表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第7章 熱砂の国
394/781

7-41 第三勢力

 地平線から太陽が昇る。雨に濡れた荒野は日光を浴びてさんさんと輝いていた。レイ達は夜通し走っていた馬の足を止め、人目から隠れるように、街道を外れた平地で休んでいた。


 追っ手を警戒してきた道を途中まで引き返しに行っていた《神聖騎士団》のメンバーが無事に戻ると、ローランは用意した朝食を手渡した。


「どうだい。追っ手が来ている気配はあったかな」


「今の所は無さそうだ。とはいえ、追っ手が来ないと考えて行動するよりも、来ると考えた上で備えておいた方が、いざその時を迎えた時の準備が違うだろうな」


「だね。朝食が終わったら、ここも引きはらおうか。それでいいかな、王子、レイ君」


 ローランの指示に従わずに戻って来た事の説教を受けていたレイは正座の姿勢を取っていた。上半身は、だらりと後ろに投げ出され、疲労困憊だった。なにしろ、ローランのみならず、青筋を立てたマクスウェルと、瞳に涙を浮かべたミストラルの三人掛かりの説教は凄まじかった。傍で聞いていたエトネが顔を青ざめ、レティと一緒になってリザへと抱きついたほどだ。


 もしかするとこの嵐のような説教が一番、精神と体にダメージを与えているのかもしれない。


「僕の方はそれで構いません。ダリーシャス。あんたもそれでいいかな?」


 レイがダリーシャスに問いかけた。すると、ダリーシャスはローランとラシードの二人を見ながら、口を開いた。


「その前に尋ねておきたいのだが、其方らはどうして我らの救援をしたのだ」


「おや? 今更それを聞かれるとはね。レイ君には話したけど、僕らはこの子に頼まれたんだよ。ギルド近くの宿を借りていたら、王子たちが危ないからと言って助けを求めて来たんだ。それで、救援に来たという訳さ」


 その話を聞いていたレイとエトネを除いた者達が驚く中、ダリーシャスがラシードの瞳を覗きこんだ。まるで、少年の真意を探るような鋭い視線だ。


「ラシード。其方が彼らを動かしたのか」


「はい。……兄上とアフサル様の話を立ち聞きしてしまいました。恐ろしい事に、アフサル様はダリーシャス様を殺すように兄上に命じ、兄上は躊躇事なく、その手配をしたのです」


「やっぱり、あれはアフサル王子の指示だったわけね」


 僅かにあった、アフサルの傍に居る者の暴走という可能性がこれで消えた。限りなく黒に近い灰色だったアフサルの嫌疑が、これで完全な黒となってしまう。


 こうなると、アフサル陣営もダリーシャスにとっての敵となってしまう。


「その話を聞き、僕は居ても立ってもいられず、屋敷を飛び出しました。そして、ローラン様たちの姿を探して駆けずり回りました」


 よくよく見れば、少年のむき出しの足や、腕に擦過傷がある。もしかすると、文字通り街の中を駆けずり回ったのかもしれない。


「……どうして、其方はそこまでしたんだ。お前はナキ家の人間だ。本来なら弟のハジムがお前の主となるべきだったが、死んでしまった。ならば、お前はナキ家当主の指示に従うべきではないのか」


「はい。本来なら、そうするべきでした。……でも、ナキ家の人間として、アフサル様のやり方に違和感を覚えます」


 違和感とダリーシャスがオウム返しに言うと、ラシードはぎこちなくも頷いた。


「ナキ家はオードヴァーン家の方にお仕えし、命を賭けます。オードヴァーン家を存続させるために僕らはいます。父はそのために死に、姉もそのために死ぬつもりでした。……ですけど、今のアフサル様を見ると……あの方は……オードヴァーン家を滅ぼそうとしているかのように思えて仕方ないのです」


 執務室で明かされた親書の話にラシードも同席していた。傍で聞いていたからこそ、彼もレイ達と似たような結論へと辿り着いたのだろう。


「いま、ナキ家の人間としてやるべき事はアフサル様の暴挙を止める事。ですが、それは僕一人の力では到底かないません。だから、ダリーシャス様。貴方をお助けすることで為そうと考えたのです」


「……忠節、見事である。オードヴァーン家の者として、深く感謝を」


「頭を上げてください! 他の者の同意が得られなかった以上、個人としての僕しか居りません。どれだけお力になれるのか」


 不安そうな少年の背中をレイは叩いた。琥珀色の瞳が驚きで丸くなった。


「傍に誰かいる。それだけでも十分な力になるんだよ。僕はラシード君が居てくれて、嬉しいよ」


「そうです。貴方が来てくれたという事が、何よりの力になります」


「まったくよ。それにアンタは《神聖騎士団》っていう大きな山を動かしてくれた。これで無力なんて言わせないわよ」


 リザ達も口々に同意すると、ラシードは照れくさそうにはにかんだ。


「それでマクスウェルさん。貴方達はこのまま僕らに協力してくれるんですか。法王庁はどのような立場なのか、お答えください」


 レイが考え込むマクスウェルへと水を向けると、代わりに『聖女』であるミストラルが答えた。


「法王庁としては今回の事態の収拾のため、ダリーシャス王子に味方することを決めました。ただ、あまり表立った行動は取れませんが」


「ふむ。情報収集を優先するという話だったが、随分と急に決定したな。それは一体どうしてだ」


「今回の事態は法王庁としては世界情勢を狂わしかねない事態だと捉え、抜本的かつ早急に収拾するべしと判断したのです。ダリーシャス王子に味方すると決めたのは、デゼルト国は王位継承の際に神前投票を行う数少ない国家。13神に王権の主張をする儀式を、血で汚したワシャフ王子に与することは教義から外れます。また、徒に領土拡張を望み、戦の火種となる帝国と協力関係にあると思われるアフサル王子に協力する訳にも行きません」


「なるほど。消去法で俺という訳か」


 皮肉げに呟くダリーシャスにミストラルは厳粛な態度で続けた。


「ご気分を害されたのなら、謝罪いたします。繰り返しになりますが、法王庁としては事態の早期解決を望んでおります。出来得る事なら貴方に王となってもらい、帝国の外征を退けて欲しいと思っております。そのための協力は惜しみません」


「『聖女』と『聖騎士』。法王庁の神官たちを統べる存在が協力してくれるとは。有り難く頂戴しよう」


 ダリーシャスが差し出した手をミストラルはほっそりとした手で掴んだ。これでダリーシャスは《神聖騎士団》と法王庁の後ろ盾を得たことになる。それは孤立無援の自分たちにとっては、天の助けに等しかった。ここにワシャフ、アフサルに続く第三勢力が旗揚げされた。勢力としての力は最も弱く、小さいがバラエティには富んでいる。


「ダリーシャス王子。先の話に出ていた、アフサル王子がオードヴァーン家を滅ぼしかねないというのはどういう事か説明願えないか」


 それまで黙っていたマクスウェルが尋ねると、ダリーシャスが掻い摘んだ説明をした。


 帝国と交わしていた親書が本物だった事。帝国の姫と婚約したことで帝国が軍隊を送り込んで来た事。そしてそれらがアフサルの仕組んだ策略だったという事だ。


 特に、この一連の茶番劇がアフサルの父親殺しの為というレイ達の推測を聞いたラシードは驚きのあまりその場にへたり込んでしまった。これが事実ならば、アフサルの殺意に巻き込まれて父を失った事になってしまう。


 エトネたちに介抱を任せ、この数時間で知りえたこと、そして起きたことをマクスウェルに説明した。


「なるほど。アフサル王子による父親殺し。納得のできる話だ。……そしてこの出来たばかりの勢力が行く当てもない小舟だという事も分かった」


 マクスウェルの辛辣だけど正鵠を射る内容にレイは押し黙る。彼の言う通り、出来たばかりのダリーシャス勢力は風前の灯火だ。


 デゼルト国はいま、アフサルかワシャフのどちらかに味方する流れとなっている。そんな状況下で自分たちをかくまってくれるような存在は少ない。ダリーシャスの方に尋ねると、


「俺が頼れるのは全てオードヴァーン家絡み。逃げ込めば、確実に兄上に連絡が行ってしまうだろうな」


「ふむ。ならば、しばらくは野営となるが……あの馬車に食料はどれ程積んである」


「アルビノ砂漠で大分使いましたから、残りは少ないです。ガヴァ―ナで補給が出来なかった上に、さっきの逃走時に中が随分と崩れてしまって。多分、切り詰めて使ってもこの人数だと二日持つかどうか」


「法王庁の権力でワタシたちを匿ってくれそうな場所は無いんですか」


「教会なら受け入れてはくれるでしょうが、この状況下でどこか人目のつく街に逃げ込むのは。見つかる恐れがありますね」


 行く当てもなく、かといって荒野にいつまでも居る訳にもいかない。何しろダリーシャスや法王庁の目的は、デゼルト国の正常化にある。ワシャフの反乱を鎮圧し、アフサルの真意と狙いをはっきりとさせ、帝国との同盟関係を切り崩したうえで軍を撤退させなくてはいけない。アフサルの口ぶりでは直に纏まった数の兵が集まる。そうなれば、ワシャフが押さえる首都へと進軍するはずだ。それまでにダリーシャスが他の二人と同じ目線で話が出来るだけの勢力か、あるいは切り札を手に入れる必要がある。


 対話をするにしても、相手と同じ土俵に居なければ意味がないのだ。


 残された時間があまりない事に一同が沈黙する中、エトネがクロスボウにボルトを装填しだした。


「どうかしたの、エトネ。もしかして、モンスターでも出たの?」


「ちがうよ。……ひとがくる。それも、しっているひと」


「知っている人って、いったい誰の事なの」


「おふねでいっしょだったひとだよ」


 エトネの言葉にレイは単眼鏡を取り出した。そしてエトネが睨む方角へと向けると、そこに映し出されていたのはガヴァ―ナの方角から緩やかに近づいてくる騎乗した男たちの姿だった。彼らの姿格好は兵士ではなく、一般的な市民の姿をしており、手には白い旗を掲げていた。


 先頭に立つ男の顔にレイは見覚えがあった。自然と、男の名前を口にしていた。


「あいつはクトゥス・ヌギド。ダリーシャス、クトゥスが人を連れてこっちに来るぞ」


「なんだと。それは本当なのか!?」


 レイは無言で単眼鏡を渡す。丸い穴を覗いたダリーシャスは不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、確かにクトゥスだ、と呟いた。


「そこで止まれ、クトゥス! それ以上近づけば、敵対行動とみなすぞ!」


 ダリーシャスの良く通る声が荒野に響き、男たちは一斉に動きを止めた。声は届くが、攻撃は届かない絶妙な位置だ。レイはリザ達にいつでも脱出できるように準備をするのと、背後に回り込まれないように警戒するようにと伝えた。


「久しぶりだな、ダリーシャス! それに坊主! さっきは随分と危ない目に遭っていたな。お前はそういう星の巡りなのか」


「その口ぶり。やっぱり街を出る時の白煙はあんたの仕業か!」


「その通りさ。お前らと接触しようとガヴァ―ナで張っていたら、どういう訳かアフサルの兵とやり合っているのを見つけてな。一つ、恩でも売ってやろうかと逃走の手助けをしてやったという訳さ」


 白煙の中で聞いた声は思い返してみればクトゥスの声だった。エトネの方に視線で尋ねると、彼女も同じ声だったと肯定してくれた。


 ラシードはともかくとして、クトゥスの事を知らないマクスウェルが何者なんだと尋ねて来た。


「デゼルト国に古くからいる暗殺者の家系です。つい最近まではワシャフに雇われてダリーシャスの命を狙って、わざわざ外国まで追いかけ回してきた奴です」


「……命を狙って来た暗殺者が、どうして其方らを助けるんだ。暗殺者が目標を助けるなんて、話があべこべではないか」


「ワシャフが反乱を起こした事を受けて、暗殺者一族のヌギド族はワシャフとの関係を断ったんです。この先の情勢がどうなるのか、見極めるまではダリーシャスを生かしておくと言って、南方大陸に上陸した時に別れたんですが」


「クトゥス! いまも其方はワシャフの配下なのか!?」


「その辺りを含めて、お前に話があって来たんだ。そっちに俺一人向かうが、いいか?」


 暗殺者が話とは。ダリーシャスはレイとマクスウェルにクトゥスを近づけてもいいかと確認を取る。


「儂はあの男を良く知らんが、信用できる人間なのか」


「信用は出来ません。ですが、この人数を相手に正面切った戦闘をするような人間でもないのは確かです。どちらにせよ、アイツが僕たちに用があってガヴァ―ナに居たのは事実だから、話ぐらいは聞いても良いと思う」


「分かった。こっちで、話が纏まった。其方一人で来るなら、許可しよう」


 ダリーシャスの言葉を受けて、クトゥスが仲間から離れ一人、荒野を歩きだした。降参を意味する白旗が風になびく中、クトゥスはレイ達の厳しい視線を浴びつつも平然としたまま座った。


「ちと見ない内に随分と日焼けしたんじゃないか、坊主。それに、見覚えのない新顔まで増えているじゃないか。紹介してくれないか」


「世間話をしに来たのなら、帰ってくれないか」


「そう怒るな、ダリーシャス王子。……では、単刀直入に。いま、俺達ヌギド族は十四氏族の一つの庇護下に置かれ、依頼を受けて行動している。というのも、いまの主がお前に会いたがっているのだ」


「十四氏族の者が俺に会いたがっているだと」


「ああ。アクアウルプスで直接言葉を交わして、面識がある俺達ヌギド族なら、お前と交渉できると思って雇って下さっているのだ。俺の顔を潰さないためにも、どうか来てはくれないか」


 頭を下げるクトゥスだが、レイ達は疑わしいとばかりに目を細めた。彼は、彼の一族は先月までダリーシャスの命を狙って暗躍していたのだ。カバナの港町では船一隻を使った大掛かりな仕掛けを用意していた。そんな者の言葉を簡単には信用できなかった。


 だが、頭を上げたクトゥスは腹立たしくなる笑みを浮かべた。


「アフサルと喧嘩別れして、どうせ行く当てもないのだろう。じゃなければこんな所で道草を食う必要もない。頼る者がいないのなら、一つ賭けに出るのも悪い選択肢ではないと思うぞ。俺達と共に行動するなら、人数分の食料を街で調達することも可能だしな」


「……しばし待て。仲間内で、相談したい」


 ダリーシャスは言うと、レイ、シアラ、ミストラル、マクスウェルの四人と顔を突き合わせて話し合いを始めた。


「皆はどう思う。アイツの提案に乗るべきだろうか?」


「儂は賛成だ。胡散臭い奴だが、この状況がこれ以上悪くなるとは思えん。どちらにしても、ここに長い時間居る訳にもいかん。いつ、アフサル王子の追っ手がやってくるかわからんからな。……というか、そもそもどうやってあの者はここに来れたのだ」


「クトゥス。アンタ、一体どうやって僕らの居場所を割り出したんだよ」


 地面に寝そべって欠伸を浮かべたクトゥスがレイの質問に、


「俺の技能スキルさ。ガヴァ―ナでお前とすれ違った時に、技能スキルを坊主に掛けたんだ。数時間限定だが、お前が何処に居るのか、俺には手に取るようにわかるのさ」


「いつの間にそんな事を。とりあえず、アフサルの兵士が追いかけてくるまではもう少し時間が掛かりそうだね」


「そうね。でも、それでも悠長にしていられないわ。ワタシも賛成よ。行く当てもなく、延々と荒野を彷徨うよりかは、よっぽどマシよ」


「強気ね、シアラさん。でもそれが罠だとしたらどうするの?」


「罠だとしたら、それをこじ開けるだけよ」


 薄い胸を張っていうシアラにミストラルは苦笑を浮かべた。


「ふふふ。そうね。分かりました。私も賛成に一票。レイ様はどうなさりますか?」


「僕も賛成だ。クトゥスの性格上、罠を仕掛けるのならこんなあからさまなやり方じゃないはずだ。だから、逆に信用できる……と思う。でも、決めるのはダリーシャス。アンタだ」


 四人の意見は出そろったが、この勢力の主はダリーシャスだ。彼が決めた方針にレイ達は従う。数秒悩むとダリーシャスは覚悟を決めた表情で告げた。


「クトゥス・ヌギド。其方の新しき主が俺と会いたいというなら、会ってやる。だから、そこまで案内しろ」


「言われなくても。それが俺の任務だからな」







 ガヴァ―ナを脱出してから一週間、


 レイ達はデゼルト国の大地を踏み荒らした。移動はもっぱら夜。夕日が沈み、人の目が少なくなる頃合いを見計らって進んだ。アフサルやワシャフの目を逃れるための工作だ。


 念には念を入れ、自分たちの痕跡を隠すように移動した。もし、自分たちの移動を地図で描いたら、恐ろしく歪な図形を描くことだろう。険しい稜線を進むこともあった。


 補給は最低限の量だけを街で確保し、残りは現地調達を主とした。水などは魔法で生成し、肉などはエトネの狩猟本能に頼り、野菜などは野草を摘んで鍋に放り込んでいた。ほとんどが野宿も当たり前の冒険者一行だけに、誰も文句は言わなかった。


 それらが功を奏したのか、警戒していた竜騎兵の追跡もなく、レイ達はクトゥスの案内でとある館へと辿り着いた。


 岩だらけの山の中腹にその館はあった。人里から離れ、寂しげな風景が延々と続く山肌からもの寒さをレイは感じていた。


「ここに俺を待つ者が居るというのか、クトゥス」


「その通りだ。中を案内してやるから少し待て」


 館へ近づくと、中から音もなく数人の人影が現れた。彼らは恐らくクトゥスの部下だろう。クトゥスと二三会話をしている隙にシアラへと尋ねた。


「どうだい。僕らの影は濃くなっているか」


 金色黒色の瞳で一同を見回したシアラは首を横に振った。


「《ラプラス・オンブル》だと全員大丈夫よ。でも、館の中で変動するかもしれないから、使い続けているわ」


「頼む。……でもきつかったら、言ってくれよ」


 レイの気遣いをシアラは嬉しく思いつつも平気と返した。


 そしてクトゥスの案内で一行は館の中へと入っていく。


 中は無人かと思うほど静寂に包まれていた。時折、ヌギド族とは無関係そうなメイドや執事とすれ違うが、彼らはダリーシャスにもクトゥスにも無関心を貫いていた。


 迷いない足取りで進むクトゥスの足が唐突に止まった。そこは温室に繋がる扉の前だった。


「これから会わせる方は体の弱い方だ。大勢で押しかけられるのを嫌う。ダリーシャス、それともう一人だけ入室を許可する」


「だったら、ラシード君。君が―――」


「―――いえ、僕よりもレイさん。貴方が行ってください。僕が行っても足手まといになるだけです」


 この先に罠が無いとは限らない。そうなった時、戦闘に長けた者が傍に居れば安心だろうとラシードは言う。だけど、その理屈なら世界屈指の存在が傍に居た。


「じゃあ、ローランさん。貴方が―――」


「―――流石に、僕じゃ向こうが警戒してしまうよ。そうだろ、クトゥスさん」


「……出来るなら、アンタには来てほしくないな、『聖騎士』」


 同行する間に、ローランたち正体を知ったクトゥスは冷や汗を流す。頭の中でローランと戦うという事態を想像して気分を悪くしたのかもしれない。となれば、消去法で決まってしまう。


「レイ。其方と共に行くぞ」


「……分かりましたよ」


 レイが仕方ないとばかりに承諾すると、クトゥスの部下の身体検査を受ける羽目になった。武器の持ち込みを禁じられたのだ。


 防具だけとなったレイとダリーシャスを伴いクトゥスは温室の扉を開けた。


 途端、鼻を突くのは濃い緑の香りだった。熱砂の大陸に来てからはとんと無縁だった草の香りが肺を満たす。四方を見渡せば見覚えのある草花や、見た事の無い木が植えられている。


 緑の壁に沿うようにある道を進み、温室の中央へと辿り着くと、すでに先客がそこに居た。


 白いテーブルに椅子が二脚。先客は此方の方を向きながら椅子に腰かけていた。


 年の頃は四十半ばだろうか。年相応に皺のある顔ながらも、非常に整った容姿をしている。若かりし頃は相当な美人だったのだろうと簡単に想像がつく婦人だ。


 その婦人の視線がダリーシャスへと向けられると、ダリーシャスが驚いたように言った。


「……もしやマストゥーレ様ではありませんか!?」


「ええ。御無沙汰しております、ダリーシャス王子」


 優雅に一礼するマストゥーレと呼ばれた婦人は、空いている椅子へと手を伸ばした。


「王子。どうか、こちらへお座りになってくれませんか」


「それは構わないが、しかし、どうして貴女がこのような僻地に」


 混乱するダリーシャスにレイは耳打ちした。


「ダリーシャス。あの人は知り合いなのか」


「知り合い、という言い方は適切のような、そうではないような。ともかく、あの方は存じている」


 一拍開けたとダリーシャスは告げた。


「マストゥーレ・オルシア。あの方こそ、アフサル兄上の産みの母だ」


読んでくださって、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ