。そこには純然たる殺意が宿っていた。
不味い、と思った瞬間には手遅れだった。半ばで切断された尾の断面が盛り上がると、あっという間に新しい尾が再生した。粘つく液体に包まれたそれが大きく弧を描いて振り回された。
木々を薙ぎ払いながら迫るそれを、着地の際に足を捻ったミエリッキには避けられない。せめてもの防御にと精神力を全身に回したが、それでも大怪我は免れない。最悪は死ぬかもしれない。
そんな最悪の予想を覚悟するも、一向に訪れなかった。
迫りくる尾よりも早く飛び込んできた緑色の少女が、尾をその小さな体で受け止めていたのだ。
飛び込んだのはエトネだ。
ミエリッキならば受けただけで瀕死になりかねない一撃を片腕で防ぎ、もう片方の腕はブレイブサラマンダーの足を狙っていた。
「《付加・雷》」
紫の指輪に込められた魔法を装填したボルトに流し、射出。即座に反転するなり、彼女はミエリッキを抱えて跳んだ。
それは低空を飛翔する燕の如き動きだった。
風の精霊と土の精霊を同時に宿した彼女は、上昇した能力値と相まって、上級モンスターを単独で圧倒する身体能力を発揮していた。
彼女の後方で、ブレイブサラマンダーがケラブノス石の爆発に体をひっくり返した。その隙をレイ達が見逃すはずがない。精霊剣を引き抜いたリザが、モンスターの急所である首を切断する。
大抵のモンスターは脳や心臓、首、そして魔石を破壊されれば死ぬ。ブレイブサラマンダーもその例に漏れず、体をジタバタと揺らして、蝋燭の火が萎む様に死んだ。
手負いとはいえ、かつて、シアトラ村の迷宮上層部にてボスとして行く手を遮ったブレイブサラマンダーが、今ではこうして瞬殺できるようになった。
成長に手ごたえを感じつつ、レイは無事に終わったのを確認してコウエンをしまうと、
「おおい! そっちにブレイブサラマンダーが向か……驚いたな、こりゃ」
ブレイブサラマンダーが薙ぎ払った木々を踏み越えて、獣人種の兵士たちが街道へ雪崩れ込んできた。どうやら、このモンスターを追いかけていた警備隊のようだ。
「死んでるが、君達がやったのかい。身なりからすると、冒険者の様だが、何処の人なんだ」
問いかけにリザが応じた。
「《ミクリヤ》の者です。彼方が、私どものリーダーであるレイ様です」
警備隊の視線がレイに集まると、彼らは一斉に敬礼を取った。
「討伐協力、感謝いたします。規定に従い、このモンスターの所有権は倒した貴方がたにありますが、如何致しますか」
問われてどうするべきかと考えるレイにシアラが耳打ちした。
「魔石だけ貰っときなさいよ。いま、ブレイブサラマンダーの肉を分捕っても、荷物になるだけよ」
「それもそうだね。……魔石だけ頂きます。残りは所有権を放棄します」
それでいいかと尋ねると、警備隊のリーダーは勿論と答え、部下にモンスターから魔石を取り出すように命じた。
解体作業が始まった現場を迂回して、レイはミエリッキの方へと近づいた。
エトネに抱きかかえられて地面を転がる案内人は呆然とブレイブサラマンダーの死体を見つめていた。
「大丈夫ですか。着地した時に、どこか痛めませんでしたか」
問いかけに正気を取り戻したのか、状況を確認するなり唇を真一文字に結んだ。エトネを引き剥がすと、器用に片足だけで立ち上がった。
「醜態を晒し、申し訳ありません。治療の為に少々、この場を離れますが、宜しいですか」
「……ええ、構いません。何でしたら僕らで治療しましょうか」
と、申し出たが、彼女は頑として譲らなかった。
「結構です。自分でやれますので」
「ひとりじゃ、あるきづらいよ。エトネがかた、かすよ」
言って、彼女の杖になろうとしたエトネだが、ミエリッキは彼女の体を手で押した。
「気遣い、無用。……では、失礼します」
明確な拒絶の意思にエトネが怯むと、彼女は去り際に複雑な視線と何かを呟いた。
聞こえるかどうかの小さな呟きを拾えたのは、近くに居たレイだけだった。
「……どうして、ねえ。何が、どうしてなんだか」
「どうかしたの、おにいちゃん?」
「いや、何でもないよ。それより、戻るとするか」
誤魔化すように首を横に振ると、レイはエトネの手を握って仲間の元へと戻った。
読んで下さって、ありがとうございます。




