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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第8章 動き出す世界
477/781

8-54 それぞれの戦場Ⅳ

 ★


 戦場に火花が散る。人の体を型抜きのように繰り抜く威力を持つ金砕棒が、縦横無尽に振るわれる中、レイはその一撃一撃を丁寧に捌いていた。龍刀の刀身から炎が噴き出し、飛行機のアフタバーナ―のように加速した一撃は金砕棒の強烈無比な一撃を食い止める。


 両腕のみならず、両足にも精神力を纏わせ、基礎的な筋力を底上げすることで、初めのような肩が抜け落ちたりする状況を回避する。


 一手でも間違えれば、即座に死ぬというギリギリの状況は変わらない。


 死亡回数、合計して二十九回。


 ようやく、レベルアップした体に慣れてきた、とレイは思う。お世辞にも才覚があるとは言えないため、何度もディオニュシウスに挑むことで、黄龍戦を経て急上昇した体を自分の思う通りに動かせるようになってきた。


 その点で言えば、先に目を覚ましていたエトネは獣人種としての血からか、一気にレベルの上がった体をものの数時間で自分の物にしたという。二種類の精霊を身に宿しながら、その力を遺憾なく発揮する。短い四肢から繰り出される徒手空拳は、間違いなくディオニュシウスの鎧にダメージを与えている。


 金属を陥没させる激しい音が響き、金砕棒が彼女の居る空間を、唸りを上げて薙ぐ頃には、エトネの姿はそこに居ない。間合いの届かない場所に着地する姿はまさに蝶のように舞う、だった。


 ディオニュシウスの鎧が魔法攻撃を無効かあるいは、大幅に減衰させると分かった以上、主な攻撃手段は龍刀や拳による物理攻撃である。それを念頭に入れて、エトネは果敢に攻めたてていた。


 とはいえ、レイ達が有利などとは決して言えない状況なのは変わりない。


 ディオニュシウスの青銅の鎧はへこみはすれど、明確な破損は無く、二つの精霊を宿したエトネの攻撃でも砕くことは出来ない。炎を推進力として加速した龍刀の一撃も防がれてしまっている。


 本来、このようなこう着状態になれば役立つのはシアラの魔法なのだが、今回は役立っているとは言えなかった。レイやエトネが間合いから離脱する時を見計らって魔法を放つも、それらが本来の効果を発揮しているとはお世辞にも言えない。


 だから、彼女は別の役割を担っていた。


「主様!」


 シアラから指示でも何でもない叫び声がすると、レイは即座に行動を止め、防御の構えを取る。直後に頭のてっぺんまで持ちあがった金砕棒が恐るべき速度でレイの頭を潰しに襲いかかった。それに対して、先んじる形で防御へと意識を切り替えていたレイは、下から振るい上げた龍刀から紅蓮の炎を尾のように垂らして防いだ。


 衝突する武具によって衝撃音が響く中、金砕棒はすぐさま真横に持ち直される。狙いは、腕から腹だ。それを防ぐために龍刀を降ろそうとするも、衝撃で手首が痺れてしまう。


 レイは舌打ちすると、真後ろに跳んだ。刹那の間も置かず、金砕棒が振るわれると、先端が胸当てを掠めた。途端、ニコラスの込めた《耐久》の加護が発動し、障壁が展開されたが、ディオニュシウスの暴威の前には無いに等しかった。


 濡れた紙を千切るように、簡単に障壁が破れてしまった。


 すかさず、金砕棒が同じ軌道を、今度は逆に振るわれる。エトネの胴回りはあるだろう太い足が地響きを立てながら踏み出され、レイが引いた間合いは詰められた。横から迫る金砕棒をレイは今度こそ龍刀で防ぐ。だが、衝撃を受け止めきれずに体は吹き飛んだ。


 地面を何度も転がり、ようやく止まると体は天を仰ぐ。先程落ちた落雷の影響で一部が晴れた雲は、今にも雨を降りそうな程濃い灰色だ。


 それを遮るように、青銅の鎧が降って来た。着地と同時に逆さまに向けられた金砕棒が地面を砕いた時、レイは滑り込んで助けに来たエトネに襟首を掴まれその場を離脱していた。


 先端を地面に陥没させたディオニュシウスは、何事も無かったように金砕棒を引き抜く。その際の瓦礫が砲弾のように向うの戦場に飛び込んだのは誰も気にしなかった。


「助かった、シアラ!」


 レイが感謝の言葉を口にすると、シアラは無言で親指を立てる。その金色の瞳は怪しい光を放っていた。魔法が効きにくい相手にシアラが担う役割はセンサーだ。


 《ラプラス・オンブル》が視通す死の影。それが濃くなった瞬間こそが、死への分水嶺であるという事を逆手に取った。シアラが技能スキルを発動し、前衛で戦う二人の死の影が濃くなった瞬間を見計らい、声や指示、あるいは魔法でそれを知らせていた。


 《トライ&エラー》による死に覚えと、《ラプラス・オンブル》の死への予兆という二つの特殊ユニーク技能スキルを合わせた作戦で、どうにか戦いらしい形を保っていた。


「覚悟していたとはいえ、無茶苦茶強いな、こいつ。ゲオルギウスといい、こいつといい、六将軍は化け物だらけだな。……まあ、もしかしたら、他の魔人相手ならもう少し楽に戦えたかもしれないけど、そうもいかないんだよね」


 何回目の死亡時か忘れたが、エトネから提案があった。


 ディオニュシウスという魔人以外の六将軍と戦うべきなのではないか、と。


 死に戻りが出来ないエトネには、ディオニュシウスの強さは身を持って知る事はないが、何度も死に戻りを繰り返し、その度に苦しみレイやレティたちを思っての発言だ。しかし、それが出来ない理由もある。


 それはダリーシャスだ。


 彼がディオニュシウスと接触するのを変えられない以上、レイ達がダリーシャスを救出するという流れは変わらないのだ。仮に、ダリーシャスが戦場に着く前に接触し、こうなるのだと説明しても、ダリーシャスが戦場に向かうのは変わらない。結局の所、ディオニュシウスがダリーシャスを襲うのは既定路線なのだ。


 つまり、レイ達が戦う相手は、どうあがいてもこの魔人に固定されていた。


「それでも、どうにか生き延びているのは、まあ、奇跡のような確率だね」


『……奇跡のよう、というよりも。これは必然じゃろうな』


 ぼやくレイに対して、龍刀の刀身に浮かび上がったコウエンが何かに気が付いたように呟いた。


「コウエン? 戦っていて、気が付いた事があるのか」


『うむ。手合わせすれば気づくだろうが、あの者の推定レベルは三百を超えておる。当然、能力値アビリティもそれに相応しい高水準だろう』


 コウエンが告げた内容に驚きはせずに、ただ現実的な数字を目の当たりにして呻くしかなかった。イタミの度合いから、レベルは百以上確実に離れているだろうと予測していたが、まさかの三百越えとは。


『其方が幾らかレベルを上げたとして、彼我の実力差は明白。小細工を弄した所で、勝負は一瞬で付くはず。だと言うのに、こうも長々と続いているのは、あ奴が手を抜いているからに他ならない』


「手を抜いているだって。それってもしかして、ゲオルギウスの鎧みたいにあの鎧にも何か仕掛けがあるのか」


 ゲオルギウスが神前決闘で用いた鎧は、戦う相手のレベル、能力値アビリティに合わせるという効果があった。六将軍第二席は、その鎧をディオニュシウスから借りたと口にしていたから、レイがそのように考えるのは自然だった。


 しかし、コウエンはそれを否定した。


『否。この場合、仕掛けは鎧では無く、妾にあるのじゃ』


 コウエンの言葉にレイは首を傾げる。するとコウエンは刃をディオニュシウスに向けろと告げた。その言葉に従い、レイが龍刀の切っ先を、様子を窺っているディオニュシウスに向けると、魔人が一瞬だが後ろに仰け反ろうとしたのだ。


 僅かな動作を金色黒色の瞳は逃さなかった。シアラが信じられないとばかりに呟いた。


「……龍刀に怯えているの?」


「なんだって。まさか、六将軍が刃物恐怖症とか患っているんじゃないだろうな」


『そのような馬鹿な話では無かろう。だが、これはあの鎧の下に隠した何かに繋がっておろう。それに、こやつが妾に怯えていることは事実。それゆえ、全力を出せずにいるのならば、大いに利用しろ』


 コウエンの言葉が事実ならば、どうにか拮抗したこの状況は龍刀のお蔭であり、それはそのまま、ディオニュシウスの秘密に繋がるという事だ。


 すると、当の本人が苦渋に満ちた声を響かせる。


「……キヅカレタカ。ナラバ、ミトメヨウ。タシカニ、ワレハソノブキヲオソレテイル。ダガ、カンチガイスルナ!」


 途端、ディオニュシウスの体から放たれる闘気が一段と強まり、シアラが金色の瞳に映る死の影を捉えた。


「皆、気を付けて! 全員の、一気に濃くなった!!」


「キサマラヲゼンメツスルノニ、シショウハナイ!」


 その言葉を証明するように、ディオニュシウスの体は一気に加速した。


 三メートルはあろう巨体が、瞬時に眼前に迫ると、それは壁のように視界を覆う。耳元で迫る風きり音から、金砕棒が右から来るのだとレイは判断。龍刀をそちらに向けて、衝撃に備えた。狙いは外れず、レイの全身を衝撃が襲い掛かる。


 そのまま、反対側へと倒れるのを利用してレイはその場を脱出しようとした。龍刀から放たれる炎で体が横に加速した。


 だが、そうはさせるかとディオニュシウスが腕を伸ばした。低空を飛行しようとしたレイは、足首を掴まれ、そのまま周りの風景が高速で流れた。直後、背中が地面に叩きつけられる。大地が拳のように全身を殴打し、息が強制的に吐き出される。


 ディオニュシウスはそのまま、レイの体を何度も地面で殴りつけた。


 あっという間に装備の金具は剥がれ、肉は潰れ、骨は折れ、突き破った白い欠片が地面を転がる。流れる血で、魔人が手を滑らせなければ、レイの体はミンチとなっていただろう。


「ご主人さま!」


「レティ、回復お願い! エトネ、援護を!」


「うん!」


 地面をはずむ様に転がったレイに駆け寄ると、少年が辛うじて呼吸している事にレティは胸をなで下ろす。そのまま治療を開始しようとする少女の耳が肉を打つ鈍い音を拾い上げた。


 振り返れば、レイの回復する時間を稼ごうとしたシアラとエトネが蹂躙されていた。


 精霊を二体同時に《憑依》させているエトネの動きは風のようで、彼女の体躯は岩のように硬質の筈。だが、ディオニュシウスは巨体に似合わない俊敏さで追いかけ、投げた金砕棒は正確に彼女の腹部を抉っている。地面に倒れた幼女から血と共にピンク色の塊が流れていた。


 シアラも効果が薄い分かりつつも、魔法を唱えようとしていたが、即座に距離を詰めたディオニュシウスの手刀で首を、正確には声帯を潰された。


 僅か一撃で、魔法を詠唱するために必要な器官を潰されたシアラに追い打ちをかけるように拳が顔面を撃ち抜き、彼女の体は弧を描いて落ちた。その際に、骨が折れる嫌な音が、周りの音以上に鮮明に聞こえた。


 そのまま倒れた体が痙攣するのは、遠目でも見えた。


 数秒も経たずに三人が戦闘不能に追い込まれるのを目の当たりにしたレティは、この状況を前にして迷った。


 一つは、このまま全滅するという手だ。


 ディオニュシウスに敗北して死に戻れた経験から、《トライ&エラー》で戻りこの全滅を無かったことにするという、いつもの方針だ。


 だが、ここで懸念するべき材料があった。


 それはレイが虫の息とはいえ、生きている事だ。


 これまで、ディオニュシウスによって殺された時は、全て即死だった。頭をもぎ取られ、心臓を貫かれ、体が上下に分裂したりと、酷い目にあったがどれも、即座に死ぬ致命傷だ。


 だけど、今回は違う。レイにしろ、シアラにしろ、重傷は負いつつも、虫の息とはいえ生きているのだ。これが龍刀に恐れを抱いていることを指摘された、ディオニュシウスの動揺した結果だとすれば、やはり龍刀がこの魔人に効果があるという裏付けになるが、この場合、其処は重要ではない。


 問題は、レイの意識が落ちたかどうかだ。


 《トライ&エラー》の死に戻りの地点が生成される条件は二つ。真夜中の零時を過ぎるか、意識を覚醒した時だ。なまじレベルが上がったせいで、死にづらくなったレイ。もし、意識を失い、そして覚醒していたのなら、ここがセーブポイントになってしまう。


 今、レイの意識があるかどうか定かではない。仮に、意識が落ちて、覚醒していたのならレティにはどうする事も出来ないが、そうでないのならば、一つだけやる事がある。


「うわああああ!」


 レティは叫びながら、ディオニュシウスの方に向かって吶喊する。《シールド》の魔法を展開しない、文字通りの特攻であり、それは無謀な行為でありつつ、無意味な行為でもある。


 後衛であり、なおかつヒーラーであるレティの能力値アビリティでは、ディオニュシウスに傷を付ける事など夢のまた夢である。


 剛腕が掠めただけで、即死だ。


 ―――それが彼女の狙いだ。


 レベル差の激しい自分ならば、動揺しているディオニュシウス相手でも即死できる。そうなれば、レイが意識を回復する前に死なせる事が出来る。


 死ぬことで《トライ&エラー》を誘発させようというのが狙いだ。


 最も、その事を知らないディオニュシウスには、異様な行動にしか映らなかった。兜のスリットから覗かせる金色の瞳は向かってくる少女に対して疑念を浮かべた。どう考えても死ぬ以外の結末が見いだせない理解外の行動。何か特別な策でもあるのではないかと訝しみ、一瞬だが攻撃を躊躇させた。


 その一瞬が別れ際だ。


「《影楔》」


 透き通るような声にディオニュシウスは不吉な予感を感じ、後ろを振り返ろうとして動きを止めた。いや、動きを止められてしまったのだ。


「ナンダト。カラダガ、ウゴカン!」


 まるで、周りの空気が質量を持って硬質化したかのように動きを阻害されるディオニュシウス。その背後にある影に、いつの間にか矢が突き刺さっていた。


 そして軽快な足音がすると、ディオニュシウスを飛び越えて、人影が降って来る。法王庁の神官服が体のラインを浮き上がらせている、淫靡な雰囲気を持つ女官、ミストラルだ。


 彼女は汗で張り付いた銀色の髪を振り払うと、周囲の状況を確認して即座に動いた。


「《鈴よ、鳴れ》」


 紡がれる宣誓に反応して、ミストラルの体に精神力が溢れる。彼女はそれを束ねるようにして魔法へと昇華していく。


「《緑萌える、天空の花園》、《租は正に豊穣の楽園》」


 手にした弓を折りたたみ、代わりに抜き放たれた短杖が天に向かって伸びる。


「《枯れる事の知らぬ清涼なる川の源泉》、《癒しの湖よ、今此処にその恵みを与えられん》」


 レティは詠唱を聞きながら、その魔法の正体を知り戦慄する。ミストラルが唱えようとしているのは旧式魔法における、一つの最高位。超弩級回復魔法だ。


「《ファーテリティー・ヒール》!」


 完成した魔法が、杖の先端から恵みの雨となってレイ達に降り注いだ。途端、変化は起きた。レイの体を突き破っていた骨が押し込まれ、エトネの体に開いた穴が塞がり、シアラの折れた首が元の向きに戻ったのだ。それぞれが驚いたように飛び上がり、自分の体が何ともない事に気が付いた。


「死んで……無い。どういう事なん、あれ? ミストラルさん。何で、ここに?」


「マクスウェルの指示で来ましたわ。ディオニュシウス相手に、貴方達だけでは厳しいだろうと言う事です」


 安心させるように柔らかく微笑むと、彼女は一転して厳しい表情をディオニュシウスに向けた。それは高位冒険者だからこそ纏える、猛々しい闘気と相まって力強さを感じさせた。


「さて、六将軍第六席ディオニュシウス。ここからは貴方の思い通りにはならないと知りなさい!」


 そう言って、『聖女』ミストラルは杖を刃のように突きつけた。







 マクスウェルとクリストフォロス。奇しくも互いの陣営における知恵者が戦争の行方を決定づけると言わしめたそれぞれの戦場は、こうして役者が揃い、各々が持ち得る力を最大限に発揮して、ここに来て均衡状態へと突入した。


 どこかの戦場が決着を付ければ、それがそのまま他の戦場に影響を与えるという状態の一歩手前で踏みとどまる戦局。今にも孵化しそうな卵を前にして、二人の知恵者が気にしていたのは、最も激しいとされる戦場だった。








 主戦場となっている荒野の両端で、レイと《神聖騎士団》が六将軍とぶつかる中、その戦場は少し離れた場所で行われていた。北の方にある山岳地帯。その出入り口となる境谷に阻まれたスカンダ砦。


 この戦争の発端となったこの砦は、今やだった。


 二重の防壁は大きな亀裂を抱え込み、両側にあった壁のようにそそり立つ崖は焼けただれたような跡を残して抉れ、あるいはひび割れた箇所から落石が降ってきていた。砦の内部は至る所で煙が上がり、可燃物に引火したのか火が回り、倒れ伏す帝国兵の死体を飲み込んでいた。


 辛うじて生き延びていた帝国のディオクレティア将軍は、この世の物とは思えない戦いを目の当たりにしていた。


『守護者』サファ。


『勇者』ジグムント。


 共に『七帝』である怪物同士の一騎打ちは、彼らが望むと望まないと、辺り一帯を壊滅させてしまう。


読んで下さって、ありがとうございます。

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