8-49 神聖騎士団VS六将軍
スカンダ砦。前後二重の防壁に加えて左右をそり立つ壁のような山々に守られた砦の上から、三人の悪鬼羅刹が戦場を見下ろしていた。
「おいおい。クリストフォロスの策とはいえ、上手く行きすぎじゃないのかい」
ドレッドヘアーを後ろに流すジャイルズが、どこからかくすねたリンゴを齧りながら、デゼルト軍の失態を嘲笑う。同様にクリストフォロスも恐ろしさを併せ持つ美貌を酷薄に歪めた。
「自画自賛は好みませんが、確かに上手く行きすぎですね。むしろ、罠に嵌った振りをした、向うの策略なのではないかと考えてしまうほどです」
どんなにあり得ないという事でも、想定しなければならないという軍師の性だ。もっとも、相手が何かの策略を用いたとしても、踏破してこその蹂躙である。
クリストフォロスと帝国が用意した、この戦争における切り札、『勇者』ジグムント。増援六万と共にこの国に持ち込まれた人間の形をした兵器は、軍師の狙い通りに『守護者』サファとぶつかっている。
共に近距離接近戦を得意とするため、間合いを離さずに切り結ぶ怪物達。刃と刃がぶつかる度に起きる衝撃波が砦にまで飛んでくる。特にジグムントの聖剣による熱線は凄まじく、立ち位置を入れ替えた事で誤爆した攻撃によって、砦の右側の山が抉れ、落石が起きていた。咄嗟にクリストフォロスが影を展開したため、落石は回避できたが、戦いが始まって数分も経たないというのに、地形が少しずつ歪になっていた。
規格外の怪物達の戦いにデゼルト国は動きを止める。下手に近づけば、余波で吹き飛ぶと本能で悟っているのだろう。正しい判断である。
だが、同時に愚かでもある。超絶の戦いを目の当たりにして思考を停止してしまった軍隊など、容易に刈り取れる。
クリストフォロスが杖を掲げれば、そこから光球が一筋の線を宙に描く。途端、スカンダ砦に向けて転進を続けていた帝国軍三万が、新たな動きをしだした。
ジグムントを避けるように二つに別れた軍勢の先頭が外向きに進路を変える。高所から見れば、二匹の巨大な魚のように、律然と行軍する姿はなるほど精兵であると六将軍ですら心中で唸る。進路をデゼルト国の軍勢に戻した帝国兵たちは、サファとジグムントの戦いを大回りで回避しながら行進する。狙いは、足を止めているデゼルト国の軍勢の横腹だ。
更に駄目押しとばかりに帝国のディオクレティア将軍が号令を出すと、スカンダ砦の固き城門が開いた。そこから三万の兵、二騎の竜騎士、そしてモンスターの軍勢およそ一万が打って出たのだ。
最低限の守備を残し、出せるだけの全戦力を持って最大級の一撃を与える。クリストフォロスは此処で戦争を決着まで持ち込む腹積もりだ。当然、六将軍達も動く。
その作戦に対して不安の色を隠せないのが、砦に残るディオクレティア帝国将軍だった。自らの部下が戦場に向かうのを見送る将軍の傍に、クリストフォロスが近づいた。
「では、これより砦の指揮は貴方に一任します。我らの留守の間、よろしくお願いしますよ」
「……心得ている」
歯を噛みしめて、やっとの思いでそれだけを吐き出す。ディオクレティアにも思う所はある。将軍として、この大規模な戦争で指揮を執りたいという野望もある。だが、自らの平凡な才覚を上回る存在が打ち出した、悪魔的な作戦の前にはそのような感情は紙屑のように捨て去るしかなかった。
クリストフォロスはそれっきり、ディオクレティアの事を振り返りもしなかった。おそらく、あの怜悧な相貌の奥にある脳は、この凡庸な男の事など微塵も残っていないのだろう。
十数メーチルはあるはずの高所から何の躊躇いも無く身を投げ出す六将軍たち。全身を隙間なく青銅の鎧で固めているためか、着地した地面を陥没させる第六席ディオニュシウスや、対照的に腰回りしか防具を固めていない身軽な第五席ジャイルズは砦の壁面に手を添えて落下速度を落とした。そして着地寸前に魔法で重力を軽減した第四席クリストフォロス。彼らの狙いはたった一つ。
蹂躙である。
デゼルト国の兵士を一人も逃すつもりは無い。首を落し、腹を裂き、四肢を千切り、腸を撒き、血で運河を作り、屍の山を築くまで、戦いは終わらない。
六将軍に罪悪感や道徳、倫理観などの人ならば持っているはずの殺人に対する忌避感は存在しない。むしろ人が嫌悪し、醜悪だと断ずる行いこそに美と信仰を抱く。人の形をした入れ物に注がれたのは、悪意の根源とでもいう感情だけだ。
「……悪魔め。だから貴様らは、世界から嫌悪され、畏怖され、憎悪されたというのが三百年経っても分からないのか」
怪物らが悠然とした足取りで戦場に向かうのを、ディオクレティアは力無く見送る。放たれた呟きは、大陸の風に紛れて消えた。
絡み合う聖剣と日本刀。刹那の間に、十にもわたる斬撃の応酬が交わされるも、互いに決定打とはならない。刃が刃を邪魔し、あるいは盾のように攻撃を受け止めている。だが、息を吐く暇もなく、次の瞬間には十の応酬が繰り返される。斬撃が交わされる音だけが、『七帝』の戦場に刻まれていく。
『勇者』ジグムント。
数百年前。人類の暗黒期よりも前に西方大陸の小国に降り立った『招かれた者』は、紛れも無い世界救世主だった。
何故なら彼は、本当に世界を救った事のある『勇者』なのだ。
異世界アースガルス。ジグムントの生まれし世界にして、魔神によって滅ぼされそうになっていた瀕死の世界。ジグムントは長き戦いの末に、仲間と共にその魔神を討ち果たし、世界を救ったのだ。
だが、それは彼の命との引き換えであり、彼は平和になった世界を見ることなく死に―――その魂はエルドラドの神々に拾われることとなった。13神が一柱、土を司る神、レア―。女神とのやり取りは不明だが、ジグムントは転生を選ばず、転移を、死んだ時の体と装備を持ってエルドラドに送り込まれた。
帝国の根幹たる帝室の、元となった小国の王族らの前に降り立ったジグムントは、息を吸うように、それこそ手慣れた様子で戦乱の日々に飛び込んだ。当時の西方大陸は、三人の旧『七帝』による代理戦争によって幾つもの小国が激突を繰り返していた。だというのに、この男の登場で、長かった戦乱の歴史は終わりを迎える。
西方大陸を影で支配していた三人の旧『七帝』を討ち滅ぼし、人々を彼らの遊戯から解放したのだ。
だが、その偉業は新たなる戦乱の時代を招く事になるのは皮肉としか言えなかった。
長い戦乱が終わったからと言って、戦乱の記憶は風化していなかった。傷跡が忘れさせなかった。報復の種火は燻り、小さな出来事がきっかけで大火は再び大陸に広がった。何処もかしこも、報復の応酬が繰り広げられる。裏で全てを操っていた黒幕が不在となっても、彼らは二百年と言う時間を戦争以外、何も学んでこなかった。
ジグムントは再び戦いの中に身を投じるも、この戦いは彼にとって苦しく、辛いものでしかなかった。なぜなら、倒すべき悪の権化と呼ぶべき存在が居なかったのだ。世界を滅ぼそうと、人々を苦しめている、分かりやすい象徴的なラスボスが不在の戦い。
『勇者』の剣は、護られるべき弱者へと向けられ、穢れていった。
鎧の下の素顔は幽鬼のように変貌していき、涙は枯れ果て、嗚咽を漏らす喉も潰れた。だと言うのに、彼は戦う事を止めなかった。何故なら、彼もまた戦うこと以外で世界を救う術を知らなかった。だから、彼は失敗し―――二度目の死を迎える。
誇りは地に落ち、名誉は泥に沈み、歩いてきた道の端には殺してきた者の亡骸で埋まっていた。
しかし、帝国はジグムントの死を認めなかった。
まだ帝国と呼ばれるよりも前の時代、小国に過ぎないその国が生き残るには『勇者』の力が必要だった。
だから、彼らは死者に鞭を打った。
死者に対して、死者のままで生者のように動かせ、意のままに従わせる呪法を施した。結果、ジグムントは動き出した。白銀だった鎧は白い錆に曇らせ、聖剣を振るう腕に雄々しさも力強さも失われ、それでもなお、彼は『勇者』として、その力を示し続けた。
小国が帝国と呼ばれるようになる今日まで、『勇者』という力は帝国の剣として猛威を振るった。それはジグムントの本意でない形として。
そして、今日。
人間兵器とも揶揄される怪物が、異国の地で力を振るう。
聖剣に内蔵されている宝石が呼吸するように光を点滅させる。ダイアモンドのような透明な宝石こそ、聖剣を聖剣たらしめる鍵だ。
異世界アースガルスにおいて、光の巫女がその身を生贄に捧げる事で、神々から与えられた神秘の宝石は異郷の地でも問題なく稼働する。宝石が周囲の魔力を吸収し、光へと変換し剣に充填し、白き光線として放たれる。
サファは至近距離で放たれたそれを、藍色の日本刀で切り裂いた。
光線が、己の頬を焼く感触がするも、彼は避けようとしなかった。なぜなら、避ければ背後に居るデゼルト軍に光線が届いてしまうからだ。
「足手まといを抱えて、こいつとやり合うのは、少々骨が折れるな」
光線が空中に霧散していくも、両者の切り合いは止まらない。ぶつかり合ってから一分も経っていないのに、斬撃の応酬は二百を超えていた。細かく立ち位置を変え続けているため、聖剣の光線は彼方此方に向けて放たれており、その内の一発は近くの山を抉り落石を引き起こしていた。地形が徐々にだが変わりつつあるが、サファにとってある意味見慣れた光景とも言えた。
『七帝』同士の激突は、往々にしてそのような経過を辿るのだ。
そんな異次元の戦いをしている二人に割って入れず、見守るしかできないでいたのはローランを始めとする《神聖騎士団》の面々である。最強の冒険者集団を持ってしても、極限を超えた怪物同士の激突は目で追うのがやっとである。この場で唯一、彼らの戦いに割りこめるとしたら、それはローランだけだ。
《ロード・トゥ・ヘブン》を使えば、朽ちかけの体であろうとも、極限の更に先へと到達することも可能だ。だがそれは、ローランが死に近づくことを意味する。
ここでローランと言うカードを失う事はマクスウェルには認められない。何故なら、怪物は他にも居るのだから。
戦場が俄かに騒がしくなってくると、撤退をしていたはずの帝国軍が更に転進しデゼルト国の兵士らを左右から挟撃し始めた。更に、スカンダ砦から残りの帝国軍に加えて中級から上級で固められた一万近いモンスターの軍勢まで押し寄せる。だが、それらは『七帝』と《神聖騎士団》を無視し、デゼルト国軍を狙う。戦場から浮く形となった《神聖騎士団》の面々は、しかし、直後に近づく気配に総毛立つ。
砂塵が舞う中を近づく三人の影。
濃厚となる死の気配。
紛れもなく、迫りくるのは脅威的な存在だ。臨戦態勢を取る彼らに向けて、影の一つが急速に動き出した。大地を疾駆するかと思えば、地面を蹴り、投石の如き勢いで降って来たのは小柄な体躯の人物だった。
下手をすれば少年とも思える双眸は、暗き金色に染まってた。
「六将軍か!」
「大当たりさ!」
叫びあうローランと魔人。魔人は上半身を曝け出し、自らの肌色すら分からなくなった傷跡の一つに手を添えると、技能を発動した。
「《甦れ、我が体に刻みし勇猛果敢なる戦士の記憶》!」
言葉と共にわき腹に走る刺し傷にから鈍く光る透明な双剣が抜き放たれると、ローランの顔色が変わる。中腰に構える大剣を手の中で滑らすと、盾のようにして少年が繰り出す双剣の連続攻撃を防ぎきった。刹那の間に響く衝撃音は激しい音楽のようにも聞こえた。
少年は攻撃に失敗すると、大剣の腹を蹴って一度距離を取る。長杖を構えたマクスウェルが相対する敵の風貌からその正体を推察した。
「その呪文に、その見てくれか。ならば、お主は六将軍第五席ジャイルズか」
「最近の若いのは、礼儀がなってないね。戦いに臨むのに、名乗り上げもさせてくれないなんてね」
揶揄うような口調のジャイルズを無視して、マクスウェルはローランに警告を送る。
「ローラン。こやつの力は―――」
「―――分かってるよ。再現なんだろ」
視線を強敵から逸らそうとしないローラン。
対するジャイルズは自分の思い通りに進まない事に子供のような不満を隠そうともせずに顔を歪めると、
「なんだよ。俺の戦い方は知っているってか。……ああ、そういえば、君らが今代の《神聖騎士団》? だったら、俺の戦い方も、力の仕組みも知っていて当たり前か。なら、こうするのも面白いじゃん」
砕けた口調の、見た目からして少年としか思えないジャイルズは手にした透明な、硝子で構成されたような双剣をあっさりと手放した。大地に触れると、それこそ硝子が砕けたように崩れるも、既に興味を無くしたようで、右の肩口を抉った傷跡に触れた。
途端、先の双剣と同じ透明な硝子で出来た大剣が引き抜かれた。
「さあ、敬意を払いな。こいつは、君らの大先輩、僕らの時代の《神聖騎士団》の戦技さ!」
言うなり、ジャイルズは大剣をまるで投擲するように柄を持ち替え、体を振り絞った。
「《見敵必中》!」
放たれた大剣は正しく投げ槍のようにローランを貫かんと一直線に飛翔した。その一撃に対して、ローランは大剣を地面に突き刺して受け止めようとする。だが、硝子のような大剣が、ぶつかる寸前に変化した。
分裂したのだ。
大剣の内側で爆発が起きたかのように、刃は極小の大きさに分裂する。
そのまま、更に加速したように細かい刃は、ローランの居る空間をずたずたに切り裂いた。刃の嵐が通り過ぎた時、大剣に隠れた体の大部分は無傷だった。しかし、はみ出た足や腕などの防具を硝子の刃は貫いていた。
それらは音も無く消え去ると、ローランの体から血が噴き出した。
「なるほど。これが《傷ノ記憶》の力という訳か」
「どうだい。自分の先達の技に切り刻まれる気分は。中々得難い経験だろう。俺に感謝しなよ」
得意がるジャイルズは、自分の胸元に残る傷に手を触れると、今度は槍を引き抜き構えた。咄嗟に、盾使いが二人の間に割って入り、その影に隠れる形でミストラルが回復魔法をローランに施した。
ジャイルズの双眸が左右を向くと、いつの間にか彼は《神聖騎士団》の面々に取り囲まれていた。ローランがジャイルズと戦っている間に、彼らは陣形を組んでいたのだ。
「手負いのリーダーを囮にするなんて、随分と冷たいねぇ。さてはお前、人望が無いんだろう」
再び揶揄う口調をするジャイルズに槍使いが裂帛の気合を込めて攻撃を加えると、硝子の槍がそれを防いだ。見た目の脆さとは裏腹に、その槍は砕ける様子は微塵も無い。
そのまま剣使い、斧使いがジャイルズへと躍りかかるも、魔人は三人のA級冒険者を相手に一歩も退かずに戦いを続けていた。槍が縦横無尽の軌道を描くと、冒険者たちは辛くも攻撃の軌道から身を躱すしかない。
ゲオルギウスに劣るとはいえ、見た目が幼くとも、やはり、この少年もまた六将軍の一人なのだ。
すると、ジャイルズは槍の穂先を地面に突き刺すと、するりと槍の後端へと昇り、そのまま後ろへと大きく跳んだ。包囲を抜けると、硝子の槍は砕けた。
「これが今代の《神聖騎士団》か。映像ではちらりと見たが、やっぱり戦ってみるとよく分かる」
「ほう。そうなのですか。それで、貴方の感想は、ジャイルズ」
冷淡な声に《神聖騎士団》の面々は身を強張らせた。ジャイルズの背後に、いつの間にか黒檀の鎧を身に纏う、不気味な形状のした杖を握る細面の男が立っていたのだ。だが、その声に彼らは聞き覚えがあった。
「思ってたよりは強いな。一人一人は、そこまでじゃないが、組まれると厄介だ。この通りさ」
背後の男に見えるようにとジャイルズは腕を上げた。そこには魔人種を示す青い血が一滴、古い傷口の上から流れていた。剣使いの武具にも同色の血が付着していた。
「とはいえ、俺一人でも問題ないと言えば、問題ないぜ、クリストフォロス」
「いえ。此処は念には念を入れましょう。私も此方に加わります」
人の手を重ね合わせたような不気味な長杖を構えたクリストフォロスに対して、マクスウェルが視線を厳しくした。
これで六将軍が二人。
だとすればあと一人は何処に消えたのだ。
視線でディオニュシウスの姿を探そうとするマクスウェルに対して、クリストフォロスは彼の心中を覗き込んだかのような嫌らしい笑みを浮かべた。
「ディオニュシウスをお探しかな、今代の『三賢者』。だとしたら、期待に応えられなくて残念だ。あれには、別の所に向かってもらったのだよ」
別の所と言われ更に眼光を厳しくしたマクスウェルだが、背後から聞こえた悲鳴に舌打ちをする。彼らの本当の狙いは、此処ではないのだ。それを裏付けるようにクリストフォロスは残忍な笑みを浮かべた。
「チェスで言う所の、チェックメイトを狙わせてもらう。悪く思わないでください、これも戦争なので」
読んで下さって、ありがとうございます。




