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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第8章 動き出す世界
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8-30 『七帝』vs『七帝』

 蒼天を舞台に『七帝』が激突する。


 和装のエルフという奇妙な出で立ちのサファが、日本刀の柄に手を掛け、空を飛翔する機械人形の装いはクラシカルなメイド服で手に持つのは、これまた記号的な竹ぼうき。


 古典的クラシカルというよりも喜劇的コミカルで、いっそ現実感が乏しい。


 だが、侮るなかれ。彼女は都市一つを滅ぼす力を秘めた兵器である。


 神速一閃。都合八振りの居合いを、全て竹ぼうきの長柄で受け止めたのだ。


 無論、レイにその軌跡が見えたわけでは無く、空に響く、鋼がぶつかる音の回数で判別下に過ぎない。当たり前のように、抜刀の影すら拝むことは出来なかった。


 人の腹の上で神速の居合い術を披露するサファも、それを至近距離で防ぎきった『機械乙女ドーター』もどちらも等しく化け物である。


 早々に加速してこの場を離脱したマクスウェルらが、アルビノ砂漠に辿り着き、『機械乙女ドーター』が追いかけている兵器を投棄するまでの時間を稼がなくてはならない。


「比較。三百年前の戦闘データと照合。技術、力、双方に向上が確認されました。先の発言を訂正しましょう、ミスター・サファ。貴方は変わった」


「相変わらず、のろくさい喋り方をする人形だ。さっさとになっちまえ」


「拒絶。申し訳ありませんが、その提案は受諾できません。それよりも確認なのですが、ミスター。一連の行動は、私の目的ミッションを妨害していると認識します。宜しいですか」


 返答は刃によって送られた。九度目の抜刀が『機械乙女ドーター』に襲い掛かると、少女の形をした兵器は長柄で受け止めると、


「了承。それではミスター・サファを敵性エネミーと認識。排除いたします」


 と、冷然と告げたのだ。


 水平に飛行していた軌跡が直角に曲がると、急上昇する。当然のようにサファの体は『機械乙女ドーター』から落ちるはずが、サファは彼女の足首を掴んで落下を拒む。


 右足をとっかかりに、『機械乙女ドーター』の体を猿のように昇るサファは、あっという間に『機械乙女ドーター』の首に腕を回した。レイはその行動を意味がないと叫びそうになった。首を絞めた所で、彼女は見てくれだけは人間でも、中身は兵器。呼吸するはずがない。


 だが、サファは首を絞めるのが目的では無かった。そのまま、背中を膝で押しながら、首を後ろに引っこ抜こうとする。首を絞めるのではなく、首を折るつもりだ。


 遠目でも『機械乙女ドーター』の体が弓なりになるのが分かる。サファの、柳のような細いからだのどこにそんな膂力があるのか。そう、不思議に思っていると、『機械乙女ドーター』が動く。


 ぐるり、と。首が後ろを向いたのだ。肩越しに振り向く様な中途半端な態勢では無く、文字通り、首が百八十度、回転したのだ。


 儚げな美貌も、人間離れした行動の前では吹き飛ぶ。『機械乙女ドーター』の宝石のような瞳が煌めくと、二筋の熱線が放たれた。サファが腕を離さなければ、熱線はサファの頭に大穴を二つ作った事だろう。


 死の危険を感じ取ったサファは、躊躇いもなく身を投げる。それもまた死に繋がる行為だというのに、躊躇しないのは脳の回路が破損したのかもしれない。


 だが、サファは地上に落ちる事を選択したわけでは無かった。逆さまに落ちると、すれ違う『機械乙女ドーター』の足首に、自分の足首を掛けて腹筋の力だけ体を起こしたのだ。そのまま、『機械乙女ドーター』の体を足場に駆け上がろうとする。しかし『機械乙女ドーター』も黙って足場になるつもりは無い。


 首は後ろを向いたまま、体を回転させ独楽のようにサファを弾こうとする。


 その独楽が生み出す風は、安全地帯で様子を窺っているレイの元へと届くほどの強さだった。


 体の向きと首の向きを調整した『機械乙女ドーター』はサファの存在を、体の各所に設置されたセンサーで感知。上空に跳んで逃げたサファへと視線を向けた。


 独楽の外側に触れれば弾かれるが、中心ならば回転とは影響されない。サファは瞬時に判断すると、『機械乙女ドーター』の艶めいた白銀の頭部を蹴り彼女の上空へと退避したのだ。


 体を小さくし、柄に手を這わすその姿は、爆発する瞬間まで力を貯めているようで、『機械乙女ドーター』は竹ぼうきの形をした兵器を両手で握りしめた。


 そして、一瞬の浮遊にエネルギーを使ったサファの体が重力に導かれて落下する。


 落ちるサファと昇る『機械乙女ドーター』が刹那の間、交差する。


 瞬間、空が割れんばかりの衝撃が奔る。


 サファの一撃と、『機械乙女ドーター』の一撃が激しくぶつかり合い、天地が震えているのだ。互いの抜き放たれた得物がつばぜり合いをし、拮抗していた。


 その時、初めてレイはサファの持つ、日本刀の刀身を見た。何しろ、サファの攻撃は一撃必殺の抜刀術の為、刀身を目にする機会が無いのだ。


 蒼天の空よりも濃い、藍色の輝きを放つ刀身がサファの顔を染める。


 確か、サファの日本刀マサムネは冒険王手製だったはずだ。九百年近い時間が経過しても、一点の曇りも劣化も無く、『七帝』の相棒でいられる武具。それは冒険王の技術が凄まじいのが、それとも仲間との絆を大切にしているサファの心情を表しているのか。


 そんな事を考えているとエルフの戦士は、無念そうに舌打ちをすると、『機械乙女ドーター』の体を蹴り、後ろへと跳んだのだ。


 そこに足場など無く、サファの体は木々から落ちた木の葉のように止まることなく落下する。


「コウエン!」


『請け負った!』


 龍刀へと呼びかけるレイの相貌は、急加速する飛竜の風を浴びる。その右目は紅蓮の色に輝いていた。


 レイはサファが『機械乙女ドーター』と空中戦を広げている間に、魂の交換を済ませていた。こうすることで、コウエンとの意思疎通におけるロスタイムを限りなく零に近づけ、飛竜を意のままに操るようにするためだ。


 まるでレイと一心同体となった飛竜は、落下するサファの速度から最適な回収地点を空中で思い描き、そこに過不足ない速度を通過した。


 サファの体は飛竜の背に綺麗に着地し、一切の減速をしなかった事で『機械乙女ドーター』が放つ数十の熱線を回避してみせたのだ。


「な、何だ、今のビームは!」


 上空で竹ぼうきを腰だめに構えた『機械乙女ドーター』。その竹ぼうきの細長い先端からは淡い紅色が呼吸するように灯っていた。おそらく、あそこから熱線が発射されたのだとレイは推測した。


「あれは『機械乙女ドーター』専用装備の一つで名前は……まあいい。あれの先端は角度を変えて幾十もの熱線を同時に放つ兵器だ。もっとも、距離を取れば減衰する。この距離を保っている分には被弾しても問題はあるまい。……喉まで出かかっているんだがな、名前はなんといったか」


「千年も生きてれば物忘れの一つや二つ、誰だってしますよ。気にしないでくださ、いたあい!」


「人を年寄り扱いするな、馬鹿垂れが」


 拳を振り下ろしたサファは油断なく視線を『機械乙女ドーター』に向けていた。萌黄色の視線を浴びている白銀の少女は空中に停止した状態から、突如として加速をした。まるで瞬間移動するかのような軌道は、サファの視力を持っても、残像が映る程度だ。飛竜の進行方向に突如として割り込んだことで、ぶつかる事を恐れた飛竜の足が一瞬止まった。


「ちぃ!」


 舌打ちと共に、サファは前方の『機械乙女ドーター』に向けて腰を切る。先程の、足場の無い空中での居合いよりも、数段威力を増してある居合いだ。これならば『機械乙女ドーター』を両断出来るという自負と共に繰り出した。


 しかし、その軌跡は空を斬る。


 鼻先に回りこんだ『機械乙女ドーター』は攻撃すると見せかけ、滑るように後ろへと引いたのだ。空という不得手の場所でもがくサファをあざ笑うように。そして何より、斬撃を躱す為に距離を取ったとしても、そこは未だ熱線の射程範囲だ。


 レイの紅蓮の瞳が何十という銃口を前にして輝く。熱線が煌めくのと同時に、飛竜が崩れ落ちるように沈んだ。頭上で幾筋もの紅色の光線が通り過ぎるのをレイは空気が焦げる匂いで感じた。


 地面に向けて斜めに落下する飛竜の体が、衝撃と共に強制的に水平になる。何事かと振り返ると、サファが飛竜の背から空に向けて跳んだのだ。そうしなければ、頭上から襲来する爆弾の如き破壊力を持つ存在に追いつかれていた。


 両者は空中で激しく切り結ぶが、翼を持たないサファの体は長く、空に居られない。あっという間に与えられた時間を使い果たして落下する。そんなサファに向けて『機械乙女ドーター』は熱線を展開する。竹ぼうきの先端が触手のようにうねり、広範囲に渡り熱線が空間を貫いた。


 サファはその中の数本、自分に直撃する熱線だけを日本刀で切り裂き、下で待ち構えていたレイに拾われたのだ。


「童。ポーションはあるか」


「ポーションなら、僕のポーチの中に、って。まさか怪我したんですか?」


「騒ぐな。かすり傷だ」


 驚き振り向くと、サファは常と変わらない冷然とした様子のまま、右手の甲を晒した。軽傷だと本人は言うが、甲の中央から前腕の途中まで、熱線でえぐり取られていた。高温に当てられたからか、失血はしていないが肉の焼けこげる匂いがする。


 レイはポーチから《神聖騎士団》御用達のポーションを取り出すと、サファに渡す。上等のポーションはサファの傷をあっという間に塞いでしまった。


 とはいえ、あのサファが手傷を負うという事がレイには信じられず、つい本音を口にしてしまった。


「もしかして、サファさんより、『機械乙女ドーター』の方が強いんですか」


「ほう。面白い事を口にするじゃないか、童。もう一発、今度は念入りに拳骨をかましておくべきかのう」


「勘弁してください、と!」


 レイ達を狙い、『機械乙女ドーター』が急降下射撃を繰り出す。熱線が広範囲に渡り、網のように覆うとするのを、飛竜は掻い潜りながら疾走する。


「冗談はさておき。前にも言ったが、『七帝』同士に強弱は存在しない。重要なのは、相性だ。俺は地に足が着く場所で戦った方が力を出せ、あれは空の女王を気取っておる。忌々しい事にな」


「じゃあ、地面まで誘導して戦えばいいんですか」


「残念ながら、相手がそこまで付き合ってはくれまい。此方が距離を取り続ければ、当初の目的通り、兵器破壊を優先するはずだ。こうして俺を優先して狙っているのは、兵器破壊の為の障害だと認識してるからに過ぎん」


「距離をとれば、これ幸いと無視してしまう訳だ。だったら、最初から無視して行けばいいのに。もっとも、そんな事になったら、こっちが困るんですけどね」


 高所を押さえながら熱線を放つ『機械乙女ドーター』。回避運動を取るが、幾つかの熱線が直撃しそうになるのをサファが日本刀で防いだ。


 熱線を日本刀で切り裂く度に、サファの相貌を紅色の輝きが照らす。涼し気な美貌に妖しい輝きが添えられて、艶やかとも言える姿に憐れみの表情が浮かぶ。


「それがこれの限界だ。状況を判断する事が出来ても、画一的な思考しかできないために、愚行と言える手を選んでしまう。三百年前と、一つも変わらん。主を失い、主の残した命令と手順に縋る哀れな存在よ」


 サファと『機械乙女ドーター』の間にどんな物語があるのか、レイは知らない。それでも、同じ『七帝』として、同じ時代を生き、同じ戦乱を駆けた者として思う所があるのかもしれない。


 すると、『機械乙女ドーター』の様子がおかしくなった。腰だめに構えていた竹ぼうきの形をした兵器を下ろすと、何かを考え込むそぶりをしたのだ。


 そして、体の向きを変えると、一直線に飛翔した。


 南西の空へと向けて。


 リザ達や黄龍が居る、アルビノ砂漠の空へと向けて、一気に加速したのだ。


 突然の変化に戸惑うレイにサファは叫んだ。


「逃がすな! 今度は俺達が追いかける番だ!」


 サファの叫びに弾かれように、飛竜が全速力で空を駆け抜ける。風が頬の肉を押しつぶし、強風で目が明けてられない。薄く開けた視界にメイド服のスカートがちらりと映るも、それが距離を開け始めているのは間違いあるまい。


「な、なんで急に行動が変わったんですか」


「『機械乙女ドーター』にとって最優先の目標は兵器だが、それと同等に重要視しているのが帰還だ」


 レイの肩を掴むサファが、耳の傍で鳴る強風の音に負けずに叫んだ。


「奴は常に兵器を破壊できるだけの燃料と、帰還のための燃料を最低限残して、戦闘に挑む。奴が大技を繰り出してこなかったのは、それを使えば、どちらの目的を果たせなくなると考えての行動だ」


「それじゃ、もしかして。この急な移動は」


「ああ。俺達とじゃれ合っているうちに燃料が乏しくなったのだろう。破壊と帰還、二つの目的を果たす程度にしか残っていないはずだ。今なら追いつけば攻撃し放題だぞ」


「それは! それは……困るなあ」


「全く持って、その通りだ」


 重々しく告げる二人。なぜなら彼らの目的は『機械乙女ドーター』の破壊では無いのだ。


 マクスウェルたちが兵器を砂の竜巻まで運び、オーマットを灰燼と化した『機械乙女ドーター』の一撃で吹き飛ばしてもらう。


 そのための時間稼ぎだ。


 だというのに、兵器破壊の為のエネルギーを使いきられてしまえば、元も子も無いのだ。


 本末転倒である。


「マクスウェル、マクスウェル、聞こえるか!」


『……呼んだか、レイ殿』


 数瞬遅れて魔法によって声は空間を超越して届く。レイは『機械乙女ドーター』がそちらに向かっていることを告げた。


「今の速度からすると、あと数分でアルビノ砂漠に着いてしまう。ここからでも砂の竜巻は見えるけど、そっちはどうなっているんだ」


 千年の時を経て復活した黄龍。その再生している体を守る砂の竜巻は『機械乙女ドーター』の進路の先に悠然と聳えていた。流石に、マクスウェルらの姿までは見えなかった。


『砂の勢いが凄まじく、近づくのに手間取っている。あと五分は掛かるぞ』


「それじゃ、遅い!」


 五分もあれば『機械乙女ドーター』はアルビノ砂漠を横断してしまう。首尾よく兵器を投棄したとしても、きのこ雲が生まれるだけの爆発。十分な距離を取らなければ巻き込まれてしまう恐れがある。


 マクスウェルたちが逃げる分の時間も必要だ。


 すると、話を聞いていたサファが動き出した。


「童。あと数分、俺達だけで時間を稼ぐとするぞ」


「それはそうだけど、一体、どうやるんですか?」


「なに、やる事は簡単だ」


 じりじりと距離を離されている現状。飛竜もよく頑張っている方だが、いかんせん速度差は覆せないでいた。だが、サファは何という事も無い風に飛竜の背を蹴ると、高速で前に跳躍したのだ。


 そして驚くべき事に――――更にもう一度、宙を蹴る。


 まるで、空中に見えない足場があり、それを蹴ったと言わんばかりに加速する。


 理不尽な軌道を描きながら、足りない距離を埋めるサファ。背中を見せる『機械乙女ドーター』に向けて居合いの構えを取ると―――。


 ―――何の前触れもなく『機械乙女ドーター』の体が反転した。


 仰向けになった『機械乙女ドーター』は竹ぼうきの長柄を前に突きだした。その仕草が何を意味するのか、レイには分からなかった。だが、サファにはそれで全てが通じた。


 長柄の先端から、一筋の熱線が放たれた。それは同時に数十も放たれる熱線よりも、速度が、射程が、威力が上回っていた。


 おそらく、箒の先端から放たれる熱線は範囲攻撃なのだろう。一度に広範囲を狙うために、数を増やす代わりに、威力と射程を押さえる事でエネルギーの消費を押さえ、相手に傷を与えるのが目的。対して長柄の先端から放たれる熱線は、敵を屠るための必殺の一撃。構造上、直進しかできないため、相手に悟られれば回避は容易だ。奥の手なのかもしれない。


 そんな奥の手をサファは身を捩る事で回避した。


 熱線を回避しながらも、怪物は居合いを放った。神速の閃光が『機械乙女ドーター』の体を襲った。右わき腹から足までの防刃加工されたメイド服が裂け、その下にある人工皮膚が破け、人工筋とコード、培養液などがむき出しとなるのを見届けると、


「ふん。相変わらず、身持ちだけは固い女だ。仕留めるつもりがこのざまだ」


 と、呟きながらゆっくりと、しかし抗いようもなく重力に囚われてしまう。


「そんな、サファさん!」


 叫ぶレイ。身を乗り出して、落ちるサファに対して飛竜の鼻を向けようとする。だが、落ちる萌黄色の瞳が無言で叫んでいた。


 ―――行け、と。


 そのまま、サファの体は寂しき茶色の大地へと吸い込まれていった。


 本当にサファがそう判断したのか、確証はない。サファが、高度五百メートルから落ちて無事だという保証も無い。だけど、レイは飛竜の鼻先をそのままにした。


 サファが身を投げ出すように繰り出した一撃は、『機械乙女ドーター』の移動速度を削っていた。


 右足が不具合を起こしているのか、微妙にバランスが取れておらず、出力も安定していない様子だ。それでも、まだ飛竜の全速力よりも上回っている。だからレイは、ちっぽけな可能性に賭けた。


「あの人がくれたチャンスを、無駄には出来ない。《留めよ、我が身に憎悪の視線を》!」


 巨人兵相手には不発で終わった《心ノ誘導》。だが、『機械乙女ドーター』はサファと普通に会話が出来る。通常の兵器とは一線を画く様に思えた。


 はたしてレイの思いが通じたのか、『機械乙女ドーター』は反転した。レイの操る飛竜との距離は一気に縮まったのだ。


 コウエンの炎を放とうとするレイだが、『七帝』はレイの行動を一手で防いでしまう。


 反転した状態で、加速したのだ。レイの方向に向けて、まるでぶつかるような勢いだった。反射的に飛竜に回避を命じてしまってから、レイは失敗を悟る。障害物を避けるように、無理やり態勢を捻った飛竜の背後に『機械乙女ドーター』が張りついた。


「くそっ、なら、後ろに向けて」


『戯け者! 今は加速じゃ!』


 コウエンのアドバイスは虚しく散る。彼女の言葉に従うよりも、咄嗟に背後へと龍刀を振るい、空間を焼き尽くす炎が吹きあがる。だが、そこには『機械乙女ドーター』の姿は無い。レイの死角である飛竜の腹側から前方に移動し、竹ぼうきを振り上げていた。


 竹ぼうきを振り上げるのは、熱線を使うまでの相手ではないと判断を下したからだろうか。


 前方に龍刀を薙ごうとするよりも前に、竹ぼうきが直撃―――しなかった。


 鈍い鋼の音が耳朶を震わした。音の差はサファとの力量差だろうか。


 竹ぼうきを中途半端に振りかざした状態のまま『機械乙女ドーター』は硬直し、その竹ぼうきに龍刀は受け止められていた。


 一秒経ち、十秒経つも変化は起きなかった。


 互いの武器が重なり合ったまま、レイは凍り付いたように動けなかった。


 死の脅威を前にして身動きが取れないレイに対して、『機械乙女ドーター』は宝石のような瞳に幾つもの色を浮かべていた。十七、八頃の少女の姿だが、見ようによってはそれよりも幼くも、逆に年上にも見える。


 兵器というよりも、どちらかというと美術品のような存在だ。だとすれば、そこには必ず製作者の想いが込められているはずだ。古来より、絵画や、彫像で人をモデルにする時、そきに製作者の感情が発生する。


 はたして『科学者』は何を考えてこのような姿の少女を生みだしたのだろうか。


 そんな疑問を浮かべているレイにたいして少女は動いた。竹ぼうきを下ろすと、レイと距離を取り空中で固定したように浮遊する。


「質問。貴方の髪色、目の色は共に黒でありますが、魔人種特有の気配がありません。貴方は、『招かれた者』ですか?」


 心臓が強く鼓動を刻む。


 世界を滅ぼすという『七帝』から世界救世主候補の『招かれた者』への質問。それにどう答えるべきかと逡巡すると、


「走査。発汗、体温の上昇を共に観測。前述の質問は肯定のようである」


 心では無く、体の反応で真偽がばれてしまった。急速に感じつつある死の気配に身構えていると、


「報告。我が主、ノーザン・オルストラより、同胞である『招かれた者』に対してメッセージをお預かりしています」


「……メッセージだと」


「肯定。再生いたしますか?」


 訝しみながらも、レイは頷くと、『機械乙女ドーター』の可憐な唇から、全く別の声が響きだした。


「再生。『僕の名前はノーザン・オルストラ。このメッセージを聞くであろう者と同じ、『招かれた者』である。僕は、いずれ来る同輩の為に、この娘に伝言を残す』」


 それはどこか空虚な響きをした、しわがれた男性の声だった。


「『同胞よ。『招かれた者』たちよ、心して聞くのだ。……神を信じるな。……彼らも騙されている』」


読んでくださって、ありがとうございます。


次回の更新は二十六日月曜日頃を予定しております。

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