8-9 友の告解
「急な呼び出しだな、レイ。何があったというのだ」
重厚な扉が開け放たれたのと同時に、ダリーシャスが口調を強めつつ言い放った。いつもの肌をさらけ出した涼しげな服装では無い。白を基調とした王族が儀礼に参列する際に用いる式典服を纏っていた。
赤みがかった金髪を綺麗に整え、金色の装身具などを身に着ければ、粗野ながらも気品ある顔立ちと相まって立派な王族の風格を醸し出す。もっとも、そこに中身が伴わなければ張り子の虎も同然だが、今のダリーシャスなら問題はあるまい。幾つもの経験が、この男を成長させてきた。
集められたのはダリーシャスに加えてローランたち《神聖騎士団》の面々だ。ローランは貴族然とした居住まいを崩さず、マクスウェルは退屈そうに頬杖をつき、ミストラルが若干の不安を滲ませたまま椅子にちょこんと腰かけている。他の仲間達も思い思いの姿で話が始まるのを待っていた。
彼らは朝食前だというのに、レイに呼び出されここに集まった。
集めた側であるレイ達は皆一様に表情を強張らせ、悲壮さすら漂わせていた。この中で付き合いの長いダリーシャスが場の空気を感じ取り、
「まさか、其方らにも何かあったというのか」
と、気遣わしそうに言う。
「その言い方ですと、そちらで何かあったのですか、王子」
ダリーシャスの言い方に引っ掛かりを覚えたミストラルが不思議そうに小首を傾げた。ダリーシャスは失言だったとばかりに顔をしかめ、しかし、秘密にしておくことも無いかと先程飛び込んだ報せを口にした。
「ルドラ殿が自害なさった」
王族の死に誰もが言葉を失った。そのままダリーシャスはここに来る前にラシードから伝えられた事をそのまま言う。
「油を頭から被り、火を放ったそうだ。死体は激しく燃えて、辛うじて人の形をした塊となっていたそうだ」
「それがなぜ、ルドラ王子の死体だと分かったのですか。それだけ燃えてしまえば、判別は」
「目撃者と死体が身に着けていた装飾品と、歯の治療痕からだ。治療に当たった医師が、その治療痕をルドラ殿のだと確認した。状況から考えて間違いなく自殺だろう」
アフサルに娘を人質に取られ、ワシャフの元で諜報活動を強いられていた男の最期にダリーシャスは沈痛な表情を浮かべる。例え、神前投票で自分に票を投じなかったとしても、彼にとっては尊敬に値する王子だったのだ。
数秒の間、哀しみに囚われていたダリーシャスだが、直ぐに切り替えたかのように表情を改めた。
「ルドラ王子の事は脇に置いて、本題に入ろうではないか、レイ殿。お主の呼びかけに応じて、儂ら《神聖騎士団》とダリーシャス王子が集まったぞ。それでこの面子を集めて、何の話をしようとするのだ。それもこんな時間に」
ちらり、と少年同然の声色をしたマクスウェルが時計を顎で指し示す。神前決闘が開かれるまで、移動時間を除けばそれほど残されていない。
ダリーシャスが式典用の装いで現れたのも、準備の最中を抜け出したからだ。
そんな状況で何を話すのかと集められた者達は一様に不思議がった。
「もしかして、神前決闘に出るのが怖くなって、今から僕と代わって欲しいなんて事じゃないだろうね」
ローランがそんな事を口にしたのは、単に場の空気を払拭するための、冗談のつもりだった。ところが、レイがため息と同時に、
「それも、ありかもしれませんね」
などと弱気の言を発した。
「……おいおい。急にどうしたんだい、レイ君。僕は君と共に戦った回数は少ないが、これでも新進気鋭の冒険者の活躍は耳にしてきた。赤龍討伐や、シアトラ村での未踏迷宮からの帰還を果たした人間とは思えないね」
「うむ。これより戦いに赴くお主に軽々しく言うつもりはないが、勝負とは時の運。確かに、帝国将軍は強者と見たが、それでも儂はお主が敗北すると確定したわけではないと考えるが」
二人が口々に慰めようとする中、ダリーシャスは一人別の事を考えていた。橙色の瞳がレイの表情を、そしてその深奥に潜む真意を探るように細められる。
「……何を、予知した」
唐突な発言に《神聖騎士団》の面々はダリーシャスの方を振り返った。上級冒険者たちの視線を意にも介さず、男はレイの前へと仁王立ちすると、精彩を欠いたレイの顔を見下ろした。
「随分とやつれている。眠りが浅かったとか、昨日までの戦いでの疲労が抜けていないとかではないな。……何を知ったのだ、レイ。答えよ」
「……ダリーシャス王子。申し訳ないが、こちらを置き去りにしないで、話を進めないでくれんか」
マクスウェルの投げかけた言葉にダリーシャスは振り返る事もなく応じた。
「こやつら、《ミクリヤ》の中には未来を見通す力を持った者が居る」
「なんと! それはつまり、未来予知の技能という事ですか」
驚きに表情を崩す《神聖騎士団》。ダリーシャスの発言を訝しげながらも、レイ達の方を探る。
少年少女らは否定をしなかった。
「どのような形で、どの程度先の未来が見えるのかは知らんが、未来を予知できる。おそらく、その様子だと、途轍もなく厄介な未来を視たのだろうな」
違うかと続けたダリーシャスにレイは仕方ない人だと応じた。
「一応、パーティーの秘密なんだから、あんまり人前で明かさないでくれよ」
「それこそ仕方あるまい。いまは火急の折。一分一秒も惜しいのだ。なに、ローラン殿らは音に聞こえし《神聖騎士団》。口は固かろう。それに俺が話す事で、ローラン殿らも信じるという事だ」
ダリーシャスの気遣いは正しい判断でもある。
レイたちが、自分たちに未来予知者が居ると口にしても、ローラン達が易々と信じてくれたかどうかは不明だ。しかし、ダリーシャスがそれを保証するかのように説明してくれたおかげで、ローランたちは素直に信じてくれた。
だけど、これから話すのは未来予知だけでは無い。今まで、ダリーシャスにすら秘密にしてきた真実だ。
レイは無言の笑みを浮かべつつ、立ち上がると、集まってもらった者達へと頭を下げた。
「ダリーシャス。それに《神聖騎士団》の皆さん。どうか、僕の話を聞いて欲しい。そして、その上で手を貸してほしいんです。これから現れる、悪魔を退けるために。どうか、お願いします」
頭を下げたレイに向けて意味を確かめるような視線が突き刺さる。それを感じつつ、レイは顔を上げてはっきりと告げた。
「神前決闘の場において、アフサル王子の代理として現れる鎧の男は……帝国の将軍ではありません」
驚きと困惑が広がる中、レイは知り得た、否、死に得た真実を告げた。
「鎧の男の正体。それは六将軍第二席ゲオルギウスです」
「―――っ。何ですって」
「……ふむぅ。それは間違いないのか、レイ殿」
柔和な笑みが消えたミストラルに対して、マクスウェルは幼い顔に似つかわしくない理知的な皺を浮かべて尋ねた。他の《神聖騎士団》の面々も表情に真剣さを増す。彼らにしても、ゲオルギウスの名は特別だ。かつて、ネーデの街近くにある迷宮で会敵した際、彼らは仲間を二人喪ったのだ。
「はい。間違いありません。これから神前決闘に現れるのは、ゲオルギウス。それは間違いありません」
「随分と断言するが、はたしてそうなのか。そう言いきる根拠を提示してもらいたい」
当然の流れである。レイが口にしたのは外交上、政治上、教義上、そして何より世界の防衛上において最大級の爆弾だ。
六将軍。
かつて人魔戦役において『魔王』フィーニスが率いた軍の幹部。地獄を連れ回す魔人と恐れられた存在である。人魔戦役とは魔人種と、それ以外の人間たちによる、種族の存亡を賭けた戦いだった。
そのため、人間たちは国の垣根を超え、一致団結して対抗したのだ。
その際、国益に縛られた国家を繋ぎ合わせたのは法王庁である。フィーニスと六将軍たちを神敵とみなし、聖戦の旗を掲げた。その旗に集った国の一つに、帝国はあるのだ。
今日、帝国は巨大な覇権国家としてエルドラドに君臨している。『勇者』ジグムントと竜騎兵の二つを従わせ、常に国土の拡張を望む帝国が魔人種と手を組んだとなれば、それは世界を揺るがすほどの衝撃を有している。
扱いをしくじれば、そのまま世界を巻き込んだ、新たなる戦役の幕が開けてもおかしくは無い。
マクスウェルが疑いの眼を向けるのは当然の流れである。
「長く旅をしてきたダリーシャス殿なら、お主らの中に未来予知者が居る事に納得できるだろうが、儂らは違う。もし、其方らの誰かが視た未来でゲオルギウスが現れるというのなら、それを証明するために能力の開示を要求する」
冒険者にとって技能の効果を説明するのは大きな危険を孕んでいる。軽々にしてはならない行為にダリーシャスの顔に険が走った。
「それは流石にやり過ぎではないか」
「王子。お主の言い分も分かるが、帝国の将軍の中身が六将軍となれば、儂らも迂闊に行動できない。確実と判断できるだけの確証が欲しいのじゃ。それに、そもそもレイ殿らの中に未来予知者が居るというのが疑わしい。仮にいるとしたら、この者らの行動は後手に回り過ぎている。未来を読めたのなら、もっと上手く立ち回れていただろう」
幼い相貌に理知の輝きを宿したマクスウェルの言葉は辛辣だが正しい。未来を知るという、驚異的なアドバンテージを得ておきながら、レイ達は常に追い詰められている。気が付けば死地に飛び込んでおり、そこから辛くも脱出しているようにしか映らない。
これでは未来予知が出来ると聞いても疑わしかった。
レイへ疑いの視線を向けるマクスウェルに対して、ダリーシャスがフォローに入った。
「マクスウェル。其方の申す事も一理あるが、世の中はそう上手く出来ておらん。こやつ等の未来予知は、幾つか不便な制限があって……レイ?」
ダリーシャスが言葉を区切ったのは、レイが掌を向けたからだ。それはまるで、ここからは自分が説明すると言わんばかりの態度だった。
そして、少年は覚悟を決めた表情で明かす。
己の持つ、特殊技能の名前を。
「ダリーシャス。アンタに嘘を吐いていた事を謝らせてくれ。僕らは未来を知るだけじゃなく、未来から戻ってきているんだ。僕が持つ、特殊技能は……死ぬことでしか発動しない。名を……《トライ&エラー》」
それから十数分の時間をかけて、レイは《トライ&エラー》の概要を説明した。死ぬことで発動し、決められた地点まで時を巻き戻す技能。その際に幾つかのペナルティが発生するが、基本的には精神が、魂が死のイタミに耐えられれば帰って来れるという特徴。そして、自分以外にも対等契約を交わした戦奴隷でも技能が発動し、記憶の引き継ぎがある事。
その技能を使用して、自分が二度の神前決闘を終えて戻って来た事を。彼はダリーシャスと《神聖騎士団》の面々に語った。
室内は水を打ったような静寂に包まれた。ダリーシャスはおろか、高位冒険者の集団である《神聖騎士団》ですら驚愕に双眸を崩していた。彼らにしても、《トライ&エラー》の持つ効果は異常過ぎるという事だ。
そんな中でいち早く言葉を発したのはローランだった。
「なるほどね。それならば腑に落ちるよ」
全員の視線がローランへと向くと、青年は過去を懐かしむように顎を撫でつつ、
「君はゲオルギウスの心臓を貫くとき、偶々屋上にいたと言っていたが、そうではないんだね。君は事前にそこに出現するゲオルギウスと相対し、その場所を記憶していた。そして、死に戻ると剣をその場所に置いた。あれは偶然でも何でもなく、身を持って知っていたからこそ、成功したんだね」
ローランの言葉にレイは頷いた。彼の言う通り、ゲオルギウスの出現場所を覚えていたからこそ、成功した作戦だ。
「これが単に未来予知が出来るだけなら、上手く行くとは思えない。予知したからゲオルギウスの出現を食い止めようなんて、駆け出しの冒険者には思いつかない。だけど、君はゲオルギウスに殺され、その脅威を真の意味で体験したからこそ、立ち向かう事が出来たんだね」
レイの勇気ある行動にローランは破顔すると、マクスウェルへと向き直った。いまだに疑わしいとばかりに顔を歪める仲間に、
「マクスウェル。僕はレイ君の言葉を信じる事にした」
「……根拠は? まさか、勘とか申すのではないのだろうな」
「勘さ! ……おいおい、そんな冷たい目で見ないでくれるか。ミストラル、君もだ。最終的には勘だけど、その前にもちゃんと考えているんだよ」
「お主が考えていると口にした時点で、儂には天がひっくり返った様な気分じゃよ。……それで、どのようにして、お主はレイ殿を信じると決めたのだ」
ローランはレイの後ろに回ると、少年の肩を力強く叩いた。肩が砕けたのではないかと思わせるほどの音が響いたが、当の本人は気にした素振りもせずに口を開いた。
「もし、レイ君が僕らを騙す為にこんなことを話したとしたら、荒唐無稽すぎる。普通に未来予知者が居ると言えば済む話だ。それなのに、自分は死んでもやり直しが出来るなんて事を口にするのは、こちらを信頼して、秘密を打ち明けてくれという事だ。ならば、僕はその心意気を信じたいのさ」
死に戻れるという技能は異常ではあるが、それを承知していれば対処の方法は幾らでもある。例えば、レイの意識を死なない程度に失わせて、それから無力化した状態で確保するなり、石化や麻痺といった状態異常を掛ければ技能を無効化できる。
数秒考えただけで対処法が簡単に思い付いてしまう。それが技能を明かすリスクでもある。それを承知で話した、レイの覚悟を尊重したいと告げるローランにマクスウェルはため息を吐く。ある種の純粋培養で育てられた青年は、人の持つ悪意や邪心に対して疎い所がある。それゆえ、妙な所で騙されることが多々あった。
とはいえ、マクスウェル自身、レイが嘘を吐いているとは思えないし、見えない。どう考えても嘘のような話をしているというのに、表情は真剣そのものだ。また、仲間達にも動揺した素振りや、逆に嘘を吐いているのを悟られないように不自然に感情を押さえつけようとしている仕草も無かった。つまり、彼女らも真実だと訴えているのだ。
これらの要素を合わせれば、なるほど、レイが時を巻き戻す力を持っているというのにも信憑性はある。到底信じられない話だが、それがあるという前提で話を進めても問題は無いのかもしれないと賢者は判断した。
横目でミストラルを始めとした仲間達に確認を取れば、彼女らも似たような結論か、あるいは自らを納得させる論理を構築したらしく、頷いてみせた。
「……分かった。到底信じられない話ではあるが、レイ殿にそう言った技能がある前提で―――」
「―――それに、あの鎧の男がゲオルギウスなのは、僕も同意見だしね」
話を進めようと続けようとしたマクスウェルが口を噤んだ。
いま、この男は何を言ったのだ。
再び静かになる場に、ローランは自分が失言したことすら気が付かずに、首を傾けた。
「どうかしたのかい、皆?」
「どうかしたかもあるか! お主、今何を言った!」
「え? え? え? いや、だから、鎧の男がゲオルギウスだっていう」
「だからそれを説明しろと、ああもう! そんなきょとんとした顔をせんで、一から話せ!」
常日頃から非常識の塊であるローランに振り回されているマクスウェルの絶叫が王宮を揺るがした。
正座をさせたローランから事情聴取という名の聞き取りを終えたマクスウェルは、皆の前で話を纏める。
「つまり、港町で戦った際に、能力値を同程度にする魔道具を使っていることを看破。その上で、自分を上回る技量から、相手をゲオルギウスと推察したという訳か。この大戯け者が」
「そこまで言うか!」
「言って当然だ! むしろ、まだ柔らかく言っておるのが分からんのか!?」
口を尖らせるローランにマクスウェルが声を荒げた。視線は冷たく、その温度にローランはうろたえるほどだ。
マクスウェルだけでは無い。ミストラルを始めとした《神聖騎士団》の面々や、それにリザ達の少女達も似たような視線で攻撃をしていた。
「ローラン。貴方はそこまで確信しておきながら、それをレイ君に打ち明ける事もしなかったのですか。何を考えているのですか?」
ミストラルが全員の気持ちを代弁するかのように尋ねた。
ローランの行動は彼女が口にした通り、何を考えているのか不明なのだ。自分たちにとっても仲間の仇であるゲオルギウスである可能性を誰にも話さないでいたのは、みすみすレイを死なせるような物である。
実際、レイは二度死んでいる。
「いや、これでも色々と考えてはいるんだよ。もし、僕が神前決闘前にこの事を話したら、どうなったと思う?」
「それは……おそらく、兜を剥がすようにと詰め寄ったでしょうね」
「うん。多分そうなる。法王庁の《聖騎士》が帝国の将軍を名乗る男が、魔人ゲオルギウスだと糾弾すれば、どうしても身の潔白を証明する必要がアフサル王子に発生してしまう。だけど、それでゲオルギウスが出てきた場合、事はどうなったと思う?」
「それは……その。神前決闘自体が中止となり、デゼルト国の王位継承問題が更に拗れたかもしれません」
集まった一同は、ローランが何を懸念したのかようやく理解した。つまり、彼はデゼルト国の混乱をこれ以上長引かせるのを嫌ったのだ。
アフサルが帝国と軍事締結をしただけでなく、そこに六将軍が関わっていたとなれば事は大きく、更に混迷する。アフサルがこの事を知っているのかどうかは不明だが、魔人を国の中枢に招いたのは、知らなかったでは済まない話である。
本来なら、最低限の干渉で済ませたかった法王庁としても、魔人が表舞台に姿を見せるような事になれば、積極的な介入が必要となる。そうなれば事態はますます混迷を極めて行く事になる。
「レイ君があの状態のゲオルギウス……鎧の男と戦って勝利する可能性は、この中で一番高い。だから、僕はそれに賭けたのさ。君なら、鎧を剥がすことなく、ゲオルギウスを倒せるんじゃないかと」
つまり、ローランが狙ったのはゲオルギウスを表に出さずに事態が終息する事だった。
「だからと言って、彼に何も言わずに舞台に上がらせるのはどうかと思うわ。どうして、一言ぐらい、その可能性がある事を言わなかったのよ」
ミストラルの糾弾にローランは僅かに口籠った。その反応に気が付いたマクスウェルだけが助け舟を出す。
「この馬鹿には後で儂が説教をしてやる。今はとにかく、レイ殿に時を巻き戻す力があり、その結果、将軍がゲオルギウスという前提で話を進めようじゃないか。それでよろしいかな、ダリーシャス王子」
これまで、一人沈黙を保っていたダリーシャスへと確認を取ると、彼は固く瞑っていた瞼を開け、琥珀色の瞳でレイを真っ直ぐに見つめた。その瞳に映る感情は複雑な色をしていた。
「……死ぬことでやり直す力か。……これで得心が行った。其方が、どうしてこれほどまでにナリンザの死に報いようとするのか」
静かな、穏やかな語り口のダリーシャスに対して、レイは悲痛そうな声で返す。
「あの人は、死の無い僕を助けるために、一つしか無い命を失ったんです。彼女は、僕の技能を知らずに、僕を守ってくれた。それは、命がけの善意だ。なら、彼女の思いを、願いを、僕は果たす責任があると思ったんです」
「真面目な奴め。あやつは、其方にそのような技能があったと知っていても、同じことをしただろうな。そう言う女だ」
ダリーシャスはこの場にナリンザが居れば、ベールの下で唇を尖らせただろうなと想像した。そして、彼は友に向けて笑いかけた。
「ようやく、教えてくれたな、レイ。其方の抱えていた秘密を、よくぞ教えてくれた。俺は友として、そのことを嬉しく思う。……その上で、俺は王族として其方と、そして法王庁に宣言する」
王族として、と前置きしたダリーシャスは自らの胸に手を当てて告げた。
「俺は、レイの持つ時をやり直す力を、俺個人の、そして国の利益の為に使わせるようなことは断じてしない。重ねて、法王庁所属の其方らにお頼みもうす。レイの力をみだりに口外せず、法王庁の都合で使わせないようにしてほしい。もし、それを破るようなら、俺は俺の持つ権限を最大限行使して、こやつらを守ろう」
レイの持つ《トライ&エラー》は使い方次第では万能の杖と成りかねない。最大で一日ではあるが、時を巻き戻す事で、いくらでも時の流れを悪用できる。それは国の指導者や、あるいは巨大な組織にとって喉から手が出るほど魅力ある技能だ。
場合によってはレイを巡って戦争が起きてもおかしくはない。
これまで秘密にしていたのも納得できる。例え、今回明かしたのが、そこまで追い詰められたからだとしても、ダリーシャスにとっては些末事に過ぎない。むしろ、友のための王になると誓った者として、私利私欲に使わない、使わせないと宣言した。
「その技能はレイの所有物であり、レイが自身で考えた行動にのみ使われるべきだと、俺は判断する」
橙色の瞳がローランとマクスウェルを見つめる。無言の問いかけに、彼らは頷いた。
「これで問題ないな、レイ」
快活に笑いかける王子に、レイは何も言えなかった。死の無い存在を排斥するどころか受け入れ、更には私利私欲に使わないと明言し、法王庁に対しても手を出すなと警告を発した。それはこの世界における最大の宗教機関を敵に回しかねない危険な行動だ。
「僕に……どうしてそこまで。僕はナリンザさんを」
「死なせた。だが、お前はナリンザの意思を引き継いでくれた。俺をここまで連れてきてくれた。それだけで十分なんだ。あそこで死すら受け入れていた俺の背を押してくれた友に、俺は俺に出来る事をしたいと思っただけだ。だから、礼なんかするなよ」
照れくさそうに笑ったダリーシャスに、レイは一度だけ頭を下げた。それだけで十分だ、これ以上は二人に言葉は要らなかった。
「……さて、話を戻すとしよう。あまり時間が残されているとは言えないからな」
「ですな。それで、レイ殿。確認したいのだが、ゲオルギウスから与えられる死のイタミは本当に耐えられない程のイタミなのかね」
マクスウェルの質問にレイは頷いた。
ゲオルギウスから与えられた、過去を含めた合計四度の死のイタミは、どれもが想像を絶するイタミだ。いま、こうして思いだしているだけでも、レイの頬を白くさせ、内臓を締め付けるような痛みが襲い掛かる。
様子がおかしくなったレイにこれ以上尋ねるのは難しいと判断して、マクスウェルは話を切り替えた。
「レイ殿の話と、シアラ殿の話、そしてコウエン殿の話を統合すれば、ゲオルギウスが死を司るタナトス様が持ちし神杖を、神の権限を持っていることは間違いない。それはいわば、《トライ&エラー》の天敵と言っても過言ではあるまい」
「その通りです。僕はこれまで、死を繰り返す事で勝利を掴んできました。だけど、今回のゲオルギウス相手に、それは出来ません。おそらく、あと、二回か、あるいは三回も死ねば僕はそのまま技能が破壊されて死ぬと思います。だからこそ、皆さんの知恵をお借りしたいのです」
お願いしますと頭を下げたレイに続くようにリザ達も頭を下げた。少年少女らの嘆願に《神聖騎士団》の面々は快く応じる。
「相手がゲオルギウスである以上、僕らにとっても他人事じゃない。なーに、任せてほしい。何故ならこの場には最高の知恵と力が揃っているからね! ……という訳で、マクスウェル。何か良案は無いかな」
「……お主、そこまで啖呵を切ったのなら……まあ、よい。今に始まった事ではないな。ゲオルギウスが帝国将軍の振りをしてまでこの地に来た目的はこの際後回しだ。可能性は幾つか考えつくが、それを確かめる時間も術もない。それよりも、レイ殿を生き残らせる方法を探るのが先決である」
呆れたとばかりにため息を吐いたマクスウェルだが、直ぐに表情を切り替えるとダリーシャスへと向き直った。
「王子。いまから神前決闘の延期か、あるいは中止を申し出る事は出来ませんか」
「それは……無理だな。お爺様や十四氏族が中止を認めないのではなく、民がそれを許さないのだ」
ワシャフの反乱から混乱続きのデゼルト国。いま、この国で王族への信頼は非常に低くなっている。この状況で、仮に神前決闘が延期、あるいは中止となれば民衆は真実を公開しろと詰め寄る。
ゲオルギウスの事を発表すれば、王族が六将軍と繋がっていたと知られ権威は失墜。発表をしなければ、王族への不信感が不満へと発展する恐れがある。同様に、十四氏族の族長らも、アフサルが帝国と軍事締結を結んでいたうえで、六将軍を招き入れた事を知れば、カリバン王家への翻意を決意するかもしれなった。
「この国の混乱を少なくするためには、神前決闘を行った上で、王族が被害者であるという事を知らしめる必要がある。レイ、兄上はゲオルギウスの事を知っていたように見えたか?」
「どう……なんだろう。あの時、アフサルは僕が開始の合図を待たずに攻撃したことを弾劾するのに夢中で、状況を正確に理解していたとは思えないんだ。それにゲオルギウスも、そんなアフサル王子を殺そうとした。そこに躊躇いは無かったと思う」
「ゲオルギウスの目的に兄上の生存は関係ないという事か。だとすると、兄上も利用されているだけかもしれんが、断言はできんな。ならば、仕方あるまい。この際、兄上には全ての責任を背負ってもらうとするか。例え、あの方が帝国と魔人たちに良いように操られていたとしても、この結果を招いたのはご自身の欲に違いないのだから」
そう冷たく言い放つダリーシャスだが、琥珀色の瞳から涙が一滴だけ落ちたのは誰も指摘しなかった。
それから短く無い時間をかけて、レイ達は話し合いを重ねて作戦を決めた。その頃になると、出発する時刻となっていた。
「王子。それにレイさん。そろそろ出立する時刻となりましたが、準備は宜しいですか」
申し訳なさそうに、扉を開けたラシードに、全員がもうこんな時間かと驚いた。
「お食事は、簡易ながら馬車で食べられるように支度をしました。お早く、おいでください」
「流石だ、ラシード。良き手際だ」
褒められたラシードが嬉しそうに目を細める中、出て行く人波に逆らうようにしてマクスウェルがローランに近づいた。幼いと言える相貌は緊張に張りつめ、彼はローランを睨むように見上げた。
「どういうつもりなんだ、ローラン」
「どう、とは?」
「恍けるな。法王の予言の成就にはレイ殿が必要不可欠なのだろう。それなのに、彼がゲオルギウスとぶつかるのを承知していたのは何故かと聞いているのだ」
小声ながらも剣幕を鋭くして尋ねる友にローランは平然と返した。
「この状態こそが予言その物だからさ」
「……何だと? 法王がした予言は、『招かれた者』に関する事ではないのか。ガヴァ―ナの港町で受け取った指示書には、『招かれた者』と思しき少年を守りながら首都奪還を行う事だったはずだ」
驚くマクスウェルに対してローランが申し訳なさそうに続けた。
「それは君たちに見せるための指示書だ。本当の指示書は僕にだけ公開された。そこには、神前決闘において『招かれた者』と六将軍が激突するという予言が書かれていた。……もっとも、その六将軍がゲオルギウスだとは一言も書いてなかったけどね。ともかく、僕は、その予言を成就させる為に、レイ君に何も話さなかったんだ」
驚愕に目を見開くマクスウェルにローランは貴族然とした相貌を悲しみで彩ると、
「すまない、マクスウェル。しかし、これも予言を成就するために法王が下した決断なんだ。下手に将軍がゲオルギウスだと明かせば、神前決闘自体が成立しなくなる。それは断固として避けねばならない。予言の成就。それこそが、世界崩壊を防ぐ、唯一の手段なんだ。その為なら、僕は……卑怯者の汚名すら背負うつもりだ」
そう告げる青年の横顔は苦渋と悲痛に苛まれていた。どれだけの覚悟を抱いていたとしても、年下の少年を死地に追いやる自分を恥じ、何より仲間の仇をこの手で討てないという事実に彼の心は張り裂けんばかりの苦痛を味わっていた。
ローランは自らを苛む悲しみから逃れるように部屋を後にした。一人、残される形になったマクスウェルは沈んだ友の背を見送りつつ、悲しげに呟いた。
「……何が『三賢者』だ。友の苦しみを、哀しみを理解できずに賢者を名乗るとは、おこがましいにもほどがある」
自嘲めいた呟きは、誰にも拾われることなく消えた。
読んでくださって、ありがとうございます。




