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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第8章 動き出す世界
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8-57 ディオニュシウスⅡ

『聖女』の勇ましい宣言を殴り飛ばす勢いで、金砕棒が振るわれた。魔人の恐るべき膂力で放たれる一撃は、ヒーラーのような後衛から仲間を援護する者ならば一撃で五体が吹き飛んでおかしくない一撃だ。


 だというのに、ミストラルはその一撃を前に出ながら躱した。


 足の骨が抜けたかのように前のめりに倒れながら、矢筒より引き抜いた矢を番え、金砕棒が振り切った直後の魔人の兜を斜め下から射抜いた。


 破砕音が響くと、外れた矢が宙を舞う。至近距離とまでは行かないが、懐近くに潜りこまれ放たれた矢に、ディオニュシウスは自ら頭突きをするように兜をぶつけた。首の隙間を狙った矢は、兜の曲面に矢じりがぶつかり逸れてしまう。


 横に振るわれた金砕棒が今度は空に向かって突きあげられ、唸りを持って振り下ろされる。その一撃は大地を砕く。だが、その時にはミストラルの姿は無かった。


 彼女はディオニュシウスの隕石のような攻撃が地面を打つよりも前に、ディオニュシウスの股座を潜り抜けていた。


「《癒しの鐘よ、突き手が居ずとも高らかに鳴り響け》《聞き手は此処に、汝の音色に癒されよう》」


 矢を三本番えながら同時に詠唱を行うという並列動作。それも六将軍の至近距離という死地でありながら失敗しない所は流石というべきか。


 ミストラルはディオニュシウスの逞しい背中を踏み台に高所を取る。そして宙に浮いた姿勢のまま三本の矢に精神力を注入した。


 前衛や、本職である弓使いほどではないが、強化された三射は、それぞれディオニュシウスの背後。後頭部、首筋、背中へと迫る。魔人も応戦するように精神力を込めて鎧を強化した。


 乾いた音が二つと、くぐもった悲鳴が一つ、戦場に広がった。ミストラルが放った三つの矢の内、一つだけはどうにかディオニュシウスの守りを突破したのだ。


 背中に突き刺さった矢に手ごたえを得つつ、ミストラルは魔法を完成させる。


「《ヒールベル》!」


 空中で魔法の光がミストラルを包み込む。杖を振るわずとも、回復魔法を自分に掛けるのならば誰にでも出来る。


 あとは地面に到着すると同時に次の攻撃に移ると決めたミストラルだが、全身が総毛だった。圧倒的な死の気配に四肢に力を込めた。


 直後、地面を削りながら金砕棒が彼女を吹き飛ばそうと下から振り上げられた。暴風を伴う一撃は間違いなくミストラルを掠めた。だがしかし、金属が削れる音と共に地面に着地した『聖女』の体は五体満足だった。


 金砕棒が触れる直前、ミストラルは攻撃をあえて宙で受けた。


 ヒーラーであるため最低限の守りとして四肢に銀の手甲や脚甲を嵌めており、法衣の長い裾の下にある防具で金砕棒を受け止めると、体を縦に回転させて受け流したのだ。


 とはいえ、魔人ディオニュシウスの一撃。


 ミストラルが行える最大限の回避であっても骨折は免れなかった。金砕棒を受け止めた左足が、足の付け根から腿の辺りまで縦に裂けた。美麗な相貌に一瞬だが苦痛の色が浮かんだ。


 ところが、直後に変化が起きる。ミストラルの体が、特に左足を中心に光り輝くのだ。


 そして光が収まると、彼女は何事も無かったように横に移動する。その動きは骨折している者とは思えないほど機敏で、金砕棒から伝わる手応えでダメージを与えたと確信していたディオニュシウスは一瞬だが動揺し、放たれた矢を躱し切れずに鎧で受け止める羽目になった。


 ミストラルが使用した《ヒールベル》は旧式上級魔法に位置する回復魔法だ。


 効果は負傷時に自動的に回復するという、非常に便利な魔法だ。例え、本人の意識が無くなったとしても、効果は発動される。もっとも発動した際と、魔法の効果が続く限り精神力を常時消費していくため、ミストラルの精神力を持ってしても五分が限界だ。


 とはいえ、これで彼女は魔人とは別の鎧、いわば回復の鎧とでも呼ぶべき守りを得た。骨折程度のダメージならば即座に回復されていくため、ディオニュシウスの猛攻が彼女の美しき肌を掠めていくが、それはすぐさま治癒されていく。代わりに至近距離から精神力を籠められた矢を突き立てられていく。


 気が付けば、魔人の青銅の鎧に矢が十数本ほど突き刺さっていた。


 もっとも、ディオニュシウスも甘くはない。頭や首などの重要な部位には決して矢を当てさせようとはせず、鎧を貫通する一撃は動くのに支障はない場所ばかりだ。


 ゆえに、ディオニュシウスの動きは乱れたり、劣れたりする様子はない。直前まで、レイ達と交戦していた時間を加味すればそれなりの時間を戦っているというのに。


 逆に、ミストラルの息が荒くなっているのは明白だ。やはりヒーラーである彼女であっても、魔人と単騎で渡り合うというのは肉体的にも、精神的にも疲弊する行為。矢を番える動作にも遅れが目立ち始める。


 そこをディオニュシウスは突く。


 地面を割れんばかりの勢いで踏みしめ、その巨体を砲弾に見立てて吶喊したのだ。金砕棒の一撃ほどの威力は無くとも、線の攻撃よりも面の攻撃ならば躱し切れまいという判断だ。


 それが功を奏した。


 ミストラルの体が砲弾の如き勢いで迫ったディオニュシウスの直撃を受けたのだ。


 本来なら全身が砕けてもおかしくない一撃だが、ミストラルは咄嗟に後ろに飛ぶことでダメージを減らし、更に《ヒールベル》の効果で即座に負傷箇所を治癒した。だが、それが限界だとばかりに地面に蹲った。吹き飛んだ衝撃で弓を取りこぼしてさえいた。


「ヒーラートハイエ、ヤハリ《シンセイキシダン》ノイッカクヲニナウダケノコトハアル。ダガ、コレデシュウキョクダ」


 勝利宣言と共に、ディオニュシウスの巨体が地面を疾駆する。先程と同じ巨体からは信じられない速度で両者の距離が縮まり―――。


「―――《アイス》!」


「―――ッ、キサマ!」


 蹲った振りをして詠唱を終えたミストラルが杖を抜き放つ。杖の先端から青白い光が勢いよく放出されると、乾いた大地が氷に覆われていく。一瞬で熱砂の大陸に氷原が完成した。ユキというよりも氷の地面は摩擦が限りなく零に近い。


 その上をディオニュシウスは踏んでしまった。加速に全神経を向けていたため、魔人の体は前傾姿勢となり、とても止まるようには出来ていなかった。かくして、その体はミストラルが生み出した氷の地面を滑る。ゴールに居たはずのミストラルは先程までの消耗ぶりが嘘だったように軽やかにその場を脱出。最後のあがきとばかりに投げた金砕棒すら見事に躱してみせた。


「コノテイドデ、ワレヲドウニカデキルトハオモウナ!」


 武器を投げ捨てた魔人は地面に向かって拳を繰り出した。振り下ろされた一撃は氷を砕き、その下に合った地面を掴み、滑り続ける魔人の体を止めた。巨人の体が持ち上がり、ディオニュシウスは反転した。突き刺さった地面から腕を引き抜き、ミストラルの細い首を圧し折るつもりで闘気を漲らせた。


 しかし、その闘気ごと、彼の体は硬直する事になった。


「グウウウ。シカイガ、ナニモミエン!」


 その言葉通り、兜の奥にある金色の双眸は光を一切拾えていなかった。今、ディオニュシウスは夜の闇の中に居た。それがすぐさまあり得ない事だと、彼は判断した。本当に夜のような闇に覆われているというのなら、鎧越しに感じる夏の名残とも呼ぶべき太陽の熱が今も感じられるはずがない。


 だとすれば、自分が何をされたのか。答えは明白だった。


「メクラマシ。ゲンジュツマホウカ! ドコニキエタ、『セイジョ』!」


「私なら、ここに居ますわ」


 涼やかな声は意外なほど近くから聞こえ、ディオニュシウスは防御の構えを取る。弓の攻撃を想定して頭や首を腕で覆う。だが、ミストラルの狙いはそこでは無かった。


 ディオニュシウスの真正面に立つ『聖女』は裾の長い法衣の下にある右足に精神力を込める。そして、体を一回転させながら全身を叩きつけるような足刀をディオニュシウスのみぞおちに放った。


 それは戦技では無い。単に精神力を大量に込めた単なる物理攻撃に過ぎない。しかし、A級冒険者の一人であり、膨大と言える精神力を持つミストラルが惜しみなく注いだ一撃は、もはや戦技と呼んでも差し支えない威力を誇っていた。


 清純の象徴とも呼べる法衣にしては長すぎるスリットからはみ出た白い足から繰り出された一撃は、ディオニュシウスの鎧に致命的とも呼べる衝撃を与えていた。同時に、その下にあるディオニュシウスの体にもダメージを与えていた。発生した衝撃音は戦場の隅々まで行き渡る絶命必至の銅鑼。だというのに、ディオニュシウスは死んでいなかった。


 膝を折り曲げ、地面に崩れ落ちる寸前、魔人はミストラルを捕まえようと腕を伸ばしたのだ。懐に潜りこんでいたミストラルは回避しようとするも、巨大な蛇のような腕の前に為す術なく捕まった。


「くうぅぅ」


「フハハハ! ミエズトモ、キサマノココチヨイヒメイガキコエルゾ、『セイジョ』!」


 万力の如く、左右から握りつぶさんとするディオニュシウス。《ヒールベル》が掛けられているとはいえ、徐々に強まっていく力の前に回復が追いつかない。両腕に走るヒビは広がる一方。美麗な相貌が苦痛に歪む。


「コノママ、ニギリツブシテヤル! セイゼイ、タギルヒメイヲアゲテミセヨ」


 残酷な宣言をするディオニュシウスだが、近づいてくる気配に身を固くした。それは暗闇に囚われた状況であっても明確に感じ取れる、恐怖の塊だった。


 手こずらせたミストラルを甚振るように殺すのを諦め、即座に殺せるようにと力を込めた。


 だが、


「《留めよ、我が身に憎悪の視線を》!」


 滾らせた殺意が強引に別の者へと振り向けさせられる。よりにもよって、恐怖の塊であるその気配に向けてしまった事で、ディオニュシウスの体は完全に硬直してしまった。それを察したように、衝撃が魔人の腕を襲った。


 刃が食い込む感触はすれど、ダメージは皆無。だが、衝撃で捕まえたミストラルを取り落としてしまった。闇の中で手さぐりに探そうとするも、魔人の手が再びミストラルを捉えるよりも前に、風のように素早い存在が彼女を回収していった。


 ようやくディオニュシウスの瞳が光を取り戻した時、そこに居たのはレイを始めとする《ミクリヤ》のメンバーだった。


 ミストラルが一人で奮戦している間に回復と準備を終えたのか、全員が意気軒昂な姿だった。


「……申し訳ありません、レイ殿。あんな偉そうな事を告げておいて、また貴方に助けられるとは」


 エトネに抱えられたミストラルが立ち上がりながら、申し訳なさそうに謝る。《ヒールベル》の効果で傷は治っているが、役に立てなかったという自責の念に苛まれていた。だが、レイはそんな事ないとばかりに頭を振った。


「凄い戦いでした。流石は《神聖騎士団》の一員だと、素直に尊敬します」


「そんな事ありません。皆さまに休んでいただこうとしたのに、十分も時間を稼ぐことすらできずに」


「でも、凄かったよ! 同じヒーラーとして、憧れちゃうよ」


「うん。すごかった」


 幼い子供が瞳を輝かせて告げるのと対照的に、シアラはどこか憮然とした表情で、


「……主様に色仕掛けをするのは頂けないけど、素直に感謝いたしますわ。アナタが時間を稼いでくれたおかげで此方も態勢を立て直せましたし、何より、ディオニュシウスとの戦い方がつかめてきましたわ」


 と、口にした。どこか刺々しい口調ではあるが、シアラなりに最大限の感謝を込めているのはレイには当然のように理解でき、またミストラルも伝わった。彼女は張っていた気を緩めると、途端にレイの胸にしなだれかかる。法衣に隠しきれない豊満な肉体が防具を無くしたレイの体に押し付けられた。


「ミストラルさん!? もしかして、どこか負傷しましたか」


 慌てるレイだが、ミストラルはそのままスリットを捲り、太陽の日差しを浴びてまばゆいばかりに輝く太腿を曝け出した。


「あの者の鎧を砕く際の反動で足にひびが。レイ殿、よろしければ触って確かめてくださいませんか」


「え? あの、その」


「さ、さ、さ。ずいずい、と。容赦なく、嬲る様に、なめ尽くすように。いっその事舐めてしまっても構いませんよ」


「構うわよ! 大体、そっちの足は左で! 蹴ったのは右でしょうが! おちびも居るんだから、ちょっとは遠慮とか配慮とかしなさいよ!!」


 ミストラルの腕を掴んでスリットを降ろそうとするシアラにミストラルが屈託なく笑い、エトネの目を塞ぎつつもミストラルが勉強になるなと頷きながら見ていると、大地が揺れた。


「チャバンハ、ソレグライニシテモラオウカ」


 途端、レイ達の全身を冷たい刃が撫でるような不快な感覚に襲われる。それはディオニュシウスから放たれた殺気だ。濃厚な殺意が物理的な領域にまで達していた。


 鎧の中心に蹴りの跡を残し、あちこちに矢で射抜かれているのに、ディオニュシウスは堪えた様子も無く投げた金砕棒を拾い上げ、大地を叩いていた。理不尽な暴力に悲鳴を上げるように地面が割れた。


「ソロソロ、コチラモドウホウトゴウリュウスルヒツヨウガアル。ヨッテ、ゼンリョクデイドマセテモラオウ」


 その言葉が偽りでない様に高まる闘気にレイ達は身構える。


「シアラ殿。あの鎧は―――」


「―――大丈夫よ、ミストラル様。貴女の戦いを見ていて分かったわ」


「流石は人龍戦役の英雄アレクサンド様の御息女。慧眼です」


 複雑な感情を持つ母親と違い、敬愛する父の名を出された事でシアラは唇の端に隠しきれない笑みを浮かべてしまう。そしてミストラルはレイへと振り返った。


「レイ殿。申し訳ありませんが、私が魔法を詠唱する間、あの者を皆様で足止めしてもらえませんか。そして、魔法を掛けた直後に、皆様の持てる最大の一撃を叩きこんで下さい」


「その魔法を放つまでにどれぐらいの時間がかかりますか」


「一分弱です。……できますか?」


「……僕らが足止めして勝算はありますか」


「勿論です。《神聖騎士団》の名に懸けて、必ず」


「了解したよ。なら、貴女の言葉を信じます、ミストラルさん」


 言って、一同の後ろに隠れるように避難したミストラル。彼女は即座に魔法の詠唱に取りかかった。


「《鈴よ、鳴れ》」


 彼女の体から汲み出される精神力はエトネの目で見れば、星が落ちたかと見間違う様な強い輝きを放つ。思わず、目を瞑りそうになる幼女にレイが指示を出す。


「エトネはかく乱と陽動。ケラブノス石入りのボルトをどんどん使ってくれ」


 続いて、レイはレティに尋ねた。


「レティ。を使う準備を」


 ワザと名詞を隠した言葉に、レティはエメラルドグリーン色の瞳に理解の色を示した。


 そしてレイの指示から何をしようとするのか察したシアラが、主の言葉を遮って告げた。


「ワタシの役目は二人の援護とディオニュシウスの妨害ね」


「よく分かっているじゃないか」


「当たり前でしょ。ワタシを舐めないで頂戴」


 薄い胸を突きだすように得意げに言うと、シアラは一転して表情を引き締めた。


「でも、分かっているんでしょうね。あいつは、あの魔人はまず、主様を狙ってくるわよ」


 心配そうに告げられた事実に、レイは気が付いていた。


 《心ノ誘導》を受けたせいか、あるいは別の要因があるからか、ディオニュシウスの殺意が一番に向けられているのが自分だと理解していた。だが、それこそ望む所だ。


 シアラに大丈夫だと言わんばかりに頷き、そして少年は正面を向いた。今にも襲い掛からんと力を溜めている怪物に向けて、逆に闘気をぶつけるように叫ぶ。


「ここが正念場だ。全員、生きてリザの元に帰るぞ!」


 異口同音の返事が少女らの口から飛び出るのが合図のように、ディオニュシウスは動き出した。自らの殺意と闘気を混ぜ合わせた威圧感を纏い、大地を踏み荒らしながら金砕棒を振るい上げた。


 同時に、レイも走る。手甲が無くなり、ブレイブサラマンダーの手袋の下に嵌めてある指輪に意識を集中させた。


「《全力全開オールバースト》!」


 指輪に刻まれた魔法式が魔力を魔法へと昇華させ、レイの体に力の奔流が流れ込む。そして、瞬きをすると、右の瞳が紅蓮の輝きに彩られた。


読んで下さって、ありがとうございます。


次回更新は金曜日真夜中頃を予定しております。

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