8-52 それぞれの戦場Ⅱ
そこかしこで戦場の音楽が流れる中、マクスウェルとクリストフォロスの間は、あたかも時間の流れが止まった様な静寂が生まれる。冷たくも整った顔立ちに刃を思わせる鋭さを宿したクリストフォロスを前にして、弓使いは呼吸をするのを忘れた。
ゆるゆると息を吐いたのはマクスウェルだった。どこか嘲るような笑みを浮かべて彼は口を開いた。
「なんじゃ。歴史に悪名高きクリストフォロス殿であっても、『魔王』の元を去った同輩を見つける事が出来ないとは。それも、三百年もの間、追いかけているとは、随分と執念ぶかいのう。これは痛快、痛快」
「黙りなさい。私は何度も同じ質問をするほど気が長くはありません。エラスムスの行方を知っているというのなら、答えてもらいます」
金色の双眸が怪しく輝くと、細面の青年から立ち上る重圧が増していく。高位冒険者ですら、深海に落とされたような息苦しさを味わう中、マクスウェルはふてぶてしい笑みを崩さずに、
「知らぬ。と、言っても、お主の事だから信じるつもりは無かろう。ならば、儂の四肢をもいで、頭蓋を開き、記憶を洗うとよかろう」
「……そうですか。ならば、そうさせてもらおう。《刃よ、起これ》」
「ふん。やれるものならば、やってみせろ! 《スターライト・アバランシュ》!」
互いに遠距離戦を得意とする魔法使い。離れているように見えて、十分に間合いの内である。手にした長杖をかざして生み出した魔法がぶつかった。クリストフォロスの展開した魔法陣から細かい刃の形をした魔法が無数に放たれると、マクスウェルが唱えた光の粒がそれこそ雪崩の如き勢いで空間を削り取る。
刃と光の粒は一瞬の間だけ拮抗し、すぐさまマクスウェルの魔法が勝利した。
魔人を飲み込まんと光が押し寄せ、クリストフォロスの全身が金色に照らされた。
「む。やりますねぇ」
ねっとりとした口調で称賛すると、クリストフォロスは音も無く、自らが呼びだした影に飲み込まれその場から消えた。僅かな差で取り逃がした光の奔流は、役目を終えると空気に吸い込まれるようにして霧散した。
「マクスウェル。敵は何処に居る!?」
矢筒から引き抜いた特性の矢を番えたまま、弓使いは細めた瞳で周囲を注意深く観察する。僅かでも異変があれば、其処を射抜けるように両肩に力を入れた。
マクスウェルも長杖を構えつつ、弓使いと背中合わせに立つと次の魔法を唱え始めた。
「《運河に潜む旧きモノに助力願う》。分からん。奴の影は何処にでも展開できるゆえ、相手の出方を待つしかできんぞ。《川底より水面を見つめるモノに我は請う》」
詠唱を行いつつ普通に会話するという芸当は、ある程度の高みに達した魔法使いなら必須に近い技術だ。パーティにおいて魔法使いが指揮を執る時に、詠唱をしていたために指示が出せずに全滅したなど通じない。そのため自然と生まれた技術である。
力ある言葉が散逸するよりも早く、話すべき内容を正確に伝え、そして詠唱に戻るという単純なやり方だ。
「気を付けろ。儂らの予想だにしない場所から現れるかもしれん。《我らに御身の翅を授けたまえ》、《出でよ『カワランベ』》!」
詠唱を完成させたマクスウェルの傍で、どこからともなく水の粒が集まり出した。それは次第に形を生むと、薄緑色の奇怪なオブジェとなった。球体に昆虫の触覚とも取れる角を生やし、中央にある二つの目は複眼となっていた。
水の中級精霊『カワランベ』だ。
レイ達が接するハヅミと違い、非人間的なフォルムをしているが、むしろ多くの精霊は人の形を取らない。まるで子供が描いた落書きのような姿をしているものである。
「『カワランベ』。付近を走査し、何か怪しい動きがあれば即座に教えてくれ」
マクスウェルの呼び出しに応じた精霊は体を震わして了承を示した。これもまた、精霊としては一般的な対応である。
精霊はあまり喋りかけてはこない。
精霊に知性が無いのではなく、召喚に応じたとはいえ線引きがされているのだ。単なる人間と、神々に仕えていた存在である精霊は生物としての格が違うのだと言わんばかりの態度だ。本来、人と精霊の関係はこうであり、レイとコウエンや、エトネとハヅミの関係が特別なのだ。
とはいえ、それでも呼び出しに応じた分には義務を果たす。戦闘能力を持たないが、探索や警戒に特化した『カワランベ』は周りの空間を水のように捉え、僅かな異変も逃さない。
だが、異変はマクスウェルの予想を裏切る形で起きた。
唸り声が周囲から聞こえたと思うと、二人の間を裂こうと、アイアンライノーが迫る。弓使いが突進を避けざまに放った矢は、吸い込まれるように硬質な眉間を貫いて、モンスターを一撃で絶命させた。
しかし、それを皮切りに多くのモンスターが二人に対して雨あられのように攻撃を浴びせていく。
光を鈍く反射する爪や牙が空を薙ぎ、硬質な皮膚とそれを支える筋肉が躍動し、口から吐き出される炎や毒性の粘液が地面を覆う。
中級から、高く見積もっても上級程度のモンスター。高位冒険者の二人にしてみれば、取るに足らない相手ではあるが、それでも数が膨大で、対処に手間取った。
弓使いがモンスターの急所を狙い、的確に射抜いて行くが、それでも一体を倒すのに最低でも一射。マクスウェルが精神力の節約に低級魔法を使うも、それなりの数を使わされる。
クリストフォロスの狙いは明確だ。
二人の損耗。
モンスターが冒険者を倒せるだろうとは、欠片も想像していない。彼らの役割は、無駄玉を使わせるための、いわば捨て駒だ。モンスターと戦い、矢が折れ、精神力が尽きるのを待っているのだ。陰湿で陰険な、
本人の性格をそのまま具現化したような戦い方だとマクスウェルは吐き捨てた。
元々、クリストフォロスの本分は軍師であり、戦場に立つべき存在ではない。席次は四席だが、戦闘面での実力は五席ジャイルズや六席ディオニュシウスに劣る。それゆえ、彼は軍勢を率いる事に特化したのだ。
フィーニスから授けられた聖印によって、彼は魂の寄生と転移の影を手に入れた。どちらも驚異的な技能と呼べたが、同時に致命的な弱点も存在していた。
影の転移は攻撃に使えないという弱点がある。無機物相手なら、影で飲み込む最中に閉じるという事で強引に切断することが可能だが、生物相手ではこれが使えなかった。そして魂の寄生は念入りに支配下に置けるのが一体までと頭数を制限されていた。
そこで、クリストフォロスは自らの能力を補強するための外部装置として角を生みだした。自らの血を混ぜる事で簡易的な魔道具として使える人工の角によって、一体にしか掛けられなかった魂の寄生を、何千、何万という規模で可能とし、彼はスタンピードを人為的に起こし、操作するようになった。魔人種の軍勢に、モンスターが配下に加わった瞬間だ。
影の中から自らの手足として動くモンスターが倒れていくのを眺めていく。遠距離攻撃が主体で、更には魔法使いであるはずのマクスウェルでさえ、上級モンスターのアングリ―ベアーを長杖で一方的に撲殺する様は、彼らの実力の高さを表す一端と言えた。
しかし、疲労は無くとも、物資の消費は誤魔化せない。弓使いの矢筒が空になる瞬間を見計らい、クリストフォロスは戦場に再び姿を現した。音も無く広がる影からするりと現れ、彼は長杖を無防備な背中を晒す弓使いに向けた。
「《矢よ、起きれ》」
詠唱に応える形で、魔法陣が複数展開される。中心部から顔を覗かせる魔法の矢は正確に弓使いの背中を捉えていた。
フィーニスから授けられた力を除いた場合、クリストフォロスが持つ力は一つしかない。それは魔法の召喚である。事前に構築し、詠唱を済ませた魔法を魔法陣の形で保存し、それを呼び出す事で魔法を放つ。一見すると面倒なやり方だが、この方法の利便性は、威力は高いが詠唱の長い旧式魔法を新式魔法以上の速さで実行できる点だ。
既に魔法の詠唱は完了しており、後は魔法陣を呼び出すだけで魔法が放てるのだ。
この戦闘スタイルは影の転移と組み合わせる事で絶大な威力を発揮する。
例えば。堅牢な砦に篭る指揮官の背後に音も無く現れ、侵入が気づかれ応戦されるよりも早く魔法で相手を殺すという手法が取れる。実際、人魔戦役の頃に、クリストフォロスはそれを何度も繰り返して、連合軍の戦士らを苦しめていった。
魔王の軍師であるクリストフォロスのもう一つの顔。
それは影から影に忍ぶ暗殺者だ。
上級魔法が弓使いの背に向けて放たれた。雷が落ちる速さで迫るそれは、気づいたところで手遅れだ。無防備な背が雷の矢に貫かれ赤く染まる―――事はなかった。
「……これは、なるほど」
雷の矢が弓使いの体を貫通すると、途端に弓使いの体が色を失った。まるで土塊に塗った塗料が雨で流されるように急速に色を無くし、本当に土塊となって地面に落ちた。直後、風きり音を耳朶は拾うがクリストフォロスは甘んじて攻撃を受けた。
肩に突き刺さる衝撃から、即座に反転。再び矢を展開し、攻撃が飛んだ方向に反撃を加えると、矢は大地に突き刺さり爆発した。
舞い上がる土砂の中に本物の弓使いの姿があった。
着地した弓使いに対して魔法を放つも、それらは横合いから放たれたマクスウェルの魔法に全て防がれてしまった。金色の双眸が厄介な賢者を射抜いた。
「私が見ていたのは、魔法で生み出した土人形という訳ですか。大方、《クレイマン》でしょうね、今のは。入れ替わったのは、おそらく私が貴方の魔法を避けるために影に飛び込んだ瞬間。違いますか」
「正当じゃ。残念ながら、褒章をやる余裕はないぞ」
「エラスムスの情報なら是が非でも欲しいのですがね。……ですが、一つ納得が行きません」
人の手を重ね合わせたような不気味な杖で地面を突くクリストフォロス。肩に刺さった矢から青い血が流れていき、冷然とした表情を歪ませながらも分析するのは、余裕の表れか。その隙にマクスウェル達は互いの距離を近づけていく。
「貴方は《スターライト・アバランシュ》を詠唱していた。だけど、その直後に間髪入れずに魔法をもう一つ生み出すとは……そう言った類の技能でもお持ちなのですか」
「持っていたとして、それをお主に素直に話すと思うか」
「確かに。その通りですね」
疑念の残る瞳で睨むクリストフォロスにマクスウェルは内心で舌を出す。別段、マクスウェルが《二重詠唱》や《遅延魔法》などの特別な技能を持っている訳ではない。
単に技術の問題だ。
『カワランベ』を召喚する時に披露した、詠唱と会話の成立。それを一歩先に進めたことをしただけだ。
即ち、詠唱と別の魔法の詠唱を交互に行ったに過ぎなかった。
《スターライト・アバランシュ》と《クレイマン》の詠唱を交互に行う事で、二つの魔法をほぼ同時に完成させた。
とはいえ、これは常軌を逸したやり方だと言うのは本人も理解している。詠唱と会話の成立は、まだ手で文章を紡ぎながら、口は他人と会話するような物だが、二つの詠唱を交互に唱えるのは、一つの口で同時に二つの文章を読み上げるような物だ。
普通なら精神力が暴走して魔法が不発に終わるか、最悪の場合は暴発すると言うのに、マクスウェルは涼しげな様子で完成させていた。
「お主がこやつを狙うのは読めていたからな。儂を殺すのではなく生け捕りにするには、こやつが邪魔になる。それが分かっておったから、土人形でお主の目をごまかしたという訳じゃ」
「私を挑発したのも的をずらす為ですか。……やはり、『流浪の賢者』は何時の時代も面白いですね。次はどんな手で来るのか、戦闘中だと言うのに期待してしまいます」
「貴様に褒めてもらった所で、ちいとも嬉しくないが、ならばその期待。応えてやろう」
そう言うと、マクスウェルは長杖を両手で握り、魔法の詠唱に入る。邪魔をされないように弓使いが辺りに殺気を放ちモンスターを牽制するも、元から何もするつもりも無いとばかりにクリストフォロスが腕組みをしていた。
どう考えても悪手の、余裕ぶった態度。裏を返せば、自分にそれだけの自信があり、なおかつ相手を見くびっているのだろう。
事実、この男は先のスタンピードにおいて、元とはいえS級冒険者の『銀狼』テオドールと互角にやり合っていた。
六将軍の中でも戦闘能力は低いと自覚し、なおかつ得意分野が遠距離であるにも関わらず、マクスウェルと弓使い二人ならば勝てると踏んでいるのだろう。
―――その余裕を引き剥がす。
「《無垢なる存在よ、我が呼びかけに応じて目を覚ませ》」
クリストフォロスの眉間に皺が寄る。精神力が汲み出された量からどれだけの魔法が発動するのか、この男の力量ならすぐさま看破できる。間違いなく、マクスウェルが使おうとしている魔法は超級以上の魔法だ。だというのに、その詠唱に心当たりがないのだ。
「《魂を蝕むゆりかごを離れ、自由な地平に向けて走れ》」
胸がざわつく。この感覚は、かつてカタリナが裏切る直前に味わった不吉な予感に酷似していた。クリストフォロスはマクスウェルが行おうとしていることを危険と判断した。
このまま放置していれば、酷く厄介な状況になるだろう。そう考えて、長杖を回す。
「《茨よ、起これ》」
途端、魔法陣から吐き出されるのは燃え尽きる事すら出来ない茨の園。乾いた大地を削りながら押し寄せる茨を前にして、弓使いが静かに戦技を放った。
「《流星瀑布》!」
天に向かって放たれた矢が、無数の流星となって大地へと降り注ぐ。高所から降り注ぐ滝の勢いで落ちてくる矢で茨の園が削れて行き、マクスウェルまで攻撃が届かなかった。
だが、それで十分だ。
マクスウェルの背後。彼の影に合わせるように展開する闇の如き影から浮き上がるクリストフォロスが、手の形をした杖を振るう。茨の園は元から目くらまし。自身の姿を掻き消し、その隙に転移をし、背後を突くというのが狙いだ。
杖の後端は鋭く尖っており、魔法使い程度の装備を貫くには十分だ。
しかし、その一撃は弓使いの弓に阻まれる事になる。
交錯する互いの武具。クリストフォロスの顔は驚きに歪んだ。何故なら弓使いは振り向きもせずに弓を盾のように使ったのだ。
奇襲が失敗したのは何故だ、と刹那の間考えるクリストフォロスの視界を、薄緑色の物体が過った。そこでようやく己の失策を気づく。感知に特化した精霊『カワランベ』がまだそばに居たのだ。
複眼によって周囲の光景を捉え、虫の触覚のような物で空間の揺らぎを捉えられたのだ。
「三百年の沈黙で腕が鈍ったんじゃないのか、六将軍」
弓使いの言葉にクリストフォロスは苛立ちを隠そうともしなかった。そのまま弓使いは反転すると、矢の先端を指の間で挟み、小刀のようにクリストフォロスへ振るった。
杖で防ぐも、その矢はそのまま弓に番われ、至近距離の的を射抜いた。
クリストフォロスの太腿に矢が深々と突き刺さった。それを抜こうとはせずに、クリストフォロスは杖を巧みに操り、弓使いの胸を殴打する。
衝撃で肺の中の空気が吐き出される。卑怯な戦い方を好むが、やはり魔人。やはり、六将軍である。基本的な戦い方が不得手という訳がなく、《神聖騎士団》の前衛組に引けを取らない杖術だ。
崩れ落ちる弓使いを無視し、足に矢が刺さったままマクスウェルを狙うクリストフォロス。
しかし、一手遅かった。
「《いざ、目覚めの時なり》《ソウル・リベレーション》!」
掲げられた杖から音が響く。耳朶というよりも、魂を震わすような音に魔法の正体も掴めていないクリストフォロスは警戒の為に後退する。
だが、見下ろした体のどこも異常は無かった。
「どういう事だ。……不発、失敗、ではないな。魔法は確実に発動して―――なに!?」
戸惑うクリストフォロスが驚愕したのは、彼に向けてモンスターが攻撃を仕掛けてきたからだ。中級モンスターのシェイプリザードが手にした骨製の武器でクリストフォロスの背後を強襲する。だが、鎧はおろか、むき出しの肌すら傷つかず、首を傾げていると、横に薙いだ杖によって首が落ちた。
「……なるほど。これは想定外ですね」
クリストフォロスは衝撃も冷めやらぬ様子で周りを見渡した。なにもモンスターの攻撃でダメージを受けたわけではない。彼が驚いているのは、自らの支配下にあったモンスター達が、突如として同士討ちを始めた事だ。
いや、正確には同士討ちを始めるモノも現れたというべきか。デゼルト国の兵士を襲う者もいれば、帝国兵を襲う者もいる。中には戦場に興味を無くしたように離れていく者も。クリストフォロスはそれらに対して命令を飛ばそうとするも、何の手応えも無かった。
用意した一万のモンスターの内、四割近くが自分の支配下から抜け出した。
「驚きましたね。私の支配を外す方法を編み出したとは。貴方お一人で考えついた、という訳ではなさそうですね」
「如何にも。三百年前、当時の『流浪の賢者』がお主の所業を知り、対抗するために研究してきたこの魔法。代を重ねるごとに研究は進んでいき、儂の二代前の『流浪』で完成には至ったが、生憎と披露する機会が無くてな。今日、初めて実証に至ったという訳じゃ」
「それは素晴らしい執念です。ですが、どうやら私の支配を打ち消すだけで、貴方の支配下にあるという事ではなさそうですね」
モンスターとモンスターが争う場面を見て、クリストフォロスはその魔法の偉大さを認めつつも、欠点を指摘した。
いわば、この状況はモンスターの行動を制限していた鎖付きの首輪を外したに過ぎない。外されたモンスターがどんな行動をするのか、それはマクスウェルでも予想が付かない。
だが、クリストフォロスの意のままに動くモンスターの数が減ったのは事実だ。
「お主らは三百年前。あまりにも暴れ過ぎだ。多くの傷跡と悲劇を残した一方で、多くの情報も残していった。三百年という時間があれば、お主らに対応する策の一つや二つ、いくらでも用意できるわ」
選択肢の一つをもがれたクリストフォロスに対して、マクスウェルは不敵に笑う。
「人間を舐めるな。例え、お主らほど長く生きれなくとも、託して繋ぐことが出来る。その結果が儂であり、この状況だ。その金色の眼でしかと見ろ、クリストフォロス!」
「……認めましょう。確かに、人の執念は凄まじい。だからこそ、貴様らに任せておけないのだよ。際限なき欲望が、もっと、もっと、と多くを欲しがる。その結果が世界の破滅だと思いしれ! 《星よ、起これ》!」
「させるか! 《ブリザードヘイル》!」
同時に繰り出される魔法の衝突が戦いの激化を示唆していた。
★
ディオニュシウスから放たれる威圧感が一段と濃くなる。それが戦いの合図だとばかりに魔人は告げる。
「サア、ハジメヨウ。チニクワキオドル、トウソウノジカンダ」
金属に阻まれひび割れる声と共に横に薙ぐ一撃を、レイは相手に対して飛び込む事で回避した。長物を掻い潜った事が相手には予想外なのか、一瞬だが動きが鈍る。その隙を突く形で龍刀に纏わせた炎ごと斬撃を浴びせる。
斜め右上から右下に向かって振り下ろされた一撃は、しかし、青銅の輝きを発する鎧に阻まれた。
舐めるように炎が走ったはずなのに、溶けた跡が無い。
その不条理な事実を既に知っていたレイは動揺することなく次の行動に移る。頭部に向かって振り下ろされる一撃を、体を半身横にずらして回避。
目と鼻の先を通過した巨大な破壊力を秘めた一撃は、地面に突き刺さり地下へと流れ込むと、地面が陥没し、足場が崩れた。
ディオニュシウスは慣れた物で、自らの強すぎる一撃で足元が崩れるのを知っていたように巨体に見合わない軽快さで脱出する。その際に金砕棒を槍のように投げようとして、しかし、驚きを持って行動を止めた。
レイもまた、足元が崩れる中、比較的大きな塊を踏み台としてその場を離脱したのだ。
仲間の元へ合流したレイとディオニュシウスは窪地を挟んで向かい合った。投げようとした金砕棒を新体操のバトンのようにくるりと投げると、
「フム。タショウナリトモ、タタカエルヨウダ。テッキリ、イチゲキデシヌカトオモッタガ、ゾンガイヤルナ、コゾウ」
と、称賛の言葉を送る。
その言葉にレイは不敵な笑みを浮かべつつ、内心では、
(一撃で死んだよ! こっちはもう、十二回も死んでいるんだぞ!!)
と、叫んでいた。
頭をスイカ割りの要領で半分にされた後、レイは何度もディオニュシウスに殺されていた。
大雑把に説明すれば以下のよう流れである。
最初の一撃を受け止めるのに失敗し両腕が皮一枚残して辛うじて繋がっている状態でスイカのように割られる事、二回。横凪の一撃を躱そうと決めたが、金砕棒の間合いが広く、何より早い事から体が上下で千切れ飛ぶこと四回。懐に飛び込んだはいいが直後に首を握りつぶされる事一回。懐が全くの安置では無い事を知り攻撃を加える事で反撃を誘発するも、その一撃で頭から股下まで裂けられる事一回。足元が陥没するという事実に驚いている最中に、跳んできた金砕棒に体を抉られた。今度は驚かずに脱出しようとするも、タイミングを間違えて、腕を掴まれ、そのまま左右に引き千切られた。
回数を重ねるごとにどうにか生き延びる時間が増えていくも、秒で換算すれば十数秒程度。
ディオニュシウスを足止めしているという目的は達成しているが、はたしてそれがどこまで続くのか。
(サファか、あるいはローランさんが六将軍を倒すまで、僕らは時間を稼げるんだろうか)
相も変わらず他人任せの所がある作戦だが、レイはある事実を知らないでいた。
一番頼りにしている『七帝』サファが、同格の『七帝』相手に激戦を繰り広げている事など、神の身でもないレイには到底知りえない事実だった。
「ヨロシイ。ナラバ、イチダンカイ、ジツリョクヲヒキアゲテミヨウ」
無慈悲とも取れる宣告に、レティやシアラが魔法を展開しようとし、エトネが窪地を迂回して攻撃を仕掛けようとする中、一陣の風が吹いた。
その風は青銅色をしていた。
エトネの萌黄色の瞳がそれを捉えた瞬間、肉を無理やり千切った様な不快な音がして、足を止め振り変えると、ディオニュシウスの姿は窪地の向こう側、レイ達の居た場所を通り越した先に居た。
「ム.シマッタナ。イササカヤリスギテシマッタ」
そう呟く魔人は横に伸ばしていた腕を降ろすと、赤い雫と共に肉の塊がずるりと落ちた。そして、レイ達が居た場所には、上半身が吹き飛んだ死体が風に揺られて倒れるのだった。
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読んで下さって、ありがとうございます。




