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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第7章 熱砂の国
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7-54 詮議の場

 ワシャフの敗北と死。オードヴァーン家兄弟による勝利の報せは首都の街並みに活気を取り戻すのに十分だった。昼間だというのに、飲めや歌えやの乱痴気騒ぎ。


 その喧噪が、遠く壁を超えて、王宮などが立ち並ぶ区画まで届くほどだ。


 議事堂の窓に打ちつける民衆の歓びとは正反対の、緊迫した空気が室内に立ち込めていた。まるでこれから、切り合いを始めそうなほど剣呑な雰囲気だ。


 それだけ、この場に居る者達は理解しているのだ。


 これから起きるのは本当の意味での決着だという事を。


 ワシャフの反乱から端を発した一連の騒動。その原因を白日に晒す詮議の場が議事堂で開かれようとしていた。


 奇しくも、決戦の場所と選ばれたのは議事の間。ワシャフが弟のファラハをその手に掛けた場所だ。ここで、オードヴァーンの家名を背負った兄弟が争う事になるのは、ある種の決められた筋書きだったのかもしれない。


「時間となった。これより、アフサル・オードヴァーンに掛けられた嫌疑についての詮議を開く」


 詮議の場において王族の罪を明らかにし、判決を下すのは法務を司る長の役目。しかし、その長たるファラハが死に、次席のアフサルが詮議に掛けられているため、特例としてカリバンが小槌を握っていた。


 荒れ果てていた議事の間は徹夜で、舞台として恥ずかしくない程度に整えられていた。カリバンがひときわ高い場所から被告人と告発者が対峙しているのを見下ろしている。いまにも決闘を始めそうな雰囲気の二人を囲うように、王族と族長たちがぐるりと囲んでいた。


 王族達の中には、捕虜となったホセインや、ワシャフに恭順したルドラ、そしてアフサルと行動を共にしていたジャマルの姿があった。ジャマルはともかくとしても、ワシャフに与した王族は反乱の関係者として処罰されるはずだが、カリバンがそれを押しとどめたのだ。


 曰く、此度の反乱における咎を下すのは、新たなる王が行う役目だ、と。


 その意見が尊重され、ワシャフ側に与していた王族達は処罰されることなく、一応、王族として扱われていた。


 ダリーシャスは相対する兄の顔を窺った。正面から向き合うように席が決められているため、否応なく、アフサルの顔が見えてしまうのだ。端正な顔立ちを引きつらせる事なく、デゼルト国の重鎮たちに囲まれ、これから詮議が始まろうとしているのに笑みすら唇の端に浮かべていた。


 視界の端に居る、ルドラの方が顔を青ざめて、今にも倒れそうなほどやつれている。


 アフサルがどうしてこうも余裕があるように振る舞えるのか。その正体が分からずに、ひたすらに不安が付き纏った。


 同様の事を傍聴席に居るジャマルも思っていた。


 アフサルの軍勢の一端を担っていた彼は、どうしてこのような詮議の場が開かれるようになったのか、皆目見当もつかなかった。だが、王宮内に居た族長や王の真剣な表情からすると、何か大きな問題が発覚したのだろう。


 アフサルに与すると決めたが、旗色が悪くなればすぐに離れるつもりでいた彼にしてみれば、この詮議の場で彼がどんな風に乗り切るのか注目していた。場合によっては即座に手を切る事も視野に入れていた。それだけにアフサルが余裕そうな態度を取るのが解せない。これが吉兆の印ならばよいのだが。


「首都を離れていたから、どういう状況なのか全くわからんな。その点、お前は王宮に居たのだ。従兄弟のよしみでアフサルの嫌疑を話してくれないか」


 隣に座るルドラに話を振ってみるが、彼は反応しなかった。目は虚ろで、口は半開き。何処か魂が抜けていったかのようだ。議事の間に姿を現したのも、最後だった。様子のおかしい従兄弟から話を聞きだすのは不可能だと分かった時、カリバンが静粛にと口にした。


「アフサル・オードヴァーンに掛けられた嫌疑は、第一級国家背任の罪に相当する。仮に、これが事実ならば、王族からの廃嫡が妥当である。何か、申す事はあるか?」


 問いかけに、アフサルが立ち上がると、舞台役者か何かのように一歩前に出た。そして大仰な身振りでカリバンと聴衆に語りかけた。


「カリバン王。そしてお集まりの皆様。どうやら、貴方がたは弟の口先に誑かされているようですが、ご安心下さい。すぐに無用な疑いを晴らし、身の潔白を証明します。その際に、私に嫌疑を掛けたという事実は、水に流すとしましょう。これからのデゼルト国において、十四氏族と王族の協調は欠かせませんからね」


 余裕がある態度を変えず、お辞儀をするアフサルにカリバンが許可を出していないのに勝手に動き回るなと注意を促した。


 そして視線をダリーシャスへと向けた。促される形で立ち上がったダリーシャスがアフサルを睨む。そうでもしなければ、挫けそうな自分が居たのだ。


 こうして場を設け、向かい合うことでこれから自分がアフサルを糾弾するのだとより実感してしまった。それでも、止める訳にはいかなかった。


「告発者、ダリーシャス・オードヴァーンよ。告発する前に、自らがする告発を13神に対して告げよ」


「我、ダリーシャス・オードヴァーンはこの名において告発する。アフサル・オードヴァーンこそが此度のワシャフの反乱を引き起こした元凶だと」


 ダリーシャスは言い切ると、アフサルに向けて視線を鋭くする。すると、それまで余裕を漂わせていたアフサルが一変した。眼光鋭く弟を睨みつけ、怜悧な空気を纏う。


 互いに無手で、睨みあっているだけというのに、息をするのも憚れる緊張が走る。


「宜しい。王族への審判官は慣例により用いられない。よって告発者であるダリーシャスはアフサルの罪を立証するための証拠を提示する必要がある。その用意は出来ているな」


 無論と返したダリーシャスにカリバンは結構だと言う。そして手順を一つ進めた。


「では、ダリーシャスよ。陳述を始めよ」


「此度の反乱。それは元を辿れば一つの疑惑から始まった。この議事堂に集まった方々はご存知だろう。帝国とオードヴァーン家の間で結ばれた軍事締結に関する親書を。あれは確かにオードヴァーン家が他の王族や族長らに話を通さずに行った行為であった。それは相違ないな、兄上」


「……確かに、そうだ。私が父の命によって帝国と交渉を重ね、締結寸前まで運んだ案件だ。それがなぜ、ワシャフ伯父上の手に渡ったのかは定かではないが、その親書は偽造では無い。まぎれもない本物だ」


 アフサルの言葉に族長たちが開きなおりかと糾弾する。だが、その不満をねじ伏せるようにアフサルは続けた。


「しかし、その軍事締結は一端白紙になった。帝国の軍隊は侵略戦争の為では無く、あくまでも首都奪還への援軍である」


 事が終われば問題ないとアピールするアフサルだが、ダリーシャスがそれはどうかなと挑発的に言った。


「帝国がこれだけの兵を動員して、この程度で済むとは思えない。そもそも、アフサル。其方は父上の命によって帝国との軍事締結の使者をしていたと言ったが、その実、防衛のための同盟を結ぼうとしていた父上の意向を無視した交渉を独自に行っていたのではないか」


 その言葉にジャマルが眉を上げた。それが真実ならオードヴァーン家と帝国皇帝の間で交わされた親書の意味が変わる。あれはファラハ・オードヴァーンにではなく、アフサルへの親書となるのだ。


 アフサルは動じることなく、ダリーシャスの言葉を待っていた。


「次に、兄上はその親書を携え、ワシャフ・プラティスの元へ行き、親書を渡した。親書の存在を知れば、神前投票で不利に追いやられている伯父上が直接的な行動に出ると見越して」


 親書の流出元がアフサルだと言われ、ホセインは驚きのあまり声を失っていた。なぜ、自分の父親を裏切るような真似をしたのか。その理由が分からなかった。


「おかしな話だ。父上に黙って行った交渉の親書を携え、敵陣営に渡すなど。そんな事をして私に何の益があるのだ」


「益ならある。……貴方は父であるファラハ・オードヴァーンを死なせたかった」


「それこそ馬鹿々々しい。どうして、私が父を殺したいと思わなければならないのだ」


「それは……貴方がワシャフ・プラティスの子供だからです」


 それまで何を言われても動じる事の無かったアフサルが眉を小さく動かした。やはり、ワシャフとの間に血縁関係があると言われるのを苦痛に感じているのだろうか。


 ともかく、ダリーシャスは話を続けた。


「ワシャフが政敵であるファラハに仕掛けた策略の一つ。それが貴方であった。ワシャフにしてみれば、貴方はいずれ時を見計らって発動する爆弾。対して、父上はそのことを織り込み済みで、神前投票に備えて用意した票に過ぎなかった。どちらが王になっても自分に次期王はあり得ないと知った貴方は、自らの未来を邪魔しようとする者達を殺す為に、今回の反乱を企てたのだ。それこそが、貴方の嫌疑である」


 どよめきは無い。すでに族長らには話をしたゆえ、既知の事である。ホセインやジャマルらが驚きから言葉を失っているため、静かな物である。何か言いたそうに視線を向ける従兄弟たちをダリーシャスは意識から廃除した。構っている余裕はない。


 なぜなら、相対するアフサルに動揺が一切ないのだ。苦痛に顔を歪めはしたものの、それはほんの一瞬のこと。後は、微笑すら浮かべて黙って話を聞いていたのだ。


 まるで、ダリーシャスがこの事を話すと知っていたかのように構えている姿は、不気味さすら漂わせていた。


「ダリーシャスの告発が真実なら、確かにこれは由々しき事態である。アフサルよ。其方に何か弁明はあるか」


 全員の視線がアフサルに向く中、当の本人は何を思ったのか、両の手を上げて叩きだした。リズミカルに、何かを祝福するかのような拍手は、場の空気に相応しくなかった。


「静粛にしたまえ、アフサル。ここは、貴様の嫌疑を調べる厳粛な場だぞ」


「失礼。何しろ、我が弟が見事な筋書きを作ってくれたので、つい。……ああ、演劇の脚本としては上出来ではないかな。お前にこのような才能があったとは露とも知らなかったよ」


「……つまり、いま話した内容が俺の創作と兄上は仰るのですか」


「うむ。私がワシャフ伯父の息子。父上を殺す為に、この反乱を仕立てたと。実に面白い。しかし、肝心な物が欠けているではないか」


 アフサルはダリーシャスではなく、聴衆に向けて口を開く。


「証拠だ! いまの話が創作では無いという確固たる証拠をここに提示したまえ。それが無ければ、いまの話はお前が私を引きずり下ろす為に作った物と言われても仕方ないぞ」


 アフサルの言葉にダリーシャスは目を閉じた。こうなる事は最初から織り込み済みだ。どれだけ喉を涸らした所で、証拠もなければ何も立証できない。


 しかし、その証拠は一つしかない。それもマストゥーレの証言のみだ。唯一の証言が崩された時、打つ手はない。何より、命を削ってまで産んだ息子と戦わせるようなことがあっていいのか。


 だが、思い悩むダリーシャスの脳裏を過ったのは、婦人の悲痛な訴えだ。息子だからこそ、彼女は止めたいのだ。


 その思いは気高く、自分如きが止めてはならない。


「王よ。この場に、証人を呼びたいのです。兄上から全ての話を聞き、何より兄上の出生の秘密を知る数少ない一人です」


「ふむ。その者の名は?」


「マストゥーレ・オルシア様です」


 今度はどよめきが聴衆から起きた。特に、オルシア家の族長からはどういった事だと説明を求める声が上がる。そんな中、カリバンは顎髭を撫で、周りの質問を無視した。


「宜しい。マストゥーレ殿を呼びたまえ」


 ダリーシャスは礼を言うと、兵士に対して王宮に知らせるように命じた。その時、ふとアフサルの方を伺うと、彼が顔を伏して立ちすくんでいたのが飛び込む。さしものアフサルでも、母親が敵に回るというのを想定してなかったのか、ショックを受けているようだ。顔は見えないが、肩を震わしていた。


 それからいくばくかの時が過ぎた。


 そろそろ来る頃か、とダリーシャスが時計を見ながら思うのと同時に、議事の間の扉が開け放たれた。


 入ってきたのは待ち人のマストゥーレ―――ではなかった。


 どういう訳か、レイが一人で議事の間に飛び込んできたのだ。止めようとする兵士を突き飛ばし、一直線にダリーシャスの方へと駆け寄った。


 その顔は険しく、尋常じゃない様子だった。


「レイ。其方、王宮で休んでいたのでは。というよりも、一体これはどのような騒ぎで」


「それどころじゃないんだ! マストゥーレ様が……マストゥーレ様が!!」







 時間は幾らか巻き戻る。


 ダリーシャスが議事の間にてアフサルを告発する内容を語っている頃、レイ達は王宮の一角に居た。魔法工学の兵器との戦いを終えて、精根尽き果てたレイ達は死んだように眠っていた。目が覚めた時、見知らぬ部屋に運び込まれ、いつの間にか朝を過ぎて昼の時刻となっていた。ヌギド族の男を捕まえ、状況を尋ねると、すでに詮議が始まろうとしていると知り、大人しく待つことを決めた。


 だけど、宛がわれた部屋は五人で使うには広く、落ち着かなかった。


 しかし、議事堂は現在立ち入りを規制されているため、近づくことが出来ない。その為、ダリーシャスの帰りを王宮で待っていたのだ。


「ダリーシャスさま。かてるかな?」


「大丈夫だよ。あの人、なんだかんだで運だけはありそうな人だもん」


 心配そうに呟くエトネにレティが笑いかける。実際、マストゥーレの証言が認められれば、勝利は確実だ。問題はその証言の信頼性を損ねてしまった場合だ。


 いまのダリーシャスは、一本しかない矢で的を射抜くことを強いられている。外せば敗北。当たれば勝利。実にシンプルな状況だ。


 それだけに、これ以上自分たちに出来る事は無い。レイは黙って待つことしか出来ない自分を歯がゆく思いつつも心を落ち着かせようとする。


 ふと視界の端を慌ただしくする影を見かけた。それはクトゥスを始めとしたヌギド族の者達だ。その姿に言いしれない胸騒ぎを覚え、レイは声を掛けた。


「おーい、クトゥス。どうかしたのか」


「なんだ、この忙しい時に! って、お前か坊主」


 苛立った様子で返事をしたクトゥスにレイは面喰った。すると、クトゥスが何かを思いついたかのように言う。


「そうだ。お前の仲間に狼人ヴォルフの小娘が居たな。そこに居るか!?」


「エトネならいるけど、それがどうかしたのか」


「話は後だ。ついて来い!」


 言うなりクトゥスは走り出した。レイ達も不思議そうに思いつつも、あとを追いかけた。クトゥスが向かったのは王宮の奥まった場所にある一室だ。そこにはすでにローランを始めとした《神聖騎士団》の面々やヌギド族の青年らが着いていた。


「どうかしたんですか、ローランさん?」


 尋ねると、ローランはレイに対して黙って中を指差した。開け放たれたドアを覗くと、中の状況に言葉を失った。


 部屋の中央に置かれた椅子に腰かけた女性がだらんと腕と足を伸ばしている。首元を赤く染めた姿はまるで真っ赤なネックレスを巻いているかのようにも見える。光を失った瞳があらぬ方向を向き、血の気の失せた肌から死の匂いが昇る。


 死者の生前の名をマストゥーレ・オルシアと言った。


「マ、マストゥーレ様!?……そんな、馬鹿な! 一体、どうして、何で!」


「五月蠅いぞ、坊主! 見ての通りだ。マストゥーレ様は死んだ。……それも他殺だな」


 目の前の光景が現実だとは思えず、あまりの急展開に理解が追いつけないでいた。棒立ちのレイを押しのけて中を覗いたシアラが、言葉を失うもすぐさま主の代わりに必要な情報を尋ねた。


「マストゥーレ様が死んだのはいつ頃なの? それと、死亡時のこの部屋の状況は?」


「血の乾き具合からして、ここに来て直ぐだ。おそらく、夜明けよりも前だな。マストゥーレ様が詮議に呼ばれるまで、一人にさせてくれというから、部屋の出入り口だけは俺の部下が固めていたのだが……くそっ!」


「犯人は不明なのね。それで、どうして他殺だと分かったのよ」


「あの傷口だ」


 クトゥスはマストゥーレの顎の下に走る傷口を指差した。乾いた血の中でもどす黒く変色した肉の断面が浮き出ていた。


「あれは鋭いナイフで切られた痕だ。自殺防止の為に、この部屋は勿論のこと、ナイフの持ち込みが無いように身体検査もした。何より、凶器自体、ここから消えているんだ。こうなると、他殺しか考えられない」


「ちょっと待ちなさいよ。だとしたら、犯人はどうやってここに侵入したのよ。そもそも、ここにこの方が居たのを知っていたのは誰なの」


「そこなんだ。狼人ヴォルフの小娘。ちょっとこっち来い」


 呼ばれたエトネはおっかなびっくりの様子でクトゥスの元に来た。すると男は部屋の壁にある絵を傾けた。途端、部屋の壁が扉となって回転したのだ。


 見覚えのある仕掛けにレイは呻いた。


「秘密の抜け道か」


「その通りだ。何処に繋がっているのか分からんが、おそらく犯人はここを使って侵入し、脱出したのだろうな。中の探索はまだしてないが、お前さんの鼻と耳が役立つはずだ。協力してくれ」


「……エトネ。やってくれるかな」


 レイの頼みならばとエトネは頷いた。一人で行かせるのは不安なのでリザも同行することになった。


 ヌギド族を含めた探索隊が出発するとレイは苛立ちを込めて壁を殴りつけた。


 マストゥーレが朝を迎えるよりも前に死んだというのなら、《トライ&エラー》で巻き戻ったとしても間に合わない。魔法工学の兵器との戦いで消耗したレイは、戦いの直後から気絶したかのように眠り、起きたのはつい先程だ。シアラが死亡時刻を尋ねたのは《トライ&エラー》で防げるかどうかを確認するためだ。


「証言してくれる方が死んでしまった以上、犯人を捕まえて口を割らせる必要があるわ。この場所にマストゥーレ様が居たのを知っていたのは誰なのよ」


「この方が王宮内に入る際、顔を隠し、人気のない道を選んで来た。故に内部の人間ぐらいしか知らないはずだが……内部の人間の犯行だと思うのか」


「そうよ。どう考えても殺すように仕向けたのはアフサル王子だろうけど、実行犯は内部の誰かよ。内部犯だからこそ、マストゥーレ様の居場所も、この抜け道の存在も知っていたのよ」


 シアラが断言するのと同時に、ヌギド族の青年が部屋に飛び込んできた。


「ダリーシャス王子がマストゥーレ様を呼んでいます。如何しますか?」


「如何も何もないだろ。ありのままの事実を告げるしかない。……おい、ちょっと待てよ」


 クトゥスが部屋の内外を見回して不思議そうに呟いた。


「王子の従者。あの小僧はどこに消えたんだ。これだけ騒ぎになっていれば、駆けつけても良いはずだぞ」


「小僧って、ラシード君の事かい。そういえば、朝から姿を見ていないが……まさか!?」


 ローランが驚愕の表情をすると、全員の背筋に悪寒が走る。


 まさか、ラシードが。


「そんな馬鹿なことがあるか。どうしてラシード君が!」


 激昂するレイに対してマクスウェルが冷静な意見を述べた。


「あり得る話だ。あの坊主はナキ家の人間。オードヴァーン家に仕える者だ。つまり、アフサル王子に仕えていても何ら不思議はないのだ」


「あり得ないだろ! 彼がそんな事をするはずが!」


「落ち着いて、主様。ラシード君が居ないのは事実よ。それが自分の意思なのかどうかは別として、探す必要があるわ。それはワタシたちがするから、主様はダリーシャス様に事の説明を」


 どうして僕がというレイにシアラは言う。


「この状況で、ダリーシャス様が傍に居て欲しいと思うのは、ラシード君か主様だからよ。だから、行って!」


 シアラに背中を押されたレイは走った。王宮を駆け抜け、議事堂へと飛び込む。道を塞ごうとする兵士の手をすり抜け、時には殴り飛ばし、そして議事の間に飛び込んだのだ。


 飛び込んできたレイに驚きで固まるダリーシャスの元へ駆け寄り、彼は口を開く。


「レイ。其方、王宮で休んでいたのでは。というよりも、一体これはどのような騒ぎで」


「それどころじゃないんだ! マストゥーレ様が……マストゥーレ様が!! 殺されているんだ!」


「な……何だと!?」


 レイの言葉は議事の間を震撼させるに十分すぎた。十四氏族の身内が死んだという知らせに族長たちが騒めき、王族達も驚きに震えていた。


「ど、どういう事なんだ。詳しく説明をしろ!」


「喉を切られて死んでいた。クトゥスの見立てでは死んだのはここに来て直ぐ。殺した犯人は凶器を持って逃走しているんだ。そいつは秘密の抜け道を使って部屋に入ったんだ。……それで」


「それで? それでなんなのだ!!」


 言い澱むレイの肩をダリーシャスは掴んだ。レイは言いづらそうにしつつも、今の状況を説明する。


「ラシード君の姿が見えないんだ」


「どういう……まさか……そんな!?」


 ラシードの不在という意味を理解したダリーシャスはアフサルの方を向いた。騒めきの中でただ一人静かにたたずむ男は、肩を震わせたまま顔を上げると、笑っていたのだ。まるで悪戯をしかけた子供が、それに嵌る大人を笑うように。


 こうなる事を知っていたかのように。


 獣のように嗤っていた。


「兄上! 貴方は、貴方という人は!!」


「何を激昂しているのか知らないが、ダリーシャスよ。ここは私のあらぬ疑いを晴らす場だ。証人が一人死んだとて詮議の場は続くぞ」


「何を言っておいでか分かっているのですか。貴方の母が、命を削って貴方を生んだ母が死んだのだぞ!」


 激昂し、今にも詰め寄らんとするダリーシャスを見て、アフサルは話が通じないと肩を竦めた。そして裁判長であるカリバンに顔を向けた。


「王よ。どうやら、不幸な出来事があったようです。そのせいで、告発者は証人を一人失ったようですが……さて、どうするのですか」


「告発者ダリーシャスよ。証人に不幸があった事は痛ましいが、いまはアフサルの言う通り詮議を滞りなく進めるべきだ。次の証人を呼び寄せろ」


 カリバンの問いにダリーシャスは唇を噛みしめた。


「証人は……居りません」


 絞り出すように告げた言葉にアフサルは笑みを濃くし、カリバンは静かに目をつぶった。そして重たい瞼が開いた時、彼は告げた。


「ならば、詮議は以上である。アフサル・オードヴァーンに掛けられた嫌疑。第一級国家背任は証拠不十分として無罪とする!」


 疑わしきは罰せず。アフサルが反乱の首謀者だという確たる証拠がなければ、どれだけ彼が怪しくても、無罪にするしかない。王族も、族長も、カリバンですら疑いの眼差しを向ける中、アフサルは何食わぬ顔でお辞儀をした。


「有り難き幸せ。……所でお爺様。お爺様は此度の事態を受けて、退位をなさるのでしょうか」


「そのつもりであったが。それがどうかしたのか」


「ならば、今この地にはデゼルト国の全ての王族が集結しております。王に退位の意思があるというのなら、執り行いましょう」


 アフサルは一拍開けると、待ち焦がれた恋人の名を呟くように、


「王を決める、神前投票を始めましょう」


読んで下さって、ありがとうございます。

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