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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第7章 熱砂の国
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7-56 神前投票 『後編』

 議事の間を沈黙と困惑が覆い尽くそうとする。レイも、王族らも、族長らも、誰も身動き一つ取れないまま、ルドラの行動を呆然と見つめていた。


 憔悴しきった青年は虚ろな表情のまま、手にした硬貨を天秤の片方に乗せ、結果として天秤がアフサルの方へと傾いたのだ。視たままの光景を素直に描写すれば、ルドラはアフサルを支持したのだ。


 だが、それはあり得ないとばかりにダリーシャスが叫んだ。


「正気なのか、ルドラ殿! この状況で、兄上に投じるなど。公明正大にして、理知に富む貴方なら、こんな判断はしないはずだ!」


 声を荒げたのは、敗北が決まった事で憤り、苛立ちを募らせたわけではない。単純に理解できないがゆえの疑問だった。


 アフサルの知るルドラは、言葉通りの公明正大な人間なのだ。良くも悪くも、一癖も二癖もある王族の中では真面な、信頼できる人間。王族の中ではあまり旨味がない農地開墾などの事業に携わり、いつかこの乾いた大地に、民が腹を満たせるだけの恵みを育てたいと理想を掲げていた。


 そもそも、ダリーシャスの計算ではルドラ、ジャマル、ホセインの中ではルドラが自分に入れるだろうと予測していた。ジャマルがアフサルと行動を共にしているのは、何かしらの取引があったからと考えるのが自然。ならば票もそちらに入れるはず。となれば、勝敗を別つのはホセインだと考えていた。


 それがどうしてアフサルに味方するのか。ダリーシャスには理解できなかった。


 ダリーシャスの疑問に、十四氏族の族長らも同調する。


 流れはダリーシャスにあったはずだ。


 ホセイン、ジャマルが次々とダリーシャスへと票を投じ、あとは最後に残ったルドラの票が勝敗を別つとなった時、族長らはダリーシャスが有利だと踏んでいた。詮議の場ではアフサルの牙城を崩すことは出来なかったが、彼がした告発の内容はワシャフの反乱における不可解な点を埋める答えになり得た。


 決め手となるべき物的証拠マストゥーレが失われたせいで、アフサルの罪を立証することは出来なくなったが、それでもアフサルが潔白だとは、誰も信じていない。


 利己主義の族長らでもそうなのだ。公明正大を地で行くルドラなら、アフサルの危険性を理解しているはず。


 票が同数となった以上、ルドラがダリーシャスに票を投じて、アフサルの暴挙を止めるだろうと、誰もが思っていた。ところが蓋を開けてみれば、この結果なのだ。誰もが唖然とし、言葉を失ってしまう。


 天秤の片方に二枚の硬貨が置かれ、もう片方には三枚置かれている。


 そして天秤の傾きは、アフサルを勝者としていた。


「答えてくれ! どうして、父を殺し、母を殺し、更には貴方の父や兄弟すらも死に追いやった男を王としようとするのだ!」


 どれだけダリーシャスが叫んでも、ルドラは伏した顔を上げようとはしなかった。その態度に違和感を覚えつつも、ダリーシャスは更に言葉を続けた。


「貴方は、その選択に後悔が無いと言えるのか。裏切りと策謀で血を分けた者を殺した男を王にして、これから先、故郷の大地で暮らす民に顔を向けできるのか。娘に胸を張って会えるのか!」


 途端。


 それまで石になったかのように身動き一つしなかったルドラが、髪を振り乱しながら激昂した。


「黙れ、黙れ、黙れ!!」


 目が血走り、憤怒の形相でダリーシャスを睨む。その異形な姿に、迫力にダリーシャスは言葉を詰まらせた。


 ルドラは手近にあった机に向かって拳を何度も殴りつける。議事の間に、骨が砕け、肉が潰れ、破けた皮から噴き出す血が周りを赤く染めていく。


「お前に何が分かる! 娘が、娘が人質に取られていると、私は言ったはずだ!」


「そ……それは先程も聞いた。生まれたばかりの娘が人質に取られ、ワシャフに従っていたと。だが、そのワシャフは死んだし、そもそもこの問題とは関わりないだろう」


 ルドラの要領を得ない回答に困惑するダリーシャス。ルドラの娘は現在捜索中である。ヌギド族が首都にあるワシャフの屋敷や、ホセインから話を聞きだしたりしていたが、一向に見つからないでいた。とはいえ、人質として扱っていたワシャフらが死ぬか捕まった以上、身の安全は保証されているはずだ。


 その時、傍に居たレイはある事に気が付いてしまった。


 腹の内を冷たい手に撫でられるような、不快な感覚に襲われる。レイは自分の考えが正しいかどうかを確かめるべく、一人静かに佇むアフサルへと視線を向けた。


 悠然と。三枚揃った硬貨を見つめる男の横顔は、邪悪な冷笑を湛えていた。それは勝利を喜ぶというよりも、自分の企てが全て上手く行ったことに満足しているかのようだった。


 間違いないと、レイは確信を得た。


「ルドラ王子。……貴方の娘を人質にとり、貴方を脅していたのは……アフサル王子なのですね」


 レイの言葉にダリーシャスや族長らは驚きの声を上げた。まさかという思いと、そういう事かと納得する感情が交差する中、ルドラが涙ながらに叫んだ。


「ああ、そうだ! 私の娘を人質に、こいつは従えと命じて来たんだ。ワシャフ伯父の反乱が起きる前から、私はアフサルが何かをしようとしているのを知っていた。まさか、こんな国を揺るがす大事件を起こすなんて思わなかった」


 拳を振り下ろす手を止める。涙に混じって、拳から血が流れ床に染みを作る。懺悔のつもりなのか、跪いて両手を握り神に許しを請うかのように掲げた。


「私は指示通り、ワシャフ伯父に命乞いをして、あの男の下に就きながら手に入れた情報をアフサルに流した。それだけじゃない。君たちが夜の内に首都を解放しようとしていたことも、アフサルを糾弾しようとマストゥーレ様が王宮内に入られたことも、全て伝えていたんだ」


「マストゥーレ様の事も。……まさか、ルドラ殿。貴方が……貴方があの方を殺したのか!?」


「仕方なかったんだ! 夜が明ける前に知らせたら、魔道具からの連絡で殺すように指示を出され。私だってやりたくてやった訳じゃない。でも、そうしなければ娘の身が……アフサル! 私は、お前の言う通りに従って、何だってやったぞ!」


 握っていた手を解くと、ルドラはアフサルの足にしがみ付いた。涙を目の端から流し、悪魔のような狡猾な男を見上げて懇願した。


「だから、だから、リリーを。リリーを解放してくれ! 頼む。この通りだ!」


「確かに。貴方は実に役立ってくれました。ワシャフ統治下の首都の情報を逐一伝えてくれ、民衆の不満を煽るように上手く政策や触れを誘導し、ワシャフの子らの対立を促してくれた。そればかりか、母の事も私の為にとその手を汚してくださった。実に素晴らしい献身だ。娘を想う父の心とはこれ程気高く、そして残忍にもなれるのだと知りました」


「それは……仕方ない。仕方ないんだ。リリーを人質に取られたんだ。お前に従う以外、選択肢は無かった」


 仕方ない、仕方ないと連呼するルドラ。そんな従兄弟に対してアフサルは自分なりに穏やかな笑みを浮かべて告げた。


「そんな男を父に持ったリリー嬢も、きっと御霊から御覧になっているだろうな」


「……なに……を」


 言葉の衝撃で涙が止まる。視界が端から黒く塗りつぶされていく中、ルドラは残忍で醜悪な、とても人間とは思えない獣のような笑みを浮かべているアフサルを見上げた。


 アフサルは楽しくて仕方ないとばかりに続けた。


「リリー嬢は既に死んでおります、と申したのですよ。何でしたら、骨になった彼女と再会できるように手配しましょうか。はっはっはっはっは!」


「あ、ああ、あああ、ああああ! アフサル、アフサル、アフサルゥ!! 貴様、貴様という奴は!! 殺してやる! お前は、この手で!!」


 怒りが青年の全身を駆け巡る。血が沸騰し、視界が極端に狭まり、これ以上面白いものはないと哄笑を上げているアフサルしか見えなかった。


 足を掴んでいた手が一気に昇り、男の首を掴もうとする。


 ところが、風のように割って入った男の手刀がルドラのみぞおちを突いた。呼吸が止まり、胃がせり上がる。思いがけない衝撃で吹き飛ぶ体。壁に叩きつけられると、体は意思とは裏腹に立ち上がる命令を拒絶した。それでも怒りが痛みを超えていたので、意識だけははっきりとしていた。


 アフサルを庇ったのはクリシュだった。寡黙な戦士はちらりと主を盗み見る。


「宜しかったのですか。衆目の場で告白しても」


「はっはっは! 構わないさ。見てごらん、あの顔を。族長らは既に私に対して不信感を抱いている。いまは利を優先したとしても、いずれは拭いきれない不信が顔を出す。そうなれば私を排除しようと動き出すだろう。ならば、いっその事、ここで私に敵対するよう仕向け、それを排除すればいいのだ。どうせ、ここに居る多くの者は死ぬ運命なのだからな。私の作る新しい国に、古き因習は要らない」


 狂気を振りまきつつも、見据えるのは正道による王国。矛盾しているとも言える二面性は、危なくも妖しい魅力を放つ。クリシュがアフサルの非道を知りながらも仕え続けるのは、正にそこだった。


 この狂気と正道を兼ね備えた主君がどこまで行けるのか。それが見たいのだ。


「さて。まずはダリーシャスと奴に与した者らの処刑を……お爺様?」


 主の困惑した声に議事の場に居た者達が正気に戻った。アフサルとルドラのやり取りに注目が集まる中、一人席を立ち、カリバン・デゼルトが天秤の前に立っていた。


 アフサルの言葉で、全員はカリバンがいつの間にか移動していたことに、初めて気が付いた。


 表情は長髪で隠れてしまい、窺い知ることは出来ない。だけど、誰もカリバンの表情を伺おうとはしていなかった。


 老人の、痩せて骨が浮き出た右手。皺が折り重なる指先に光るを見つめていた。


 議事の間の視線を一身に集めた硬貨が、ゆっくりと天秤の皿へと置かれた。


 ことり、と。


 硬質な音を立てて置かれた硬貨。アフサルへと傾いていた天秤がゆっくりと傾きを戻して、遂には均等へと至る。なぜなら、天秤の両端にある皿には、同数の硬貨が置かれているのだ。


 どちらも、三票ずつ皿に置かれていた。


 誰もが呆然と成り行きを見守っていた。レイやダリーシャスは勿論のこと、勝利を確信していたアフサルすら思考を停止したかのように、感情を落としたような表情をしていた。


 誰もが言葉を失う中、杖を突いて席に戻るカリバン。年寄りにはちょっとした距離も一苦労なのか、席に深く腰掛けると、よく響く声で告げた。


「これでアフサル三票。ダリーシャス。同数となったな」


「お待ちください! これはいったい、何の茶番なのですか!」


 鋭い怒声が静まり返った空間を切り裂く。上げたのはアフサルだった。先のルドラに負けないほどの憤怒を顔に貼りつけ、カリバンに食って掛かった。


「お爺様。貴方は何をなさっているのですか。これは神前投票。13神に、我が王であると誓いを立てる儀式です。それをこのようなふざけた行為。神々を愚弄しているとしか、思えません。謹んで貰います!」


「ふむ。面白い事を言うな、アフサル。儂のした行為がまるで、神の意に背くようではないか。では聞くが、儂のした事に何か重大な違反があったのか、説明してもらおうか」


「決まっているでしょう。貴方が投じた票の事です。あれは一体……まさか、有効だとお思いですか!?」


 激昂するアフサルと泰然としたままのカリバン。二人の言葉の応酬を他の者達は固唾を飲んで見守っていた。


「面白い事を言うな。ファラハの下で法に関する政務を取り仕切ってきた者の言葉とは思えん。逆に聞くが、神前投票において最も重視されるしきたりはなんだ?」


「それは王の血が流れる男子しか立候補できない事。そして王族の……男子にしか……投票は……でき……ない」


 法律書を開かずとも、今回の反乱に関わるであろう法は全て網羅して、頭に叩き込んだ。特に神前投票のしきたりや、過去の事例は目を皿のようにして覚えていた。それだけに諳んじる事は簡単だった。


 ところが、口にしながら青ざめて行く表情。アフサルは血の気が引いて行くのを実感していた。


 カリバンも気づいたかと言わんばかりに頷いた。


「そう。其方が口にした通り、投票権を持つのはだ。そこに王の子という決まりは無い。つまり、王にも投票する権利があるという事になる」


「そ、それは。……しかし、これまでの慣習に反しているではありませんか!?」


「先代までの王たちがそうしなかったのは、王の意向を組んだ選ばれ方をするのを避けるためと、投じた者が敗北した場合、先王を処刑することが新王の役目となる恐れがあったからだ。流石に先王の処刑は、新たな王の門出に縁起が悪かろう。大体、其方の口から慣習と出てくるとはな」


 唇の端を吊り上げたカリバンに対して、アフサルは耳まで羞恥に染まった。族長らがカリバンの選択にどよめく中、彼は走り出していた。向かうのはカリバンの元だ。


 両脇に立っていた兵士たちが槍を構えようとすると、カリバンはそれを止めた。そして、兵士たちを下がらせるとカリバンと二人で話せるように場を取り持った。


 向かい合う両者。どよめきが続く議事の間において、二人の声は誰にも聞こえなかった。


「そんなに。そんなに、私が認められないか。確かに、私は非道な事をしている。その自覚はある。この手を直接にしろ、間接にしろ、血で汚し、民に血と苦痛を流させた。それでもこうするしかなかったのだ。こうする以外、道は無かった。ダリーシャスと違い、私にはこれ以外の方法が無かったんだ。父は違えど、私はあいつと同様に貴方の孫なのですよ。それなのに、どうして、あいつの味方をするのですか?」


 それはある意味アフサルの本心から出た言葉だった。どれだけ自身を正当化しようとも、積み上げて来た屍は否定できない。流れた血の量を無かったことにはできない。狂気が赴くまま、王家の血を絶やすべく幼いリリーを殺したのも罪だと受け入れていた。


 それでも、こうする以外の道が無かった。生まれのせいか、あるいは運命のせいか。他にあったかもしれない選択肢を切り捨てアフサルはここまで来た。それを認めろとは言えないが、それでも認めて欲しいと思う心は狂気のベールを纏いながらも、アフサルの胸中にあった。


 貴方おじいさまだけは、認めてください。


 そう、全身が、魂が訴えかけていた。


「……孫か。儂は、お前も、そしてダリーシャスも可愛い孫として平等に扱っておるのだぞ」


「そんなの嘘だ! だったら、どうして、どうしてダリーシャスだけに肩入れをしているのですか。……やはり、非道な行いをした私を許せずにいるのでしょう! それを隠しながら、平等とは!!」


 激情のまま口にしたアフサルだが、そこで気が付いた。カリバンの垂れた瞼から覗く瞳が、確かに柔らかな物である事に。


 それは孫を慈しむ、祖父の瞳だ。


「お前とダリーシャス。その両方に肩入れしておる。そもそも、順序が逆なのだ。儂は其方に肩入れしたから、ダリーシャスにも肩入れしたのだ」


「私に? それはいったい、どういう意味―――っ!? そ、それは!!」


 アフサルの体を支配していた激情が一辺に吹き飛んだ。カリバンが懐から出した羊皮紙の束には帝国の紋章が刻まれているのだ。見覚えが無いはずがない。それはアフサルが仕組んだ帝国との軍事締結。その草書に当たる代物だ。


 中には詳しい締結内容が記されている。それこそ、デゼルト国が属国支配を受けるのと等しい内容が自分の名前と共に記されている。帝国皇帝から受け取り、ワシャフへと流した親書とは比べ物にならない、言い逃れのできない証拠だ。


 仮に詮議の場でこれを出されていれば、間違いなくアフサルは敗北していた。いや、今からでも民衆に公開されればアフサルの権威が失墜することは間違いない。


 今までの全てをひっくり返す爆弾がどうしてこの場にあるのか。証拠の類は厳重に保管するか、あるいは処分したはずだった。


 驚きから言葉を無くすアフサルを見てカリバンは囁いた。


「あまり、儂を舐めるなよ。其方が怪しい動きをしている事は前から掴んでおった。其方とファラハが帝国に対して防衛のための同盟を結ぼうとし、其方がそれを隠れ蓑とした侵略戦争への軍事締結を結ぼうとしたことも。十四氏族の反主流派と接触を繰り返した事も。そして、其方がファラハの子でないという事もな」


「……す、全てご存知……だったのですか」


「ファラハの子でないと知ったのは、塔に監禁されてからだったがな。これでも王として、どんな時でも情報が入ってくるようにしておいたのだ。……王としては、其方のしたことは許せなかった。どれだけ正当な理由を口にしたとしても、民に血を流させ、国を混乱させたのは王族としての罪だ。それこそ刺し違える覚悟を抱いていた。死ぬ前に、其方を葬る覚悟で、これを公開するつもり……だった」


 カリバンの穏やかな口調は返って厳しく聞こえる。老人の手が傍にあった燭台を掴んだ。


「だが、ダリーシャスが。あれだけこっぴどく敗北したというのに、顔を上げよった。よほど、有意義な旅をしてきたのだろう。あの死にたがりの、心配ばかりかける孫が随分と一丁前の面構えをするようになった。お前を止めるために、もう一度立ち上がった。それを見て、儂はこうするのだと決めたのだ」


 言うなり、手にした羊皮紙を燭台へと近づけた。あっという間に火は紙をみ、後に残ったのは焼け焦げた紙屑だ。


「儂が手にした証拠は全て処分する。これがお前の祖父としてやれる事だ。……おそらく、儂は王として間違っていたのだろう。息子たちの対立を放置した結果、お前を苦しめた。……王として其方を罰する資格は、そもそもなかったのかもしれん」


「……そんな事は、そんな事はありません。……貴方は立派な王だ」


 カリバンの治世は非常に安定した時代だった。言葉を悪くすれば、行き詰まりを迎えていたともいえるが、それでも概ね平和で、飢饉の折にも民の被害を最小限に抑えた手腕は歴代の王にも劣らない。


 その末期を自分が汚したのだと、改めてアフサルは思い知った。自分の犯した罪に、新たなページが付け足された。


「孫である其方に肩入れしたのだ。ならば、ダリーシャスにも肩入れしておかねば、公平とはいえんだろ。……さあ、アフサルよ。ここから先は、己が力で運命をこじ開けろ。ダリーシャスはあれでいて、中々の強運を持っているぞ」







 議事の間の扉が荒々しく開かれた。飛び込んできたのはリザを始めとした《ミクリヤ》のメンバーや、ローランたち。そして、ラシードだ。彼らは制止する兵士を押し返してレイ達の元へと駆け寄った。


 ラシードは愛嬌のある顔を涙と埃で汚しながら、ダリーシャスへと知り得た情報を伝える。


「王子、ルドラ様がアフサル王子と内通をしておりました。僕はそれを」


「慌てるな、ラシード。全て、承知している。ルドラ殿が内通者で、アフサルからの指示を受けてマストゥーレ様を殺した事もな。それはともかくとして、其方が無事で良かったぞ。姿が見えなくなったとレイから聞いて、心配したのだから」


「―――っ! も、申し訳ありません。勝手に、お傍を離れた上に掴まってしまい、更にはご心配までおかけするとは!」


 わっと泣き出したラシードをダリーシャスは仕方ないとばかりに頭を撫でてやる。


 リザとシアラは議事の間に居並ぶ聴衆を見据え、いまどんな状況なのかとレイに問いかけた。


「簡潔に言うと、詮議は失敗。マストゥーレ様が死んだことで嫌疑不十分で終わった。そしたら、アフサル王子が神前投票の開催を提案して、それが承諾された。それで、いま、王候補の二人以外が投票を終えて、三票ずつの同数までこぎ着けたんだ」


「……色々と突っ込みたいけど、三票の内訳は?」


「アフサル王子がワシャフの息子二人とルドラ王子の分を合わせて三票。ダリーシャスがジャマル王子にホセイン王子、それに……カリバン王の票を加えて三票だ」


「……ごめん。やっぱり色々と突っ込ませて」


「良いけど、僕も何が起きているんだか訳が分かっていない所があるからね」


 そう前置きすると、レイは後からやって来た者達の質問や疑問に答えて行く。その間、ダリーシャスは身じろぎをせずに構えていた。アフサルとカリバンが何の話をしているのか、この距離では分からなかったが、それ以上に気になったのは神前投票を執り行う神官の態度だ。


 もし、カリバンの行為を神前投票に相応しくないと神官が言い出したら、カリバンの票が無駄になってしまう。祈るような思いで神官を見つめていたが、最年長の神官は他の神官と二言三言会話すると、何事もなかったかのように振る舞っている。


 つまり、カリバンの票を認めた事になる。


「なるほどね。ダリーシャス様の首の皮が一枚繋がったって訳ね」


「平たく言えばその通りだ。……どうやら、兄上との話が終わったようだな」


 アフサルが踵を返し、所定の位置に戻ってきた。随分と長く訴えかけていたようだが、盗み見た横顔は何か覚悟を決めた戦士のように気力に満ちていた。カリバンとの話は聞こえなかったが、何か心に去来するものがあったのかもしれない。


 族長たちからも王の行為を批判する声は出なかった。神官も異を唱える事はしなかった。


 つまり、この場に居る者達全員がカリバン王の票を認めたのだ。


「それでは両名。前に出て、己が硬貨を天秤に投じなさい」


 神官の言葉に導かれるようにダリーシャスとアフサルは自分の分の硬貨を受け取ると、それぞれ自分の皿へと乗せた。天秤は僅かに身じろぎするが、傾くような事は無かった。


 片方の皿に四票。


 片方の皿に四票。


 全くの同数となり、均衡が保たれていた。


 元の位置に戻ったダリーシャスにレイが疑問を囁いた。


「それで、ダリーシャス。聞いてなかったけど、同数だった場合はどうなるんだよ。まさか、再投票とかするのか」


「いや。神に誓って行う投票にやり直しは無い。この結果を受けて、どちらが王に相応しいのか別のやり方で決める事になる」


 それって何だと尋ねるレイの声は、神官の威厳ある声に遮られた。


「神前投票の結果、アフサル王子四票。ダリーシャス王子四票と同数となった。これより、神々にどちらが王として相応しいかを証明するために、神前を執り行う!」


読んで下さって、ありがとうございます。


次回で7章本編最終話となります。

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