8-56 ディオニュシウスⅠ
兵士たちの勇ましい叫びと、モンスターの獣声が混じり合い風に乗って運ばれる。その風に靡くように流れる銀髪が太陽光を受け止め煌めく。レイは目まぐるしく変化する状況に一瞬だが呆けてしまった。
見かけとは裏腹に機敏なディオニュシウスの猛攻を浴びて一気に全滅寸前まで追い込まれた《ミクリヤ》。その窮地を助けてくれたのは、誰であろう《神聖騎士団》所属、A級冒険者の一人である『聖女』ミストラルだ。
彼女曰く、パーティーの仲間である『三賢』マクスウェルの指示でここに来たという。
戦場に到着した早々、ディオニュシウスの後背から戦技を放ち、相手の動きを止め、その隙に死にかけていたレイ達の治療を終える手際の良さと判断力の高さは脱帽物だ。
そしてミストラルは刃のように突きつけていた杖に詠唱を乗せる。
「《大地より伸びる見えざる鎖よ》《翼無き者を縛りつける大地の理よ》《今此処に我らに仇為す敵を押しつぶしたまえ》、《グラビティ》!」
涼水が流れるような調べで紡がれた魔法は旧式上級魔法の一つ。指定した空間内の重力を増幅させ、相手を圧殺するという魔法だ。
流石に相手は六将軍の一角。圧殺までは出来なくとも、行動を止めるか、あるいは鎧にヒビを走らせる程度は可能だろうというのがミストラルの概算だった。ところが、彼女の予想は裏切られる。
指定した空間内で重力が増幅され、ディオニュシウスの周囲の地面が不可視の圧力に潰され砕けていく。だというのに、目標の魔人は平然としているのだ。戦技《影縫》によって身動きが取れないのは変わらないが、それでも魔法の影響を受けていない。鎧を境にあそこだけ別空間となっているかのようだった。
「駄目なんだ、ミストラルさん。あいつに、魔法の類は効果が無い」
レイの言葉に銀色の瞳は納得を示すように瞬きをする。
「……どうやら、その様子で。これ以上は精神力の無駄使いですわね」
言って、《グラビティ》を打ち切る。その判断の良さにレイは逆に驚きを示すが、ミストラルとしてはあまり驚くに値しない事柄だった。
彼女たち《神聖騎士団》が普段相手する超弩級モンスターなどは、魔法無効や物理無効、常時回復、魔石を体外に隠し持つなど常識外の常識を有している。そんな厄介な敵を相手取る時、効果の薄い手段に固執していれば死んでしまうと身を持って思い知っていたからこその判断の速さだ。
「それで、あれが魔法を弾く要因は何でしょうか。技能や戦技、あるいは魔道具ですか」
「魔道具だと思います。ゲオルギウスが神前決闘に用いた鎧と同じです。あの鎧が、魔法の効果を打ち消すか、あるいは弱めているみたいで。僕の龍刀の炎やシアラの魔法は通じません」
「そうですか。でも、戦技は通じるようですね。でしたら、そちらから攻める筋道を作るとして……レイ殿」
不意に、髪色と同じ銀の瞳がレイの方を向いた。戦場だと言うのに色香を漂わせるミストラルが手を伸ばせば届きそうなほど近くに感じ、レイは僅かに頬を染めた。
「その御様子ですと、随分な回数を戻られたようですね」
「え? ……ああ、そう言う事ですか。そう、なりますね」
心の騒めきは指摘された事実に一瞬で戻される。ミストラルが見ていたのは、レイの頭部。黒髪に混じる白髪の面積だ。黄龍戦まで全体の一割前後、主に前髪に集中していた白い部分が、側面などに広がっていた。
《トライ&エラー》の効果とペナルティを知ったミストラルは、そこからレイが何度も死に戻っていると推測し、レイもそれを認めた。
「二十九回も死んで、ようやく得た情報が、鎧は魔法を弾く程度ですよ。中々、上手く行きませんね」
自嘲めいた言葉を零すレイに対して、ミストラルは柔和に微笑んだ。
まるで慈愛の籠った笑みにレイは再び心を騒めかせた。
「それは違います。レイ殿、そして《ミクリヤ》の皆様方が命を賭けて得た情報は、どんな財宝よりも価値ある物であり、無駄になる事などあり得ません。……無駄になんてさせませんわ」
「勇ましいお言葉ね、ミストラル様。それで、何か作戦はあるのかしら。無ければそのだらしない体を主様に近づけないでくださらないかしら」
どこか刺々しい語調で二人の間に割り込んだのはシアラだ。後ろには自分の血で腹部を赤く染めたエトネと、一時は死すら覚悟したレティが続いていた。
「三人とも、無事なのか。負傷した箇所とかは無いのか」
地面に何度も叩きつけられた影響で、あまり正確な状況を覚えていないが、それでもシアラ達が酷い目に遭っていたのは間違いない。すると、シアラが折れたはずの首をさすった。
「御覧の通り、ワタシは問題ないわ。レティもね。でも、おちびがちょっと」
言葉を濁しつつ、彼女の方へとちらりと視線を向けると、少女は萌黄色の瞳を曇らせながら、
「せいれい、かえっちゃた。それにぼうぐが」
と、言って、自分の胴当てを示した。首元からへその辺りまでを守るはずの防具が、輪郭をそのままに中心部分だけが綺麗に抉れていた。
おそらく、金砕棒の直撃を浴びて、その固いに防具が抉れたのだろう。下の衣服も裂けて、血に汚れたみぞおちが覗かせるが、傷は存在すらしていなかったように跡も残っていない。
レイもまた自分の体を確認すると、内側から突き出た骨による出血や衣服の裂け目は残っているが、傷口自体、綺麗に塞がっている。これは治療と呼ぶよりも、肉体のじかんをまきもどしたのではないかと 疑いたくなる回復魔法だ。
ミストラルの魔法の凄まじさに驚きを隠せないでいると、ふと自分の体にレイは違和感を抱く。同時にレティがあれと不思議そうに声を上げた。
「ご主人さまこそ、胸当てとか、小手とか如何したの?」
彼女の指摘通り、レイは装備していた防具の一切を無くしていた。ドワーフのワルグに作ってもらった炎鉄の手甲や、ニコラス作の《耐久》の加護が付与された胸当て、それに脚甲もすべてなくなり、その下に身に着けている戦闘用の簡素な衣服という頼りない姿だ。
消えた防具は直ぐに見つかった。足元近くを転がっていた手甲をエトネが拾い上げると、どうして防具が外れたのか分かった。留め具が砕けているのだ。どうやらディオニュシウスの攻撃を浴びた時に、防具のパーツが砕けたり、変形したりしたようだ。よくよく探せば、あちこちに防具は転がっていた。
「いまのうちに、かいしゅうする?」
「いや、時間が惜しい。それよりも今は策を練る方が先決だ。ミストラルさん。ディオニュシウスの動きを止めた戦技は、あとどれぐらい持ちますか」
「そうね。……多分、三分か、五分ぐらいだと思うわ」
「十分です。それじゃ、現状を纏めよう」
言って、レイはディオニュシウスとの繰り返される戦いの間に得た情報をミストラルに端的に話した。もっとも、得た情報はそれほど多くなく、鎧によって魔法が無効化される事と、どういう訳か龍刀か、あるいは龍刀に宿るコウエンに怯えて全力が出せないでいる事、そして奴が魔人になった経緯にカタリナが関係する事を伝えた。
そして、話はより重要度の高い事柄へと移った。
「それと、《トライ&エラー》のセーブポイントが変更になった……と思う」
「随分と曖昧な言い方ね。その根拠はさっきの攻撃と回復ね」
「そう言う事だ。正直、意識がぼんやりとしていて、確実に落ちたとか断言できない。でも、あれだけの状態だったから、意識を失っていてもおかしくない。だから、シアラ、レティ。死に戻って始まりが直ぐに戦場だというのを覚悟していてね」
頷く二人の横で、ミストラルが申し訳なさそうに俯いていた。
「面目ありません。どうやら、私が回復を行ったせいで、妙な事に」
「ミストラル様のせいじゃないよ。ヒーラーなら、あの状況で回復をしないっていう選択肢、普通なら思いつかないもん」
一回り近い少女に慰められるという状況に、更に気落ちするミストラルだが、レイはさほどこの状況を悪いとは捉えていない。朝方にいくら戻った所で、ダリーシャスを救出してからディオニュシウスとの戦いまでの流れは変えようが無く、魔人をこの人数で足止めするのは限界に近かった。
ミストラルが来援してくれたお蔭で、数分とはいえディオニュシウスの時間を奪いつつ、更には回復をしつつ作戦も立てられるのだ。
「それでエトネ。残っている精神力でもう一度、精霊の二体召喚は可能か」
質問に対して幼女は申し訳なさそうに首を横に振った。
「ひとりだけなら、よびだせるとおもう。でもにたいはむり」
エトネの保持する精神力とは別の、指輪の魔力で召喚するハヅミは可能だが、彼女の《憑依》はエトネの体を乗っ取るのに近い。そうなると、《カデキタ》や《ロカ》のように能力値の上昇では無く、彼女の呼び出した水を操る戦い方になってしまう。それではディオニュシウスの鎧は突破できない。
「シアラ、死の影はどれ位だ」
「どれ位って、全員、変わらずに濃いわよ。……まあ、流石はミストラル様。ワタシ達の中じゃ、断トツで薄いわね」
《ラプラス・オンブル》の事は知らないため、ミストラルは会話の意味を理解できずに小首を傾げた。その際に腕で挟まれて存在を誇示する物体が揺れ、レイは視線を逸らしつつ、意見を仰いだ。
「それで、ミストラルさん。《神聖騎士団》の一員として、そして高位冒険者の先達としてお尋ねします。率直に言って、僕らは如何するべきだと思いますか」
意外な質問だったのか、ミストラルは柳眉を震わせて、数秒考え込む素振りをしてからきっぱりとした口調で告げた。
「私個人としては逃げるのをお勧めしますわ。どう考えてもこのままでは、勝利の道筋は無く、死への旅路を歩む事になります。……ですが」
否定の言葉で一度区切ると、ミストラルは自分の考えが正しいのかどうかを考え、そして迷いなく言い放った。
「この戦争において、此処が戦局を大きく左右する場所だとも、私は思います。平たく言えば、ここであなた方が敗北すれば、この戦争はデゼルト国の敗北で終わります。ですから《神聖騎士団》の一員として、あなた方には勝利を求めます」
「随分と、無茶苦茶な要求するわね。……もしかして、他所の戦場は此処よりもっと混沌としているの?」
「その通りです、シアラさん。大まかに説明すると、此方はサファ殿と《神聖騎士団》で、彼方の『勇者』と六将軍二人を相手取っています」
ミストラルの口から飛び出した二つ名に、レイ達は呆然としてしまう。
六将軍が三人に加えて、まさかもう一人、『七帝』がこの地で暴れているのか。
レイは『魔王』、『機械乙女』と交戦した経験から、彼らの怪物ぶりは一端とはいえ身を持って知っている。帝国の剣である『勇者』ジグムントも同様の強さならば、サファとはいえ一筋縄ではいかない。
元々の概算では、サファが六将軍の誰かを打ち倒すまでの時間稼ぎだったはずが、『七帝』同士がぶつかっているとなれば話は違ってしまう。
(いや、考えてみれば、これもありえた話だ。相手が帝国であり、なおかつ飛竜を出してきた点で、彼らは本気だった。だから、これもありえた話の筈だ)
自らの考えに存在していながら気がつかなかった見落としを認める事で、逆に理性を保たせる。『七帝』の登場は衝撃的な情報ではあるが、こればかりはレイにどうにもできない。全面的にサファに任せるしかないのだ。むしろ気がかりなのはレティの方だった。
レイはちらりと視線を横に向けた。
元帝国の貴族であり、家族を、生まれ育った場所をジグムントに奪われた姉妹。その憎むべき怨敵が近くに居ると聞き、平静でいられるわけがない。怒りから激昂するか、あるいは恐怖が蘇り狼狽するのか。どちらにしても、普通の状態ではないはずだ。
これからディオニュシウスとの戦闘が再開するにあたって、言葉は悪いが足手まといが居てはどうにもならない。
そう考えて、レティの様子を窺い―――絶句した。
幼い相貌に映るのは、見るだけで伝わって来る、重苦しいまでの強い感情。まるで吹きすさぶ風にも負けずに荒野にそびえ立つ巨石のように、微動だにせずにその感情は存在した。
それは―――覚悟だ。
年に似つかわしくない、どころか何かを超越させるほどの覚悟が顔に浮き出ていた。一瞬だが、レティが全くの別人のようにすら、レイには見えた。
―――「……一緒に地獄に落ちてくれる。そう聞いたわ」
不意に、脳裏を過るのは王宮を脱出する直前にシアラが告げた未来予知の内容だった。どういう訳か、その言葉が今のレティの様子と繋がってしまい、レイは腹の中を素手で触られるような不快感が拭えなかった。
「『勇者』については、サファ殿が応戦中。第四席クリストフォロスはマクスウェル達が、第五席ジャイルズはローラン達がそれぞれ戦っていますが、激戦でしょう。短時間で決着が付くとは思えません」
レティに声を掛けようとしたが、ミストラルの朗々とした喋りに意識がそちらを向いた。広範囲にわたる戦場の状況を把握したシアラがなるほどと呟いた。
「だから、此処が分水嶺という訳ね。ワタシ達が負ければ、ディオニュシウスが戦場で暴れ回り、逆にワタシ達が勝てば戦局に与える影響は計り知れないっと」
「せきにんじゅうだいだね!」
「馬鹿ね、おちび。こういうのは、丸投げって言うのよ。冒険者の中でも指折りの、最強パーティーが一番重要な部分をワタシ達のような駆け出しパーティーに押し付けるなんて、職務怠慢じゃなくって」
ここぞとばかりに毒舌を刃のように振るうシアラにミストラルは微笑みを浮かべたまま応じた。
「期待、と捉えてください。あなた方なら可能だという、信頼です」
「聞いた、主様。こうやって、ワタシ達をこき使うつもりなのよ」
どうしようもないわねと肩を竦めると、しかしシアラはすぐさまふざけた雰囲気を拭い去り、瞳に真剣さを宿して尋ねた。
「それで、真面目な話、如何するの? 正直、足止めしていれば他の戦場が終わって、こっちに人が流れ込んでくると当てにしていたのに。これじゃあべこべよ」
相も変わらない他力本願がレイ達の作戦の骨子となっていたが、それが期待できない以上、足止めでは無く討伐を念頭に戦わなくてはいけない
だが、それには問題がある。
「ワタシ達の攻撃は、何一つ、あいつに通らない。そりゃ、多少は鎧を傷つけているけど、その程度よ。火力不足。それが問題よ」
今にも動きだしそうな程の闘気を漲らせているディオニュシウス。その鎧は魔法を無効化するか、あるいは減衰させる効果がある。鎧その物の硬度もあり、並大抵の攻撃では効果が薄い。
見た目以上の鉄壁の守りを突破しなければ勝利など夢のまた夢だ。
「それなのですが、レイ殿。それに皆さん。本当に魔法の類が一切効かないのですか?」
「……なによ、ワタシ達の話を疑っているのかしら」
「いえ、そうではありません。ですが、いくら六将軍が魔人で、その血があればいくらでも魔道具を量産できるとはいえ、魔法を全て弾くというのは並大抵の事では作り上げられません」
ミストラルの確信めいた言葉にシアラは何か思い当たるふしがあるのか口を噤む。その間もミストラルは自説を披露した。
「あの青銅の輝きからすると、あれに使われている鉱石は青翡翠などを中心とした金属。言葉は悪いですが、ありふれた鉱石だけに、素材としての価値は低いです。レイ様の龍刀を例に上げれば、赤龍の素材をふんだんに使ったからこそ、この魔道具は赤龍の炎を再現する領域に達せたという訳です」
魔人の血は、それだけでも力ある道具だ。だが、それを使用して誕生する魔道具には、その強靭な力を支えきれる素材が必要だとミストラルは力説した。
「第六席の鎧に使われている素材はさほど大した事はない。だから、全ての魔法に効果があるとは思えないという訳ですか」
「そうです。その通りです。……何か、心当たりはありませんか」
我が意を得たりとばかりに意気込む彼女に対して、レイ達は記憶を遡る。すると、あっと小さな声が漏れた。
声を発したのはレティだ。
「あたしの《反射盾》。シアラお姉ちゃんの《アイスウォール》と違って、弾かれなかった」
「……そういえば、そうだったわね」
二人の言葉にレイも同じ事を思い出した。突進するディオニュシウスを止めるために二人は魔法を放ったが、シアラの氷の壁は砂糖菓子のように簡単に力任せに砕かれた。だというのに、レティの《反射盾》は砕けず、ディオニュシウスが吹き飛ばされないようにと堪えていた。
つまり、あの鎧は全ての魔法を弾くか、あるいは弱体させる事は出来ないのだ。
だとしても、防御や支援に特化した盾の魔法で一体どうやって魔人を倒せと言うのか。暗雲を切り裂くかもしれない光明に一瞬期待するも、すぐさまレイは頭を抱える。だが、ミストラルは、最強の冒険者の仲間は違っていた。
「《盾》系の魔法は通じる。ということは、もしかして」
何かに気が付いたように呟くミストラルにレイがどういう事かと尋ねようとする。だが、その言葉はディオニュシウスの上げた絶叫で掻き消された。
「グオオオオオオオオオオオ!」
ひび割れた声が空気を震わすと、ディオニュシウスを縛りつけていた矢が砕け散った。途端、彫像めいた鎧姿が自由を取り戻した。
一瞬にして死の気配が濃厚となる戦場に、レイは龍刀を構える。
「時間切れか。とりあえず、何が効いて、何が効かないのか、探りながら戦い―――」
「―――いえ、レイ殿。まずは、私一人で挑ませてもらいます」
再開する激闘に合わせて漲って来た闘気が一瞬で萎む。優雅な足取りでレイ達の前に躍り出たミストラルは気づかわしそうに年下の冒険者らを見つめた。
「皆さま方は自分が思っている以上に消耗していますわ。《トライ&エラー》を所有しているレイ様は勿論の事、レティちゃんやシアラ殿、それにエトネちゃんも」
それは事実だ。いくらディオニュシウスから与えられる死のイタミが耐えられるものだとしても、相手は六将軍。数を増していくにつれ、レイ達の精神の損耗は著しくなっていた。ミストラルは、彼らの顔に隠しきれないほどの疲労があるとすぐに気が付いた。
「ですから、今は一瞬でも多く、御自分の体を労わって下さいませ。その程度の時間。私一人でも稼いでみせます。それに、確認しておきたいこともありますので」
そう言って、ミストラルはダンスをするかのようにくるりと回った。丈の長い神官服の裾がふわりと翻り、主に合わせるように舞う。
「それに私。レイ殿には返さなければならない恩義がありますので」
その言葉に、レイは彼女が何を言っているのか理解した。それは《神聖騎士団》がネーデの迷宮最深部において遭遇したゲオルギウスを、彼女が地上に転移させた事だろう。
レイが何もしなければ、あの魔人は街を吹き飛ばしていた。
ミストラルは仲間を助けるためにした行為が、罪なき人々の中に悪意の爆弾とでも呼ぶべき存在を放り込んでしまったのを悔いていた。ゆえに、それを止めてくれたレイに対して、強い感謝の念をいまだに抱いていたのだ。
「ここは一つ、私が頼れるお姉さんだという事を、皆様方に教えて差し上げようかと」
最後は冗談めかしたミストラルはレイ達を庇うようにディオニュシウスの前に立ちふさがった。
その背中を見て、シアラはある事に気が付いた。
先程の、レイに極端に近づいたり、此方の感情を逆なでする行為は、あえてそうする事で限界まで張り詰めかけていた心を解すための行為だったのではないかと。強く張った糸ほど、案外切れやすいのは心も同じだ。ディオニュシウスという強敵を前に、何度も死を繰り返した上で、魔人を倒さねばならないとなれば、心が悲鳴を上げても不思議ではない。
そうならないように、あえてあのような振る舞いをしたのではないか。
シアラの推察を察したように意味ありげな視線を背後に向けたミストラルは兜に篭る嘲笑で前を向いた。
金砕棒を肩で担ぐディオニュシウスとの体格差は倍以上ある。その体格以上に漲らせた闘気が彼女を押しつぶさんとする。だが、ミストラルはそれを平然と受け流していた。
その余裕ある態度に、ディオニュシウスは憤慨したとばかりにスリット越しの金色の双眸で強く睨みつけた。
「『聖女』カ。ゲオルギウスカラ、ハナシハキイテイルゾ。タカガヒーラーガ、ゼンエイノマネゴトデモスルツモリカ?」
明らかに嘲りの含まれた問いかけにミストラルは逆に胸を張った。
「御明察。今から、貴方という存在を丸裸にするわ。その固い殻に隠された貴方の素顔を拝見させてもらうわね」
言うと、体で担いでいた弓を手に取り、矢筒から弓を引き抜く。その鋭い眼差しは、敵を射抜いていた。
「さあ、おいでなさい」
読んで下さって、ありがとうございます。
突然ですが、都合により次回からの投稿を平日投稿から隔日投稿とさせて頂きます。
次話の更新は、水曜日の真夜中頃となります。突然の変更ですが、ご容赦ください。




