8-51 それぞれの戦場Ⅰ
デゼルト国軍と帝国軍及びモンスターの混成軍がぶつかり合う主戦場から少し離れた場所で、白馬の上から跳んで、龍刀コウエンの炎を助力に宙を飛んだ少年は、仲間と共に六将軍の一人と向かい合っていた。
青銅色の鎧を纏う鋼鉄の巨躯から立ち上る闘気は、間違いなく格上の存在だ。手にした金砕棒などは、レティの背丈三つ分の長さを誇っている。それが振り下ろされる時の威力は大地に染みのように付着している、死体の欠片から推察できる。
精神衛生上、宜しくない光景を意識から遮断して眼前の敵に集中しようとしたレイに対して、背後から鋭い声が飛んだ。
「レイ、其方、あれ程言ったというのに、来てしまったのか!」
一瞬、呆けた様にレイの背中を見上げていたダリーシャスは、すぐさま意識を覚醒させて声に怒気を混ぜて叫ぶ。橙色の瞳には憤りの色が浮かび、厳しい表情はそれだけ彼の怒りをあらわにしているのだろう。
もっとも、その言葉はレイにしてみれば予想の範疇だけに驚くに値しなかった。冷静に、敵に視線を向けたままダリーシャスに謝罪した。
「ダリーシャス。アンタの命令を破った事は後でいくらでも謝る。だけど、今だけは僕の言う事に従ってくれないか」
「ならぬ! いくら其方とはいえ、こればかりは譲れん。即刻、戦場から離れるんだ!」
国と国の争いにレイ達を巻き込みたくないというダリーシャスの思いやりには、レイも、そしてシアラ達も感謝していた。だが、それでも譲れない事はある。
「アンタが、僕らの事を気遣ってくれるのは嬉しい。だけど、同時に僕らもアンタの、そしてこの国の為に少しは力になりたいって思っているんだよ。ラシード君が居て、アンタが居て、そしてナリンザさんが居た、この国を守りたいんだ。皆はどうなんだ?」
「あたしもだよ、ご主人さま。ナリンザさまには、ご主人さまを助けてもらった。フェスティオ商会のジェロニモさまには、この大陸に来る前にいっぱいお世話になったもの。どこかで恩返ししないと、罰が当たっちゃうよ」
「エトネも、ここにすんでいるひと、まもりたい。だれかの、いやなよくぼうだけで、こきょうがもえたり、ひとがしんでいくのなんて、もうみたくない」
「ワタシとしては、この国がどうなろうとあんまり興味が無いんだけど、それでも向こう側に六将軍がいるとなった以上、無視できないわ。あいつ等がふんぞり返ってる横顔をぶん殴りに来たのよ」
三者三様の意見だが、それでも彼女らにとっては戦場に立つに足る理由であり、それで十分だった。ダリーシャスは様々な感情が一度に押し寄せてしまい、何も喋る事が出来なくなってしまう。すると、そんな彼に生暖かい息が吹きかけられた。振り返れば、そこには細面の白馬が顔を寄せていた。
ナリンザの愛馬、アスタルテだ。
「とにかく、ダリーシャス。アンタはこの場を離れるんだ。馬が無くなったのなら、アスタルテを使って、砦に逃げ込め。その間の時間稼ぎを僕らがするよ」
レイが目配せすると、エトネがダリーシャスを立たせて白馬へと押し上げようとする。幼女とは思えない膂力で青年は持ち上がった。アスタルテに跨るダリーシャスは瞼を擦り上げ、気合を十分に告げた。
「レイ! そしてシアラ達! 其方らには色々と言いたいことがあるも、今は戦争中だ。説教は後回しにする」
「……説教は確定なのね」
「主様。それぐらいは甘んじて受け止めなさい」
肩を落とすレイに対して、シアラが短く囁く間も、ダリーシャスは続けた。
「俺はこれより、軍の指揮系統を立て直す。このような不本意な形で乱戦となってしまった以上、どこまで掌握できるか分からんが、とにかく数で上回るという点だけで押し切るつもりだ。だが、それが上手く行くかどうかは不明だ」
六将軍の向こう側で繰り広げられる乱戦。兵数の差と、横合いからの急襲という二つがあってどうにか若干の優勢を奪い取っているデゼルト国だが、それがどれだけ続くか不明だ。
ダリーシャスの公開処刑という士気が陥落しかねない最悪を回避したとはいえ、浮足立っているのも間違いない。野戦だけで勝利をもぎ取るのは非常に難しいのは明白だ。
「だから、レイ。そして《ミクリヤ》の者達よ。其方らに再び無茶な事を頼みたい」
橙色の瞳が刃のように鋭い視線となって、魔人に突き刺さる。青銅の巨人はその程度では揺るぐことは無かった。
「あれを、六将軍を倒してほしい。いや、倒せなくても良い。足止めし、あれが戦場で猛威を振るうのだけは避けてくれ。あれは、僅か十分足らずで、俺を守る為に配置された五百の兵を皆殺しにした。あんなのが居れば、勝てる戦も全て負けてしまう」
辺り一面に広がる赤い惨劇にダリーシャスは歯噛みする。つい数分前までは生きていた部下たちを想い、悼み、そして溢れる感情を堪えているのだろう。指揮官たるもの、冷静で居なくてはならない。
「分かってるよ。元から、そのつもりでこの戦場に来たんだからな」
その時、前線司令部の門が開き、残っていた最後の兵五千がダリーシャスの元へと参集する。司令部を空にするという愚行だが、ここが分水嶺だと戦場に居るもの全てが理解していた。背水の陣を覚悟した兵士たちの中に、アスタルテに跨ったダリーシャスは進む。
レイは振り返らない。
ダリーシャスも振り返らない。
ただ、言の葉に乗せて送るのは信頼の証だ。
「生きろよ、皆の者」
「そっちこそな、ダリーシャス」
短く別れの言葉を交わすと、ダリーシャスの率いる五千の兵たちは一糸乱れぬ動きで駆けだした。六将軍を大きく迂回して、乱戦が続く主戦場を掌握するために飛び込んでいったのだ。
そこを強襲する影があった。
二頭の飛竜だ。ダリーシャスの位置を把握するために上空を陣取っていた彼らは、目標の無事を知り、即座に攻撃しようとしていた。だが、レイが掲げる龍刀の波紋に浮かぶ縦に裂けた眼孔が一睨みするだけで、彼らは泡を喰ったように乗り手の意思を無視した動きを取る。
大空を酔っ払ったような頼りなさでフラフラと飛ぶ飛竜。あの様子なら、しばらくは大丈夫だろうとレイは判断した。
「良かったの。ダリーシャスさまをあっちに向かわせて」
「ワタシは良い判断だと思ったわよ。ぱっと見て、六将軍が暴れているのって、ここと主戦場の向こう側でしょ。だったら、まだあっちの乱戦の方が死ぬ確率は低いわね」
「だとしたら、一番死亡率が高いのは、ここってだってことだよね」
龍刀の切っ先を六将軍へと向けたまま、レイはエトネに問いかける。
「エトネ。キュイはどうした」
「もう、あんぜんなところにいくようつたえたよ」
「そうか。なら、後はこいつをどうにかするだけか」
心配事が片付くと、レイ達はダリーシャスを黙って見送った六将軍へと視線を向け、武器を構えた。
此方を意識しているのかどうか分からない立ち姿は青銅の全身鎧と相まって、どこか彫像めいた美術品のような雰囲気を放つ。だが、この特徴的な姿こそ、シアラが語っていた六将軍第六席ディオニュシウスだ。
「シアラ。こいつが君の言っていた、謎の魔人で間違いないな」
確認を取ると、シアラは頷いた。
遡る事、一日前。レイ達がダリーシャスの軍勢に追いつくよりも前。
日も昇っている間に休憩を取ろうとしていたレイ達に、シアラはこう切り出した。
「これから六将軍と戦うにあたって、ワタシの知る限りの情報を皆に話すわ。戦う際に、参考にして頂戴」
人魔戦役の頃を知る、数少ない生き証人として、彼女は六将軍の風貌や、都市伝説まがいの逸話、そしてそこから推測される戦闘方法などを説明した。
三百年の沈黙の間に、六将軍たちも成長していたり、あるいは切り札と呼ぶべき技を隠し持っているという可能性もあるため、シアラもこの情報が正しいのか分からないようで、不安が口調に現れていた。それでも、事前に知っているのと知っていないのでは、いざという時の対応が違ってくる。
熱心に話を聞いていたレイ達を前に、シアラは第五席ジャイルズの事まで語り終えた。
「と、まあ、こんな所かしらね。それで次は、第六席ディオニュシウスなんだけど……むぅ」
急に言葉を詰まらせたシアラにレイ達は首を傾げた。不安な口調だが、それでも淀みなく話していたシアラが、此処に来て、急に何も言わなくなったのだ。
無言が数秒続き、シアラは意を決したように口を開いた。
「何も分からないわ」
「……溜めて置いて、それが答えかよ」
「冗談とかじゃなくて、本当に分からないのよ」
理知的な顔立ちを困らせながら、シアラは続けた。
「人龍戦役が始まるまで『魔王』の傍に仕える魔人は、ジャイルズまでの五人だったのよ」
「それじゃもしかして、六将軍は五将軍だったてこと?」
レティの問いかけにシアラはその通りと答えた。
「それが人龍の終わりごろに、名も無き戦士が魔人に変質したという噂があって、戦場に第六席ディオニュシウスが姿を見せるようになったの。でも、誰もそんな名前の魔人種を知らなかった。結局、ワタシが不戦の島に移り住んでしまったから、情報はそこでお終い。ディオニュシウスが全身を鎧で覆われている巨大な奴ぐらいしか知らないわよ」
レイは頭の中で、ディオニュシウスの姿を思い描く。鎧と聞いて連想するのは、魔法工学の兵器の一つ、巨人兵。もしくは、神前決闘でゲオルギウスが纏っていた鎧ぐらいだ。
「大体、全身鎧を纏っているなら、そいつが本当に金色の目をしているのかだって、誰にも分かんないと思わない」
「スリットの間から見えるとか、そう言う事なんじゃないかな」
「さあね。ともかく、ディオニュシウスの事については、技能も戦闘の特徴も何一つ分からないわ」
「えもののこうぶつがわからないと、わなもしかけられない」
狩人らしい考え方を口にしたエトネにレイは頷く。彼女の言う通り、未知の相手というのはどんな危険が潜んでいるのか不明なのだ。出来る事ならば、ディオニュシウスとは戦わずにいたいと、その場でレイは呟いた。
「だったはずなのに、よりにもよって、噂の主と戦う羽目になるなんて」
「あんまり嘆かないの。案外、戦ってみたらやりやすい相手とかもあるかもしれないじゃない」
「シアラ。それ本心で言ってる?」
「まさか」
シアラのにべもない対応にレイは軽くため息を吐くと、動かなかったディオニュシウスに変化が起きた。大地に突き刺さったままの金砕棒を引き抜き、手の内で回すと、こびり付いていた肉片などが吹き飛んだ。途端に、威圧感が重厚さを増したように感じられる。息苦しさから、呼吸が浅くなる。
改めて対峙すると、その巨大さに圧倒される。
巨人兵よりかは背丈も横幅も一回りは小さいはずなのに、放たれる威圧感がディオニュシウスの実像を何倍にも膨らませている。もっとも、自分の中で生まれたイメージに飲み込まれている時点で、勝機なんて無い。
何時でも戦えるように構えていると、意外な事に魔人から放たれたのは言葉だった。
「ワカレノアイサツハ、スマセレタヨウダナ」
鎧越しに響く声は、不気味に割れていて、どこか虚ろな伽藍洞を通り抜ける風の音に似ていた。一瞬、何を言っているのか理解できなかったレイは、それがダリーシャスとの事だとややあってから理解した。
「もしかして、あんたが動かなかったのは待っていてくれたからなのか。だとしたら、随分と律儀だな」
「ウシロカラセンシヲオソウヨウナ、リョガイモノデハナイノデナ。ダリーシャスオウ二カンシテハ、ベツダン、アトマワシニシテモモンダイアルマイ。……トコロデ、ソコノショウジョ」
兜が僅かに傾き、指先はシアラを向いていた。レイは彼女を庇おうと前に出たが、当の本人がそれを拒んだ。シアラが睨みつけるように顔を上げると、三つの金眼と一つの黒眼が交錯した。
「コンジキコクショクノヒトミ。アサツユ二ヌレタイクロカミ。マチガイアルマイ、ヘイカノチヲヒクゴソクジョ、シアラ・マールムサマデスナ」
「……マールムの名は捨てたわ。ワタシを呼ぶなら、ただのシアラと呼びなさい」
庇われてばかりでは居られないとばかりに、レイを押しのけたシアラが毅然とし言い放つと、ディオニュシウスは気を害した様子も無く。
「ソノケダカサ、ゴボドウニヨクニテイル」
どこか懐かしさを滲ませる声に、シアラは困惑を見せた。
六将軍第三席カタリナは、人魔戦役の中盤で父親であるフィーニスを裏切った。世界規模で行われるはずだった魔界変成を止め、フィーニスの力を奪ったという。その事が引き金となり、魔王軍は勢力を弱体化、一気に敗北への道筋を歩む事となり、カタリナの娘である自分にゲオルギウスは槍を向けたのだ。
その経緯があるはずなのに、ディオニュシウスから告げられた母親の名前には複雑な感情が見え隠れしていた。
「アンタは、あの女の名前を出しても平気なのね」
「ヘイキ、トイウノハゴヘイガアル。ロクショウグンノマッセキトシテ、カノモノヲユルセナイトイウカンジョウハアル。ダガ、カノモノナクシテ、ワレハマジントハ、ナレナカッタ」
「……もしかして、カタリナという六将軍が、アンタをフィーニスに推挙したのか。そして、アンタも聖印を刻み込まれたという訳か」
「ソノトオリデアル。ワガ、コウハイトナルヤモシレヌ、コゾウヨ」
斜めに走るスリット越しに覗かせる金色の瞳は、レイの目の下を走る刀傷へと向いていた。魔王の組織図がどうなっているのか不明だが、この魔人はカタリナに対して一定の恩義を抱いているのは確かだろう。
「それじゃ、カタリナの血を引くワタシに、本気で挑むというの。それもフィーニスの血を絶やすつもりなの」
本心では嫌悪する血をことさらに強調して、ディオニュシウスの動揺を狙おうとするシアラ。だが、彼女の読みは外れてしまう。
「ソレモヤムナシ。コウシテ、センジョウニテアイマミエタイジョウ、タガイニユズレナイリユウガアルイジョウ、タタカイハサケラレナイ。オフタカタニハ、スベテガオワッタトキ二ワビルツモリダ。ノゾマレルナラ、コノクビヲササゲヨウトモ」
自らの首を後ろから叩く魔人の言動は、古めかしさはあるが、真剣その物である。恩ある者の子女であろうとも、戦場でぶつかるならば殺す事は必然。その責任を問われれば命で贖おうとする高潔とも言える精神。
そこから放たれる威圧感はレイ達の肌を突き刺す。
「サア、ハジメヨウ。チニクワキオドル、トウソウノジカンダ」
言葉と共に放たれた横殴りの一撃は、レイが振るう龍刀と正面からぶつかり、発生した衝撃波が戦場を一巡した。
そして―――レイの腕は肩から骨が外れ、激痛と共にだらりと下がった所で返す刀とばかりに振るわれた金砕棒に頭を半分に潰されるのだった。
★
戦場に浮かぶ無数の『窓』が最後に映し出していたのは、戦場に五千の兵を引き連れ飛び込もうとしているダリーシャスの雄々しき姿だった。その姿を見たデゼルト国の兵士たちは希望を捨てるな、王も戦おうとしていると勇気を振り絞り、喉を枯らさんばかりに叫ぶ。つい数分前までの嘆きと慟哭が嘘の様だ。
主戦場から離れたマクスウェルにも、再起しだした兵士の咆哮が聞こえてきた。
士気を挫くために開いた『窓』によって、図らずも士気が向上する結果となったため、『窓』を呼び出したクリストフォロスは、端正な顔立ちを歪めて手を振る。途端、『窓』は泡が弾けるように消えた。
「《ミクリヤ》のレイ。なるほど、これが君達の隠し玉という訳か。陛下から聖印を授かった小僧を、この戦場に連れていたとはね」
「……まあ、そんな所じゃな」
嘘である。
マクスウェルは頬の筋肉を総動員して吊り上げると、不敵な笑みに見えなくもない笑みを苦心して作り上げた。内心では動揺の嵐が吹き荒れているが、それを鋼の精神で表に出さないようにした。
どうしてレイたちが此処に居るのか。
予想は付くが、それでも信じ難い蛮行と呼べた。呼べたのだが、同時にこれ以上ない窮地を救われたとも実感していた。ダリーシャスが死に、それをあのような形で見せつけられれば、この戦争は挽回しようも無いほどの敗北で終わったはずだ。
それを回避できたのはレイ達のお蔭である。
「しかし、いくら黄龍討伐から生きて帰ったとはいえ、ディオニュシウスの相手をするには力不足だろうに。それとも、何か他にも隠している切り札でも持っているのかな」
(そんなもの、ある訳なかろう! ……いや、レイ殿の事だから、もしやあるのか?)
内心で自問するマクスウェルだが、いくら考えた所で正解が出るはずもない。それよりも、レイ達があのままではディオニュシウスに敗北するのは必然だと判断した。
そのため、自らの背後に居るミストラルに囁いた
「ミストラル。お主は後方に下がり、レイ殿と合流し、助力せい」
「ここは良いの?」
「構わん。ここは、儂らだけでもなんとかなる。それよりも、レイ殿らの方が重要だ。行って、支援して来てほしい」
「……支援って事は、離脱させないの!?」
予想外な指示にミストラルの柳眉が逆立つ。しかし、マクスウェルは表情を厳しくしたまま、言葉を重ねる。
「詳しく話をしている時間は無い。急いで行ってくれ!」
マクスウェルの意図までは読めなくとも、何か重要な流れが動き出していると察したミストラルはクリストフォロスを警戒しつつ後退し、十分な距離を取って反転。断続的に衝撃音を広げる戦場へと走り出した。
それを黄金の双眸で見送ったクリストフォロスは薄く笑う。
「ふむ。そう来ましたか。それぞれの戦場で拮抗状態を作る事ですか。随分と消極的ですが、厄介な手を選びましたね」
狙いを即座に看破されるも、それも予想の内だとばかりにマクスウェルは唇を歪めた。
ミストラルをレイ達に向かわせたことで、この戦争は拮抗状態へと突入する。
元々考えていた作戦は、六将軍に対して、『七帝』サファが居る分、戦力的に優位に立てる遊撃部隊が魔人を各個撃破して、帝国の外征を支える柱を折るつもりだった。ところが『勇者』の登場で勢力図が一気に変わった。
「『七帝』同士の戦いは、今の所互角。六将軍と《神聖騎士団》の戦いは、私とジャイルズで貴方がたを足止めすることが出来るため、一人余るディオニュシウスの分優勢……でした」
ところが両陣営が予想していなかった《ミクリヤ》の登場により、帝国と魔人に傾いていた天秤が拮抗する所まで戻ったのだ。
「つまり、この戦争は、我々と貴方達。どちらが先に一勝を上げるかで、勝勢は決まるという訳ですね。十三万の命が燃え尽きるかどうかが、個々人の戦いで決まるとは。これもまた天が定めし運命という訳か」
「余裕ぶっているところ悪いのだが、勝つのは儂らだぞ」
「ほほう。それは面白い。ですが、一つお聞かせください。貴方はその人数で私に勝とうとお思いですか?」
マクスウェルと共に戦うのは、《神聖騎士団》の弓使いのみ。先のスタンピードの時、元S級冒険者『銀狼』テオドール王と互角に渡り合った怪物を相手に二人で挑むという事だ。
無謀とも言える行為だが、マクスウェルにしろ、弓使いにしろ、その表情に悲壮感はない。それは経験が裏打ちした自信と言えた。徐々に高まる闘気を前にして、クリストフォロスは奇妙な行動に出た。
手を前に出して、マクスウェルを制すると、おもむろに口を開いたのだ。
「お待ちを、今代の『三賢者』。貴方には、聞きたいことがある。出来る事なら、その唇が動く内に、頭が明朗な間に、鼓動が止まる前に答えて欲しい」
「なんだ。御霊に昇る土産話を所望しているのか」
一瞬だが、怜悧な相貌に不快な影が差すも、クリストフォロスはその感情を拭い去り言葉を発した。
「……我らの同胞にして、貴方と同じ『三賢者』の一人。第一席エラスムスの行方はご存知かな」
読んで下さって、ありがとうございます。




