8-47 戦争の幕開け
ダリーシャス率いる第二陣が出発した頃。
オーマットから遠く離れた北西の地に、奇妙な光景が広がっていた。地図上では単なる平野でしかなかったその土地に、突如として砦が出現していたのだ。何の前触れも無く、まるで天から降って来るか、地を割って出現したかのような唐突さでそこにあった。
無論、そのような物が天から降ってくる事はない。
地面から間欠泉のように現れたのだ。
東西南北に渡り土塁と防壁で固められた堅牢な作りのそれは、精強で知られる帝国軍兵士ですら攻略するのに多大な時間と犠牲を強いられると一目見て分かるほどだ。実際、目と鼻の先とまでは行かないが、距離を離して存在するスカンダ砦の防壁上からも、その砦は見えた。
つい先日までは、そこにあったのは単なる陣地だった。帝国兵を追いかけてきたデゼルト国の兵士らが組み立てた、急ごしらえの陣地。六万の帝国兵と、竜騎兵が通れば蹂躙されるだけの貧弱な代物。
それがこの短期間で、こうも見事に変貌するとは。スカンダ砦に篭るディオクレティア将軍は苛立ちと不安から爪を噛んだ。
一夜城ならぬ一夜砦が生まれたのは、当たり前のように理由がある。
遡る事数日前、ダリーシャスから協力要請を受諾した《神聖騎士団》の一人である、とある魔法使いは少数で前線司令部へと赴き、其処の強化に当たったのだ。
長杖をかざせば、地面が隆起と陥没を繰り返し、堀と土塁を生みだし、魔法を唱えれば即席の建物が組み立てられる。
エルドラドにおいて、魔法使いの役割は攻撃や防御といった狭い範囲外でも使い道はある。空気中の水分を集めれば飲料水に、火種が無くとも炎を起こせ、地形を大きく変動させれば土木工事も可能だ。
『三賢者』の称号を持つマクスウェルは、たった一人で前線司令部の防御力を向上して見せたのだ。
とはいえ、この規模の砦を作るにあたって使われた魔法の回数は数十に及び、その疲労は凄まじい。四万五千の兵に膨れ上がったデゼルト国の兵士たちが、陣地の中で戦の準備に走り回る中、マクスウェルは愛用の長杖を放り出して地面に寝そべっていた。顔は土気色に染まり、頬は彫刻刀でそぎ落としたように痩せこけ、辛うじて包帯が巻かれた薄い胸板が上下することが、彼の生存を証明していた。
すると、少年に対して小瓶が差し出された。虚ろな目が、清々しい緑色の液体を追いかけ、震える指先で小瓶を掴むと、マクスウェルは一気に流し込んだ。途端、少年の疲れ果てた体に、無理やり活力が流し込まれていく。肌艶は良くなり、死体寸前の状態が、健康優良児に早変わりしたのだ。
「……自分で与えておいてなんだけど、相変わらずこれの効き目は凄すぎないかしら。死んだ人も蘇らせるって言う菩提樹の根。もしかしたら本当なのかも」
服が汚れるのも構わずにしゃがみ込むのは、成熟した色香を放つミストラルだ。禁欲を是とする法王庁の神官でありながら、座っているだけだと言うのに兵士たちの情欲をそそらせる。
そんな男どもの視線を気にした素振りも見せずに、ミストラルはマクスウェルを労わる。
「とりあえず、お疲れ様ね。立派な司令部ができたわね」
「うむ。力作じゃが、しかし、これでも足りんだろうな。何しろ、相手は帝国兵に竜騎兵。っそして六将軍と魔人種の連合軍じゃ。この位の防御力ではとても、とても」
謙遜では無く、歴史書が今日まで伝えている事実から冷静に分析するマクスウェルの言葉に、これから起こる戦争の凄まじさが感じられる。果たして、どれだけの命が生き残れるのか、ミストラルは忙しなく駆けずり回る兵士たちの顔を目に焼き付けるように見つめた。
「それにしても、ダリーシャス殿は人使いが荒い。儂が陣地防衛の経験があると零した途端、前線司令部の防御を強固にしてくれなどと言いおるとは。首都に着いてすぐに出発する羽目になるとは思わんかった。まったく、老体には堪える仕事だ」
胸元を覆うように巻いてある包帯を撫でならが愚痴るマクスウェル。衣服に隠れているが、回復液が染み込まれている包帯は頭部を除いた全身に巻き付いていた。
黄龍を倒すためとはいえ、マクスウェルが選んだ手段は彼の体を死の寸前まで追い詰めていた。その傷はいまだ言えているとは言えなかった。
「そもそも、私の補助なしに邪印を解放するなんて、無茶が過ぎます。ある意味、自業自得かと」
「むう。ローランからも似たような事を言われてしもうたから、聞き飽きたぞ」
「いい歳の老人が、子供みたいな言い訳しないでくださいますか!」
ぴしゃりと一喝するミストラルに、マクスウェルは腰が引けていた。傍から見る分には、年下の弟分を叱る姉のような構図だが、内情を知る者には別の視方があった。
ミストラルは念を押すようにマクスウェルに言う。
「ともかく、戦争が始まっても、貴方はあまり前には出ないでくださいね。外側以上に、中は傷だらけなんですから。特に、相手が六将軍だからといって次解放したら、冗談ではなく死にます」
「ううむ。そうは言うが、儂以上にボロボロの体で前線に立とうとする者がおる以上、引っ込んでいる訳にも行くまい」
「……あのバカの事は忘れましょう。あれは、本当の意味で大馬鹿なんですから」
「まあ、違いあるまい」
二人は揃って陣地のから聞こえてくる断続的な金属音を響かせる元凶の片割れの事を考えて、頭を痛めていた。
マクスウェルが突貫で作り上げた前線司令部の、比較的開けた場所で、二人の戦士がぶつかる。互いに所属は同じデゼルト国側であるため、鬼気迫る物は無いが、それでも放たれる威圧感は本物だった。
二人が戦う所を一目見ようと多くの兵士が集まり、妙な熱気を生んでいた。
一人はサファだ。常と変わらない着流しのような衣服を纏い、戦場だと言うのにこれといった防具を身に着けておらず、一撃も浴びないという自信を表すかのような身軽な姿をしていた。腰に差してある日本刀が抜かれる度に、金属音が響くが、それを目視できる戦士はこの場において片手の指に収まってしまう。
その内の一人が、相対する貴族然とした男、ローランである。
ゲオルギウスとの戦いで砕けた鎧の代わりを装備した男の左腕は、半ばから先が無かった。だというのに、男は戦場に立つ。片腕というハンデを有しながら、しかし男の相貌には悲壮感など欠片も無い。
なぜなら、ローランは新しい戦闘スタイルに挑戦するのが楽しくて、楽しくて溜まらないのだ。まさに、新しい玩具に夢中になる子供と同じで、彼を心配する《神聖騎士団》の面々は呆れるしかなかった。
低く唸りを上げて、巨大な刃がサファを襲う。
もっともそれを刃と認識できるものは少ないかもしれない。人の背丈の倍近くある金属製の塊は、片刃の剣のように刀身が存在し、申し訳ない程度に柄が後端に添えられている。剣と呼ぶには全てが雑なのだ。
だが、雑であっても、その質量は脅威である。サファが放つ居合いを弾き、刃はサファに迫る。
サファは舌打ちをすると、身を捩り、刃を躱した。
刃は敵を見失い、大地に突き刺さる。今度は、逆にサファが攻めたてる番だ。
距離を詰め、一気呵成に襲い掛かる。ところがサファはそうしなかった。
いや、出来なかったのだ。
背後を振り返り、地面に突き刺さった刃に警戒を向けていた。
一見すると無駄な行動だが、それは正しいとすぐに分かる。なんと地面に突き刺さった刃が引き抜かれ、サファの方へと迫っていた。
刃の柄には鎖が括られており、ローランの右手に嵌められた腕輪と繋がっている。ローランは鎖を引いて、刃を手元に戻そうとしていた。その軌道上にあるサファを巻き込んで。
サファの居合いが鎖を撫でるも、切断には至らなかった。鎖の硬度ではなく、刃に纏わせた精神力に弾かれたのは刀身を伝わって、サファにも理解できた。
迫りくる刃をしゃがんで回避したサファは、地面を滑り即座に反転し、そして大地を蹴った。
土塊を後方へと散らせながら、サファの体は地面に対して水平に飛翔した。兵士たちには、瞬きした瞬間にエルフの剣士が瞬間移動したかのようにしか見えなかったはずだ。
至近距離に潜りこんだサファが居合いを放つ。容赦など微塵も無い攻撃は、簡単にローランの胴体を輪切りにするだろう。
望む所だと、ローランは笑う。
今の自分は、自らの能力に内側から砕けた刃だ。それを溶かし、鉄塊にして、改めて剣となる。より強く、より強靭な剣となるには、生半可な鎚と火では駄目だ。
ローランは右腕を軸にして、鎖を巻きつけるとサファの一撃をそれで弾く。金属同士が噛みあう音が響くも、ローランの腕は健在だ。
そのまま、剣の柄を握りしめ、大剣を振るう。
左手の支えが無いため、一撃、一撃が全力。そこに洗練された剣術は存在せず、野獣のような獰猛さだけがむき出しとなっていた。それだけに威力は凄まじい。直撃はおろか、掠めただけで人の脆いからだは吹き飛ぶだろう。
だが、そんな爆撃じみた一撃をサファは静かに受け止め、流していた。
神速の居合い。高位冒険者の目を持ってしても藍色の軌跡にしか映らないそれは、ローランの大剣と刹那の間だけ触れあい、僅かな力を的確な角度で与える事によって剣筋を逸らしていた。
傍目には、ローランがサファを斬らないようにと刃をあらぬ方向に下ろしているようにしか見えなかった。
『七帝』の看板に偽り無し。
これに勝つには《ロード・トゥ・ヘブン》を発動するしかない。しかし、これは手合わせであって、殺し合いでは無い。この一戦に命を賭けるわけには行かない。
ローランは刃を振り下ろすと見せかけて、直前になって引き戻した。巨大な質量が後方へと流れるのに合わせて跳躍し、サファと距離を取った。
空を斬った居合いを終え、サファは前傾姿勢を取るも、すぐに体を起き上がらせた。これが真剣勝負、殺し合いの場なら迷わず追撃をしたのだが、これは手合わせに過ぎない。ローランが新しく編み出した戦い方が、格上に通用するかどうかの試運転であり、ローランが何かを仕掛けようとするならそれに付き合わなくてはいけない。
妙な事を引き受けてしまったと心中で呟くサファの前で、右腕に絡まった鎖を解いたローランが次なる行動に出た。
長い蛇の胴体のような鎖を半ばで握ると、上下に揺らした。それは次第に先端へと力を加えていき、巨大な刃が円軌道を描く。この場にレイが居たならば、鎖鎌にしては大きすぎるだろ、と叫んだかもしれない。
サファが深く腰をかがめる。全身の力を一点に集中させ、何時でも反応できるように神経を張り詰めさせた。
刃が回転する音だけが前線司令部に広がり、そして―――回転を加えた刃がサファの頭上めがけて振り堕ちた。
―――轟雷。
まさに雷が真横に落ちたような音が観客を震わせた。同時に衝撃波が辺りを駆け巡り、力無い兵士たちはドミノ倒しのように後ろへと尻餅をついた。
呆然と、何が起きたのか把握しようと起き上がる兵士たちの前で一つの光景が、戦いの決着を示していた。
太陽の光を浴びて輝く藍色の刃が空に向かって伸ばされ、地面に蜘蛛の巣のようなひび割れを走らせた大剣が根元まで陥没していた。
「……お見事です。最後まで、僕の攻撃は貴方を掠める事が出来ませんでした。参りました」
体を内側から押し上げていた力が霧散させたローランが自分の負けを認めると、サファがマサムネの刀身を返しながら、
「いや、見事だった。刀身を見せるつもりは無かったのだがな」
と、呟いた。納刀する暇もない全力の防御。それはサファにしてみれば最上の褒め言葉であり、ローランは歓喜で崩れる顔を見られまいと頭を下げた。模擬戦が終わり、兵士たちから割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響く中、ローランは膝を突きこそしなかったが、その場を動けずにいた。
全身で呼吸するように肩が上下に動く。やはり、ゲオルギウス戦で使用した《ロード・トゥ・ヘブン》の影響は色濃く残っていた。
生死の境を何度も行き来してから、まだ十日しか経っていないのだ。だと言うのに、戦場に立つのは自殺行為だとミストラルが呆れるのも仕方なかった。
だが、サファはそんな事には拘泥しない。戦う意思があり、手段があるならば、本人の自由にすればいいと言い放った。何より、デゼルト国側は人手不足、戦力不足だ。例え、重傷者でも、一人でも多くの戦士は必要だった。
サファが背を向け歩き去ろうとするのを、ローランは声を掛けて引き留めた。
「ど、どうでしたか。急ごしらえですけど、六将軍には通じますかね」
「あれらが三百年の間に成長していないのならば、十分に通じるだろうな。お前が戦う予定のジャイルズは接近戦を得意とする。勝機はあるはずだ」
「あ、貴方のお墨付きなら、自信が湧くな」
ようやく息が整ったのか、歩き出すローラン。大地に半ばまで埋まった大剣を引き抜くと、地面にぽっかりと穴が出来てしまった。足で周囲の土を崩して塞ごうとするも、地表のひび割れまではどうしようもない。
マクスウェルに叱られる前にと、その場を離れようとするサファの後を追う。
「……それにしても、サファ殿。どうして貴方はこの戦争に参加する気になったんですか」
問いかけ応じる気配も無いサファに構わず、ローランは続けた。
「法王庁の調査では、貴方はエルフの事以外で表舞台に立つことは無いと書いてありました。人龍戦役や人魔戦役に参戦したのは、当時の隠れ里が竜や魔人の標的にされたからですよね。黄龍とは因縁があるのを存じていますが、今回の戦争はどうして?」
「……貴様らの認識に間違いはない。確かに、俺はエルフの守り手、『守護者』だ。エルフが標的にされなければ、こんな人間同士の戦争に首を突っ込む義理は無い。六将軍が関わっていようが知った事ではない」
「それじゃ、この戦争にエルフがどう関係するんですか」
その言葉にサファは頷いた。彼は視線を南の空に向けた。
「この国の王。たしかダリーシャスとか言ったか。あの者と幾つか取引をしてな。戦争に参加する代わりにエルフの国、再建の支援を求めた」
「エルフの国。花の都を何処に再建するんですか」
「無論、貴様らがアルビノ砂漠と呼び、悪魔の巣と恐れているあの場所に」
馬鹿な、とローランは言葉に出さずに驚いた。悪魔の巣は深層まで確認されている迷宮が存在するうえ、魔力の乏しく荒んだ環境はエルフには住みづらい環境の筈だ。それを察したサファは説明を続けた。
「今すぐという話じゃない。数年後には、黄龍の溜めこんだ魔力が大陸に行き渡る。それが定着し、大地に根付き、循環を始めれば環境が改善されていくはずだ。そこにエルフが加わり、精霊の力を借りつつ、住める場所に作り替える。その支援と、認可を代価に戦争に加わる事にしたのだ」
「……それは、相当気の遠い計画ではありませんか。環境の改善なんて、それこそ十年、二十年程度では完了しないのでは。あの過酷な土地を、エルフが暮らせる場所にまで戻すなんて」
アルビノ砂漠の過酷な環境は、黄龍によって魔力を吸い取られたことに加えて、千年と言う時間が生み出した結果とも言えた。エルフらが移住するまでに、もしかすると同じだけの時間が必要とされるかもしれなかった。
だが、サファはそれを承知の上で夢を語る。
「エルフは長命だからな。今の世代でも達成できなかったら、次の世代に、そしてそれでもだめならその次の世代に託す。ダリーシャスとは、デゼルト王家が存続して居る限り、支援はともかく、国としての認可は出すと確約した」
南の空を見上げるサファの眼差しは、更に遠くの未来の光景を夢想しているかのようだった。そんな男に対して、ローランは言い難そうに差し迫った現実的な問題を口にした。
「いえ、そうではなく。……五年後には世界崩壊を迎え、貴方は『七帝』なのですよ」
二人の間に、一瞬だが刃を交わすような剣呑な空気が発生した。それを明確に感じ取ったのはローランを気遣い追いかけてきた《神聖騎士団》の面々である。だが、すぐにサファが殺気を散らし、
「世界が滅ぶというのに、大それた計画を立てていることを訝しんでいるのか。それとも、自分が死んだ後の事を考えている事が意外なのか」
と、皮肉げな笑みを浮かべつつ尋ねる。ローランが答えにあぐねていると、サファは懐かしそうに呟いた。
「たとえ明日世界が滅亡しようとも、今日私はリンゴの木を植える」
「……それは?」
「タクマ、エイリークが俺に語った言葉だ。酒の席で聞いた、向うの偉人の言葉らしいが、どうしてか、心に残ってな、いまだに覚えている。……確かに、五年後には世界が滅ぶか、俺が死んでいるかのどちらかを迎えているはずだ。どちらにしろ、この夢物語の結果が出る時、俺は居ない」
だけど、と男は続けた。
「だけど、俺は『守護者』だ。エルフという種の為に、自分が何をできるのか常に考えて、行動する必要がある。死ぬまで剣を振り続けるだけでなく、死んだ後も一族を守る術を残したい。それがこの夢物語だ」
自らの死後、一族がこの夢物語を旗印にして、人々の目から隠れるように暮らしている穴倉生活から解放されるように、とサファは語った。それは凄惨な戦話ばかり伝わる『守護者』の姿とは、どうしても重ならない。
「何か、心変わりになるような事でもあったのですか」
尋ねてから、失礼な質問だったとローランは恥じる。だが、サファは気にした風も無く、
「そうだな。黄龍が死んだことで、一つ区切りを迎えられた。肩に背負っていた呪いじみた因縁が消えて、少しは遠くの景色を見るようになれたな」
「……そうですか。……確約は出来ませんが、法王庁にも働きかけてみます。エルフが、隠れ住むことなく、故郷に帰れる日が来るように」
「そいつは助かる。だとしたら、俺はこの戦争でお前を死なせないように守らなくてはいけないな」
「これは心強い。最強の守り手に守ってもらえるなんて」
にやりと笑ってみせるローランにサファは苦笑を返した。そして、視線を帝国の軍旗が揺れるスカンダ砦に向けた。
「それにしても、三百年経っても変わらないな、帝国は。自国を豊かにするために、内政を強化するのではなく、経済を発展させるのではなく、外に向かって国を広げる事しか頭にない。その上、『魔王』とも平気で手を組む」
「ええ。法王庁としても困った物です。エルドラド最強国家にして、『七帝』の一角を所有しているというのに、帝国は懐疑派なのですから」
懐疑派とは、エルドラドが五年後に滅ぶという13神からの警告に対して否定的な派閥の事だ。
彼らの主張は一貫して、本当に世界は崩壊するのかという点に集中していた。この世界から去った神々の言葉を受け入れるのかと帝国は法王庁に対して告げているのだ。
エルドラドにおいて、世界崩壊の事を知っている者は限られているが、帝国は『勇者』ジグムントが来訪した時に直接聞いているはずだった。だが、その当時の王家から、時が流れ帝室と名を変えても彼らの主張は変わることなく、現在に至る。
「世界が滅ぶと知りつつも、それを信じていないから六将軍達と轡を並べ、『勇者』を保持している。自国の利益を優先し、世界崩壊に対して何の興味も貢献もしない。ちなみに、サファ殿はどう思っているのですか。世界を滅ぼす『七帝』と呼ばれておりますが、実際に自分が居る事で世界が滅ぶとお思いですか」
「……随分と直球な質問をするな、貴様」
呆れるサファだが、意外と面倒見が良いのか質問に答えた。
「疑いつつも、肯定している」
「その心は」
「エルフにおける、俺の上の世代は、神々の息吹を直接感じられた方々だ。その当時を知る者達からすれば、無神時代に入った途端、ゆっくりと世界が死んでいくという感覚があったそうだ。おそらく、世界が滅びるのは確実だ。だが、そこに『七帝』が関わるというのが、どうにも胡散臭い。旧『七帝』の一人をエイリークと討伐した時も、自分が新しい『七帝』だと知った時も、自分が居る事で世界が滅ぶと言われても、実感が湧かない」
そこまで語ってから、サファはローランが何処に所属しているのかを思い出した。
「こんな事、法王庁の貴様に話すべき内容では無いな」
「いえ。……その感覚、僕も近い物を感じます」
声を潜めたローランにサファがどういう意味だと尋ねる寸前、彼らの耳朶が兵士たちの騒めきに塞がれる。
何か異変が起きたのかと見れば、スカンダ砦から兵が津波のように吐き出されていくのだ。手には武器を持ち、空には飛竜らしき黒点が浮かぶ。
それに呼応するようにデゼルト国の兵士たちが気勢を上げた。うねるような熱は大地に染み込み、空気を暑くさせた。
かくして、戦争の幕は上がってしまう。
読んで下さって、ありがとうございます。




