8-29 大空の追跡者
晴天を震わす、一文字の軌跡。高度一万メートルという領域は、エルドラドの技術力では到達しえない異空間とでも呼ぶべき場所。そこを自由自在に踏み入れる存在は非常に限られていた。
いま、空を震わしているのは、その限られた存在である『七帝』が一体、『機械乙女』だった。障害物の存在しない領域を我が物顔で進む彼女だが、作り物の瞳に映し出されたメッセージに意識を向けた。
万年雪に埋もれるように存在する、『科学者』の研究所。その中枢からミッションの情報が更新されたのだ。
『通達。破壊目標が高速で移動を開始。移動速度と高度からして飛竜と推測される。現在の速度及び、航路から目標が通るであろう進路と時間を算出』
続けて表示されたのは南方大陸の一部が真上から拡大された地図。最初に波長が確認された地点から南西の方角に向けて移動中なのが線で表示されている。幾つかのポイントには、通過するであろう時刻が付随している。
その進行方向にある巨大な砂漠で現在、不可解な竜巻が発生している事も合わせて表示された。幾つもの情報が瞳の中に付記されていくが、しかし、感情の無い『機械乙女』は恐れや困惑を抱かずに、
「了解。適時対応して行動する」
とだけ、淡々と呟いた。
自立歩行できないタイプの兵器が動いていることや、飛竜が関わっていることや、わざわざ危険地域に向かって移動している事などは、関係なかった。
何者かの介入が確認されたとして、その目的を推測したりするのは、相手の行動を妨害し、先手を打つために必要なのであって、兵器を破壊することだけが目標である『機械乙女』にとって不要な情報である。
必要な情報は、破壊対象が何処に在るのか。たったそれだけで十分だ。
創造主から下された命令を胸に抱き、空を突き進む軌跡は更に加速していく。
空はどこまでも続く。『機械乙女』が飛翔する空は、南方大陸の空と当然のように繋がっており、その空を六頭の飛竜が駆け抜けていた。
『冗談でしょ、冗談でしょ、冗談でしょ!』
シアラの絶叫に耳を塞ごうとして、この声がマクスウェルの魔法によって頭の中で響いているのだという事を思い出した。ご丁寧に、マクスウェルは自分とシアラの間だけに通信を繋げ、彼女の金切り声が他所様に広がる心配はない。
『こんなの、あり得ないわよ! 黄龍を倒す為に、『機械乙女』をぶつけるなんて、そんなの無茶苦茶よ!』
「だから言ってるだろ。砂の壁はサファの斬撃でも破壊しきれなかった。あれは、一度に広範囲にわたる火力で吹き飛ばさないと意味がないんだ。その点、『機械乙女』なら、あの爆発を生み出す怪物なら勝算はある」
『あの、なんて付けられても、見てないから分かんないわよ。だからといって、こんな重たいのを延々と運ぶのもどうかしてるわよ』
『シアラに同意する訳ではありませんが、彼女の言う通りこの腕輪を運ぶのは』
申し訳なさそうにリザが同意する。
六頭の飛竜の内、四頭の飛竜の足にロープが結ばれ、その先に円形の兵器がぶら下がっている。巨人兵が嵌めていた腕輪であり、現在『機械乙女』がこれを破壊しに向かってくる。
『軽量化するなどできなかったのでしょうか』
「残念ながら、時間が足りなくてね。マクスウェルでも、この兵器は初めて見る種類らしくて、分解して、波長を出している部品だけを取り出すのに一時間はかかるそうだ」
オーマット近くの祭儀場から、アルビノ砂漠に到着するまで二時間かかる。前回の時間軸において、同じころに『機械乙女』もオーマットに到着していた。
「流石にアルビノ砂漠に着くよりもずっと前に追いつかれたら、どうしようもないだろ」
『それは、まあそうですが。……それよりもまず、飛竜が持つかどうかが不安で』
リザの言う事も最もである。一頭当たり、二人ほど背負いつつ、四頭で重たい金属の塊を運んでいる飛竜たちは、ちょっとした強風でも右へ左へとバランスを崩してしまう。翼を力強く羽ばたかせてはいるが、高度も前回より低く感じる。
後ろで見ているレイからしてそう感じているのだ。四頭の内の一頭に跨るリザからすれば、気が気でないのだろう。
『ああ、もうどうなってるのよ。六将軍に続いて、サファ様が現れたと思ったら、今度は『機械乙女』ですって!? まるで暗黒期の再来じゃない!』
再びシアラの嘆きが頭の中で木霊する。
シアラが此処まで嘆くのも、レイは仕方ないと思う。彼女はこの中で、サファを除いて唯一の暗黒期の時代の当事者だ。『機械乙女』を目の当たりにしたことが無かったとしても、その存在を、暴威を、伝聞という形で味わっていた。
戦争の脅威から逃れるために、彼女は非戦の島に移住したのだ。三百年の時を経て、暗黒期の象徴と呼べる存在と対峙するかもしれないとなれば落ち着いては居られない。
そんなシアラに対してリザが語りかけた。
『落ち着いて下さい。確かにゲオルギウスの登場は絶望的でした。サファ様の出現も驚愕です。何より、レイ様の魔人化は絶望的でした。ですが、御覧の通り、私達は何とか生きて此処に居ます。ゲオルギウスを撃退し、レイ様も取り戻せた。そんな私達が力を合わせるのよ。今回だって大丈夫よ』
穏やかな、癇癪を起こした子供をなだめる様な口調だが、僅かに声が固いのが旅を共にしてきた者達ならすぐに分かった。
シアラが『機械乙女』の脅威を知るなら、リザは『七帝』の同列である『勇者』の脅威を知る。だからこそ、シアラが感じている恐怖を理解できるのだろう。
『……そうね。……うん、そうね。……通り乱して……ごめんなさい』
リザの言葉で平静を取り戻したのか、シアラがぼそりと呟いた。恥ずかしそうにしがみ付くリザの背中に顔を押し付けていた。ようやく落ち着いてきたのを察したのか、マクスウェルが唐突に回線を全員に開いた。
『さて、どうやら話は済んだようだな。では、作戦について説明しよう』
飛竜の上にいる冒険者らの表情から緩みや迷いといった余分な感情は削ぎ落され、戦いに臨む戦士の気迫が漲って来る。何しろ、相手は『国喰い』黄龍に加えて、暗黒期の災厄『機械乙女』。前門の虎後門の狼よろしく、怪物二体に前後を挟まれているのだ。
『現状、前方のアルビノ砂漠において黄龍が超巨大竜巻を展開。砂の鎧とも、砂の壁とも呼べる竜巻を飛竜で突破するのは不可能だろうと、観測した者から報告があった』
嘘である。そんな報告はどこからも上がっていない。砂漠との境界にある街は避難に忙しく、砂漠にあるオアシスの住人はデゼルト国の民では無い。この嘘は《トライ&エラー》を知らないサファに対するカバーストーリだ。
即興で書き上げた脚本を、マクスウェルは演じた。
『同時に別場所で調査をしていた者達の報告から、起動状態の兵器が発見され、それが直に三日を過ぎるという。そこで儂らは、この兵器を砂の竜巻に放り込み、あるいは進路上に設置し、兵器を破壊しに来た『機械乙女』の一撃を利用しようと考えておる』
『……懐かしい手だな』
マクスウェルの言葉に割り込んだのは、レイの後ろで腕組みをしているサファだった。振り返ると彼は遠い目をしながら、
『暗黒期において、似たような作戦が行われていた。破壊したい場所に起動された兵器を運び入れ、『機械乙女』が出現するまで隠し通すなり、守り切る。現れれば即時に撤退。後はあの兵器が始末をつけるという、ある意味禁じ手のような作戦だったがな』
と、懐かしそうに語る。もっともその内容の血腥さは、それだけ暗黒期の戦争が酷かったことの証左だろう。レイは腰に佩いている龍刀へと語りかけた。
「もう一度確認するけどさ、コウエン。本当に、『機械乙女』の炎は、爆発は大地や人体に影響はないんだよね」
日本人にとってきのこ雲と言われて、連想されるのは核爆弾である。レイはコウエンから、『機械乙女』の攻撃に人体などに多大な被害を与える物質が含まれていないか確認をしていた。
鞘に収まった龍刀から、ため息まじりに
『くどいぞ。『機械乙女』の扱う炎は、確かに威力は凄まじい。しかし、他の兵器の中にある、毒の炎のような物とは違う。そも、あれは大地を腐らせるような世界を滅ぼしかねない兵器を破壊するための兵器。その兵器に毒があれば、本末転倒であろう』
「だったら、良いんだけど」
『作戦の続きを説明するぞ。『機械乙女』の一撃によって砂嵐が吹き飛ぶか、あるいは弱体化し、それを儂か、あるいはサファ殿によって完全に破壊し黄龍の足を止める。砂漠ならば、儂らが戦っても、人への被害は最小限に抑えられるだろう。足を止めた黄龍の体内に侵入し、心臓を狙う。これが最適かと思われるが、如何かな、サファ殿』
『文句は無い。問題は、『機械乙女』がそう都合よく現れるかどうかだがな。何しろ、この作戦。奴が来なければ前提から崩れてしまうぞ』
《トライ&エラー》を知らないサファからすれば、当然の指摘だ。そしてサファはもう一つ、気になる事を口にした。
『それと、二時間後に現れると口にしてから、随分と経ったと思うが、あと何分で来るのだ』
『そうですな。……大よそ、十五分といった所かと』
『ならば、このままの速度で行けば、アルビノ砂漠に到着する寸前で追いつかれるのではないか』
サファの指摘は間違っていない。前回の時間軸を知るレイからすれば、今回の飛竜の編隊は速度が遅かった。原因は明白だ。四頭掛かりで運んでいる兵器のせいだ。
これのせいで速度が出ていないのだ。
もっとも、『機械乙女』が追いつくまでの時刻は、実際の所不明なのだ。前回の時間軸において、出発から二時間後に現れた場所はオーマットであり、アルビノ砂漠では無いのだ。
『機械乙女』がどの方角から出現するかは不明だが、場合によってはアルビノ砂漠の方が地理的に近い可能性もある。
だが、そのための対策は用意してある。
『それに関しては仕方あるまいと言うしかありませんな。仮に、アルビノ砂漠に着いた時に『機械乙女』が追いついたのなら、誰かが殿となって仲間を行かせるしかありますまい』
『その役を俺に任せるために、童と同じ飛竜に乗せたという訳か』
『儂では相性が悪く、他の者でも、地に足がつかない中で、単騎で『機械乙女』の足止めは難しいかと。ゆえにサファ殿には遊軍として動いて貰いたいのです』
刹那の間、緊迫した空気が飛竜の間に流れるが、それを打ち破ったのはサファの低い声だった。
『承知した。どちらにしろ、黄龍の討滅は俺の悲願だ。その為なら、泥を啜るのも覚悟している。……もっとも、巻き込まれる童が、少々不憫に思えるがな』
『儂らの中で、飛竜の扱いが最も長けておるのがレイ殿しか居らぬ。お主に厄介な役を任せてしまい、申し訳なく思う』
「気にしないでくれ、マクスウェル。これも覚悟の内だ」
そう告げたレイの耳朶をエトネのか細い声が拾い上げた。
『おにいちゃん、なにかくるよ』
「エトネ? 何かって、何だい」
『うしろから、おんなじたかさで。すごくはやいのがくるよ』
現在、レイ達の居る空域の高さは四百メートル以上。この高度は飛行系モンスターたちのテリトリーである。まさか、どこかの山を根城にしているモンスターが編隊に気が付き、空気を読まずに追いかけてきたのかと焦りを覚えた。しかし、その焦りを打ち消すようにサファが叫んだ。
冷然とした口調をかなぐり捨て、危機を叫ぶ。
『不味い! この透明な威圧は、『機械乙女』だ!』
アルビノ砂漠に到着するよりも前に、『七帝』の一角にして対兵器用兵器『機械乙女』が、レイ達の後方に迫っていた。
『機械乙女』が早くに追いついたのは、兵器が移動中であるという事実を知ったからだ。兵器が移動している理由や目的に興味はなくとも、任務達成の妨害をしようとする勢力が存在すると『機械乙女』は判断。
この場合、彼女が恐れたのは、兵器が彼女の手の届かない場所に運ばれる事だった。例えば、海溝などに落とされれば、さしもの『機械乙女』でも破壊は不可能になってしまう。
進行方向上に、そのような地形が無い事は確認済みだが、それでも不測の事態に対応するべく、彼女は加速して追跡をしたのだ。
とはいえ、彼我の距離は二百メーチルも離れている。どちらも高速で移動中であり、その距離が詰まるまでに多少の時間的猶予がある。レイ達が何かしらの対策を取る事も可能だ。
―――相手が『機械乙女』でなければ。
宝石のような輝きをした作り物の瞳は、ズームされた光景を『機械乙女』に提供する。六頭の飛竜の内、四頭の飛竜にけん引される腕輪の形状をした兵器。クローズアップされた視界で、兵器の固有波長が別枠で表示され、衛星に探知した波長と一致した。
「報告。破壊目標を捕捉。状況を精査、更新、状況を開始する」
『了解』
短いメッセージが視界の隅に流れると、『機械乙女』は水平飛行したまま、手に携えた竹ぼうきを回す。普通の竹ぼうきとは違い、柄が光沢を放ち、先端に向かうにつれて膨らむ穂先も金属製で出来ている。とてもじゃないが、掃除をするための竹ぼうきには見えない。
しかし、これは掃除をするという点においては間違いでは無いのだ。
穂先を前方に向けると、細長い金属の棒の先端が淡く紅色に輝きだした。それは一つや二つでは無く、何十と一斉に輝きだしたのだ。
機械乙女専用装備広域破壊型兵器Z-2は近距離から超遠距離まで広く対応できる兵器である。振れば、金属製の穂が風を起こし、こうしてエネルギーを充填させれば、先端から熱線を射出できる。先端は個々でフレキシブルに稼働するため、射線は直線でも角度を変える事が可能だ。
視界の中では回避運動を取られた場合のシミュレーションが展開され、取るであろう軌道が複数浮かび、パーセンテージが付随する。
まず、足を止める。飛竜を落とすべく熱線を放とうとして―――。
―――警報が鳴り響く。
兵器をけん引していない二頭の片割れから、高威力魔法反応を探知。『機械乙女』は前述の行動を破棄し、防御態勢に切り替わる。
『機械乙女』の周囲が煌めくと、彼女を飲み込む巨大な爆発が連続して発生した。どれもが、巨人兵を飲み込むほどの巨大な爆発だった。
マクスウェルが放った超級旧式魔法《ビックバン》だ。エトネの警告を受けてから彼は即座に魔法の詠唱に入っていた。それが功を奏して、『機械乙女』に対して先手が取れたのだ。
しかし、青空に浮かぶ爆炎を突き破る影に少年は舌打ちをした。
竹ぼうきを構えたままの『機械乙女』は無傷だった。
雪の結晶を固めたような白銀の三つ編みも、本物そっくりの肌も、冗談のようなメイド服も焼け跡一つなかった。
『機械乙女』に魔法の類は、一切効かない。
正確には彼女が身に纏う前掛け(エプロン)の形をした兵器が魔法の類を無効化するのだ。
シアラが放つ《アイスバンカー》も、彼女の頭部に触れる寸前に、見えない何かに阻まれるように削られていき、氷柱は消失した。
魔法では足止め出来ないのだ。
―――しかし、これはマクスウェルの想定内の範囲だ。
暗黒期における『機械乙女』との戦闘記録は法王庁に保管されている。その資料から、彼女が魔法を無効化するのは、初めから知っていたのだ。知っていて、あえて放ったのは別の目的があるからだ。
作り物の瞳が再び兵器を捕捉しようとして、しかし異変に気が付いた。
二つの魔法が放たれる前後で、大きな違いがあったのだ。
飛竜の数が足りない。
兵器をけん引している四騎の周りを飛翔していた飛竜が、いつの間にか一頭しかいないのだ。
瞬間、『機械乙女』に搭載されているモーションセンサーが反応。自らよりも上空から落下する存在に警報が鳴る。
体を仰向けにすると、背面飛行する飛竜から落ちたと推測される人影が、腰に佩いている刃に手を掛けていた。
『機械乙女』は竹ぼうきの長柄で、男の一撃を受け止める。
晴天に澄み切った鋼の音が響くと、男は仰向けの状態で飛翔する『機械乙女』の腹に着地した。
「土足で悪いな、兵器人形。それにしても三百年ぶりだというのに、変わらないな、貴様は。気味が悪い」
「検索。危険人物一覧に該当あり。年月による劣化は無し。顔画像を更新。貴方こそ、変わらずのご様子」
命のやり取りをしているとは思えないほど気軽なやり取りを交わす両者。
暗黒期より三百年。ここに『七帝』同士が再び相まみえたのだった。
読んでくださって、ありがとうございます。




