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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第8章 動き出す世界
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8-55 それぞれの戦場Ⅴ

 火の手が上がり、そこかしこで悲鳴と崩落の音がするスカンダ砦を席巻するのは、怪物同士の常識外の剣戟である。彼らにとって堅牢な壁や有象無象の帝国兵士などあって無い物。サファの眼に移るのはジグムントの姿のみ、耳朶は悲鳴も驚嘆も拾い上げず、刃が絡み合うように幾度もぶつかる。


 既に何合打ち合ったのか、正確な数など覚えていなかった。


 全身を元は白銀の、それこそ星を纏ったと謳われた鎧に身を包むジグムントに対し、激しい動きに耐えうるとはいえ、防刃性能は皆無の着流しを纏うサファ。普通に考えれば、防御の面で劣るはずだ。だというのに、サファはかすり傷一つ負っていない。


 ジグムントが繰り出す斬撃を、全て躱していた。


 首を狙う剣筋を正面から叩き落し、虚実入り混じる斬撃に対して本命の一撃だけを見抜いて防ぎ、相手の鋭い一撃が繰り出されるのに対して出鼻をくじくように一撃を叩きこむ。


 美しかった装飾すら覆い隠す白錆の鎧に幾筋もの剣戟の跡が残る。中には鎧が砕け、その下にある布らしきものを覗かせていた。


 ジグムントの聖剣が輝きを強めると、サファは振り下ろされる直前に『勇者』の手首を掴む。振り下ろしと共に放たれるはずの熱線は、斜め上の山を貫通して空に消えた。背後で落石か、土砂崩れが起きている様だが、サファには関係ない。


 スカンダ砦を戦闘の場所に選んだのは、ジグムントを相手取りながら、周りへの被害を最小限に抑えるのは不可能だとサファが判断したからだ。事実、戦いが激化して十分にも満たない内に、堅牢と評されていた砦は、内部から崩壊し使い物にならない姿になっていた。


 レンガに特殊な土塊で補強した防壁は投石機や破城槌などの物理攻撃はおろか、魔法による攻撃すら防ぐはずだったが、既に瓦礫が散乱し、それに下敷きに遭った帝国兵の死体が隙間を埋めるように転がる悲惨な光景となっていた。


 これが主戦場近くで戦いを続けていれば、デゼルト国、帝国、双方に甚大な被害を出したはずだ。デゼルト国としてはスカンダ砦という国防の要を壊されてしまったが、どうせここは帝国の兵士しかいないはず。いくら被害が出ても、さほど問題にならないだろうとサファは踏んだ。


 実際、此処に詰めていたデゼルト国の兵士たちは魔人の手によって既に皆殺しにされ、ディオクレティア将軍麾下の兵士のみが残っていた。そして、彼らは怪物達の戦いに巻き込まれ、塵芥のように命を落としていく。哀れではあるが、自らが招いた報いを受けたとも言えた。


 捕まれた手首を引き剥がそうとするジグムントに対して、サファは刀の柄頭で腹部を殴打する。鎧が変形するも、手ごたえは弱く、ジグムントの脱出を許してしまう。聖剣が斜めから振るわれるのを、サファはそのまま柄頭で受け止めた。そして、一瞬の拮抗状態で相手の体を止めると、即座に体を捩じりながら宙を舞うと、回し蹴りを側頭部に叩き込んだ。


 安城琢磨から作り方を学んだ下駄は特別な樹木を材料としており、並みの金属以上の硬度を持つ。当然のようにジグムントの体は砦内の建物の壁を突き破った。


 着地をしたサファは、額にかく汗を拭った。


 手にした藍色の刀身を見て、こうも長々と衆目に晒したのは何時以来だと自問した。


 サファが居合いを好むのは、それが最速の攻撃手段だと信じて疑わないからだ。納刀からの抜刀ならば、たとえ相手があと一音で魔法を完成させる寸前だとしても首を斬り落とせるという自負がある。だが、同じ『七帝』であり、なおかつ同じ近接戦闘を得意とするジグムント相手に居合いは連続で放てない。


 剣技で劣るとは思わないが、それでも抜刀術は相手の攻撃に対して一手遅れてしまう。自分の抜刀術なら、その遅れは無いに等しいのだが、ジグムントが相手となればその僅かな、一秒にも満たない遅れが致命的となりかねない。


 あのサファですら、そこまで警戒する相手なのだ。


 最も、それでも通じないとはこの男は欠片も思わない。


 刀に付着した汚れを袖口で拭うと、そのまま鞘に納めた。腰を下げ、足を引き、柄に軽く手を添える。そして、精神を集中させるべく、浅い呼吸を繰り返した。


 ―――音が消えた。


 深く集中すると、サファの五感は必要な事に対してしか反応しなくなる。初めてレイ達と遭遇した時、相手が何者なのかすら確かめずに刃を向けたのは、まさにこれが原因だった。


 自分に対する敵意だけを拾い上げて、神速の一撃を叩きこむ。


 自動防御とも呼ぶべき、この状態は、最も体力の消費を抑えつつ、最速の攻撃を放つことが出来る。


 余分な情報を五感は切り捨て、全方位に拡散されていた闘気が一点に集中していた。


 痛いほどの集中力が辺りを覆い尽くし、傷ついた帝国兵たちは一見すると無防備な姿を晒しているはずのサファに対して、何の行動もとれずに痺れた様に動けないでいた。


 一瞬とも、永遠とも思える時間は爆音と共に動き出した。


 直後、稲妻と稲妻がぶつかるような轟音にスカンダ砦は見舞われる。あまりの音に、帝国兵たちの意識が一瞬だが奪われ、あるいはそのまま命まで奪われた哀れな者も居た。


 辛うじて生き残り、比較的早く意識を取り戻した者は、先程とは光景が微妙に違っている事に気が付いた。


 それはサファの藍色の刃が鞘から抜かれたという事だ。


 冷然とした相貌に不快の色を隠さないサファは刃を納めると、その場を反転した。既に防壁としては致命的なまでの崩壊をしている壁の残骸を踏み越えると、そのままスカンダ砦を出た。


 砦と主戦場の間にある平野に、ジグムントの姿はあった。


 ジグムントが瞬間移動してこの場に現れたわけではない。帝国兵たちの視界には影すら残らない速度で突撃してきたジグムントを、サファの神速の居合いが迎え撃ち、両者がぶつかった結果、ジグムントの体が宙を舞ったのだ。


 水平に放たれたクロスボウのボルトが、横からのちょっとした衝撃で簡単に逸らされるように、自らの体を一本の剣とした一撃が強すぎたせいで、サファの居合いにジグムントは弾かれたのだ。


 それでもサファの手には確かな感触があった。致命傷は与えられなかったが、無傷ではないはずだ。


 足音に反応したのか、ジグムントがぎこちない動きでサファに振り返ると、全身を隙間なく包み込んでいた鎧の胸部が斜めに裂けていた。それまでに入っていた亀裂と合わさって、大きな破片が落ちると、そこにあったのは腐臭を漂わせる肉の塊を包み込む布だ。


 包帯のような布には濁った粘液が内側から染み出ている。サファの萌黄色の瞳は、その布を複雑にそうに見つめていた。


 正確には、布に記された魔法言語ヒエログリフと幾何学模様の図形を。粘液に滲むことなくつづられているそれは、間違いなく同胞の、エルフの御業だ。


「救国の英雄がこのような悪臭漂う物だと、帝国の民は知るまい。それに同胞が関わっている事が腹立たしい限りだな」


『勇者』ジグムント。


 帝国の元となる小国を救った英雄に死後の安らぎは無かった。死して尚も、国を守るようにと改造を施されたジグムント。その改造の一端に使われた技術は、旧『七帝』の一つ『墜ちた精霊』スパンダルマドとその庇護を得ていたエルフ族なのだ。


 千年前に起きた大移動によって世界中を放浪する羽目になったエルフたちは、最終的に複数の隠れ里を形成して、そこに住む事になった。だが、それを良しとしなかった者らも少なからずおり、そのうちの数名は西方大陸に渡り、精霊でありながら人を憎むスパンダルマドの庇護下に入った。


 彼らの蜜月は旧『七帝』ら三人による、偽りの遊戯が終わりを迎える時まで続いていた。ジグムントを有していた小国は、その戦いにおける戦利品とばかりに旧『七帝』の保有していた特殊な技術や資料、そして人材を獲得した。その中に、エルフたちが居たという訳だ。


 ジグムントの体は脳の中にすらエルフが生み出した特殊な魔法言語ヒエログリフや魔法陣が仕込まれ、帝室の血を持つ者の命令に従い行動する。旧『七帝』の技術は凄まじく、見た目と知性以外は死後も生前と変わらない。


 能力値アビリティも、戦技も、そして特殊ユニーク技能スキルも当然のように扱える。


 というよりも、既にジグムントは己の特殊ユニーク技能スキルを発動していた。


 ジグムントが大地を蹴ると、サファの斬撃に恐れも抱かずに踏み込んできた。死者と成り果てた彼に、恐怖という感情は無い。どこかに居るはずの命令を下した人間の道具に過ぎないのだ。


 予測していたサファが上段からの一撃を振り下ろすと、それをジグムントは手甲で逸らした。金属が触れ、火花が肌を染める中、ジグムントの聖剣が振り抜かれる。片手で握っているとは思えない強烈な斬撃はサファのわき腹の反対側まで通るはずだった。しかし、サファが強引にマサムネを横に流した事でその一撃を受け止めた。


 一瞬の拮抗状態が生まれるのは先程と同じだ。だが、先程とは明確に違う所がある。


 サファの顔が険しくなり、彼は両手で刀を掴んでいた。一方でジグムントは片手で剣を握ったままだ。そして、空いていた手を柄に沿えると、力が一段と増した。じりじりと鍔ぜ居合いが起き、刀身はサファの方へと押されていた。


 サファは舌打ちすると、体の力を抜いた。聖剣が横に振り抜かれると、それを日本刀で受け止めると体を大きく後ろに流した。ジグムントの力を利用して間合いから遠ざかったのだ。


「やはりというべきか。発動していたか、《ブレイバー》が」


 厄介だとばかりに呟くサファの眼前で、砕けたはずの鎧が自動的に修復されていく。砕けた金属の欠片を自らの精神力で注ぎ込むことで再生していく姿は、さながら時間を撒き戻しているように見えた。


 ジグムントがこの世界に転移した時、彼は二つのアイテムと、自分の肉体、そして一つの特殊ユニーク技能スキルを獲得した。


 聖剣と聖鎧せいがいは共に彼の世界であるアースガルスにおいて生前に使っていた物だ。聖剣の効果は熱線を自在に操れる事であり、聖鎧の方は自動修復を有している。そして、彼がこの世界に渡った時に神々から付与された技能スキルこそ《ブレイバー》だ。


 人龍戦役の時に、サファはその技能スキルの効果をフィーニスから聞いた。奴曰く、あれは劣勢になればなるほどジグムントを強くするという。


 細かい原理や条件などは、フィーニスですら理解できなかったのか、あるいは此方を困らせるために喋らなかったのかは分からないが、不明だ。サファが知るのは要約すれば二点。


 戦闘中、自分が劣勢になればなるほど、能力値アビリティが上昇する事。


 そして、その劣勢の対象を自分以外の複数の人間を設定できるという事だ。


 ―――実に『勇者』らしい力だとは思わないかい。名もなき民衆の悲嘆を、共に戦場を駆ける兵士の悲劇を、命を預ける仲間の苦痛を糧に強くなる。まさに英雄譚の主人公らしい力だ。


 どこか皮肉げな『魔王』の口ぶりを思い出した。

 

 後に、奴がジグムントとぶつかり大地を繰り抜いたと聞いた時は驚きはすれど、納得もいった。同胞以外の生命に価値を見出せないという点でフィーニスと一致するサファには、ジグムントの力が他者の悲劇無くして英雄は英雄に為りえないという法則が透けて見えた。フィーニスはそこを認められなかったのだろう。あれは、英雄では無く、英雄が動くための舞台装置ひげきの側の人間だ。


 だから、弱体化して負け戦だと分かっていてもジグムント相手に全力を出し、結果として大陸の形を変えるだけの力を絞り出してしまった。


 過去を懐かしむサファに対して、ジグムントの斬撃が襲い掛かる。《ブレイバー》で増幅された能力値アビリティによって先程とは段階を一つ上げた力を、日本刀は軽やかに受け流した。


 人龍戦役の時は、連合軍に味方する者全員が《ブレイバー》の対象だった。


 そしておそらく、この戦争においては帝国と魔人共だろうとサファは推測する。


 重要なのは、全体が劣勢では無く、個々が劣勢であるとジグムントの力が強まるということだ。具体的に言えば、戦場で兵士が一人倒れる度に、仲間の慟哭を背負い『勇者』は強くなる。


 フィーニスの言う通り、古式めいた英雄譚の主人公さながらのパワーアップだが、相対すれば厄介な能力スキルには変わりない。


 戦局が優勢になればなるほど、ジグムントの力は増していく。既にスカンダ砦の兵士たちが劣勢に追いやられたことで、ジグムントの力は増しているのだ。主戦場がどうなっているのか、離れて戦うサファには把握できないが、仮に希望の旗印ダリーシャスとなり得る何かが現れ、戦場を掌握しだして、帝国兵を打ち倒していけば、それがジグムントに力を与えていく。


 いずれは自分すらも抜くだろう。


 感情を削ぎ落され、帝国の剣と成り果てたジグムントに合わせる形でサファは刀を振るう。交錯する斬撃に混じり、どこかで水音がした。


 まるで、水気のある肉が潰れるような不快な音は、眼前の騎士。ジグムントの体内から起きていた。


 《ブレイバー》のような強化系技能スキルは大別すれば二つに分類される。一つは、術者の体を守るようにセーフティーが働くタイプだ。テオドールが使用する技能スキル、《希望ノ旗頭》のように上昇値が大きい技能スキルは時間制限が恐ろしく短かったり、限界が定められている。そしてローランの《ロード・トゥ・ヘヴン》のように上昇値に対して限界が存在しない場合の二つだ。


 《ブレイバー》は本来なら前者のように使う事も出来た。設定する人の数を絞る事で、能力値の上昇を抑制し、ローランのように技能スキルに食い潰されるような使い方は避けられるはずだった。


 だと言うのに、今のジグムントは十三万人の兵士の劣勢を受け止めさせられている。当然、体が持つはずがない。斬撃を振るう腕が内部で裂け、大地を踏ん張る足が悲鳴を上げている。しかし不幸な事に、それを苦痛だと訴える痛覚は既に存在しない。エルフの魔法技術が縫い込まれた布の下でいくら肉体が砕け、磨り潰されたとしても、問題はない。


 ジグムントは死者だ。


 死者は何も言わない。


 何も訴えない。


 何も感じない。


 例えるなら、豚の腸詰。ミンチとなった肉を腸の皮に詰める事で、きちんとした形を保たせる。動かないはずの肉体を無理やり動かし、抱え消えないほどの力の奔流を流し込み、内側から自壊して行っても、外側を包む呪いが人の形を保たせる。


 人間の欲望を一身に背負った醜悪な道具。それが『勇者』だ。


 サファはジグムントと打ち合いながら、この悲しき存在に魂があるのかどうかを気になっていた。


 ジグムントは死者だ。それは間違いない。


 だが、死者でありながらこれには魂があるのだ。


 肥大化した、世界を滅ぼすという七つの魂。その一つが、この腐った肉人形の中にあるはずなのだ。無かったとしたら、『七帝』の一角としてこの男が名を連ねている事に矛盾する。死者に魂が宿るかどうかは、神学者なり、魂の研究をしている者らに任せるとして、サファは願わずには居られない。


 ジグムントの魂が、死後の肉体が人々の欲望の為に使い潰されようとしているのを、見ないでいられるように眠っていることを。


 もしも、魂に安息の眠りというものが無いと言うなら、ジグムントの魂は今も地獄のような苦しみを背負っているはずだ。


 徐々にだが、振るわれる聖剣の重みが増していき、体の俊敏さが鋭くなっていく。それに合わせるように、サファも己の神経を研ぎ澄ませていき、力を増していく。二人の猛々しい戦いぶりに比例するように辺りの景色は塗り替えられていき、元の地形がどんなのだったか思い出せる要素は少なくなっていく。


 《ミクリヤ》と《神聖騎士団》と『守護者』が味方するデゼルト国。


『魔王』麾下六将軍と手を組んだ『勇者』を擁する帝国。


 激化する戦場は時間と共に変容していき、彼らの発する命の輝きを熱に変えて膨張していく。あたかも膨れ上がる風船が破裂するように、何処かの戦場が終わりを迎えた瞬間、この戦争は一気に流れが変わると誰もが気づいていた。


 それがどの戦場からなのか、答えを知る者は誰も居ない。


読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は七月三十一日月曜日頃を予定しております。

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