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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第9章 故郷
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9-11 近海最強の海賊

 青い空との境界線が曖昧になる大海原。夏と違う秋の陰った日差しは柔らかく感じ、こうして風景を眺めているのに邪魔にならない。


 絶え間なく打ち寄せる波を掻き分けて商船が進む。その船べりに凭れかかりあらぬ方向を眺めている少年は、吹き付ける潮風に白が混じった黒髪が乱れるのも構わずにいた。


「海は良いーな。見てるだけで癒されるよ」


 エルドラドに来てから三度目の海。船酔いは起こさず、天候も穏やかとなれば航海を満喫する余裕もあった。青と呼ぶよりも蒼と表現したくなる色合いに、無限に広がるような海を前にすれば、心が安らいでくる。


 ここ最近、あまりにも精力的に活動しすぎた反動からか、この位の穏やかさが、レイにとっては心地よかった。


「ねえ、ねえねえ」


 服の裾を引っ張られるのに振り返れば、エトネが呼んでいた。父のクロスボウを手に装着し、母の脛当てを足に巻いた少女が下からじっと見つめてくる。萌黄色の瞳が何の用件なのか告げていたが、レイは無視をした。


 エトネを手すりと体の間に入れると、彼女の頭頂部に自分の顎を置いた。


「おもいよー、おにいちゃん」


「エトネも海を見たいのかー、そうか、そうか。なら一緒に眺めようかー」


「ちがうよー。エトネはねー」


 抗議の声も何のその。


 レイは頭を空っぽにして、一心に海を見つめていた。


「ご主人さまー、シアラお姉ぇが呼んで……なに、いちゃついてるの、この緊急事態に」


「ははは。なんだ、レティも仲間に入れて欲しいのか?」


「うーん、うん。入る―!」


 考え込む時間は一瞬も無かった。


 弾けるような返事に、レイはエトネとの間に隙間を作った。そこにするりと入りこんだレティはレイがしていたようにエトネの頭頂部に自分の顎を乗せ、今度はレティの頭にレイは顎を乗せた。


「おもいー、おもいー」


「あはは、なにこれ! 意味わかんなーい!」


「大丈夫、僕も意味が分からん!」


 一人抗議の声を上げ続けているエトネを放置して、レイとレティは笑い合った。すると、レイは首筋に死神が息を吹きかけるような冷気を感じ取った。


 それなりの修羅場を潜り抜けたがゆえに、察知した殺気に体が動く。二人を庇うように後ろを振り返り―――振り返った事を後悔した。


「主様? イチャイチャするのも宜しいけど、今の状況、分かっているわよね」


 慌ただしく動き回る船員を背景に仁王立ちして腕組みをするシアラ。その額にはくっきりと青筋が浮かんでいた。体から立ち上る怒気は冷気となったのか、周りの空気が一段と冷えるのは勘違いではあるまい。


「ええと、その、あれ!? レティ、エトネ!?」


 助けを求めようと背後に居たはずの少女二人を振り返るが、船べりには影も残っていなかった。二人はそそくさと戦略的撤退を決めていた。


「あーるーじーさーま?」


 地獄に住まう鬼もかくやの声に、レイは仕方ないとばかりに頷いた。


「分かってるよ。あれだろ、この船はいまから海賊と一戦交わすところだろ」


 レイが見つめていた平和そうな光景とは反対側。左舷の向こう側に分かりやすい髑髏の旗を翻した船が三隻、高速で接近していた。


 まごうことなく、海賊だ。


「分かってるじゃない。何で、現実逃避なんかしてんのよ」


「現実逃避もしたくなるだろ。デゼルト国を出てから一週間で、十回も海賊に遭遇しなくちゃいけないんだよ!」


 レイが不満を声高に主張するも、シアラは嘆息するだけで答えてはくれなかった。


 エルドラドにおける海というのは危険と背中合わせである。


 何故なら海の底、深海や海底にも迷宮は存在する。


 しかし、人が手を出せない領域の為、迷宮はモンスターを際限なく産んでいく。冒険者という天敵が居ない楽園はいずれ手狭になり、モンスター達は生存の為に外へと進出する。小規模なスタンピードが常に発生しているのだ。


 そのため、海路を進む場合、どれだけ短い距離であっても冒険者や軍船などの守りが必要となるのだが、それでも海流の向きや、季節などの関係でモンスターが姿を見せない安全な航路というのも存在する。


 危険を減らす為に安全な航路を選ぶのは普通の話だ。しかし、船の往来が集中すれば、それに目を付ける悪党もまた存在した。


 それが海賊である。


「モンスターの代わりに海賊が出没しやすい航路だってのは聞いていたけど、いくらなんでもこれは多すぎるんじゃないか。昨日なんか朝に来て、昼に来て、夜にも来たよな!」


 声に呆れが混じりつつも、レイは装備を身に着ける。


 動乱が終わってからレイは装備を幾つか新調した。破損したニコラス作の胸当ては修復して使い続け、奇跡的に無事だったブレイブサラマンダーの手袋は変えず、手甲と脚甲を新しい物へと変えた。ダリーシャスの紹介した鍛冶職人の腕は確かで、四肢の稼働を邪魔せず、できる限り軽量化されているのに強度は前の物よりも上だ。


 既に防具を身に着けたリザがレイを慰める様に、


「仕方ありません。デゼルト国が未曾有の国難にあったのは広く知られ、それを商売の機運と見た者は善悪問わずに大勢います。それに、この船は大型の割に護衛船が居ませんから、明かりに群がる蛾のように海賊たちが現れてもおかしくありません」


「自分が燃え尽きるのも厭わずに灯りへと吸い寄せられるって訳か。面倒だけど、無視すれば他の人に迷惑が掛かるし、何より向うもやる気だな」


 ぐんぐんと近づいてくる海賊船を前に、レイが覚悟を決めると、それに応えるかのように相手から光弾が発射された。


 身構える船員たちの鼻先で停止した光弾から男のだみ声が流れ出した。


『ごきげんよう、海兵諸君。俺様は近海最強の海賊団、ゴリアス海賊団の団長である』







 自らの声を飛ばす光の球は魔法によって生み出された。短い時間しか使えず、遮蔽物が無い場所でしか使えないが、こうして距離のある甲板を繋げるには丁度良い魔法だ。


 手元に残ったもう一つの光に向けて厳めしい顔をした男は語りかけた。


「慈悲深い俺様は諸君らに選択肢を与えよう。今すぐ降伏するか、さもなくば死を選ぶのか。降伏するのならば、命までは取らん」


 船長であるゴリアスの言葉に、周りの海賊達は下卑た笑いを浮かべる。船長が初めから生存者を残すつもりが無いと知っているからだ。下手に生き残りが居れば、そこから海賊団の規模や構成、武器の種類などが知られ、対策を取られてしまう。


 極端なたとえだが、死体なき殺人は事件として扱われない。被害に遭った船の痕跡を可能な限り消しさえすれば、この海域で何があったのか辿り着く者はいない。


 また、彼らにも彼らなりの事情があった。


 デゼルト国で起きた騒動によって、一帯の海域が稼ぎ時と知った同業者によって狩場が随分と荒らされ、商船も別の海路を選んだり、防御に大枚を支払うようになった。そのため、しばらく獲物にありつけておらず、海賊たちは殺気立っていた。


 手ぶらでねぐらに帰る訳には行かない所に、降って湧いたように現れた大型商船。骨の髄までしゃぶりつくしてやろうと彼らは息まいていた。


 幸い、商船は一隻。対して此方は三隻に加えて旧式の魔法使いも数人揃えている。


 勝算あっての行動だったのだが―――この時ばかりは相手が悪かった。


「十、数えよう。それまでに代表者は―――」


『―――ああ、数えなくてもいいよ』


 魔法越しの通話にゴリアスは意表を突かれてしまう。


 予想よりも若い声だった。子供だと言われれば納得してしまう幼さがあった。


『どうせ降伏すると言っても皆殺しにするつもりなんだろ。というか、なんで海賊って皆同じように認めない降伏勧告から始めるんだろ。そういう風な伝統でもあるの?』


「てめぇ、何者だ。名乗りやがれ」


 砕けた物言いに思わず海賊としての素が出てしまった。


『《ミクリヤ》所属、『緋星』のレイだ。この船の防衛を任されている』


 ミクリヤ?


 レイ?


 ゴリアスの頭の中ではクエッションマークが飛び交う。職業柄、高位の冒険者の名前は記憶していたが、その名に心当たりは無かった。しかし、話を聞いていた手下の一人が顔色を変えて船長へと叫んだ。


「船長、不味いっす! 《ミクリヤ》のレイっていえば、デゼルト動乱で名を上げた冒険者っす。黄龍を撃破した一人ですって」


 叫びに彼方此方で手下が騒ぎ出す。これでは士気が下がると舌打ちしたゴリアスは、


「馬鹿野郎! そんな有名人がこんなガキの訳が無いだろ。大方、有名人の名を傘に借りている腰抜け野郎に決まってる!」


 臆病な手下を一喝すると光球に向かって吼えた。


「やい、小僧! てめぇが何者だろうが関係ねえ。降伏か否か。さっさと答えな」


 勇ましく吼えた船長に対して手下たちは憧憬と信頼の眼差しを送る。唇の端を吊り上げ、まんざらでもない表情をしたゴリアスだったが、レイの回答は彼を不快にさせた。


『はぁ。どうして、こう。海賊は型通りの事ばかり。……一応聞いておくけど、そっちこそ降伏するつもりは無いの』


 その一言は、ゴリアスの高くない沸点を突破するには十分だった。魔法使いが生み出した光球を叩き割り、男は手下に怒り任せに命じた。


「帆を張れ! 全速力で、船のどってぱらに風穴を開けろ!」


 船長の怒りに触れるなとばかりに威勢の良い返事が返り、手下たちがメインマストの帆を広げようとして―――空間を貫く薄紅色の極光に帆は大きく縦に切り裂かれた。


「……あ?」


 あまりの事態に唖然とするゴリアス。だが、現実は非情だ。


 彼の乗船する旗艦は二枚の帆を持つ大型の船だったが、空を二つに分けるように伸びた熱線に二枚とも風穴を開けられた。


 それどころか、焼き切れた穴から火が着き、無事な部分を飲み込もうとしていた。


「しょ、消火! 消火を急げ!」


 木造船に火は最悪の相性だ。手下たちは転がるバケツを拾い上げては海に投げ海水をくみ取り、魔法使いは水魔法を放つ。


 帆が濡れるが火事で燃え尽きるよりかはずっとマシだ。そう判断したゴリアスは正しかったが、追い打ちを掛ける様に熱線が二条、空間を貫いた。


「船長! 僚船も!」


 手下の悲痛な叫びだけで何が起きたのか察せられた。やはり、マストが縦に大きく裂けていた。手旗信号で同じ指示を飛ばすと、随伴する二隻の甲板上でも同じ光景が広がった。


「被害の規模は!? 帆で風を受けられるか!?」


 マストに昇った手下はゴリアスの問いかけに、腕を交差させた。


 どうやら帆での航行は駄目になったようだ。


「冗談だろ。この距離で魔法をああも正確に放てるなんて」


 手下たちに聞かれない様に呟き、ゴリアスは単眼鏡を取り出して商船の方を覗く。人の顔まではハッキリと見えないが、明らかに兵士とは違った者達が甲板に出ていた。


 その中の誰かがレイであり、今の魔法を放った魔法使いなのだろう。


 彼らは知らない。空間を貫いた光の軌跡は魔法では無く、精霊剣と呼ばれる武器の斬撃だと。


「どうやら三発が限界の様だな。下に櫂で漕ぐように伝えろ! 残りの船にもな!」


 ゴリアスの命令はほどなく全船に伝わった。船の左右の腹から櫂が突きだされると、うねる波間を掴む様に漕ぎ出した。


 海賊船は先程よりも速度を落としながらも、商船へと向けて走り出す。


「いいか、おめら! こっちの魔法が届く範囲になったら、ありったけの魔法を放て! 略奪よりも、敵を殺す事に優先しな!」


 普段よりも過激な命令に海賊達は相手の強さを何とはなしに理解し、それでも船長が命じるならばと勇み声を上げた。


 商船も回頭し、両者は正面からぶつかる軌道で距離を詰めていく。じりじりと身を焦がすようなプレッシャーにゴリアスは獰猛な笑みを浮かべた。


 そして遂に魔法の射程範囲に入った。


「撃て、撃て、撃てぇええええええ!」


 絶叫が大海原を駆け巡る。ゴリアスの合図を皮切りに、魔法使いたちは溜めていた魔法を一斉に発射した。炎、雷、氷、水、風等々。幾つもの魔法が雨あられと押し寄せる様はある意味美しくもあった。


 一隻を相手に放つには余りにも過剰火力。それゆえ、海賊たちは勝利を疑わずにいた。しかし、直後に彼らの夢見た物しょうりは砂となって消えた。


 魔法が着弾する直前、船から放たれた光の壁が全てを遮ったのだ。


「《半球ヘミスティアシールド》だとぉ! あんな船一隻を包み込むなんて、あり得ねえ!」


 ゴリアスは現実を否定するように叫ぶが、船を包み込む球体のシールドが魔法を防いでいるのは紛れも無い現実だ。海賊たちは遮二無二魔法を放つも、シールドを突破する事は出来なかった。


 一人、また一人が精神力切れで倒れていくと、ゴリアスは我に返った。


「いけねえ! 櫂を止めろ! このままじゃ、ぶつかっちまう!」


 シールドは健在であり、船は海面を切る様に進んでいる。このままでは壁に激突するのは目に見えていた。ゴリアスの焦りが伝播したように漕ぎ手たちは一斉に逆方向へと櫂を漕ぐと、何本かはうねる波に負けて折れる。しかし、そのかいあってゴリアスの乗船する旗艦はシールドの手前で止まる事が出来た。


 二隻ある僚船の内、一隻も同様に停止した。だが、残り一隻の命運は尽きた。


「ああ、そんな。ぶつかっちまう!」


 手下の声に振り返れば、ゴリアスの目の前で僚船がシールドに潰されていく。舳先が折れ曲がり、勢いを殺し切れなかった船が自らの推進力と自重にひしゃげていく。手下たちは我先にと海へ飛び降りるか、潰されるのを逃げるように後方へと発していく。


「あー、あー、あああ!!」


 こんな情けない声が自分の口から出たのかと、頭の冷静な部分は現実逃避のように思った。ゴリアスが何もできないまま僚船は半ばまで巨人に捻られたように潰れていき、前のめりになって沈んでいく。


 だが、その敗北は無駄ではなかった。船一隻の衝突はシールドに限界を迎えさせたのだ。


 光の膜にヒビが入ると、それは一気に全体へと広がり、あっという間に砕け散ったのだ。輝く雪のようにシールドが降る中、ゴリアスは冷静さと怒りを取り戻して声を枯らして叫んだ。


「櫂を漕げぇええ! このまま接舷して、乗り移るぞ!」


 突如として下された近接戦闘の命令に手下たちは驚いた。


「待ってくれよ、船長。沈む船の仲間達を助ねえのかよ! 見殺しにしちまうのか!」


 半ばまで潰され沈む船。道連れが欲しいとばかりに渦を生み、飲み込まれていく仲間達を置き去りにするのかと食って掛かる手下をゴリアスは殴り飛ばした。


「馬鹿か、てめぇら! アイツらを助けたくても、敵が目の前にいんだぞ! アイツらが犠牲になった事で、やっと掴んだ勝利の可能性を、捨てろと言うのか!」


 船長の悲痛な叫びは手下たちの覚悟を固めるには十分な力を持っていた。誰も彼もが目を血走らせ、腰に差してあった剣を抜く。


「いいか、野郎ども! 全員を血祭りに上げちまいな! 特に、レイとか名乗ったガキを取った奴は、報酬を弾んでやる!」


 男の言葉を掻き消すように野太い声が響き、船は再び動き出そうとした。


 しかし、すぐさま動きを止める事となった。


「な……なんだ、こりゃ」


 不自然な揺れに辺りを見回すと、不意にゴリアスは寒気を覚えた。肌から刺すような冷気に違和感を持つ。


「何でこんなに寒いんだ。まだ秋の中月の筈だが……まさか!?」


 叫ぶと同時に男は走っていた。舳先へと身を乗り出せば、彼の求めていた答えはあった。


「嘘だろ、何で、海が、凍ってるんだよ!!」


 絶え間なく揺れ動く海面。それが何故か分厚い氷に蓋をされていた。


 それは旗艦だけでなく無事な僚船も同様だった。進行方向に突如として生まれた氷に行く手を阻まれ身動きが取れなくなった。


 氷を辿れば、それは商船の方にまで伸びていた。間違いなく、敵からの攻撃だった。


「……信じらんねぇ。二百メーチルはある海面を凍らせたって言うのかよ。さっきの奴とは別の魔法使いでも居たのかよ」


 悪夢だとゴリアスは呻いた。


 海賊としてあちこちの海を流れ、この辺り一帯の海域を根城にして数年。船三隻をまとめ上げる海賊団の団長として積み上げてきた自信が音を立てて崩れていった。


「ふざけるなよ。こんなの、高位の冒険者でも乗っていたっていうのかよ!?」


「ああ、うん。一応、その通りになるのかな」


 涼しげな若い声にゴリアスの全身は硬直した。神経が逆立ち、声のした方に向けて腰に下げた剣を振り回した。


 欄干が割れ、海に落ちる。しかし、その上に乗っていた人影は落ちることなく空中で一回転して甲板に着地した。


「おっと、危ないな」


 若い少年だった。黒髪に白が混じる不思議な雰囲気を持つ少年は、気負った様子も無く辺りを見回していた。


「てめぇ、その声は。間違いない、てめえがレイか!?」


「そうだよ。《ミクリヤ》のレイだ。そういうアンタがゴリアス海賊団の船長であってるか」


 答えは言葉ではなく斬撃だった。斜めに振り下ろした剣は、予想に反して何も触れずに甲板へと突き刺さった。そこに居たはずのレイの姿は蜃気楼のように消えた。


「クソガキッ、どこに消えた!」


「こっちだよ、こっち」


 声の方向は後ろからだった。慌てて振り返ると、レイは舳先に足を掛けていた。いつの間に、自分の背後を取られたのか。それすらゴリアスには分からなかった。


「てめぇ、どうやってここまで来たんだ!」


「どうやっても何も、氷を渡ってここまで来たんだよ」


 言われて、氷が足止め以外にも乗り移るための足場も兼ねていたことに気が付いた。それはつまり、この船以外にも乗り移れる事だと思考が進んだ時には遅かった。


「あっちの船にも仲間が乗り移ったようだね。見なよ、アンタの部下が空を舞ってるよ」


 僚船の甲板から聞こえてくる悲鳴に腸が煮えくりかえる。だが、まだ逆転の目はあった。


 足音が続き、ボルトが装填される音にゴリアスは勝利を確信した。


 後ろにはクロスボウを構えて並ぶ手下たちが居た。狙いはもちろん、レイだ。


「動くんじゃねえ。今すぐ武器を手放して、仲間にも降参するように命令しな。さもないと―――」


「―――蜂の巣になるってか。本当に、どうして海賊共はこう、似たり寄ったりの脅し文句なのか」


 肩を大仰に竦めてため息を吐くレイに、ゴリアスは額の血管が浮き出るほど激昂した。


「余裕ぶってんじゃねえ! この状況を理解してないのか! 武器を捨てて、命乞いをしな!」


 鬼気迫る形相のゴリアスに対して、レイは冷静なまま、静かに答えた。


「断る」


「ああ、そうかい、そうかい。なら、死にな!」


 言葉と共に撃鉄が落ちる。ボルトが一斉にレイへと放たれると、レイは彼らの予想を裏切る行動に出た。


 なんと、舳先の向こうへと跳んだのだ。ボルトは彼の居た空間を遅れて通過する。


 そして、腰に下げた長い武器に手を合わせ、精神力を練り上げる。甲板上に居た海賊たちは、一斉に恐怖を感じた。それはまるで、途轍もない巨大な生物に睨まれたかのような、命を磨り潰される感触に似ていた。


「死にたくなければ、船から降りな! 《焔一閃》!」


 抜刀と共に放たれる戦技は炎の居合い術。デゼルト動乱を潜り抜けた結果、レイの中で強烈に印象に残ったサファの抜刀術が、戦技として昇華された。生み出された炎の斬撃は舳先から後部甲板までを一直線に駆け抜け、走った亀裂が船を歪ませて縦に割った。


 大きく、左右に傾いて行く船から海賊たちは我先にと飛び降りていく。


 その中の一人であったゴリアスは己の判断を呪った。


 何故、こんな怪物共に喧嘩を売ってしまったのか、と。








「海賊の拘束と収容が完了しました」


 レイは海に落ちた時に濡れた体を拭いていると、船を一つ無傷で確保したリザが報告を持ってきた。彼女とエトネはレイが旗艦を潰している間に、無傷だった僚船を制圧。その船に生き残った海賊たちを押し込み、後は近隣を巡回している海軍に引き渡す段取りだ。


「ご苦労様、リザ。後は他の人たちに任せればいいから、君も休んでな」


 分かりましたと返したリザが下がると、レイは不思議だとばかりに呟いた。


「それにしても、出会う海賊全員が、自分を近海最強の海賊とか言うけど、ありゃなんなんだ」


 その疑問が解き明かされる事は無かった。


 十度目の海賊との遭遇は、過去の九度と変わらない方法で簡単に撃破した。必勝パターンが確立出来るぐらい、海賊たちは似たような行動しかとって来ない。これならば、まだモンスターの方が手ごわいぐらいだ。


 それから三日で五度の海賊との遭遇を乗り越え、遂に船はカプリコルへと到着した。


読んで下さって、ありがとうございます。

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