表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第8章 動き出す世界
431/781

8-8 天敵

 ★



 ―――夢は唐突に終わった。


 心臓が鼓動を速めすぎて痛む。息が出来ないほど苦しい。全身から流れ落ちる汗のせいで氷に閉じ込められたように寒い。


 シアラがゆっくりと起き上がろうとした瞬間を見計らったかのように、隣から物が落ちる音が聞こえた。鈍く、それでいて不吉な音。その音に反応してリザの閉じていた瞼が開き、跳ね起きると、青い瞳が警戒するように室内を見渡した。


「今の音は……聞こえましたよね、シアラ」


 先に起きていたシアラにリザは確認を取る。シアラは先程見た夢の影響から逃れられず、流れる汗を拭いながら頷いた。


「音がしたのは……レイ様の部屋からですね。少し、様子を見に行きます」


 呟くと、リザは音もなく、軽やかな身のこなしでベッドから降りると、いつの間にかロングソードを構えていた。彼女は視線と手の振りだけでシアラに此処に残っているようにと告げた。


 そのままリザはバルコニーへと姿を消す。隣室とはバルコニーで繋がっている。廊下を使わなかったのは、レイが眠っている可能性を考慮して起こさないようにするためだろう。


 大げさな対応だが、用心しておく必要はある。この王宮ではすでに、暗殺が行われていた。王族ですら全容を知らない迷路のような抜け道や仕掛けが施されている。対抗勢力であるアフサルが、神前決闘に赴くレイに何もしないとは限らないのだ。


 とはいえ、流石に直接的な行動に出ないだろうし、仮に行動に出て死んでしまった場合、《トライ&エラー》が発動する。ある意味、暗殺甲斐の無い相手なのだ、レイは。シアラは隣室の物音はリザに任せて、自分は先程見た夢について考え始めた。


 あれを夢と表現するにはあまりにも生々しかった。肌を腐臭が混じる風が撫で、目には細かい砂塵が入りこもうとし、耳は遠くで続く戦場の音を拾い上げていた。


 まるで、あの場所に放り込まれたかのような臨場感があった。


(今のは、未来予知……なの?)


 これまでになかった種類の予知の仕方だけに、シアラは答えを出しあぐねていた。すると、バルコニーのドアが勢いよく開き、隣室の様子を伺いに来たリザが転がるようにして戻って来た。


「ちょ、ちょっと。どうかしたの、リザ」


「レティ! 起きてください、レティ!」


 問いかけに答えないまま、リザは同じベッドで眠っていた妹を揺する。眠りの国へと羽ばたいていた少女は、呼びかけに応じると瞼を擦りながら、


「なーに、お姉ちゃん。いま、何時なの」


「しっかりして下さい! 緊急事態です。レイ様が……ああ、もう、説明している場合ではありません!」


「え? ひゃあ!」


 レティの短い悲鳴にエトネも起きだした。萌黄色の瞳が眠たそうに何度も瞬きを繰り返した。リザはレティの襟首を掴むと、近くに纏めて置いてあった鞄を掴んだ。レティの革鞄だ。ポーションの材料となる多種の薬草や、完成品であるポーションなどが杖と共に入れてある。


「待ちなさい、リザ。事情を説明して、って。行っちゃったわ」


 シアラの制止の声を振り切って、リザはバルコニーへと駆けこむ。僅かな間を置いて、バルコニーからドアを破壊する音が聞こえ、レティが非難の声を上げたのは聞かなかった事にしようとシアラは決めた。


「リザおねいちゃん。どうかしたの?」


「分かんないわよ。でも、主様に何かがあったのは間違いないわ。ワタシたちも行きましょう」


 先程まで頭を悩ませていた未来予知の事を一端脇に置いて、シアラは杖を掴んでバルコニーへと出た。まだ寝ぼけているのか、足元をふらつかせたエトネがそれに続いた。


 王宮の庭園が一望できるバルコニーに小さな破片が散らばっている。おそらく、リザが無理やり押し入った時に砕けた破片だろう。


 それを踏まないようにしてシアラはバルコニーから隣室へと踏み入った。


「レイ様、落ち着いてください! ここは大丈夫ですから!」


「お姉ちゃん、そのまま押さえておいて! 今、麻酔の薬を用意するから!」


 隣室は彼女の予想を裏切るような有様だった。間取りや設えは自分たちが使っている部屋とさほど変わりないのだが、一点だけ大きく異なる所がある。


 ベッドの上に土足のまま膝立ちするリザは、レイを下に組み敷いていた。いつもなら、奴隷であるリザが主に対してそんな事はしない。


 その原因はレイにあった。


 ベッドに横たわるレイは衣服が破け、露出した肌に幾筋もの血の痕を浮かべ、気が狂ったかのように腕を振り回し、足は痙攣したかのように小刻みに震えた。リザはそれを押さえつけようと、レイの上に跨っている。


 何か、途轍もない事態が起きているとシアラは理解した。


「な、何があったの!」


 思わず、大声を出したシアラ。リザは視線をレイに向けたまま、シアラに助けを乞うた。


「分かりません。ですが、私が覗いた時には、もうすでにこの状態でした。エトネ! いるのでしたら、レイ様の腕を! シアラは何か柔らかい布を。このままでは舌を噛んでしまいます!」


 リザの指示に二人は大慌てで動き出した。激しく抵抗するレイの腕をリザとエトネが二人がかりで押さえつけ、シアラは手近にあった布を引き裂くとレイの口に押し込める。


「出来た! 皆、息を止めて!」


 一人、黙々と作業を続けていたレティは、円形の容器を手で押さえつつ、レイの顔にそれを近づけた。そして、全員が息を止めたのを確認してから、それをレイの鼻と口に蓋をするかのように押さえつけた。


 一瞬だが、隙間から薄い煙のような物が溢れる。どうやら麻酔の薬とは薬草を燃やした時の煙のようだ。


 それを鼻から吸い込むと、レイの目がとろんと、焦点が合わなくなった。同時に、リザとエトネの二人がかりで押さえていた腕からも力が抜ける。


「……これで、暴れる事はないはず。もう、手を離しても大丈夫だよ」


 即効性の高い薬らしく、急場は凌げたようだ。レティの言葉に二人は恐る恐るといった風に手を離す。それまで天に向かって伸びていた腕はだらんと力を無くしてベッドに投げ出された。


 彼女の言う通り、今のレイに暴れる気力は無い。それを確認すると、四人は一斉に安堵のため息を吐いた。そして、シアラは改めて状況を見回した。


 室内は、ベッドの上以外に争った形跡はなく、外部から侵入者が来た跡も無い。唯一の痕と言えば、リザが壊したバルコニーのドアぐらいだ。


「ねえ、リザ。一体、何がどうなってるのよ。何があったかは分からなくても、ここに来た時の状況を教えてよ。アンタが最初の目撃者でしょ」


 シアラの問いかけにレティとエトネも何があったのかと視線を向けた。リザはレイを心配そうに見つめつつ、


「私がバルコニーの窓から中を覗きこんだ時、レイ様はベッドから落ちて、苦悶の表情を浮かべていたわ。尋常ではない様子だけど、中には敵の気配も争った形跡もなく、かといって毒の類なら私では判断がつかないと考えてレティを連れに戻ったの」


「そう。それで、実際に毒だったの。例えば、心を狂わすとか、あるいは神経を高ぶらせる類の」


「違うよ。少なくとも、毒による喪心の類じゃない。……でも、普通の状態じゃないのも事実だよ。見て、この傷」


 レティがレイの衣服の破けた跡から覗く、薄い線のような傷跡を示す。


「これは、武器でつけられた傷ではありませんね」


「うん。これは引っかき傷。それで、これを見て。ご主人さまの爪の間」


 レティが持ち上げたレイの手。その爪先には皮膚の皮らしき塊と血が詰まっていた。つまり、レイが自らに付けた傷だという事だ。


「錯乱して、自分を傷つけた。多分、これは《トライ&エラー》の死に戻りのせい、だと思うんだ。違うかな、コウエン」


『相違無い』


 レティの問いに返事するように室内に幼い少女の声がした。それを六人目と呼ぶのが相応しいかどうかは分からないが、ベッドサイドに立てかけられていた龍刀コウエンに宿るコウエンがレティに語りかけた。


『相違無いが、所有者以外の者から呼び捨てとは不快ではあるな』


「うーん。それじゃ、コウエンちゃんでどうかな」


「レ、レティ! い、妹が失礼しました、コウエン様」


 首を可愛らしく傾けたレティ。そんな不敬な妹の頭をリザは強引に前へと傾けた。何しろ相手は無機物に宿る魂とはいえ、赤龍の記憶を引き継いだ存在。時代が時代ならば、神と人を繋げる存在だ。それを恐れ多くもちゃん付けとは。


 しかし、意外な事にコウエンの反応は予期していたものとは違った。


『良い。不敬なれど、気に入った。コウエンちゃん。何ともむず痒くも、面白い響きだ。そう呼ぶのを許そう』


 心の広い存在だと思ったリザだが、龍刀の奥で褐色の少女が意地悪そうに笑ったのを何故か想像してしまう。


『故に、リザとシアラよ。貴様らもコウエンちゃんと呼ぶことにせい』


「「コウエン様でお願いします」」


 ちゃん付けする気恥ずかしさから二人は即座に返した。


「……それで、コウエンちゃん。おにいちゃんは、やっぱり」


『うむ。其方らの予想通り、《トライ&エラー》を発動し、その死に戻りのイタミに我を失ったのだ』


 コウエンはレイと精神世界で繋がっている。彼女自身はレイの死亡時に未来の自分が戻ってきている訳ではないが、レイの死に戻った記憶を読み取る事は造作もない事だ。


『此度の死は、中々厄介でな。何しろ、あやつの振るう武器は古代の神器。13神が残した遺物じゃからな』


「ちょっと待って! それってまさか!」


 コウエンの零した言葉にシアラが血相を変えた瞬間、ベッドの上から呻く様な声がした。


 脳裏を過った人影すら忘れてシアラが振り向くと、ベッドの上でぼんやりと、焦点の合わない目をしていたレイに変化があった。黒い瞳が室内を一周している。


「ここは……戻ってきて……それで。……あれ? 何で皆いるの」


 あまりにも素っ頓狂な言葉に、全員が脱力する。つい先程まであった事を、当の本人が忘れているとは。


「こっちの説明は後よ、主様。それよりも、話を聞かせて。アンタが戦った相手の事を。全部、話してちょうだい」


 シアラの鬼気迫る勢いに、レイは表情を厳しくして頷いた。







 それから短く無い時間をかけてレイは死亡するまでの事を全て語った。一戦目の神前決闘。徐々に追い詰められていく中で鎧の男が口にした事から導き出した可能性。それが真実かどうかを確かめるために右腕一つを犠牲にして放った炎撃。それは鎧を破壊することに成功した。そして炎の中から現れたのは六将軍第二席ゲオルギウスだった。結局、それ以上の情報を引き出す事も出来ないまま二度目の死を迎えてしまい、今に至る。


 誰もが予想だにしていなかった未来に言葉を失ってしまう。沈黙が部屋を包む中、シアラがポツリと呟いた。


「……本当に、ゲオルギウス……なのね」


「ああ、間違いなく、ゲオルギウスだ」


 項垂れたままのシアラの表情を窺う事は出来ないが、彼女から立ち上る憤怒の気配に誰も言葉を掛けられない。彼女とゲオルギウスの間には壮絶な因縁がある。彼女にしてみれば、許し難い仇敵が現れたのだ。怒りに震えるのも無理もない。


 傍で話を聞いていたリザにはシアラの気持ちが痛いほど伝わってくる。彼女にも殺したいほど憎い相手が存在する。期せずして、それと相対する機会が訪れたとなれば、その心中は嵐のように吹き荒れることになって当然だ。


 そんな中でレイは話を続けた。


「どうしてゲオルギウスが帝国の将軍の振りをしているのか。他の六将軍達もこの国に侵入しているのか。帝国はこの事を知っているのか。そもそも本物の帝国将軍も居たのか。そして奴らの狙いが何なのか。その辺りは全く分からない。……リザ、君はどう思う?」


 リザに話を振ったのは彼女の来歴が帝国と深く関わっているからだ。全員の視線が集まる中、リザは眉尻を下げ、力無く首を振った。


 すると、話を聞いていたコウエンが言葉を発した。


『推論ではあるが、一つ可能性はある。というよりも、其方、忘れおったのか。この事は一度話したではないか』


「えっ!? そうだっけ」


苛立ちが混じるコウエンに急かされるようにして、レイは自らの記憶をひも解く。その答えは確かにすぐに出た。


「……もしかして、黄龍の事か」


「黄龍って、古代種の龍が一体。土を司る黄龍の事かしら」


歴史に詳しいシアラが己の知識を確かめながら口を挟んだ。


「でも、黄龍って、ある時を境に行方不明になったんじゃないの」


「それが違うみたいなんだ。コウエンとハヅミ曰く、黄龍は封印されたそうだ。それもアルビノ砂漠に」


レイはアルビノ砂漠で聞かされたエルフと黄龍に纏わる話を語った。少女たちはかつて存在したエルフの国が、あの悪魔の巣だったことに驚き、国を守る為に一人戦いを背負った女性の在り方に悲しみを抱き、そして滅んでしまったエルフの国を悼んだ。


『六将軍がわざわざ帝国の将軍とやらの姿を偽っている理由は不明だが、この地を訪れたのは間違いなく、黄龍の封印を解くためじゃろう』


「確か、九つの鍵なんだよね。それってどんな形状をしているんだ?」


レイの質問に対して、それまで淀みなく話していたコウエンが口を閉ざした。急な変わり様にレイは疑問を抱き、直後、何かに気が付いたように、


「ちょっと待てよ、コウエン。まさか、君も知らないのか、その封印の鍵について」


「そうなの、コウエンちゃん?」


「ちょっと待って、コウエンちゃん? 何時の間にちゃん付けしているの!?」


レティの口から出た衝撃的な語句に驚くレイを置き去りにして、コウエンは唇を尖らせつつ弁明をした。


『……し、仕方なかろう。封印の鍵を作り出したのは白龍で、妾じゃないのだ。その白龍も人龍戦役に死におったしな。エルフの国跡地を悪魔の巣などと呼んでいることから推察するに、おそらく鍵の行方は分からないじゃろうな』


「……そうか。まあ、どちらにしても、相手の目的が黄龍復活だとしても、それを食い止める以前の問題だ。アイツ相手に、神前決闘をどうやって勝てばいいんだ。……正直、今回ばかりはお手上げだ」


レイはベッドに寝そべりながら呟くと、シアラが気遣わしそうな視線を向けつつ尋ねた。


「珍しいね。ご主人さまが素直に弱音吐くなんて。それってやっぱり、死に戻りのイタミに関係しているの?」


「その通りだよ。……正直、訳が分からない。赤龍やフィーニスに百を超える数殺されても耐えられたのに、アイツにたった二回殺されただけで魂が千切れるかと思った。……あと数回殺されれば、それこそ本当に魂が消え去るかもしれない」


 《トライ&エラー》。レイがエルドラドに来た際に手に入れた技能スキルは、幾つか不明な点がある。その最たるものといえば使用回数に限界があるのかどうかだ。これまで、レイは死に戻りの際のイタミに耐えかねれば、そのまま魂が死に屈すると考えていた。逆を言えば、それを乗り越えれば理論的に無限に近い回数を繰り返せるかもしれないとも思っていた。


 ところが、ゲオルギウスに与えられる死だけは別なのだ。


 あれは我慢すればとか、耐えればとか、そんな精神論じみた話は通用しない。純粋なまでの蹂躙が、魂を傷つける。


「それは不思議ですね。確か、死に戻りのイタミの度合いは相手とのレベル差でしたよね」


 リザの確認にレイはその通りだと答えた。死に戻りのイタミは相手とのレベル差に比例してイタミが増す。この場合のレベル差とは、相手よりもレベルが上でも、下でも同じだ。つまり、同程度の相手に殺された場合、死に戻りのイタミは最低値となるのだ。


 かつて、ネーデの街でゲオルギウスと戦った時、レイのレベルは21。心臓を二つ潰されたことでゲオルギウスのレベルに影響があったのか不明だが、今では63まで上昇している。それでもイタミは凄まじいままだった。


 ゲオルギウス相手では四十上がった程度では誤差の範囲なのだろうか。


 これまで、特殊なイタミは幾つかあった。例えば、『七帝』サファによるリザ達を含めた一撃での全滅。同じく『七帝』フィーニスとの戦いでの《トライ&エラー・グレートディバイド》による蓄積されたイタミの解放などがそれに当たる。だが、ゲオルギウスとの戦いは、それらの特殊ケースとは別の、普通の死だ。


 レイ一人が、一度死に、戻ってくる。ある種の自己完結すらしている、いつものパターンだ。


 それなのに、魂が千切れるほどのイタミになるのは、それだけゲオルギウスとのレベル差があるからなのかとレイは呻く。


 ところが、それは違うとシアラが口を挟んだ。


「たぶん、そのイタミの原因はゲオルギウスとのレベル差じゃないと思う」


「……何か知っているのか」


「うん。……原因は、アイツの持つ槍のせいだと思う」


「槍? 槍ってあの持ち手の部分が絡み合って螺旋を描くようになっている槍の事だよな。確かに、あの槍は奇妙な槍だよな。融合したり、分離したりしていた。あれも何かの魔道具なのかい」


 レイの質問に対してシアラは首を横に振った。


「魔道具なんて代物じゃないわ。……あれは神の残した遺産。神器とか、遺物とか呼ばれる伝説の道具よ」


「……悪い。言っている意味が全く分からない。詳しく説明して欲しい」


「いいわ、って言いたいけど、ワタシも神器について良くは知らないの。だから、コウエン様。貴女から説明して下さる」


 指名を受けたコウエンが鞘に収まったまま口を開いた。


『神器、神の遺産、遺物と呼ばれるそれらは、何の事はない。ただのだ。お主らが知るように、無神時代が始まる前まで13神は直接、この地に舞い降りていた。それは人には出来ない世界の乱れを正すためであったり、人の手に余るモンスターを討滅するためであったり、新たなる理を紡ぐためだったりした。だが神とて全能では無い。それぞれに得意とする分野があり、司る物が違う。それを神の権限と呼んだ。分かりやすく言えば、神々が所有する技能スキルだと思えば良い。神器と呼ばれる道具は、このエルドラドにおいて神々が権限を発動するために持ち込んだ、形ある技能スキルである』


 レイはコウエンの言葉に、時を司るクロノスや、魂を司るサートゥルヌスの事を思い出す。彼ら以外にも、13神には火や水、風や闇を司る神が居るとアマツマラで購入した本に書いてあった。


『ゲオルギウスが持つ槍は、かつて死を司る神タナトスが、己が権限を振るう際に使用していた神杖の一種だ。それがとある理由から地上に置き去りにされ回収されずに、人の手を渡り歩くうちに槍として使われるようになったと妾は記憶している』


「それって触れれば死ぬとか、そういったふざけた機能でも付いているのか」


『死という点は間違ってはおらんが、対象が違うな。タナトスが司る死とは、人の死だけでは無い。存在するものを終らす死だ。ゲオルギウスが振るう槍は、言うなれば肉を持たない概念を死に至らしめる杖だ。思い出せ、二度目の死を。あの時、お主を守る《耐久》の加護は発動しなかったであろう。元の姿を取り戻した事で、本来の権限、概念殺しが発動したからじゃ。……ああ、そういう事か』


 急に何かに納得したかのようにコウエンは言葉を区切る。そして、考えを纏めるのに数秒を要してから再び口を開いた。


『死に戻りのイタミが尋常ではないのは、お主の技能スキル。《トライ&エラー》が壊されそうになっているからだろうな』


 コウエンは、彼女に宿る赤龍としての記憶をレイ達に語った。それは無神時代が始まるよりもずっと前、かつてエルドラドが神々の遊技場と呼ばれていたころまで遡った。


 神々の遊技場であった頃のエルドラドには多くの異世界人が招かれた。彼らは皆、特殊ユニーク技能スキルと呼ばれる異常な力を有しており、それを振るい二度目の生を謳歌していた。結果として、それはエルドラドに大小さまざまな混乱を招くことになった。


 例えば、人の心を魅了する技能スキル。例えば、人を呪う技能スキル。例えば、存在しない物質を生み出す技能スキル


 私利私欲のまま生み出され、振るわれた力の残滓は、所有者が死んだからといって効果を失わない時もある。むしろ死んだことで余計に深く、根を張るように残り続ける場合もある。


 そういった『招かれた者』の残響とでもいうべきものを打ち消す為に、生あるモノを終わらせる権限を持つ死の神タナトスはエルドラドを度々訪れていた。


 死の神という物騒な存在だが、実際はエルドラドにおいて一番貢献した神ともいえた。ところが、そんな神にも弱点があった。


 それは無類のギャンブル好きだ。


「ある時、魔人種のご先祖様がタナトス様に賭けを挑んで、巻き上げたのがあの槍っていう伝説があるのよ。あまりにも荒唐無稽だから誰も信じていなかったけど、主様から話を聞いて確信したわ。あの槍は本当に、死の神の遺物。あれに殺されると、主様の《トライ&エラー》が破壊されてしまう可能性があるわ」


「ちょっと待ってほしい。それだと理屈に合わないんだ。だって、僕が前にネーデでアイツと戦った時、僕は槍で殺されていない」


 ネーデの街でゲオルギウスと遭遇した時、レイは二度死んでいるが、どれも槍で殺されていないはずだ。一度目は睡眠時に死んでしまったため、確実とは言えないが、二度目は絶対に違う。所々、記憶が黒い靄に塗りつぶされているが、死んだ瞬間は鮮明に残っている。ゲオルギウスの足で、頭を果実のように踏みつぶされたのだ。


 槍で殺されたのではないのに、技能スキルが概念殺しの権限で傷つくのは矛盾していないかとレイは説明した。ところが、コウエンはそいつは厄介だとばかりにため息を吐いた。


『神の道具である神器。それを長きに渡り使い続ければ、何かしらの影響を受けていたとしても不思議ではあるまい。タナトスの杖に宿っていた概念殺しの権限が、ゲオルギウスにこびり付いたのだろう。普通なら、死は平等に一度だけだから、本人も知らぬ事実。しかし、お主だけは、《トライ&エラー》で死に戻れるお主だけは話が別だ』


「ゲオルギウスに殺される度に、技能スキルが発動し時を戻そうとする。でも、ゲオルギウスが知らずの内に獲得した概念殺しの権限のせいで技能スキルに負荷が掛かってるという訳ね」


 レイの《トライ&エラー》は時を巻き戻す技能スキルではあるが、二つだけ未来からある物を上書きしている。一つは死亡した瞬間までの記憶。そしてもう一つが技能スキルその物だ。時を巻き戻す事で体の状態などはセーブした地点まで戻っているが、《トライ&エラー》は使用した回数が増えて行っているのがその証拠だ。


「……最悪すぎるだろ、それ」


 万事休す。


 お手上げだ。死を繰り返す事で、死を積み重ねる事でしか勝利を掴めなかったレイの、最大にして最悪の相手だ。死に続ければ、技能スキルその物が破壊されてしまう。


 まさに天敵。


 ベッドに身を投げ出しているレイを慮って、皆は何も言わなかった。息苦しいだけの沈黙が破られたのは、レイが呟いた一言だった。


「ダリーシャスとローランさんに状況を話そう。これは、僕らだけでどうにかできる問題じゃない」


「状況を話すというのは……それはつまり」


「うん。《トライ&エラー》の事についても、話そう。多分、来るべき時が来たんだと思う」


 その意見に反対する者は誰も居なかった。


読んで下さって、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ