8-33 黄龍討伐Ⅱ
曇天から落ちる雨粒を追い越して、黄龍の背中に吸い寄せられるように墜落していく。
飛竜の体は弁慶よろしく、前方から水平に放たれた矢の雨を浴びて、翼は千切れ、血が止まらない。意識を失っているのか、あるいはもう死んでいるのか。ともかく、飛竜が翼を羽ばたかせる可能性は限りなく低い。
墜落は免れないだろう。
そう考えたレイはエトネを抱え込むようにして右手で手綱を掴み、左手でコウエンを抜き放つ。逆手に持つ紅蓮の刀身は雨粒を浴びて、白い蒸気を立ち昇らせた。
「リザ! シアラが吹き飛ばないように抱えて! 全員、衝撃に備えろ!」
「ちょっと待って、主様! 何をするつもりなの!?」
「決まってるだろ。黄龍の背に着地するんだよ!」
高度八百メートルからの落下なら、どれだけ策を弄しても、今のレイ達では死ぬ。だが、山のように盛り上がる黄龍の背中までなら、目算で百メートルを切っている。その位の高さなら、工夫と運があればどうにかなると、レイは判断した。
「はぁ!? ま、待ちな―――むぎゅ!」
眉を吊り上げ何かを言おうとしたシアラに対して、リザが彼女を背後から押した。リザとレイに挟まれる少女の言葉は潰されてしまった。
「こちらは、大丈夫です! やってください!」
リザの言葉を背に受け、レイは龍刀から炎を引きだす。紅蓮の炎が墜落に合わせて、一本の軌跡を描く中、レイは刃先の向きを変えた。手首を傾け、炎を斜め下に向けて放つ。雨を浴びても尚勢いは弱まることなく、更に強くなる炎。それは落下する飛竜の体を横に滑らしていく。
レイが狙ったのは龍刀の炎で落下の速度を押さえる事だ。理想的なのは、真下に向けて炎を放ち、飛竜の体を浮かす事だ。まさか、こんなに早くサファの提唱したとんでも理論の可否を考える羽目になるとは思わなかった。
だが、そのやり方は早々に放棄する。レイ一人ならまだしも、飛竜とレイを含めた少年少女四人の重量に、落下のエネルギーを足した分を支える炎を瞬間的に引きだすのは、まだ力不足だ。
だから落下の速度を殺しつつ、落下面に対して垂直に落ちないように誘導することにした。真下では無く、斜め下辺りに向け炎を放つ。イメージとしては飛行機の着陸が近い。着陸時の滑走でエネルギーを放出しようと狙ったのだ。
その狙い通りに墜落の軌道は変わりつつあった。真下に向かう軌跡が弧を描き始める。このまま行けば、最終的には水平に保つことも可能だろう。
だが黄龍の背が迫る中、レイは二つの失敗に気が付いた。
一つは、期待していたほど速度が落ちていない事。そしてもう一つが、黄龍の背中はおうとつが激しく、コブのような物でさえ、ちょっとした丘ぐらいの大きさがあり、それに激突すれば重傷はおろか、死ぬ可能性もある。落下のエネルギーを放出するための直線を得られないのだ。
「不味い! このままじゃ激突する!」
レイは炎の向きを調整し、どうにか避けようとするも、黄龍の背まで残り僅かだ。後は運に任せるしかないと諦めた瞬間、
「《アイスエイジ》!」
と、諦めなかったシアラが魔法を完成させたのだ。打ち合わせをする余裕も無かったのに、レイの行動から、何をしようとしているのか察して詠唱していた。
杖から放たれる氷は、おうとつだらけの黄龍の背になだらかな斜面を作り出す。それはまるで赤龍戦の時の再現のようだった。
「主様、あそこに落ちて!」
「分かった! コウエン、炎を、ありったけの炎を出せ!」
返事は無い。しかし、刀身は一層猛々しく燃え上がり、飛竜の体が氷の滑走路へと着陸する。衝撃に一度弾んだ飛竜の腹が滑走路を削り、氷の上を滑る。レイは一度炎を消すと、進行方向に向けて炎を放つ。飛行機の逆噴射の要領だ。
「《超短文・低級・形状変化》!」
同時に、リザがロングソードの刀身を伸ばして、氷の滑走路に突き刺した。ロングソードが滑走路を縦に割り、粉吹雪が舞い散る。
「「止まれええええ!!」」
必死に叫ぶ少年少女らの想いが通じたのか。
飛竜の体は氷の滑走路を蛇行して、そして力を使い果たしたかのように停止したのだった。あと少しで氷の滑走路から飛び出し、コブに激突する寸前だった。
レイは全身から雨とは違う液体を吹きだしながら、荒く息を吐いた。
「あ、危なかった。助かった、シアラ、それにリザも。二人とも、良くこんな判断が出来たね」
「当然でしょ。一度やった事だもの。スタンピードの時に、トロッコを使って駆け下りた主様を思い出したわよ」
「私の方は無我夢中でした。ロングソードが持ってくれたのは奇跡です」
シアラは得意満面に、リザは気恥ずかしそうに俯きつつも己のした事に誇りを持っているように言う。
どうにか無事に着地したことを喜び合うレイ達だが、一人だけ浮かない顔をしている少女が居た。エトネだ。レイの腕が緩んだ隙間からするりと抜けると、飛竜の正面へと降り立った。
「どうかしたのか、エトネ」
声を掛けるもエトネは返事をせず、レイも氷の滑走路へと降り立つ。スケートリンクのような整備された表面と違い、滑走路の表面は荒れ地の様にひっかりが多かった。その分、歩きやすいと言えば歩きやすい。
思い出したかのように、体から生命力が吸い取られる。周期の感覚は三分から五分に一度だろうか。もっとも、この程度の吸収ならば、あと二時間ぐらいは問題ないだろう。
そう判断しつつ、レイはエトネの横に並ぶと、飛竜の瞳から光が抜け落ちたのを悟った。よくよく見れば、体が着地の衝撃からか、さばおりを掛けられたように曲がっている。着地の時に死んだのか、あるいは着地する前に死んでいたのか。それは定かではないが飛竜は二度と動かない。
エトネが僅かな時とはいえ一緒に行動した仲間を悼み、手を合わせるのにレイも習った。遅れて状況を察したリザ、シアラも同じようにした。
一分近い黙とうを捧げ、飛竜の瞳を閉じて、レイはさて、と切り出した。
「さて、困った事になったな。どうしようか」
「明るく言えば、困った感が薄まると思っているんじゃないでしょうね」
「ばれたか。いや、正直に言えば、状況が悪すぎて、明るく振る舞わないとやってられなくてね」
シアラが深いため息を吐き、リザが困った様に苦笑を浮かべる中、一人エトネが不思議そうに首を傾げている。どうやら、状況の理解が追いついていないようだ。
「それじゃ、一つずつ確認しよう。僕らは今、黄龍の背中に居る。誰か、ここがどの辺りか分かるかな」
「分かります。大よそですが、黄龍の右前脚の上部分です。人で言うなら肩かと。おそらく高さにすれば、七百メーチル前後の地点かと」
リザが左拳を軽く握り、人差し指の関節辺りを指した。拳が黄龍だとすれば、この辺りだろうと図解しているのだ。シアラもエトネも同意見なのか、頷いた。
「よし。次に、黄龍は動き出している。オーマットに向けて移動中だけど、どれぐらいでアルビノ砂漠を抜けると思う」
「そうね。雨で周りの景色が薄ぼんやりにしか分からないけど、『機械乙女』の一撃が歩行に影響していないとすれば、あと一時間か、あるいは二時間以内には砂漠を抜けてしまうわね」
「そうなると砂漠付近にある街は壊滅。そのまま北東に進まれたら、その道中の街や砦も壊滅。明日にはオーマットも壊滅するだろう。それを阻止するために、僕らはこいつを悪魔の巣に誘導しなくちゃいけなかったんだけど……移動手段はこの状態だ」
舌を出して、体をくの字に仰け反らせる飛竜の方を、全員が何とも言えない表情で眺めた。エトネも遅まきながら状況を理解し始める。
「つまり、僕らは二時間以内にここから降りて、なおかつ黄龍を悪魔の巣方向に誘導しなくちゃいけない。ただし、飛竜無しで」
「そんなの、むりなんじゃない」
「おちびの言う通り、無理よ。普通に考えてもね。でも、無理だと言って諦めたら、大勢の人が犠牲になる」
「だとすれば、私達が無理といって諦めることは出来ませんね」
「いつも通り、厄介な事だけど、まあ、そう言う事だ。さて、どうしたもんかな。とりあえず、黄龍から降りるにはどうしたらいいと思う。シアラの《アイスエイジ》を伸ばして、滑り台みたいに飛び降りるのはどうかな」
「地表すれすれでやるならまだしも、この高さで飛び降りたら、単なる自殺よ」
七百メートルの高さから勢いよく飛び出して落下してそのまま墜落する姿を想像して、さもありなんと納得する。
「やるにしても、地表近くまで降りて、なおかつ進行方向に対して側面か、あるいは後方が良いわね。前方でやったら、無事に着地できても黄龍に潰されるのが落ちよ」
黄龍の体は醜く太った肥満体。膨れ上がった腹は地面を擦っていた。つまり、この黄龍から降りるというのは巨大な船から降りるのと一緒なのだ。十分な距離を確保しなければ、脱出しても船に激突して死んでしまう。
「でも、降りたところで如何するのよ。主様が《心ノ誘導》を発動して黄龍に通じたとして、このデカブツからどうやって逃げるのよ。まさか走るんじゃないでしょうね」
「まさか。こっちが全速力疾走しても、一歩踏み出すだけで距離が潰されてしまうのを相手に、徒歩で挑めるわけないだろ」
「そうね。でも、どうすれば良いのかしら」
黄龍をいかにして誘導するのか。飛竜という移動手段を失ったレイ達に取れる手段はそう、多くなかった。シアラが、ある程度先行させてから引き戻すのはどうだろうかと意見を言うも、あまり距離が離れすぎると技能の効果が届くのか不明だった。
レイが、シアラの魔法で足止めしつつ距離を取るのはどうだろうかと発言するも、この巨体を足止めできる魔法は自分に連発できないと却下された。
どうやって黄龍の進路を変えさせるか。
いかにして安全に逃げられるか。
その両方を同時に可能とする妙案は意外な所から出て来た。
「あの、私からも宜しいでしょうか」
慎重に切り出したのはリザだった。一瞬、レイは失礼ながらも珍しいと思った。リザはこの手の話し合いの時、あまり口を挟まないからだ。
「あら、珍しいわね。リザが何か発言するなんて」
シアラはレイと違いずばりと本音を口にした。リザは流石に堪えたのか、口の端をひくりと引きつらせてから、思いついたことを語る。
「……街中で見かけるのですが、犬が自分の尾を追いかけて、その場を回る事がありますよね」
「ああ、あるね。あれって、犬の視界に尻尾が見えたから追いかけるとかなんとかだったかな」
「ふうん。犬って馬鹿ね。自分の尾を、自分の体だと認識でないのかしら。でも、それがどうかし……まさか、リザ。アンタ」
シアラの秀麗な相貌が、唖然とした表情に染まると、レイも遅ればせながら理解が追いついた。
自分の尻尾を追い回してその場を回り続ける犬。
それを黄龍に置き換えたらどうなるのか。
「レイ様が黄龍の後方。できれば尻尾の辺りで技能を発動すれば黄龍はそれに反応して体の向きを変えるのではありませんか」
「……確かにそうかもしれないわ。そのまま尾の上に居続ければ、黄龍はずっと主様を追いかけて、その場を一歩も動かないまま、ぐるぐると回転しだす」
「悪魔の巣に連れていけって、マクスウェルが言っていたのは、あそこならどれだけ黄龍が暴れても被害が最小限で抑えられるから。逆に言えば、黄龍が移動しなければ、被害は出る事ともないって訳か。凄いな、リザ!」
黄龍を誘導しつつ、自分たちは安全圏で待機していられるという、両立しないと思われていた条件を見事に達成したリザに、レイは惜しみない賞賛を送る。エトネはあまり理解した風ではないが、それでも、
「リザおねいちゃん、すごぉい!」
と、飛び跳ねて褒めた。シアラも悔しそうにしつつ、拍手を送った。
「いえ、そんな、偶々です。それに、これも問題はあります。一つは作戦が変更になった事をマクスウェル様たちにお伝えできない事です」
「黄龍がその場で回り始めれば、僕らも影響を受けるだろうけど、それ以上に中を探索している彼らの方が直接影響を受けるだろうしね」
「はい。それともう一つ。先程の攻撃です」
リザは飛竜の遺体に近づくと、二度と動かない翼を持ち上げた。同じ高さから水平に放たれた白い光の正体は、矢だった。何百本という矢の雨を受けた飛竜の体は、矢じりの痕で穴だらけになっており、そこから赤い血が流れ氷の滑走路を染めていく。
「黄龍の背には何かしらの攻撃手段があり、敵対行動を取る者を排除しようとするようです。威力はさほどではないようですが、数が多すぎます」
「そうね。《ウィンドストーム》が尽きるまで、あの攻撃は止まらなかった。それを考えると、あの攻撃は十分な脅威ね。おちびが気づかなかったら、今頃全員、針鼠になっていたわ。お手柄よ」
シアラがエトネの緑と灰色の混じった頭をくしゃくしゃと撫でると、少女は頬を膨らませた。
「おちびっていうな。それに、なんのこと、はなしているの?」
「ん? 何の事って、エトネが真っ先に気づいた白い光の事だよ。ほら、空の上から何か光ってる、って言っただろ」
「うん、いったよ」
「だから―――」
「―――でも、エトネがみたのは、べつのひかりだったよ」
別の光と言われ、レイ達三人は顔を見合わせた。視線で何か見たかと語り、二人とも見ていないとばかりに首を横に振った。何しろ、雨が強く、視界は不明瞭なのだ。
「エトネ。もっと詳しく話してくれ。君はどこで、どんな光を見たんだ」
「うんとね。ひかりがみえたのはあっちのほうがく。いろはね、やさしくて、あったかそうないろなの。ゆみやのひかりは、つんつんして、さみしそうないろだから、ちがうひかりだよ」
「ごめん、主様。ワタシにはさっぱり分からないわ」
シアラが耳打ちするも、その意見には同意だ。レイはエトネの曖昧な表現から、要点だけをくみ取った。
「つまり、黄龍の後方に続くこの斜面を昇った先に、白い光とは別の光を見つけたってことかな」
「うん、そうだよ」
なんて事はない風に頷くエトネ。
レイはリザとシアラに意見を求めた。
「二人はどう思う」
「エトネは狼人族とエルフのハーフ。普通の人間よりも感性や感覚が特殊です。そんな彼女が見たというのなら、この雨中でも見えたのでしょう」
「ワタシも同意見ね。問題は、その光が矢と同じで、黄龍の防御装置みたいなものなのか、それとも別の類の物なのかってことよね」
「そこなんだよな。さて、どうするべきか」
顎に手を当てつつ、レイはとりあえずの方針を考える。
黄龍の進路を変えるために、黄龍の後方で技能を発動する。その間に妨害に遭う可能性は十分にある。そんな中で、エトネが見た光について調べるべきかどうか。
「僕は、行ってみても良いかもしれないと考える。情報が足りない今、どんな些細な発見でも見逃したくはない。どちらにしてもここから尾の辺りまで移動するには、斜面を登る必要があるしね。移動のついでに探そうと思う」
「レイ様のお考えに従います」
「そうね。あーだ、こーだと考えるよりも、まずは行動あるのみね。それじゃ、行きましょうか」
そう言って、氷の滑走路をおっかなびっくり歩き出すシアラ。その微笑ましい光景に対して、リザが白刃を振りかざした。
そうしなければ、シアラの頭蓋に白い矢が突き刺さていたかもしれなかった。
「敵襲です! レイ様!」
白い矢を叩き切ったリザが叫び、そこでようやくレイとシアラは我に返った。龍刀を引き抜くと、シアラの襟首を掴み、飛竜の影に連れ込む。そうする事で一方向からの攻撃を防ぐ盾にするのだ。遅れてリザとエトネが飛竜の傍に来ると、四人が居た所に矢が何本も突き刺さった。矢は先端から後端までが光のような物で出来ていて、突き刺さると次の瞬間には煙のように掻き消えた。
飛竜を撃ち落したのと同じ種類の矢だ。
「リザ、撃ってきた奴の姿は見えたか」
「駄目です。矢だけが、雨を弾くのが見えるがやっとで。突き刺さった本数からすれば、五人以上は居るかと」
「エトネ! 君の鼻や耳ではどうなんだ?」
目をつぶり、感覚を研ぎ澄まそうとするエトネだが、力無く首を横に振った。
「仕方ないわよ。この雨でしょ。匂いも音も流されているわ」
シアラが慰めるが、しかし、エトネは違うと否定した。
「ちがうの。なにもかんじないの。やがとんできたほうこうには、なんにもないの」
「何にも無いわけないでしょ。現にいまも矢が」
「でも! なにもいないの!」
半分意固地になっているかのような振る舞いにリザとシアラは戸惑う。いくら優秀な狩人といえど、エトネはまだ幼い。自分の失敗を認められない未熟さはあって当然だ。しかし、レイは別の可能性を考えていた。
アルビノ砂漠、不明瞭な白い光、匂いや音がしない存在。
キーワードが揃うと、それらは一つの線で繋がる。同時にある少年の言葉を思い出した。
―――「ですから、僕ら地元の人間は、これを大地の記憶と呼んでいます。御霊に上がった魂の残響が残っているのだと」
ラシードがアルビノ砂漠に足を踏み入れた夜に、そう説明していた。
黄龍が動き出した頃。
体内を探索していたマクスウェルらも状況が変化していた。
山ほどの大きさのある黄龍の体内は、マクスウェルの推測通り飛竜が飛ぶだけの高さも幅もあった。三頭の飛竜は一列に並び、魔法で作り出した光源を頼りに体内を飛翔していた。
口の隙間から突入して、ぬらぬらとした内臓の壁を通路として進む彼らだったが、黄龍が気絶から回復し、動きだした事に気が付いた。地鳴りの様に響く振動音に加えて、体から血を抜かれるような粘り気のある疲労感。黄龍の魂吸いだ。
外側に居るレイ達よりも内部に突入した彼らへの魂吸いは、はるかに強力なのだが、《神聖騎士団》の面々やサファは涼しげな顔で受け止めていた。
「どうやら、黄龍が目を覚ましたようじゃな。外のレイ殿らが、上手く誘導してくれるとよいのだが」
「やはり、魔法で交信は出来ないままなのか」
「ええ。流石は肉体を持つ精霊と呼ばれるだけの事はありますな。魔法の効果が遮断されておるようで。外の状況は皆目見当もつきません」
一度はマクスウェルが外に残るべきかという意見もあったが、全体の指揮を取れるマクスウェル不在で、体内で緊急事態が起きた時の判断が遅れてしまう事から却下された。
「レイ殿らがこの吸収を浴び続ければ、命の危険もあるかもしれません。一刻も早く、心臓に辿り着く必要があるのですが……まだ食道を抜けられないのですかな」
「さてな。龍の体内なんぞ知るはずもなかろう。そもそも黄龍は体格からして異常に進化したのだ。これが食道ではない可能性も十分にあるだろうな」
「中々どうして。前途多難ですな」
ぼやいたマクスウェルだが、次の瞬間には戦闘態勢に移行せざるを得なかった。
何故なら、先頭を跳んでいた飛竜に向けて前後左右、そして上下から矢が何本も、何十本も、何百本も放たれたのだ。
盾使いが仲間を守る為に技能を発動するも、飛竜の体は不明瞭な白い矢に貫かれ絶命した。
「いかん、敵襲だ! 皆、戦闘態勢を取り、降下しろ!」
近接戦闘が多い《神聖騎士団》のメンバーだ。下手に空中戦をするよりも地上戦の方が対応しやすいと判断したのだ。
下手をしなくても、落ちれば骨折するであろう高さを、何の抵抗もなく飛び降りる冒険者たち。乗り手を失った飛竜らは次々と矢の餌食となる。
そんな中、一人、サファは別の行動をしていた。下に落ちるのではなく、食堂の天井に向けて跳躍し、そこを足場にして闇の中へと飛び込んだのだ。矢が飛んできた方角に向けて、先手を取る様に動いていた。
マクスウェルが周囲一帯を視認しやすいようにと灯りを広げるのと、サファが矢を放った相手を斬ろうとするのは同時だった。
神速一閃。
しかし、その刃は止まった。
「……なんだ……これは」
瞬間、歴戦の冒険者らは底冷えする恐怖に身を震わした。サファから立ち上る殺意に皆が恐れ慄いた。
「なんだと聞いているのだ、これは!!」
激昂するサファ。その眼前に立ち尽くすのは、白い、輪郭がぼやけたこの世ならざる存在。
幽体と呼ばれる者だ。
彼らは生前の姿形をそのままに、表情を虚ろにさせ、手に弓や槍、剣などを握りしめている。
そして彼らの耳は―――長かった。
読んでくださって、ありがとうございます。




