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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第7章 熱砂の国
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7-29 砂漠の端

 ワシャフ・プラティスが甥御であるジャマルへ放った追跡部隊が、アルビノ砂漠の端でレイ達一行を捕捉できたのは何故か。それはジャマルの密告があったからでも、何かしらの技能(スキル)を使ったわけでも、明確な確信があって張り込んでいたわけでもない。


 単に臆病だったのが功を奏したのだ。


 追跡部隊の隊長を務める男は、ワシャフの恐ろしさを骨の髄まで知っていた。狡猾な狐と評されるのは、単なるうわべだけだ。ワシャフ・プラティスの本質は獰猛な肉食獣である。


 使えない部下、裏切り者、使用人などが彼の私邸の地下室に連れていかれ、薄汚れた赤い染みとなったのを何度も見てきた。


 ジャマルはおろか、オードヴァーン家の次男であるダリーシャスの目撃情報を手に入れた上で取り逃がすという失態を犯してしまえば、ワシャフの逆鱗に触れるだろう。彼の前に立つ勇気なぞ、男には欠片も無かった。


 なぜ、単なる追跡部隊の隊長がワシャフ・プラティスをこれほどまでに恐れ、同時にその内面に詳しいのか。


 それはこの男こそ、ワシャフ・プラティスが子息の一人だからだ。


 六人居る男子の六男。


 名をホセイン・プラティス。若干十五歳の少年である。


 平時は、歌や詩を愛する、内向的な少年であり、とてもじゃないが私兵を率いてアルビノ砂漠で従兄を追いかけ回すような事をするタイプではない。


 元々、彼の産みの親である女は十四氏族の中でも力の弱い勢力であり、それゆえ、父や他の五人の兄も彼を気に掛けるような事はせず、かえって政争とは無縁の生活を送れていた。一人、書庫に引き籠り、詩作をする毎日。


 実に平穏だった。


 しかし今は平時ではないのだ。


 父親が王位を取る為に行ったクーデターのせいで、六人兄弟はそれぞれ、互いに協力し合いつつ、寝首をかかれないように警戒する間柄となってしまったのだ。


 何しろ、ワシャフ・プラティスが起こしたクーデターは薄氷の上を渡るような、危険な賭けだった。政敵であるファラハの一門が勝手に帝国と通じ、土地の割譲に承諾し、軍隊の駐屯を認めるという取引を行ったとして討つ。


 なるほど、大義名分は一応ある。筋も通っているし、民衆には国を思うが故の強硬だったと弁が立つ。実際は、神前投票で負けが濃厚となり、他に打つ手がなく、ろくに親書の真偽を確かめずに行ってしまった、追い詰められたが故の行動。


 勢いで始めたクーデターは初めこそは良かった。ファラハを討ち、仕えているナキ家の当主を討ち、首都の館や領地を制圧できた。十四氏族の族長を監禁し、意に沿わない王族達を処刑。滞りなく、クーデターの初期段階は成功した。


 ところが、肝心の帝国との取引があったとされる確たる証拠が見つからない。手元にある親書は、帝国皇帝からの私的なやり取りで、帝国自体が承認したという公式文書が見つからなかった。そればかりか、親書の内容から、他にも交わしたはずの他の親書も見つからなかった。


 これではオードヴァーン家が本当に帝国の軍隊を受け入れようとしていたのかどうか、その立証が難しくなってしまった。この立証無くして十四氏族との協調はありえない。


 十四氏族のうち、ホセインの母や五人の兄の母たちの一族は、一蓮托生であると、消極的ではあるがワシャフに付いている。いまアルビノ砂漠の各地に散っている追跡部隊も、彼らの用意した兵である。


 それも潮目が変われば、手を引くだろう。あっさりと、それこそ自分たちを諸悪の根源だとばかりに非難して、助かろうとする未来が容易に想像できた。


 問題はその未来に繋がりそうな潮目が、生まれつつあるのだ。


 オードヴァーン家長男のアフサルの帰還。そしてクーデターを起こしたプラティス家への糾弾と軍の旗揚げ。


 情報の伝達手段が、魔道具を除けば人力であるエルドラドにおいて、十四氏族の領地にアフサルの帰還が届き、そこから兵が参集するにはまだ時間が掛かる。族長を人質に取られている事もあり、決断を下すのには大分時間が掛かるはず。


 それでも一月。


 夏が終わる頃にはアフサルの軍勢が整い、動き出すに違いない。プラティス家の男たちは、来るべき日に備えて準備をするか、その日をできる限り伸ばそうと画策していた。


 ジャマルの確保もその一環といえる。ジャマル自身の価値はそれほどないが、金貸しとしての彼が持つ借用書や、資金、伝手は大変魅力的だ。とはいえ、アルビノ砂漠という広大な土地から人を見つけ出すのは骨が折れる。


 兄弟間でこの面倒な仕事の押し付け合いが行われ、その結果、一番立場的に弱いホセインが押し付けられてしまった。兄たちは勲功が分かりやすく、花形といえる仕事を独占し、自分は人探しだ。


 そこで嘆き、腐れば楽になれるのだが、そうもいかない。事の次第では自分とて処刑された王族の列に並ぶことになりかねない。


 こうして彼は追跡部隊を編制して、アルビノ砂漠に向かう事になった。


 アルビノ砂漠は適者生存、弱者淘汰の言葉を、身をもって思い知らされる場所だ。昼は容赦のない太陽。夜は真冬のような寒さと寒暖差が激しい土地のため、虚弱体質のホセインにしてみれば呼吸するだけで命を削るような過酷な環境だった。


 早々に司令部を設置し、訳知り顔で兵を配置する名ばかりの部下たちに全てを任せて、自分は日陰で早く見つかるようにと祈っていた。


 ところが、予想に反してジャマルは見つからず、兵は疲労と不満を貯め、物資は目減りし、時間だけが過ぎて行く。


 兵役の経験のないホセインでも、兵士たちの鬱憤が溜まっていることは十分に分かっていた。昔から父や兄の顔色を窺う事で自らの身を守ってきたため、空気を読む事に関しては、非常に才があった。


 もっとも、空気を読めるだけで、それを改善できるかどうかは別の才能がいる。


 いまにも破裂しそうな風船を前にして、ホセインはどうするべきなのか指揮官としての適切な方針を打ち出せなかった。手ぶらで帰れば兄には馬鹿にされ、父には叱責される。いや、叱責で済めばその方が幸運だ。


 地下室に連れていかれるような事になったらと、体の芯が冷えてしまう。何の報告もなしに沈む太陽を恨めしく思う日々。


 それに転機が訪れたのは、地(・)元(・)民(・)からの密告だった。曰く、ダリーシャス・オードヴァーンらしき人物がアルビノ砂漠を北進していると。


 当時、プラティス家はダリーシャスの上陸自体確認できていない中での密告。真偽を疑う部下たちに対して、ホセインは一も二もなく飛びついた。ジャマルよりもダリーシャスの方が、価値は高いのだ。


 情報の真偽を確かめようとする部下たちを押しのけ、ホセインはダリーシャスの探索を優先させ、そのように兵を再配置させた。実はその密告がジャマルの手によるもので、偵察兵の再配置に置ける乱れをついて北上するための作戦だったとは露とも気が付かなかった。


 偵察兵をダリーシャスの探索に切り替えて数日。


 待ちに待った吉報が届いた。


 それは身ぐるみを剥がされた偵察兵が齎した。二人一組で偵察を行っていた片割れは、不審な一団を発見し、上に報告。とりあえず追跡しろという命令に従い追跡していたら、逆に捕まってしまい、拷問にあったと釈明をした。


 情けない話を延々とする偵察兵だが、彼を拷問したという少年がラシードと呼ばれていたとなれば、話は変わる。その名は、ナキ家の次男であり、あの日、議事堂から生きて脱出できた数少ない一人だ。


 ダリーシャスの上陸自体は確認できなかったが、それでもナキ家の人間が人目を憚ってアルビノ砂漠に居るとなれば、それだけで十分疑わしい。


 ホセインはそいつらが何処に向かうと話していたかと偵察兵に尋ねると、驚くべき返答が来た。


 なんと、その一行は悪魔の巣を目指すと告げていた。


 馬鹿な、と誰もが思う。いくら首都で引きこもっていたホセインでも、悪魔の巣の危険性ぐらいは常識として修めていた。普通の常識ならまず、そんな選択肢は取らない。何か裏があると部下たちは言い、彼らはこれが追跡部隊を欺くための情報戦だと結論付けた。


 西にある悪魔の巣に偵察兵の網を移動させた隙に、反対側の東を突破して北進するのだろうと部下たちは言う。ホセインは何の疑いもなく、その推測を受け入れ、兵の再配置を命じようとした。


 ここまではラシードの目論見通りだった。常識的な判断をする人間なら、悪魔の巣に向かうという言葉を信用せず、勝手に深読みし、兵を移動させると。まさにその通りの展開になる―――はずだった。


 兵の再配置を行おうとした追跡部隊に魔道具によって首都から一つのメッセージが届いたのだ。


 それは帰還命令だった。


 短く、有無を言わせない内容にホセインは首都で何かしらの異変が起きたのではないかと思う。もしくは、あまりにも時間をかけすぎたため、父親が怒り狂っているのではないかと。


 どちらにしても、ホセインの気は進まなかった。ジャマルを取り逃がしただけでなく、ダリーシャスすら確保できなかったというのは父親の心証を悪くする材料だ。


 ならば、せめて帰還命令には素直に従い、兵を集結させ、迅速に首都へと帰還するべきだ。これ以上、自分の失態を広げないようにするべきだ。


 ところが、ホセインは臆病者だった。


 頭ではすぐに首都へ帰還するべきなのに、どうしても戻りたくないとしり込みしてしまった。そして、彼に付けられた部下たちも似たような心境だった。頼りにならない上役を宛がわれ、使えない部下たちのせいで大物を取り逃がしたとなれば、自分たちの評価を落とす事になる。


 帰還命令を無視するわけにはいかず、かといって手ぶらでは帰れない。


 その二つの感情が混じり合った結果、集結地点を司令部では無く、砂漠の端を指定し、追跡任務を継続しつつ北上するというどっちつかずの命令を下したのだ。


 牛歩のような遅い歩みで、網を広げたまま北上する追跡部隊。


 それが期せずして幸運を掴むことになる。






「走れ、走れ! アイツら、数を増やしおったぞ! この砂漠のどこにあれだけ隠していたのだ!!」


「お喋りは後で。駱駝兵が増加! 急ぎましょう!」


 ダリーシャスとラシードの逼迫した声に背中を押され、レイ達は砂丘を駆ける。舞い上がった砂が風に乗り、遠く、後方に居る五十もの偵察兵たちの顔を叩いた。


 最初は、偵察兵だとは思わなかった。レイ達があと少しで砂漠を抜けられるといった所に来たとき、彼らの前に腹をすかせた駱駝乗りたちが現れたのだ。


 聞けば、食料と水が尽き、飢えているのだと。彼らだけでなく、仲間もいると駱駝乗りは訴えた。ダリーシャスは王族として、施すという行為も責務であると考え、食料と水を分けてしまった。彼らは涙を流さんばかりに喜び、ダリーシャスに礼を言った。


 ――――その中にダリーシャスの顔を知る者が居たのは、運が無かったとしか言えない。


「ああ、もう! どうして、あと少しで忌々しい砂漠を抜けられるところで、見つかるのよ!!」


「シアラ! 無駄口は体力を消耗します。いまは、ひたすら走る事に集中してください」


「分かってるわよ! もう!!」


 シアラが息を乱しながら、懸命に砂を蹴る。キュイは皆の荷物とレティを乗せて居る為、これ以上は重量オーバーとなる。駱駝たちも人間の鬼気迫る様子から懸命に走っていた。


「ローランさん! あの数は、貴方たちなら物ともしないんじゃないのですか!?」


 走る一団の中で、まだ呼吸に乱れの少ないレイが、まったく呼吸を乱さず、むしろ全力疾走するレイに合わせてスピードを落として並走するローランに尋ねた。青年は端正な顔を申し訳ないとばかりに歪ませた。


「君の言う通りだけど、それは出来ない。彼らがワシャフ・プラティスの麾下なら、これはデゼルト国の問題だ。僕が介入すれば、やはり内政干渉と見做されてしまうだろうね」


「申し訳ありません、レイ殿。この罰はいかなる責め苦でも贖いましょう。鞭叩きですか? 水責めですか? 吊るし上げですか?」


「誰か! このハァハァ息乱しながら近づく変態『聖女』の頭にポーションを掛けてくれませんか!! 」


「スマンな、レイ君。昔試したが、効果は無かったぞ」


 諦めてくれと口々に言う《神聖騎士団》。これは助力が頼めないという事なのか、それとも『聖女』は手遅れだということか、一体どちらなのか。


 レイは深く考えるのを止めた。


 現状、駱駝兵たちの速度は徒歩である自分たちよりも圧倒的に早い。まだ、距離は離れているが、それもいずれは零となるだろう。


「リザ! 偵察兵を何人まで相手に出来る!?」


 一度に二人を拘束したリザの手腕ならばとレイは縋るような思いで尋ねた。しかし、リザの返事は芳しくなかった。


「申し訳ありませんが、相手にしようとする前提が間違っています。ここは砂地で、向うは弓を持った駱駝兵です」


 リザが偵察兵を奇襲した際、手綱を真っ先に切り落としたのは、駱駝の持つ機動性を重要視したためだ。技能(スキル)なり、精神力による強化なり、戦技を使えば確かに駱駝を仕留める事は容易い。


 だけど、他に敵が居るかもしれない状況下で戦闘の痕跡は多く残すのを危ないと判断し、リザは極力使わないと決めた。そうなると、駱駝の機動性は厄介だ。下手に距離を取られれば最後、片方を追いかけている間にもう片方に弓で狙われる羽目になる。


 もうじき砂地が終わり、乾いた大地へと切り替わるが、やはり駱駝の機動性の方が、人の足より優れている。足を止め、戦闘を仕掛けようとしても、今度は向うが距離を取り、こちらを囲むだろう。弓で射かけられれば、手傷を負うかもしれない。ローラン達抜きで、あの数の駱駝兵を砂漠という向こうのフィールドで戦うのは難しい。


 そもそも、シアラやラシードといった体力の少ない者達が限界を迎えそうだ。


 さらに言うと、もう一つ懸念があった。先程から続々と集結しつつある増援の数だ。下手に戦闘に時間をかければ、更に敵の数を増やしてしまう。


 どうするべきかと悩むレイに対して、どうにか付いてきているシアラが、青白い表情で話しかけた。


「あ、るじ……さま。ワタシに……考えが……あるの」


 荒い息の隙間で喋るシアラにレイはどんな作戦だと尋ねた。


「いまは、時間、無い。だから……あそこまで、行きましょう」


 シアラが指したのは砂漠の端。砂丘の切れ目だ。レイは全員に聞こえるように告げた。


「皆、あそこまで走れ! 逆転の手段はあるぞ!」


 はったりである。


 シアラがどんな策を持っているのかなんて分からない。だけど、その言葉が活力になったかのように、走る速度が上がった。そして、遂に一行はシアラが指定した場所へと辿り着いた。


 纏わりつき、皮膚のしわにまで入りこむ細かい砂から、乾いた、固い大地に辿り着いたレイとシアラ。リザ達には止まるなと言い、先を進んでもらう。


 残った二人は、砂丘を駆け足で進む駱駝兵たちを睨んだ。


「それで? 作戦って何だよ」


「説明は、時間がないから、省略。ワタシを信じて、まず赤の指輪を貸して」


 指輪と言われ、レイは手袋の上から嵌めている赤色の指輪を抜く。特別製のその指輪には、とある新式魔法が刻まれていた。しかし、その魔法の恩恵は一分しか持たず、何より適切な使用者はレイやリザといった近接戦闘を得意とする者のはず。


 魔法を主体にするシアラ向きの魔法とは言えないのだが、シアラはレイの懐疑的な視線を気にすることなく、受け取った指輪を自分の指にはめた。


 レイの指よりもほっそりとした白い手には、指輪が少し余る。


「アクアウルプスで思いついたけど、試す機会が無かったのよね。それじゃ、行くわよ」


 シアラは杖を引き抜くと、自らが温めていた作戦を実行する。


「《全力全開(オールバースト)》!」


 赤の指輪に込められた魔力が魔法となり、力の塊がシアラの能力値(アビリティ)を増幅する。それは筋力だったり、耐久だったり、知力だったり、魔力だったり、生命力だったり、そして精(・)神(・)力(・)も。


「やっぱりね。これならいけるわ。《器を満たせ》」


 確信めいた笑みを浮かべたシアラは魔法を発動する準備を始めた。体から溢れる精神力の大きさに、レイは彼女が何の魔法を使おうとするのか、ようやく理解できた。


「《世界よ、鎮まれ》」


 朗々と詠唱が紡がれる。かつて、彼女はこの魔法を放つには精神力も能力値(アビリティ)も足りないと口にしていた。


 そのため、完全な威力を放つことは出来ず、精神力も発動するために必要な最低限の量を確保するために生命力を精神力に変換する手順を必要としていた。


「《水よ、氷結し》」


 だけど、彼女とて鍛錬は欠かさなかった。幾つもの戦いを潜り抜けて成長してきたという自負もある。まだ、自分だけの力では自由自在に扱えない。補助無くしては発動も覚束ない。それでも、どうにかここまで来れたのだと、誰よりも主に見せたかった。


「《時代を凍えさせる、審判の吹雪よ》」


 砂丘を駆け抜ける駱駝たちが足を止めた。それは獣ならではの野生の勘と呼ぶべきか。鼻の利くものなら、すでに回頭しシアラから距離を取ろうとしていた。


 しかし、もう遅い。


「《今一度、この地に再臨したまえ》」


 詠唱は最終節を迎え、時代を凍り付かせた吹雪が蘇る。


「《アイスエイジ》!」


 氷の上級魔法に分類されるそれは、砂丘すら凍り付かせた。終わる事の知らないぎらついた太陽が照り付ける中、一面青白い氷の舞台が出来上がった。


 人は駱駝を含めて氷像と化し、辛うじて呼吸が出来るように口だけが外に出ている。彼らは信じられないとばかりに自分たちの状況を見つめていた。何しろ、顔を覆う砂嵐を浴びた経験はあるが、全身を凍らせる吹雪にはお目に掛かった事はないのだから。


 レイにしても予想外だった。アルビノ砂漠では魔法を使えないと認識していた。それは魔法の詠唱が出来ないという事で、魔法の効果自体が消失するという事ではないのだった。


 シアラはその盲点を突いた。アルビノ砂漠を抜け、魔法が発動できる場所に立ち、駱駝兵を狙ったのだ。


 こうして五十を超す駱駝兵たちは、一発の魔法で全滅に追いやられた。


「あー。久しぶりに魔法を使えたわ!」


 どこか晴れ晴れとした表情を浮かべたシアラにレイは恐る恐る尋ねた。


「えっと、殺したの?」


「ううん。威力はちゃんと調節したわ。身動きが取れない程度よ。この陽気なら、半日ぐらいで溶けると思うわ」


 街と目の鼻の先なのだから、モンスターや野盗に襲われることは無いだろうとシアラは捕捉した。


 そして、満足そうに背伸びをすると、ふらり、と。


 何の前触れもなく倒れてしまうのだ。あまりにも鮮やかに倒れてしまったので、レイは反応に遅れてしまう。


「ちょ、ちょっとシアラ!? どうしたんだ」


 まさか、何者かの遠距離攻撃かと泡を食うレイに、シアラが大丈夫とか細い声で返事をした。


「精神力切れ……かな。……威力はともかく、範囲を目一杯広げたから、全部絞り出したわ」


「なんだ。……驚かせないでくれよ。ポーションは、僕の分は使い切ったか」


 精神力を回復させるポーションを取り出そうとしたが、リィグルオクト戦で使いきった事を思い出した。そこでシアラのを取り出そうとすると、シアラが嬉しそうに笑っていた。


 何処か満足そうな表情に、レイは違和感を抱いた。まだ、首都どころか、港町すら辿り着いていないのに、達成感に満ち溢れた笑みだった。


「随分と嬉しそうじゃないか。そんなに魔法が使えなかったのが不満だったかい」


「違うわよ。いや、まあ、魔法を使えなかったのは、それはそれで不満だったけど。それとは違うのよ」


「じゃあ、どうしたんだよ」


 シアラはちらりと視線を上に、先に進んだリザ達の方を見た。彼女らは砂漠で起きた《アイスエイジ》に気が付き、レイ達の方へと戻ってきた。


「リザとね、話をしていたのよ。このアルビノ砂漠で、主様に《トライ&エラー》を使わせないように頑張ろうって」


 サイドポーチを漁る手が止まった。シアラは嬉しそうに言葉を続けた。


「使えば使うほど、因果を重ねる力なら、使わなければ因果は重ならない。そうすれば、主様を苦しめる困難とかは遠ざけられるんじゃないかって思ってたのよ。だから、まずはアルビノ砂漠。ここで主様を死なせないようにしようって相談してたのよ」


 魔法の使えないワタシじゃ説得力なんて無いけどね、とシアラは苦笑を浮かべた。しかし、思い返してみれば、リザにしろ、シアラにしてもアルビノ砂漠を、悪魔の巣を進むとき、随分と気が張っていたと思う。


 危険を承知でキュクロプスの槍の投擲を防ぎに来たリザ。精神の消耗を耐えて《ラプラス・オンブル》を連続で使用したシアラ。


 彼女らはレイの気が付かない形で、レイの事を守ろうとしていたのだ。


 その結果、いくつかの幸運に助けられた形ではあるが、レイは一度も《トライ&エラー》を発動することなく、ここまで来られた。


 胸をせり上がる思いを言葉に出すのは気恥ずかしかった。だからレイはシアラの頭を撫でた。そして、魔法で氷漬けになっている敵を見て驚くリザの頭も撫でた。


 面喰ったリザにレイは何も言わなかった。それでも思いは伝わったのか、リザも何も言わなかった。


 紆余曲折はあったものの、こうしてレイ達はアルビノ砂漠を抜けたのだった。


読んで下さって、ありがとうございます。

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