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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第8章 動き出す世界
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8-46 影を追いかけて

 青い月光に照らされた、ひび割れた大地。


 遥か昔、国喰いと恐れられた怪物が大地の恵みとも呼べる魔力を吸い上げた事で、千年もの間、実りの少ない厳しい大地となった。その国喰いである黄龍が倒れた事で、溜めこんでいた魔力が大地に還元されつつあった。


 もっともそれが広大な大陸に行き渡るまでに数年かかり、実りある土地に変貌するには更に多くの時間と、人の手が必要になるだろう。今はまだ、乾いた肌が水を吸い上げている段階だ。


 その大地に二つの影が映し出される。


 先を行くのはずんぐりとした体形のニチョウだ。鞍を背に身に着け、そこに少女が二人跨る―――と、言うよりも、しがみ付いていた。シアラが地図と地形を見比べながら進行方向を確認し、エトネが道の先に障害物が無いかどうかを確認していた。迷宮が少ない地方とはいえ、モンスターのコロニーが地上に存在しない訳でも無く、更に言えば国が乱れていることを受け、善からぬ事を企む悪漢が居ないとも限らない。


 その後ろを追いかけるように、白馬が大地を蹴る。躍動する馬体の上に居るのは、レイとレティだ。レイの腹に手を回す少女は背中に額を預けて振動に身を任せるように体を揺らしていた。


 時刻は真夜中をとうに過ぎていたが、彼らは休もうとはしない。


 何故なら、彼らが追いかけているデゼルト国の軍勢の影すら捉えていないのだ。真夜中の移動という危険な状況ではあるが、彼らは夜を徹して走る必要があった。


 ラシード曰く、今回の行軍は急を要するため兵にも無理を強いているそうだ。普通なら太陽が昇る前に索敵を兼ねた先発部隊が出発し、前方の安全を確認しつつ後ろが続き、昼と夕に足を止め食事と休憩を取り、最終的には日が暮れる前に防御陣地を形成して眠る。


 だが、帝国軍との決戦が近づいている事もあり、昼の休憩は無くなり、食事は歩きながら取る事になり、夜も遅くまで行進する事になっている。陣地を形成する手間すら惜しむため、第一陣が残していった陣地に向けてダリーシャスが率いる第二陣は全力で移動するのだ。


 その行軍速度は、六日掛かるスカンダ砦までを四日で踏破するという無茶な計画だ。


 だがこの無茶な計画が、兵が戦闘できるだけの体力気力を残しつつ、最速で戦場に辿り着く唯一の手段である。


 そんな無茶な行軍計画で出発したのは遡る事、半日以上前。ラシードから貰った計画書通りなら、ダリーシャスたちは一日以上かかる距離を半日で突破しているはずだ。


 それを追いかけるため、レイ達も無理をする必要が出てしまった。何より、レイ達はもう一つ問題を抱えているのだ。それは、見つかってはいけないという事だ。


 ダリーシャスから王宮で待てと命じられていたのを破り、戦場に乱入しようとしているため、軍勢に追いついてしまって発見でもされれば、ダリーシャスの元に連れて行かれてしまう。そうなれば、王宮まで引き返す羽目になる。おそらく送迎という名の監視付きで。そのため、軍勢に追いつく必要があるのと同時に、見つかってもいけないというジレンマもあるのだ。


 見つかりやすい昼の移動を諦め、夜を徹して追いかけるという事でシアラは計画を組んだ。


「ラシード君の持ってきた計画書と、ワタシ達の移動速度を合わせれば、多分、三日目の夜かあるいは四日目には、軍勢の尻尾を捕まえられるわよ」


 自信に満ちた表情を作るシアラ。


 とはいえ、夜の移動は昼の移動とは別の意味で過酷である。


 月明かりがあるとはいえ、碌に足元を見えない闇の中で馬を走らせるのは中々難しい。アスタルテが大きな石に躓けば、それだけで落馬や骨折の危険性があるのだ。いくら平坦な地形が多いとはいえ、どんな障害があるのか分からない。


 加えて夜の冷え込みは夏よりも厳しくなっていた。秋口だと言うのに、夜の大陸は体の外側から包み込むような寒さに襲われていく。レイは防寒具として羽織るコートの襟を立てて、寒さを緩和する。


 幸い、人間ホッカイロならぬ、レティが背後から温めてくれているため、馬上とはいえ幾らかマシと言えた。


「レティは寒くないかい」


 問いかけると、レティは腹に回す腕の力を強めて答えた。


「あたしは大丈夫だよ。ご主人さまが風よけになってくれているからね」


「……もしかして、それを狙ってこっちに来たんじゃないだろうな」


 キュイに乗るエトネとシアラは風防など無いため、風を直接浴びている。コートを羽織っているが、寒風に耐えかねたのか、シアラがエトネを後ろからしがみ付くようにして、少女の温もりを暖に使っていた。


「あはは。それは……ちょこっとだけあるかもね」


 ちょこっとだよ、と悪戯めいて言うレティの顔は背中の後ろにあるためレイには見えない。だけど、その幼い相貌が曇っているのだけは伝わってきた。


 王宮を離れて二時間。レティが何かを打ち明けたくてアスタルテに同乗したのは間違いない。


 だけど、その事を切り出すきっかけを掴みかねているのがレイにはよく分かった。


 この辺りは、あまり似ていなくてもリザとそっくりだった。話したいけど、打ち明けて拒絶されることを恐れる時、この姉妹は目線を下げ、唇を小さく噛むのだ。見えないが、恐らくレティは頭の中で浮かべた表情をしているのだろうなとレイはぼんやりと思った。


 だから、彼女が喋りやすくなる為に助け舟を出すことにした。


「レティ。何か、話したいことがあって来たんじゃないかな」


 その一言に、レティはバツの悪そうな声を出した。


「……うん。ばれてたか」


「当たり前だろ。それぐらい、君達の主なんだから。すぐに分かったよ」


 達と付けたのは、レティの話したい内容がリザの、ひいては彼女たちの抱えている秘密に関係しているだろうと当りを着けていたからだ。実際、その推測は正解だった。


「あのね。……ご主人さまはどこまで知っているのかな、あたし達の事」


 それは探るような質問だった。盲目の人が、コップに入っている水の量を確かめるために縁から指を下に伸ばすような、反応を確かめるための質問だ。


「……君たちが帝国の元四大公爵の一つ、ウィンドヘイル家のご令嬢で、父親が反乱を起こした事で、貴族としての身分をはく奪した所までは知っているよ」


 一瞬、腹に回していたレティの指先が力を無くして解けそうになる。レイが片手は手綱を握りしめたまま、レティの手を掴まなければ危うく落ちる所だった。


 衝撃は凄まじいようで、レティは放心の吐息を背中に向けて落とした。


「そう。……やっぱり、そうなんだ」


 どこか覚悟していた事だと言わんばかりの態度。そのままレティは問いを重ねた。


「知ったのは、アクアウルプスの時かな?」


 疑問の形を取るが、レティは確信を持っていた。自分の知る限り、リザがレイに対する構え方が明確に変わったのは、アクアウルプスでの騒動を経てからだ。その時、レティはエレオノールの仕掛けた《アニマ・フォール》に感染していて、意識を喪失していたが、目が覚めた後で二人の距離感が違う事を察していた。レイは肯定すると、レティは脱力したように背中に身を預けた。


「あの時なんだね。……でも、お姉ちゃんの性格からしたら、自分から話さないよね」


「うん。リザが話してくれたわけじゃない」


 これは何もリザが徹底的な秘密主義者だからではない。ただ、彼女たちが抱えている問題は軽々に話せず、話せば聞いた者を巻き込む危険性を有していたからだ。


 レイの推測ではあるが、リザは何があっても自分にこの事を話すつもりは無かったのではないだろうか。話せば自分だけでなく、シアラやエトネの身にも危険が及び、場合によってはそれ以上の人にも迷惑を掛ける事になる。だからこそ、アクアウルプスで秘密が明かされたことは、この姉妹には予想外の事だったはずだ。


 つまり、予想外の何かが起きたのだと、レティは結論付けた。


「だよね。あたしも、お姉ちゃんも自分から話せないよ。……じゃあ、誰から聞いたの」


 一瞬、レイはその質問をどう答えるべきか悩む。リザの意思を無視して、人の傷口にナイフを突き立てるように過去を暴いた退廃的な雰囲気を持つ女性の事を話すべきかどうか。


 しかし、誤魔化しても聡い子であるレティには遠からず気づかれてしまう。その時に隠していたという事実が露見すれば、信頼関係を損ねる可能性もある。だから、レイは隠し立てせずに話し出した。


「アクアウルプスで僕らの……手助けになるのかな、一応。ともかく、僕らを助けてくれた女性から話を聞いたんだ。名前をジョゼフィーヌ・ヴィーランドと言う。知ってるかな」


「……うん。ウージアの女帝だね。……そっか、そうなんだ。あの都に、来てたんだ」


「リザから話を聞いてなかったのかい」


「うん。アクアウルプスで目が覚めてから、ドタバタしてたから、落ち着いて話をする機会が無くてね」


 確かにとレイは思う。アクアウルプスの事件が終わった直後に、あの都で再会したフェスティオ商会の若頭ジェロニモからデゼルト国で起きたクーデターの事を知らされ、そのまま流されるままに行動していたため、その話をする暇が自分にもなかった。


「どう、思ったの。あたし達のおうちが、国に逆らって、大きな反乱を引き起こしたって聞いて。……軽蔑した?」


「する訳ないだろ」


 間髪入れない返答にレティは困惑の声を上げた。しかし、レイにとってこの問答は既に終えた内容なだけに迷う余地は無い。


「リザはリザだし、レティはレティだ。君らの生まれが、父親が何をしたのかなんて関係ない。僕には、一緒に死線を潜り抜けた仲間にしか見えないよ」


 ああ、とレティは歓喜の吐息を零した。


 この人はこう言ってしまうのだ。


 きっと、姉の前で、帝国の姫君であるジョゼフィーヌに対して叩きつけるように言ったに違いない。アクアウルプスを経てから、軟化したリザの態度と合わせても間違いあるまい。


 だけど、とレティは思う。


 だけど、あたしは違う。


 あたしは、生まれた事が間違ってしまった。


「ねえ、ご主人さま。もし……もしもだよ。生まれた瞬間から死ぬべき運命にある子が居たとして、その子が生きている限り周りが不幸になるとして、その子は生きているべきかな」


「……随分と重たい話だね」


「うん。……答えてくれない?」


 か細い声だが、レティの強い覚悟が見え隠れする問いかけに、レイは真剣に向き合う。アスタルテは乗り手たちの雰囲気を察して、速度を僅かにだが緩める。


 レティの耳朶を震わすのは、馬の蹄が大地を叩く音と、やけに強く聞こえる心音だ。それが自分の物なのか、レイの物なのかは判別が付かない。まるで二人の心臓の音が混じり合ったかのように、少女の意識を揺らしていく。


 そして、ややあってからレイが答えた。


「死ぬべき運命だとしても、生きる資格はある……というよりも、生きるのに資格なんて必要ない。生きたいと思ったのなら、生きれば良いんだ」


「……うん。ご主人さまはそう答えると思ったよ」


 でもね、とレティは続けた。


「あたしはそうは思わない。死ぬべき運命にあった子は、死ぬべきなんだよ。……でも、その子は、死ぬべき時に死ねず、死んだ後の事を思うと、死ねなくなったの。残された人が、壊れちゃうと、狂っちゃうと分かったから死ねなくなった。そうやってダラダラと生きていたら、凄く素敵な出会いに恵まれたんだよ。生きてきた中で、一番楽しくて、きらきらと輝く数か月だったよ」


「……レティ。それは……そんな事を言わないでくれ。それじゃ、まるで」


 ―――遺言みたいじゃないか。


 その一言をレイはやっとの思いで飲み込んだ。レティの悲しき独白は続いた。


「そしたらね、今度は死ぬのが怖くなったの。死にたくない、死にたくない、死にたくない。今が一番幸せなのに、それを失いたくなって。でも、そう思ってたら、今度は逃げ続けてきた事

と向き合う事になったんだ」


「レティ。もしも君が望むなら、今から引き返しても良いんだよ。戦場には僕らだけで行くよ」


「それはやだ」


 短くもきっぱりと拒絶したレティはすぐさま自嘲めいた笑いを浮かべた。


「なんだか、わがまま言ってばかりだね。……もう、一人で残されるのは嫌なんだ。目が覚めたら、誰も居なくて、黄龍を倒せた、みんな無事だって聞いても、皆が帰ってくるまで気が気じゃなかったんだよ」


 腹に回された手が微かに震えるのは寒さだけのせいではあるまい。


機械乙女ドーター』ことポラリスによる爆撃を浴びて、訳も分からないまま死に戻りのイタミを味わい、目が覚めても仲間達が戻って来ない日々。


 寂しかったはずだ。


 苦しかったはずだ。


「だから、今度は付いていきたい」


 固い決心を込めて告げたレティだが、レイには懸念材料があった。


「レティ。シアラが予知をしたんだ」


 その一言に、レティが身を強張らせるのが、回された腕を伝ってくる。


「《ラプラス・オンブル》で視た予知に、僕と君がいたそうだ。戦場で君が僕に対してこう言ったんだ。一緒に地獄に落ちてくれるか、って。何か心当たりはあるかな」


「……うん」


 返答は短く、それ以上は無かった。沈黙が二人を夜の闇と同じように包み込む。レティが何かを考え込んでいるのは分かるが、それに踏み込んでいいのかどうか判断が付かないまま、時間だけが過ぎていく。


 しばらくしてから、レティが恐る恐るといった具合に口を開いた。


「ご主人さまはその言葉に、何て返したの」


「残念ながら、シアラはそこまでを予知できなかった。……君はどんな答えを望むんだい」


「……分かんないや。でも一つだけ言える事があるの。……未来のあたしは、凄いを振り絞ったって」


 意外な言葉が出てきて、レイは首を後ろに向けた。残念ながら、百八十度回転する訳でもないので、背中に額を押し付けているレティの顔を窺う事は出来ない。だが、僅かに見える少女の背中が震えていた。


「すごいなぁ。あたしもそんな勇気を持つことが出来るんだろうかな」


 背中に潰された呟きは、嫉妬するかのような口ぶりだ。自分が求めてやまない物を、よりにもよって、未来の自分が掴んでいる事が嬉しく思うとともに、羨ましがっていた。


「……この未来予知を知っても、君は戦場に共に行くのか」


「行く。……何て言われても、何が待ってようとも、それだけは変わらないよ」


「そうか。なら、もう何も言わない」


 レイはそう告げると、アスタルテの手綱を握りしめる。応じるようにレティはレイへとより体を預けるように、というよりも縋るように腕を回した。そうしなければ、自分が折れてしまうとばかりに、腕は固く回された。


 沈黙を保ったまま、馬は戦場へと続く道を走るのだった。


 だが、レイ達は知る由も無かった。遠く離れた北方の地で、既に戦端が開かれていたのを。ダリーシャス率いる第二陣の到着を待たずして、戦争が始まっていることを。


 北に続く道を隠すような闇は、あたかも怪物が開いた咢のように、レイ達を飲み込もうとしていた。



読んで下さって、ありがとうございます。

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