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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第8章 動き出す世界
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8-14 人の執念 改訂版

「魔人……魔人ですって!? そんなのあり得ないわ」


 ゲオルギウスの不吉な宣告に声を荒げたのはミストラルだ。彼女はヒーラーとして、一刻も早くレイを治療したかったのだが、不気味な胎動を見せるレイを前にして足が動かせなかった。


「貴方達魔人は、優れた魔人種が魔石を体内に取り込むことで進化するのでしょう。それに、レイ様は人間種。種族を越えて、魔人に成るなんてあり得ない!」


 彼女が自身を持って告げた内容は武装神官を育成する神学校で教わる歴史だ。人魔戦役の頃に法王庁は六将軍の脅威に晒され、その弱点や誕生の経緯を調査した。その時に得た情報が、魔人種が魔石を取りこむことで魔人になるという物だ。ところがゲオルギウスは心臓を貫かれたというのに、体をくの字に折り曲げて哄笑を上げる。


「くはははは! これは傑作だ。まさか、クリストフォロスが流布した偽情報を、後生大事に後世まで伝えていたとはな。奴に会えた時に良き土産話が手に入ったぞ」


「……その反応からすると、僕らが知っている情報は違ったようだね」


 冷静に場を俯瞰するローランは会話の最中でも押し黙り、胸元を押さえつけているマクスウェルの方を気遣っていた。哄笑を終えた金色の瞳が弓のように歪むと、ゲオルギウスは尊大に頷いた。


「人魔戦役の頃、我ら魔人種が最も警戒し、最も嫌悪した存在は何だと思う?」


「嫌悪だって? 『七帝』の誰かだとしても、それを警戒するのは理解できるが、嫌悪する対象ではないよな」


 ある意味魔人にとって似つかわしくない、警戒や嫌悪とい単語に答えを出したのはマクスウェルだった。彼は苦しそうに呟いた。


「……魔石じゃろう。違うか、ゲオルギウス」


「その通りだ! 我らが警戒し、嫌悪したのは、魔法工学の兵器だ」


 世に言う人類の暗黒期において発生した三つの戦役。その始まりとも言える人龍戦役の際、人々は龍という怪物に対抗するために、禁断の果実に手を出した。『科学者』ノーザンが残した魔法工学の兵器を持ちだしたのだ。


 兵器は設計思想や、目的に応じて様々な種類が存在したが、人龍戦役において使用された兵器のほとんどが大量破壊を目的として作成された後期型ばかり。どれもが一撃で山を削り、百年に渡る汚染を大地に振り撒き、人の手に余りある物だった。


 それだけに効果は絶大で、人龍戦役に勝利した要因は兵器だったと語る歴史学者も少なくない。


 当時、『魔王』フィーニスに率いられた魔人種たちも人龍戦役に参加していた。人の側として、人の世界の為に戦っていた。そうする事で、自分たちが受け入れられると信じて。


 だが、彼らを待っていたのは、龍による故郷の壊滅。それを黙認した人の悪意だった。かくして人魔戦役の幕は上がるのだが、その際に彼らが最も警戒したのは兵器だった。


 戦場で多くの兵器を目にし、人よりも優れた竜を、それこそ羽虫のように落としていく様は魔人種といえど恐怖だった。人龍戦役が終わった直後という事もあり、発掘されて、しかし出番が無かった兵器は人々の手に残り、封印に対する意識は低かった。このまま戦争が激化すれば、敗北を避けるために人は再び兵器に手を出す。


 そうなれば魔人種も龍と同じように滅亡する以外未来は無いとフィーニスは判断し、クリストフォロスの考えた作戦を採用した。


「魔人を誕生させるのに、大量の魔石が必要だと誤った情報を流せば、貴様らは魔石を隠匿するだろうとクリストフォロスは読んでいた。まさにその通りだった。ギルドは保管していた魔石を海に投棄し、各国もその判断に同調。魔人種に魔石を奪われないように厳重に警戒した。結果、どうなったと思う」


「人魔戦役において兵器の使用はごくごく少数の戦場を除いて起こらなくなった、というわけか」


「その通りだ。兵器を、それも大量破壊を可能とする後期型には起動するだけでも大量の魔石を必要とする。だが、この情報戦によって、魔石不足に陥った貴様らは兵器の運用を諦めたという訳だ」


「それじゃ、貴様等はこのような形で魔人種から魔人へと進化したというのか」


 傷口から無尽蔵の闇が放出されるレイ。意識があるのかどうかすら定かではない少年の口から、苦痛を訴えるうめき声がかすかに聞こえる。まるで闇に体を侵食されているかのような痛々しい姿に、ミストラルは美麗な顔を曇らせた。


「そうなるな。元々、生まれながらにして魔人だったのは陛下ただ一人。我ら六将軍は、あの方から聖印を授かり、あの方の憎悪を取りこむことで後天的に魔人へと覚醒したのだ」


「……まさか、居るのか? 貴様ら六将軍の中にも、魔人種以外で魔人となった者が!?」


「流石は『賢者』と呼ばれるだけのことはある。頭の回転は悪くないようだ―――ぬぅ!?」


 嘲笑を浮かべていたゲオルギウスだが、一転して表情を改めた。金色の双眸が鷹の目の如く鋭くなると、手にした槍で襲い掛かる闇を弾き飛ばした。


 闇の正体は矢だ。


 聖印からあふれ出す闇は際限を知らないようで、どこまでも面積を広げようとしていた。漆黒の夜空が落ちたかのような闇に波紋が立つと、そこから無数の矢が放たれた。青空へ向かって弧を描いていた矢は、重力に引きずられ更なる加速を得てゲオルギウスの方へと襲いかかったのだ。


 唐突な、そして明らかに殺意ある矢の雨をゲオルギウスは二振りの槍を巧みに操り吹き飛ばす。すると、矢は形を保てなくなり黒い粒となって霧散した。その現象を見て、マクスウェルは『魔王』フィーニスの扱う影の事を思い出した。


「『魔王』は影を操る戦闘技法を持つと言われている。聖印とはすなわち、己の力を与える事なのか!?」


 マクスウェルの問いかけにゲオルギウスは答えず、しかし否定をしなかった。その態度からマクスウェルの問いが正しいという事を証明し、そして《神聖騎士団》は戦慄する。魔人へと変質させられつつあるレイが、『魔王』と同等の力を有していることに。


 レイの足元に広がる沼に波紋が広がると、再び矢の雨が、今度は二カ所から放たれ、ゲオルギウスを押しつぶそうと迫る。それを難なく凌ぐと、今度は沼の中からありとあらゆる形のした剣が、槍が、斧が出鱈目に放たれる。


「どういう事なんだ。さっきから、ゲオルギウスの方ばかり狙っているが、レイ君の意識があるというのか」


 まるで砲台のようにゲオルギウスばかりを狙うレイの行動に一縷の希望を抱くローラン。しかし、皆がレイを呼びかけても反応は無い。少年は呆然自失のまま、沼の中央で立ちすくんでいた。うめき声を上げ、苦痛を訴えるがそれ以上の事をしようとはしなかった。


 その間も押し寄せる闇の武具たちを砕いていたゲオルギウスが、参ったとばかりに呟いた。


「陛下も意地が悪い。小僧の憎悪を膨らませるために、どうやら私を使ったようだな。とはいえ不思議な物だ。この小僧に借りがあるのは私の方だというのに、なぜここまで恨まれなければならないのだ」


 ゲオルギウス自身は知らなかったが、彼はレイにとって大切な人物をその手に掛けていた。《トライ&エラー》によってその時間軸は消え去り、出来事もレイの記憶の中でしか存在しなくなったが、それを聖印は拾い上げたのだ。レイの中にある憎悪と、フィーニスの憎悪を混ぜ合わせ、大きくするための材料として。


 理由なき憎悪。その本質は、フィーニスの悪意によって限界まで膨らまされた、人工の憎悪とでも呼ぶべき物だった。その人工の憎悪が牙を剥いた。意識の無いレイに残った感情が、ゲオルギウスを標的として認識していたのだ。


 終わる事を知らないかのような武具の嵐を前にして、ゲオルギウスも本来の武器を取り戻す。二振りに別れていた神の杖を元に戻し、概念殺しの権限を宿した槍を構えた。


「この際、仕方あるまい。貴様が魔人として目覚めるまでの時間。先達である私が付き合ってやるとしよう」


 言うなり、ゲオルギウスは腰を据えて、押し寄せる武具の嵐を打ち砕いていく。どちらからも完全に無視される形となった《神聖騎士団》。様子を伺っているローランへとマクスウェルが近づいた。


「これは好機だぞ、ローラン」


「……どういう意味だ、マクスウェル」


 レイと同じ年ごろに見える友の相貌に非情な影が差しているのにローランは気が付き、大剣を握る力が強くなった。


「あの状態のレイ殿はゲオルギウスを狙う事しか頭にないようだ。そして、そのゲオルギウスはこの地を離れようとはしない」


 ゲオルギウスが黄龍復活の為に活動しているのは間違いないだろう。そのために身分を偽り潜入していたはずなのだが、正体が露見したというのにゲオルギウスは撤退を選ばない。


 この地に黄龍復活の鍵があるのか、あるいはここで騒ぎを起こして本命の場所から視線を逸らそうとしているのか、もしくは魔人へと変質途中のレイに固執しているのか。その理由は不明だが、ゲオルギウスが撤退しようとしないのは事実だ。


 故に、マクスウェルは好機だと繰り返した。


「レイ殿に合わせる形でゲオルギウスを取り囲み、奴を撃破するべきだ」


 マクスウェルの提案にローランは息を呑んだ。


「マクスウェル。君は自分が何を言っているのか、分かっているのか。レイ君をあのままにしておくと言うのか!」


「冷静になれ! 合理的に判断しろ。六将軍最強の魔人が、三つある心臓の内一つを潰されてもなお、撤退をしないでいるという状況。此方に敵対行動を取らない砲台となったレイ殿。ゲオルギウスを討つのに、これ以上ない好機ではないか」


 マクスウェルの言葉は冷徹ではあるが、事実を端的に表している。過去に二度、剣を交えたローランとて認めたくはないが、今の状況がどれだけ幸運に恵まれているのか、戦士の本能が理解していた。


「そうすればレイ君が魔人になるのを見殺しにするようなものだぞ!」


 魔人へと至るまでどれだけの時間が掛かるか不明だが、ゲオルギウスの反応からすればさほど長くは掛からないはずだ。それまでにゲオルギウスを倒し、同時にレイを助けるのは現状の材料だけでは不可能に近い。


 そう告げるローランに対してマクスウェルは短く、


「……そうだ」


 と、告げた。


「そうだって、お前―――」


「―――世界にとってどちらが脅威だ!? 最強の魔人と、生まれたばかりの魔人。片方は心臓を潰され手負い。もう片方は、魔人となったとしても元は人間種。話の通じる相手かもしれんし、通じなくとも儂らなら確実に倒せる」


 一拍開けた後、マクスウェルは断固たる決意を持って告げた。


「ローラン。お主が言った言葉だ。卑怯者の汚名すら背負う覚悟だと。ならば、儂もその汚名を背負う覚悟で、世界を救える道を選ぶ。どんな犠牲を出してでもな」


 かつて口にした言葉が、『聖騎士』の胸に突き刺さった。大剣を握る手から力が抜け、腕はだらりと下がった。顔を伏せた男へと《神聖騎士団》の面々は視線を向けた。


 そして、ローランが頭を上げると貴族然とした風貌に、並々ならぬ決意を宿した。それを見て、マクスウェルは納得してくれたかと胸をなで下ろした。


「よくぞ選んでくれた。エリザベート殿らには儂の方から謝罪を―――」


「―――マクスウェル。確かに僕は卑怯者の汚名すら背負う覚悟だ」


 友の言葉を遮ったローランは、どこか落ち着いた様子で続けた。


「世界を救うためなら、何だって、誰だって犠牲にするつもりでいる。それこそ、君達が犠牲になるのを、僕は許容してしまっている」


「それでいい。それでこそ、『聖騎士』だ」


「ああ、僕は『聖騎士』だ。だからこそ―――犠牲者の列の先頭に立つべきなんだ。誰よりも前に、誰よりも早く、誰よりも先に。僕が僕の言葉を、信念を証明するために犠牲になるべきだ。誰かを犠牲にして、生き延びるような真似は絶対に出来ない」


 ローランの宣言にマクスウェルは何も言えなかった。白銀の鎧が日差しを浴びて光を放ったかのような神々しい雰囲気に包まれる。それはさながら、宗教画のような厳かな神聖さを醸し出していた。


 これ以上、言葉による説得は不可能だと、マクスウェルは悟った。


「……分かった。ならば、問うぞ。《神聖騎士団》の方針は?」


「無論。レイ君の救出だ。レイ君がこのまま魔人になったとしても、今のレイ君の意識があるとは思えない。だから、魔人化を防ぐんだ。マクスウェル。君にパーティーの指揮を任せる。僕は、邪魔をされないようにゲオルギウスを―――倒す」


 倒す。その言葉に含まれた重い覚悟はマクスウェルだけでなく全員に伝わった。彼が虚勢やハッタリで口にしている訳ではない。


 誰もが、空を見上げていた。どこまでも突き抜けるような、澄み渡った青い空が広がる。


「ここなら、全力が出せる」


 同じように空を見上げていたローランの言葉にマクスウェルが頷いた。


「そうか。……そうだな。分かった。此方は儂らに任せておけ。レイ殿は儂らに任せろ」


「頼む、マクスウェル」


『聖騎士』と『賢者』は互いの腕を交差して、そして離れた。


 それぞれの戦場へと駆けだした。


 例えそれが、永遠の別れになるとしても、彼らは振り返る事はしなかった。







 剣の形をした闇を槍で打ち払うも、間髪入れずに槍が迫る。それを蹴りで吹き飛ばしても、今度は斧が。これまでゲオルギウスが破壊した武具は、千を優に超えている。


 それでも闇が尽きる気配はない。


 まさに無尽蔵。


「……まさか、陛下。魔人を通り越して、その先を創られるお積りなのか」


 口にしてから、主の展望を考える事の不敬さに気が付き、思考を打ち消した。


 フィーニスが何を考えてレイに聖印を与えたのか、それこそフィーニス以外には分からない。魔人種を統べる王の眼差しは遠く、それこそ地平の先までを見通し、胸の裡は深淵その物である。配下であるゲオルギウスですら、フィーニスの考える計画の全容は理解できない。


(それを出来る者が居るとすれば、この世にただ一人。逐電しおった第一席を置いて他にはおるまい)


 フィーニスの唯一の友と言えた男の事を思い出し、ゲオルギウスは怜悧な相貌を不快に歪めた。槍を振るう手に力が入り、完璧な軌道がぶれてしまう。


 そのことに気が付いた時には遅かった。


 数十本の剣が雪崩のように押し寄せ―――ない。


 白銀が煌めいた瞬間、怒涛のように押し寄せた武具は両断された。間髪入れず、ゲオルギウスは槍を突くと、残った剣などを吹き飛ばした。


 闇が砕け空中に散る中、両者は対峙した。


 貴族然とした風貌に並々ならぬ覚悟を抱いたローランと、怜悧な相貌に怒気を滾らせたゲオルギウス。


 口を開いたのはゲオルギウスだ。


「『聖騎士』。今のはなんだ。よもや、この私を助けたつもりなのか」


 槍を構える体から濃厚な殺気が立ち昇り、答えによっては容赦しないと金色の瞳は告げていた。


 ローランは大剣を天に向けて構えると、


「まさか。噂に聞く『魔王』の闇がどれほどの物かと確認したかっただけだ。あれなら、僕の仲間でも食い止められる」


「なに? それはどういう……そういう事か」


 ゲオルギウスの視線はローランから離れ、フィーニスの憎悪に囚われ魔人へと変質しつつあるレイの方へと向かった。そこではマクスウェルを始めとした《神聖騎士団》の面々がレイを取り囲み、攻撃を加えていた。どうやら、レイを闇の沼から救出しようとしているのだ。


「……面倒な事を」


 思わず呟いた本音にローランが不敵に笑った。


「そうか。どうやら希望が見えたようだね」


「どういう意味だ。何の話をしているのだ?」


「貴様の反応さ。もし、レイ君が魔人へと至るのが止められない、不可逆の現象なら、そんな風に苛立たない。でも苛立つという事は、まだ戻れる可能性が残っているという事さ。違うか」


 ローランの指摘に、ゲオルギウスは喋り過ぎたと口を紡ぐ。しかし、今更である。確信を深めたローランは、


「やはりそうか。なら、彼の事は仲間に任せて、僕は思う存分、貴様と戦う事にしよう。皆の邪魔はさせない」


 と、嬉しそうに言う。その反応に、ゲオルギウスはまさかと返した。


「まさか、貴様一人で私と……戦うつもりなのか」


「ああ、そうだ。仲間には、レイ君救出を任せた。貴様とは僕一人で戦うのさ」


 あり得ない事だと、誰もが口を揃えて言うだろう。いくらローランがモンスターを一刀の元に切り捨てる怪物だとしても、ゲオルギウスはそれを上回る怪物だ。これまでの歴史や伝承が尋常ならざる強さを物語り、ローラン自身、二度に渡る戦いでそれを痛感しているはず。


 一度目の戦いではパーティーで挑み、二人の犠牲者を出しているのだ。だというのに、たった一人で挑むのは無謀の極みだ。マクスウェルらが止めなかったのが不自然を通り越して、自殺ほう助に等しい。


 しかし。


「……そうか。『聖騎士』ローラン。貴様、本気という訳だな」


 相対するゲオルギウスから、慢心や傲慢といった余分な感情は一切消え失せた。ただひたすらに、殺気を高める武人が居た。金色の双眸はちらりと上を向く。


「空が見えるな」


「空が見えるぞ」


 それだけで、二人は意思の疎通を果たしたように笑う。親愛や友好を交わすような柔らかな物ではない、残忍で身震いするほどの笑みだ。


「ローラン。貴様、年は幾つだ」


 唐突な質問にローランは律儀に答えた。


「二十二だ。貴様からすれば、随分と若造だろうな」


「そうか、ならばあと三年以内に貴様は死ぬという訳か。『聖騎士』の呪いとはいえ、因果な宿命だな」


 唐突な死亡宣告に対して、ローランは驚くような事はせず、肩を軽く竦めた。


「そうでもないさ。何十年、何百年と生きても、何も為せないまま終わる人生もあるだろ。僕は短くとも、ちゃんと何かを残せる今の人生が気に入っているんだ」


 長命種である魔人種に対して皮肉を口にしたローラン。それに対してゲオルギウスは違いないと返した。


「長くとも無為の生よりも、短くとも有為の生か。ならば、その呪いを引き継ぐ候補は見つけてあるのか」


「それをお前らに教える必要はないだろ。……それに」


 ローランは一拍開けると、ため込んでいた覚悟を放つように叫んだ。


「これは呪いじゃない。六百年間、人々の間で受け継がれてきた希望の証だ! 《此れ為るは聖戦なり、我が身に神の祝福を賜らん》!」


 瞬間、青天を二つに分けるような稲妻が祭儀場に落ちた。


 ゲオルギウスの双眸は、稲妻の光に焼けながらも、はっきりと映し出した。大剣を天に向かって突きだしたローランに稲妻が突き刺さるのを。


 直後、轟音が祭儀場を揺るがした。


 石の舞台を取り囲む観客席。多くの人間が避難して空席が目立つそこに、魔人の姿はあった。背中から観客席に体を埋めた姿は、まるで巨大な力に吹き飛ばされたようだった。


 いや、ようでは無い。


 正にその通りだった。


 ゲオルギウスは落雷の直後だというのに、懐へと飛び込み、振るわれた大剣を前に防御の構えを取った。槍と大剣が刹那の間に振れ、即座に理解した。


 この一撃は受け止めきれない、と。


 理屈ではなく本能で解すれば判断は早かった。ゲオルギウスは衝撃を緩和するために後ろへと跳ぼうとした。しかし、それを強引に押し切られ、魔人の体は観客席まで吹き飛ばされ、このような醜態を晒すことになった。


「くくく、ははは! 何だ、これは。この様はぁ!」


 発したのは罵声では無い。歓喜の雄叫びだ。


 槍を握る手が震えていた。恐怖からの震えではない。防いだ一撃によって、腕が衝撃に震えているのだ。ゲオルギウスは埋まった観客席から飛び出すと、石舞台に立つローランを見下ろした。


 石舞台には異様な石像が置かれていた。


 太陽の光を浴びて白銀に輝く鎧を身にまとった、貴族然とした甘い顔立ちをした青年が、身動き一つ取れないまま血を流しているのだ。剣を握る手首から、剣を振った関節から、踏み込んだ足首から、衝撃が伝わった全身から血を流していた。


 まるで、自らの攻撃の反動に体が苦しめられているかのように、ローランは像のように直立していた。


 歯を食いしばる姿は、とてもゲオルギウスを吹き飛ばした姿とは思えなかった。


「ふははは。六百年、そして三百年か。なるほど、それだけの時間があれば、私を超えるという訳か。実に恐ろしいな。人の執念とは」


『聖騎士』。


 始まりは法王庁において最強の存在に引き継がれていくだけの称号だった。武装神官たちを束ね、人々の希望とあるべき振る舞いを強要される、単なる衣だった。


 だが、しかし。


 ある時を境にその意味が一変した。


 13人の『招かれた者』の一人が、法王庁から『聖騎士』を任じられた瞬間。それはただの称号では無くなり、今に至るまでの脈々と続く祈りとも、呪いとも判別が付かない存在へと成り果てた。


読んで下さって、ありがとうございます。

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