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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第8章 動き出す世界
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8-53 それぞれの戦場Ⅲ

 クリストフォロスの支配から脱却したモンスター達が己の本能に従った行動に出た事で、戦場は少なからず混乱していた。帝国軍兵士にしてみれば、味方の筈のモンスターは攻撃してこないと上から通達されていた。それが突如として鋭い牙が彼らの方を向いた。兵士には支配下にあるモンスターかどうかの見分けが付かないため、手当たり次第に応戦しなくてはいけない。


 そうなれば当然のように、デゼルト国への対処が遅れ始める。


 一方でデゼルト国側は大した混乱をしていなかった。モンスターの半数近くが支配から解かれたとはいえ、結局のところ、モンスターはモンスター。倒すべき相手であり、危険な存在。むしろ、モンスターを倒そうとする帝国兵の後背を突く形になった分、形成が有利と言えた。


 加えて、ダリーシャスが徐々にではあるが指揮系統の立て直しに成功しつつあるため、彼らは持ち直してきた。


 レイ達の参戦を引き金に、戦争の中で幾つもの渦が生まれつつあった。渦の中での変化が、周りに影響を与え、そしてそれがまた別の渦に影響を連鎖的に与えていく。こうして戦争は少しずつではあるが、当初の姿とは違った形になっていた。


 怪物同士が次元の超えた戦いを繰り広げ、魔法と戦技が打ち合い、死を重ねるごとに時間を稼ぐ。それぞれの戦場の中で、そこは一際喧しい戦場と言えた。








「そら、そらそら、そらそらそら! これぐらい、簡単に捌いてくれよ!」


 変声期前の少年のような金切り声に《神聖騎士団》の前衛職達は眉を顰める。年若い風貌通りの立ち振る舞いをするジャイルズではあったが、その実力は見た目と反していた。


 わき腹の刺し傷から生み出した半透明な双剣を巧みに操ると、剣使いを一方的に攻めたてる。ローランほどの戦闘能力があるとは言えないが、鍛え抜かれた剣術は仲間内でもずば抜けており、同じ武器で戦えばローランですら一歩退く冒険者だ。


 そんな生粋の剣士を相手にジャイルズは嵐のような斬撃で圧倒的に攻めていた。剣使いも流石というべきか、致命傷は回避していたが、それでも細かい傷が衣服や鎧、剣自体にも付けられていく。


 ジャイルズの双剣が剣使いの両目を貫こうとする。上体を後ろに反らして回避しようとするも、若い顔を歪ませた少年は止まらない。手にしていた双剣を、そのまま投げたのだ。


 ダガーのように宙を滑る刃は、剣使いの額を浅く抉る。


 痛みはあるが、剣使いは脇腹の筋肉に力を入れ、体がそれ以上後ろに行くのを防いだ。


 血が視界を塗りつぶす前に、手にある愛刀でジャイルズに反撃をしようとする。


 だけど。


「そうはさせないぜ!」


 今度は右太ももを縦に走る切り傷に手を当てる、そこから光の粒が集まり、そのまま半透明な武器が姿を現した。小柄な背丈には大きすぎるバトルアックスが剣使いの攻撃を防ぐ。いや、防ぐだけに飽き足らず、僅かに剣先が逸れた所を捻じ込んで、先端の突起が冒険者の腕に浅い傷を作った。つい先度まで扱っていた武器とは、全く違う種類の武器だと言うのに、その戦いぶりは熟練された戦士のそれであった。


 六将軍第五席ジャイルズ。


 軽薄な口調と魔人種とは言え少年のような相貌からは信じられないような実力を持つこの男。六将軍の席次が実力では無く、フィーニスに仕えた順であるため五席に甘んじているが、実の所、純粋な戦闘能力だけでいえば、ゲオルギウスに次ぐ強者なのだ。


 三百年前の人魔戦役。ゲオルギウス、ディオニュシウスと並び、前線で数多の戦士を撃ち滅ぼした伝説を持つ男は、《神聖騎士団》にとってある種の因縁を持つ。


「ほら、ほらほら! これじゃ、なんて夢のまた夢、って奴だぞ!」


 下から振り上げられるバトルアックスの軌道が途中で変化する。刹那の間に、剣使いの真横に現れた刃が冒険者の頭を輪切りにしようと迫ると、剣使いは己が武器に精神力を込めて、その一撃を防いだ。だが、ジャイルズもまた武具に精神力を纏わせ、細い体からは想像もできない力を発揮した。


 攻撃を止めた剣使いがそのまま吹き飛んでしまう。地面を転がる敵を見て、ジャイルズは舌なめずりをした。バトルアックスを持ち直し、それを投擲したのだ。


 正確に心の臓を狙った一投は、しかし、突如として割り込んだ盾使いの大きな盾に阻まれる事になった。


「悪い。助かった」


「構わん。向うの治療が終わった。次はお前の番だ」


 《神聖騎士団》において二番目に年上の青年は落ち着いた口調で言うと、盾を地面に突き刺した。巨漢をすっぽりと覆い隠すほどの面積の盾は、それだけでちょっとした防壁のような重厚感がある。


 だが、魔人にとってその程度は砂の城同然。


 軽く触れれば崩れる。


 地面に転がるバトルアックスは光の粒となって消え、代わりに肩甲骨の辺りにある肉が抉れた傷跡を触れると、そこから人の首を刈るのに十分すぎる大きさの鎌が出現した。


 ジャイルズが好戦的な笑みを浮かべたまま、盾使いを自慢の盾ごと切り裂こうとするも、横合いから伸びた二つの攻撃に応戦する。


 振り返れば、そこには槍使いと斧使いが武器を携えて構えていた。双方ともに、瞳に強い意思を宿していた。


「おや、おやおや。てっきり諦めたかと思っていたけど、存外、まだまだやる気に溢れているじゃないか。うんうん、それでこそ、嬲りがいがある」


「ほざけ、魔人!」


 裂帛の気合を上げて挑みかかる槍使い。頭を狙った突きは、鎌の軌跡にずらされ、反対に己が首を狙った一撃が斜め下から迫る。


「そう何度もやらせてたまるか!」


 すると、仲間を守ろうと斧使いが分厚い刃を縦に振り下ろして、鎌の柄を叩く。砕けはしないが、それでも衝撃は凄まじくジャイルズは武器を下に取りこぼした。


 一瞬、無手になるジャイルズ。そこを逃すまいと斧使いが振るう一撃が、傷跡だらけの上体に新たな傷を生み出す。それなのに、ジャイルズは苦痛に喘ぐどころか、歓喜の笑みを浮かべていた、嬉しさを隠しきれないとばかりに頬が歪むと、自然と顔の傷まで歪み、それすらも笑っているようで冒険者達は背筋に冷たい物を感じた。


 戸惑う斧使いの腹部に鈍い衝撃が走る。僅かに遅れて激痛が襲いかかった。


 下を見れば、落下したはずの鎌の剣先が自らの腹部を貫いているのだ。柄の方へと視線を向ければ、ジャイルズの素足が持ちあがって、指の間で鎌を挟んでいた。


「この……曲芸野郎」


「よく言われるよ、それ。俺は真面目にやってるんだけどね」


 肩を竦めるジャイルズに槍使いが鎌を持つ足を裂いた。太腿の肉が槍の鋭い一撃で破け血が流れると、ジャイルズはお返しだと言わんばかりに鎌を振るう。弧を描いた切っ先は槍使いの肩を浅く貫くも、追撃は無かった。


 何故なら槍使いが仲間を引きずって距離を取ったのだ。


 ゲオルギウスに次ぐ実力者であるジャイルズだが、その戦闘スタイルは変幻自在にして苛烈で知られていた。ゲオルギウスやディオニュシウスのように重厚な鎧を好まず、身軽さを信条としたこの男は、防御すらも捨てていた。


 そのため、上半身だけでなく下半身、果ては顔にまで至る無数の傷跡は、彼が敵の猛攻に飛び込んでいった証である。ジャイルズは自らに新しく増えた傷口を愛おしそうに撫でていた。


「ひひひ。良いね、良いね。この時代の戦士とも何人かやり合ったけど、どいつもこいつも話になんないくらい弱くてさ。やっぱ時代が違うんだろうね。暗黒期の頃は、冒険者とかやってるやつは命知らずの馬鹿ばっかでさ、武器に自分の命と未来を乗せていた。その点、この時代に冒険者やってるやつは、どこか安定した暮らしとか求めちまっているのか、攻撃に重さを感じねえ」


 ぐちゃり、と。斧使いに抉られたわき腹に指はおろか掌を押し込めたジャイルズは壮絶な笑みを浮かべて恍惚の表情を浮かべた。


「それに比べたら、やっぱりお前らは良いよ。世界救済を目指している分、攻撃に本気が乗っている。傷口を通して、お前らの気持ちが伝わってくるぜ」


「……気味が悪い奴だな、貴様は」


 言葉と共に今度は腹部から出血する仲間を守ろうと、盾使いが二人を庇う。ミストラルやマクスウェル不在時における、三人目のヒーラーとして回復魔法を多少は使える男は斧使いの傷を癒す。


 となると、彼方の治療が終わったのだと考えたジャイルズの背後に、剣使いの斬撃が迫っていた。それを知りつつも、ジャイルズは身動きすらしなかった。


 背中を斜めに切り裂いた一撃から、間合いを把握したジャイルズ。そのまま前方に倒れるふりをして反転するなり、武器を振り切った剣使いに鎌を横に薙いだ。


 しかし、それを予期していたように剣使いは下からの軌道で鎌を防いだ。


 両者は互いに距離を取ろうとはせずに互いの武器を振り抜いていた。武器が交差する度に衝撃音が響き、それに時折混じる形で肉が裂ける音が広がる。


 剣使いもまた、ジャイルズに合わせるように防御を捨てた。捨て身の特攻に近い戦い方はジャイルズの体を流れる青い血を流させた。同時に、剣使いの体も鎌の鋭い切っ先で幾つもの傷を負う。


 激しい攻撃の応酬に横入りするように槍使いと斧使いが迫るのを、ジャイルズは感じ取ると、男はタイミングを見計らい、戦技を発動させた。


「《旋回塵》!」


 半透明な武具が空間を薙ぐと、その軌道に合わせて刃が出現した。風を纏わせた斬撃を受け止めた三人の冒険者らは纏めて吹き飛ばされた。


 同時に、ジャイルズの手に合った半透明な鎌は役目を終えたとばかりに光の粒となって消えたのだ。


 ジャイルズが持つ技能スキル、《傷ノ記憶》。


 この技能スキルの力は平たく言えば、再現である。自らの体に着いた傷口から、その傷を与えた戦士の武器を出現させる。その武器には、当時の戦士の威力や戦技がそのまま宿っており、ジャイルズはそれを引き出す事が出来るのだ。


 ジャイルズの不気味な姿は、本人の趣味だけでなく、《傷ノ記憶》の為の、いわば目録のような物である。


「でさぁ、そろそろ俺の相手をしてくれてもいいんじゃないの、ローラン……だっけ。『聖騎士』のお前」


 高位冒険者らが地面に倒れているのを眺めていたジャイルズが、頭を重たそうに回すと、距離を取って仁王立ちするローランへと振り返った。金色の双眸から放たれる視線は、口元に浮かぶ軽薄な笑みとは違い、剣呑な輝きを宿す。


「いつまでそんな所に居るんだい。舞踏会の壁じゃないんだから、早くこっちに来なよ」


 挑発するように手招きするが、ローランは表情を厳しくしたまま動こうとしない。


 ジャイルズの《傷ノ記憶》。


 この技能スキルが再現する条件とは、この男が瀕死に追い込まれる事だ。


 普通ならば生と死の境から何度も帰ってくることは出来ないが、ジャイルズは違っていた。彼は確実に、死の淵から蘇ってきたと歴史が、伝承が告げていた。


 法王庁が散逸された人魔戦役の資料から纏めたレポートでは、ジャイルズか、あるいは魔人が何らかの手段で不死に近い異常な回復力を有していると推測していた。でなければ、説明が付かない戦いが幾つもあったそうだ。


 仲間達とジャイルズの戦いを見て、ローランはこの男を倒すには《ロード・トゥ・ヘヴン》を発動する必要があると結論に達していた。ゲオルギウスとの戦いで傷ついた体とはいえ、十数秒程度ならこの力を発動しても問題はあるまい。


 だけど、この技能スキルを発動し、ジャイルズを殺し切れなかった時はどうなる。


 彼の《ロード・トゥ・ヘヴン》を発動した時の威力までもコピーされ、再現されれば、ジャイルズに敵う者は居なくなってしまう。ジャイルズの不死性が判明するまでは耐えろとマクスウェルには言い含められていた。


 しかし、それも我慢の限界を迎えようとしていた。


 大剣の柄は、あまりの力に皮膚が擦り剥け鮮血が滲みだしていた。強く噛みしめた拍子に奥歯が割れ出血が溢れ、喉を潤す。


「つまらない奴だな。随分と無口だ。まあ、俺の時代の《神聖騎士団》も、大抵無口な奴だったから、この辺りは伝統なのかもな」


 ジャイルズの口から《神聖騎士団》の名が飛び出すと、場の空気が冷たく、重苦しい物へと変化した。それを知ってか知らずか、ジャイルズはよく回る口で喋った。


「あの時は、竜との戦争が終わった直後だったから、《神聖騎士団》にも欠員は居たし、どいつもこいつも負傷者ばっかり。俺を追い詰めれたのは、さっき見せた大剣の使い手ぐらいでさ、他の奴らはどいつもこいつも弱くて話になんねえの。特に、一人。今でも覚えている奴がいるだけど、これがまた傑作でさ」


「……それで、貴様はどうしたんだ」


 口を開けば、溢れた血が唾となって地面に染みる。ローランの相貌が険しくなっていくのを、ジャイルズは気が付かなかった。あるいは、気が付きながらしゃべり続けたのかもしれない。


「弱いくせに必死こいて人を守ろうとするからさ、選ばせたんだよ。てめえの命を差し出すなら、街の人間は守るって。そしたらよ、本当に自分の首を落としやがったんだよ、そいつ。自分の武器でさ。ありゃ、驚いたよ。驚いたから、思わず約束を忘れてさ……皆殺しにしちゃった」


 あっけらかんと、自らの非道を語るジャイルズに、ローランは我慢の限界を迎える。大剣を担ぐと、己の中に滾る怒りを大地にぶつけるように踏み出した。


 地面が耐えきれないとばかりにひび割れた。


「殉教者ファンガル」


 ローランの呟きにジャイルズは不思議そうに首をひねった。


「お前が馬鹿にした方の名だ。殉教者ファンガル。自らの首を落としてまで、お前らに慈悲の心があると信じて死んだ方の名前だ。その腐った魂に刻み込んで、御霊に行け!」


 この場にマクスウェルが居れば冷静になれと叫んだかもしれない。だが、法王庁に幼いころから育てられたローランにとって先達とは神の教えを忠実に守る、敬うべき存在だと刷り込まれていた。ましてや、殉教者と為れば、彼らの死を侮辱されて黙っていう事の方が、彼には耐えられなかった。


 戦いの行方を示すような、重たい灰色雲が蓋をする空に向けて、男は叫んだ。


「《此れ為るは聖戦なり、我が身に神の祝福を賜らん》!」


 宣誓は空へと昇り、応じるように雲を突き破って落ちた稲妻がローランに突き刺さった。



 ★



「ヨロシイ。ナラバ、イチダンカイ、ジツリョクヲヒキアゲテミヨウ」


 その言葉が惨劇の幕開けになるとエトネを除いた全員が知っていた。そのための対応策は既に完成していた。


 極端な質量を有するディオニュシウスの足が地面を離れる寸前、魔法が飛ぶ。


「《アイスウォール》!」


 ディオニュシウスの視線を遮るように、氷雪が音を立てて壁となって立ちはだかる。青白い氷の壁にはうっすらと青銅の色が反射していた。分厚いとは言い難いが、それでもそれなりの厚みがある氷の壁を前に、ディオニュシウスは考える前に行動していた。


 地面を蹴り、魔人の体は砲弾の如き速度と威力を生んで加速する。行く手を阻む氷の壁は、砂糖菓子を砕くようにあっけなく砕けるも、直後に同じ氷の壁が行く手を阻む。


 シアラが瞬時に展開した氷の壁は全部で十二枚。レベルアップを果たした事でそれだけの枚数を展開する精神力と集中力を得たのだが、ディオニュシウスは小賢しいとばかりに全てを打ち砕いた。


 青銅の鎧は一切の傷を負わない。ただし、僅かに速度が遅くなったのは確かだ。


 そこを狙いすましたように、十三枚目の壁がディオニュシウスを迎えた。


 氷の壁を打ち破り、直後に待ち構えていた幾何学模様の魔法陣が青銅の鎧と触れると、ディオニュシウスの体を強烈なベクトルが襲い掛かった。そのベクトルの向きは、真後ろだ。


 レティの魔法、《反射盾リフレクションシールド》によって魔人の体に掛かる力は、自らの突進力だ。


「そのまま、自分の力で吹っ飛びなさい!」


 シアラがそう叫ぶも、ディオニュシウスは金砕棒を地面に突き刺して否定する。震動が大地を揺らす中、金砕棒の先端は地面に潜り、それを掴むようにしてディオニュシウスは自らの体に掛かった力を耐えたのだ。


 驚異的な膂力である。


 中級魔法である《アイスウォール》を易々と粉微塵にした突進が自分に降りかかったというのに、それを耐えたのだ。結果、レティの魔法は消滅した時も、その場にディオニュシウスは残っていた。


 だが、ほんの僅か。


 瞬きする程の僅かな時間、魔人は動きを止めた。同時に武器もすぐに振るえない状況である。


 それをレイ達は見逃すほど愚かでは無い。


「《願い奉る》《この身に祝福を》」


 エトネが大地を蹴りながら精霊を呼び出す詠唱を行っていた。だけど、彼女が呼び出すのは指輪に宿るハヅミでは無く、風の精霊である《カテギダ》―――だけでない。


「《出でよ『カテギダ』、『ロカ』》」


 瞬間、戦場に二種類の魔力が吹き荒れる。それは渦を巻くようにしてエトネの体の中に流れ込み、そして彼女の身に宿る。幼い体が深く沈みこむと、直後、その体は掻き消えた。


 高々と金属音が響けば、エトネの姿はディオニュシウスの眼前にあった。ガントレットを纏う拳が、全身鎧の兜に突き刺さっていた。そのまま、彼女は落下するまでの間に拳を四発、足刀を二発叩き込み、最後の一撃の反動で大きく後ろへと跳んだ。


 ディオニュシウスの鎧に明確な拳の跡が残ると、エトネはその手応えに喜びを感じる。


 レベルが急上昇したお蔭で、これまで出来なかった―――というよりも、思いつきもしなかった―――精霊の二種同時召喚が可能となった。いま、彼女の中には風の精霊カテギダと土の精霊ロカの二種類が混ざり合うことなく《憑依》されている。速度と耐久が上昇した事で、彼女が繰り出す一撃はレベル百程度の冒険者と同格だ。


 最も、その程度ではディオニュシウス相手には致命だとはならない。一瞬、後ろに流れた体はそのまま金砕棒を引き抜き、体を回転させながらエトネを襲う。


 その反撃を事前に聞いていたエトネは、タイミングを見計らってその場を離脱。数コンマ遅ければ、抉れた地面と共に吹き飛んでいた可能性がある。というよりも、そうなった未来であり、既に過去となった時間は存在していた。


 攻撃を終えた直後のディオニュシウスに対して、別の影が襲い掛かる。


 それは紅蓮の炎を纏い、それを推進力として青銅の鎧に加速した一撃を与えた。


 先の金属音以上の衝撃が響くも、龍刀の刃はそれ以上食い込むことなく、青銅の鎧に阻まれた。


「くそ。やっぱり、そうなのか」


「ヤッパリ? ヤッパリトハ、ナンノコトダ?」


 問いかけともに金砕棒がレイの命を奪おうと振るわれる。だが、攻撃の軌道上に展開された《シールド》によって攻撃が減衰され、レイは間合いから離れた。


 黒い頭髪の中で面積を増やした白髪が揺れる。巻き込み事故のように三人で一度に死んでから既に八回もレイは死んでいる。その間にシアラは三回。レティは二回、エトネも死に戻ってはいないが三回。


 その付けを払うようにレイの能力値アビリティは下がり、白髪が面積を広げるが、収穫が無かったわけではない。


 一つ目が、死亡時のイタミである。


 イタミの度合いは、これまでの経験則からすると死亡した際の相手とのレベル差によって増減する。黄龍との戦いで急上昇したお蔭で、レイとしては耐えられないイタミでは無い。それでも何度も味わえば精神的な負担は蓄積されるし、何よりレベルアップしなかったレティには耐えがたい苦痛だ。


 死に戻った時、彼女の表情は青白くなっており、今にも倒れそうな程にふらついていた。


 死を重ねる事で時間を稼ぐしかないとはいえ、なるべく、彼女が死なないように立ちまわるしかない。


 二つ目が、ディオニュシウスが身に着けている鎧の秘密だ。


 ゲオルギウスが神前決闘で特殊な鎧を身に着けたように、この魔人も特殊な効果を宿した鎧を身に着けていた。


「お前の鎧。攻撃魔法の類を無効……もしくは半減させる力があるだろう」


 二つ前の戦いで、レイは指輪を使った上で魂の交換を行い、大火力の刃をぶつけたが、爆炎が晴れた時に見たのは衝撃でたわんだ鎧の姿。炎による変形とは思えない傷跡だった。


 そしてエトネが呼んだハヅミが水の触手や水牢を繰り出すも、あの鎧はそれらの攻撃を、そよ風のように受け流していた。


 そこから導き出された結論がそれだった。


「サテナ。ソウオモウノナラ、ソウオモエバヨカロウ」


 流石に正誤を教えるような事はしないが、レイはこの答えは間違っていないだろうと確信していた。ゆえに、厄介な問題が浮上するのだ。


 《ミクリヤ》における切り札とも呼べる武器は四つ。


 レイの龍刀コウエン。


 シアラの《アイスエイジ》


 エトネの精霊召喚、ハヅミ。


 リザの飛翔穿。


 この場に居ないリザ以外の三つが、この魔人には効果が薄いのだ。


読んで下さって、ありがとうございます。

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