7-42 砕かれた幻想
「このような辺鄙な場所にお呼びしてしまい、申し訳ありません」
上品な言葉遣いの婦人はそう言うと、頭を下げた。ダリーシャスは構いませんと敬語を崩さず返した。
「お疲れでしょう。紅茶を入れましたので、どうぞお座りになって下さい」
「分かりました。それでは失礼をして」
向かいの席を勧められ、ダリーシャスはマストゥーレの前に座った。婦人の手が白磁の陶器に触れ、同じ陶器のカップに紅茶が注がれると湯気が昇った。揺れた薄紅色の水面にダリーシャスの顔が映り、自然と喉が鳴った。
これは喉が渇いたからではなく、一週間前に毒殺されかけたという事実を思い出して緊張したのだ。食事の席でスープに毒を仕込むように命じたのは眼前の女性の息子である。
すると、ダリーシャスの緊張を感じ取ったレイが横からカップを掴むと、中の紅茶を一気に流し込んだ。
「レイ! 其方、止めよ!」
制止の声を上げたダリーシャスだが、レイはあっという間にカップを空にした。
「不作法、失礼。護衛として、毒味を……ご気分を害されたのなら、ご容赦ください」
「いえ。私の方こそ、思慮が足りず、申し訳ありません。ダリーシャス王子のお立場を考えれば、私の入れた紅茶を口にするのは抵抗がありますわ」
仕方ありませんというも、マストゥーレは寂しそうに空のカップを眺めた。すると、ダリーシャスは紅茶の入っているポットを掴むと、自分のカップに注ぎ、口をつけた。
そして傷ついた夫人に向けて穏やかな笑みを浮かべる。
「美味しい紅茶です。貴女の細やかな心遣いを感じます」
「あら、ファラハ様に似て、口が上手くなったわね」
コロコロと笑うマストゥーレ。釣られてダリーシャスも笑ってしまう。和やかな空気に包まれる温室だが、何時までもこうしている訳にはいかなかった。
「……それで、まさか紅茶を飲ませるために私を呼んだわけではありませんよね、マストゥーレ様」
笑みを消し、眼光鋭くさせたダリーシャスの姿は王族として威厳ある姿だ。幾つもの修羅場を潜り抜けて来た事もあり、この辺りの切り替わりは息を吐くように自然と出来た。
マストゥーレも笑みを消すと、居住まいを正した。
「そもそも、オルシア家の人間がどうしてこんな山の、僻地に居るのですか。それもヌギド族を雇ってまで」
「その辺りに付いては俺から話しましょうか、マストゥーレ様」
それまで話に加わろうとはせず、距離を取っていたクトゥスが口を挟んだ。しかし、マストゥーレは大丈夫だと言って、彼を退けた。
「ヌギド族を雇ったのは、護衛の為です。多少なりとも縁のあった彼らが、プラティス家との繋がりを断ち、行く当てもなかったのを拾い上げたのです。……話を聞けば、王子と面識があるとの事。そこで、王子を連れてくるように頼んだのです。王子をお呼びしたのは、私の罪を告白したいと思ったからです」
「罪とはまた大仰な。一体、それはどのような意味なのですか。貴女のような人が何の罪を犯したというのか」
「全てです。いま、デゼルト国は大きく揺れています。その原因は……私にあるのです」
婦人の口から出た言葉に、レイとダリーシャスは呆気にとられた。物腰の穏やかそうな婦人がデゼルト国に巻き起こっている動乱の原因だと、どうしても繋がらないのだ。いち早く立ち直ったダリーシャスが聞き返した。
「貴女が、この状況を引き起こした原因ですって。要領が得ません、マストゥーレ様。順を追って話してはもらえませんか」
こくりと頷いた婦人は苦しそうに胸に手を当てながらも、己の犯した罪について語り出した。
「ご存知かどうかは分かりませんが、ワシャフ様の反乱を裏で操っているのは私の息子であるアフサルです。その理由は、ファラハ様の死と自らが王になるための策略なのです。信じられないでしょうが―――」
「―――いえ。信じます。我らもその結論に達しました。問題は、そこに到るまでの理由です。なぜ、兄上は父を殺す必要があったのか。それが分からないのです。何かご存知なら……マストゥーレ様?」
ダリーシャスの言葉が止まったのは対面に座るマストゥーレが涙を流し、嗚咽を漏らしたからだ。婦人の細い肩が震え、伸びた背筋を丸めてマストゥーレは泣いていた。まるで子供のように。
「私の、私のせいなのです。私が、あの子を止められなかった。あの子の憎悪を、癒せなかったのです。だから、ファラハ様は死に、ナジム様も死に、王族の方々も殺されてしまったのです!」
「ど、どういう事なのですか!? 兄上の憎悪とは一体」
嗚咽は止まらず、流れる涙と共にマストゥーレは己の罪を告げた。
「アフサルは、ファラハとの間の子供ではありません。あの子の父はワシャフ・プラティスなのです」
アフサル・オードヴァーンがその事を知ったのは二年ほど前だ。
弟のダリーシャスとは違い、アフサルは父親のファラハの元で法律に関する実務を担当しつつ、彼の政務の手伝いをしていた。その関係で、父親の執務室に頻繁に出入りしていた。その日も、幾つか必要な書類や本があったため、父の不在を承知で執務室に足を踏み入れた。
本棚から目的の本を引き抜くと、そこに挟まれていた古びた書簡が落ちた。
それがアフサルの運命を大きく狂わした。
書簡の内容は恐るべきことが記されていた。なんと、自分の父親がワシャフであるという告発文だった。
読んだ当初、馬鹿々々しいとアフサルは一笑に付した。
このような噂話は王宮のあちこちで雀たちが囀るのと同じで、証拠も根拠もない出鱈目な法螺話。おそらく、自分と父の間か、もしくは自分の母であるオルシア家との間を裂こうとする、程度の低い工作だろう。
つまらない手を使う奴も居た者だと理性は呆れていた。ところが、本能は僅かながらに無視できない疑問点を見つけていた。
一つは書簡の古さだ。紙は黄ばみ、埃が染みのように張り付いている。少なくとも、ここ一年や二年程度ではここまで紙は劣化しない。おそらく二十年かあるいはそれ以上の時間を置けば、これほど劣化するだろう。
もう一つがこんな低俗な内容の書簡をどうして父は保管していたのか。それこそ、豪胆な父なら一笑に付した後、破り捨てる。それなのに、こんなに長い期間どうしてまだ持っているのか。
その二つの引っ掛かりが爪に出来たささくれの様に無視できない痛みを心に与えていた。背中を伝う汗は不吉な予感を感じ取った本能が流せた汗なのか。
―――疑念は真実へと辿り着かせた。
一年もの時間をかけて、アフサルは書簡の内容、送り主、自分の出生に立ち会った人間の動向、ワシャフの当時の行動などを洗いだした。もちろん、父にもナキ家にも秘密の行動だ。
四六時中傍に居るクリシュを欺くのは並大抵の労力では無かったが、最後まで自分の行動は誰にも気がつかれなかった。
そして、アフサルは驚愕した。自分が調べた情報は、ある真実を指し示していた。
自分はワシャフ・プラティスの子供という真実を。
事のあらましは簡単だ。当時、ワシャフは将来の政敵になる弟のファラハに対して、時限式の爆弾を忍ばせようと考えていたのだ。もちろん物理的な意味での爆発物では無い。
彼の政治的な基盤を削るための爆弾だ。
一つや二つ仕込んだ程度では不発に終わると考え、ワシャフは幾つもの策を用意した。それが実際に効力を上げたかどうかは別として、用意した策の中でも、飛びぬけて悍ましい策を実行していた。それはファラハに輿入れが決まっていたマストゥーレ・オルシアに自分の種を仕込むという、悪辣な内容だ。
輿入れ二か月前のマストゥーレをワシャフは無理やり手籠めにした。
確実に子供が出来るようにと人体に大きな負担をかける薬を用い、その上で懐妊が確認できるまで手元に監禁した。
まさに外道のやり口だ。
結果として、彼女は懐妊が確認され、そして解放された。
政治的な事情からファラハとの縁戚関係を結ぶ必要があったオルシア家には他に女性がおらず、周りはワシャフの蛮行を知りつつ、ファラハに秘密にして嫁がせた。
マストゥーレは生来体の弱い女性だった。そこに加えてワシャフの外道な行為による体はいたく消耗していた。堕胎をすれば次の子は望めないと医師に言われてしまい、彼女は子供を産みたいという願いからファラハに嘘を吐いた。輿入れして直ぐに妊娠したと言ったのだ。
しかし、その嘘を守るためには問題があった。このまま十月十日を過ぎれば、輿入れの時期と一月近くずれる恐れがあった。もし、ファラハに子供が自分の子ではないと知られれば、間違いなく殺されてしまう。ワシャフの狙いはそれだったのかもしれない。
生まれてくる子に罪は無い。彼女の決心は鋼よりも固く、何よりも清廉であった。
マストゥーレは生まれてくる子を守るために、様々な手段を使い、子が生まれてくるのを遅らせようとした。妊娠だけでも体の負担は非常に高いというのに、彼女は更に秘薬などを用いた。それは命を削るのに等しい行為だった。
リスクを承知で、マストゥーレは一人、孤独に戦った。彼女は生まれる子供と家を守る為に、命を賭けた。その執念が実り、彼女は誰にも不審がられることなく、アフサルを出産した。引き換えに、彼女は心身を病み、子供を作れなくなってしまった。
アフサルは知り得た情報や、集めた証拠をオルシア家の領地で静養している母に突きつけた時、それらを全て聞かされた。彼女は泣きながら全てを告白したのだ。
泣き崩れる母を見て、アフサルの胸には込み上げる物があった。出産時の無茶な投薬の影響で心身ともに疲弊した彼女は自分の成長を待たずに領地へと戻った。デゼルト国の通例ではあるが、母を母と慕った事は記憶の中で一度もない。それでも目の前の女性が心と体を擦り減してまで自分を生んでくれたのだという事実を目の当たりにして、心に温かいものが流れ込んだ。
いつしか自分も涙を流していた。
そして、母は自分の出生の秘密を父―――ファラハも知っていると話した。
アフサルが生まれる前、ファラハは十四氏族の内、二つの氏族から嫁を取るも、生まれた子は両方とも娘だったのだ。そして三番目に生まれた子供が待望の男子だった時、大変喜んだという。
だが、その喜びに水を差すようにあの書簡が、アフサルがワシャフの子であるという告発文が届けられたという。
まさかと思い、ファラハも調査を開始した。三十年前の出来事を調べるよりも、生後間もなくの時期の方が調査は簡単だったのだろう。
直ぐに真相は判明し、ファラハからも同じように詰問されたという。母は死すら覚悟して全てを打ち明けたという。せめて子供の命だけは助けてもらえるように嘆願した。
そんな母に対して、ファラハの反応は予想外だった。
泣いて生まれたばかりの子の助命を縋る女の手を取って、言ったのだ。
―――すまない。兄との諍いに其方を巻き込み、要らぬ苦痛を味合わせてしまった。其方にも、生まれた子にも何の責は無い。あの子は俺の子として育て上げよう。
母はその一言で、救われたと語っていた。あの方こそ次代の王になるべき方。貴方も立派な父に恥じない者になってくれと言われた。
自分も、同じように思った。記憶の中のファラハは立派な、偉大な、そして優しい父だ。実の息子でないと知りながら、自分に最高の教育を施し、手元に置いて育て上げてくれた。弟のダリーシャスよりも愛されているのではないかとすら考えてしまうほどだ。
そんな男を自分も尊敬し、かの者を王にする。それが自分の理想となった。
―――すべては幻想だったとも知らずに。
幻想が現実に砕かれたのは、ほんの些細な偶然だった。母から真実を聞かされてから数か月後。遠方の地に派遣され、ようやく案件が終わり首都へと帰還した日。夜更けではあったが、屋敷のファラハの部屋は明かりが灯っていた。報告は後にしても、帰還の挨拶だけはしようと部屋に近づいた時、ナキ家当主の声がしたのだ。
「ファラハ様。やはり、アフサル様がご自身の出生に纏わる秘密を知ったようです」
心臓が跳ね上がる。僅かに空いた隙間へ息を殺して近づくと、より鮮明に話し声が聞こえた。
「そうか。……それでアフサルがワシャフと接触している様子はあったか」
「それはありません。今回の派遣においても怪しい動きなどはせず、政務に勤しんでいるとの報告です」
「ふむ。だとすると、アイツは俺に対して反抗する兆しは無いか。ならば重畳、重畳」
心外だと憤る。自分はファラハを父としてこれ以上なく尊敬しているのに、今更ワシャフの方になびくはずがない。盗み聞きしているという事も忘れ、扉を開け放ち、そう告げようとした瞬間、ファラハが言った。
「何しろアイツは大事な票だ。このまま神前投票まで、アイツを俺の息子として扱う方針に変更は無い」
心臓が凍りついた。扉に掛けた手が震え、息が出来ない。
いま、ファラハは何と言った。
「では、やはり当時の計画通り」
「ああ。神前投票が終わり次第、十四氏族に対してワシャフの悪行を告発。アフサルがワシャフの子であると大々的に発表して、あれを廃嫡する」
視界が歪む。地面が揺れたのか、自分が揺れているのかアフサルには分からなかった。汗が止まらず、聞いている言葉が遠くの世界の言語に思えて来た。
この男は何を言っているのだ。
「なんだ? 不服か」
「……惜しい気がします。アフサル様は大変勤勉な方。政務にも精を出し、民衆からの支持もそれなりです。良き王になる資格をお持ちかと」
「確かにな。ダリーシャスと比べれば、圧倒的にアフサルの方が優れている。だが、あれを王にする訳にはいかないぞ」
部屋から聞こえてくるファラハに似た声の男はいったい誰なんだ。どこまでも残酷で、冷徹な響きが自分の中へ虫のように這入り込んでくる。
「あれの本質はワシャフと同じだ。人を数字でしか計れない、合理的な性格だ。王を支える者ならば、それは必要な要素だ。だが、王とは冷徹と温情の二つを等しく併せ持つ者でなければ民は率いる事は出来ない。アフサルに接していれば、あれにそこが欠けているのが良く分かる」
「左様でございますか。お心を知らず、申し訳ありません。……それで、アフサル様が納得しなかった場合はどのようになさいますか」
「納得できなかったとはどういう意味だ」
「ファラハ様のご子息でないと発表し、子息から廃嫡するという事を納得しなかった場合です」
ファラハは間髪入れずに告げた。
「その時は仕方ない。不幸な目にあってもらうしかないな。全ては国の安寧の為だ。禍根は残せない」
それが決定的だった。
気が付くと、自分は屋敷の自室に辿り着いていた。ファラハの執務室からどうやって帰ってきたのか、記憶には無かった。
信じていたものが打ち砕かれるとはまさにこの事だ。
ファラハが自分に向けていた愛情は、子供への愛情では無かった。あれは自分を王にするための投票権を確保するための必要な手間に過ぎなかった。食用の豚を愛情込めて育て、よき家畜として出荷して利益を得るための手間と同じだ。
「はっはっはっはっはっは!」
喉を突いて哄笑が湧いた。涙は出ない。ただ体の内から溢れるのは憎悪だった。
ワシャフもファラハも自分を道具としてしか見ていなかった。政争の火種としか扱っていなかった。そんな男達の血が流れ、そんな男たちに育てられたのだ。
憎しみで頭がどうにかなりそうだった。
黒い感情が全身を駆け巡り、アフサルを一つの思考へと駆り立てる。
王族は腐っている。三百年という月日がそうさせたのか、あるいは王という座が狂わせたのか。ともかく、この大地にデゼルト王家が存在することが耐えられなかった。
「いっその事、この国が滅べばいい」
口にしてから、アフサルは全身を駆け巡る憎悪の答えを得たとばかりに叫んだ。
「そうか。滅ぼせばいいのだ。デゼルト国を。この国を、この手で」
自分の中で産声を上げた憎悪の獣が巨大な口を開いて嗤っていた。そうだ、そうすればいいのだと後押しをする。
「父を殺し、弟を殺し、親族を殺す。王族を皆殺しにして、デゼルト国という古い国を滅ぼし、新たな王朝を自分の手で打ち立てる」
なんと甘美な光景なのか。
自分の手による、自分の為の、自分の国。
いつの間にか、アフサルの口は吊り上がり、人とは思えない獣の笑みを浮かべていた。
こうして、アフサル・オードヴァーンはデゼルト国を滅ぼし、自分の国を作るべく行動を開始した。
十四氏族内の反主流派と接触し、自分の影響力を国の中で広げる。そんな裏工作をしている最中、転機が訪れた。
現王のカリバン・デゼルトが倒れたのだ。
一命は取り止めたが、高齢という事もありこれ以上の政務は不可能と判断され、次の王を決める神前投票が行われる運びになった。
つまり、これが終われば自分も終わるという事だ。ファラハが勝っても、自分は王になれない。ワシャフが勝っても同様だ。
故に、アフサルは大ばくちに出た。元々、影響力を広げるにあたりギルドに自分の信奉者を送りこんでいた。どんな細かい情報でも拾うように命じた結果、驚くべき情報が飛び込んできたのだ。それは六将軍第二席ゲオルギウスの復活だ。
ギルド内で秘匿された情報を手に入れたアフサルは法王庁からの通達と偽り、魔人種が南方大陸で活動を再開するとファラハに吹きこみ、彼の危機感をあおった。そして神前投票の為と唆して帝国との軍事締結を提案。その交渉に立候補したのだ。
帝国の軍事力を持って、十四氏族をひれ伏せさせようとしたのだ。
帝国との交渉は簡単だった。なぜなら、向うには最初から侵略戦争の話として持ち掛けたのだ。帝国としても、外征という長年の目標があったため、すんなりと話が通ってしまった。帝国皇帝直筆の親書すら届いた時には上手く行きすぎだろうと不安に駆られてしまう。
その親書を携え、アフサルはワシャフの元へと向かった。自分がワシャフの子であり、ファラハを父としても王としても崇める気にはならない。子と認めなくてもいいので、ワシャフ王政権化での庇護を求めると告げた。
無論、本心からの申し出ではない。ファラハを父とも王とも崇めるつもりはないが、ワシャフの庇護に甘んじる気もない。
これまでの悪行からか、神前投票で不利な状況だったワシャフはろくに精査することなく、アフサルの申し出を受け親書を手に入れた。事前にワシャフの危機感と自尊心を煽っておくことで、簡単に馬鹿な行動に出てもらえるようにお膳立てをして、自分は国を出た。
それらが実を結び、議事堂での、ワシャフの反乱に繋がったのだ。
「ようやく、ここまで来たな」
ガヴァ―ナの執務室に一人でいるアフサルは、これまでの道程を思い返していた。計画通り、ファラハを自分の手で殺さず、ワシャフに殺させた。流石に父殺しの汚名を着ては、民衆は誰も付いて来ない。あくまで、自分は父や弟を殺された、悲劇の王子でなくてはいけない。民衆はそう言った悲劇的で、なおかつ分かりやすい存在に熱狂しやすい。
後は、首都を占拠している逆族を打ち滅ぼし、自分が王であると主張するのだ。
親書の件は力づくで黙らせる。囚われの族長がうるさく言うのなら、排除すればいい。ワシャフが処刑したことにして、次の族長を自分の息の掛かった反主流派の者達に挿げ替えれば話は済む。
完璧な計画では無い。もっとも時間があれば、こんなに荒いやり方をしなくても済んだ。祖父であるカリバン王が病気で倒れなければ、もっと根回しや工作に時間を使えたというのに。しかし、世の中は全て思い通りには行かないものだ。そんな中で、ここまでは自分に有利に進んでいるではないか。
そう慰めていると、アフサルは苦笑を浮かべた。
「なるほど。族長の首を挿げ替えれば問題ないと直ぐに割り切る所が、合理的と言われる部分か」
御霊に昇ったファラハの言葉を思い出していた。人を数字でしか計れない、合理的な人格。
確かに、自分は冷徹で悪辣だ。
しかし、温情な面もあるのだと反論する。
ワシャフの反乱が起きる直前、アフサルは母の元を訪れ、避難するようにと話したのだ。オードヴァーン家とつながりのあるオルシア家が襲われないと限らないからだ。
どういう事かと混乱する母に全てを打ち明け、無理やり山の屋敷へと連れていかせた。これこそ、温情だと思う。
自分は母を尊敬している。命を縮めてまで自分と家の為に耐え抜いた母を守りたいと思ったのだ。
アフサルは気が付いていなかった。母を大切に思うと口にしながら、自分の策略で年幼い弟や仕えてくれていたナキ家の人間が死んでいった事を。そしてこれから流される血が自国民の血である事を、知りながら許容している合理的な自分を。
扉がノックされると、クリシュが執務室へと姿を現した。
「アフサル様。味方する十四氏族の兵、三万が六つに分かれたまま集結地点へと向けて出発したとの事です」
「そうか。それじゃ、僕らも行くとするか。ガヴァ―ナの守護部隊を除く全兵に動員。帝国軍にも通達を。それと集結地点に集まる軍には道中、警戒を怠るなと徹底してくれ」
装いを旅装へと変えたアフサルが執務室を出た。クリシュが随伴する。
「集結すれば三万の兵でも、いまは五千ずつの兵だ。その数なら、各個撃破されてもおかしくないだろ」
「畏まりました。魔道具にて通達させます。それと、王宮内の協力者から最新の情報が。やはり、此方に帝国が味方に付いたことが露見しております」
差し出された書簡にアフサルは目を落とした。そこには帝国との軍事締結が事実であったとワシャフが強弁したことで十四氏族の中でも変化が起き、兵が増員されたことを告げていた。
「仕方あるまい。どれだけ気をつけていても、情報とはひび割れた桶のようなものだ。どうやっても水は漏れる。一万の軍勢を決戦直前まで秘匿出来た事の方が上出来だった。兵の数で上回られたのならば、策を弄して上回るしかあるまい。勝利すれば、全てが勝者の物となるのだ」
屋敷を出ると、整然と並んだ兵士たちが待ち構えていた。暑い日差しを浴びた事で、アフサルの中の獣が一段と吼えた気がした。
「それでは、首都を落としてこの茶番劇の幕を引こうじゃないか」
読んでくださって、ありがとうございます。




