9-16 集落奪還 『前編』
モンスターも夜は眠り、朝になれば起きる。それは生き物として産み落とされたから得た習性なのかもしれない。同時に、彼らは産まれた瞬間から確固たる生存本能が確立され、それは彼らに生き残るための術を与えていた。
眠る際には見張りを残し、食料は全てを喰い尽くさずに残し、付近に危険が無いか定期的に見回りをするというのを、誰にも教えられずに身に着けていた。獣と比べるまでも無い強靭な肉体を持ちながら、多少なりとも知性を持っているからこそモンスターは人類の脅威であった。
猫人族の集落を占拠した七種合計百五体のモンスターも、その例から漏れていなかった。彼らは付近を見回りしていた時に、人の気配に気が付いていた。具体的に言えば、それは警備隊から離れ偵察に赴いた男の足跡や匂いだった。
集落を一望できる場所に残った痕跡から、いずれ人の大部隊が来ると理解した群れ。普通のモンスターならば、ここで取るべき選択肢は逃亡だ。迷宮内とは違い、地上に進出したモンスターが第一に考えるのは生存であり、種の存続である。ところが、黒龍復活により、彼らの思考回路は異常を期していた。
生存への欲求が遥かに増幅し、そのためならば種の違いすら超えて団結した。
まるで、大いなる脅威に抗おうとした人類と同じように。
彼らは彼らなりに集落を守る為に、数を増やし、策を講じるようになった。
集落から伸びる三つの道を重点的に固め、夜間も絶え間なく見張りが巡回する。夜でも昼と変わらずに見えるアナザータイガー相手に夜襲は通用しない。三つ目の瞳が油断なく、警戒していると、漸く空が青白くなってきた。
山と山の間から太陽が昇り始めるのを見て、アナザータイガーは欠伸を一つして―――直後、眉間の瞳を貫いた矢によって目覚めない眠りに着いた。
それが戦いの火ぶたを切る一射だった。
混成部隊が夜襲をしなかったのは、これが連携の取れない即席部隊だったからだ。月が雲に隠れ、かがり火も無い拠点の襲撃となれば、これが人間相手なら夜襲は効果的だ。しかし相手はモンスター。人以上に夜目が利く相手に、同士討ちの恐れがある中では戦えない。
かといって昼に襲撃するのも、こちらにはメリットが無かった。だから、夜と朝の境であるこの時間帯を開戦時刻と定めた。
夜中に警戒をしていたモンスターと、眠っていたモンスターが起きて交代する刹那の空白を狙った襲撃は、彼らにとって予想外だったのか、明らかに浮足立っていた。
三方の山から次々と降りしきる矢の雨に貫かれるモンスター。何とか身を躱した者や、あるいは遮蔽物の影に隠れた者は、抵抗虚しく針鼠のようになる仲間を悔しそうに見つめるしかなかった。
ようやく矢の雨が切れた頃には、モンスター達の闘争心は噴火寸前の火山となっていた。きっかけさえあれば、直ぐに弾けるほどに高まる熱だったが、そこを更に崩すように空から人影が降ってきた。
舞い上がる土埃にモンスター達は呆気にとられたように動きを止めると、その向こうから喧しい声が聞こえてきた。
「ちょっと、主様。もっと優しく着地できないのかしら!?」
「ほんとだよ。いつ墜落するか、びくびくしちゃったよ」
「エトネはたのしかったよ」
「仕方ないだろ! まだ出せる翼は小さいのしかないんだから。大体、飛び込むのはボクとリザとエトネでも十分だろ。何で、君達まで来たんだよ?」
「お喋りは後にしましょう、レイ様。そろそろ動きませんと」
土煙が収まると、現れたのは《ミクリヤ》の五人だった。完全武装した彼らは素早く周囲を確認した。パーティー内の参謀役を務めるシアラが『氷の涙』を頭に付けた杖で民家の屋根を指した。
「主様とリザは予定通り遊軍! とにかく動き回って、目に付いた厄介そうなモンスターの撃破を。ワタシとレティはあの屋根から戦況を確認しつつ、モンスターが逃げ出さない様に遠距離から仕留めるわ。おちびはあそこまでワタシらを運んだ後、護衛を」
「「「了解」」」「おちびいうな」
返事をするなりレイとリザはそれぞれ別方向に走り出した。シアラとレティはエトネに抱えられて、民家の上と着地して、杖を構えた。
その時、ようやく状況を理解したモンスターが一斉に吼えた。
七種類の咆哮は重ねて束ねて合唱となり、山間の集落で木霊した。体を震わすほどの咆哮を前にしても、レイ達は怯むことなく戦いを始めた。
「まず、一体!」
民家の陰に隠れていたアナザータイガーの首を龍刀の一振りがするりと抜けた。黒の縦じまを持つモンスターは、傷口から噴き出した赤い血の水たまりに力無く崩れ落ちた。
その物音に反応して飛び出したのは、ストレンジモンキーだ。小柄な体格をした猿だが、その体長の倍以上はある長い手が特徴のモンスターは、民家にあった包丁を投げた。
長い腕が器用に畳まれ、遠心力を得た一投はそれなりの速度を誇る。低級とは侮れない威力だが、レイはその一投に対して刃を縦に構えて角度をずらした。あらぬ方向に逸れた包丁が地面に落ちるよりも前に抜き放ったダガーから走る雷撃がストレンジモンキーを貫いた。
これで二体。しかし、息を吐く暇も無く、次なるモンスターが襲い掛かった。
足元の地面までを長い影で覆われたと思った瞬間、レイは前へと跳んだ。直後、剛腕が彼の居た空間を通過した。地面を転がる勢いで立ち上がったレイの前で、荒々しく己が胸を叩くのはアイアンゴリラだ。それも一体ではなく三体が同時に襲い掛かる。
拳の嵐が地面に突き刺さる度に民家は軋み上げるが、レイは動じることなく、アイアンゴリラの間を通り抜けた。
すれ違いざまに、一体のわき腹を割いておくのを忘れない。
くぐもった悲鳴を上げるモンスター。その血をさも汚いとばかりに熱で蒸発させた龍刀を見ながら、レイはぼやいた。
「いつもだったら、炎を出して終わりなんだけど、今回ばかりはそうも行かないんだよな」
今までレイ達は様々な戦いを経験してきた。
例えば、夜間の森からの脱出、囚われた人質の救出、都市を舞台にした防衛線、夜に乗じて厳戒態勢の首都へ侵入。これに加えてモンスターとの交戦回数や、その難度は冒険者全体から見ても高い所に位置するだろう。
しかし、今回は勝手が違った。
これは集落に集まったモンスターの掃討である前に、奪還作戦なのだ。
民家や畑に極力被害を出してはいけない。
はっきり言えば、この集落で今後住人が生活できるように形を残さなくてはいけない。その縛りさえなければ、シアラがアイスエイジを遠距離から放ち、レイが龍刀から大炎を撒き散らし、止めにリザの飛翔穿で一気に殲滅という荒っぽい方法もあった。その場合は、民家全滅、田畑荒廃、地面陥没。場合によっては救出対象である地下に避難した住人まで一緒に昇天してしまう。
そのため、レイ達は自ら大技を封印しながら、一体ずつ戦う羽目になっていた。
「皆、無事かな。……まあ、僕が無事なら、大抵大丈夫だろうな。……あれ? 冷静に考えると、普通の状態の僕がパーティー内で一番弱くないか? 違うよな、コウエン」
『戯け者。妾の口から、そんな悲惨な事が言えるか』
「それって、暗に認めてるよな!」
今更な事実に肩を落としてしまうレイだった。
「何やってるのかしら、主様。あんなところで、あんな風に肩を落として」
「え? どこどこ。って、本当だ。何やってんだろ」
民家の屋根から戦況を一望できる二人にとって、レイがアイアンゴリラに囲まれながら、何故か落ち込んでいる姿もはっきりと見えた。もっとも、彼女らが心配するよりも前にレイは動き出して一体は頭から股下までを縦に割き、一体は胴を輪切りにしてから次へと移動していた。
大丈夫そうだと判断した彼女らは事前の調査で問題視していた大物を探しながら、同時に山間の隙間から逃亡する者が居ないか、あるいはレイやリザが多数のモンスターに囲まれないかを警戒しつつ、モンスターを上から仕留めていく。
シアラの杖が振るわれる度に、魔法がモンスターを一体ずつ仕留めていき、レティが唱えた《盾》は彼らの行く手を遮る壁となった。
ある意味、彼女らの活躍は地面を滑る様に移動するレイ達よりも広範囲に渡り、効率的で効果的だった。当然、敵の意識も彼女らに集中する。遠距離から飛んでくる魔法のつぶてをレティが防ぎ、カウンターとしてシアラが射出元を潰す事で対処できるが、屋根まで上って来るモンスターの相手までは出来ない。
いまもストレンジモンキーが、長い両腕を巧みに使い屋根へと上がり、血走った眼で二人を睨み付けた。シアラはともかく、レティの柔首なら圧し折れそうな両腕が彼女を捕らえるよりも前に一陣の風が吹いた。
否、それは風では無く、風のように素早く移動したエトネだった。
拳を固く握る少女はストレンジモンキーの顔を一撃で陥没させ、その長い両腕を掴んだ。そして続々と昇って来る同種を薙ぎ払うのに振るわれた。
直後、全身が感覚器官とも言える彼女は足裏から感じた振動で屋根の反対側から迫るレッドゴブリンに気が付いた。腕が折れて死んでいるストレンジモンキーを投げ捨てると、一息で屋根の反対側へと飛翔した。
やっとの思いで昇ったレッドゴブリンが目にしたのは青空を背にクロスボウにボルトを装填したエトネの姿だ。瞬間、彼の意識は電気を消したように暗闇へと沈み、体は屋根から転げ落ちた。
いま、エトネの体に宿るのは二種類の精霊だ。風の精霊と土の精霊。二種同時の憑依によって強化された彼女によって、屋根の上はまさに鉄壁の要塞と化していた。
「いい具合に数も減ったけど。……大物の姿が見えないわね。エトネ、山から見えた人が居るか聞いてみて」
シアラの頼みにエトネは三方にある山へそれぞれ大きく身ぶりをした。一拍置いて、山に潜む警備隊による光信号が返ってきた。魔法で生み出した光を板で遮り、その点滅でメッセージを送る原始的な方法だ。今回の作戦で簡単な単語だけを覚えたエトネは翻訳して伝えた。
「みてない、って」
山に篭る警備隊の役目は初手の矢だけでなく、レイ達が戦っていない地区のモンスターを攻撃しつつ、大物を探す事もある。その彼らでも見つからないのは厄介だとシアラは爪を噛んだ。
「そう。……場所を移した方が良いかしら」
この奇襲作戦の根幹は相手の戦意を挫き、確実に全滅させる事だ。討ち漏らしが出れば、いずれまた集落が狙われる。場合によっては他の集落が犠牲になってしまう。レイや警備隊が何時でも助けに来れる訳ではない。二次被害を無くすためにも、ここで決着を付けないといけない。
そのためには大物の撃破は絶対不可欠なのだが、どうにも見つからないでいた。
シアラが別の屋根から全体を眺めましょうと提案しようとした時、エトネの尻尾がぶるりと震えた。彼女は何かに気が付いたように顔を上げ、そして屋根を蹴った。
余りの衝撃に屋根は一部が吹き飛び、砲弾のような勢いのエトネは問答無用でシアラとレティを連れて地面へと落ちた。
「ちょ、エトネ!? アンタ、なにしてん―――」
抗議の声は最後まで続かなかった。
彼女らが屋根を降りた直後、その屋根が内側から吹き飛んだのだ。
続けて、民家の壁が内側から飛び出したハルバードによって砕けた。壁の切れ間から覗く形相にシアラは何が起きたのか、全てを理解した。
「成程。考える事は一緒って訳ね。集落の全体を一度に見渡せて、奥まった場所ともなれば群れの長が住むにうってつけよね」
「ブモオオオオオ」
人語を介さない生物が鼻息荒く吼えると、残った壁が跡形も無く砕け散り、超級モンスター、レッサーデーモンが飛び出した。
これこそがシアラ達が大物と呼び、探していたモンスターだ。集落を占拠したモンスターたちの中で唯一の超級モンスターである。立ち振る舞いや、周りの対応からして、これが群れを率いているボスだろうと彼女らは判断した。
「まさか、足元でずっと様子を見ていたなんて。でも、見つけたからには倒さないとね」
レティが距離を取り、杖を構えると、危険を感じたレッサーデーモンは、レティを倒そうと足に力を込めた。直後、大地が抉れ、巨大な暴力の塊と化した赤き羊頭の怪物が突進、間合いにレティを捉えたと同時に武具を振り下ろした。
しかし。
「《超短文・上級・反射盾》!」
その軌道上に展開された魔法によって暴虐は阻まれる。
レティを頭から貫くはずの一撃は、そのまま正反対の報告へと力の向きを変えた。当然、それを握りしめていた腕に全ての負荷が掛かった。
腕の構造上、肘などは衝撃を受け流す事は出来た。だが、肩は逆方向への変化を完全に受けてしまう。
ごきり、と鈍い音がレッサーデーモンの体内で聞こえた。それを掻き消すような悲鳴が上がるが、誤魔化されない。ハルバードを握る両腕が力無く落ち、痛みで悶絶する怪物に安らぎは訪れない。
「《アイスバレット》」
レティが稼いだ数秒の間に魔法を完成させたシアラ。彼女の周囲に集まった冷気は、氷の氷柱を形成して、レッサーデーモンを襲った。
棒立ちだったが、そこは超級モンスター。迫りくる脅威を前に本能が叫んだ。
動かない両腕をもどかしそうにしながらも、身を捩り回避。四本の氷柱の内、二本を躱す事に成功した。
言い換えれば、残りの二本は直撃したことになる。羊のような両足に突き刺さった氷柱は赤い血に濡れる。これでレッサーデーモンは両手両足を潰されたことになった。
こうなれば、レッサーデーモンに許されるのは逃亡あるのみだ。それを恥と思う自尊心なんぞ、彼らには無い。何ら躊躇うことなく、レティ達に背を向けた怪物だが、一歩も進まない内に足を止める事となった。
「にがさないよ」
静かに、だが、相手を威圧するのに十分な風格を漂わせたエトネが立ちふさがっていたからだ。つい数秒前まで、シアラ達を守る位置に居たはずなのに、ほんの一瞬で先回りしたのだ。
二種類の精霊を宿したエトネに、レッサーデーモンは明確に死を感じていた。
だからといって、易々と受け入れるつもりも無い。勝機が砂粒よりも小さくとも、零ではないと吼えたて、前進する。
「ブオオオオオッッ―――」
その断末魔はエトネの繰り出した足刀によって力づくに潰された。小さな体が音も無く飛び上がり、体を回しながら放った右足によって、首の骨が九十度以上の角度に折れ曲がり、レッサーデーモンは死亡した。
「やった! 勝ったよ、シアラお姉ぇ。エトネが勝ったよ!」
喜びを全身で表すレティ。
絶命によって力を無くしたモンスターが背中から倒れこんだのを見届けて、シアラは緊張の糸を緩めた。傍目からは完勝に映るかもしれないが、彼女としてはやはり気が気ではない戦いだった。
超級モンスター、レッサーデーモン。
それは《ミクリヤ》にとって節目節目に現れる脅威でもあった。超級モンスターの中ではある意味縁があると言っても過言ではない。
そんなモンスターを相手に、三人掛かりとはいえ勝ちきれたことは、やはり成長した証だと胸を張って言える。
(でも、ここでぼさっとしている場合じゃない。まだ、他にもモンスターは居るし、なによりワタシ達が確認した大物は三体居た。あと二体、何処に居るのかしら)
シアラがこの集落の何処かに居るはずの超級モンスターの事を考えているのと奇しくも同じ時、そのモンスター達はある少女を獲物として見定めだ。
その少女とは、薄紅色の剣を振るう金髪の剣士だった。
読んで下さって、ありがとうございます。
十一月は奇数日投稿となります。




