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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第7章 熱砂の国
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7-30 ガヴァ―ナの港町

 デゼルト国は南方大陸湾岸部に面した国家である。


 緩やかな弓なりの形をした国土は北西から南東に掛けて斜めに伸びている。海を正面とした場合、背後に数カ国と隣接したアルビノ砂漠が広がる。その広大な砂丘は年々大地を侵食しており、デゼルト国の頭を悩ませている。国土の多くが平坦な土地ではあるが、肥沃とは言い難く、農作物に使える土地は限られており、主に畜産が盛んである。特に馬は一級品で、デゼルト国の柱といえる。


 弓なりの国土の中心部に首都オーマットがあり、国土を十五の州に分割。首都近郊を王が直接治める領地として、残りの十四州を十四氏族に統治させている。王と十四氏族の関係は、一応は王に対する恭順の姿勢を取っているが、実際の所は対等に近い。何しろ、十四の州はそれぞれの氏族による自治区となっているため、独自の手法により発達。幾つかの氏族は王家を上回る金銀財宝を貯め込んでいるほどだ。


 微妙なバランスの上で成り立ち、特殊な婚姻関係により、王族の血を今日まで続けていたデゼルト国だったが、いまその首都は戒厳令が敷かれていた。


 城塞の門は固く閉じられ、限られた者の出入りしか許されず、その許しがある者ですら厳しいチェックを受けなければ都市に入る事すら叶わない。不審な点が少しでも見つかれば、牢に送られ、夕刻には首と胴が別れを告げる。アリの這い出る隙間もない、厳戒態勢である。


 それは翻せば、この首都を制圧した首謀者の恐怖心の裏返しとも取れた。外敵から身を守る為に、足や頭を甲羅に引っ込める亀のような有様だ。


 首都に暮らす人々は、触れや公示によって、ワシャフ・プラティスが王を名乗っていることを理解していた。その手法が暴力的かつ、非道なやり方だという事も。その上で敷かれた戒厳令により都市の出入りのみならず、夜間の外出禁止令や集会の禁止など幾つもの行動を制限された。


 理不尽な法律を破れば、兵士が槍を片手にもっともらしい言葉を喚き散らし、違反者を処罰していく。酷い時は、連帯責任と称して家族、隣人、仕事仲間も捕まってしまう。民衆は口を閉ざし、目を逸らし、耳を塞ぐことを余儀なくされた。


 いきすぎた暴力がひとしきり首都に吹き荒れると、兵士が目を光らせている間は民衆の不満は表に出ないようになっていた。だけど、それは表面上の擬態に過ぎない。薄皮一枚下では、マグマのような怒りが沸々と湧きあがっていた。


 声なき民衆の不満を、意外な事に王宮に座す男は理解できていた。


 簒奪した玉座に腰かけ、次々と運ばれてくる報告や、処理しなければならない案件に身をやつす男こそ、ワシャフ・プラティス。


 デゼルト国の王位を力づくで奪った男だ。


「なるほど。無能者に期待した私が馬鹿だったという訳か」


 ワシャフの吐き捨てるような呟きと共に、手にした報告書が床に滑り落ちた。居並ぶ新任の文官や武官たちは玉座に座る男の機嫌が芳しくない事に気が付き、息を潜めていた。


 ワシャフが読んでいた報告書はアルビノ砂漠に派遣させた追跡部隊の隊長からの物で、内容は報告というよりも弁明に費やされていた。


 記したのはワシャフの六男坊であるホセイン。武にも文にも秀でた所のない、凡庸な息子。本来なら、視界に収める事すら稀な存在だが、いまの状況では頼らざるを得なかった。


 クーデターを起こしたワシャフには、信頼できる人間というのが限られてしまった。


 大義は自分にあり、正道は自分にありと喧伝するが、実際の所、自分が血を以て血を洗うクーデターを起こした事実には変わりない。それを良しとし、粛粛と命令を遂行できる者は、味方といえど多くはいない。


 子飼いの部下にも、身の振り方や、自己保身の為に主である自分を裏切る者が居るかもしれないとワシャフは警戒していた。下手に信頼して、多くの兵を預けた所で、その兵ごと余所で反抗されてはたまらない。


 そのため、例え凡庸で使えない息子であっても使うしかなかった。血の繋がりという、きれない鎖を信じるしかなかったのだ。


 それが裏目に出たとワシャフはため息を吐いた。


 報告書ならぬ弁明書には詩作が趣味と宣うだけの文才があるが、それが余計に落胆を助長させるのだと、なぜ気が付かないのか。


 つらつらと書き連ねた文を大まかに訳せば、以下の二つが伝わってくる。


 一つ。ジャマル・グセイノフを取り逃した事。


 一つ。ダリーシャス・オードヴァーンを取り逃した事。


 男の骨ばった掌が玉座のひじ掛けを掴んだ。怒りに身を任せたのか、血管が浮き出ている。


「愚かな息子だ。これほど、愚かな奴だとは思いもしなかった。それを見抜けない、私の目が節穴という話だな」


 元々ホセインに告げた命令は首都から脱出したジャマルの確保だ。それを果たせなかったというだけで、無能者の烙印は免れない。


 その上で、現在敵対しているオードヴァーン家の次男を取り逃したというのは、恥の上塗りだ。無能者の烙印の上に愚か者の烙印を貼りつけても気が済まない。


 しかし、無能者にして愚か者であるホセインだが、一つだけ褒める箇所がある。


 それはダリーシャス・オードヴァーンがすでに南方大陸に上陸していたという事実を確認できたことだ。


 てっきりアクアウルプス辺りで動向を伺っているのかと思えば、予想外にも入国を果たしていた。アルビノ砂漠の北進という面倒かつ危険な道を進んでいるのは、兄であるアフサルとの合流を果たそうとしているのだろう。


 この事実に対して、手間が省けたとワシャフは胸をなで下ろした。


 下手に国外で行方をくらませ、どこぞの国と共謀して亡命王政府などを作られてしまえば、諸外国の介入を許す羽目になる。現状、国の意思を統一することにすら手間取っているというのに、第三者の介入は手に余る。後顧の憂いは一度に一掃すれば、後腐れもない。


 弟も、息子が御霊に来れば寂しくないだろうと残酷な想像に頬を吊り上げる。


「それにしても、ヌギド族め。あれ程大言を吐いておきながら、ダリーシャスを始末できないとは」


 無能者と口内で呟く。とはいえ、ヌギド族には別の有用な使い方がある。一族総出で暗殺者というこの一族は、どんな場所でも溶け込めるという潜伏に長けた一族だ。


 短期間で、まるで三代に渡ってその土地に暮らしいたかのように振る舞える術は貴重だ。


 暗殺のみならず、市井に混じり情報収拾、人心の扇動、破壊工作と様々な事に使える、稀有な一族。それゆえ、ワシャフはヌギド族を重用していた。それがここしばらく、一方的に連絡を絶ってきたのだ。


 手を切るという意思表示なのか、それともダリーシャスを取り逃したことの叱責を恐れて雲隠れをしているのか、それとも死んだのか。真相は不明だが、ここに来てヌギド族の離脱は痛かった。


 というのも、情報戦においてワシャフは敗北を喫しているのだ。


「北に向かわせた偵察部隊の報告は、まだなのか」


「申し訳ありません。未だ、何の情報もございません」


 頭を下げる武官を一瞥すると、またしても口内で無能者と罵った。


 ワシャフの最大の敵はファラハ・オードヴァーンの長男、アフサル・オードヴァーンと彼が旗揚げした討伐軍の存在だ。


 忌々しい事に、自分を悪と断じて討伐すると宣ったのだ。国を救うために立ち上がった自分を。腸が怒りで煮えそうになる。だが、男の頭脳は意外なまでに冷静そのものであった。指導者は一時の感情で左右されてはならない。常に、冷静な理性を宿すべきである。治世者としての教育が男にはされていた。


 アフサルの討伐軍はワシャフにとって予想外な展開だった。


 何しろ、ワシャフはアフサルが自分に盾突くとは、ま(・)っ(・)た(・)く(・)予(・)想(・)し(・)て(・)い(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。


 また、これほど早く、討伐軍を編制できる力を持っていたというのも驚きだ。


 クーデターが起きた直後、ワシャフは幾つかの指示を飛ばした。首都の門を閉じる事。オードヴァーン家の領地を攻める事。そして港を占拠する事だ。


 これは国外に居たアフサルとダリーシャスの両名を帰国させないための措置だった。


 ところが、どういう訳か最北の港町ガヴァ―ナをアフサルに落とされてしまったのだ。配置していた兵は全滅し、潜伏していた情報提供者も音沙汰ない所を見ると、捕まったか死亡したのだろう。


 現在、ガヴァ―ナを中心とした一帯は、一種の空白地帯となっている。アフサルが念入りに防御を固めているのか、送り込んだ偵察たちは悉く帰って来ない。


 エルドラドにおいて情報の伝達手段は魔道具を除けば人力が主である。アフサルの帰国という報せが十四氏族たちの領地に届けられ、その返事がアフサルの元へとそろそろ届くはずだ。


 討伐軍の規模や、どれだけの氏族が向こうに付くのか、ワシャフは敵の陣容について、喉から手が出るほど情報が欲しかった。ヌギド族なら、この任務を果たせたはずだ。


 流石に、族長を人質に取られているため、直ぐに挙兵するような短絡的な者はおるまい。また、アフサルとワシャフを天秤にかけ、どちらの勝利が自分に利があり、どれだけ益を引きだせるか交渉しようとするであろう。


 実際、十四氏族の中にはアフサルに交渉の窓口を送りこむ者も少なからずいた。


 自分とアフサルを品定めしていると考えると、不快の虫が肌をざわつかせるが、ここは我慢だと自分に言い聞かせる。全てが終わった時には、自分をそんな目で見た者の目をくりぬけばよい話だ。


 問題は、十四氏族の中で自分に協力するだろうと見越した七つの氏族が消極的な反応を見せている事だ。


 自分の母方の氏族であるプラティス家。そして六人の息子たちの母方の氏族が六つ。合わせて七つの氏族が、自分に真っ先に恭順するだろうと思っていた。


 ところが、蓋を開けてみれば、縁戚関係である族長たちは自分に対して好意的な反応を示さない。他の七つの氏族と同様に人質としてはいるが、待遇は良くしている。それでも、顔を合わせれば非難めいた目を向けてくる。


 妻の氏族だけならまだしも、母の氏族にすらそのような目で見られるとは。


 自分の悪評に辟易してしまう。それだけの行為をこれまで積み重ねてきたと今更ながらに理解した。同時に、ダリーシャスの持つ、《ユマン・ゲンニュ》という特殊(ユニーク)技能(スキル)を羨ましく思う。人に好かれやすいというのは、得難い財産だと理解できた。


 とはいえ、今更殊勝な態度を示した所で人心を掴めるかといえば不明だ。既にこの手は親族の血で汚れている。通り過ぎた道に屍を棄てて来た。


 道の先が断崖絶壁なのか、王道楽土が待っているのか。


「確かめるためには、進むしかあるまいな」


 ともかく、一刻も早く討伐軍の陣容を知り、そして並行して軍の編制をしなければならない。そのためにはホセインに預けた兵も無駄に出来ないと帰還命令を出したのだ。


 その時、一人の兵士が息を切らせながら広間へと走りこんできた。叱責の声が飛ぶ中、兵士は武官に羊皮紙を渡した。その中身を改めた武官は驚きと共に焦りを滲ませた。


「陛下。これを御覧ください」


 差し出された羊皮紙を一瞥し、ワシャフは武官の表情の意味を悟った。内容は、ワシャフが待ち望んでいた北の空白地帯。


 ガヴァ―ナ周辺への偵察を行った兵の報告だった。焦りが文面にありありと浮かんでいた。


 その内容に、ワシャフは表情を歪ませ、対抗策を用意するべく、息子たちの招集を命じた。






 アルビノ砂漠を抜けて数日。レイ達は砂漠の近くにある街で駱駝と物資の一部を売り飛ばして得た金で馬車と馬を新調した。向かう先は勿論、アフサル王子が待つ北の港町ガヴァ―ナ。


 隊商の振りをした一行の中に、ローランたち《神聖騎士団》の面々も居た。


「僕たちも港まで同行させてもらうよ。悪魔の巣での調査報告を、ギルドを通じて法王庁に届けないといけなくてね。それには港にあるような大きなギルドが便利なんだよ。だから、そこまでは一緒に行っても構わないかな」


 とはローランの言である。悪魔の巣、そしてアルビノ砂漠を抜けたことで、当面の危険は去った。普通のモンスターや野盗の類ならレイ達でも対処できる。つまり、《神聖騎士団》のような強者たちを連れ回す理由は無いのだが、ラシードがダリーシャスに彼の同行を懇願した。


 その理由は打算的なものである。法王庁を通じて、帝国と交わしたとされる親書の濡れ衣を晴らすための窓口として傍に居て欲しかったのだ。デゼルト国内の内紛だけなら内政干渉を理由に不可侵を決め込む法王庁だが、事が帝国の南方大陸進出という大きな戦争の火種に繋がると分かれば介入せざるを得ない。


 法王庁という大きな山が動けば、帝国とて無暗な行動を取らないと踏んだのだ。


 従者の猛烈な嘆願に折れた結果、ガヴァ―ナまでの道中も《神聖騎士団》の面々は付いてくることになった。


 幾つかの小さな出来事を経て、レイ達はようやくガヴァ―ナの港町が一望できる丘まで辿り着いた。


 ―――そして、眼下の光景に絶句した。


 大陸を削るような、内向きの弧を描く湾岸。桟橋が幾つも突き出て、船が往来の度にすれ違う。活気ある港町の賑わいが、遠く離れた丘まで伝わってきそうだ。


 その港町の隣に、街(・)があった。


 おびただしい数の小屋が整然と並べられ、小さな点のような塊が忙しそうに走り回っている。何処かから、金床を打つ音が響き、馬の嘶きが風に乗る。


 空き地で、急ピッチで仕上げられていくのは、投石機や破砕槌といった対城兵器の類だ。


 そして、レイ達の頭上を我が物顔で飛び回るのは数匹の竜(・)である。一翼の翼をはためかせ、暗緑色の鱗が日を反射し、空を滑空するそれらの背に人が跨っているのだ。


 誰もが、レイも、シアラも、ダリーシャスも、ラシードも、ローランも驚く中、二人だけが別の反応をしていた。


 レティは空を怯えた表情で見上げていた。自然と、姉の背にしがみ付き、姉もまた妹の手を強く握りしめていた。


 そして、リザは空を睨め付けながら、忌まわしそうに呟いた。


「竜騎兵。……どうやら、帝国は。皇帝は本気で南方大陸に戦争を持ち込むつもりです」


 一際強い風が吹き、ガヴァ―ナに隣接する帝国軍派遣部隊駐屯地に掲げられた帝国の国旗が勢いよくはためいた。


読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は二十七日月曜日頃を予定しております。

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