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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第7章 熱砂の国
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閑話:冒険王 奴隷時代Ⅱ

 真夜中の採掘場。人気が全くない、奴隷たちに許された僅かな居住区の片隅で、安城は首元に刃を突きつけられていた。磨き上げられた刀身は青い月を反射し、子供相手にも殺気を放つ侵入者は、顔を隠すターバン越しに鋭い視線を向けている。


 まるで、死が手足を付けたような存在だなと、安城はぼんやりと思う。


 安城が安城だった頃、世界を回る最中に命の危機はあった。政治的に不安定な国で、拳銃を向けられ、肩を撃ち抜かれたこともあった。エルドラドに転生してから、兵士や大人の奴隷から容赦ない暴力を受け、死にかけた事もある。


 だが、眼前の不審者から放たれる殺気は、そのどれよりも濃密で、息苦しい。それだけで心臓が握りつぶされそうな圧力も感じ、安城は怯える事すら忘れ、呆然と立ち尽くしていた。


 それが侵入者には不気味に映ったようだ。刃を突きつけられ、口を押さえられている状況で、動じない子供に苛立ったように呟いた。


『妙な童だ。この状況で怯えないとは。まあ、こちらとしては騒がれずに済むのだが。……いや、まて。こんな童相手では言葉が通じないか。ちぃ、面倒だな。……どこかに捨てるか』


 物騒な単語に反応して、安城は我に返った。捨てるとは、殺すという意味だろうか。だとしたら、非常に困る。眠りから跳び起きた様に慌てている安城を見た不審者は、まさかという思いで尋ねた。


『お前、エルフ語が通じるのか!? ……信じられないな。もし、理解できているのなら、片目を二回、閉じてみろ』


 冷静さを幾らか取り戻した安城は相手の指示に従い、片方の瞼を二度、瞬きをした。そこでようやく相手は意思疎通が出来ていることに理解してくれた。


『言語に関する技能スキル持ちなのか。だとしたら、こいつは助かったな。……童。大きな声を上げないと約束できるなら、この手を離してやる。どうだ、出来るか。出来るなら、瞬きを三回、してみせろ』


 言われた通りに瞬きを三回してみせると、侵入者は安城の拘束を解いた。新鮮な空気を肺に送り込んでいる間も刃は首元から微動だにしなかった。


 深呼吸を繰り返していると遠くから見回りの兵士が持つランタンの明かりが見えた。


 夜間の外出は用を足すぐらいは認められるが、原則禁止となっている。その上、侵入者と一緒の所を見られれば、殺されてしまう。


 安城は侵入者の裾を引っ張り、ランタンの方向を指差す。侵入者も遅れて気が付いた様子だ。安城たちの居る付近は松明も焚いておらず、薄闇に包まれているが、それでも近づいて来たら見つかってしまう。付近に隠れるような場所は無い。


 万事休すかと歯噛みする安城の体がひょいと持ち上がった。


 侵入者が安城の首根っこを、猫を掴むように持ち上げていた。いくら子供とはいえ、猫とはサイズが違うというのに、片手で掴んでいる。


『少し、動くぞ。舌を噛まないように、注意しろ』


 何をするんだと尋ねる前に、答えが出た。なんと、侵入者は安城を掴んだまま、斜面へと走り出した。採掘場は、盆地の底は平地だが、上に伸びて行く斜面の傾斜は垂直と見間違うほどに急だ。普通は斜面に打ちつけてある段々状の足場を伝って上に行くのだが、この侵入者は斜面を蹴上がった。爪先で踏むのと同時に飛ぶ。右手には剣を握り、左手に安城を掴んだまま、足だけを使って斜面を登っているのだ。


 あまりの出鱈目ぶりに、不謹慎にも安城は興奮していた。異世界ならではの、物理法則と常識を捻じ曲げた身体能力を目の当たりにして、日々の苦役に乾いていた心に潤いが戻った。


 不審者は目的地である横穴に飛び込んだ。


 風のような速度で暗闇の中を突き進むと、急に足を止めた。荷物を投げるかのように安城は地面へと落とされた。尻餅をついた少年は、闇の中で身動きも取れないまま、視線だけはあちこちへと向けていた。月の光も射し込まない横穴は、動物の腸に迷い込んだかのような不気味さを感じさせる。


 数度、石と石が擦れる音がすると、闇を打ち払う灯りが出現した。振り返れば、不審者が火打石で壁に掛かっていた松明に火を付けていた。


『さて。ここなら邪魔されずに、腰を据えて話が出来そうだな』


 不審者の言葉に同意する。


 採掘場の横穴は、昼は奴隷や兵士らが詰めているが、夜になれば無人の空間となる。どうやら、飛び込んだ横穴の最奥らしく、ここまで来れば話し声も、灯りも外に漏れる事は無いはずだ。


 オレンジ色の松明に照らされた不審者を、安城は改めて直視した。


 擦り切れ、修繕した跡が幾つも見える外套で体を覆い、顔を隠すためかターバンで顔を隠している。そのせいで性別や年齢は全く不明だ。声の張りや、喋り方からすれば成人男性のように聞こえる。子供相手というのに、刃と同じ鋭さを持つ怜悧な視線がターバンの隙間から放たれているが、安城はその視線を意に介していなかった。


 彼の視線は、ターバンの横から突き出ている、特殊な耳に注がれている。


 月明かりの下で見たのは間違いない。鋭く尖った耳に安城の声は震えた。


「や……やっぱり、それって、本物の耳、なのか。アンタは……エルフなんだよな」


 口にすると、煙のように消えてしまうのではないかと恐れつつ、それでも尋ねずにはいられない。すると、侵入者は―――エルフは頷いた。


『その通りだ。俺はエルフ族の者だが、訳あって名と顔は明かせない。……ふむ、その反応からするとエルフを見たのは初めてのようだが……まあ、いい。尋ねたいことがある』


「……な、何が聞きたいんだ」


 身構えた安城に対してターバンの隙間から視線を送るエルフの双眸が和らいだように見えた。


『落ち着け。別段、取って食う気じゃない。……この鉱石発掘場でエルフが連れてこられたかどうかを知りたいんだ』


 な質問に、安城は思わず何だってと聞き返してしまった。その反応にエルフは戸惑いを隠せないように首を傾けた。


「あんた、本気でそれを聞いているのか」


『随分と、ご挨拶だな。どういう意味だ』


「ここは鉱石を発掘するだけの場所だ。やる事は日がな一日、採掘作業。そんな誰にでも出来る仕事の為に、わざわざエルフを使う奴がいると思うのか。少なくとも、俺がここで生まれてから、ここでエルフなんて見た事ないし、居たなんて噂話も聞いた事ない」


 エルフは大抵の物語で美男美女として描かれる。エルドラドでも同様なのか知らないが、もしもそうならば、そこに奴隷と言う単語が絡めば、どんな扱いを受けるのか自ずと思いつく。得てして、金を持った欲深の暇人共は、脂ぎった情欲を抱え込む。どう考えても、こんな土と岩しかない場所にエルフは不向きの筈だ。


 安城に指摘されたからか、あるいは空振りだと分かったからか侵入者は壁に背中を着け、そのままずるずると腰を下ろした。


『……そうか。くそっ。ここも違うとなれば、この辺りの怪しい場所は全部回った事になるというのに。……やはり、海を渡ったのか』


 苛立ちを隠そうとしないエルフは拳で地面を叩く。それだけで、横穴が震え、天井から細かい破片が落ちてくる。


 エルフが膝を抱えると、外套が捲れ、中に着込んでいた衣服が隙間から見えた。外套と同じだけ使い古したそれらは、この男が歩んだ道程を物語っていた。いつの間にか、あの息苦しいまでの殺気は消え、代わりに精魂尽き果てたとばかりに身を投げ出す男が居た。


「俺が言うのもなんだけど、元気だしなよ。何があったのか知らないけど、その様子からすると誰かを探しているんだよな」


『……ああ、そうだ。同胞を二人。探して回っているんだ。もう、二十年になる』


 二十年とさらりと言われ、驚き固まる。だが、直後に相手がエルフだという事を思い出す。物語では長命とされているエルフなら、もしかすると二十年は瞬きのようにあっという間に過ぎ去る時間なのかもしれない。


 安城はへたり込むエルフに合わせるように座った。刃を突きつけられ、とんでもない殺気を浴びせてきたエルフに対して、同情が湧いていた。同胞の為に旅をし、自らの無力さに嘆く姿が、くろまるの死に嘆いていた自分と重なって見えたのだ。


「その、探しているのは、アンタの家族かなんかなのか」


『いや、違う。集団から逸れた同胞だ。大移動の最中に、姿を消した。居なくなった事に気が付いた時は、もう奴隷商人に掴まった後だった。他にも捕まってた奴は、この二十年で助けたり、死んだりしたのを確認した。だけど、あと二人が見つからないんだ』


「大移動ってなんだ?」


 そう尋ねると、今度はエルフが不可解だと言わんばかりの視線を向けて来た。しかし、直ぐに何かに気が付いたように、


『ああ、そうか。童はここで生まれたと言っていたな。なら、外で何が起きていたかは知らないのも無理はないか。……昔、エルフには美しい国があった。緑豊かな、不敗の王国。それが八十年ほど前に……滅んだ。滅んでしまった』


 エルフの語気が強まる。どうやら語るのも辛い記憶らしく、ターバンの隙間から覗く双眸が険しくなった。


『国土は蹂躙され、人の住めない荒れ地と化した。周囲の国々は救援の手を差し伸べる事は無く、槍と弓を構えていた。だから、俺達は国を棄てて、移住することになった。エルフが住める土地を求めて、彷徨い歩いた。それを大移動と人々は呼んだ』


「それじゃ、アンタはその民族大移動の時に逸れて、奴隷商人に掴まった同胞を探して、助けようとしているんだ」


 そうだ、と頷くエルフに安城は尊敬の念を抱く。危険を顧みず、仲間の為に戦うというのは、この奪い、奪われる螺旋に囚われた安城には眩しい物に見えた。


「羨ましいな。まるでエルフの護り手だな、アンタは」


 ふと、護り手という単語が口を突いて出た。口にしてから、首を傾げた。どこかで、それに近い何かを聞いたなと引っ掛かりを覚えたのだ。答えは直ぐに出た。


 エルドラドに転生する前、アネモイから聞かされた『七帝』の内が一体、『守護者』と呼ばれる存在だ。アネモイは『七帝』の二つ名は教えてくれたが、それが何処に居て、どんな存在なのかは秘密にしていた。それを知っていく過程も世界救済に必要な事だと説明した。


 この広大な世界の何処かに居る存在を、二つ名だけで探し出せと言うのかと改めてため息を吐いてしまう。そもそも、この閉じた螺旋から抜け出さなければ意味がないというのに。


(どうして、こんな場所に俺を転生させたんですか、って聞きたくても聞けないんだよな。神域とかいう場所に向かわないと神とは対話できない、だったかな)


 安城は再度ため息を吐いていると、妙な視線に気が付く。顔を上げればエルフがターバンの隙間から驚いたような視線を向けていた。萌黄色の瞳が丸くなっているのがおかしかった。


「どうか、したのか?」


『い、いや。何でもない。……ここにエルフが居ないというのなら、もう用は無い。俺は行かせてもらうとするぞ』


 そう言って立ち上がるエルフに安城は待ってくれと告げた。


『……俺に何か、用か?』


「頼みがあるんだ。……俺達を、兄弟を助けてくれないか!」


 安城は両手を地面に着け、そのまま頭を下げた。土下座がこの世界で通じるかどうか知らないが、この際関係なかった。


「あんたが凄く強そうなのは、今までの動きを見ていて分かる。その力を見込んで、どうか頼む。俺達を、この地獄から助けてくれ!」


『断る』


 エルフは考えるそぶりも見せず、まるで安城の頼みを先読みしていたかのような速度で返事をした。顔を上げた安城は絶望に染まりながら、どうしてと尋ねた。


『どうして? どうしてだと。それこそどうしてだ。縁も所縁も無い童に頼まれたから、誰が力を貸すというのだ』


 無情な言葉だ。


 しかし、正しい。


 彼は同胞エルフを助けに来ただけであって、奴隷を解放するために戦っているのではない。


『助かりたいなら、自分でどうにかしろ。そのために考える頭があり、動く手があり、歩く足があるのだろ』


「でも、今の俺はまだ子供で。力も体力もないのに」


 安城の言葉にエルフはターバンでも抑えきれないため息を吐いた。


 そして振り返ると、告げた。


『だったら、力をつけろ。どれほど厳しい状況でも、いつかは潮目が変わる。その時に備え、力を蓄え、そして周りを使え。一人でどうにもできないのなら、周りを頼れ。どうせ、一人の人間に出来る事はタカが知れている。何より、誰か一人に何もかもを背負わせるようなやり方は、上手く行くはずがない。途中まで上手く行ったとしても、その分、悲劇的な破綻を招くだけだ。それは歴史が証明している。……言っておくが、この場合の周りに俺は含まれないからな』


「周りを頼るって言っても、そんなのどうすれば」


『そんなもの俺が知るか。貴様が考える事だ、童。自分がどうしたいのか、まずはそこを考えるんだな』


 言うなり、エルフは松明の火を消した。再び闇に覆われる横穴の中、安城は自分が掴まれたことに気が付く。


『このままここに居て、朝を迎えれば俺が侵入したことがばれてしまう。貴様を塒まで連れてってやるから、案内しろ』


 安城は素直に捕まったまま、自分が寝起きしている居住区の掘立小屋を教えた。エルフは闇の中だというのに、まるで全てが見えているかのように横穴を駆ける。おそらく、全てが見えているのだろう。


 勢いを弱めることなく、一気に駆け抜けると、そのまま宙を舞った。重力のしがらみを断ち切り、自由な飛翔に安城は心が躍った。


 これが異世界だ。


 不条理な死が蔓延する一方で、常識外の力が存在する。これを求めていたのだと思い出した。


 空中浮遊は一瞬で終わる。安城が教えた掘立小屋の前に、狙いすましたかのように着地をした。どんな技術を使ったのか、音を立てない。


『そら、着いたぞ。……とりあえず、礼は言っておく。貴様のお蔭で、余計な手間をせずに済んだ』


「それはどうも。……その、同胞が見つかると良いね」


『ああ。お前も、生きてここを脱出できればいいな。じゃあな、童』


 待ってと口にするよりも前にエルフは消えた。風のように現れ、風のように去った。


「自己紹介すら出来なかったな。……周りを頼れ、か」


 つい数秒前まで、そこに居たエルフの足跡を消すと、安城は掘立小屋へと戻る。寝床に入り、かび臭いシーツに包まりつつ、エルフの残した言葉がリフレインしていた。


 その夜、寝息を立てる兄弟とは反対に、彼は眠る事は出来なかった。






 朝を迎えれば、奴隷たちは入力されたプログラムを実行するマシーンのように動き出す。今日は道具の手入れを命令された。


 つるはしの欠けた部分を研ぎながら、安城は近くで雑談をしている兵士たちに耳を傾ける。


 朝の様子や、盗み聞きする限りでは、エルフの侵入が兵士に発覚した形跡は無かった。


 この採掘場がどれ程の規模で、盆地の外がどうなっていて、どれだけの兵士が居るかは知らないがエルフの侵入者は誰にも気づかれることなく立ち去ったという事だろう。それだけで、あの男が相当な手練れだと証明している。


 やはり、泣きわめいてでも協力を取り付けるべきだったなと安城は後悔していた。


 とはいえ、彼との出会いは得難い経験となっていた。


 周りを頼れ。


 考えてみれば、当たり前の、それでいてこの環境下では思いつけなかった事実をエルフは教えてくれた。


 この採掘場では、おかしな現象が起きている。兵士の総数がどれ程か不明だが、少なくとも盆地の中にいつも居るのは八十人前後だ。一方で奴隷の数は、大人の奴隷だけで二百人は居る。


 数で、奴隷が勝っているのだ。


 管理も杜撰だ。


 奴隷たちは所有者を示す首輪と識別するための管理番号を振られているが、足枷を嵌められたり、夜間の外出を防ぐために小屋に鍵を付けられたりはしていない。一応の規則として、作業終了時につるはしやスコップなどの道具は回収され、鍵付きの箱に仕舞われるが、そのどれもが手入れされ、人の命を簡単に奪える鎌のようにも見える。


 奴隷たちが一致団結すれば、簡単に反乱が起きそうなぐらい、緩い。


 それなのに、この採掘場で反乱が起きる事はありえなかった。


 奪い、奪われる螺旋がある限り、それはあり得ない。


 生きていくための物資は限られ、量は少ない。全員を生かそうとすると、全員が生きていくのに必要な量を下回ってしまう。だから奪い、奪われる螺旋は生まれてしまった。


 強い大人は弱い大人から奪い。


 奪われた弱い大人は子供から奪い。


 奪われた子供は弱い子供から奪い。


 奪われた弱い子供は誰からも奪えずに死んでいく。


 この採掘場では奴隷の間にヒエラルキーが存在している。同じ階級同士では争わないが、下の階級に対しては容赦なく暴力が降り、奪い、奪われていく。自然と、対立構造が生まれ、そこに意思の統一は起こりえない。


 兵士にしてみればこんなに楽な事は無いのだろう。奴隷が奴隷を虐げる事で、纏まる事を防いでくれる。反逆の芽を自分たちで潰してくれているのだから。だからこそ、管理する側の兵士たちに緩みが生まれ、こんな状況を野放しにしているのだろう。


 安城もその常識に染まっていたため、兄弟以外の奴隷を敵として警戒していた。


 彼らこそ、力を合わせて戦う仲間だというのに。


 ―――自分がどうしたいのか。


 エルフの言葉が蘇ってくる。答えは決まっている。兄弟を守り、自由をこの手にしたい。


 その為には、この螺旋を生み出した者達を倒さなくてはいけない。


 安城は静かに決意を固めた。


(奴隷たちによる反乱を起こす。奴隷たちの意思を統一させ、作戦を練り、この採掘場を管理する兵士たちを倒し、自由を手に入れてやる)


 固く握りしめた拳は小さく、されどその拳に宿る意思は紅蓮の炎のように燃え上がっていた。耐えきれないとばかりにつるはしが悲鳴を上げ、ひび割れた。


読んで下さって、ありがとうございます。

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