7-53 王の在り方
どんな王になりたいのか。
いまの王であるカリバンから、これから王になろうとするダリーシャスへの問いかけに、青年は身じろぎ一つできずにいた。居並ぶ族長たちから容赦なく向けられる視線は、品定めのようだ。
否。ようでは無く、事実上の品定めなのだ、これは。
ワシャフの反乱は経緯はともかくとして、結果としてデゼルト国に混乱と動乱をもたらした。国は揺れ、民の人心は乱れ、王族への不信が蔓延している。次の王は過酷な逆風の中、王として立たねばならないのだ。
単にアフサルやワシャフを認められないという反発心だけで王になられる方が迷惑だ。
民に安寧を。
国に発展を。
ダリーシャスという人間が王に相応しいかどうか、族長たちは見極めるべく身を乗り出した。
法王庁の武装神官たちを取りまとめる立場として、こういった政治の場にも顔を出しているローランでも、族長らの放つ威圧感に息苦しさを覚える。戦いで浴びるような、苛烈なれど清純な闘気とは全く別種の、体に絡みつくような粘着質な圧は壁際に立っているだけの傍聴人ですら感じていた。
それを正面から受け止めるダリーシャスの消耗は著しいはずだ。
しかし、この程度の圧を受け止めきれなければ、到底国民を背負う事などできやしない。それを自覚しているダリーシャスは、涼しげな表情を保っていた。
だが、とダリーシャスは内心で思う。
自分は王になりたいと願ってはいたが、どんな王になりたいのか考えていただろうか。
ナリンザを始めとした部下や仲間達の祈りを、託されたからこそ王になろうとしていた。彼らの思いが背を押していたから、ここまで来ることが出来た。
しかし、ここから先、どんな王になろうとするのか。そこはぽっかりと穴のように開いていた。
例えば、優しい王になるのか。民に分け隔てなく接し、声なき民の声にすら耳を傾け、国を豊かにする、そんな理想的な王になるのか。
例えば、暴虐の王になるのか。民に圧政を敷き、重税と義務を課して血を流させ、国を荒廃させる、そんな悪魔のような王になるのか。
それとも、凡庸で、自分の意思を切り捨て、族長らの思惑を唯々諾々と受け止め、何かを変える事もしない、器のような王になるのか。
―――どれも違う。
自分がそのように振る舞う姿をダリーシャスは想像できないでいた。
自分が目指すべき王の姿とは何か。答えは浮かび上がって来なかった。視線が突き刺さる中、時間だけが過ぎて行く。
ふと、ダリーシャスはこの場に居ない者を視線で探していた。黒髪に白髪が混じる、気弱そうだが芯のある少年。
思い返してみれば、彼を見かけた時がこの旅の始まりとも言えた。
アマツマラで起きたスタンピードに巻き込まれ、護衛の兵たちを失った自分は従者であるナリンザと共に立ち往生をしていた。国に戻ろうにも、ワシャフや他の者から妨害を警戒して動くに動けなかった。
一刻も早く国に戻らなければならないのに、下手に動けば敵に見つかってしまうというジレンマに焦りを感じていた。
そんな時にレイ、そして彼の仲間達と出会った。
最初は面白そうな奴を見つけたと思った。シュウ王国の王族に絡まれ、悪いはずもないのに国を追われるように飛び出す羽目になった少年。話をしようと追いかければ、何の巡り合わせなのかモンスターに襲われた村人の救出に向かっていた。
そのままなし崩し的に同行しているうちに、面白そうという興味は、同類を見つけたかもしれないと思い始めた。
外交官として人を見極める目に自信はあった。《王者ノ勘》という技能もあり、レイが何か大きな秘密を抱え、それに振り回されているのは直ぐに分かった。
自分と同じ、見えない力に振り回されている。
《ユマン・ゲンニュ》という呪いに近い技能のせいで、ダリーシャスは自分の周りの人間を次々に不幸な目に遭わせていた。生まれた時に、双子の弟を死なせたことを皮切りに、多くの人間が彼のせいで不幸な目にあった。
渦の中心に居る自分だけは何の害を被ることなく。その周りだけが傷ついて行く。
レイもその類だと共感していた。
自身が何かをしている訳でもないのに、トラブルが勝手に纏わりつく。まるで運命がそうあれと命じるかのように困難と悲劇が絶え間なく襲ってくる。シアトラ村に滞在中、レイがどんな経緯で旅をしていたのか、リザやシアラから話を聞き、ますます確信を深めていた。
ところが、自分とレイが大きく違うと思い知らされた。
彼はトラブルの渦に周りが取りこまれた時に、危険を承知で飛び込むのだ。自らが傷つく事を承知で、もしかすると何も救い出せないと理解できながらも、嵐に飛び込んでいく。
傷だらけになり、自らをすり減らしながら、守ることすらできず。
それでもと彼は立ち上がり、また嵐に飛び込んでいく。
その在り様が、どうしても腹立たしかった。
どうして、お前は嵐に飛び込むのだ。それが自分の役目だと言わんばかりに、後ろを振り返ることなく、前に進むのだ。死地へと向かうレイの背を見る度に、そう叫びそうになっていた。
同時にレイという人間がそうしなければ生きていけない人間だという事を理解していた。理屈ではなく、本能で理解していた。
だからこそ、リザやレティ、シアラやエトネはレイの事が心配なのだろう。
―――そして、自分もそうなのだ。
「俺の友に、向こう見ずな、見ていると危なっかしい奴がいる。崖から飛び降りる事を躊躇しつつも、最後には飛んでしまう。そうしなければいけないと自らを追い込み、体中が傷だらけになって帰ってくる奴が居る」
それが誰の事なのか、ローランやラシードはうっすらと分かっていた。超弩級モンスターや帝国将軍に対してすら挑みかかった少年を頭に描く。
「そういう奴に限って、運命はあり得ざる頻度で困難を与える。俺と出会う前から、そして出会ってからも幾つもの事件に巻き込まれていた。……まるで、神々にそんな呪いを掛けられているかのように」
ゲオルギウス、赤龍、サファ、フィーニス、エレオノール。レイがこれまで対峙し、どうにか生きのびられたのは、これらの敵が単一だったからだ。
この世界は様々な勢力が入り乱れている。誰が敵で、誰が味方なのか。一瞥しただけでは分からない。それこそ、親愛なる隣人の振りをした敵が居てもおかしくは無い。兄でありながら、弟を毒殺しようとする者もいる。
「其奴の周りに居る者らは、其奴の身を案じておる。だが同時に、その者ら自身にも悲劇の影が足元に伸びているようなのだ」
魔王の孫娘であるシアラだけでなく、リザやレティも何かしらの大きな事情を抱えているのだろう。彼女らの立ち振る舞いを見ていれば、容易に想像がつく。
種族単位や、国家単位を敵に回せば、どうしても単独の冒険者では太刀打ちできない。世界を相手にしたとき、個人では何も守ることは出来ないのだ。
―――なら、国で守ればいい。
「其奴がどうしようもない窮地に陥っていた時、俺は王として友を救いたい。国を挙げ、友を守る。そんな王に俺はなる」
「……たとえそれが民を苦しめ、国を傾かせる悲劇へと繋がろうとしてもか」
「ああ、その通りだ。俺は後世の歴史家から暴君とも暗愚とも称されても構わない。友を救える王になる」
もしかすると、それはナリンザが望んだ王としての姿じゃないかもしれない。万民に慕われる王になりえないかもしれない。だけど、それでも自分が望む事を捨てるつもりはなかった。
すると、カリバンは肩を震わせ、大音声で笑い出した。続けて族長たちも笑いだした。
「この三百年。何人もの王が、己の王としての在り方を模索し、足掻いてきた。愚王とも賢王とも呼ばれた者もいただろう。しかし、たった一人の友の為に国を傾けさせるとまで言ったのはお主が初めてだろうな!」
「かもしれません。ですが、変えるつもりはありません」
「いや、よいよい。変えずとも良い。……どのような王になろうとも、それは王になるべき運命の者が決める事。他者の言葉で道を見出すことはあっても、他者の言葉で己の道を曲げる事だけはするでないぞ」
そう言うと、カリバンは族長たちへと向き直り、告げた。
「それではこれよりオーマット全域に触れを出す。各々の名を使い、ワシャフ配下の兵に武装解除を通達するが宜しいかな」
反対意見は無かった。それから一時間の内に首都に残っていたワシャフの兵たちは捕縛されるか、首都を追い出されるかした。これによって首都オーマットは日の出を待たずに解放されることになった。
ふと、慌ただしくなる王宮の中で、ダリーシャスは己に付き従ってくれたラシードの姿を視線で探した。しかし、灰色の髪をした少年の姿はついぞ見つからなかった。
太陽が真上に差し掛かる頃。数万の兵が荒野を進んでいた。彼らの体には泥や汗に混じり血がこびり付いていたが、表情は晴れやかだった。何しろ、勝ち戦の高揚感に包まれていたのだ。
アフサル麾下の兵たちは幾らか損耗したが、それでも数で勝るワシャフの軍勢を撃破。総大将であったワシャフと将軍たちは討ち死にかあるいは捕縛された。
戦争の趨勢は決したが、それで戦争が終わった訳ではない。
頭を失った兵隊たちは、逃げられる者は逃げ、それでもと戦う者は武器を取った。
アフサルにしてみれば、逃亡する兵も、抵抗する兵も問題では無かった。問題なのは、纏まった数が首都へ逃げ込むことだ。頭を潰したとはいえ、ワシャフの軍勢は纏まった数が残っていた。その内の半分でも首都へ逃げ込まれれば、籠城戦で時間を稼がれてしまう。
折角の勝利が台無しになる。
首都方向へと逃げる兵を優先的に叩き、纏まった軍事行動が取れないように潰す必要があった。それらが終わり、ようやく盆地での戦いが一区切りついた時、アフサルは副官らにその場を任し、兵を率いて首都を目指した。
一刻も早く首都を解放し、自らの王位をこの手に掴むために。
首都の姿が見えてくると、前方の兵士が俄かに騒ぎ出す。近づくにつれ、兵士たちの顔に緊張が走った。
ワシャフの本隊を叩き、勝利したとはいえまだ戦争は継続中だ。捕虜からの情報によればワシャフの子の一人であるホセインがここの警備を任せられているという。
千の守備兵、六男坊の頼りない指揮官。万の軍勢を相手に、いくら城壁があったとしても勝てるとは思わないだろう。だが、それでも戦うと交戦の意思を示されれば、戦う以外の方法は無い。
籠城戦ならば、まだマシだと兵士たちは思う。取り囲み、相手に血を流させるように消耗させればいずれ音を上げる。しかし、市街地戦は話が別だ。
入り組んだ路地、槍が振り回せない室内、死角だらけの建造物。開けた土地とは違い、市街地は戦争をするのに圧倒的に不向きだ。
エルドラドにおいて軍隊の強みは数である。一人二人が死んでも、直ぐに代わりが用意できる。ところが市街地に潜伏する敵兵を探すのに、兵を小分けしていくというのは、軍の持つ利点を消すことになる。
ゲリラ戦術に切り替われる前に、勝負を付けなければならない。そんな覚悟を抱いて首都へと辿り着いた兵士たちだったが、彼らの予想に反した光景が広がった。
外敵を固く閉ざす城門が開き、アフサルの兵たちを招き入れたのだ。どういう事かと訝しげながらも進軍する兵士たちを出迎えたのは、プラティス家残党の反撃では無く、一般市民の熱烈な歓迎だった。
「アフサル様万歳! ダリーシャス様万歳! デゼルト王家に栄光あれ!」
目抜き通りの両側を人が埋め尽くしていた。夏の日のひまわりのように兵士たちの方を向き、手には拍手を、口には歓声を上げていた。一月近い戒厳令が解かれ、反乱の終わりに喚起する民衆の感情が爆発したのだ。
この歓迎ぶりに目を白黒させる兵士たち。それは上官である隊長や、将軍たちも同様だったが、進む以外の選択肢は無かった。
口々にアフサル、そしてここには居ないダリーシャスの名を呼ぶ民衆たちに導かれるように彼らは進んだ。そのゴールである王宮の前に答えがあった。
威厳ある姿で立つカリバン王。そして彼に率いられるかのように十四氏族の族長らが並んでいた。その横にはダリーシャス・オードヴァーンの姿があった。
「ファラハの息子、アフサルよ。前に!」
カリバンが口を開くと、民衆は途端に静かになった。静まり返った王宮前にアフサルが馬を走らせる音しかしない。馬から降りた青年は祖父の前へと跪いた。
「カリバン王。ご無事で何よりです」
「世話を掛けたな、アフサルよ。……我が子でありながら、血と暴力で玉座を簒奪した反逆者ワシャフをよくぞ討ち取った! そして同じくファラハの子、ダリーシャスよ。僅かな手勢を率い、首都の解放によくぞ尽力した!」
アフサルの横に並んで跪くダリーシャスの姿を見て民衆は喝采を上げた。
首都に残っていた千の兵は王と族長らの解放と、王配下の三千の兵を前にして持たなかった。結局のところ、指揮官が居なかった事が敗因だったのか。あまりにもあっけなく、首都は解放された。
微睡の中に居た民衆は、朝を迎えると状況が一変したことに戸惑っていたが、王と族長らが無事な姿を見せつけると、ようやく反乱に終わりが来たのだと納得した。その後、盆地の戦いを偵察した者の報告により、アフサルの勝利が確実と知れ渡ると、民衆は喜びに歌い、沸いた。
「兄弟で共に手を携え、父の仇を取った事、ファラハは御霊から見守っていただろう! ここにワシャフ・プラティスの反乱が終わった事をデゼルト王の名において、宣言する!!」
「アフサル様、万歳! ダリーシャス様、万歳! デゼルト王家に栄光あれ!!」
兄弟の手を掴み、高々と持ち上げた姿に民衆のボルテージは最高潮に達した。割れんばかりの歓声の中、カリバンは静かに耳打ちする。
「アフサルよ。この後すぐにお主へ尋ねたいことがある。……用件は言わなくても分かっているな」
「勿論。構いません、王よ」
そう告げたアフサルの表情を見て、ダリーシャスは動揺した。兄の横顔はどこまでも怜悧だった。まるで、こうなる事を知って居たかのように悠然と構えていた。
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