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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第7章 熱砂の国
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7-45 首都への侵入

 ベヘンナディー盆地の戦いが決着を迎えるよりも半日ほど前。首都オーマットは夜の帳についていた。


 ワシャフの反乱が起きてから一月近く経つものの、民衆の動揺は治まる気配を見せていなかった。どれだけ箝口令をしいても、人の口に戸は立てられない。アフサルがガヴァ―ナにて軍を旗揚げし、ワシャフと伍する戦力を用意したという情報は噂という形で蔓延していた。


 アフサルが送り込んだスパイによる情報工作の成果だ。


 足元がいまだ不安定な状況の中、ワシャフは決着を付ける覚悟で出兵した。五人の息子を引きつれ、進軍する兵士たちを民衆は冷ややかな視線を向けていた。


 そんな一大決戦でありながら、居残りを命じられた兵たちの士気は低かった。二十キロ先でこの国の行方を左右する戦争が起きているというのに、自分たちは民衆がアフサルに呼応して暴動を起こさないかどうかの、監視と取り締まりの為に残らされているのだ。


 貧乏くじを引かされたと、城壁に佇む兵士はため息を吐いた。


 家族の為に、生活の為に兵士になったはいいが、手にした槍の向く先が守るべき民衆という矛盾。向けられた民衆の視線は、自分の持つ槍なんかを上回る鋭さを有していた。向けられるたびに、心が痛くなってくる。


 かといって、戦場に出て同じ大地に住み、同じ恵みを食してきた同胞と殺し合うというのも気が進まない。


 そもそもからして、この動乱において一般市民であるこの兵士は反発も賛成もしていなかった。何しろ、彼のような一般市民にしてみれば、アフサルだの、ワシャフだのといった王族達は雲の上の存在だ。顔を見た事もなければ、声を掛けられた記憶すらない。


 これまでがそうだったし、これからもそうなのだろう。


 そんな存在同士が王座を巡り争っているという状況が、兵士にとってみれば興味がないのだ。どちらが王になったとしても、この国を実質的に牛耳っているのは十四氏族であり、王族は彼らの仲裁役や調整役に過ぎない。


 顔も知らない王族同士の争いに巻き込まれてしまい、民衆は辟易していた。


 それも明日の夕暮れぐらいまでには決着がつくだろう。アフサルが勝つか、ワシャフが勝つか。それは神のみぞ知るという奴だ。


 欠伸を噛み殺し、交代の時刻まで踏ん張るかと背伸びをした兵士の背後に、影が通り過ぎた。


「……ん? いま、何か」


 振り返ると同時に、男の耳は甘い吐息のような詠唱を拾い、そして意識が闇に包まれたのだった。






「おっと、危ない」


 ローランが倒れる兵士の体を抱き止め、エトネが手から滑り落ちた槍を掴んだ。下手に音を立てると、不審に思った兵士たちが様子を見に来るかもしれない。


 そうなるといささか具合が悪かった。何しろ、城壁の上にあからさまに場違いな不審者が集まっているのだから。


 《ミクリヤ》と《神聖騎士団》。そしてダリーシャスとラシードに加えてヌギド族の者達、合わせて三十人以上の集団が城壁の上へと姿を現していた。


 ワシャフ、アフサルの陣営に続く、第三勢力である。数は先の二つに比べれば最小ではあるが、特色豊かといえた。その内の一人が『聖女』であるミストラルだ。


「ミストラル。手はず通り、まずはこの人の記憶を読んでほしい」


「分かりました。それでは彼の体を横たわらせて。《彼の者の心を包む防壁よ、我が呼び声に耳を傾けたまえ》」


 兜を外した兵士の額に手を当てたミストラルが自分の技能スキルを発動した。《心ノ潜水》というミストラルの技能スキルは任意の対象に触れていると、相手の心や記憶を読み解くことが出来るそうだ。


 いわゆる読心術と呼ばれる物だ。


「……分かりました。いま、ここの首都を警護している守備兵の数はおよそ千人。七百が防壁と城下に。残りの三百が王宮を含めた中枢施設の警護に当たっているそうです。また、守備の責任者はワシャフ・プラティスの息子であるホセイン・プラティスという子らしいですわ」


 僅か数秒で必要としていた情報を収集したミストラルに尊敬の視線が集まる。ダリーシャスがホセインかと呟いた。


「ワシャフの子の中では一番の年少だったはずだ。内向的な奴だったから、戦に不向きと判断されて残ったのかもしれんな」


「となると、王宮内で騒ぎが起きれば、そのホセイン王子に情報が集まる。逆に言えば、そのホセイン王子を押さえれば、王宮の三百人と戦わなくても済むという話だな、ならば、儂らはホセイン王子の身柄を押さえる事としよう」


 マクスウェルの出した方針に全員が頷いた。そして、レイ達はこれ以上長居すれば見つかるという事を警戒して城壁を降りた。魔法で眠らした兵士の横に酒瓶を一つ添えて置く。こうすることで酔っ払って仕事を放棄した兵士と周りから思われ、まさか侵入者に眠らされたとは考えないだろう。


 もっとも、そのせいでこの兵士が減給処分となったら申し訳ない。ついでとばかりにガルド硬貨を握らせておく。


「確認だけど、基本方針は十四氏族の族長と幽閉されているカリバン・デゼルト王の救出。それで間違いないんですよね」


 静まり返った首都で固まって行動することは危険だとラシードが進言したため、分散して行動するレイ達。最重要人物であるダリーシャスは《神聖騎士団》が。《ミクリヤ》のメンバーにはマクスウェルが同行していた。


 警邏の兵士たちを掻い潜りながら事前に決めていた集結地点に向かう最中。レイはマクスウェルへ段取りの確認をしていた。


「うむ、その通りだ。アフサル王子を止めるためにも、族長と王の救出。そして説得が必要だ。夜が明ければ、盆地での戦いにもケリが付くだろう。そうなれば、アフサル王子の軍勢が首都を取り囲む。それまでに全てを終えておかなければ、ダリーシャス王子に勝ちの目は無い」


 先行するヌギド族の青年が通りの先に居た兵士が角を曲がったのを確認して合図を送る。レイ達は可能な限り足音を立てずに速やかに移動した。隠密行動という事もあり、ローランを含めた全員が鎧などの防具をエルフ製の馬車へと預けていた。身軽ではあるのだが、いざ戦闘になった時に身を守る物がないというのは不安だ。


 その為にも戦闘は極力避けるというのが前提の侵入作戦だった。


 アフサルの出生の秘密を知ったレイ達は王を味方に引き入れるべく念入りに作戦を打ち合わせ、準備を行って来た。オーマット近くに潜伏し、駐留するワシャフの軍が首都を開ける時を待ち、今宵遂に侵入を開始した。


「まず、王宮内に侵入し守備の要である指揮官ホセインを拘束。兵士たちに武器を捨てさせ、族長と王を解放させる。そして首都も今夜のうちに開放するように働きかけることで、ダリーシャス王子の功績とする。これをしなければ、誰もあの王子の話を聞いてくれんからな」


 現状のダリーシャスに足りないのは確固たる功績だ。いくらワシャフの非道や、アフサルの秘密を暴露した所で、何の結果も残していない者の話に誰も耳を傾けてはくれない。王と族長の救出と首都解放の功績で、ダリーシャスは彼らと目線を同じにできる。


「その後は首都近郊に待機してもらっているマストゥーレ殿にお越しいただいて、今回の謀りがオードヴァーン家ではなく、アフサル個人の物であると証明するとあるが、全てはダリーシャス王子の手腕次第。儂らのような存在が口を挟むことではない」


「いまはそこまでダリーシャスを連れていくのが僕らの役目という訳だね」


 レイの言葉に頷くマクスウェル。するとヌギド族の青年が、目的地が近いと告げた。いつの間にか周りの風景が変わっていた。


 先程までは異国情緒溢れる建物が並んでいた。きちんとした都市整備計画のもとで作られた道や水路、植林などがあったが、今ではすっかりと寂れた風景だ。外壁が崩れ、布で適当に隠された建物。痩せこけた野良犬が目を光らせ、打ち捨てられたごみの山に酔っぱらいが寝そべる。


 レイ達が辿り着いたのは首都における恥部ともいうべきスラムだった。既に先行していたダリーシャスたちが待っていた。


「遅いぞ、レイ」


「ごめん。……ここがそうなんだね」


 謝るとレイはそびえ立つ城壁を見上げた。その向こう側に議事堂や王宮と言ったデゼルト国の中枢機能を司る施設が並んでいる。


 外側の城壁への侵入はヌギド族の手引きで可能だったが、内側の城壁に関してはどうやっても不可能だった。クトゥスが内通者を送りこもうとしたが、失敗に終わってしまった。また、城壁をよじ登るのも難しく、魔法などで侵入しようものなら直ぐに発見されてしまう仕掛けがあるそうだ。


 そこで内部への侵入口として選ばれたのが、議事堂から貧民窟に出る通路だ。クーデターが発生した日、ラシードはここから外へと出たのだ。


 言い換えれば、ここはラシードやナリンザの父が死んだ場所でもあるのだ。


 父が死んだ場所を眺めていたラシードへとレイが大丈夫かと声を掛けた。


「……すいません。少し、思い出していました。ここで、待ち構えていた兵士に父は殺されました。血が、沢山流した血が地面を赤く染めていたのですが。……いまじゃ、痕すら残っていませんね」


「気分が悪いなら、どこかで隠れて休んでいてもいいんだよ」


 気を使うレイにラシードは首を横に振った。


「僕も、ナキ家の人間として最後までお付き合いさせてください。……いま考えれば、オードヴァーン家しか知らない通路をプラティス家に教えたのも、アフサル様なのかもしれません。あの方を止める事こそが、あの時生き残った意味なのかもしれません」


「ラシード君。……分かった。好きにしたらいい。だけど、その為なら死んでもいいなんて思わないでくれよ。そしたらまた、助けに行くからな」


 ぽかんと。目を丸くした少年はくすくすと笑い、


「そうですね。レイさんの手を煩わしてはいけませんね」


 と言う。すると、背後の壁に手を当て、侵入口を検めていたクトゥスがダメだと言わんばかりに壁を叩いた。


「やられたな。どうやらワシャフ側がこの出入り口を塞いだようだ」


「ふむ。流石に敵もそこまでは馬鹿では無かった訳か。仕方あるまい。次の手段を選ぶとしよう―――どうした、レイ君」


 マクスウェルの言葉を遮って、レイが龍刀を引き抜いた。そして精神力を練り上げ、戦技へと昇華させる。


「《崩剣》」


 戦技を纏った刃が何の抵抗もなく壁を貫き、一本の線となって切り裂いた。縦に切られた壁は次第に崩れていき、数十秒後にはぽっかりと口を開けた。


 溜めこまれていたひんやりとした空気が流れ込む。闇に隠れているが、奥へと繋がる通路が伸びているのが感じられた。


「お見事。切った物を問答無用で崩す技か」


「そういう事。それじゃ、行くとしますか」


 レイの言葉に松明を掲げたヌギド族の男たちが先行する。ここを歩いた事のあるラシードが後に続いた。


 議事堂までの秘密の通路は、レイやラシードの予想とは裏腹に随分と入り組み、幾つも分岐していた。ラシードがココに来たときは全体図を知っている父親がいたからこそ迷わずに抜けられた。


 まさに迷路のような通路だが、エトネが見つけたある物をきっかけに進む速度が上がった。


 それは血の跡だった。通路の壁や床に飛び散る血痕は古く、薄らと埃が浮いていた。


 誰の物なのか、考えるまでもなかった。この通路を最近使い、血を流していた男は一人しかいなかった。


「父上。……これだけの負傷を……僕に隠して」


 涙ぐむラシードだが、足を止めないと決めた少年は前へと進む。通路の闇を恐れず、父が残した道標を頼りにかつて来た道を逆に歩んだ。


 そして、遂にその場所へと辿り着いた。血が不自然に切れた場所。先程の入り口とは違い、こちらは塞がっていなかった。


 壁を調べて開閉のボタンをクトゥスが押すと、壁がゆっくりとずれた。軽く押すだけでずれた壁が回る。


 廊下へと探りに出たクトゥスが、周りに誰も居ない事を確認すると、通路に残っているメンバーを呼んだ。狭く息苦しい通路から、議事堂の廊下へと出た時、レイは自然と深呼吸をした。


 そして、辺りを見回して言葉を失った。


 美しくも複雑な文様が施された廊下の絨毯は血の足跡を残し、壁に掛けられていた絵画は半ばまでが焼け落ち、戦闘のあおりを受けた天井から夜空が見えた。


 議事堂はクーデター発生時のまま、まるで時が止まったかのように当時の惨劇を伝えていた。


 シアラがある物に気が付き、レティとエトネの目を塞いだ。金色黒色の瞳が不愉快そうに細くなる先に居たのは、瓦礫の隙間から飛び出している人の手と思しき物だ。思しきとしか表現できないのは、鳥に啄まれたのか原型をとどめていないからだ。


「酷い有様だ。ワシャフ伯父はここの修復を後回しにしたという訳か。打ち捨てられた骸の怨嗟が聞こえてきそうだ」


 目の前の光景に怒りを感じるダリーシャス。同様の光景を見たミストラルは手を合わせて13神への祈りをささげた。


「王子に坊主。それと『聖騎士』。議事堂には兵士の影は無い。おそらく、重要人物はここに居ないのだろうな。さっさと行くぞ」


 どこまでも現実的なクトゥスの言葉に促されて、レイ達は議事堂の廊下を進んだ。確かに、ここは静寂に包まれていた。人の息遣いや生活の跡はなく、放置された廃墟の様相をなしていた。


 そして、議事堂の入り口を出て、ダリーシャスは眼前にある建物を見て呟いた。


「ナリンザ、見ているか。やっと、ここに帰ってきたぞ」


 見上げた先には白亜の王宮が青き月の輝きを浴びて輝いていた。



読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は二十日月曜日頃を予定しております。

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