閑話:冒険王 奴隷時代Ⅲ
奴隷による反乱を起こすと決めたはいいが、問題は山のように残っている。
ざっと思いつくだけでも、人員、武器、日程、情報、作戦と何もかもが白紙に近い。ほとんど、子供の思い付きに近い。実際、思いついたのは子供である自分なのだが。
(反乱と一口に言っても、幾つか超えなくちゃいけないハードルはある。まずは、俺の計画に賛同してくれる人員を集めないといけない。一人で考えつくことには限界があるし、やれることの幅も狭まる。でも、だからといってやたら滅多ら声を掛けても駄目だ。兵士にばれれば殺されてしまう。口が堅く、信頼が置ける者達となれば……まあ、兄弟ぐらいしかいないよな)
兄弟たちの起き抜けの様子を思い出す。皆、一様に押し黙った、何かを堪えるかのような表情をしていた。くろまるの死に思う所があるのだろう。だけど、それはこの地獄ではありきたりの悲劇であり、日々の苦役の中で埋もれて行く過去となっていく。痛みは最初は鋭くても、いずれ鈍くなる。口に出せば、辛さと惨めさが増すだけだと兄弟たちは諦めていた。
そんな彼らを説得して、自由のための反乱を呼びかける。これは並大抵では出来ないなと安城は気合を入れる。
(次に問題なのは、情報だ。奴隷の子供である俺達にとって、世界はこのすり鉢状の盆地だけ。あの丸くなった縁の向こうに、何があるのか知らない。ここがどんな国の、どんな場所なのか知らない。兵士の数も、何も知らないのだ)
情報収拾するには、上の世代の、外からやって来た奴隷たちから話を聞きだす必要がある。だけど、今のままでは上の世代と接触することもままならない。なぜなら、子供と大人の奴隷は、住む場所から、仕事内容まで別なのだ。唯一、接する事が出来る大人の奴隷は女性だけだが、近づけるのは苦役の最中で、仕事中に私語をすると兵士が飛んでくる。
夜になれば掘立小屋は別だ。わざわざ大人の掘立小屋に行き、外の話をせびる子供を、周りは不審がるだろう。
(そして、一番の問題は反乱が成功した場合だ。成功したという事は、つまりここで働く兵士たちを殺したという事になる)
理想的なのは兵士たちを殺さずに捕縛し、国と交渉をする事だが、こんな地獄のような状況を生み出す国だ。理性的な話し合いが成立するとは思えない。やはり、兵士たちを殺してでも、自由を手に入れるしかない。
(だとしたら、確実にお尋ね者だ。反乱を成功させるには大勢の奴隷の協力が必要だけど、どうやって安全な場所に逃がすのか。安全を確保しなければ、反乱は成功したといえない)
そこまで考えてから、安城は思考を止めた。
考え過ぎだ。まだ、反乱への一歩目すら踏めていないというのに、その遥か先の事ばかり考えて悩んでいる。まずは、兄弟の意思を一つにするべきだ。それすらままならないなら、どうにもならない。
安城は、今夜、皆の前で話そうと決意を固めた。
「……にーにーの言いたいことは分かったけど、僕ははんらんなんて止めた方が良いと思う」
消極的な、それでいて岩のように固い意思を感じさせる声に、安城の頭は殴られたような衝撃を味わった。日はとうの昔に沈み、安城の兄弟たち、総勢十六人が寝起きする掘立小屋では子供たちが車座になって座っていた。
安城が真剣な話があると前置きした上で、兄弟たちに此処から脱出して自由を手に入れるために反乱を起こそうと呼びかけた時、彼は手ごたえを感じなかった。皆の表情が曇り、戸惑った様子だったのが引っ掛かる。
そんな中で代表するように、鼠人族の少年が先述の言葉を告げた。皆からはネズと呼ばれている。
「どうしてなんだ、ネズ。お前だって、こんな環境は嫌だろ。奪い、奪われるだけを延々と繰り返して、弱い奴から死んで。そんな螺旋を昇った所で、待っているのは死なんだぞ」
「それは分かってるよ。そんな事、ここで生まれた時から、みんな知っているさ。でもさ、仕方ないじゃないか。そんな場所で生まれたんだから」
「な……なにを……言っているんだ?」
「ここで生まれたから、そうやって生きて、そうやって死ぬ。それ以外に、僕らに生きる道なんて無いんだよ。そりゃ、確かにくろまるが死んで、くろまる以外も死んで、その度に悲しいけどさ。悲しいなんて忘れられるんだよ。朝起きて、水でのばしたスープを飲んで、夕暮れまで働いて、疲れて眠る。そうやって同じことを繰り返したら、悲しいことも耐えられるようになるんだ。それで生きていける」
ネズの言葉に、多くの兄弟が同意した。
彼らはこの地獄に対して折り合いを付けていた。ここで生まれた以上、ここでの生活に、掟に従うしかない。悲しみは日々の生活で紛らわせばいいのだと、この年で辿り着いていた。いや、辿り着くしかなかったのだろう。そうする以外、心の均衡を保つ術を知らないのだ。
「それにさ、僕らももうじき、大人の仲間入りするだろ。そうすりゃ、今度は僕らが奪う側になるんだ。いまみたいに、大人たちに奪われるだけじゃなくなるから、今よりマシな生活になるよ」
またしても、ネズの言葉に同意が波のように押し寄せた。
ところが。
「……私は、そんな事、したくないな」
その波を堰き止めるように呟きが漏れた。俯きがちに呟いたのは、兄弟の中でも大人しい少女のビクだ。臆病な性格で、大きな音や声にビクビクしている所か、そう呼ばれている。いまも、皆からの視線に体を震わした。
「ビク、それってどういう意味なんだよ」
「う、うん、とね。私は、よく赤ちゃんの世話を頼まれるんだ」
人間族である彼女は、背も低く、力も弱いため鉱石運びといった力仕事は任され難い。その点、くろまるは雑種とはいえ獣人種だったためよく駆り出されていた。
「赤ちゃんってね、本当に何もできないんだよ。お腹がすけば泣いて、漏らしたら泣いて、何もしなくても泣いて。こっちが世話をしないと、直ぐに死んじゃいそうなぐらい、弱くて……でも、可愛いんだ。泣かないときは、いつもニコニコと笑ってくれるんだ。……そんな子たちから、私達は奪うの? 生きていくために? それがここでの掟だから?」
いつの間にか、ビクの体から震えが収まっていた。いつもなら伏し目がちの瞳が真っ直ぐと安城を射抜く。その力強さに、この幼い少女のどこのこんな力があったのかと驚いた。
「私はにーにーと同じ。奪わなくても済む、そんな自由が欲しいよ」
ビクの意見に女の兄弟たちが頷いた。彼女らも、赤ん坊と接するうちに、似たような感情を抱いたのかもしれない。思い返してみれば、奪い、奪われる螺旋において、大人の女性はあまり加わっていなかった。五歳以下の子供たちを率先して守っていたのも、女性の奴隷だ。彼女らも、ビクと同じ感情を抱いていたのだろうか。
対称的にネズは女性陣の考えに共感できないとばかりに首を捻った。
「で、でもよ。やっぱり、兵士に逆らって、外に出るなんてな。外に出て何があるんだよ」
「自由だ。こんな地の底で区切られた空を見上げる以外に、もっと広い大地で、限界なんて無い程の大空を見上げられる。それが自由だ」
やはり、ネズを含めた慎重派には、それがさほど魅力的には映らないのだろう。不安そうに、兄弟で目線を交わす。手応えは鈍い。ところが、それまで黙っていた者が口を開いた。
「僕は参加するよ」
「おいおい、まじかよ、デクノ!」
ネズが驚いた様子を見せるが、安城も内心では驚いていた。デクノと呼ばれた少年は、兄弟の中で一際大きいのだが、少々のんびりとした性格の持ち主で、争い事や喧嘩からはいの一番に逃げている印象だった。
そんな彼が絞り出すように自分の思いを続けた。
「いつもさ、にーにーがお話をしてくれるだろ。モモタロウとかウラシマタロウとか。あれを聞いていて、いつも良いなぁ、って思ってたんだ。だって、彼らは大きな塩水の塊を知っているし、モンスターだって見た事あるんだよ。ここに居る限り、僕らにそんな機会は絶対に来ない。……そんなの、やだよ。生まれた場所が悪いから、全部諦めるなんて、絶対に嫌だ」
兄弟の中でも、一歩引いた子の切実な思いに、同調する意見が出た。皆、諦めれば楽になれるという思いと、諦めたら何もかもが終わってしまう恐れの、両方を抱えていた。その天秤が音を立てて崩れる。
残ったのは、ネズを始めとした慎重派の兄弟だけだ。
安城がネズに声を掛けた。
「お前が、本当に参加しないのなら、それでも構わない。その代り、今夜のことは忘れてくれ。お前たちもそうだ。兵士や、他の奴隷に話さず、忘れてくれ。……だけど、その前に聞かせてくれ。本当に、これでいいと思うのか。こんな風に、くろまるや、他の兄弟たちがあっけなく死んでいくのが、正しいと思うのか」
「そんな訳! ……そんな訳あるかよ。僕だって、思ってるよ。こんなの変だって。でも、誰も、それを言いださなかったじゃないか」
「ああ、そうだ。でも、今日からは違う。俺はこれが間違っていると声に出す。行動に移す。お前はどうしたいんだい」
安城の問いかけに、ネズはつぶらな瞳で順に兄弟たちの顔を見つめた。
「……もう、兄弟の誰かが、居なくなるなんて事のない、そんな場所へ行きたい。誰かに奪われなくて、誰かから奪わなくても済む、そんな場所へ」
「なら、行こう。そこに自由はあるんだ」
差し出した手を、ネズは迷いながらも、躊躇いながらも、しっかりと掴んだ。
その手に兄弟たちの手が重なっていく。十六人の兄弟の絆を示すかのように、固く、重なった手。伝わってくる血の鼓動に、体温に、安城は誓いを立てる。
「俺達は、生きてこの場所を抜け出す。自由のある場所へと向かうんだ。その日を迎えるまで、誰も死ぬな」
それがどれだけ難しい事なのかは、ここで生きて居る者ならすぐに理解できる。それでも、安城は皆にそれを誓ってほしかった。兄弟たち、全員でここを脱出するのだと、全員で誓い合いたかった。
言葉に出来ない思いをくみ取った兄弟たちは、無言のまま、首を縦に振った。
かくして、僅か十六人の同志たちによる反乱計画は幕を開けた。
まず、初めに取り組まなければならなかったのは、仲間集めだ。奴隷全員を味方に引き入れる必要はないが、それでもある程度の頭数は必要だ。盆地に居る兵士たちを速やかに殺し、武器を奪い、状況を整えるまでの時間を稼ぐためにも、少なくとも八十人程度は必要だ。
それだけの人数が居れば、反乱を知らされていなかった奴隷たちも、状況に流され武器を取り、こちらに味方する。仮に、人数が少なければ、逆に奴隷たちの手によって始末される恐れがあるのだ。かといって、人数を闇雲に多くすれば、反乱を起こす前に情報が漏えいする恐れもあった。
八十人というのは、リスクを最小限に抑えつつ、集められる最大人数だ。
問題は、その八十人をいかにして集めるかだ。
大人の奴隷は、信用ならないと兄弟たちは口を揃えて言う。
「あいつらはくろまるの隠していた食料を、力づくで奪いやがった。あんな奴ら、兵士と変わんないよ」
ネズの意見に皆が同意した。いまの兄弟からすれば、上の世代は皆、奪う側の存在なのだ。奪われる側に回ってしまう自分たちにすれば、恐怖の対象だ。それを味方に引き入れるのは難しい。
実際の所、奪い、奪われる螺旋に居る限り、奪える側に居る大人たちを仲間に引き入れるのは難しいと安城も感じていた。ヒエラルキーの上位に位置する者が、下位の誘いに乗って危ない橋を渡ろうとはしない。
そうなると、仲間に引き入れるのは上ではなく下の世代になる。
「じゃあ、下の子たちを誘うの?」
ビクの問いかけに安城は頷いた。この螺旋に取りこまれていない無垢な子供たちこそ、未来の仲間なのだ。
「僕らが感じている、この理不尽への怒りは、きっと下の世代にもあるはずなんだ。それを抱えている子を見つけ、説得し、自由への反乱が起こせるんだと理解させるんだ」
下の世代の勧誘には女性陣が当たる事になった。子供の世話を任されることが多く、男女の区別なく、接する機会がある。
「次に用意するのは情報だ。この採掘場がどんな国にあって、どんな場所にあって、どんな立地になって、どれだけ兵士が居るのか。それを知っているのは外から来た奴隷だけだ」
「でも、僕達が上の奴隷たちと話せる機会なんて無いよ」
「いまは無い。でも、あと数年もすれば、俺達は大人と同じ扱いになるだろ。そこを狙うんだ」
この採掘場では、兄弟たちが子ども扱いされている時はその年頃事に固まって寝起きしている。だけど、大人扱いされるようになれば、作業を共にする班ごとに寝る場所が変わるのだ。つまり、兄弟がバラバラになる。
「それを利用するんだ。班で別れるから、各々で情報を収集するんだ」
「え!? そ、そんな事、僕に出来るかな」
「馬鹿。さっきまでの威勢はどこに行ったんだよ。やるしかないんだよ、もうな」
「手に入れた情報は俺の所に知らせてくれ。それを整理して、作戦を立てる」
安城がそう言った時、ビクから待ってと声が掛けられた。
「知らせるって、口で説明するの? 兵士の前で?」
ビクの問いかけに、安城はしまったと顔を歪めた。いくら警戒が緩んでいる兵士たちとは言え、流石に眼前で反乱を匂わせるような会話をしていたら気が付くだろう。兵士だけじゃない。他の奴隷の耳にも入れば、密告されるかもしれない。
「秘密の連絡方法を作らなくちゃいけないな。……でも、どうやって」
真っ先に思いついたのは暗号だ。例えば、数字と単語を絡め、字をずらせば意味不明な文章が読めたり、あるいは穴の開いた紙を暗号文に当てれば言葉が出る。しかし、思いついたのはどれも、文字を知っている事が前提の暗号だった。
安城を含めた兄弟全員がエルドラドにある文字を知らない。ここでは言葉を音として学ぶことはあっても、文として学ぶことは無い。外から来た奴隷の中には字を知る者もいる。
(でも、外から来た奴隷から字を学んで、暗号を作って、それを皆に教えるなんてまどろっこしい方法じゃ、時間が足りない)
せめて、どちらか片方に絞れば可能性はある。だけど、この地域で使われている文字を習ったとしても、それを兵士が知っている確率は高い。やはり暗号は別に必要になる。
(文字と暗号。どちらかを教えるとしたら、まずは文字だ。でも、この辺りで使われている文字を教えれば情報が漏えいする可能性もある。……どこかに、誰も知らない文字が無いか)
そこまで考えて、安城は気が付いた。
発想を転換させればいい。
既存の文字を教えるのではなく、未知の文字を教えればいいのだ。
この世界の誰もが知らない、新しい言葉を、彼らに教えればいいのだ。
心臓が興奮で高鳴る。頭の中で電灯が点滅するかのような激しい光が繰り返される。
(待て、待て待て待て。落ち着け、冷静になるんだ。……アイディアとしては悪くない。ローマ字を元として、日本語の文法を用いれば、俺でも説明できるんじゃないか。そりゃ、時間は掛かるけど、皆が別れる二年後までには、間に合うんじゃないか)
頭に浮かんだのはまだ形として定まっていないおぼろげな新しい文字。この世界に存在しない文字を広めると言う行為に、不謹慎にもはやる気持ちが押さえきれなかった。思考の海へと潜っていると、ネズが安城を呼ぶ声で意識は浮上した。心配そうな視線を向ける兄弟に詫びると、
「伝達方法はまた今度決めよう。もう、随分と遅い時間になってしまった。明日も仕事は山のようにあるんだ。……でも、寝る前に言っておかないといけないことがある」
安城の真剣な声に、皆は身を乗り出して話を聞く。
「反乱を起こせるのは短く見積もっても、十年後だ。いまのままじゃ、兵士に太刀打ちできない。僕らが成長し、下の世代も成長して、初めて兵士たちと戦える。それまで、待つことは出来るか」
「当たり前だろ。一度やると決めた以上は止まらないよ」
ネズの言葉に、全員が頷いた。
安城の言葉は正しかった。反乱が起こせるようになるまで、実に十年以上の月日が流れた。
雪の重みで簡単に潰れる掘立小屋で誓い合った子供らは立派に成長していた。
安城の読み通り、兄弟たちは作業をする班ごとに分けられ、螺旋に組み込まれることを強要されそうになっていた。だけど、彼らは下の世代を守る為に、奪われる側になったとしても、奪う側に回る事だけはしなかった。その気高い精神と、自由への渇望は失われることなく、兄弟たちの胸の内に宿っていた。
読んで下さって、ありがとうございます。




