8-12 勝敗の行方
マクスウェルがレイに与えた作戦は簡単だった。
レイが持ち得る最大火力を叩きこむ。
乾坤一擲。
分かりやすく、しかしゲオルギウスに対して行うには非常に難しい作戦だ。
何故なら、相手は歩く災害、六将軍第二席ゲオルギウス。
二度目の神前決闘の時に、右腕まで犠牲にした劫火が命中したのは、ゲオルギウスの虚を突く形になったからだ。それを今回も行うのかとレイが尋ねた時、マクスウェルは違うと首を振った。
「儂らにとって最善の未来は、お主が無事に勝利する事。それ以外には無い」
レイが五体満足で神前決闘に勝利することが最善だとマクスウェルは断言した。それが最善だと誰もが理解はしていたが、それが最も難しい事である。
しかし、マクスウェルはこの難問に対しての解を用意していた。
「儂が気になったのは、一度目の神前決闘。何故、あの男はお主を即座に殺さなかったのかだ」
レイは咄嗟に目の下を走る刀傷を隠そうと顔を背けてしまう。マクスウェルはその反応を訝しげながらも、何も言わずに話を続ける。
「ネーデの迷宮で戦った時。そして逃げた六将軍の痕跡を追う旅の間、儂はゲオルギウスに纏わる伝承を収集し、ひも解いた。そこから浮かび上がったのは、あの男には二つの顔があると言う事だ」
武人としての清廉な姿と、残虐に耽溺する悪辣な姿だとマクスウェルは説明した。
「例えば、武名を誇っていた戦士と正々堂々と決闘し、これに勝利した際、部下が戦士の屍を足蹴にしたのに激昂し、部下の足を切り落としたそうだ。かと思えば、一つの街を滅ぼす際に、都市の輪郭に沿うように火を点け、端から内側へと延焼されるように風を操り、生き延びた住人が街の中心部に来た頃を見計らって魔法で磨り潰したとかもある」
「後者はらしいが、前者の話は……奇妙だな」
ローランが疑わしそうにマクスウェルへと顔を向ける。
「普通、敗北した側の戦場話は悪辣に脚色されやすい。にもかかわらず、こんな美談めいた物が残っているというのは、それが事実としてはっきりと残っているからか?」
「うむ。信じ難いが、あの魔人に武人としての側面がある事は間違いあるまい。一方で、儂らが接した限りでは残虐な面も確かにある。この二面性を突くのだ」
マクスウェルが立てた作戦は、ゲオルギウスがレイを即座に殺さないという前提の元に成り立っていた。その理由が武人としての面から来るのか、残虐性を由来としているのかは不明だが、この場合はそこは無視された。
第一段階として、接近戦を仕掛ける直前に《全力全開》を発動し、更に魂の交換を行い、強化された炎を目くらましとして発動。ゲオルギウスが攻撃に移るのを先んじる形で槍を鎖で塞ぎ、間髪入れずに戦技《砕拳》を叩きこむ。
これで目的が果たせたのなら、それで作戦は終わるが、恐らくそうはならないだろうとレイもマクスウェルも予測していた。
実際、鎧は砕けるどころか、歪むことすらなかった。戦技の威力が、魔道具の耐久力を超えなかった。
故に、作戦は第二段階へと移行した。
槍の軌道を鎖で邪魔しながら、《全力全開》が切れる寸前まで時間を稼ぐ。事前にリザと手合わせしたのもあってか、二槍流という世にも珍しい攻撃の軌跡に何とか対応できた。
そして《全力全開》が切れる寸前になり、距離を取る事に成功したら、残っている全てを炎撃に込めて放つ。ゲオルギウスの足を止めるのと同時に、もう一度目くらましを行ったのだ。
目的は、ゲオルギウスの背後にある物を仕掛けるためだ。
それこそがこの作戦、ゲオルギウスの正体を衆目に晒すための肝と言えた。
「レイ殿にやってもらいたいのは、ゲオルギウスの正体を明かす事だ。さすれば、後は此方で対応が可能だ。相手が帝国の将軍のままでは、いくら法王庁が動いたとしても禍根が残る。じゃが、相手が六将軍だと明らかになれば、大手を振って乱入できる」
マクスウェルは初めから、レイにゲオルギウスが倒せるとは考えていなかった。
龍刀コウエンの秘めた力を十全に扱えれば、あるいは出来るかもしれないが、それはまだ先の話で、現時点で、レイが持つ手札でゲオルギウスを倒すには、それこそ後先考えない一撃が必要となってしまう。
だからこそ、勝利条件を引き下げ、ゲオルギウスの仮面を文字通り、砕くことを目的とした作戦を立案した。
「二度目の目くらましが終わった後、レイ殿は万策尽きたとばかりに膝を突く。さすれば、ゲオルギウスの中で葛藤が起きる。期待していた戦いに不満が残ったことで武人として落胆し、逆に抵抗を無くした人間を嬲る事に残虐性が呼び起こされる。二つの心で揺れ動くときに、レイ殿が仕込んだ爆弾が作動したら、ゲオルギウスはそちらを振り向かざるを得ない。例え今が戦闘中で、敵が目の前に居てもだ」
レイが仕込んだ爆弾の正体。それはケラブノス石だ。
片手でどうにか掴める程度の大きさが二つ。それぐらいしか空っぽのサイドポーチには入らなかった。神前決闘において回復のポーションなどは持ち込めなかったが、この鉱石は武器として認められた。
レイの所持品と戦技などを聞きだしたマクスウェルは、ケラブノス石の威力を高く評価していた。特に王宮内で立ちふさがった魔法工学の兵器を中破させた事もあって、ケラブノス石を分けて欲しいとまで口にしていた。
ミストラルが咳払いをしてくれなければ、話はおかしな方向に逸れていたかもしれない。
ともかく、二つ目の炎にゲオルギウスが巻かれている間に、鉱石と雷蛇を相手の後方に放てとマクスウェルは言い、レイはその通りにした。
自らの背後で、レイの意思に従ってケラブノス石を起爆させた存在に気が付きもしなかったゲオルギウスは、異変に対して不用心にもそのまま振り返ってしまった。レイという、敵の存在すら忘れて。
マクスウェルが睨んだ通り、相反する二つの在り方が、怪物にとってあり得ない隙を作ったのだ。
レイはもう一つの爆弾に雷を纏わせると、ゲオルギウスに向けて放り投げた。ゲオルギウスは迫る気配に気が付きはしたが、回避も防御も取れないまま直撃を浴びる事になった。
爆風と熱が巻き起こり、レイの顔に熱風を叩きつける。
上級魔法級の威力だ。
これが自分の顔めがけて爆発したのなら、黒煙が晴れた時には首なし死体が出来ているに違いない。そんな不吉な想像を浮かべながら、レイは消耗した体に鞭を打ち、立ち上がった。
作戦はここまで上手く行ったが、それでもレイの体は血を流し、疲労が手足の先にぶら下がっている。これ以上の戦闘行為を続けるのは困難だと判断を下す。
(だから、上手く行っていてくれよ)
使える手を全て出した。
あとは黒煙が晴れるのを待つだけだ。
レイにはその数秒が恐ろしく長い時間のように感じられた。
すると、黒煙から何か、黒い線のような物が放たれた。
それが二振りある槍の片割れだと気が付いた時には遅かった。レイのわき腹を一本の黒い筋のような線が貫ぬくと、その部位が綺麗に円形に抉れたのだ。
「―――ごふっ」
わき腹を貫かれた衝撃で肺の中に溜まっていた空気が押し出された。回避を選択することすら思いつく前に、ゲオルギウスの攻撃は終了した。栓のようにしか見えなかった槍は、レイのわき腹を抉りとると、そのまま観客席下の壁面に深々と突き刺さる。それはレイの能力値では起こりえない事象である。
ゲオルギウスが本来の力を振るった。それはつまり、鎧の破壊に成功したことに他ならない。
黒煙が晴れて行くと、体を仰け反らせた姿勢を保った男の姿が露わになる。爆発の瞬間、体を逸らす事で直撃を避けようとしたのだろうか。
「……なるほど。これが貴様の狙いだった訳か」
男の、ぞっとする程低い声が祭儀場に響く。その声はこれまでと違い、兜に遮られてくぐもっていなかった。
上体を起こした男は、頭に引っかかった残骸を面倒だとばかりに引き剥がす。
すると茨のように絡み合った黒髪が自由になったと揺れ、あれだけの爆炎だと言うのに火傷一つ負わなかった怜悧な相貌が日に晒され、禍々しき悪意を宿した金色の瞳が世界を見つめた。
「最初から私の鎧を、兜を壊すのが目的だったのか。そのために、こちらの期待を高めさせ、途中で梯子を外すように終わらせ、かと思えば隙を作らせるために爆発物を用意するとはな」
見事だ、とゲオルギウスは口にした。
「誰かの入れ知恵かもしれないし、自ら知恵を振り絞って立てた作戦か。どちらにしても、それを実行し、成功させたのは貴様だ。流石は陛下が目を掛け、私の心臓を潰しただけのことはある。賞賛に値しよう」
だが、魔人の口元は嘲るように歪んでいた。
何故なら、その賞賛を受け取るべき少年は膝を屈し、倒れこんでいたのだ。
魔道具が壊れた瞬間、ゲオルギウスはレイを逃がすまいと反射的に槍を投げた。それは手首を返した程度の、単純な投擲。どこかを狙う様な精緻な作業は含まれていない。足か、あるいは胴に当たればいい程度にしか考えていなかった。
結果的にレイが死んでいないのは、偶然に過ぎなかった。
「それで? この先はどのような展開になると言うのかな」
問いかけに答える余裕はレイに無かった。これまでの神前決闘において、ゲオルギウスとの戦いは、腕を犠牲にした時を除けば重傷は無く、即死で終わっていた。
しかし、今回は左わき腹を抉られてしまった。汗が止まらず、血は止まらず、痛みは止まらない。空気が触れるだけで抉れた肉は悲鳴を上げ、心臓が鼓動を刻むたびに破けた血管が血を輩出する。
激痛の分、意識が遠ざかる事が無いのは救いかもしれない。だが、ポーションを持たないレイは、蹲って耐える以外、選択肢は無かった。
返事が無い事に不満を抱くゲオルギウス。
すると、魔人の耳に朗々とした演説が飛び込んできた。
「皆の者! 我、ダリーシャス・オードヴァーンはここに糾弾する!」
爆炎が晴れると同時に姿を現した存在に、観客席は息を呑んだ。深淵の闇を塗りたくった様な艶の無い黒髪に、人の物とは思えないほど整い過ぎた美貌。それらを怪しく彩どるかのように金色の瞳が宿した存在から放たれる、途方もない殺気に気圧されていた。
ダリーシャスとて、事前に聞かされていなければ、この殺気に圧されて身動きすら取れなかったかもしれないと思う。だが、彼にはやらなければ役目があった。
呆けた姿を晒す貴賓席の王族に向かって、彼は叫んだ。
「皆の者! 我、ダリーシャス・オードヴァーンはここに糾弾する!」
「……ダリーシャス。貴様、一体何をする気だ」
他の族長や王族らと同じように呆けていたアフサルの目に活力が戻る。政敵の目論見を阻止しようと声を荒げるが、それに負けない声量でダリーシャスは返した。
「あの者は、帝国の将軍ディオクレティアでは無い。見よ! 怪物が潜む闇の如き黒髪。この世の絶望を映してきた金色の眼を。あの者こそ、六将軍第二席ゲオルギウスなる者である!」
魔法で拡声されていないというのにダリーシャスの声は祭儀場の隅まで伝わった。貴賓席のみならず、市民にまで届いた声だが、それに反して内容は理解できないとばかりに戸惑いが広がる。
何を持って、ダリーシャスは帝国将軍をゲオルギウスだと糾弾しているのか。確かに、黒い長髪に金色の双眸は、伝え聞く六将軍の特徴と一致している。しかし、それだけでそんな突拍子もない事を口にするとは。これが王族とは嘆かわしい。
理性がそう結論付けようとするも、本能が全く違う結論を告げていた。
舞台上で槍を携えた男から放たれる重厚な殺意を前にして、皆の本能は恐怖に撃ち負けようとしていた。理屈ではなく、本能で感じ取っていた。
この男は異端だ、と。
戸惑いが混乱と恐怖に変わる中、アフサルが否定するように叫んだ。
「貴様ぁ! 神聖なる神前決闘の場において、そのような詭弁を用いるとは。恥を知れ! 将軍、どうか否定の言葉をこやつに浴びせてくれないか!」
アフサルがそんな事を口にしたのは、自らに掛けられた嫌疑を晴らすためだ。一点の曇りなく、自らが玉座に就くために、あらぬ噂は払しょくされるべきと考えた。しかし、そんなアフサルの思いとは裏腹に悪魔は嗤った。
なぜ、自分がそんな面倒な事をしなければならないのだと言わんばかりに、ゲオルギウスは告げた。
「如何にも! 我が名はゲオルギウス。栄えある『魔王』麾下、六の地獄を引き連れる、六将軍第二席ゲオルギウスなり!」
「―――っ、な、な、何を仰いますかぁぁあああ! あ、貴方は、皇帝陛下が推挙なされた、将軍では!?」
狼狽するアフサルだが、その言葉は最後まで続く事はなかった。なぜなら、ダリーシャスが一歩前へと荒々しく踏み出したのだ。それに圧されるように、アフサルの体はびくりと震わした。
「アフサル。其方が言う通り、これは神前決闘! 13神に捧げる戦いであるというのに、その戦いに神敵と定められた魔人を立てるとは、言語道断である! 故に、我はアフサル・オードヴァーンを糾弾する。人類の―――敵として!」
「あ、あ、あ、ああ、あああ!?」
真面な言葉を紡ぐことすら忘れたアフサルに対して毅然とした態度を一貫して取り続けているダリーシャスだが、その胸中が複雑なのは明らかだ。
このアフサルの様子からして、鎧の男の正体がゲオルギウスだと知らされていなかったのは間違いない。彼が帝国と魔人の間にある何かしらの策略に利用されたのは明白だ。そんな兄を、人類の敵とまで呼ばないといけない状況。血が繋がっていないと知りつつもアフサルを兄と呼ぶダリーシャスにしてみれば、大衆の面前で糾弾するのは断腸の思いだった。
だが、それでも彼は仲間と国の為に大鉈を振るう。
「カリバン元陛下。そして法王庁の神官よ。貴殿らの考えを聞かせてもらいたい」
名指しで呼ばれた二人は貴賓席の最上段で事の成り行きを見守っていた。それぞれ、一瞬視線を交わすと、重々しい口調で告げる。
「信じがたいが、確かにあれが神敵である六将軍ゲオルギウスならば、法王庁としては、神前決闘を侮辱したという行為に他ならないと判断。よって、勝者を《ミクリヤ》のレイとしなければならない」
「私も同意だ。ダリーシャス・オードヴァーンの糾弾を受け入れよう。カリバン・デゼルトの名を持って告げる。我が国に、重大な脅威を招いたアフサル・オードヴァーンを王族から追放する!」
二人の戦士が命を賭けて王を決める神前決闘が、盤外の政治によって決着するのは何とも情けない話だが、これこそがマクスウェルが描いた勝利の方策だった。
一つの山場を越えたダリーシャスは息を吐く暇もなく、兵士たちに指示を出す。
「貴賓席の方々を外へ避難させろ。同時に、一般市民の避難も行え。そして兄上、いやアフサル・オードヴァーンを拘束せよ。彼の者には聞きたいことがある。生かして捕えよ!」
指示を受けた兵士たちは我に返り、ダリーシャスの命令に従う。神前決闘の敗北と、王族からの追放令に呆然としているアフサルへと槍を手にした兵士が近づこうとした時、彼の背後に控えていた青年が動き出した。
褐色の肌が残像を生むと、兵士は手にした槍を奪われ床へと倒れこんだ。
「お気を確かに、アフサル様。貴方様はここで終わるようなお方ではありません!」
叱咤の声に背を震わせると、アフサルは正気を取り戻した。そしてその瞳に怒りの炎を浮かべると、
「あ……ああ、そうだ! 私は、こんな所で躓く訳には。……クリシュ! ダリーシャスを殺せ!」
一瞬、琥珀色の瞳に躊躇が浮かぶも、男は低く御意と返すと、歩を進める。しかし、その行く手を阻むように、影が飛び込んできた。
それを撃ち落すように槍を振るうも、固い手応えに防がれた。
槍を受け止めたロングソードの持ち主は、宙で態勢を整えると見事な着地を決めて貴賓席に降り立った。
金色の髪をなびかせ、鎧姿をしてダリーシャスを庇うように立つのはリザだ。
彼女に続けとばかりにシアラやレティ、エトネが装備品を身に着け、《盾》の魔法を足場にして貴賓席に飛び込んできた。
「申し訳ありませんが、ダリーシャス様を殺されるわけには行きません。そして、貴方達を逃がす訳にも行きません」
一瞬、青い瞳は相対する青年から離れ、石の舞台へと向かった。
貴賓席に飛び込む前、倒れたレイに向けて気遣わしい視線が向けられた。
(ですから、レイ様の事はお任せします。ローラン様!)
「いまのは、御息女か。しばらく見ない内に、随分と活発になられたようだ」
貴賓席での茶番劇を眺めていると、金色の瞳にかつて見た紫がかった黒い長髪が過り、ゲオルギウスは懐かしそうに呟いた。シアラとは議事堂ですれ違っていたが、憎き仇の娘という感情は蘇って来なかった。
恐らく、不戦の島を滅ぼし、時を狂わす氷の牢獄に送り込んだ時点で、シアラに対しての怒りが幾らか薄まったのだろうと自己分析をしていた。何とも身勝手な話だが、ゲオルギウスにしてみればシアラはさほど重要な存在ではない。
不戦の島を襲った時も、種の存亡にかかわる重大な計画をカタリナに邪魔をされたことの憂さ晴らしに近かった。
むしろ、今の興味はレイの方にあった。
「貴様があの娘と行動を共にしているのを見た時は、これが神の織りなす因果かと驚嘆したぞ。全くもって、この浮世は面白い。傷を癒す為に三百年も篭ってしまったのが、いささか惜しくなった」
言葉を投げかけるも、それにレイが応じる余裕はない。なぜならわき腹の負傷は深く、息は刻々と荒くなり、それに比例するかのように血の気が失せてきた。
幾つもの死を看てきたゲオルギウスの眼力を持ってすれば、レイの命の残量が、どれほどの時間で尽きるのか直ぐに分かる。
さほど残っていない時間を如何するべきかと魔人は逡巡した。
死に絶えるまで、じっと見守ってやるか。
あるいは、慈悲としてこの手で散らすか。
混乱と怒号が入り乱れる観客席を意識から切り離し、ゲオルギウスは悩むと、何かに気が付いたかのように薄く笑った。そして、彼は何も持たない右手を前に差し出す。すると、その手の先にある壁面に突き刺さった槍が一人で動きだし、宙を舞ってゲオルギウスの手の中に戻る。
即座に後ろへと向けて横に薙いだ槍は、背後から大剣を振り下ろしたローランに受け止められたのだ。
「その顔。見覚えがあるな。これで三度目の邂逅となろうか、今代の『聖騎士』よ」
「六将軍ゲオルギウス! そこを退いてもらうぞ!」
「ほう。なるほど、貴様の目的はこの首ではないのか」
ゲオルギウスは視界の隅で動く影に気が付くと、ローランの体を足場に後ろへと跳んだ。石の舞台を水平に飛翔する魔人は、背後へと回りレイを回収しようとした《神聖騎士団》のメンバーに向けて槍を振るい、更には鎧の魔道具を切り離し投擲武器として扱った。
あっという間に悪魔的な意匠の鎧へと戻ったゲオルギウスはレイに対して槍の石突きを当てる。喉の柔らかい部分が押されて苦しそうな吐息が漏れた。
石の舞台上にはいつの間にか、完全武装した《神聖騎士団》の面々が居た。彼らはレイの持つ馬車の力を借りて武器や防具をこの会場に持ち込んだのだ。本来なら、もっと早くに乱入する予定だったが、ゲオルギウスが混乱を煽る為に正体を明かしたせいで、市民が逃げ惑い道が塞がれ、初動が遅れてしまった。取り囲まれながらも、レイの傍を離れずにゲオルギウスは揶揄うように、
「狙いはこの小僧のようだが、そちらとしても随分と重要視しているようだな」
「レイ君を渡してもらうぞ」
ローランから闘気が溢れるのを見て、ゲオルギウスは口元を楽しげに歪めた。彼にとって、ネーデの迷宮における《神聖騎士団》との死闘は実に心躍る戦いだった。『聖女』の技能によって水入りされなければ、きっと満足するまで戦えただろう。
人数は減ってしまったが、恐らく今回も十二分に楽しめるはずだ。
しかし、彼にはその前に済ませておかなければならない主命があった。
槍を構えた魔人はちらりと視線をあらぬ方に向ける。その先にいる者の正体に気が付いたマクスウェルが血相を変えた。
「貴様、まさか!?」
「戦いの前に用済みの駒を排除させてもらおう。懐かしき顔が巻き込まれるが、それも致し方なしと言えよう。本来なら、三百年前に死すべき命。それが今日まで続いたのは偶然の産物である」
邪悪に嘲笑うゲオルギウスの腕がゆっくりと動き、貴賓席に向けて横薙ぎの一撃を放―――。
―――ずぶり。
衝撃にゲオルギウスの顔が驚愕に染まる。金色の視線はゆっくりと下を向き、自らの胸を貫く物へと注がれた。
自らの、三つある心臓の一つを貫いたそれは―――光を飲み込み塗り潰すような、刃の形をした闇だった。
読んで下さって、ありがとうございます。




