7-57 託す者、請ける者
「随分と物々しい名称が出て来たけど、何だよ、神前決闘って」
「読んで字の如く、神の前で決闘して王を決める事だ。神前投票で決まらなかった王の座を争い、王子らが矛を持って戦う儀式だ」
何て野蛮な作法だ。
神前投票という限定選挙ではあるが、理性的なやり方を導入しているというのに、それで決まらなければ殺し合いで決めるのかとレイは嘆いた。もっとも、郷にいては郷に従えという言葉もある。デゼルト国にはデゼルト国が積み上げて来た歴史と文化と慣習があるのだ。口を出す資格はない。
それに、零に等しかった勝ちの目が、まだ残っているのだと頭を切り替える。
開催にこぎつけた詮議の場でアフサルを糾弾するのに失敗し、彼に押し切られる形で始まってしまった神前投票。裏工作も、根回しもできず圧倒的不利な状況の中、ジャマル、ホセイン、そしてカリバンが味方して、同数で並ぶことが出来た。
これを奇跡と呼ばずになんと呼べばいいのか。
そもそも、よくここまで辿りつけられたと隣に立つ男を見た。
自分よりも背も年も上の手のかかる王子、ダリーシャス。
初めは面倒な人を拾ったと嘆いた。
スヴェンとのいざこざによってアマツマラを追われる形で離れ、オウリョウを目指していた途中、シアトラ村の住人達がモンスターに襲われる現場に遭遇した。
それを助けに入った時、彼らが来たのだ。ダリーシャスと―――ナリンザが。
王都に向かう途中、馬車を失った村人に彼は自分の馬を貸し、その代わりとして村までの道中を同行すると言って馬車に乗り込んだ。数日前に王族とトラブルを起こした手前、異国の王族とはいえ強く拒絶は出来なかった。
村に着いたら、地下に出来た迷宮に怯える村長からなし崩し的に村の守りを押し付けられ、ついでとばかりにダリーシャスに付き纏われていた。唇を吊り上げ、達観したように笑みを浮かべるダリーシャスの姿はレイの心をざわつかせていた。
今思い返せば、あれは死を望むダリーシャスの内なる欲求が表に現れていたのかもしれない。
《ユマン・ゲンニュ》の副作用というべきか、彼は過酷な運命に翻弄される。それも、彼自身よりも彼の周りを巻き込み、傷つけていくのだ。
言ってしまえば、歩く台風。
台風の目に当たる彼自身は無事で、その周りが吹き飛んでいくのだ。その中には生まれたばかりの双子の弟が居た。ダリーシャスの技能のせいで死んだと言える弟の死は、ダリーシャスの背中に暗い影を落としていた。
弟以外にも、彼の身近な者は傷つき、あるいは死んでいった。シアトラ村の地下に出来た迷宮を探索中にフィーニスと遭遇し、ナリンザはレイを庇って死んだ。彼の信頼できる従者が死んだのだ。
彼女の死体を前にしたとき、ダリーシャスは何もかも諦めたようで、どこかほっとしたような表情のようにレイに見えた。
これで、自分を守って死のうとする者は居ない。一人になった事で、誰かが死ぬ所を見なくて済む。
言葉に出た訳ではない。態度に出たわけではない。だけど、レイにはそう感じられたのだ。死を何度も何度も何度も経験してきたからこそ、死を望む人間の感情が伝わったのかもしれない。
―――冗談じゃない。
ナリンザ・ナキは、ダリーシャスが王になるのを夢見ていた。彼女だけでは無い。護衛として付き従い、道半ばで倒れた者もダリーシャスを守る為に倒れたのだ。
それなのに、当の本人がこれでいいとばかりに孤独を受け入れている姿が無性に腹が立ったのだ。どうしても、認められなかった。命懸けで自分を救ってくれたナリンザが、本当に助けたかった人間が死を望もうとしている事が、レイは認められなかった。
ダリーシャスが死ねば、ナリンザの願望も、信念も、情熱も、使命も、何より彼女に助けられた自分の命すら無駄になる。それは自分なんかを助けてくれたナリンザに申し訳なかった。一つしかない命を失わせたナリンザに、どう詫びればいいのか、レイには分からなかった。
だけど、唯一分かったのは、ナリンザが誰よりも、それこそ自分の命よりも大事に思っていたのはダリーシャスだという事だ。彼を守りたいと思っていた彼女の遺志を、レイは引き継いだ。
従者の死に衝撃と安堵が入り混じったダリーシャスを叱咤し、彼を国まで届けると誓ったのだ。
紆余曲折あり、状況も変った。いつしかダリーシャスを国に届けるという誓いは、彼を王にするという自分の願いにも変わっていた。
それもあと僅かだ。結末がどうなるのか分からないが、終わりがすぐそこまで来ているのを、レイは実感していた。
これまでの道程に感慨に耽っていると、神官がつつがなく手続きを進める。
「神前決闘は王を決めるために、王子らが矛を持つ。だが、慣例によって王子がこれはと見込んだ戦士を一人、自らの代理とすることが出来ます。代理の者に規定はありませんが、その者が敗北をしたとき、王子もまた敗北します。それゆえ、代理を立てるのならば、自らの命を賭けても構わない者を選びなさい」
神前投票の敗者は、死が待つ。更に言えば、敗北した王子に投票した者達も連座して死ぬ。つまり、この決闘に出るという事はダリーシャスを含めた四人の命を預かる事になるのだ。
重責ある役目。
敗北は許されず、勝利が最低条件だ。
ダリーシャスは自陣における最強の戦士を送り出すべきだ。その点、彼の傍には文句のつけようもない戦士が居る。それも世界広しといえども、片手で数えるしかいない最高位の冒険者だ。
S級冒険者『聖騎士』ローラン。白銀の鎧に、身の丈を越す大剣を振るい、超級モンスターすら一刀両断する姿は英雄を通り越して悪魔か怪物並みに暴力的だ。アルビノ砂漠での暴れぶりを見ると、『聖騎士』なんて綺麗な二つ名は似合わないと思ってしまう。しかし、戦い方はともかくとして、その実力は折り紙付きだ。
誰がどう考えても、ローラン以外、選ばれるべき存在は居ない。問題点を上げるとすれば彼の所属が法王庁で、法王庁という組織が中立を謳っているのなら参加しづらいかもしれない。だけど、すでに法王庁は今回の事態を重く見て、積極的な介入を命じている。ワシャフの軍勢を相手に王宮で暴れているのだ。ダリーシャスを王にするべく、アフサル陣営の戦士と矛を交わしても何ら問題は無いのだ。
ところが。
誰が考えても、否。考えるまでもなく、ローランを選ぶべきなのに。
ダリーシャスは真っ先に隣に立つ少年に声を掛けた。
「レイ。其方に頼みたい。行ってくれるな」
周囲が驚きに震える中、声を掛けられた少年は表情を変化させる事なく、
「ああ、分かってるよ。僕が行く」
と、告げたのだ。
二人とも何も考えていないかのようにあっさりと口にした。これが王を決める神前決闘だというのに、まるで軽い口約束を交わすように、託し、請けたのだ。
口にしてから、二人は揃って視線を合わせた。自分たちが口にした内容を、相手が口にした言葉を思い出し、そしてどちらからともなく、二人は笑いだした。
考えるまでもなく、悩むまでもなく、自らの命を預けられる人間をダリーシャスは二人しか思いつかなかった。
考えるまでもなく、悩むまでもなく、彼女がこの場に居たら、彼女が請けた役目だ。それを誰かに譲るなんて想像できなかった。
「あっはっはっは! 正気かよ、ダリーシャス! この場にローランさんっていう最強が居るのに、どうして僕に頼んでるんだよ」
「はっはっはっは! その言葉、そっくり返すぞ、レイ! この状況で自分が行くのが当然とばかりに請けおって。どう考えたら、そう思い付くのだ」
厳粛な場に二人の笑い声が響く。リザ達だけではなく、傍聴席に並ぶ族長らもぽかんとした顔で成り行きを見守っていた。二人はひとしきり笑い合い、目の端に浮かんだ涙を拭った。
「うむ。やはり其方しかおらんな。俺と、そして三人の命を預けるぞ。その上で頼む。勝利を掴んでくれ」
「分かった。きっと、ここにあの人が居たら、こんな風に言うのかもね。……勝利を貴方に、我が主」
拳を突き合わせ、勝利を誓い合う二人。周りはそれを蛮行だと知りつつも止められなかった。どう考えても非合理で、危険な賭けだというのに、金縛りにあったかのように身動きが出来なかった。リザも、レティも、シアラも、エトネも、ローランも、ミストラルも、マクスウェルも、クトゥスも。誰一人、何も言えず、ただただ、無謀な決意を抱く二人を見つめていた。
ふと、ラシードは二人の間に立つ、長い灰色の髪の女性を見たような気がした。驚き、瞬きを繰り返すと、その姿は泡のように弾けて消えた。
後姿しか見えなかったが、ベールに隠れた美貌が柔らかく微笑んでいただろう。そう少年は確信していた。
「では、神前決闘へ登壇する者らよ。前に出たまえ」
神官の言葉にレイとダリーシャスが揃って前に進む。横ではアフサルが同じように前に出た。すると、周囲のざわめきが一気に増した。
この場に居る族長らはダリーシャスが送り出す戦士がローランだとばかり思っていた。それが見た事もない少年が出て来たのだ。驚くなという方が無理だろう。
だが、彼らの驚きはレイに対するものだけでは無かった。アフサルと共に前に出た、黒衣の鎧にも向けられていた。
全身を隙間なく、漆黒の闇を固めたような鎧で覆われた帝国の将軍が放つ威圧感は、それまで彼らが感じた事の無い種類と濃度を有していた。修羅場を潜ってきたリザやシアラですら、その背中を見た瞬間、息が出来ないとばかりに顔を青ざめさせた。
異形の将軍を引きつれたアフサル。その後方に居たクリシュが黙っていられないとばかりに叫んだ。
「お待ちください、アフサル様! どうして、どうして私に戦えと命じて下さらないのですか! 貴方の為、勝利を捧げる為に、私は居るのです!」
悲痛な叫びが議事の間を震わした。ラシードには兄の気持ちがいたく理解できた。主の為に命を掛けるのがナキ家の役目。議事堂での戦いの時、いずれ仕えるべきハジム・オードヴァーンを守る為に戦う事も、死ぬことすらできなかった。その無力感は、いまだに自分の中でしこりのように固く、張り付いている。兄であるクリシュに取って、神前決闘の場がそれに当たるのだろう。
主の為に戦えるという機会を、何の関係もない者に奪われるのは、耐え難い屈辱だ。全身を戦慄かせ、握りしめた拳から血が出るほど怒りを堪えているクリシュ。そんな従者に対して、アフサルは振り返る事もなく、冷淡な答えを告げた。
「其方は一度、ガヴァ―ナで負けているではないか。其方が優秀なのは知っているが、それでも敗北した者に私は命を賭けられない」
「―――っ!? そ、そんな。あんまりです。それでは、私は、俺は、貴方の為に……くぅ!」
膝から崩れる男の慟哭を背中で聞きつつも、アフサルは無情に切り捨てた。神官に向かって視線で神事を進めろと命じる。
合理的に判断すれば、これが最良の選択だとアフサルは確信していた。なにしろ、帝国の将軍は『聖騎士』ローランと互角に戦えたのだ。命を賭ける以上、自陣で最強の戦士を出すのは道理。クリシュはガヴァ―ナで、年若い冒険者を相手にして敗北しているのだ。とてもじゃないが、自分の命を託せる相手では無かった。
その点、ダリーシャスは愚かだとアフサルは蔑んでいた。『聖騎士』ローランという、アフサルですら考えうる最高の手札を持っておきながら、それよりも遥かに格下の手札を出すとは。
ガヴァ―ナへの旅路に同行していたナキ家の人間から、レイ達の身元は聞いて、調べるようにも命じていた。最近名前を売り始めた新進気鋭の冒険者という事だが、S級冒険者に比べれば二段も三段も、いやそれ以上に落ちる。
何を考えているのか分からない弟ではあるが、その選択が間違っていると証明してやろうとアフサルは思っていた。
すると、沈黙していた帝国の将軍が兜越しに口を開いたのだ。
「まさか、こうなるとはな。運命を司る神が居るとすれば、さぞかし性根が捻じ曲がった奴だろう。さて、俺はどうするべきか」
それはアフサルに向けて語りかけるよりも、どちらかといえば、どこか別の場所に居る人間に向かって囁くように掠れていた。
「……将軍? 何か仰いましたか?」
問いかけに将軍は沈黙を答えとした。口数が少ないのは帝国で初めて会ってから変わらない。皇帝から信頼できる将軍であると紹介された時から、将軍はこの姿のままだ。不気味な兜を外した所をアフサルは見ていない。
もっとも、その兜の下に何があるか気にする必要もない。分かっているのは、この男が強いという点だ。
「それでは、神前決闘に赴く者よ。前に出たまえ」
レイと将軍が王子たちから離れ更に前に出た。レイは隣に立つ将軍を盗み見た。兜に隠れ表情は分からないが、向うもこちらを見ていることだけは伝わってくる。
予想外な人物達の登場に議事堂が揺れる中、レイの驚きは少なかった。
予感はあった。
シアラの未来視、《ラプラス・オンブル》が告げていた。自分はこの男と戦う、と。それが何時になるのか分からなかったが、それでも心の隅ではこうなる事を覚悟していた。
怖くないと言えば嘘である。龍刀を振るえば届く位置に居る相手から放たれる威圧感に、内臓が悲鳴を上げている。神経が恐怖に震え、冷汗が止まらなかった。
それでも、どうしても否定できない感情があった。
アフサルの執務室ですれ違った時も。夜雨の逃走劇を繰り広げた時も。そして、こうして隣に立っている時でさえも。
こいつは許せないと、心が叫んでいるのだ。
理由は分からない。そもそも、初対面の筈だ。記憶を幾ら辿っても、自分自身でも驚くほどの憎悪が湧き出る源泉に見当もつかなかった。
これだけ誰かを憎んだのは、ナリンザを死に至らしめたフィーニスや、レティやエトネ、リザ達を苦しめたエレオノールぐらいだ。
―――ほんとう―――に―――それだけ―――か?
思考に雑音が混じり、散り散りになる。忘れてはいけない事を自分は忘れている。それが何か思い出そうとするも、記憶が、脳がそれを拒む。頭の中の記憶という箱が、黒い靄で覆われているように、全てが黒く塗りつぶされている。
ただ、どういう訳か。この靄を見つめていると右の手首が疼く。
「両名。デゼルト国王子の為に、命を賭けて戦うと誓うか」
レイと将軍が頷くと、神官は神に向かって祈りの言葉を告げた。それが終わると、この場に居る全員に向かって言い放つ。
「神々への宣誓は済んだ。神前決闘の開始は東の山脈から太陽が昇る時刻。場所は首都近郊の神殿。奉納の舞台にて執り行う!」
カリバン・デゼルトが倒れたことを受けて始まったデゼルト国王位継承問題。王の子らがそれぞれの思惑を持って暗躍する政争が、一人の王子の憎悪によって内乱へと発展した。
王族を始めとした多くの者の血が流れ、国は混乱の只中にあった。海の彼方からは外征を狙う帝国の軍勢が押し寄せ、活動を再開した魔人種の影が蠢き、俄かに南方大陸の火薬庫となりつつあるデゼルト国。
その動乱もいよいよ終わりを迎えようとしていた。王に名乗り挙げたダリーシャス・オードヴァーンとアフサル・オードヴァーン。
父も母も違えど、兄弟として過ごしていた二人は王になるべく兄弟を手に掛けなければならない。
自らの命と未来を、それぞれの戦士に託し、神前決闘の幕が開かれようとしていた。
―――それが更なる混乱を招く事になるのは、まだ誰も知らなかった。
ここまで読んで下さって、本当にありがとうございます。
これにて7章本編は終了です。今後の投稿は閑話を二本、もしくは三本投稿する予定です。その後はいつも通り、7章終了時のステータスや登場人物などを投稿しようと予定しています。
詳しくは活動報告に載せますので、ご確認して頂けると幸いです。




